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~ナイトメアエレメント~

「おめでとうございます!」  真っ白い空間の中、受付嬢はにこやかに笑った。 「どうぞお気をつけてお帰りください」 「……は? 何が?」  青年は受付嬢の胸の谷間を眺めながら問い返す。 「あなたは当選いたしました。ですから、ここはお帰りいただいて結構です」 「……あ~、あ?」  青年は受付嬢の目をガン見しながら顔をしかめている。 「お気をつけてお帰りください」 「いやいや、おめぇ~よぉ意味解んねぇんだって。当選ってなによ?」 「がんばってくださいね!」  少し首をかしげ、可愛らしく声援を送る受付嬢。これには青年も呆れ顔。 「いや、よくわかんねぇけど……とにかく何だって頑張りようがねぇよ。だって俺―― ・・・  死んでるから!!」
|WORLD―CAUTH|
       - ナイトメア エレメント -
 “死んでるから!”の叫び声と共に棺桶の蓋が突き破られ、中から青年が出現する。  元から静かだった葬儀の場が余計に静まりかえる。喪服姿の人々が間抜けに口を開けてポカ~と呆けた。 「「ひぎゃぁぁぁぁー!?!?」」  屋敷中に人々の奇声が響き渡る。腰を抜かし、逃げ出す人々。坊さんはその場で気絶した。  葬式の主役であるはずの青年はその光景を見て何も思わない。なぜならこの場の意味がわからなすぎて、青年の脳回路は前面通行禁止となってしまったからだ。 「輝彦ぉぉぉぉぉっおぉぉぉぉ!!?」  雄たけびとともに青年に殴りかかるオッサン。右の拳が顔面をメシリと捉え、青年を棺桶から弾き出した。 「ぶっあ、つ……いきなり何すんだ、親父!?」  ショックで正気に戻った青年は父親を睨みつける。 「それはこっちのセリフだぁっ、何で生きてんだおまえぇ!!」 「何でってテメ――あん?」  輝彦は思う――「何で生きてんだ、俺?」 
 7/28の夕方、桐嶋 輝彦(キリシマ テルヒコ)はいつものように学校帰りの川原でイチゴ大福を食べようとしていた。いつもの楽しみ、この一時は輝彦の何物にも変えがたい至福のザ・ワールドであった。 <キキキkュイ!>  なんと無粋なことか。  幻想のような一時に雑音、自転車のブレーキ音が介入してきたことは輝彦にとっての不幸である。 「テル君っ!」  大福にかぶり付こうとした正にその時、背後から少女が呼びかけた。声の主は川原 由々(カワハラ ユユ)、輝彦の一つ上の幼馴染だ。 (まずい、食われる!!)  とっさに輝彦の脳裏に警報サイレンが鳴り響く。いても立ってもいられず、口が張り裂けんとばかりに一気に頬張った。 「――おい、テルヒコっ!」 「ア、アンダオ!!」  由々の呼びかけに“何だよ”と言って振り返る輝彦。その両ホッペは異様に膨れ、口からは大福がはみ出している。 「なぁにその顔は。また大福食べてたの?」 「モフマイ!」  両手をクロスさせ、何かをアピールする。 「別にもらおうなんて思ってないわよ。まったく、意地汚いわねぇ」 「フグ……――!」  返事もおろそかに硬直する。なにやら輝彦の様子がおかしい。 「いっぺんに詰め込んだりして……喉に詰まらせたりしないでね?」 「オファ……」 「ああ、そうそう。たまには部活に顔出しなさい。先輩達、心配してたわよ」 「…………!」  輝彦は目を見開いた。 「フラフラするのはテル君らしいけど、あんまり皆の期待を裏切らないでね」 「ムガ!」 「じゃ、そゆ事で」  自転車にまたがる由々。 「ウンハッ……!」> 「ん?」  由々を呼び止めようとしたが、まさか“ホントに大福が詰まった”などとは恥ずかしくて言えない。そのまま手を振る。 「甘いものも程々にしなさいよぉ」  そういって自転車を漕ぎ出す由々。すぐに坂があるので、彼女は勇んで立ちこぎをした。 “見えるッ!?”  一点を注視する輝彦。だが、すぐに気がつく。“そんな場合ではない”――と。  しかし気づいた時にはすでに視界がぼやけていた。甘く見ていたが、今は予想以上に危険で猶予の無い事態だったらしい。  しばらくもがいてみたが、案外こうなってみると手の施しようが無いことに気がつく。 (口に物を入れることより出すことの方が遥かに難しい。海亀の難産ってこんな感じなのかもな……)  いよいよ死が間近に迫ってくるとかえってどうでも良いことばかりが思い浮かんでくる。受け入れがたいが、体はすでに死を悟っているようだ。老人が喉に餅を詰まらせて毎年何人か死んでいるが、まさか自分がこの年でこんな死に方をするとは微塵も思い描いてはいなかっただろう。  崩れるように倒れる輝彦。その意識は急速に消失していった。  普段は犬の散歩をする人がちらほらと行きかうこの堤防だが、運が悪かったとしか言いようが無い。その日、地に伏す輝彦の姿が発見されたのは彼が倒れてから56分も経ってからのことだった。  同日 18時22分、桐嶋 輝彦の死亡を確認(酒井総合病院内にて)。死因は窒息死(大福を喉に詰まらせたことによる)。  事実として、彼は病院に運び込まれた時にはすでに死亡していた。この日桐島輝彦16歳。彼は確かに死んだ――ハズだった……。 「じゃぁ、何で生きてんだ俺わぁ!?」  病院の一室で輝彦は医者を怒鳴りつけた。 「さぁ? とにかくあなたは生きてます」  淡々とした口調で医者は話す。 「だからその理由を説明しろっつんだよ。釈然としねぇだろが!」 「まぁまぁ、いいじゃない。とにかく生きていれば万事OKよ」  おっとりとした口調の婦人がニコニコと朗らかにしている。 「…………確かに!」  のんびりとした母親の言葉に対し、輝彦は勢い良く答えた。 「一応今のところ異常は見当たりませんが、何か気がつくことがあったらすぐにここに来てください。無理な運動もしばらくひかえるように」 「しばらく部活も体育も見学ね」 「元から部活には行っとらん。それに体育は水泳だし、元から見学だ」 「いや、熱も出ているようだから学校自体しばらく休んだほうが良い」 「熱? いつものことっ、余計なお世話だ!」 「テルっ、さっきから先生になんて言葉遣いをするの……」 「ぁあ!? 何が先生だって? 釈然としないじゃねぇかっ!!」  病室のドアを蹴開け、駆け出す輝彦。扉は歪んでいる。 「すみません、先生。なにぶん反抗期なもので」 「いやいや、かまいませんよ。それにしても……大した怪力ですねぇ、しかも病み上がりだというのに……」  歪んだ扉を見つめて医者は感嘆している。 「丈夫な体だけが自慢の息子でして。それでは先生、またよろしくお願いします」  母は医者に一礼して病室を後にした。
「ちっ、釈然とせんなぁ」 「でも良かったわよ。母さんは生き返った理屈なんてどうでもいいわ、とにかくあんたが生きててくれて良かった」  病院を出て駐車場を歩く二人。さすがは大病院、夜の11時だというのに車が結構止まっている。 「うるせぇよ。当人の気持ちにもなってみろってんだ。死にかけたんだぜ、オレぁ!?」 「……ユユちゃん、泣いてたのよ」 「ぁあ!?」 「あんたが死んでね、ずっとユユちゃん泣いてたのよ。テルが死んだのは自分のせいだって」 「意味わかんねぇし」 「その場にいたのに、気づいてあげられなかったってね……」 「…………」 「後で心配かけてごめんねって言っときなさいよ。ずっと家で泣いてたらしいわ。学校まで休んで」 「はぁ~あ」  ため息を吐きながら、輝彦は母親とは別の方向へと歩き出した。 「どこ行くの? 今日はおとなしく家に帰りなさい。ユユちゃんに会うなら明日にしなさいよ」 「ちげわい、コンビニ行くんだよ。……今日はZAMPの発売日だからな」  しっかりとした足取りで歩いていく輝彦。  母はその姿を見送りながら、ホッと頬を染めた―――。  コーヒーとZAMPが入ったビニール袋をぶら下げて歩く輝彦。夏の夜空は星が良く見える。 「あちぃな」  コンビニを離れると途端に街路地が暗く感じられる。コンビニの明かりって防犯に一役買っているそうだが、一理あるな~と輝彦はなんとなく考えた。  それにしても、こうして歩いていると自分が丸一日“死んでいた”なんてまるで信じられない。 「死んだら骨伝導怪綺談の続きが読めなかったんかぁ……」  途端にぶるっと来た。別に漏らしそうなわけではなく、単純に怖くなっただけだ。“もし死んでいたら”その想像が妙にリアルに感じられて怖くなった、それだけだ。  一度死んでみて、危うくこの世におさらばしそうになってみて変ったこと。それは以前よりも(といってもほんの一日半前だが)生と死について考えることが多くなったということだろう。別に今後もずっとこんなこと考え続けるわけじゃないし、今の状況だからいろいろと考えてしまうということもある。  しかし、生と死という概念の捉え方は間違いなく変った。どんな風に変ったのかといわれても説明はできないが。  とあるT字路に差し掛かる。家に着く前に一度曲がる箇所があるが、ここではない。だが、ここを曲がるとよく知る家に行ける。輝彦が生き返ったことはすでに知らされているだろう。葬儀に来ていた可能性も高い。それなら間違いなく知っているはずだ。 「ま、明日どうせ会うしな」  そう言いつつも、輝彦は踏ん切りつかずにしばらくうろつき、遂には意を決するのである。
 輝彦が住むのは立派な和風の屋敷、結構広い。面積的には学校のグラウンド的なノリだ。  本家・分家にこだわる家系なので、本家の者が住む屋敷は代々受け継がれてきているものであり、その分広いがボロい。 「輝彦ォォォォォォぁっ!!!」  拳が壁に穴を開ける。 「いきなり何すんだっ親父野郎!」  帰ってきた息子を待っていたのは父の熱い鉄拳歓迎。不発となったものの、壁の様子からしてどうやら力いっぱいの一撃だったらしい。 「貴様っ、一度死んだくせになんで生き返ってんじゃぁ! 男なら一度死んだら死に通せ……って、ああああああ!! 何壁に穴開けてんだ貴様ぁぁぁぁ!!!」 「グダグダうっせぇっ! 壁壊したのはテメェだろが!」 「違うね、お前が避けたから穴が開いたんだね。責任はパパにはありましぇんよ~だ」  憎らしく手を泳がす父、輝政(てるまさ)。 「て、うぉいっ! 話し逸らすなよっ、お前の葬式にいくらかかったと思ってんだ!? 葬式あげる前に生き返れよっ!!」 「……さっきから好き放題言いやがって。こちとら生き返っただけで奇跡なんだ――よっ!」  輝彦の拳が父の顔面を“メシリ”と捉える。脳が揺さぶられ、膝が笑い腰が落ちるっ。 「ど、ド――ドメスティックバイオレェェェェンスッ!? 母さん、カアサァァァァァンッ!! 息子が、息子がドメスティック・ヴァイオレェェェェェェェンスッ!!!」 「うるせぇよ、でけぇ声で喚きやがって」 「――やぁ、輝彦君おかえりさん」  居間から現れたのは叔父の三島 遊動(みしま ゆうどう)。輝政の弟で現在は山口県に住んでいるのだが、今日は葬式のために本家へと駆けつけてきていた。 「ども」  少し会釈する輝彦。 「何か兄さんが叫んでいたみたいだけど」 「何でもねぇよ。いつものことだ」  父を放置して輝彦が居間に入ると、そこには輝彦の母と弟の大輝、それに従姉妹の三島 瑠奈(みしま るな)がくつろいでTVを見ていた。 「おかえり、輝彦。お父さんはどうなった?」 「殴り倒しといた」 「殴り――っ!?」 「ああ、いつものことだから。気にしないで良いよ、瑠奈姉ちゃん」  そう言って煎餅をかじる弟、大輝。最近の子供はませていると言うが、こいつも例に漏れないようだ。 「しっかし、よくもまぁ生き返ったものだ。バカげたタフさは親父さん譲りだな」 「ホントねぇ。一度死んだのに生き返るなんて……でも良かったわぁ、生きてて」  叔父と母が穏やかに笑いかける。 「うっさいなぁ」  冷蔵庫から牛乳のパックを取り出し、ラッパ飲みする輝彦。ものの5秒程度で飲み終わってしまった。 「頑丈な体も、牛乳摂取の賜物かしらね。大輝もお兄ちゃんを見習って少しは飲みなさいよ、牛乳」 「嫌だよ。僕は普通の人間でいたい。兄貴のようにはなりたくない」  冷めた口調で語る大輝。 「あはっ、たしかにねぇ。前から人間とは思えなかったけど、今回の事でより一層疑惑が深まったわね。幻の北京原人ここに発見!?」  瑠奈が楽しそうに輝彦を指差した。 「黙っとれ、チビスケどもがっ……あん?」  瑠奈の姿を見て表情をしかめる輝彦。 「……瑠奈、お前いくつになった?」 「14歳だけど」 「年齢じゃねぇよ、胸のことだ」 「ぬあっ!!?」  瑠奈は顔を赤らめて激昂した。 「輝彦ォォォッ! 今度はセクハラかぁぁぁぁ!?」  父、輝政が扉をけたたましく蹴開けた。 「まったく、やりたい放題だな貴様はっ! 言ってやれ瑠奈ちゃん、君のバストサイズで奴を圧倒するんだ!!」 「テメェも知りてぇんじゃねぇかっ!」  輝彦の怒声が木霊する。この時叔父・遊動は心の中で“まんま遺伝してる……”と、人間のもつ神秘性を感じていた。 「あなた、その発言は犯罪よ?」  穏やかな口調の妻から高速の張り手が輝政の顔面に叩きつけれ、鼻血が吹きだす。 「おっふぁう!アザッス! しかしぶつことないじゃないか。しょうがないだろ、男の子なんだもん!」  両手を広げて必死にアピールする輝政。 「うるさいっ、この変態共!」  叩き割られる煎餅。瑠奈の手によって哀れな胡麻煎餅は粉々となってしまった。 「瑠奈。叔父さんに向かって変態はないだろ、変態は。これでも僕の兄なんだから」 「いいや、瑠奈ちゃんの言うことは正しい。男は皆変態だ、変態狼なんだ!」 「ちょっと兄さん、それだと僕も変態ってことになっちゃうだろ」 「何を言うか弟よ! この通説に例外は無いっ。大輝だってやがては立派な狼になるんだから!」 「なりたくねぇ~」 「輝彦なんてもう、狼では無くてワーウルフさっ。オレもこいつも野生のエナジー感じるワイルドモンスターさ――な!!」 (………………)  同意を求めたその先にはすでに息子の姿は無く、輝政の言葉に応答する者はいない。 「俺はいつも一人かぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」  古びた屋敷に父の孤独な叫びが響き渡った。
 二階の一室。とくにこれといった面白味の無い部屋。  輝彦はベッドの上で横になり、天井を呆然と見つめている。父親とのやり取りに疲れたこともあるが、やはり仮死状態でも「死」というものは相当人を疲れさせるらしい。肉体的にも、精神的にも。そして、自分以外の人すらも……。  どうせ明日会えるのだが……結局、コンビニ帰りに立ち寄ってしまった川原ユユの家――。  軽く「よぉっ」とテキトウに顔見せて去ろうと思っていた輝彦。そんな彼を迎えたユユは出会いがしらに 「ごめんね」  ――と、謝った。  突然の謝罪に呆ける輝彦。そして泣き出す川原ユユ。  年頃の娘だというのに、涙と鼻水をおしがいもなく垂らす幼馴染の表情。胸が締め付けられるような感情が湧き上がり、なぜか「すまん」という言葉が輝彦の頭に浮んだ。  いつも快活な幼馴染の泣き顔は、今も鮮明に、網膜に焼き付いている。 「っ――なんであやまんだよ、アホか!」  一人きりの部屋で呟く。 「くそっ、意味わかんねぇよ。意味が……なんでだよ」  玄関で泣き続けるユユを、駆けつけた彼女の母親がなだめていた。申し訳なさそうに輝彦を見るユユの母親。その視線も輝彦にとっては意味がわからない。  そして輝彦は言った。 『死ぬかよ、そんな簡単に俺が。簡単に心配してんじゃねぇよ』  明らかにらしくないセリフだと輝彦は今更ながら後悔している。こんなときは『ぴーぴー泣いてんじゃねぇよ!』くらい言い捨てなければ彼ではない。自分のセリフが一番意味がわからない。  また次も酷い。 『じゃ、もういくから。また明日な』  思い出しただけでどうにもむずがゆくて、着ているTシャツを力任せに破く輝彦。あんなときは『うるせぇからもう行くゼ』くらい吐けなければ彼なりに許されない。  歯がゆい。どうしても歯がゆい――。  輝彦にとって、この数日は実に不思議な体験に思えただろう。  それは彼自身、“自覚”が無いからなのであるが――  その夜。桐島 輝彦は否応なしに知ることになる。  本来はそう、あの受付嬢の『当選した』という言葉で輝彦は理解するべきであった。  彼に宿る“魔人”は鼓動を強めている。  ―― 悪夢の時間が、夢幻に住まう魔人達の宴が ―― 始まる。