必殺技のある人生
・主な登場人物


気がついたら「できていた」。
何が切っ掛けかは憶えていない。
同年代の少年達は小学校の廊下でこう叫ぶ。
「か~め~は~め~・・・波ぁっ!!」
腰に両手を合わせるように引き寄せ、叫びと共に前方に押し出す動作。
叫ぶ言葉は他にも「ハドウケン!」だったり、「ハオウショウコウケン!」だったり、いくつかの種類がある。
本家(アニメやゲームの登場人物達)はこれらのモーションによって「光線」だとか「気の塊」を手の平から発射する。
彼らはそれに憧れているのだ。
しかし、現実は誠実である。
そんな突飛な現象が起きるわけもなく、何も出ないし光らない。
同年代の少年達は「今度こそ!」と意気込んで動作を繰り返し、その仲間は「まるで攻撃が成立した」かのようによろける演技をしてみせる。
そんな彼らの姿を見て―――「やれやれ……」。それが僕の感想だった。
何が切っ掛けかは憶えていないし、生まれつきかもしれない。
ともかく、気がついたら“できていた”。
「僕がやってみせようか……」
無様に虚空へと腕を突き出す学友達。
僕は彼らに声をかけた。
彼らと同じような動きをこなして、手を開くように腕を重ねる。
腕を前方に突き出したら―――<ヴォッ!>―――と、大気が唸る。
教室内の机が1つ……軽々とひっくり返って横向きに倒れた。
教科書がバサバサと机から落ちる。
「うわっ、すげぇ!」
「すげぇ、すげぇ! 俺に教えてよ、直己(なおき)~!」
「ふっ、教えたってダメだっただろ……」
僕の“それ”はそれほど音を発しないし、ほとんど輝くこともない。
見た目に何かが発射されている感じはしないけど、確かに僕の手からは何か「力」が放たれる。
僕は、確かに『必殺技』を持っている。
そんなことは、何年か前に周囲も理解していた。
TVの人だって取材がしたいと言ってきたが、クールな僕は「見世物じゃないよ」と大人達を悠然と拒否してみせた。
僕は騒がしいのが好きではなく、クラスの後部から悠然とクラスの光景を眺める「隠れたリーダー」的なポジションに君臨していた。
学友たちは僕を尊敬して、同時にちょっと恐怖していたのだろう。
クラスの不良予備軍だって、僕には「くん」付けで話しかけることすら少ない。
過去に2、3回。彼らを実際に吹き飛ばしてみせたからかな。
女子は僕を尊敬して、話しかける事もためらっているらしい。
あんまり僕とは目も合わせられない様子だし、バレンタインのチョコだって恥ずかしがって渡せないようだ。貰ったことが無い。
一度、学友(女の子)にクリスマスのパーティーに誘われたこともあるが。言ったとおり、僕は騒がしいのが嫌いだろう? だから断った。
……別に恥ずかしかったとか、可愛い子と話すと緊張するとか、大人数で遊ぶことに慣れていないからとか、ファミリーレストランとか子供だけで行くことに恐怖を覚えたとか、お店で料金を払った経験がないからとか……そういったことは一切ない。
小学校から中学校に上がっても状況は依然変わらず。僕はクラスの特別な存在として、食事も登下校も孤独な狼のように、1人でこなした。
強大な力を持つと、どうしても普通の人と同じ目線に立てないものさ。
いつも立ち寄る本屋で漫画を読むときだって。普通の人は「かっこいいなぁ、僕もこうなりたい!」……とか思っちゃうんだろう?
僕の場合はその気になれば「ヒーロー」、やれちゃうからね。
ただ、どっちかというと「ダークヒーロー」? いろいろ苦悩を抱えているし(受験)、『必殺技』なんか年に1回使うかどうかだから(例:凄く威力を抑えて貯金箱を壊す、テスト用紙を粉砕する――など)。
まぁ、「使うかどうか」よりも「使える」ってことが大事だから。
目立ちたくもないしね。
だから僕の人生は―――そう、俺の人生は平穏だった。
いや、これも過去形じゃないな。いまだって“平穏”さ。
むしろ……どうしてここまで「何も無い」のかと、泣きたくなるくらいに・・・・・。
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$ 四聖獣_短編 $
Title| 『 必殺技のある人生 』
~こんなはずじゃなかったボクの人生~
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ACT-1
――23才になった。
「若い」「まだこれから」「選択肢は無限大」……そんなふうに考えていた。
いや、過去形はおかしいか。今も心の奥ではそう、考えている。
大した危機感もなく、空を漂う風船のように漂う23年間……。
バイトは22才から始めた。それまで「金を稼ぐ」ということをしたことが無かった。
小・中・高・大学と実家から通った。だから、1人で生活したこともない。
生涯通して「部活動」の経験が無く、大学で「サークル」に入ったのが集団活動の唯一。
もちろん、生徒会だなんて無関係だったし、なんらかの委員会に入ったこともほとんど無い(小学校での強制入会くらい)。
学生生活の間、常に一目置かれている―――そう、思い続けていた。
前述したが、俺は『必殺技』を持っている。「か○はめ波」に代表される、『波動系』ってやつ。
手の平から衝撃波が放たれる―――これ、凄いことだしおそらく現実の世界でできるのは俺だけだとも思う。
だが、この『必殺技』を活用したことは滅多に無い。
部屋で鼻水を拭ったティッシュを「はっ!」と低出力で打ち出したり。
皆と話を合わせたくて買ったゲームがクリアできず、「カッ」となって粉砕する時に使ったり。こうやって、どうにか思い出した使用経験だって……前者は「投げればいい」し、後者は「金槌で事足りる」だろう。
もっと大きなことも“できることはできる”。思いつくだけでもかなりの凶悪犯罪は可能だ。その気になれば「家」とかも吹き飛ばせるだろうけど……そんなことをすれば牢屋に突っ込まれるのがオチだ。
警官を吹き飛ばせばいいって? そりゃ、その場は逃げおおせるかもしれない。
しかし、何度か繰り返したらきっと「撃って良し」と判断されて、銃弾が飛んでくる。
・・・そんなもの(弾丸)ね、見てから『必殺技』が間に合うわけがないでしょ。
挙句、指名手配なんかされて。
逃げ回りながらスーパーの店員を『必殺技』で脅して、商品を強奪する生活。
ただ、寝泊りする場所は吹き飛ばせないし、スーパー銭湯だって破壊したら入れない。店員を脅しても入浴中に通報されて。裸で警官から逃げる毎日。
最後は自首して、「ムシャクシャしたから」などと供述してEND……。
―――つまり、全うな人生を送る上で、『必殺技』を放てるってことは……ただ、それだけでは「生活の基盤」にはならないということだ。
この力を用いてストリートファイトに興じれば、「伝説の不良」なんかになれたかもしれない。
しかし、そもそも俺は“度胸”が無い。最近、気がついた現実だ―――。
ACT-2
学生の内は「まだ“学生”だからな~」と考えていて、その気構えは大学の4年目、卒業まであと2ヶ月という段階に至っても変化しなかった。
「いざとなれば“必殺技”があるからな!」と、不思議な自信によって俺は支えられていた。
……『必殺技』が今まで、そしてこれからどれくらい自分の役に立つのかなど、考えたこともなかったこの頃の自分。
「凄い技を持っていれば、なんとかなる」と、技術の種類なんて気にもしていなかったこの頃の俺。
卒業後、半年ほどは家とコンビニを往復する生活を過ごしていたが――
さすがに目に余ったのだろう。「お金を家に入れなさい」と、親からの指示が出た。
未だ自信に満ちていた俺は「しかたねぇなぁ」と重い腰を上げて、さんざん通ったコンビニで初めて「履歴書」を購入した。
そして――その夜。
端っから「正社員」など考えず、「バイト」で検索をかけていた俺は「運送会社」の応募に応じることにする。
「さて‥‥‥」と履歴書に記入を始めて。学歴から何からを書き込んだ後―――流暢に書き進んでいたシャープペンシルの先が、ピタリと停止した。
[ 持っている資格、特技など ]
……持っている技能――真っ先に思いついたのは例の『必殺技』であり、そしてそれしか思いつかない。
自分で思わず突っ込んだ。
「荷物の仕分けで、『必殺技』が何の役に立つんだ(笑)」
ここでは自分の特技は役に立ちそうもないな、他を探すか………待てよ。俺の『必殺技』が役立つ職業ってなんだ?
その日から、悶々と悩む日々が続く。
それはやがて、「今まで何をしてきたんだ」という自問自答へと推移していった―――。
ACT-3
あれから丁度1年。誕生日を1回越えて、学生でもなんでも無くなってから1年半。
結局俺は、運送会社で荷物の仕分け作業をしている。
レールの上を流れる荷物を配送地区ごとの“カゴ(1.5m程で車輪がついており、中に荷物を詰めて動かせる)”に分別する仕事。もちろん、『必殺技』など仕事中に使ったことが無い。
途中、逆転の発想で「警察官」を目指そうともしたが……再び言おう、“俺には度胸が無い”。
立ち仕事は疲れるものだ、としみじみ痛感する。週3回という甘えた状況ながら、時折限界を感じていた。
同僚の【村木さん】なんかはもう50近い年齢だが、この仕事を10年近く続けているという。入れ替わりの激しいこの職場で、土曜日まで出勤して……。
最初こそ、俺は「村木さん」を内心、小馬鹿にしていた。
(40才過ぎてバイト生活かよ(笑))
そんな風に蔑んでいたものだが――1年勤めて、現場に馴染んできた自分を省みて。「こんな生活でも構わないか」と感じる己の心境に、今は他人事とは思えなくなっている。
それでも最近、ようやく自分の“先”に不安を抱き始めた。
あと5年もすれば、今の現場主任と同じ歳。
5年前の自分は大学入学直後で、「いざとなったら必殺技がある」という自信で漲っていた。
5年後の自分は、確実にそんな自信など持ってはいないだろう。それどころか……「自分の無力さ」への実感を重ねて、「俺には何も無い――」と下を向いて通りを歩いているのではないか?
家に帰っても空気は重く、頼りになったり共感したりする友人もいない。
賭博と風俗の話題で盛り上がる現場が、一番安らぐ場所――――。
そもそも俺は、ギャンブルに手を出したり、風俗に通うための度胸と金すら持ち合わせていないが……まぁ、うなずくだけでもマシなんだ。
ACT-4
“平穏”な日々が継続していた。その日も変わらず、荷物を仕分ける作業に邁進していた。
午後9時。運ぶ物が無くなり、倉庫内のレールが停止した。
入りは午前11時なので、休憩を除けばこの時点で9時間労働となる。これはこの職場においては当たり前の事。
従業員はレールの停止後に、夜勤の連中への引き継ぎに向けて“カゴ”の移動や後片づけを行う。大体午後10時で上りって所だ。
更に社員の主任達はこの後、事務所での書類製作が待っている――俺たちはまだマシな立場。
――いつもの光景だった。8名の見慣れたメンバーが“カゴ”を動かしたり、残った荷物を仕分けている。
「村木さん」も残業代のために毎回残る。今日もやっぱり残っていて、せっせと“カゴ”を動かしていた。
村木さんは比較的無口な人で、俺みたいな新参の人間にはとても親切に作業を教えてくれる。
――ただ、古参のメンバーとの仲はあまり――いや、非常に良くない。
大人しく、細かい性格が災いしてだろうか。賭博も女もしないので、彼らと根本から違っているのかもしれない。
それは俺も同じなのだが、目の敵にされるということはない……というか「空気」である。
だから必然的に、俺は村木さんの近くで作業をしている場合が多い。
村木さんも、俺のことを気にかけてくれている。
最初の頃なんかは、「鬱陶しいおっさんだな」などとあまり目も合わせなかった。
だが、その後何度も助けられ、教えられ……何時の間にか感謝するまでになっていた―――。
“その時”、カゴが2つ残っていた。1つは俺が運ぶので、もう一つを村木さんに頼んだ。
「村木さん、そこの“カゴ”お願いします」
「なぁにぃ? 重そうな方を押しつけたな!?」
「いや、俺はすでにこれ運んでるからっすよ」
「しょぉ~がねぇなぁ! へへっ」
村木さんは無口だが、真面目な人ではない。慣れてくると、彼が実はユニークな人だということが解ってきた。
「おっと、こいつぁ足が良くねぇな」
「足」というのは“カゴ”の車輪のことで、村木さんが運ぼうとしている“カゴ”は<ガタゴト>と、動くたびに大きく軋んだ。
俺と村木さんとの距離はすでに5mは離れている。大丈夫かな……俺は後ろを振り返った。
「こいつめぃっ!」
振り返った時、村木さんが“カゴ”を蹴飛ばしたのが見えた―――まぁ、正直そんなことは茶飯事。荷物を投げることだって珍しくない、荒っぽい職場である。
ただ、その“カゴ”はすでに限界な状態だったらしい……。
村木さんは蹴りの反動で「ドスンッ」と尻を地に着いた。
座ってしまい、動けない村木さんの眼前―――。
荷物を山ほど積んだ1.5m以上の“カゴ”から<ガキャッ>、という破損音が発せられる。“カゴ”は車輪の1つを失い、大きく傾いた。
5m程離れていた俺は“カゴ”の異様な傾きと金属音に気が付き、そして―――座り込んで口を開いている村木さんの姿を確認した。
周囲に人はいなかった。
職場で『必殺技』について誰かに語ったこともない。
個人的にも「忘れかけていた」節すらある。
無意識に―――“カゴ”から手を離して、両手を腰まで引いていた。
アニメやゲームのように叫ぶことは無い。
ただ、両腕を前に突き出すだけである………。
<< ゴォウッ!!! >>
手の平はわずかに輝きを放ち、見えない「波動」は虚空を歪ませ、風を巻いて直進する。
先ほどの車輪の破損とは比べ物にならない。
――― 倉庫全体に響き渡る轟音。
荷物を積んでいた“カゴ”の4面はバラバラに分かれ、積まれていた荷物は四散して、中身がごろごろと倉庫の床を転がって行く。“カゴ”の破片が全て落下しつくして、金属音が治まった。
「おい、何の音だ!?」
異常な音に気が付いて、作業仲間達が駆けてきた。
彼らはすぐに崩壊した“カゴ”の姿を見つけ、散らばっている破損した荷物も認識した。
「おいおい、なんだこれ!?」
「“カゴ”がバラバラじゃねぇか!!」
作業仲間は次々に驚愕の声を上げ、そして残骸の傍で座り込む村木さんへと掴みかかった。
「何やってんだお前!」
「どういうミスしたら“カゴ”がこんなんなるんだ?」
「商品ぐっちゃぐちゃじゃんか! どうすんだ!?」
村木さんに、次々と攻め寄る同僚達。
「し、知らねぇ! 俺は“カゴ”を押してただけで……」
村木さんも状況が掴めず、唖然として周囲を見回している。
状況から弁解は困難であり、胸倉を掴まれる村木さん。
堪らなくなって、俺は声を張った。
「ち、違うんすよ、俺が―――」
言いかけて、先輩の1人が威圧するように叫ぶ。
「うるせぇ! そんな場所からお前が何したってんだ、あ゛!?」
……そうだった。彼らは俺の『必殺技』を知らない。
ならば、ここで伝えればいいのだが――潰れて破れた商品の数々を見て、この惨状が「俺の『必殺技』の仕業」ということを認めたくなかった。
事実を言って、信じてもらえたとして。
その後、自分の『必殺技』が悪く言われるのが………嫌だったんだ―――。
ACT-5
工場を出たのは10時過ぎ。「村木さん」と主任は破損報告を書くために残った。
帰り道にコンビニに寄って、夜食を買う。特に興味も無い「エクセルの知識」という本を立ち読みした。
混乱していたのだと思う。
このまま家に帰って、明日は仕事無し。明日の職場に俺はいない。
……あの時、「これが俺の『必殺技』だよ!」と見せてやればよかったじゃないか。
数年前まではあれほど「誇り」だった『必殺技』だろ?
アニメやゲームや、漫画なんかでさ。主人公なんかがここぞ! という見せ場で放つんだよ。
派手な効果線を背景に、効果音も豪快に。
―――俺だってできるんだ。撃てるんだよ、『必殺技』!
……そうさ、解っていたさ。
『必殺技』があるからって、それだけで何もかもが上手くいくわけないのさ。
学生の頃。学友達は俺を尊敬して、一目置いてなんかいなかった。
“珍しい事できるんだ、へぇ~。 でも、あいつって何か役に立ったっけ?”
“あいつの「技」ってさ、進学にも就職にも使えなくない?”
そんな声が、今更聞こえてきた気がする。
身体能力が高いわけじゃない。かといって、未開の地に踏み込む度胸も無い。
(でも、珍しいことができるんだ。俺は普通の人とは違う!)
会計を終えて、コンビニの袋を片手に一人夜道に立ち尽くす。
(……なんで、なんで特別なことができるのに! ―――なんで俺は不幸なんだ?)
どうしてこんな生活を送っているのか。
「村木さん」を助けたんだ。この、「俺にしかできない必殺技」で!
なのに、なんでだよ。可笑しいだろ、ヒーロー達と同じことをしたのに! なんで俺だけこんな「申し訳ない」って気持ちになるんだ?
不条理だ。こんなにも特別な俺が――俺には、『必殺技』があるんだよ!
都会の夜空を見上げて、何も明るくない自分の境遇を嘆く。
沈んだ気持ちの俺は辛い思いをしているというのに………。
――声が聞こえた。1人の話し声……誰かと通話している声。
「“鍵の踊り”だぁ? 知らね……あ~、待った! そう言えば―――」
その男はコンビニの駐車場で周囲のことなど考えもせず、大声で通話をしている。
ああいう奴。何も考えていないし、何も特別なことがない人間。
「ひゃはっは! おぅおぅ、そうだな。女は丁寧に、男はゴミカスで良いのさ」
大きな声で自宅の様に我が物顔。自信満々な人生を送っているのだと解る。
きっと、学生時代も下らない言葉を吐きながら女の子を騙して、学校や親に迷惑をかけたりしていただろう。
高卒かどうかは解らないが、こうして社会に出てからも人々に迷惑をかける……。
なんであんな――取り柄どころか社会に害を与える人間が楽しそうなんだ? 俺は誰かに迷惑をかけてないし、誠実に生きてきた。
その気になれば……俺が『必殺技』を使えばあんなの、楽勝に吹っ飛ばせる――――そうだ、吹っ飛ばせるんだよ、俺はできる!
――狙いを定めた。背を向けて下品にも大声で通話するその、“茶髪の男”へと。
両手を腰に引き、「気」を溜めこんで―――俺が“その気”になればどうなるか、見せてやる。
「くらえっ!」
「――ん!?」
<< ヴォン!!! >>
突き出した腕から突風が巻き起こり、前髪を吹き上げて衣類をはためかせる。いつもより強く輝いた手の平が、熱く感じられる。
コンビニの明かりがあるとはいえ、夜間だからか。
夜闇を駆けるその『衝撃波』は青白く、光り輝いて見えた。
――― 標的に命中して弾けた俺の『必殺技』。轟音と共に吹き飛ぶチャラけた男の影が見えた。
「……はっ、はは。どうだよ、これが俺の本気さ!!」
ざまぁ見ろっ!
俺は夜にも関わらず、快晴の空を見上げるような素晴らしい心境でガッツポーズをとった。
そうさ、どんなに偉そうな人間だって、俺が本気を出せばぶっ倒れるのさ。
俺の『必殺技』は“意味の無い存在”なんかじゃない!
炸裂音に驚いたのか。コンビニから出てきた女の子の視線なんか気にならないくらい爽快だ!
むしろ、見ろ! どうだ、俺はこんなにもスゴイ!
ただちょっと顔が良いだけで、大したこともできない人間とは違うのさ!
「へっへ……やりすぎたかな? へへっへ……」
満足してその場を去ろうと考えた。自分の有能さを理解できたから十分だ。
「ハラリ」――と、足元に布切れが落ちてきた。
「――ん?」
軽い気持ちでそれを見下げる。
コンビニの明かりで、それが何か……“ジャケットの一部”に見えた。
「へぇ、面白い事ができるんだな」
「――――え!!??」
お、俺の声じゃない。もちろん、コンビニから出てきた女の子の声でもない。
男の声――落ち着いていて、されど良く通った声。
「まるで“そんな感じ”がしなかったから、道端のゴミとしか見てなかった……ごめんよ」
『必殺技』が巻き上げた、砂利や布切れの舞う距離。
吹き飛ばされてアスファルトの地面に落ちたはずの茶髪の男は、いつの間にか起き上がっており、平然とこちらに向かって歩いてきている。
さっきまで馬鹿デカい声で話していた、アホのような人間とは思えない。
上は両肩が見えているタンクトップ。何時の間にか服装が変わっていた。
まだ瞳も見えない距離だけど、すでにそいつの声は耳元で囁かれているかのように鮮明に聞こえる。
「うっ、うおぉぉ!!?」
反射的に両手を腰に引く。
十分に距離はある。俺は二発目をそいつの方向に放ってやった。
<< ヴォン!!! >>
突き出した腕から突風が巻き起こり、前髪を吹き上げて衣類をはためかせる。
夜闇を駆けるその『衝撃波』は青白く光り輝いて見えた―――・・・が。
『衝撃波』は虚空を進み、駐車場奥のコンクリート壁に当たって弾けた。
茶髪の男はいつの間にかいなくて、俺は一人、馬鹿みたいに左右を見渡している。
顔の左側が、急に熱くなった。鼻の中で鉄の錆びた臭いが充満する。
こんな時こそ人は冷静で――口の中で歯が折れたことを理解していた。
「あごぉっ……ぶっぐ!!」
腫れぼったく、感覚が無い自分の唇を押さえる。左の頬はまだ痺れていて「有るのか無いのか」すら判然としない。
意味が解らなかった。でも、膜がかかったような耳に
「良い蹴りだろ。得意なんだぜ?」
――と、声が聞こえてきたので
(ああ、俺は蹴られたのかぁ~)
なんて、軽い調子に納得できた。
また音が鳴った。今度は体の中から聞こえるような、籠った音。
「ヲっっ!???」
叫びたいところだが、胸を強く踏まれたので呼吸すら難しい。
「どうしてなのかな? 理由を知りたいんだ――」
茶髪の男は友人と会話をしているみたいに、自然な口調で聞いてきた。
「4秒後に胸骨を押し込む。まずは理由だけ、それだけで良い」
俺を踏みつけている革靴の圧力が増していく。彼は右手の指を4本立てて、1本ずつたたみ始めた。
「り……りゆ……ぅ?」
――怖い。だから、素直に質問に答えようと思うし、足を上げて欲しいと願う。
でも、理由と言われてもよく解らない。「何の理由」――?
男の指が全てたたまれ、拳の形になる。
同時に、そいつの脚は更に力を増して俺の胸を踏みつけた。
「がっ……が……?」
「ステップ2。また4秒ね」
曖昧だった“ルール”を、しっかりと把握できた。
平常な時ならばすぐに理解できただろうけど、こんな状況では一度「痛い目」を見ないと理解できないのが思考回路ってやつらしい。……俺が馬鹿なだけなのか。
また、そいつの指が折りたたまれていく。
これは困った。
きっと彼は「なんで自分を襲ったの?」と聞いているのだろう。
だが、その理由と言われても……「腹が立ったから」だろうか。これではただの八つ当たり――・・・ああ。「八つ当たり」、だったのか。無自覚だった……。
アスファルトの地面に、大の字で寝そべって、踏みつけられて……。
前を見れば(見上げれば)茶髪の男。その顔には影がかかっているが―――穏やかに笑っていることが見て取れた。
そう、俺を踏みつけて……この、適当に人生を生きているような奴が、笑っている……。
再び怒りが込み上げてくる。
おかしいだろ。なんでこんな性格悪い奴が楽しそうに生きてんだ。
なんで、なんで俺や「村木さん」みたいな人が隅っこで生きなきゃいけないんだ?
悔しかった。涙が出てきた。
俺の人生ってなんだろう。こんな、“強い人間”に踏みつけられるために産まれたのか。
俺を産んだ母は俺の人生に、何を思うだろう。
俺を授かった父は俺の人生を、どんな視線で見ているのだろう。
自慢の息子なんかじゃない。誰一人、俺を必要とする人間がいない。
人が離れて行ったんじゃない。
俺が誰も惹きつけなかった、
/誰も惹きつけられなかっただけだ。
俺が産まれた時、両親はこんな、悪人に踏みつけられる子供だとは思わなかっただろうな。
俺が産まれた時、両親はこんな、人との繋がりが薄い人間になるなんて思ってなかっただろうな。
俺が、俺が産まれた時はさ――――
涙が止まらなかった。痛みも解らなくなって、とにかく悲しかった。
「あ゛ぁ? もう泣きかよ~。カスみたいな男だな、コレ」
一層に見下げて、呆れかえった声が聞こえる。うるさい……とだけ心で返した。耳が熱い。
「ちょっと、もうやめなって!」
女性の声が聞こえた。
涙でよく見えないが、どうも男に詰め寄っているらしい。
「殺しはしないって、ここは日本さ」
「でも、もうこの人泣いてるでしょ! やめなさいよ!」
「演技かもしれないじゃん。起き上がって“ガーッ”てさ」
「そんな風に見えないよ。本気で泣いてるからやめて!」
俺の上で、2人は口論を始めた。
更に、涙が流れる。声まで出して、俺は泣いた。
そのうち俺の胸から足が離されて、圧力が消える。
半身を起こすこともできずに泣き叫ぶ己。
もう、茶髪の男なんかどうでもよかった。
「あの、大丈夫ですか?」
気を使ってくれる女の子――しかし、正直、茶髪のどんな暴言よりもコレが効く。
強がる気力も無く、俺は泣き続けた。
「ここ、痛みますか? すみません、家の者が手荒な事をしてしまって」
「も、も゛ぅやめ゛でぐだざい……」
「ええ、はい! もうあいつはあっち行きましたから。大丈夫ですよ!」
「そ、そうじゃな゛ぐて……」
この日、俺は人生で一番涙を流しただろう。
それも見知らぬ女性の前で、性格の悪い男に踏みつけられた後に……………。
$四聖獣$
ACT-6
時刻は11時過ぎ。俺はまだ、自宅に帰ってはいない。
道端で散々泣いて。ようやく泣き止んだ俺は「家に帰ります」と言った。
女の方は怪我の心配をしていたが、「気をつけてくださいね」と言ってくれた。
だが、茶髪の男の方は「だめだ。事情聴取をさせてもらおう」と、俺の頭髪を掴んで無理やり歩き始めた。
酷い人間だと、改めて実感する。
どうして“こんな人間”ばかりが得をする世の中なのか。きっと、システムから狂っている。
10分くらい歩くと、住宅地を抜けて静まり返ったビジネス街の大通りに出た。車の通りも少なく、住宅が少ないからだろうか。明かりと言えば街灯のそれと、ビルの一部に灯っているくらい。
寂しい景色だ。人の気配がほとんどない夜間の通りを、俺は連行されている。
しばらくして閉店したペットショップの前にさしかかった。2階に人が住んでいるのだろう。ここだけ少し騒がしい。
その道路を挟んで対岸。横断歩道は無いが、車も人も少ないこの時刻。茶髪の男は俺の頭髪を掴んだまま、ツカツカと通りを渡った。女の人も、その後ろを付いてくる。
通りを渡ると、そこには地上20階建くらいのビルがあり、そこから少し間を空けて同じくらいのビルが聳えている。
不自然に間が空いているな、と思ったら。なんと、このビジネス街に一軒の「古い2階建ての木造家屋」があるではないか!
明らかに場違いなその家屋を興味深く眺めていると、俺の頭髪は引っ張られて、その木造家屋が近づいてくる。
いや、近づいているのは俺達で―――どんな立派なマンションに住んでいるのかと思いきや。ここが茶髪男の家なのか、と内心嘲笑えた。
古い家屋には明かりが点いてない。中に入ると真っ暗闇―――だったのだが。
【お帰りなさいませ】
という謎の声と共に「パッ」と、居間の明かりが灯された。
ようやく頭髪が解放されて、自由に首を動かせるようになる。周囲を見渡すが……なんとも乱雑というか……壁には穴まで開いている。
「さっそくだが、聞かせろ。なんで俺を狙った」
さっきまで俺の頭髪を掴んでいた茶髪の男は、6人掛けのテーブルそのものに腰かけて、ふてぶてしく俺を指差した。なんて腹の立つ男だ。
だが、もはや抵抗する気力も無い。俺は今日のいきさつと、流れ上、これまでの生き様について軽く話すことになった―――。
粗方の話を終えて。
茶髪の男は咥えている短くなった煙草を灰皿に押し付けて、鋭い視線で俺を睨み上げる。
「つまり、“カッとなったから”――ってのが理由か。ハハッ、笑える」
ガタガタと行儀悪く組んだ足先を揺らしながら。
茶髪の男は、今にも首の1つでもかき斬ってしまいそうな表情で、俺を見ている。
(やばい、殺される……)
明言されていないが、そんな自覚を持ってしまう程“凄味”のある風格。
「理由ならあるでしょ。今日まで、積もり積もった辛いことがあったんだし」
女の子は何かと俺をフォローしてくれていた。明るい場所で見ると、彼女の髪は短い金色で、小柄な身長ということが解る。その頭髪はとても滑らかで、染めたものではないことが察せられた。
あと、ちょっと幼い感じの顔なのに……意外と胸が大きい。
「そういうのを“八つ当たり”っての! どうせなら自慢の『必殺技』を同僚どもにぶち込んでやればよかったのさ。はっはは」
優しい女の子と比べて、なんと醜い性格であろうか。
2人は付き合っているのだろうか……それはやだな。結局顔なのかよ、この世界は。
「でも、あんなに凄い『必殺技』があるのに……絶対、たくさん活躍できる仕事あると思うな」
……そう言ってくれるのは嬉しいが。それが“無い”からこんなことになってんだよ。
「バカ、お前。技術を“持っている”なんてのは前提にすぎないんだよ」
「え~、なんでよ?」
……何言ってんだ、この男?
「どれほど素晴らしい『技術』を持っていたとしても。それを活かせる『場』を見つけられないなら、技術なんて無いと同じだろう」
――今更そんなこと言われたって、解りきっていることだよ。
「世の中の誰でも、何らかしら『金を得るに値する技術』なんか持っているさ。ただ、それを知っているのは自分だけなんだから、『他人に自分の技術を教える』術も覚悟もなきゃ“無能”に等しいだろ?」
……簡単に言うなよ。俺だって、「頭が良い」とか、解りやすいのが欲しかったさ。
「『見てくれる』なんて考えが一番危険だね。そんな甘~い発想してると“こうなる”」
また指を指された――しかも靴越しに、爪先で。
こういう……自信満々、“運良く”ハッピーな人生を過ごしている奴になんて、解らないさ。
俺はこんな奴とは違って、「人の役に立ちたい」とか、「人を助けたい」とか、そう考えているんだよ。俺の『必殺技』は、安売りする物じゃないんだよ!
「まぁ、いいや――。蹴り飛ばしてやったし、踏みつけてやったし。これ以上やると“ウルサイオンナ”がいるからね」
茶髪の男は女の人を流し見ながらも俺を嘲笑う。
「もういいよ。あんた、お家に帰りなさい――泣かせてしまってゴメ~ンね♪」
ヘラヘラと笑いながら立ち上がり、通り過ぎ様に俺の頭を叩いていく。
………なんだろう、この気持ちは。
情けないとか、そうじゃなくて……腹が立っているのだけど、それはコイツにじゃなくて―――。
「また! どうしてそんな言い方するの?」
女の子がまたフォローしてくれている。でも、そんなことはもう、気にならない。
「相応しい態度だろ。どれだけ侮ってもお釣りがくるよ、この男に―――
「 本気じゃなかった!!! 」
―――階段を上ろうとしていたその背に、叫んだ。
女の人は目を見開いて、驚いていた。
「俺が本気だったら、あのコンビニごと吹き飛ばせたんだ!!」
―――ああ、解っている。自分でも、「これは負け惜しみだ」と、解っている。
「いいか、俺の『必殺技』はあんなものじゃない!!」
それでも言うしかなかった。23年間、すがってきた俺の『必殺技』。まともに使ったことがない、俺の『必殺技』―――。
叫んで、溜まっていた怒りを込めて、俺は両手を腰に引く。
「げっ! ストップ、ストップ!」
女の子が横で慌てているが、頭の中はそれどころではない。
あの、余裕の笑みで階段に佇む―――茶髪の――男――に……?
「OK、撃ってみな。 外すなよ? 外せば――脳味噌が無くなっちゃうぜ?」
茶髪の男はいつの間に取り出したのか………その手に、黒く輝く『大きな拳銃』を握っている。
ヤバい。2次元でしか見たことなかったけど・・・・・3次元ヤバい。
現実の質感おかしいって! 想像してたのより1000倍超怖い。こうして銃口向けられると、凄い解る。見た目でモデルガンと違い解らんけど、向けられると迫力ヤバい!!
ていうか、それは死ぬだろ、俺! いいのかよ、殺人ですよ? つか、なんで銃持ってんだよ、卑怯だろ!
「フフ……」
茶髪の男は不敵に笑っている。
くそう、こうなれば相撃ちに――なんて思えない。そんなセリフを吐ける人々の気が知れない。
「お願い、やめて! この位置だとクーラーがっ!」
女の子は目に涙を溜めている。
俺も、理由は違うが想いは同じだ。「やめてくれ! 死にたくないっすよぉ!!」と、決死の想いが胸に詰まって、また涙目であることを自覚できた。
「……そういや買ったばかりか。そこのクーラーは」
ちらり、と壁に設置されているクーラーを確認して。
意外なことに、茶髪の男はあっさりと拳銃を下げた。個人的にはとにかくありがたい限りである。
「まぁ、ここで“本気”を出されたら困るかな」
茶髪の男はこっちに背を向けて、また階段を上り始める。
その背中は隙だらけだが――もう、俺に撃つ気は無い。
やっぱさ、俺は根性が無いとか自分に言い聞かせてきたけどさ。
やっぱさ、俺の、俺の 必殺技 って―――俺の心構え込みで考えると………
「なぁ、お前。せめてその『必殺技』くらいは自信持った方がいいんじゃないか?」
茶髪の男は不意に、そんなことを言った。
――何言ってんだ、と思う。
聞いただろ。俺はこの23年間、これだけに自信を持って生きてきた……って。
「結構、迫力あるぜ。“本気の”構え」
茶髪の男はそれだけ言い残して、家屋の2階へと姿を消した。
女の子は少し怯えた目で俺を見ている。
……急に申し訳なくなって、耳が熱くなってきた。
「ご、ごめん」
なんだか謝る俺。
そして、沈黙に耐え切れず家屋を飛びだす、俺。
早足に家屋から離れて行く。
何か、女の子が見送ってくれていた気配はしたが……とても振り返る度胸は無い。
夜間のビジネス街。見知らぬ土地ではない。通っていた中学が近い。
家屋から大分と離れて。振り返ってみても誰もいない。
一度、足を止めてから。星が足りない夜空を見上げてみた。
(『自信』、持っていたはずなんだけどな………)
もしかしたら、「自信」なんて最初から無かったのかもしれない。
だって、まともに使ったことも無い『必殺技』だから。
俺の人生において、実績がない……いや、俺が実績を作ってやってない『必殺技』だからさ―――誇りに思える訳、ないんじゃないか?
小学校まではクラスで得意気に魅せていた。
中学に上がったら、たまに恰好をつけて魅せるくらい。
高校に入ってからは、入学から数か月しか使わなかった。
魅せると皆、「凄いね」「凄い、凄い」と言っていたが。それ以上、そこから何か繋がりが生まれることはなかった。面白がってくれた空手部に入ったけど、殴られたら痛かったのですぐに退部した。
大学に入って。どうしていいかわからず、適当な飲みサークルに入った。
魅せることに不安を感じていた。一度見たら、「それで?」と思われている気がして、怖くなった。
2回目くらいの飲み会で、出力を押さえて放って魅せた。
「おおっ!」「凄~い」「こんな特技あるんだ」と、盛り上がる。
―――10分後。飲みの席の端っこで、俺は1人で飲んでいた………。
そうだよ、気が付いていた。
ただ、『必殺技』を使えるだけではダメだってこと。気が付いていたのさ。
いつの間にか隠すようになっていて、
いつの間にか周りの人も何か、『特技』を持つようになっていて……。
周りの人の『特技』と比べて、自分の『必殺技』が何の役に立つんだ、と誇りでもなんでもなくなってしまっていた。
そのことを認めてしまったら、俺はきっと「何もない人間」になる。
だから、「俺の『必殺技』は凄いんだぜ!」――と、自負していた。
……関係ない。俺が認めようが否定しようが、実際に俺の『必殺技』の価値は変わらない。
俺が「凄いんだ」と心から思えないと始まらない。
皆が「凄いな!」と言ってくれて、それを活かさないことには進まない。
今日、2度目くらいの涙が頬を伝っていた。
俺の『必殺技』は凄いんだ! 俺が認めてやる!
だから、他の奴らに魅せてやるんだ。
俺の『必殺技』―――俺だけができる、俺の『特技』を、自分で誇りに思えるように行動するのさ………。
やっと、やっと今。気が付くことができた――――。
ACT-7
翌日。
今日は勤務日ではないけど、この足は倉庫へと向かっていた。
職場に着いて、待機所へと一目散に進んだ。
待機所には主任と、見慣れた同僚が1人だけで煙草を吸っていた。
「おっ、どうした“真鍋”君。 勤務日じゃないよね」
主任は穏やかな表情で、シフトに入っていない俺を迎えてくれた。
だが、俺の言うことは変わらない。
「主任。昨晩の件ですが……」
「昨晩? ――ああ、村木さんの……」
「あれは、俺がやったんです。村木さんは悪くありません」
待機所の空気が固まった。
主任は表情を曇らせて、俺を見据えていた。
「――どういうこと? だって、君は“カゴ”から離れていたでしょ」
「はい」
「なら、村木さん以外に破損はできないよね」
主任にとっては部下の男が「意味の解らないことを言い始めた」ってなところだろう。
すでに処理が終わったことを、掘り返してほしくないのもある。
「いいえ、それでも俺がやったんです」
聞き分けなく言い張る俺。主任はさすがに苛ついてきていた。
「だから、“カゴ”から離れていた君に、何ができるっていうの?」
「“カゴ”を壊して、村木さんを助けることができます」
「おい、何言ってんの、キミ?」
溜息を吐いて首を振る主任。
やり取りを見守っていた同僚が、「大丈夫か?」と、俺の頭を心配している。
「――あそこ、あのヘルメット……」
俺は3mほど離れた位置にある“机の上のヘルメット”を指差した。
そして、両手を腰の辺りに引くと、気を集中させる――。
主任と同僚は呆れたのか、諦めたのか。
「こりゃダメだ」と、俺を嘲笑と奇異の視線で眺めている。
俺はそんな視線など気にせず―――両腕を前方へと、突き出した―――――
<< ガヴォォォッ!!!!! >>
―――影の多かった夏場の待機所には光が満ち、
開け放しの部屋の温度が、瞬間的に上昇した。
周囲に突風が巻き起こり、書類などが舞い飛ぶ。
輝きに包まれた手の平は、不思議と熱さを感じない。
輝きが治まった後。
舞い上がる埃の先には、ひっくり返った机と、音を立てて落下するヘルメットが確認できる。
主任は言葉を失って、茫然と転がるヘルメットを眺めていた。
同僚は煙草を手から落として、唖然とした表情のまま固まっていた。
「――これが、俺の『特技』です。これなら離れた“カゴ”だって壊せます」
主任へと向き直って、発言を再開する。
主任は「恐れ」の表情で俺を見ていた。
「村木さんは“カゴ”を運んでいただけです。急に“カゴ”が倒れてきたから、俺が『特技』で助けたんです」
迷いは無かった。
自分の否を認める発言だが、不思議と「誇り」を感じていた。
「し、しかし――村木さんは既にだね……」
毅然とたたずむ俺に、主任は昨夜の“その後”を伝えてくれた。
俺は―――その場に立ち尽くすしかなかった‥‥‥‥‥。
ACT-8
『村木さんは、昨晩で解雇になったんだよ』
日差しが厳しい。
夏はもう、余命幾ばくもないくせに……。
『“カゴ”を蹴ったそうだ。その後、“カゴ”が壊れた――と』
アスファルトの道路に陽炎が揺らぐ――昼前。
仕方がないさ、間に合わなかったよ、あの後駆けつけたって。
『彼の方から言い出したよ。“今日で最後にします”――ってさ』
何が、“彼の方から”だ。言ったんだろ、目や態度で。残った他の同僚と一緒になって、「辞めろ」ってさ。
亡霊のようにうろうろして、どうしていいか解らず、とりあえずコンビニに入る。
きっと、職場から歩いていたので、普段の癖が出たのだろう。
適当に雑誌コーナーへと向かう。
何か一冊手に取って開いていたが、意識はどこかに飛んでいた。何も解らない。
地縛霊のようにその場で本を流し見ている俺。その肩が叩かれていることに気が付いたのは、“彼”がどれほどノックした後のことか。
肩に断続的に発生している衝撃に気が付き、右を見た。
立ち読みでも注意されるのか、と思っていた。
「よぉう、真鍋くん!」
その顔には見覚えがある。いや、というか探していた顔だ。
年齢は50近くで、色黒の肌に白髪が多い頭。
歯も不十分なそのおっさんは、“いつも”の様子で俺に笑みを見せてくれている。
「む、村木さん!」
思わず仰け反った。
隣で立ち読みしていた女性が、嫌そうに俺から距離をとった。
「なぁんでぇ、死人に会ったみてぇな反応して? おれぁまだ死なないよぉ」
村木さんは俺の肩をバシバシ叩いて笑い続けている。
「ど、どうしてここに……?」
「どうしてってぇ。近いから寄ったのさぁ」
・・・知らなかった。
一年以上の知り合いだが、俺は村木さんの住処をまったく知らなかった。
「真鍋くんこそ、今日は休みだろぅ?」
「あ、それが―――」
そうだ、そうだよ。
なんか普通に話しているけど、村木さんは、昨日……。
「……村木さん。工場、辞めたんすか?」
「――!」
俺の質問に、村木さんはかなり驚いたらしい。唇を上げて真面目な顔をしている。
彼は少し黙っていたが。すぐに表情を柔らかくして、質問に答えてくれた。
「うん……辞めたよ、現場」
「―――マジっすか」
「しかし、今日勤務じゃないのに。どうして知っているんだぃ?」
俺は、今日職場で事情を聞いた、ということを伝える。
村木さんは「そうかぁ」と、また少し黙った。
「どの道、辞めるつもりだったよ。ただ、昨日のことは切っ掛けになっただけ」
確かに、元々村木さんにとって居心地のいい現場ではなかった。
でも、こんな急に辞めることになるなんて……。
「いやぁ、まいっちゃうよね。ちょっと蹴っただけなんだけどなぁ」
――明るい口調だ。
「まだ俺も若いってことかねぃ? へっへ」
――おどけて、脚を素振りして見せてくれた。
「まぁ、生涯続けるような職でもないでしょぉ? 頃合いさ」
村木さん――鉄の“カゴ”っすよ。いくらなんでも不自然でしょ?
あんな、バラバラにできる蹴りが打てたら……村木さん、キックボクサーの頂点に立てちゃいますって。
「……村木さん」
「ん、なんだぃ?」
――俺なんすよ。“カゴ”、ぶっ壊したの。
だから、そんな楽しげに俺なんかと話しちゃだめです。
俺が、村木さんを辞めさせたようなもんなんすよ……。
「変じゃないっすか。あんな……“カゴ”がバラバラになるなんて」
「ん? だぁらそれはおれの蹴りがだねぇ―――」
「……村木さん、ちょっと来てください!」
俺は、村木さんの手を掴んで。彼をコンビニの外へと連れ出した。
昼時のコンビニには客の出入りも多いが。そんなこと、どうでもいい。
俺は駐車場の端、コンクリートの壁の前に距離をとって立つ。
村木さんは俺の後ろで、「なんなんだぃ?」と、首を傾げている。
<< ヴォォッ!!! >>
―――出力は抑えたが、コンクリートのブロックを一部崩壊させる威力はある。
俺達の前の壁には、ぼっこりと穴が開いた。
駐車場の端とはいえ、何人か俺の『必殺技』を目撃したらしい。
唖然とした表情で俺を見ている家族の姿がある。
――村木さんも、呆然としていた。
俺は振り返って村木さんを……見れずに、うつむいた。
「俺、こういうことができて――つまり、昨日のは………」
全部言えない。ここにきて“度胸が無い”ってのは笑いごとではないな、と悟った。
沈黙している。
村木さんは今日、一番の沈黙をしている。
顔を上げるのが怖かった。
「自分を嵌めたのか!」と思われても嫌だし、「何て恐ろしい人間だ」と思われるのも……嫌だ。
顔を上げられず、村木さんの足元を見続ける。
「……すいませんでした、村木さん」
うつむいたまま、どうにか謝罪の言葉を捻り出す。
「真鍋くん――」
情けない俺の肩に、「ポンッ」と手が乗せられる。
驚いて顔を上げると――― そこには、見慣れた笑顔が輝いていた。
「すごいじゃないかぁ! どうして黙っていたんだよぅ!」
村木さんは俺の肩をまた、バシバシと叩いて笑っている。
「こんなすごいの、おれ、初めて見たよ! 夢じゃないよね!?」
村木さんはとても楽しそうに俺の頭を撫でた。
俺は、何も反応できずに、ただその笑顔を見ている。
―――気にしていなかったが。いつの間にか、周囲には人だかりができていた。
コンビニの店員も出てきて、「なんだこりゃ!?」とわめいている。
「おっと、いけないね!」
村木さんはそう言うと、俺の手を引いて人垣をかき進んだ。
「あいあいっ、どいてどいてぇ! 見世物じゃぁないんだよっ!」
誰か引き留めるかと思ったが。「何が起きたか」全然理解できていない彼らは、ほとんど見送る形で俺達を見過ごした。
‥‥‥‥‥コンビニから離れて。
「これくらい離れりゃいいでしょ!」と、村木さんが手を離す。
「それにしても、大した特技だねぇ。どんな仕組みなんだい?」
村木さんは未だ楽し気だが、俺はこのまま彼の笑顔に流されるわけにはいかない。
意を決して、口を開く。
「村木さん、笑いごとじゃないんす。俺、ああいうことができて――つまり、昨日の“カゴ”もですね………その、俺のせいで―――」
「“真鍋 直己”ぃっ!!」
「ぃっ!?」
突然に――村木さんは俺の名前を叫んだ。
「真鍋くん、君は“人にはできないことができる”! 羨ましいなぁっ!」
「は、はぁ……?」
「そんな羨ましい『特技』を、申し訳なさそうに見せるものじゃないよぉ! 胸を張って、“どんなものだ!”と披露してほしいものだねぇ」
―――村木さんは……俺を怒らなかった。変わらぬ笑顔で、「遠ざかる」こともなかった。
‥‥‥なんだろう、俺。 昨日から泣いてばかりだ。
「村木さん、俺―――」
「昨日の“カゴ”はおれが蹴ったから倒れたのさ。君は、ドジ踏んだおれを守ってくれた……ありがとう。君の『必殺技』は、なんて素晴らしいんだろうねぇ」
「………!」
言葉にならなかった。
涙涙を流す俺の肩を、村木さんは笑って叩いてくれている。
どれくらい時間が空いただろうか―――
俺が、俺の『必殺技』を再び「誇らしく」思えるこの瞬間まで………。
「明日っからもよぉ、仕事頑張ってくれな!」
「――村木さん、俺、もうあそこには行けないっす」
「ん? なんだぃ、どうしてだぃ?」
「俺、あそこの事務所吹き飛ばしちゃって………」
「―――『必殺技』で?」
「‥‥‥はい」
村木さんは俺の頭を「ぺしっ」と叩いて、「やりすぎだぁ、おめぇ!」と叱咤してから、豪快に笑い始めた。
失ったようでいて―――こんなにも心が光に満ちている。
お先真っ暗だった昨日までと全てが違う。
言い訳はやめた。前に進もう。
だって俺には、
素晴らしい『必殺技』があるのだからっ―――――!
$ 四聖獣 $
………東京都某所の古びた一軒家。
残暑にあえぐ家屋の居間で。茶髪の男が携帯通話機で誰かと話している。
「そう、逸材っちゃ逸材ですかね」
茶髪の男はふてぶてしくテーブルに腰かけ、脚を組んでいる。
「どうっすかね。使いどころは多いと思いますがね……」
茶髪の男は通話の相手に、何やら人物の特徴を伝えている。
話題の本人はそんなこと。知る由もないことなのだが――――――――。
タイトル= 『 必殺技のある人生 』
――― おわり。
