メーデン皇帝領

・主な登場人物

$  メーデン皇帝領・パニック編  $ Act0  雑踏の末期的近代都市、“日本”。  煌めくビルディングが立ち並ぶオフィスエリア。  老舗の誇りを持ってそこに居座り続けるパスタ屋の斜向いに、ここいらでは珍しい木造の一軒屋が建っている。  両側をビルに挟まれて日照権の侵害を訴えたいところだが、正直、それを侵害される時代遅れさがむしろ問題な家屋である。  木造家屋の影が多いリビング。そこでは男女三人が仕事の話し合いをしている。 「――と、いうわけなのよ」  カップ焼きそばの亡骸が置きっぱなしの食卓に腰かけて、赤いスーツ姿の女は男共に現状を話した。 「うん・うん――――え?」  長く、艶やかな金色の髪の人は2回頷いたあとに、やっぱり首を傾げて聞き返した。  隣で本棚をゴソゴソと漁っている茶髪の男は「ふ~ん」とどうでもよさそうなリアクションをとっている。 「だからね、ネフィスさんからの頼みだし。どうしても受けなきゃいけない依頼なわけよ。でも、ここに“女性”は私しかいないのよね……」  額を人差し指で支えて溜息を吐く女。金色の長髪は半笑いのまま相変わらず疑問符を浮かべている。 「つまり、その依頼は“女にしかできない”依頼なわけだろ。じゃ、諦めるしかないじゃないか。俺らに相談するまでもないだろ」  茶髪の男はGパンから小さな箱を取り出しつつ、要領を得ない女の話を批判した。 「だいたいお前の話はさ、回りくどいんだよ。裏を読んでもらう前提で話すと――」 「あ、ちょっと。煙草!!」 「――――。裏を、ハッキリと言わないからくどくなるんだよ!」  煙草の箱を放り投げ、茶髪の男はソファに深々と腰を下ろした。  外側にハネた髪先を弄りながら鏡をのぞく。鏡の中では化粧いらずのイケメンが髪先を弄っている。  その姿を陰のある流し目で憮然と睨むスーツの女。金髪の人は「つまり、どういうこと?」と言いたげに呆けている。  茶髪の男は鋭い顔つきのイケメンだが、こちらの金髪は西洋美少女のように妖艶かつどこかあどけない顔つきの美男子で、並大抵の美女より上質な顔立ちである。  細身とはいえ身長が180を越えているので、女性と間違うにはやや違和感を覚えるが……。 「別にね、断るつもりはないの。この依頼は女性にしかできないわけでは無いから」  ツンとした表情でスーツの女は二人の顔を交互に見た。 「え。でもさ、現場はあの“メーデン皇帝領”なんでしょ? 僕らじゃ入れないし……」  金髪の男は戸惑いながらスーツの女に問いかける。 「そうね。確かに“メーデン皇帝領”は男性入国不可。皇帝領内の男性は皇帝陛下のみ、という珍しい国よね」 「だから無理っつってんだろ」  茶髪の男が「くだらない話をしてんじゃねぇ。あと、煙草吸わせろ!」とでも言いたげに刺々しく会話を断ち切った。  スーツの女はまたムッとした表情を浮かべたが、今度はすぐにあざ笑うように茶髪の男を見下して 「言ったでしょ、“女性にしかできないわけじゃない”って、ね。  何でもやる前から決めつけるのは良くない事よ?」  と、ちょっと得意げな様子で言葉を返した。  二人の男達は「?」と困惑した表情で彼女を見ている――。 Act1  欧州の大国、“リヴィア”。国内には“メーデン皇帝領”という独立国があり、リヴィアの皇帝はこの、皇帝領に居住している(よって形の上ではリヴィアはメーデン皇帝領の属国とされている)。  皇帝とは言っても日本の天皇のように国のシンボルのような存在で、実質的な執政権などは有していない。  リヴィアの興りは蛮族であった“フット”という民族であり、彼らの二代目部族長は次々と周辺国を支配してやがて皇帝を名乗った。  皇帝は属国とした各地から美女を集め、自分のためのハーレムを形成。やがてそのハーレムは伝統のものとなり、独自のシステムの下、皇帝直轄の組織として機能を始める。日本にかつてあった“大奥”のような機関だと考えて概ね良い。  やがて権力が薄れても依然、国家最高の威厳ある地位として“皇帝”は残り、メーデンと呼ばれた組織も継続してより独立した領域としての完成度を高めていった――。  リヴィア交通機関の要である“セントブロウ(SB)”。各種鉄道はここを基点に延びており、国際飛行場もこの敷地内に存在する。  バスという文化を持たないこの国ではタクシーが主要な交通機関で、大手タクシー会社本部もSB内にある。  SBの中央大交差通路内は“世界三大迷路”といわれる迷スポット。あまりにも多くの交通手段が全て帰結しているこの通路は、サッカーフィールド30個超の広さであるにも関らず、避けきれないほどの人があちらへこちらへと行き交っている。 「ヘイ、プリティガール。どうしたんだい? 迷ったのなら道を教えようか」  通路の壁際。人が比較的少ない柱の影でモヒカンとスキンヘッド頭の男性2人組みが鬱陶しいハイテンションで1人の女性に声をかけた。 「いえ、結構です」  茶髪の女性は静かな声で答える。下はGパンに上は黒のTシャツ。長袖の革ジャンを合わせたカジュアルでボーイッシュなスタイルで、顔つきも凛々しい美女である。 「あれれ、もしかしてご機嫌悪めカナ?」 「迷ってなくてもそうであっても、ちょっと僕らと遊ぼうよ。きっと楽しくするからさ!」  モヒカンとスキンヘッドは意気揚々と言葉を叩みかけていく。スキンヘッドにいたっては頭に“楽”の刺青が施されており、「むしろ楽しいのはお前らの頭だろ?」と言いたいくらいだ。  茶髪の女性は口の中のキャンディを奥歯できっちりと捕まえて、口を歪ませた。 「いや~ゴメン、ゴメン。ホント広くて解りづらいね、ここ」  金色の艶やかな髪を靡かせ、胸を弾ませて。背の低い女性が茶髪の女性の元に駆け寄ってくる。 「あれ、もう1人いたんだ?」 「(オッパイ!)いいねぇ~、俺にまかせときな! 君みたいなカワイイ娘を楽しませる“テク”には定評があるんだよぉ」 「ギャハハ、お前、もうちょっと謙虚にイケよ!」  モヒとスキンは胸の大きな金髪の女性の谷間に目を奪われ、迫り寄った。 「あれ、この人たちだぁれ?」  金髪の女性はスキンヘッドに肩を掴まれながらも、茶髪の女性に問いかける。 「――おい、知っているか? 行き交う人間はそこに人が多ければ多いほど、他人に無関心になるんだぜ」  口の中のキャンディを歯で砕いた後、茶髪の女性は低い声で連れの女性に豆知識を与えた。 「はぁはん??」  スキンヘッドの男は最後に、中途半端な笑顔で首を傾げていた……。 Act2 <『四聖獣』という組織のメンバーは5人で、かつて革命活動を行っていた名残か全員がコードネームで呼び合っている。  その存在自体都市伝説のようなもので、彼らを知る人は少ない。  だが、著名な権力者や実力者程彼らを知っている傾向があり、その方程式はアンダーグラウンドな世界であるほど正確性が強い。  小規模ながら少数精鋭で、大抵の依頼をこなす彼らは「朱雀」「青龍」「白虎」「玄武」という4人と「黄龍(コウリュウ)」というリーダーで構成されている。  コードネームは前のリーダーが宗教文献で得た伝説を元にしたらしい……>  その女性は部屋で受け取った資料を読んでいた。  電話をかけてから4日が経つ。電話に出た女は「自分がリーダー」と言っていたのでその人が「黄龍」なのであろう。 『今度行く二人は茶髪の“朱雀”と金髪の“玄武”です。当日の午前10時前後に到着すると思うので、彼らの“名前”を暗号代わりに聞いてやってください』  丁寧な口調が印象的であった。存在自体が如何わしい組織なので、どんな横暴な対応をされるかと思っていた彼女はホッとした。  信用ある知人の紹介とはいえ不安はある。だが、他に方法はない。自分はあまりにも無力で――誰かに頼るしかないこの存在がどれほど口惜しいことか。  あの時止められなかった自分が憎い。今でも彼女を止められない自分が虚しい。  一人だけの部屋で両足を抱えて蹲る。溢れた涙はポツリと落ちて、褐色の太ももを伝って流れた――。 Act3  ‥‥‥SBの壁際で2人の男性が失禁して昏倒する13時間程前のこと――。 「 アハハハハハハハ! カワイぃ~!! 」  木造の家屋の壁を突きぬけ、ビルに反射する程の大きさで女の笑い声が響いた。リビングにたたずむ黒いワンピース姿の人を指差し、“黄龍”はとても嬉しそうである。 「…………うるさい」  黒いワンピース姿の人はその笑い声を聞いてコメカミの血管をさらに浮き立たせた。 「ははは。似合ってる、似合ってるよ“朱雀”」  “玄武”も楽しそうに彼の肩を叩く。 「うるさい・黙れ・触んじゃねぇ!」  黒いワンピース姿の朱雀はピンクの口紅を塗った口で怒りの言葉を発した。だが、それでも場の空気は相変わらず彼を嘲笑している。 「ねぇねぇ、写真とろうよ! 2人でそこに並んでさ」 「可愛く撮ってね♪」 「だぁぁぁぁぁ、黙れつってんだろ! はしゃいでんじゃねぇ!」  マスカラが弾け飛ばんばかりに激怒する朱雀。すでに肩を組んでいる玄武がいよいよ腹立たしい。 「近寄るんじゃねぇ、気色が悪い!」 「ええっ、酷い!」  押し飛ばされた玄武はショックをあらわに、力無くその場に崩れ落ちた。 「う~ん、ダメダメ。そんな低い声で喋ったらバレちゃうわよ」  カメラのレンズ越しに眉を顰める。  見た目は完璧に女性なのだが、声がどうにも男くさい(当たり前)のが不安である。 「そんな時は玄ちゃんにおまかせだよっ。え~と……テテェ~~ン!」  玄武は鞄から飴玉を取り出して得意げに掲げた。 「これを舐めている間は声が女の子らしくなる、飴型変声機だよ。味はブルーベリーだけど無臭だから気をつけていればバレない優れものだよ!」 「まぁ、便利な道具。これで声の問題は解決ね! あとはスタイル、か。特に玄武くんの身長はなんとかしたいわね。あまり目立つといけないし……って、アレレェ?」  わざとらしく目を見開いて驚く黄龍。視線の先では身長160cm程の玄武が腕を組んで立っている。 「既に“薬”で背を縮め済みだよ。一週間はこのままだね!」  親指を立ててニカリと笑みを浮かべた。 「さっすが玄武くん! ――あとは胸、かぁ」  頬杖をついて空を見上げ、「困ったなぁ」と溜息を吐く。 「パッドもいいけど、せっかくだから任務中は本格的にキメたいよね。 そんな時は……テテェ~~ン!」  赤色の缶を掲げる玄武。 「まぁ、その缶は何?」 「これは“豊胸薬”だよ。これを適量水に溶かして飲むことで一時的にオッパイを大きく出来る薬さ!」  赤色の缶には「オッパイビグナール」と英語で表記されている。 「これは女性に嬉しい一品ね! でも、玄武くん。どうしてこんな物を開発したの?」 「それは、いつも“胸がもう少し欲しいかなぁ……”とぼやいているナユちゃんの悩みを解消する為だよっ!」 「こ、こらー! そんなことを大声で言うでないわ、ハズカシイじゃない///」  頬を赤らめる黄龍を見て、玄武はHAHAHAと笑った――――。 「おい、そこの安い通販紛い共。どうでもいいけど俺はその薬を使わんぞ」  朱雀は冷ややかな視線を二人に送っている。 「えー、なんで?」  残念そうに2人は朱雀にブーイングを送り返す。 「これ以上笑いモノにされてたまるか。飴くらいは舐めてやるが……。あと、服もコレじゃ行かねぇから」  2人の「え~、つまんな~い」という野次も受け付けず、朱雀は頑固にそれらの薬を拒んだ――。 Act4 「――――長くねぇか?」 「ん、何が?」  呟いた一言に疑問を返す。 「いや、列車の話だよ……」  朱雀は時計を見ながら答えた。  メーデン皇帝領に向かう手段は専用の列車しかない。列車は当然ながら女性専用。  乗務員も女性のみの特別列車である。朱雀と玄武は現在、その特別列車に乗っている。  乗車は思ったよりも簡単にできた。むしろ簡単すぎるほどで、何の検査もなく、ただ多数の監視員がジロジロと見ていただけである。  メーデン皇帝領は選ばれた女性だけが行ける国……という訳では無い。女性ならだれでも入国・出国が可能で、国を出られないのは皇帝の妻となった女性のみである。  国はそれ自体が一つの経済都市であり、キャリアウーマンには憧れの仕事場。近代的オフィスビルに国外から通う女性も少なくはない。  リスクいうか制限は先程述べた「皇帝の妻となった者は出国不可」というもの。  皇帝は普段から国内を自由に歩き回っており、彼の目に留まった女性は強制的に彼の妻となる。  しかし、これは「国内で職に就く、または居住している者」限定のことで、買い物客や旅行者は適応されない。  つまり、この国に働く女性は「皇帝の妻になっても良い」という意思の元にあるはずであり、そうでない者はここで生活しなければ良いだけの話。  だが、実際には旅行者であれ買い物客であれ。皇帝の妻になって困ることはまず無い。だから基本的に「皇帝の目に留まったら結婚」の考えは誰しもが持っている。  欧州主要都市の1つであるリヴィアの景観を越えると辺りには殺風景な草原が広がる。  遥か彼方に山並み。後方には遠ざかる都市。前方に霞むはメーデン皇帝領の白い影。  皇帝領の周囲20kmは一切の建造物の建設、無断侵入が禁止されている、通称「エンペラーフィールド」と呼ばれる立ち入り禁止地域。これは当然、皇帝領への侵入を防ぐことが目的である。  列車は草原をひた走る。2本のレールが永遠と併走する景色は壮大だが、周囲の景色がつまらなすぎるので非常に退屈。  だが、女性は皇帝の大切な客人である。  皇帝鉄道は女性のため、全車両にゆったりとした席配置と前後が気にならないように防音版を完備。ほとんど個室状態で最大4人掛けの各席にはTVと快速無線ネットを設置。  ドリンクや軽食もボタン1つで無料お届けという至れり尽くせりのゴージャスな空間を用意しております。  メーデン皇帝領も領域守護のため、現代社会に対応するのに必死である。  ・・・1時間もののTVが終わる頃、列車内にアナウンスが流れる。 『淑女の皆様、本日はメーデン皇帝領に足を運んでいただき、誠にありがとう御座います。  まもなく当列車は領内に到着いたします。どうぞ、現世に残る女性のオアシスを存分に堪能してくださいませ。皇帝陛下も皆様のご入国を心待ちにしておられます』  丁寧な女性の挨拶と共に各席のモニターに髭面皇帝の写真と「皆様にお会いできる事を心待ちにしております」の言葉が表示された。  列車に乗る2人の不純物は退屈そうにその表示を眺めている。 「あー、そう言えばさ」  朱雀が久方ぶりに口を開いた。 「ん?」 「これに乗るとき、監視が甘かっただろ? 何でか解るか?」  朱雀の問いかけに玄武は小さく首を振って答えている。 「アレな、罠なんだよ。あそこで侵入者をひっ捕らえても法律上裁くのはリヴィアになるのさ。それだとせいぜい懲役5~10年かな。でも、メーデン国内だと国際規定外の超判決が下せるからもっとキツく裁けるんだよ」 「へぇー」  玄武は「そーなのかぁ(?)」という表情を浮かべて首を傾げた。 「……キツく裁くって、どういうこと?」 「基本的に皇帝領内で1番罪が重いのが“皇帝妻の浮気”や“寝取り、寝取られ”。次に重いとされるのが男性の侵入」 「“寝取られた”も罪になるの?」 「皇帝法ではそうなっているらしい。で、さっきの罪なんだけど、その“重さ”はあくまで“皇帝領として許せない”ランクであって判決上は大差ないんだ……」 「何で?」 「どっちも死刑だから」  朱雀が淡々と現状を説明している間も、列車はメーデン皇帝領に向かってひた走っている。  玄武が「それは怖いね」と答えた数秒後の事。列車に甲高い玄武の叫び声が響き渡った。 「――ちょ、ちょっと待って。じゃ、僕らはもうバレてるの!!?」 「検査方法を詳しく知らないから何とも言えないけど、この列車に乗った時点で2回ほどチェックを受けてるくさいなぁ」  朱雀は余裕のある笑みで見飽きた草原を眺めている。 「ドゥ、どうするのさ! このままじゃ捕まっちゃうよ!」  激しく取り乱して朱雀を揺さぶる。 「チェック結果は皇帝領の警備情報室に行くってことはわかってんだよ。そして捕まえるのは皇帝領内に入ってからだから、この列車に乗っている間は安心。だから今は落ち着け」  冷静に諭されて玄武は一瞬「安心なのか……」と落ち着いたが「いや、今だけかよ!」と気がついて再び朱雀を激しく揺さぶり始めた。 「大丈夫。俺は入るのも得意だが、逃げることも得意だから。監獄からでも抜け出せるし」 「き、君は大丈夫でも僕はどうすんだよぉぉっっ~!!」  半泣きで頭を抱え込む玄武。朱雀はニヤニヤと笑みを浮かべながらようやく終わりが近づいてきた景色を眺めている。 「お客様、どうかなさいましたか?」  先程の悲鳴を聞いた乗務員が不安げに話しかけてきた。 「ああ、すみません。この娘、“皇帝様に声をかけられたらどうしましょう”ってヒステリーになってしまって。よくテンパルんですよ、この娘ったら♪」  朱雀は軽快な口調で乗務員をあしらった――。 Act5 『ようこそ、メーデン皇帝領へ。エスカレーターに乗っていただければ改札に着きますので、どうぞそのままお進みください』  全天をドーム型にガラスが覆い、薄青く光る銀色の壁が女性客達を一層煌びやかに演出する。人工の小川に沿って進む横移動のエスカレーターには、列車を降りた女性たちが列になって進んでいく。  途中には著名な女デザイナー達が競演するように製作した豪華な花壇や噴水が置かれ、女性達の目を惹きとめる。  美しき花々を眺める女性たちに紛れ、大きく欠伸をかく茶髪の女性。革ジャンの胸ポケットからライターを取り出し、咥えた煙草に火を着けた。  小奇麗なホームだが、この空間は禁煙ではない。そもそも皇帝領内はイメージに反して喫煙に甘い。理由は皇帝の趣味故。愛煙家の朱雀にはとりあえずありがたいことではある。  その後ろでは「どうにかなるって」という曖昧な言葉と相棒を頼りに、怯える玄武の姿があった。  エスカレーターの最終地点が近づく。どうやらそこは改札らしいのだが、切符を拝見するだけのものとは異なる。  遠くても数人の警備人が詰め寄せていることが確認でき、明らかに「異物」を取り除く為の関門であることが察せられる。 「ああ……。どうなの? 本当に大丈夫なの?」  小声で質問をしながら朱雀の背中に寄り添う玄武。 「気色悪りぃから離れろ。後は流れに身を任せるべし」  淡白な相棒のセリフではちっとも不安は解消されず、若干諦めの感情が湧いてくる。「捕まっても、きっと助けてもらえるよね」と、既に“その後”の心配をしている始末だ。 「……失礼ですが、少しこちらに来ていただきます」  ビクッと肩を竦めた玄武が前方を見ると、サングラスを掛けた女性が警備員に連れて行かれている光景が目に入った。  サングラスの女性は少し戸惑っていたが、数人の警備員に囲まれてやがてどこかへと連れて行かれた。 「…………」 「――終わったな」  要点のみを抑えたその言葉で、玄武は“彼”の行く末が車内で聞いた事態であることを理解した。  エスカレーターは進んでいく――。 「――失礼。あなたがたはちょっとこちらへ来ていただけませんか?」  ビクッと肩を竦めた玄武が顔を上げると、そこには女性警備員の穏やかな笑顔があった。口元しか笑っていない笑顔に不安感を覚える。 「う、うあ……」  戸惑い、うろたえる玄武。それを尻目に朱雀は 「あら、何かしら?」  と丁寧に答え、素直に警備員の後をついて行った。  彼の後をおどおどと追いかける玄武だが、どうもにも警備員の腰に下げられた“サーベル”が目に入って仕方がない……。  警備室はさすがに皇帝領の守護を司るだけあり、かなりの広さと人数を有している。  連行された2人はその中を通り、頑丈そうな扉の先に通された。  扉の先は机と椅子しかない6畳程度の部屋。近いものといえば……取調室辺りがそうであろうか。  入るなりふてぶてしく椅子に腰掛ける朱雀。放心状態の玄武はそれに倣い、隣の椅子に小さくなって腰掛けた。  5分ほど経過して――。  頑丈な扉が開かれ、1人の女が入ってきた。女は他の警備員とは明らかに異なる服装で、瞳には「ヒラではない」ことを伝える光が宿っている。  腰に下げた東洋風の剣を机に立て、女は彼らの対岸の席に掛けた。  2人を鋭い目つきで見ている女。  玄武が息を呑んで視線を逸らした時、女が口を開いた。 「あなた方のお名前を教えていただきたい――」  静かな口調で彼女は2人に質問した。 「俺は朱雀、隣の金髪は玄武。そう言うあなたはエリーナさん?」  ニヤリと笑みを浮かべて、朱雀が聞き返す。 「失礼。職務柄、名乗る事が少ないもので――。確かに私はエリーナです。お二方をお待ちしておりました」  エリーナと名乗った女は安堵したのか、顔を綻ばせて2人を歓迎した。褐色肌の彼女は先程とは打って変わって可愛らしい表情をしている。  いまいち状況が解からず、玄武は不思議そうに2人を眺めていた――――。 Act6  メーデン皇帝領はさすがに経済都市と呼ばれるだけあり、日本の首都顔負けの近代的情景を成している。  目に映るのはビル、ビル、ビル……。  普通の都市と違うのは行き交う人々が全て女性ということのみ。この経済的成功がなければ、こんな時代遅れの制度を持つ国家など、とっくの昔に消えうせていたことであろう。  摩天楼を走る6車線の道路。その脇に広がる華やかな歩道を歩く二人。茶色短髪の彼はボーイッシュに、金色長髪の彼はオトメチックな装いで道を行く。 「何で教えてくれなかったのさ!」  玄武は声を強めて文句を放つ。 「その方が面白いだろ?」  朱雀はニヤニヤとした笑みで返した。 「ちっとも面白くないよ!」  顔をそらし、玄武は目を細めてぼやいた。  2人を出迎えた警備員は今回の依頼主。朱雀はエリーナという女性の特徴となぜ自分たちが安全に正面から侵入できるのかを事前に聞いていた。  エリーナは警備隊の総括者。  彼女はその時間帯に勤務する同僚の内、必要な3人と共謀して彼らを引き入れた。  人間自体を侵入させることは責任者の彼女の立場を利用すれば容易いが、問題は朱雀の仕事道具である“銃火器”をいかに持ち込むかが焦点となった。そのためにはどうしても他の3人に協力を仰ぐ必要があったのである。  彼女が頼りになる存在として周囲の信望を集めていた成果がここに出た――。  その彼女はまだ仕事が終わらないので、終わるまで2人は暇である。だからこうして彼らは町を散策しているのである。  仕事に当る際、この町について生の情報を得ておくことも後に生きるかもしれない。 「しかし、見事に女しかいねぇな。ここは楽園か?」  恍惚な表情で周囲を見渡すと、そこには当然“女性”しか存在していない。  女装は我慢ならないが、朱雀は白昼堂々、実にロクでも無い妄想をしている。  ふらふらと町を歩き回った後、「トイレに行きたい」と玄武が訴えたので通りのカフェに入った。  カフェ内はそれはもう、これでもかと女性の園。飾りつけもテーブルも、何より空気が容赦の無い「女らしさ」を求めている。いくら女慣れしていてこの手の店にも慣れている朱雀といえど、ここまでピュアな店内だとさすがに圧倒されてしまった。  危うく「男性用はどこですか?」と聞きそうになった玄武に冷や汗をかいたが、どうにかフォローして事なきを得る。  窓際の席に座ってメニューを手に取る朱雀。  メニュー表を開くと「フワァッ」と香水の様な香りが鼻を掠める。所々には“子猫や子熊”などという生易しいファンシーさではなく、薔薇なのか何なのかよく解からないが、とにかく美しいような気がする花のイラストが薄い色合いで描かれている。  パタリとメニューを置き、溜息混じりに外を眺めた。 「いらっしゃいませ。ご注文はお決まりですか?」  不意に話しかけてくる店員。 「ああ、もう少し待ってください。連れの分もありますから」  やさしい口調で答えると、店員は「わかりました」と水だけ置いてその場を去った。  かなり上等な女性だったので、思わず飴玉を吐き出して得意の甘いヴォイスで声をかけたい衝動に駆られたが、断念。実に口惜しい状況である。  テーブルに貼られた「喫煙席」の札を見て、釈然としない気持ちで煙草に火を着けた。それにしてもこの飴玉は邪魔だ。  ぼんやりガラスを眺めると、麗しき淑女達がとめどなく行き交う景色が映っている。 「――あれ?」  朱雀の視線は当たり前の中の異変に留まった。  行き交う女性に混じって一人だけ、明らかに男性である人物が歩いている。なぜ明らかなのかと言うと、口元に逞しいお髭がわさわさと生えているから。これでもしこの人が女性であったとしても、間違えた朱雀に責任は問えないというレベルである。  朱雀はそれが噂の皇帝陛下であると気がついたが、そうなると更に不思議な点がある。  皇帝が護衛も付けずに街中を闊歩する姿も異様だが、それは一般的視界。朱雀には半径10m以内に潜む数人の護衛の位置が解っている。  異様なのは憧れの的と噂の皇帝が歩いているのに人混みどころか誰も近寄らないこと。  最初は疑問を感じたが、周囲の女性の反応を見て朱雀はこの町の“暗黙のルール”とやらに気がついた。どうやら“女性から皇帝に声をかけてはいけない”という掟があるらしい。  周囲の女性が振り返ったり、友人とキャーキャー言いながらはしゃいでいる状況と、皇帝の立場と女性の数を考えれば当然である。  歩くたびにいちいち人だかりになっていたら、むしろこの町は「妻選び」に不便。自由に歩き、選択できるからこその“皇帝領”なのだから。 「皇帝ねぇ……それなり風格あるでないの。こりゃ女の子も集まるかな」  などとガラス越しの皇帝を眺めていると、チラリとこちらを見た皇帝と目が合った。正面から見ると顎鬚の長さに感動する。  歩き方も自信と気品に満ちており、人間としての完成度も窺える。  目元にはセクシーなホクロがあり、髭もかなりこだわって手入れをしているようだ。  朱雀は目が良い。だが、彼の目はどうでもいいことは映さない性質。  それでも見えるのはそれが目立ったり、“こちらに向かってきた”時くらいである。 「……え??」  朱雀が異常に気づいたのは、皇帝が店内の自動ドアを潜る直前であった……。  皇帝の来店に騒然となる店内。朱雀も騒然とまではいかないが嫌な胸騒ぎを感じている。  立派な髭の皇帝はキビキビとした動作で淀みなく、無駄なく目を惹かれた人の元に近づいていく。 「まさか、おい、ウソだろう……?」  煙草を灰皿に置き、ただならぬ圧迫感に思わず臨戦態勢を整える。 <カッ>  踵を鳴らして、紳士は淑女の前に停止した――。 「安らぎの一時に失礼。あなたの視線に情熱を感じ、こうして押しかけさせていだたきました次第です。どうぞお許しを……」  皇帝は丁寧に、失礼の無いように。低姿勢な態度でレディーへの挨拶を行った。  皇帝とはいえ、紳士としてのプライドと精神が女性に対する尊敬の念を抱かせるのであろう。 「・・・・・・」  男に誘われるのは初の経験。あまりにも予想外な出来事に言葉に詰まる朱雀。むしろ予感通りすぎて信じたくない心境かもしれない。 「あ、あーっと……いえ、こちらこそ。陛下にお声をかけていただけて光栄ですわ」  どうにか演技をひねり出し、「鬱陶しい、失せろ!」の言葉を心に仕舞い込む。 「お美しいあなたと是非とも、ゆっくりと言葉を交わしたい。どうか、私と城に来てはいただけませんか?」 「あの、それはとても嬉しいお誘いですが……その、私は買い物に来ただけで――」 「おお、居住者の方ではありませんでしたか。ならば他用もありましょう」 「え、ええ……」 「ですが、お時間は取らせません。例え本日出国されるとしても、半刻頂ければ結構ですので。良き思い出となる持て成しをお土産代わりされては如何でしょうか?」 「――ありがたいお誘い、気持ちだけでも涙を禁じえない思いです。こうして陛下と言葉を交わせたことが、生涯忘れられない思い出でございます」 「勿体なきお言葉。ですが、どうか一国の皇帝としての願いを少しだけでも叶えていただけないでしょうか? 卑怯な申し方とは思いますが、あなたを思う気持ちを真摯に伝えたいが故――どうか共に我が城へとお越しください」 「…………」  皇帝にここまで言われると言葉を返し辛い。周囲の女性も「どうしたのかしら、せっかくのお誘いなのに……」と疑惑と嫉妬の視線を突き刺してくる。何とも耐え難い、複雑な空気。先程の甘い空気はどこに消えたのか?  いっそのこと飴玉をその髭面に吐きつけ、 『うっせぇ、俺は男だ! 俺にその気はねぇんだよ!!』  と怒鳴ってしまいたいところである。  堅苦しい空気の中、1人の女性が紳士と淑女の元に駆け寄ってきた。 「ゴメン、ゴメン。いやぁ、ちょっと手間取っちゃって――アレ? 男の人?」  弾ませた胸を落ち着かせて、金髪の女性は髭面の男を見つめた。  この時、皇帝に電流が奔るっ―――。 「――彼女はあなたのお連れの方でしょうか!?」  先程よりテンションを上げて朱雀に問いかける皇帝。 「……そうです」 「なるほど――あの、私は当国の皇帝、ルトメイア13世と申します」  皇帝は胸に手を当ててお辞儀をしながら名乗った。 「へ? 皇帝って……え!!?」 「突然の申し出で不躾では御座いますが、どうか私の城に来てはいただけませんか? 是非ともあなたと話がしたい……もちろん、お連れの方も共に!」 「え、“しろ”って、“城”? これって……」  焦る玄武を眺めながら、朱雀は皇帝の態度を考察していた。  皇帝は生まれながらに「受け入れる」立場にあり、彼の誘いを受ける女性は「受け入れてもらう」立場にある(それはこの国にいる時点でほぼ確定)。彼はそれに気がついており、だからその公式を隠して尚且つ利用する為に下手に出る。これは別に卑怯なわけではない。むしろこの国の女性にとっても利点がある手段。  現在朱雀が置かれるような状況も、「受け入れてほしい」と思う女性ならばさして問題にはならない。「あの子ったら。キーっ、悔し!」とは思うかもしれないが、どのみち皇帝は一夫多妻。遅かれ早かれ“どちらがより愛されているか”の競争はある。よって、この状況でも大した問題は発生せず皇帝は二兎をGETできる。  だが、朱雀のように「受け入れてほしくない」人間からすれば非常に不快であろう。そういった「例外的女性」や「プライドが高い女性」に対する対応が甘いな、フン!  ――と畳み掛けるように高速考察をする朱雀。なんとも言えない敗北感が彼の脳に去来しているので、それを排除しようと必死になっていた…………。

$四聖獣$

  メーデン皇帝領・パニック編: End $  メーデン皇帝領・月夜の剣銃編  $  そこには一人の剣士が立っていた。  夜空の下、瞬く星に照らされて。刃は濡れているかのように輝く。上弦の月は血に染まった彼女の甲冑に濃い影を落としていた。  眼下に落ちていった友の返り血は未だに水気を帯びている。彼女は手甲についた死闘の痕を嬉しげに舐めた。  妖艶なその剣は求めるモノを麗しき彼女に与え、淫乱なその剣は過ぎたるモノを卑しき彼女に与えた。  憎しみは憎しみを。悲しみは悲しみを。  闇夜に振るわれた剣から弧を描いて血液が飛び散る。降り注いだ赤い雨が次々と白城の塔を染めた。  儀式を見届けた4人の剣士達は跪き、血の剣帝に対する忠誠を誓った。  ディスペアは嬉しそうに微笑み、やがて沈黙する。  この日、再び彼女の時代が始まることとなる―――― Act1  メーデン皇帝領は東を平原、西を海岸沿いの絶壁に守られている。  欧州から少し飛び出した半島のような地形に建国されており、陸路からも海路からも侵入は難しい。  唯一の国外交通手段である皇帝鉄道も厳重な監視が施されており、また銃火器の持込みにも厳しい。玄武は警備責任者である依頼者・エリーナの協力無ければ侵入も不可能であっただあろう。  また、朱雀が「2回程チェックを受けている」といっていたが、その勘は正しい。  女性権限尊守のためサーモグラフィーなどは用いないが、相応な方法で男性の侵入を阻む検査は同時に銃火器のチェックも行っている。  皇帝領内は刀剣などの刃物も当然持ち込み不可なのだが、何よりも皇帝領としては“銃火器”の持込みを嫌っている。理由はやはり、「皇帝への狙撃」。遠距離からの攻撃に対しては護衛が難しいからである。  それでも過去、銃火器の持ち込みは何度かあった。だが、皇帝が暗殺されるような事件は発生していない。  メーデン皇帝領の名物であり武力として『皇帝騎士団』の存在がある。  皇帝領内で警備を行っている者の腰にサーベルがあったが、彼女も「騎士団」の一員。と、いうより国内の警備を行う全ての女性は「騎士団」の団員なのである。  彼女らは各国から集まっている剣の達人。銃弾を剣で弾く猛者も存在する。  なぜ彼女らが集まってくるのかというと、「皇帝騎士団」が世界有数の国家戦闘集団であり、女性限定の戦闘組織としては他に類を見ないほどの完成度と権威、知名度を持つから。  皇帝領の独立以前から続く伝統に憧れ、騎士団に志願する者は多い。また、騎士団の団員は皇帝の目に留まりやすいことも主な志願理由の一つ。 「騎士団の噂はかねがね聞いているさ。なんつっても美女集団でも有名だからねぇ」  紅茶の甘い香りを嗅ぎながら朱雀はほぅっ・・・と嬉しそうに溜息を吐いた。飴玉を出したので、声はいつもの男声。  高層ビルの一室。  地上27階に位置する部屋からの眺めは壮観、爽快。広大な自然も美しいが、整頓された文明の英知が立ち並ぶ姿も見ごたえがある。  あえてアスファルトがむき出したままの壁は冷えた印象を部屋に与え、黒色の低いテーブルやソファ、TVラックなどが「無機質」な世界を演出している。  フローリングの床に敷かれた薄黄色のカーペットはその中でも目立つ優しさで、部屋全体が寂しくならないように空間を守護する。  “デキる一人暮らしの女が住む部屋”というメッセージを掲げるかのように整った部屋はエリーナの住居。仕事を終えたエリーナと合流した朱雀と玄武はここで詳しい依頼の内容を聞いている。 「それにしても地味に凄いわね、コレ。舐めているだけで声が変わるなんて……」 「やつの“胸”もあいつの発明さ。そういうのが得意なんだよ、あいつ」  女装の仕組みを聞いて「へぇ~」と感心しているエリーナ。視線を横に移すと、そこにはガラスに向かって何やら腰をクネクネと動かしている玄武の姿がある。 「……何をやっているの、彼?」 「さぁな。ああいうのも得意なんだよ、あいつは」  カップに口をつけて慣れた様子で受け流す。玄武の奇行は今に始まったことではないらしい。 「あはははっ。得意って、踊りが得意なの?」  顔を緩ませるエリーナ。褐色の肌にえくぼ。人の目を留める朗らかな笑顔である。  商談であるはずの会話は明るい。依頼者が「人殺しも請け負う裏社会の人間」と話していることを忘れてしまうほどの空気。  朱雀は商談の場をただの事務的なやりとりにはしない。彼らが受ける依頼は必ずや何か「公に言えない理由」が存在するはずであり、そこにある依頼者の感情、決意からその依頼がどういった“質”のものなのかを判別する。  彼らは“何でも屋”とはいってもあくまで“紛い物”。本物ならそれこそ誘拐、強姦から虐殺の依頼まで、“質”を問わずに引き受けるであろう。  だが、彼らは仕事の“質”を選ぶ。  それは「善悪」であったり「興味」であったり、個人によって異なるが、大まかに「精神的に気にくわないことはしねぇ!」の考えは共通。場合によっては依頼者をターゲットにすることもあるし、ターゲットを救うこともある。  彼らのポリシーとして、依頼の前にその“質”を確かめることは重要だが、そのためには依頼者の「性格」や依頼に対する「感情」をある程度把握する必要がある。  朱雀は相手の「本音」を引き出す技術に長け、それを的確に把握する“洞察力”にも優れている。  商談の場が緊張していると相手は「理性」で考えたことを話す。これでは本音も何もないので、場を弛緩させ、相手が「感情」で想ったことを話してくれる状況を作り出すのである。  この丁寧な配慮は朱雀がいつも当たり前に行っている癖のようなもの。  ただし、朱雀は女性が関らない依頼などを「心の底からどうでもいい」と考えているので、そういった場合は“物の価値を判断する物”を積んで彼が依頼に求める“価値”を高めるしかない。 「ここって禁煙?」  朱雀は緑色の箱を出してちらつかせる。 「ええ、ここは禁煙よ。ダメなのよね、臭いとか……」  エリーナは少し怪訝な顔で答えた。 「OK。じゃぁ、煙草臭い人も嫌い――?」  ばつが悪そうな表情で聞く。 「別に。同僚の娘もほとんど吸ってるし。それに、私も昔はやってたから」 「へぇ、そうなんだ。なんでやめちゃったの?」  箱を弄くりながら聞き返すと、エリーナは少し考えてから 「皇帝陛下が煙草を吸う女が好きだって聞いたからよ」  と、答えた。 「あれ? 皇帝嫌いなの?」  意外な返答なのでちょっと驚いた様子の朱雀。 「ねぇねぇ、トイレどこ?」  会話に割り込んで、玄武がモジモジしながら聞いてきた。 「トイレはそこの黒色のドア」 「アレか! じゃ、お借りしまぁ~す」  丁寧に礼をしてから、玄武は指差された黒色のドアに駆け込んだ。 「綺麗に使ってね。…………彼って、何歳?」  挙動や150ほどの身長から、もしかしてかなり低年齢なのかとエリーナは朱雀に問う。  聞かれて「ん?」と戸惑い、指をおって数える朱雀。しばらくしてから「たぶん……」とこぼして 「23か24かな。まぁ、いつもは180以上あるからあんま感じないけど、今の身長じゃ確かに子供に見えるね」  朱雀の答えに「そんなにいってるの!?」と驚くエリーナ。 「子供っぽいというか、無邪気なんだよ。でも、馬鹿だけど頭は良いよ」 「どういうこと……?」  エリーナは困惑して首を傾げた。 「そのままの意味さ。それよりさっきの話。皇帝嫌いならなんでこの国にいるんだい?」  あまり興味がない話題なので話を変える。 「嫌い? 皇帝陛下は嫌いじゃないわよ。ただね、皇帝陛下が公言している“好み”に媚びるのって、なんだか嫌なの」 「なぁんだ――。別にいいんじゃねぇの、好きな人が“好き”と言っていることをしたって」 「どのみち煙草は部屋が黄ばんだりするから……」 「いやいや、コレの話じゃなくってさ」  緑色の箱を指で叩いて会話の方向を修正する朱雀。 「――皇帝陛下とかじゃなくてね。“強くなる”には煙草は吸わないほうがいいでしょ?」  エリーナは頬杖をついて、明らかに“小”ではないトイレの住人を気にする。 「あらら、おかしな話じゃん。“皇帝騎士団”の一員が“皇帝とかじゃなくて”とか」  その言葉に、エリーナは思わず朱雀の顔を見た。  朱雀と視線が合うと、彼の眼光が遥か天空を舞う“鷲”のような鋭さを秘めていることに気がつく。  器用に会話を操るその青年には、猛禽のそれに似た強さが隠されている。  ほんの一瞬だが、エリーナには彼と目を合わせた瞬間が数秒にも感じられた。 「親衛隊ってやつは主君の為に“強くなる”ものだろう? 君らなら皇帝の為にさ」 「――さっきから気になってたんだけどね。この国では“皇帝陛下”と言わないと睨まれちゃうわよ?」  横髪を左手で梳きながら、やや鋭くエリーナは言葉使いの変更を促した。 「失礼。敬うのは不慣れなもので……」  両手を外側に向けてヤレヤレと首を振る朱雀。その様子を見て、エリーナはクスリと笑う。 「あなたが言うとおり、今の私が強さを求める訳は皇帝陛下じゃないわ」 「依頼はその“訳”に関係があるのかな」  エリーナは窓の外を一度見てから再び朱雀と視線を合わせる。 「――“メーデン7騎士”を知ってる?」  朱雀は「名前を聞いたことがあるくらい」と頬杖をつきながら答えた。 「メーデン7騎士は騎士団をまとめる各部隊長クラスの騎士のこと。彼女らは世界各地から集まり、選抜された3576人の騎士団からさらに厳選された精鋭。7騎士は一般団員達のリーダーでもあり、目標でもあるわ……」  そう言うとエリーナはソファを立ち上がった。彼女は壁に掛けられた制服を手に取り、制服に付いている“翼竜の紋章”を誇らしげに指差した。 「エリーナ、君はつまり―――」 「ええ。私はその中でも“ゲートキーパー(門番)”の役割を持つ騎士よ」  驚いた表情で彼女を見上げる朱雀。「凄ぇな」と言われて少し照れくさそうにエリーナは横髪を梳いた。 「私の“ゲートキーパー”も含めて、称号は全部で5つ。その中でも“ガード(護衛)”は特に重要な役割だとされているの」  壁の服掛けに制服を戻し、エリーナはソファに戻って話を続ける。 「“ガード”は城内の皇帝陛下周辺守護を主な任務としていて、7騎士である3人によって構成されている。彼女達の中心人物は騎士団全ての中心でもある“皇帝騎士団長”。つまり、“ガード”は他の役割とは格が違う称号ってことね」 「騎士団長、か……」  言葉の最後に少し暗い表情を浮かべたエリーナを見て、朱雀はそれが嫉妬による表情ではないことを悟った。 「団長の腕は相当なものなんだろ?」 「そうね、なんと言っても団長だもの」 「“君が勝てない”くらい腕がたつ?」 「――――彼女は普通の人間では勝てないくらいに……強いわ」  エリーナは影のある目で窓の外を眺めた。窓に映る近代的な景色も、彼女の瞳には異なったものに感じられる。 「団長を目指すのは憧れかい? いや、違うか。それなら俺達に依頼する意味が無い」  朱雀はやや体を前に倒して視線を逸らした彼女の横顔を見つめた。 「私じゃ勝てない。どんなに強さを求めても……私は無力だから、止められない……」  悔しさか悲しさか。彼女は唇を震わせて、ギュッとそれを噛み締めた。そっと瞑られた瞳から涙が溢れてくる。 「“団長”ではなく、“彼女”が目的か……憎いから殺して欲しいってことでもなさそうだな。できれば理由を聞かせてほしい」  できるだけ落ち着いた声で語りかける朱雀。  冷静な彼の言葉に答える前に、彼女の頬を涙が伝った―― < バ・ジャー! >  水が勢いよく流れる音。「カラカラカラカラ……」という音の後に封印の扉は開かれた。 「うひゃぁ! やっとすっきりしたよぉ~~」  そう言いながら駆けてくる背が低い1人の女性、もとい男性。  Fカップの胸を弾ませて、彼は朱雀の元へと寄ってきた。 「いやぁ~ゴメン、ゴメン。大変長くなってすまヌです」  HAHAHAと陽気に朱雀の横に座る玄武。朱雀は大きく溜息を吐き出して項を垂れた。  朱雀は額を押さえ、暗い調子で隣の美青年に問いかける。 「空気読もうか、お馬鹿さん♪」  呆れたような朱雀の言葉に「あ~」とよく解っていない表情を浮かべる玄武。しばらく呆けた後、気がついたように「バカ言うもんがバカなんじゃい!」と言い返した。  そんな抜けている青年の額をデコピンしてから、チラリと彼女の様子を窺う。  そこには潤んだままの瞳で「アハハッ!」と笑う可愛らしい笑顔があった。  朱雀は隣に座るヤツの頭をなでて、ニヤリとした笑みを向ける。  玄武は赤くなった額を押さえながら、再び疑問符を浮かべていた――。 Act2  白い壁面。背後の海面に反射する光によって、遠くからは影が水色に見え、やや灰かかった白色の壁面が淡いコントラストを成す。  外壁を雲に例え、その色合いから“雲海の城”と呼ばれるメーデン皇帝居城“カントラック”。フット民族の言葉で「栄華」を意味するその城は国の特性上、皇帝以外の男性は肉眼で実物を見られないため「女性のもの」といった認識が高い。故に「城界の女帝」などと城マニア達の間では設定されている。  城内の中心通りである「白柱回廊」。無数の白い柱が続くこの直線回廊に沿って各種施設は立ち並び、その終着点は皇帝居住区を通り抜けた先、広がる西洋を見渡せる「大庭園」である。  天気の良い日など、この大庭園はよく皇帝に活用される。昼には昼食、夕刻には沈む夕日を眺めながらのロマンチックな一時を。夜には広大で障害が無い景色を利用した船からの花火打ち上げなど、なんでもあり。  皇帝ロマンチック伝説の1つ、「海から1万発の花火」もここで行われたものである。  だが、皇帝は基本的に一途で、その心は案外と繊細。  時刻は夕刻。間もなく日も落ちきる時間帯。  皇帝は珍しく共の女性を連れず、城内にいた。周囲の者はこういった状態を「珍しい」などと噂しながらも、なぜそうなっているのかを大体は理解している。 「陛下、食事の用意が整いました」  豪壮な城内でも一際豪華で天井が高い20畳ほどの広さがある部屋。どんな大男が寝るのかとツッコミたくなるようなベッドに向かって女騎士が跪いている。  肩ほどの長さで整っている赤色の髪。顔つきから気の強さを感じる美女である。 「――そうか」  不必要に広いベッドから起き上がり、皇帝は気品溢れる動作でそこから降りた。 「いつも知らせてくれてすまないな。感謝するぞ、【ウィンガル】」  皇帝は無駄に美しい靴を履いて、服装をやたらと豪華な鏡で整えている。 「陛下、本日のお相手がお決まりでなければ、どうぞこの身をお使いくださいませ」  赤い絨毯に跪いたまま、女騎士は胸に手を当てた。 「気を遣わせてしまったか。しかし、今日はそのような気分ではないのだ――。その心だけ受け取っておこう。もう下がって構わないぞ」  値段の想像もつかないほど煌びやかなガウンを纏って、皇帝は鏡の中で覇気無く佇む己を見つめた。 「出過ぎたことを申しました。失礼いたします」  女騎士は立ち上がり、踵を返して皇帝の寝室を去った。  白色で金の装飾が絢爛に輝く扉を閉め、しばらく歩いて立ち止まる。  皇帝が共を連れない状況は珍しいが、その理由は二択。  意中の相手に誘いを断られたか、もしくは後日に約束を取り交わしたか……。  いずれにしろ今、皇帝の心の中にはどこぞと知れぬ女の影がある。 「――最後の“月夜”から1週経つか。そろそろ腹が減った頃だろう?」  彼女は背中にある大剣の柄を掴み、愛おしそうにそれをさすった。  首元には“翼竜の紋章”が青銀に輝いている――。 Act0  かつて、仲の良い3人の女騎士がいた。  一人は強く、一人は美しく、一人は優しいその騎士達は、メーデンという国の騎士団を率いる“7騎士”の中核であった。  最も強い女騎士は他の2人達からすると若干は見劣る器量。  だが、騎士団長である彼女は皇帝との夜を他の騎士達よりも長く過ごしていた。  強くて人望がある女騎士はどこか神秘的で、口数少ないが無言でも周囲に多くを語れる器を持っていた。皇帝はその姿に高貴さと精神の美しさを感じたのであろう。だからこそ皇帝は彼女を強く求めていた。  最も美しい騎士は皇帝がその役割を忘れそうになるほど愛する強き騎士に憧れ、それを誇りに思うと同時に嫉妬した。  彼女への尊敬と友情で必死に抑えようとしたものの、やはり負の想いが消える事はなく、美しい騎士は眠れぬ夜を過ごしていた。  思い悩んだ彼女はやがて悲しみによって心を乱し、憎しみの想いを抱いて力を欲するようになった。  ひたすらに葛藤しつつ力を求める彼女は機会を得て、ついに強き親友との決闘を申し出る――。 Act3 「 皇帝陛下に会った!!? 」  エリーナの驚愕した声が整頓された部屋に響く。  朱雀は改めて入れてもらった紅茶を飲みながら、コクリと頷いた。 「声をかけられたよ。いやぁ、さすがは手馴れていらっしゃる。中々引き下がらないんだな、コレが……」  朱雀はカフェでの一件を思い出して苦笑いを浮かべている。 「嘘!? 本当なの? ――そりゃ、あなた達は美人に見えるけどさぁ……なんか、なんか凄く嫌なんだけど!!」  皇帝を想う身としては複雑である。エリーナは頭を抱えて塞ぎこんだ。  隣ではどこから出したのか。何に使うのか解らない、謎の機械を弄くる玄武の姿がある。  “話を聞けよ!”と朱雀が怒鳴りそうだが、放っておくと鬱陶しいのであえて許可した。 「まあ、それで城へと招待されてしまった訳よ、コイツが。Fカップは偉大だぜ……」  作業に没頭している相棒の後姿を眺めながら、疲れた様子で朱雀は言った。 「城に!!!??」  取り乱して身を乗り出すエリーナ。 「とりあえず落ち着いてくれ。で、明日の夜、あいつは城に行く事になっている。ターゲットは城にいるんだろ? だから明日の夜は大チャンス。やるなら明日だ」 「え――明日……」  急な提案にエリーナは押し黙った。覚悟ができていなかったわけではないが、それでもやはり、戸惑いはある。 「今ならまだ迷ってもいいが、待てるのは明日まで。明日の機会を逃すようなら諦めるべきだろう」  今回の依頼は「暗殺」。しかしその経緯から、朱雀はエリーナが思い留まるのも一つの道であると考えている。 「――わかりました、明日ですね。ならば私も明日、城に向かいます」  エリーナの言葉に「来る必要は無い」と朱雀は答えたが、エリーナは「見届ける必要がある」と決意を顕わにした――。 Act4  上弦の月が輝く夜天の下。歴代の皇帝が過ごした“雲海の城”は、夜闇に紛れた町を夜空に例え、空に浮いたかのように聳えている。  城に招待された玄武は歓迎の車で城内へと容易く侵入し、エリーナは女性として当然の権限の下に入場した。  朱雀は女装して「庭園から夜空を眺めたいの」とでも言えば問題なく入れたのだが、「情けないからヤダ!」と不法に侵入した。  “侵入”は彼の専門分野で、彼の侵入を防げることができる建造物はこの世に稀。しかも女性は24時間出入り自由な“カントラック城”において、その警備体制は比較的甘い。侵入は完遂された。  皇帝の守護は固いので“皇帝の暗殺や誘拐”となれば不可能に近いが、施設自体への侵入はかなり楽。そもそも国への侵入が困難なので、これでも問題は無いのであろう。  皇帝のテクニックとしつこさで危うくこの日がベッド・イン記念日になりかけた玄武も、朱雀のナビゲーションを頼りにどうにか凌ぎきった。  皇帝も不出来な男ではないので、腕力や権力に訴えるような強引な手段は用いない。彼が本物の紳士で良かったと玄武は心から安堵した――。  皇帝が眠りについてからしばらくは明日の準備や片付けで慌ただしい城内。だが、それも3時間程すると城内は消灯の時間を迎えて一気に静まる。  城内の豪華な一室。皇帝の寝室と同等なほど豪壮な部屋。そこのやたらと広いベッドの上でスヤスヤと眠る金髪美女。あどけない表情の寝顔で時折ヘラヘラと笑っている。 “ ギィィ…… ”  開かれる白色の扉。  開け放しの大きな窓から入る月光が、胸当てを銀色に輝かせる。  鉄の具足を静かに鳴らして、女騎士はベッドへと近づいていく。  差し込む光が徐々に彼女の姿をあらわにして、肩ほどの長さで整えられた影色の髪が本来の色である“赤色”に照らされる。彼女の背中には刃が広い大剣。  無表情に歩を進める女騎士。  ベッドがいよいよ近くなり、やがて彼女の口元が僅かに笑みを浮かべた――――。 『 わりぃけど、ゆっくり寝かしてやってくれないかな 』  ピタリと足が止まる。  窓際から聞こえてきた声。それが不審なものである事は明白である。 「疲れてんだよ、ソイツ。ま、かなりの恐怖と緊張があっただろうからなぁ」  不審な声に、女騎士は2つの意味で驚いた。  1つはその声が夜空しか見えないはずの開け放された窓から聞こえてきたから。  そしてもう1つは、その声の主が明らかに“男性”のものだからである。 「――なぜ陛下以外の男がここにいる」 「仕事と趣味」  威嚇するような低い女の声に対して、朱雀は軽い調子で答えた。  Gパンのポケットから緑色の箱を取り出し、慣れた手つきで自制した煙草を咥える。 「――愚問だったな。では2つほど忠告しておこう。1つ目は、男性の不法入国者は発見次第、皇帝騎士団による“死刑”の執行が許されているということ……」 「そりゃ恐ろしいな。弁解の余地無しに俺の死刑確定かよ。で、気になるもう1つは?」 「私の傍で“煙草”を吸うな、だ」  女騎士の口元が苦々しく曲がる。 「あん? やなこった。城は禁煙じゃないんだろ?」  そう言って咥えたそれに火を着ける朱雀。 “シュボッ......”  と音が鳴ったことを確認して、女騎士は微かに声を出して笑った。  金具を外し、背中から荒々しく大剣を振り抜き、窓枠に寄り掛かるその男をにらみ付ける。 「喜べ、今宵の餌は2つだぞ」  大剣の刃を撫でて、愉快さをその血で表現する女騎士。  朱雀は腕を組んで“ふぅっ……”と灰色の煙を夜空に吐いた。 「我が名は皇帝騎士団が団長、“リオナ=ウィンガル”。皇帝定めし法の下、貴様の身命に裁きの剣を下す者!」  切っ先を朱雀に向けて、声高に名乗りを上げる。表情からこれから誇り高き任務を遂行するという意志は見られず、ただ笑みを浮かべているのみである。 「我が剣の糧となれッッッ――!!」  ウィンガルの体は勢いよく跳躍し、ベッドを飛び越えて斬りかかった。 「おっと――」  朱雀は身を翻して、窓の外へと飛び降りる。窓枠に当たり、激しい金属音を鳴らす大剣。 「…………」  剣についた微かな傷痕を見て、ウィンガルは顔を歪めて舌を打つ。  たなびく煙を充血した瞳で睨んだ後。それを追って彼女も部屋を飛び出した――。 Act6  大庭園に生えている大木。8代皇帝が植えたとされるその木の下で、眼鏡をかけた女が眠っている。読みかけなのか。彼女の横には開かれたままの本がある。  青色の前髪が潮風に吹かれて僅かにそよいだ。 “ギィンッ――”  静かな大庭園に金属音が微かに響く。  眼鏡の女は目を開くと、音の方角に視線を向けた。 「何かしら。あそこは今、客人しかいないはず――」  本を閉じて彼女は立ち上がった。“異常はないかもしれない”の考えは守備兵に禁物である。優秀な兵ほど、“異常が起きたのかもしれない”と何事にも常に能動的な発想をする。  彼女は本をその場に残して音の方角――客人が寝ている部屋へと足を向けた。その下にはパーティ用の大広間へと繋がるバルコニーがある。 『アハハハハッ!』  今度はバルコニーから女性の笑い声が聞こえてきた。客人の寝言にしてはあまりに異様。何か普通ではないことが起きている可能性がいよいよ高まる。  不安を確信に変えて駆け出そうとした彼女の進路上に、人影が立ちはだかった。  大庭園に天を遮る物は無い。上弦の月はその影を偽りなく照らしている。 「どうかしたの? エンリケ」  目の前に立っているのは皇帝7騎士の1人であるエリーナ。眼鏡の女は役割柄、ここにいないはずの彼女に疑問を感じた。 「エリーナ様、なぜここに……? いや、それより城に異変が起きております。先程の金属音や女性の声をお聞きになりませんでしたか?」 「さあ、聞こえなかったけど――」 “ギキィン――” 「「!!」」  再び鳴り響く金属音。最早疑いようはない。 「やはり、バルコニーで何か異常が起きているようですね。すぐに向かいましょう!」  眼鏡の女は城のバルコニーを指差してエリーナを促した。 「エンリケ、私が行くわ。あなたはここに残りなさい」 「何故です?」  理解のできない判断に思わず聞き返す。エリーナはその彼女を厳しい目つきで直視した。 「……エンリケ、あなたは私の腕を信用していないの?」 「…………」  厳しい視線と低い口調で威嚇するように話すエリーナを、眼鏡の女は無言のまま見返した。  数秒ほど、無音の時が流れ――やがて眼鏡の女は静かに口を開いた。 「……エリーナ様。私はあなたに恩を感じています。入団の当初からあなたを見て、憧れて私は腕を磨いてきました。しかし、それを踏まえた上でも、今の私が最も優先するべきことは騎士団の規律です」  眼鏡を外して毅然とした態度でエリーナに語る女騎士。青髪を揺らしていた潮風がピタリと止む。 「エンリケ、私はあなたのその知性が好きよ。でも、今はその知性を発揮して欲しくはなかった……」  悲しそうに言葉を発した後、エリーナは腰に下げた東洋風の剣の柄に手を置いた。 「訳は後ほど聞きましょう。願はくば、それがあなたの罪ではありませんように……」  青髪の女騎士はそう言うと、両の腰に吊るした鞘から1対の透き通った刃を引き抜いた――。 /  豪壮な広い部屋の中。やけに大きいベッドの上で、玄武はスペクタルな夢を見ていた。 「海賊が……」  寝言でそう呟き、ゴロリと寝返りをうつ。先程まで張り詰めていた空気もやり取りも、まったく彼の夢には影響を与えていないらしい。 「ぬぅ……」  突然苦しそうな表情に変わる。 「んが……うふぅ」  何がキツイのかは不明だが、ゴロゴロと左右に寝返りをうって苦しむ玄武。 「ぷは! ゼェ、ゼェ――」  “ガバリ”と起き上がり、広々とした部屋を見渡す。そこには当然、宇宙大帝ギャリックは存在していない。  玄武は呆けた後、現状を理解して再び横になった。フワフワと眠気が近づいてくる……。 「――て、アレ?」  “ガバッ”と起き上がる玄武。しばらくボーッと考えた後、自分が今するべきことを思い出した。 「そうだ、僕は寝ている場合じゃないんだった。むしろ“寝てても良いけど死ぬよ?”って言われてたんだった!」  “危なかった”とホッと胸を撫で降ろして窓を見と、そこには星々が瞬く美しい夜空がある。それはそれでいいのだが、問題は相棒がいないこと。  確か計画ではそこに朱雀の姿がないといけないはず。ついでに言うと、玄武はとっくにこの部屋を出て彼の役割をこなしていなければならないはずなのだが……。 「うわぁ、マズイ! 寝坊しちゃったよ」  そう言いながらいそいそとベッドから抜け出す。赤い絨毯の上で伸びをすると「んぁぁ」と唸り声が出た。 「あら? どういうことかしら」  背後から女の声。  聞こえてきた声の方向に目をやると、そこにはマントを羽織った女の姿がある。  その女は緑色の髪と豊満な胸を揺らしながら玄武の元へと近づいてくる。 「すでに事は終わっているハズなのに、なぜあなたはそうして伸びをしているのかしら?」  胸に“翼竜の紋章”を輝かせながら、マントの女は質問をした。 「え? なんでって……」  玄武はまだ寝ぼけているのか、女の質問に力なく答える。 「それに、変ね? 客人の女性は小柄だったハズなんだけど……」  マントの女の視線の先には、身長180cmを超える人が立っている。 「あと、彼女は私ほどでは無くとも、それなりに胸が大きかったはずだけど……」  マントの女の視線の先に立つ人は、ペッタリしている自分の胸を確認した。 「あれ、胸が縮んでる!!?」 「――それと、声が少し低い気がするのは気のせいかしら?」  マントの女はそう言うと、手にしていた杖から捻じれた刃を引き抜いた。 「あ、アレ?」  さすがに自分が今、物凄くヤバイ状況であることに気がついて玄武は後ずさる。だが、後ろは窓である。  ここは普通の建物の4階相当の高さがあるので、常人が飛び降りるには大変な危険を伴う。というかたぶん死ぬ。 「うふふ、解ったわ。あなたって“イカレた不法侵入の腐れ野郎”なのね」  口調は変えずに明らかな怒りを突きつけるマントの女。玄武にはもう、下がれるスペースが無い。 「あなたは私が死刑にしてあげる。せいぜい怯えて漏らして糞垂れて、無様に死んでくださいな」  影のある笑顔を魅せた後、マントの女は手にした剣を上に掲げた。  突如として緑色の炎に包まれる刃。炎は渦を巻くように彼女を取り巻いた。 「――ねぇ、あなた。“本物の魔術”を御覧になったことはありまして?」  緑に照らされた部屋の中。緑炎を従える女騎士は悪戯な笑顔で問いかけた。  危険が明らかな形となり、いよいよ現状を確実に理解する玄武。そして自分が「魔術使いの騎士」を監視する役であったことを思い出した。  こうなったらもう、やるしかない!  スカートの裏に隠していた紙切れを取り出し、1つ呼吸を置いてから読み上げる……。 「友人、セント=ヘレナの名を借りて――」  玄武がそれを読み上げた直後、炎の固まりを放出して燃え尽きる紙切れ。  強い魔力の気配に勘づき、緑炎の女騎士は余裕の笑みを失う。   紙切れを飛び出した炎の塊は空中でその姿を変え、翼を広げた燕の姿となった――。 Act5  空中に飛び出したウィンガルに迫る螺旋回転の鉛玉。  人間離れの速度で大剣を振い、ウィンガルはそれを斬って弾いた。  暗闇のバルコニーに着地する両名。上弦の月光を受けて、二人の影が白色の床に伸びた。 「……知り合いに“弾丸を弾く侍”がいるけど、この暗がりではどうかな」  そう言って朱雀は冷や汗を拭った。  朱雀の前には正面から月光を受ける1人の剣士が立っている。  ウィンガルは虚空で大剣を振り回し、狂気の瞳で前に座る銃士を睨み付けた。  彼女は振り回していた大剣を止めると、突如として笑い声を上げる。その姿は由緒ある騎士団の団長ではなく、愉悦する快楽殺人者に近い。  笑いながらも、傷痕1つ無い大剣を横に構えて力を溜めるウィンガル。 「“異界の悪魔”――か」  狂騎士の手元に光る大剣を見て朱雀は呟いた。  見事な均衡で真っ直ぐに伸びるその剣は、俗に言う“妖刀”である。200年程前、この大剣を晩年の共とした“偉大なる狂騎士・アジェル”はこの剣によって名を馳せ、そしてこの剣によってその命を失った。  滅びの魔剣、“悪魔ディスペア”は持つものに力を与える引き換えに生涯全てを用いた“世話”を強制する。  力を与えている彼女は腹を空かすと新鮮な血を要求。  持ち主にとって振う必要がなくとも、彼女が求めればその刃は人を割かなければならない。それによる食事と蓄積される苦悩、絶望による葛藤が彼女を“不滅の剣”として成立させているのである。  ウィンガルは剣の求めるままに地を蹴った。  飛び掛ったウィンガルを右手に握る41マグナムの拳銃で打ち落とそうと思った朱雀だが、あまりにも彼女の跳躍が早いため、ただただ回避に専念するしかないと判断。  横に大きく跳んだ朱雀の影に大剣が勢い良く振り下ろされる。  破裂するような金属音と共に金属粉と火花が飛び散った。 「コイツなら、避けられるかなっ!?」  革ジャンの裏からもう1つの50AEデザートイーグルを取り出して二丁で弾丸を放つ。  胸部と股関節付近を狙って放たれた避けにくい弾丸は、両方とも大剣の刃に割かれて弾かれてしまった。 「――服装が悪いな。調子が出ないわ」  苦笑いを浮かべながら振り払われる刃を必死に避ける朱雀。  反射神経と機敏さに定評がある彼が、“いつまでも避けきれるものではないな……”と高速で打開策を練らなければならないレベルの剣速である。  ただの人間では不可能な速度。人間の稼動の限界を超える動きに彼女が耐えているのはディスペアの力による。  肉体強化と戦闘中の負荷に対する耐性を与える代わりに、それらは使用者の精神を酷く疲弊させる。そして、やがては脆弱な精神を持つ無力な木偶へと変化させてしまう。  朱雀は女性を滅多に撃たない。それは彼が単に女好きというのもあるが、彼が隠れ紳士だからでもある。引き金を引く前に「なんとか救えないか」という考えが頭をよぎる。  だが、今回の場合は例え剣を取り上げても無意味。ディスペアを失っても散々に疲弊させられた使用者の精神が戻ることは無い。支えを失った命は静かに絶たれる――。  切っ先がGパンを裂き、血液が飛び散った。  いよいよ不穏な空気が流れる。飛び回っていた朱雀の息も乱れ、弾倉の残弾も僅か。リロードをする暇があるかどうか……。  大剣に付いた朱雀の血を吸って、嬉しそうに笑うディスペア。その笑い声は周囲の人間の鼓膜に耳鳴りとなって響く。 「 リオナ! 」  バルコニーに響き渡った女の声。  人外の形相でウィンガルが振り返った先には皇帝7騎士の同胞、エリーナの姿がある。  一瞬だけそれを確認して、すぐに視線を戻した。  ウィンガルの視界に映るのは今、“餌の姿”のみ。  再び地を駆り、大きく大剣を振りかぶる。 < ギ・キ……ン―― >  立ち塞がって友の剣を受けるエリーナ。しかし、彼女の東洋剣は無残にも根元から折れて刃が何処かへと弾き飛んでしまった。  目の前に立つ友の姿も、今の彼女にはただの障害物にしか映っていないのであろうか。  障害を払おうと、ウィンガルは大剣を軽く振った。  大剣の刃が友の頬に触り、傷をつける。  瞳に涙を溜めて狂騎士を見つめる友は小さな声で「もう、やめて……」と呟いた。   震える友の体と声。   友の頬を伝う涙と血。  気がつくと、狂騎士の頬にも涙が伝っていた。 「エリーナ……」  親友の名前を呼びながらも、その首を刎ねようと誘う剣の誘惑に必死で耐える。  ここはかつて3人でよく昼食をとったバルコニー。  潮風が吹く方角には共に修行をした大庭園が広がっている。 「嫌よ……殺したくない。彼女は私の親友、大切な人なの――」  彼女の言葉に――魔剣は『親友? かつて殺したではないか』と返す。 「もう、求めないから……これ以上失って気がつきたくないの、思い出を失いたくないの」  懇願する彼女の言葉を『勝手を言うな。我が契約は破られぬ』と冷たく突き放した。  苦悩する親友の力にもなれず、ただ涙を流すだけの自分が情けなくて、エリーナはあまりにも無力な自分を呪った。  嘆く二人の剣士。その背後で右の拳銃を突き出し、佇む銃士――。  吹き付ける潮風が外側にはねた茶色の髪を撫でて行く。 『無駄だ、私は砕かれない』  耳鳴りが朱雀の鼓膜に語りかけてくる。  朱雀は細く尖った猛禽のような瞳孔を向けて、自嘲気味にその魔剣に答えた。 『 やる前から決め付けるのは、良くない事さ―― 』  デザートイーグルの銃口が赤く染まる。  それは血の色のそれではなく、絵の具のように鮮明で紛いのない“赤”。  赤は急速に彼の腕を染め上げていく。  それは侵食を続け、やがて右の眼球までがその色に染まった――――――  引き金が引かれて、撃鉄が落とされる。  全長の長い赤い弾丸は回転し、衝撃波を纏って虚空を突き進んだ。  初速400/km/sを超える世界の中、ディスペアは弾丸に反応してそれを斬ろうと高速で動く。  彼女が弾丸に触れた時、それが自分と同じ世界の臭いを纏っていることに気がついたが、それを思うと同時に彼女の体は赤色に染まっていた。  悪魔を撃つ弾丸は、やはり悪魔の弾丸――毒を制すは――――― 『!! キサマも“ っ……!!?』  悪魔の弾丸は、“完全なる破損”を意味する魔の一撃。  例えそれが“同族”であろうとも、微塵も存在を許しはしない―――  満足な断末魔の余裕も無く、この世から一縷の可能性も無く消え去るディスペア。  瞬間的な出来事なので朱雀以外その様子を知る事は無いが、彼女の存在は光に成り代わったかの様に霧散して消滅した。  文字通り、欠片もこの世に残ってはいない……。  魔剣が消え、何も握られていない両手に気がつき、それを眺めるウィンガル。  彼女は「なぜ?」と思う前に微笑んでこう呟いた。 「良かった――」  その言葉と共に目を瞑り、その場に倒れる騎士団長。友は彼女を受け止め、彼女の体を大事そうに抱きしめる。  命の気配が消えてしまった親友の身に涙を染み込ませて、エリーナは声を出して泣いた。  騎士の鎧を伝う雫が、月に照らされ碧く光る。  かつて伝った赤い飛沫の跡を流すかのように。涙は嘆きの鎧を伝って落ちた――。  ……疲労感からか、膝を着いて息を整える朱雀。涙する女の声を聞いてハッピーエンドにできなかったことを悔やんだ。  ふと顔を上げると、彼が飛び降りた部屋から煙が上がっている。 「うわ……やべぇ」  ふらふらの体で立ち上がり、「もう一試合かよ……」と嘆いた。  朱雀がふらふらと駆け出した頃。  激闘によって焼け焦げた豪壮な部屋の中で、煤けた玄武が小さくガッツポーズをとっていた――――。 Act7  皇帝鉄道の始発は6時20分。昨晩の疲れが抜けきらない玄武を叩き起こしてそれを目指す。  オッパイビグナールは持ってきたが、身長を縮める薬を忘れた玄武は現在、180cmを越える大女として注目を集めている。  それでもその豊満なバストと谷間で有無も言わさず周囲を納得させ、下りの列車に乗り込んだ。  草原をひた走る退屈な旅がまた始まった。 「エリーナ、大丈夫かなぁ」  心配そうに玄武は朱雀に聞いた。 「――たぶん、罪には問われるだろう。死人が1人出ていることだし」  沈んだ様子で連続する同じような景色を眺める朱雀。 「ええっ!?」  玄武は驚いて、朱雀に「助けに行かなくちゃ!」と迫った。 「仕方が無い。俺も一緒に抜け出さないかと聞いたが、騎士団として国の法は破れないんだと。でも、それは口上かな。本音は親友達との思い出からこれ以上遠ざかりたくないから、かも……」  彼女達の友情や思い出に自分たちが口を出せるものでもない。溜息混じりに答える朱雀。  玄武はそれでも納得いかない様子で喋り続けていたが、朱雀はもうそれに答えなかった。  二度と会えないであろう忠義の女騎士達を想いつつ、2人は皇帝領から遠ざかって行く。  草原の景色を背景にして、窓際に置かれた緑色の小さな箱。  備え付けの食事台には、残り2つとなってしまった飴玉の袋が置かれている――――。  メーデン皇帝領: End

◇ メーデン皇帝領・パニック編  ここからは補足・蛇足です。一応、個人的に発見できた「ここって矛盾してね?」などの“不都合な点”をここで言い訳、もしくは継ぎ足ししております。ご勘弁を!ご勘弁を!  なので、読み飛ばしていただいても万事OKでございます。 @前半の補足 1.“玄武”は結局何者なのか  四聖獣のドラ○もんです。ちなみにあれは仕入れたものではなく、自分で作ったものです。彼の発明を信用しきると何が起きるかわかりません。 2.変声機キャンディは食べれるものなのか  食べられません。ガムのように吐き出さないとダメです。 3.銃火器の調査方法とは?  レールに設置された“火気探知機”を用います。たぶん電磁バリアのようなものでそこを通過した部分を探知するのではないでしょうか。イメージではその情報を3人がかりで仕入れている為、エリーナは彼女らを味方に引き入れたのでしょう。たぶん。おそらく。 4.朱雀はなんで悔しがっているのか。別に悔しくはなさそうだが  モヒとスキン(名前)や皇帝が“胸”の大きい玄武を優遇するので、スネています。別にそういう気は無いのですが、よくわからない敗北感が彼に満ちました。 5.朱雀は侵入方法や依頼者の情報をどこから仕入れたのか  リーダー(=黄龍=奈由美)です。彼女が玄武にそれを伝えなかった理由は、作中にもありますが……玄武はいまいち理解力が足りません。だから説明下手な自分よりもキレる朱雀に頼んだのでしょう。結局伝わっていませんが。 @後編の補足 1.いや、皇帝は真性のタラシだろ?  「皇帝は基本的に一途」の部分です。ここはその後に彼に関する解説をしていたのですが、非常に長かったので省きました。興味がある方は「@ちょっくら補足でもしてみっか!」の「皇帝擁護」を御覧ください。 2.なぜ見守られたし。  冒頭の部分でリオナ=ウィンガルが“友”を殺していますが、その殺人シーンをなぜか黙って眺める4人の騎士……。実はあの殺人は“罪”にならない殺人なのです。あくまで皇帝領内の、しかも騎士団のみのことであり、“悪シキしきたり”とでも言いましょうか。  騎士団長の就任は団長の自発的退任や皇帝の指示によって行われますが、例外として「決闘」があります。  これは騎士団長に名乗りを上げた人物が“騎士団長以外の全員”に許可を取り、それによって成立するシステム。名乗りを上げた人物は騎士団長と決闘をして、勝てば騎士団長に、負ければ退団となります。  これの勝敗は必ずしも「死」によって決定するわけではなく、どちらかの敗北宣言によっても決まります。  先程“罪”にならないといいましたが、実は本編での決闘には2つの違反があります。  1つは“エリーナ”は決闘を許可していないこと。もう1つは“まいった”と言う相手の言葉を無視して殺害した(本編でこの描写は無し)ことです。  これらのことにも当然、周囲の4騎士は気がついていましたが「奴を殺して騎士団長に」というリオナの願いをかなえるディスペアによって、精神をあてられてしまっていました。  これはエリーナにも有効であるはずでしたが、リオナは僅かに残った理性で彼女をその場に召喚せず、決闘を実行しました。  この配慮が後にエリーナを苦しめ、しかしリオナの暴走を止めた……。リオナにとってこの判断が正しかったのかどうかは見方によりますね。  緑炎の騎士がリオナの事情を知っている風に話しているのは未だに魔剣の瘴気が残っているからでしょう。  ちなみに、青髪の騎士は当時のメンバーではありません。 3.七騎士はそれぞれ武器が違う?  みんな「剣」なのですが、全員違う形状のものを持っています。別にそんなしきたりはないのですが、今は奇跡的にそうなっています。  ちなみに、この世界には「武器の王(ウェポンマスター)」と呼ばれる連中がいます。発足当時とは違って、今は形式的な意味合いが強く、例えば「剣の王」はメイデン七騎士の団長が冠することになっております――が、あんまり不甲斐ないと、称号を他に奪われてしまうかもしれません。 *作中ではありませんが、後にエリーナがこれを継承します。  また、本編ではあまり描かれていませんが。  緑炎の騎士は「杖に仕込まれた細身で螺旋状の刃」の剣を所持しています。これは魔術とはいえ、炎を簡単に飛散させる為……だそうです。  ついでに。彼女の名前は「ラコッタ=ブレイデル」。37歳の年増ですが、見た目は20代・Hカップという妖艶な美女()です。 4.四人の剣士が跪いた?  最初の部分です。「七騎士」はその名の通り7人。落ちた一人と落とした騎士。それに+4人だと合計でも「6人」。あと一人は“エリーナ”です。彼女はその場にいませんでした。だから、人数から省かれているわけです。 5.なぜ殺したし……。  「皇帝お気に入りの女性をなぜリオナが殺しているのか」。それは、彼女の目的が皇帝に気に入られることだったので、餌もそれに沿った者を選んでいたのでしょう。 6.殺したら騒ぎになるじゃん。  上に派生。彼女は妻となった女性は手に掛けていません。むしろそうなる前に「町を出て行った」などと誤魔化していました。「気づけよ! 皇帝!」という言葉もわかります。責任は彼にも当然ありますが、数万単位の女性を相手にしなければならない地球最大のハーレムの主として、その全てを把握しろというのは少し酷な気もします。それを補佐する当事者が犯人ということもありますし。 7.最後に朱雀が落ち込んでいたのはエリーナの先が不安だから?  違います。朱雀たちからするとエリーナの未来は確かに不安ですが、そもそも計画の時点で朱雀は「これは彼女の将来に影を落とす仕事だ」と理解しました。だからこそ、彼女に確認を取ったわけですが……彼女の意志の固さを見て、強い心を持つ女性の覚悟に敬意を表して彼も覚悟を決めます。だからあの時点で迷いはありません。エリーナに失礼ですから。  じゃ、なんで悩んでいたのかというと“フラれたから”です。エリーナが皇帝の妻の1人であることが途中で発覚していますが、それによって断念せざるをえなかったことが悔しいのでしょう。  「彼女が罪を受けることに敬意を表して諦めたんじゃねぇのかよ!」というガッカリ感。 8.玄武は魔術師なのか?  彼は魔術師ではありません。それなりに知識と技術はありますが、あくまで見習いレベルです。じゃ、なんでなんか凄そうな魔術師に勝ったのかというと、あの“紙切れ”に秘密がありました。  玄武は「魔力量」についてはすでに一人前レベル以上。何がダメなのかというと、魔術の術式をこなす「作業・技術」の部分がダメなんです。  魔術は身近な学問に例えると「数学」。化学や物理学などの理科系よりもどっちかといえば算数系なんですね。玄武は色々発明していることからも解るように、「計算力」は高いです。が、計算力も大まかに分けると「発想の豊かさ」と「正確さ」に分かれます。  「ここはあの公式だ!」と閃くことは得意な玄武も、その公式を間違いなくこなすのは苦手。知能的には「正確さ」も高いはずなのですが、性格的に「おっちょこちょい」なので結果的にミスが多くなります。  「発明」は1人でゴソゴソと時間をかけて行えて、尚且つ失敗しても「ありゃりゃ、またやり直しかぁ」で済みます。「魔術」も研究の段階ではそれでいいのですが、実用・実践の段階になると今度は「正確さ」が重要になります。  どちらも僅かなミスで台無しになる「計算(儀式)」を用いるのは同じですが、実践のタイミングが異なるので、玄武は「正確さ」を求められる「魔術」が下手なんですね。  そんな彼が今回用いたのは友人の大魔術士であるセント・ヘレナ(男)が書いてくれた“インスタント魔術(インマジ)”なるもの。これはあらかじめ「計算」を「正確さ」に長ける魔術師が行って、その事実と成果を紙に記すことで「魔力」さえ足りればいつでも、誰でも使用できるようにした優れもの。  本来は小魔術程度しか扱えないインマジも、玄武の“発明”とヘレナの“協力”によって実戦で通じ過ぎる大魔術のインスタント化に成功しました。  ただし、インマジは「正確さ」を必要としない代わりに元の術者をイメージする「発想の豊かさ」が重要となります。魔術師の間では「むしろインマジの方が難しいよね」と存在価値が薄い、「使えない子」として扱われています。  確かに、魔術を使えない人に魔術を使ってもらうのに、普通の手順より難しいのでは本末転倒ですね。  今回の活躍も、“玄武ならでは”と理解しておいてください。 *この世界における魔術のちょこっとした解説は、後にある「この惑星の未来から―― +α」にて行われている予定です。 @ちょっくら補足でもしてみっか! ▽皇帝擁護  皇帝は本当はプレイボーイじゃないんだよ、本当だよ! ……ということで本編で省いた文章をまるごと掲載。これで少しでも彼を擁護できれば嬉しいと思います。 *本文抜粋箇所↓  立場上、皇帝はこの「ハーレム」を維持することがその存在条件となる。例えばある日突然皇帝が「私はこの人しか愛さないから、他の女性はもう気にも留めないよ」などと言い出したら一大事である。なぜならその言葉で国が滅ぶから。  この国はかつてこそただの「ハーレム」という皇帝専用の娯楽組織だったものの、今では一つのメーデン皇帝領という「国」。そこには生活する人々とこの国が関る国家間情勢が存在する。まして大国“リヴィア”にとっては親とも言える存在。  リヴィアが大国たる理由の大きな要因である「威厳と歴史」の根底がメーデン皇帝領の存在と皇帝なので、それらが崩れると実質的にリヴィアの威厳は崩壊する。メーデンが消えることによる世界的影響は計り知れないものとなる。  皇帝も1人の男であり、彼には世界を知る必要性がある。必然的に彼は同じ帝位にあっても「ハーレム」ではない人間を知り、純愛や一途な恋に生きる人間をも知る事になる。  ハーレムを築いてただ浮かれることができるのは「自由な者」に限られる。  求めてそれを築いた・正妻(一人の女性)にのみ愛情を注いでも文句を言われない・いつでも現状を捨て去れる・など。  誰しも趣味や食べ物などには「これが一番!」というものが存在するはず。これは必然的に発生するものである。  必然を必然たらざるものとして偽る事には多大な疲労が伴う。「一人を愛するな」という状況で、だがそれでも正妻は定めねばならず、新しい恋愛を退位するまで繰り替えさなければならない。  皇帝の恋愛に対する積極性が国の活発さに直結する状況で、「一番の女は彼女だから、お前らはそれ以下ね」と傲慢な態度をとれるはずもない。問題あれば武力で叩き伏せられた時代ならいいが、今は女性の社会進出著しい“現代社会”なのである。  現皇帝・ルトメイア13世は心優しく、情熱的な気質を持っている。  本来の彼は1人の女性を生涯愛し、守り続ける“純愛”タイプなのであろう。それは愛読書などからもうかがえる。それでも彼は自分の立場を充分に理解している優秀な皇帝でもあるので、自分をコントロールして必死にプレイボーイを気取っている。  そんな彼も強く心を惹かれ、その想いが解消できずに待たされている状況ではさすがに他の女性と関る気分にはなれない。  ↑・・・と、いうことなんです。 ――では、以上となります。