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雑記記事|進化論 ~翼のあるトカゲ~


犬:進化は変化であり、退化もまた変化である。

~第一章 進化論の簡約と疑問~

1)自然淘汰
 ダーウィン進化論の背骨は「自然淘汰」。自然淘汰を言い換えると「有利なものが勝ち残る(自然な流れで)」ということ。

 キリンの首は長い。これは食料確保の為により高い葉を食べようと努力した結果である。この「努力」という言葉を進化の流れ的に言い換えれば『高いところの葉を食べる事に適した首の長い個体が優先的に生き残った』ということになる。
 バスケットボールは身長が高いものほど有利であり、NBAも年々高身長化しているという。
「バスケットボール」というスポーツを「キリン」という生物と照らし合わせる(プレイヤーを1個体として、キリン1個体と同等とする)と理解しやすい。どちらも、背が高いもの(生き残る為に有利な固体)が残っていき、どんどんエスカレートしているわけだ。

 自然淘汰とはつまり、天然の「合理性」によって行われる選別のことを意味している。


2)進化のプロセス
 自然淘汰によって種の内に起きる微小な変化が選別され、より生きる為に有利なものが残り、それらが幾万年も積み重なる事で生物は「進化」する。つまりダーウィンはこういいたいらしい。
 近年の人間社会を観察しただけでも、この理論には「なるほど」と返したくなることがいくらでもある。
 例えば日本人の身長は世代を追うごとに伸びている。江戸時代で180cmといったら巨人扱いだが、現代の日本で180cmの人間などざらだ。これは食生活の変化や衛生面の向上が影響しているものであると思われるが、なんとなく「背が高いほうが有利」だからな気もする。というより、世界の人と触れ合って、明らかに低すぎた自分たちを世界基準に間に合わせる為に急速に進化しているとも思える。「もてたいから」「かっこいいから」という理由も生物の進化理由では大事なので、これらも少なからず影響していることであろう。
(*実際には食物の変化が要因として大きいと考えられるが、これもまた要因の1つと捉えた方が良いだろう)
 上の例はちょっと違うかもしれないが、生きていく為に“有利”な性質は磨かれ、発展していくという生物界の流れを掴んでもらえればよい。そもそも“進化”は長い年月をかけて行われる。それはそうだ。10年後に人類の大半に羽が生えているとは思えない。生えるなら、せいぜい数万年後だろう。

 キリンの例を取って馬のような生物種がキリンになるまでの手順を軽く見てみることにしよう。
 まず、馬のような生物が存在している。彼らは地上の草を食べていたが、ライバルが増えてきて食料が足りなくなってきた。
 飢えて餓死する者が現れ、いよいよ殺伐としてきた時代。稀に、上を見上げてあることに気がつく個体が出現する。気がついた個体は木の枝に生えている葉を食べようと、首を伸ばしたり前足を木の幹にかけたりして必死になった。
 最初はただ必死になるだけで餌にありつけたが、やがて周囲の個体もそれを見て真似をするようになる。そうすると、今度は努力だけでは足りない。単純に、より「首が長い」ものほど餌にありつけるようになる。なぜなら低い枝の葉はマネっ子達に食い尽くされるからだ。
 生物の設計図、その誤差のような性質の差。「首の長さ」がより長いものが生き残る。後天性の性質は遺伝しない(ここではそうしておく)が、先天性の、設計図からすでに持っている性質は遺伝する。これによって首が長い個体の子供は首が長い確率が他よりも高いため、その遺伝子を持つ子供は生き残る確率が高くなる。
 1世代ごとになど、その進化はわからないだろう。進化は常に向上しているわけではない。総括してみれば、上下するグラフを描く。だが、そのグラフは確実に上昇していくのである。
やがて、数十世代を経た時。進化は目に見える形で成されている。

 進化に終わりは無い。例えば今、この時を生きているあなたも「進化」の流れの途中にある。


3)翼のあるトカゲ
 さて、ここまで進化と自然淘汰について述べてきた。ダーウィンは「有利な性質を持つ個体が生き残り、それが積み重なって種の進化となる」ことを説明してくれたわけだ。
その有利さは目に見えて当たり前なものなら理解しやすい。地上の生物にエラが無いのは明らかにそれが邪魔だからである。エラがあればいざという時の応用力はあるが、普段の生活で邪魔すぎる。それに、デリケートな器官を残すリスクが大きすぎるのだ。人間に心臓が2個も3個もあったらひやひやものだろう。
 生物はいざというときの応用力より日常での汎用性を重視して進化している。あたりまえだ。「いざ」というのは「万が一」のような事態なのだから、それに備えた固体は「万が一」でしか有利になれない。「万に九千九百九十九」は不利で有り続ける。だから自然淘汰はとても納得できるのだが、1つ気になる「不利な理由」がある。

 「なぜその器官が退化したのか?」という説明で「エネルギーの無駄を防ぐ為」という解釈が良く出てくる。
 例えばモグラには「目」が無い(もしくは酷く退化している)。これは地中で生活するので使わなくなったからという説明である程度理解できるが、別に無くす必要もないように思える。目に砂が入るとかそういった理由もあるだろうが、「目を維持するエネルギーが勿体ない」という理由も上がる。

 じゃ、これはどうであろうか。
 人間には尻尾が無い。何故無いのだろうか→木に登らないから? 木に登らない理由は→登る必要がなくなったから? 原人が登らない理由が見当たらない→狩りなどが主流になり、住居を建てるようになったので木の上で過ごさなくなったから? しかし木の実を取ったり樹上で得物を狙うこともあるだろうし、獣から逃げる時は樹上に登るのでは→尻尾が無くても登れる→でも尻尾が有るほうが明らかに有利だ。現に尻尾が退化していない猿も多いぞ?
 ――と、問答を繰り返せば幾らでも続いてしまうが、大抵困ると「エネルギーが勿体ないから」という理由が出る。確かに、エネルギー効率が良いに越した事はない。
 ちなみに、完全に先入観のみの意見で言えば「チンパンジー」や「ゴリラ」など、頭脳が高度な猿ほど尻尾が短い気がする。つまり「尻尾を使うまでも無く生き残れる知性」があるから短くしたのであろうか(……ということはサイヤ人ってもしかしt)


 しかし、生物界にはエネルギー効率では対処できない問題が多々あることは事実。

 ――鳥に翼があるのは空を飛ぶためである。空を飛ぶことが不利とは言わない。むしろ有利だとも思うし、人間としては憧れすら抱く。
では、トカゲに翼があることは有利であろうか?
 そりゃ、飛べれば問題ない。間違いなく有利な性質だ。だが、飛べない中途半端な翼が備わっている場合は良いことなどまったく無い。せいぜい考えられる利点は求愛行動で異性に「カッコイイ!」と思わせるか、天敵を威嚇する道具くらいのものである。

 しかし、カッコ良く見せたいのならば体を大きくするとか、他にやりようがあるだろう。天敵を威嚇するなら毒を帯びたり何か凶器になる器官を備えればよい。
「“翼のあるトカゲ”のことなんて考えたってしかたねぇじゃん。現実にいないんだし」と思うかもしれない。何かそんな生物が南米だかアフリカにいたなぁ(木々の間を滑空するヤツ)……程度にも思うだろう。
 だが、“翼のあるトカゲ”は確実に存在した。もちろん今ではない。遥か古代である。

 “鳥”は“爬虫類”から進化したというのが今の最有力説(というかそれ以外から進化したとしてもこの後提示する問題は解決しない)。と、いうことはどこかで「鳥と爬虫類の中間である生物」が存在したことになる。本項の見出しである「翼のあるトカゲ」は、この“中間地点の生物”を指す。
 よくよく考えてみてほしい。例えばあなたの背中に30cmほどの羽が生えたとしよう。それは果たして、あなたが生きていく事にどれほど有利なのだろうか?
「翼の生えた人間」としてTVに出て小金を稼ぐこともできるだろう、それを売りに異性との会話の切欠を作ることもあるだろう。それではもっと根本的に、食事や睡眠などのレベルではどれほど有利なのだろうか?

 まず、寝苦しい。仰向けに眠ると翼違いを起こして翌日背中に激痛が走る。そして面倒臭い。風呂に入った時、どうやってそれを洗うというのだろうか。もし起用に洗えたとしても、それこそ労力(エネルギー)の無駄ではないか? そうでなくとも服を着るのも一苦労だし、若干走るのも遅くなるし、時にはいじめられるし、もちろん飛べないし……。
 良いことなどほぼ皆無ではないか。思春期に「こんな翼さえなければ――っ!」と歯がむ姿が目に浮かぶようだ。
 それを思うと進化の初期にあるトカゲにとって、その中途半端な翼は何のメリットがあったのだろう。

 自然淘汰の基本は「有利な性質が残り、不利な性質は排除される」ことなのだが、明らかに不利な性質を持つ“翼のあるトカゲ”はなぜ生き残れたのだろうか。
 未来が見えれば頑張る理由も解る。学生は“勉強して良い成績を叩き出せば良い大学に入れる=バラ色の人生”だと理解しているから(そのことに価値を見出せる場合にあれば)勉強する者は勉強する。
 しかし、“翼のあるトカゲ”達は未来のことなど知らない。空を飛ぶ生物など精々虫くらいなものである時代に、一体どんな希望を持って翼を生やすというのだろうか。というか希望を見出してもその時点で不利ならばその性質(身体的性質)は淘汰されるはずなのである。

考えられる工程としては↓
 1.突然変異によってちょろっと羽が生えた。
 2.走っていたらその羽のおかげで割りと高く跳べた。
 3.天敵から逃げている時、跳んでみたら逃げ切れた。
 4.その戦術で生き延びて子孫を作った。
 5.子孫もちょろっと羽があるものが幾らか生まれた。
 6.やがて羽のあるやつらが生き残ってメスをGETする割合が高くなった。
 7.いつの間にかそこら一帯のトカゲは羽持ちに。
 8.さらにその中でも羽がでかいものほど生き残る。
 9.世代を重ねて、どんどん羽を巨大化させていく。
10.軽量化など、他の器官もより高く跳ぶことに有利なものが残る。
11.そして数十万年後。彼らは空を駆る翼を手に入れていた――。

↑……と、いったところであろうか。

 正直、出だしの小刻みな成長は考えにくい。明確な「突然変異」のレベルでないと意味を成さない。なぜならせめて跳躍の助けくらいになる程度でないと、自然淘汰によってその特徴が消滅してしまうからだ。
 猿や虎が空を飛ばなかったのは、恐らく重量の問題であると思われる。小型爬虫類程度でないと飛行の可能性が無い。数メートルの翼を初っ端から突然変異で出すのはまず無理だろう。

 「突然変異」を理由にしてどうにか“翼のあるトカゲ”君を正当化した。しかし、それにしても無茶な感がある。だいたい、若干高く飛べる程度の羽が生えても、天敵から見つかるリスクやそれを維持するエネルギー、同種からの視線が気になる。やはり“翼があるトカゲ”はどう考えても生き残りにくい、進化に不利な固体である。

 『自然淘汰と突然変異のみで生物の進化の歴史を表すことはできない』。“翼のあるトカゲ”は私達にそのことを説明してくれる奇特な先人である。


4)問題提起
 ダーウィンの進化論に穴があることは、粗方の学者さん方も認めるところだろう。
 “翼のあるトカゲ”を用いて私は進化論を否定したいわけでは無い。本項では、それでは説明しきれないミッシングな問題を考察することが目的である。
と、いうことで。ここに1つ目標を掲げようではないか↓

『トカゲが鳥になったいきさつを“突然変異”以外の理由で提示する』

↑「以外の」と言ったが、それも用いた上で、それ以外の理由も付けてより納得できる形にするという意味である。
 自然淘汰については基本的に進化の議論に必須だと考えているので、あえて表記していない。また、突然変異も具体的に考えるとどこからどこまでの変化が突然変異なのか曖昧なので、ちょっとした変化も無視できない(例えば身長の微差など)という意味で前提条件に加えた。
 いずれにしよ、自然淘汰も突然変異も進化の議論には欠かせないので、それを踏まえたうえでそれ以外の理屈を考察、または2つの定義を微調整していきたい。


・・・つづくかもしれない。
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