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パキオの神殿

++++++++++++++++++++++++++ $COINS$  旅人の集団があった。十人程の全員の顔は砂風で乾いており、内半分には無精髭が茂っていた。そして彼らの全ては強い日光によって視力を落としていた。放浪の日に劣化し続ける目で、誰もが水分の幻視を伴っている。  時折倒れる弱き仲間を支える。しかし、砂地に足跡が残る度、支える人が弱者として倒れた。集団は二人三脚を好む会合のように、相互で肩を支えあった。  視界には掠れる砂原。昨日も今日も、起伏する砂粒の大地が広がる。「限界だ」――誰かが呟く。翌日には心折れた男性が一人、硬直した姿で砂漠の砂に埋もれていった。集団は悲しみに溢れたが、次は自分かという心配が勝る。流れる涙すらない。  一人の死は集団にとって鮮明過ぎる。他の誰もが具体的な自分の未来を見た気がして意気消沈した。そして、遂に集団は歩みを止めた。  砂山の影に蹲った集団の面々はそれぞれ想いが異なる。目を瞑る人や、自分の後悔を呟く人、小刀を取り出してじぃっと見つめる人。差異はある。だが、彼らの方向性は同じ……唯一人を除いて。  集団の中で最も体格の良い人。彼は仲間を愛していた。一人立ち上がって歩き出した彼を、仲間達は「仕方がない」と黙して見送った。真実は違う。“彼は”、戻ってくるつもりで歩き始めたのである。 (まだだ、この俺が歩ける限り、まだ終わらない……!!)  枯れた唾液。歯を食いしばれば、口に紛れた砂利粒が細かな音をたてる。気にせず彼は歩いた。夜になれば寄り集まって寒気を凌ぐこともできない。つまり、心折れて蹲った仲間の誰よりも、希望を持って歩き続ける彼こそが最も死に近い。それを承知で彼は集団を離れたのである。  前進を続ける限り、いつかは到達する―――路とはそういうもの。ただ、何歩行けば到達するか、いつしも知れる訳ではない。一万の歩みで希望に達せる路も、九千九百九十九の歩みで座り込めば踏破できず。惜しい、惜しくないと、そう言った評価を望むならば意義がある。ただ「達した」とだけ、その事実のみが欲しいのならば、例え残り一歩としても頓挫したその行程に意義は無し。“彼の”勇気にはそう言った理由があった。  留まることと歩くことでは絶望的に体力の消耗が異なる。一時間も歩くと、体格の良いその男はしきりに振り返るようになる。背後に見る死神がその度に色濃くなった。  それでも彼は止まらない。歩いた。歩いて、歩いて、歩いて………その果てに彼は見る。  それは砂原を歩く彼をすっぽりと影で覆い隠した。ずっしりと砂山に構えていたのは、巨大な“石像”。「なんて皮肉だ」勇敢な彼は呟いた。オアシスに焦がれたその目に映った石像……それはあまり見栄えの良いものではない。  人間が七人肩車してもその巨体の天辺を見るには至らない。その大きさは圧巻だが、造形に難がある。肥えた豚を座らせたような体型に、潰れた鼻、離れた目、四つもある耳。短い手足は若干に愛くるしい―――だが、勇敢な彼にとっては不愉快なだけである。  どうせ“幻覚”を見るなら、緑に囲われた水源が良かったのに、と彼は肩を落とした。彼は目の前にある巨大な石像を現実のものとすら認めていない。それもそうだ。砂漠の只中にこんな不細工な巨像があるなど、誰が容易く理解できようか。 『―――そこの人』  なんと。今度は“幻聴”である。旅人の彼はやれやれ、と溜息を出した。 『―――何故、“ここ”に来た?』 (……いよいよ死が近いか俺の頭も限界らしい)  彼は膝を着く。巨像を言い訳にしているが、実際には巨像があろうが無かろうが、彼は近くに膝を着いていただろう。 『―――覚えているかい、その理由を―――』 (……しつこい幻聴だ)  彼は思い起こす。もう何日のことか。自分と仲間達が自由を求め、かつての住処を離れたあの日―――。 『―――覚えていないのかい?』 (覚えているとも。だが、俺はもう………) 『―――貴方はもう、役目を終えたのか?』 「やく……め?」  彼は乾いた唇を動かした。見上げる。見上げてよく見れば、その巨像の質感はあまりに生々しい。彼はこの圧迫感が現実のものだと理解した。巨像の影は僅かにも清涼を与えてくれている。  巨像から目を逸らす。進路方向に砂山が見える。それが隔たりとなって先は見えない。これまで越えた中でも一際大きな砂山だが、彼には立ち上がるべき理由がある。「仲間を導く」その役目を己に課している。終わってはいない。  立ち上がった彼は歩き始めた。これが最後だと自覚はある。これほどの山を越えれば、それ以上は無い。砂原が続くようならば、彼の路はそこで途切れる。  勇気で身体を構成できれば、誰もが勇猛に生きることだろう。だが、現実のところそれが出来ないのだから人は堅実を望む。多くの場合、勇気は寿命を縮める毒でしかない。それが事実だ。―――ただし、困難を打ち砕くために勇気が必要であることもまた、事実。  最後の一歩――実際には二時間程の歩みとなったが――彼は膝を着き、空に照る太陽に向けて咆哮した。一際大きな砂山を越えた先。そこに、生い茂る緑が栄えている。楽園だ。植物がある、彼らが汲み上げる水がある……これ以上の楽園は彼に思い浮かばない。感極まって男は咆哮したのである。  生い茂る林。砂原に咲いたオアシス――いや、それはその先に広がる森林地帯の片鱗でしかないのだが、そこまでを把握せずとも充分。  泉。木々に囲まれた水源が露出していた。ありったけの革袋に水を溜め込み、彼は再び砂原へと歩き始める。ここで留まれば永らく彼は生きるだろう。しかし、水を得て生きながらえることが彼の“役目”ではない。  砂原を戻る彼の表情は晴れ渡っていた。「堪えていてくれ」と祈りながらも、希望を沢山詰め込んだ鞄が支えとなっている。重量のある鞄を立派な体格の彼は最後の最後まで、自分の中にある全ての力を動員して運んだ。  巨像の前を過ぎる際、彼は「ありがとう、名も知らぬ石像よ。この恩はしっかりと伝えておくよ」――と、頭を下げた。  勇敢な彼は死神の一振りと引換にして、無事に役目を果たしたのである―――――。 ++++++++++++++++++++++++++ Title: パキオの神殿 -C.1993- ACT-1  「麒麟児」という言葉がある。幼少より才知・技芸に秀で、未来を嘱望される……要は“天才少年”を意味するものだ。由来は「聖獣の子供と思うほどに凄い」というもの。ならば、その親たる「麒麟」はどれほどの高みにあるのか。  麒麟は聖人の現れを予期し、仁徳の象徴ともされる聖獣。それは決して罠にかからない高度な知能をもつとされる。――今、とある山林を“麒麟”が駆けていた。なんせ“麒麟”だ。知性のあるそれは文明の粋たる箱を器用に用いて駆けている。  ……ここで一つ誤解を解いておきたいのだが、今の話題にある“麒麟”は伝説上の生き物を指さない。実在する「人間」である。名前が“麒麟”なだけであり、それも自称する二つ名。本名は「高山 勇気」と申して間もなく三十年に手が届こうかという男。  麒麟はワゴン車のハンドルをくりくり回して山林を駆けていた。トレードマークのサングラス、染めた金髪は若気の至りを脱せない精神性の現れ。  凹みの目立つ車体が「ガクンッ」と揺れて停止する。 「ああっ!! まぁた止まったか、このポンコツ三吉!!」  麒麟は愛車に向かってけたたましく吠えた。 「―――おい、イイカゲンにしろよ。この調子だと着くまでに年が明けちまうぜ?」  ワゴン車の助手席には少年。シートベルトもせず、片足をシートの上に乗せたふてぶてしい態度。幼気な顔つきだが、既に“擦れた”傾向が見られる。 「俺に言うな! こいつに言え、このCarに!」  麒麟は何度もエンジンを唸らせたのだが、天然の落とし穴にハマった車体は中々動かない。  痺れを切らした麒麟は車外に出て、ワゴン車を揺すったり叩いたりした。なんという古典的な対処法だろう。 「なぁぁぁぁぁぁうっ!!」  車体のケツを激しく蹴り上げる。苦し紛れの一撃だが、これによって奇跡的に車輪は溝を脱し、車体が動き出した。 「ふぅっ………あぁっ!?」  若干の下り道――何が悪いかといえば、ギアも変えずサイドブレーキも掛けなかった人が悪い。  激しく取り乱しながら山道を駆ける麒麟。速度的には追いつける。大丈夫。落ち着いて運転席に転がり込めば良い。 「ダメだろうなぁ……」  トロトロと前進する車内。少年の呟きに呼応するように、バックミラーには腐葉土を巻き上げて倒れる青年の姿が映っている。  助手席に座る少年は呆れた様子で車のブレーキを踏んだ―――。 ACT-2  山林に囲まれた盆地。そこにひっそりと、文明に置き去られた村が存在する。豊かな緑には動植物が栄える。自然に包まれた生活はのどかなものだ。しかし、この地は年々進んだ温暖化によって乾きの脅威にさらされている。  盆地の村には家屋が点在しており、それらの屋根は板葺き。電柱も見当たらない、自然味あふれる風情だ。  青い空の下。蝶が舞う草地に少女が一人、五つ葉を摘んでいる。少女は幾本もの五つ葉で冠を作り、それを天に掲げた。  ―――突如、静寂に土足で上がりこんでくる駆動音。  少女は音のほうを振り向いて冠を握り締める。視線の先には、林から姿を現した泥まみれのオンボロワゴン車。  ワゴン車は村の外れに停車した。それの扉が開くと中から二人の男が出てくる。 「いんやぁ~、過疎だなぁ……」 「呪術で儀式でも行ってそうだな」  板葺きの家が点在する時代錯誤のような村。麒麟はサングラスを外して、物珍しそうに周囲を眺めた。 「―――外の人だ」  少女はじぃっと、ワゴン車と見知らぬ二人を眺めている。車自体は初見ではないが、村に存在しないので数える程しか見たことが無い。ワゴン車ほどに大きいものは初めて。  車から降りてきた二人に、威圧感ある様相の老年男性が近づく。そして物々しい様子で二人の前で自分の鼻をつまむと「こんな山奥にご足労願い、申し訳ありませんな」と、低い声で話しかけてきた。 「いえいえ、これも仕事ですので」  対して、ニコヤカに応ずる麒麟。老年男性はそれに答えるように、再び鼻をつまむ。 「私の名はプトン。この村の長であり、あなた方を呼んだ者です」  そう言うと、プトンと名乗った長は二人に背を向けた。 「こんなところで話すのも不躾。どうか私の屋敷においでください」  二人を一瞥して歩き出すプトン。その足取りは不気味なほど一定だ。 「歓迎されてる?」 「知らねぇよ――あんまり気さくには見えないがな」  麒麟と少年。二人は視線で会話を交わしている。  二人は村の中でも一際大きい屋敷に案内された。四メートルほどのトーテム像を支柱とした巨大で不気味な門が二人を出迎える。トーテム像には顔の文様が刻まれているのだが、正直どれもブサイクな面だ。麒麟が「ひっへへwww」と甲高い笑いを押し殺している。  門をくぐると――おそらく庭と思われる――何の飾りっ気もない空き地が広がった。それを横目に。二人は村長の背中に従い、その中にポツンと建つ平べったい家屋に足を踏み入れる。外見とは違い内装は中々衛生的だ。  プトンは屋敷の大広間に客人を迎え入れた後、荘厳な祭壇のようなものに向かって額を地に着けた。そしてゆっくりと体の向きを変え、立ち尽くす二人に向かって重々しく語り始める。 「本当は、外部の者に任せたくはないことなのだが……」  両手の平をガシリと合わせて一度上を向く。麒麟は苦笑いのまま立ち尽くしている。擦れた少年は堂々とあぐらをかいた。 「我が村では聖海の先にある神殿を大切にしておる。そこには我が村に縁深い神像が祀ってあるのだが……しばらく前から、神殿に出向いた者が戻らなくなったのだ」  プトンは瞼を閉じ、少し間をおいた。 「これまでに様子を見に行った者も合わせて十人は消えておる。唯一帰ってきた者曰く“化け物が住み着いている”らしい」 「なるほど、そう言った経緯で“化け物を退治してくれ”――とご依頼されたのですか」  麒麟は相変わらず立ったまま、大きく頷いてみせた。 「ふむ。どうやら神殿はいつもより暗く、それがどのような化け物なのかは知らないが……ともかく、早々に彼の地に安全を取り戻して欲しい」 「もちろん、その為に参りましたので――して、神殿は何処に?」 「聖海……即ち砂漠。ここより東に林を抜け、先のそれを行けばおのずと見えるであろう」 「はぁ、なるほど。しかし、できれば地図か何か、具体的な位置を示したものがあれば最高―――っ!?」  麒麟の言葉が途切れる。あぐらで座っている少年はすでに背後を見ていた。  二人の背後から聞こえた“板張りの床が軋む音”。遅れて麒麟が振り返ったその先。そこには一人の「少女」の姿があった。  少女は褐色の肌の上に、白色の一枚布で作られた一点の染みも無い服をまとっている。その姿には、この世に天使でも現れたかと錯覚させるかのような可憐さをたたえている。少女の手にはクローバーでできた冠――。 「娘のイルタだ。これ、二人に挨拶をなさい」 「こんにちは」  父に促されて、鼻をつまみながら挨拶をするイルタ。麒麟はニヤケている。 「あの鼻触るのは何なのかな?」 「部族のしきたりだろ。たぶん」  ひそひそ声で話す二人も、つられて鼻を触りながら軽い会釈をした。 「神殿までは我が娘、イルタが案内をする。迷うことはない」  淡々と言う村長。ニヤけていた麒麟は表情を強ばらせた。 「……神殿には化け物がいるのでしょう? 危険では」 「村の誰もが恐れておる。こういう時には、村を率いる家が率先するべきであろう」 「いや、だったら貴方が案内をっン!?」  麒麟は少し強い語気で何かを言いかけた。しかし、隣に座る少年に脚の甲を指圧されたことで「アッツ!」という悲鳴に強制変換された。  村長の表情にシワが増えたことを悟った少年が会話を切り替える。 「了解した。それで、その化け物を処理した暁には“何をくれる”?」 「報酬か。まず、この村は今も昔も質素で堅実な生業を貫いておってな―――」 「そうか。それで、“何をくれる”?」 「……無論、用意してある。神殿の安全はこの村の存続に必須な事柄。こちらも最大限の―――」 「見せてよ」 「ふむ、わしの後ろを見るが良い」  そう言うと、村長は背後にある祭壇のような場所を指差した。石造りのそれには門を支えるトーテム像と同じく、不細工な顔の文様が無数に刻まれている。中央にある供え台。灰色の石造りに黄金の輝きが目立っている。 「村に伝わる秘宝じゃ。歴代に渡って受け継がれた重い歴史を持ち―――」 「触ってもいい?」 「いや、それは―――」 「残念だが、こちらから別の物を要求するつもりはないぜ。どうせ金はないんだろう」  少年は返事を待たずに立ち上がり、手袋をはめている。 「……壊さないように、少しだけじゃよ」  渋々とした様子でプトンは承諾した。  ツカツカと祭壇に歩み寄る少年。彼は黄金に輝いている“剣”を手にして、しげしげと観察した。そして「メッキだな」と言いのける。  それは少年の観察眼以前の話で。一見して黄金で造られたその剣は、所々薄い金が剥げて中身が見えてしまっていた。だが、それを踏まえた上で少年は納得したようだ。中身に素敵な“水晶”が隠れていたからであろう。彼は剣を祭壇に戻して「報酬の価値には問題ない。受けようぜ」と、提案した。  足の甲を押さえて蹲っている男はズレたサングラスの表情で「はい??」と首を傾げている。  ちょっと残念そうな村長。足を押さえて呻く派手な男。  しかし、状況を見守っていた少女には、ふてぶてしく立ち回る少年が一番目に入った。赤いロングコートの装いも、頭に被っているツバの広い帽子も――少女には見慣れないもので、とても印象に残る姿である。 ACT-3  夜。雲が多くて月は見えない。山々からが吹き降ろしてくる風は、大気を冷やしていずこかへと消えていく。村は昼間と一向変らず、時が止まったかのように静かだ。  闇の中で孤独にある家屋。その屋敷の中の一室で麒麟とふてぶてしい少年は休息を取っていた。サングラスを外して眠気眼を擦る麒麟。彼はタバコをふかしながら愚痴っていた。 「冷たいもんだ。この村の危機を救う二人のナイツを、大したおもてなしも無くほったらかしとは!」  扉すらない開け放しの部屋。麒麟は風当たりの良い場所に腰掛けている。布団は薄い布、横になると背中が痛い。 「別にナイトって柄じゃないがな――あと風向き考えろ。煙いんだよ」  吹き込む冷たい風が、室内を照らすロウソクの火を揺さぶっている。少年は大型拳銃の手入れをしながら答えた。 「んもう、気どっちゃってぇ……ガキのくせに! しかし雰囲気悪いよなぁ。アレから長とも会ってないし、他の村人も完全シカトだもんな」 「――ここはまるで陸の孤島さ。閉塞的になるのも仕方がないだろ」 「村中にあるブッサイクな彫刻も不気味だし」 「不安なんだろう。何事にも謎が多いからこそ、ああやって偶像に――・・・まぁ、あの彫刻には価値があると思うよ、俺は」  少年はチラリと視線を外すと、被っている帽子のツバを下げて表情を隠す。 「川でウンコなんて……ケツ穴冷えて中々出ないっつぅの!」 「―――それについてはノーコメントだ」 「ったく、飯もまずいしよォ」 「ご、ごめんなさい……」 「謝られてもねぇ。芋虫の丸焼きとかちょっと良識を疑――――ホっ!!?」  不意に聞こえた謝罪の声。明らかに少年とは違う音質に、麒麟はたまげて振り返った。そこには夜の山並みを背景にして立つ、少女イルタの姿がある。 「久しぶりのお客さんだから、一生懸命作ったんだけど……」  暗い表情でうつむくイルタ。しなやかな黒髪が月明かりによって寂し気に照らされている。 「え!? あ、君が作ったの? ……あは、いんやぁ、ね。どうもね! 美味しかったよ、さっきのディナー!!」 「何言ってんだ。ばっちり聞かれてただろうに」 「………こ、この……この野郎ッ!!」  麒麟はどうしたことか。いきなりに少年の胸ぐらを掴んだ。 「な、何だよ!?」 「おバカさん! クライエントの待遇にブーたら文句垂れるなんて、三流も良いとこだぞ!」 「てめぇが言ったんじゃ……」 「シャラッぷ!! コレだから礼節をわきまえないガキは……。申し訳ありません、お嬢さん。“コイツが”とんだ失礼なことを言ってしまって」 「うぁ、大人げねぇよこのオッサン。擦り付ける気だ」 「いや、ほんと! コイツは知らんが、俺はあの夕食美味しかったよ。外はカリカリ、中はグッチョリ―――最高ッ!!!」  サムズアップで出来る限りの笑顔を見せる。三十路を目前にした男の卑しい笑みが輝いた。  その隙を突いて、胸ぐらを掴んでいる腕が捻り上げられる。 「アダダダダダッ! タイムタイム!!」 「――耳の調子が悪ぃや。何も聞こえねぇ」  キリキリと悲鳴をあげる関節。薄ら笑いの少年と違い、麒麟の表情たるや福笑いの如く無様に歪んでいる――・・・と、そこに大きな笑い声。被加虐関係の二人が揃って見ると、少女が口を大きく開けて笑っている光景が目に入った。突然のことに唖然とする二人。 「あぅっ……ご、ごめんなさい……」  イルタは口を抑えて俯いた。それを見た二人は瞬時に視線を合わせ「よかったな、笑顔が見れたぜ?」「そうか、俺の手柄だな!」と言葉を掛け合う。麒麟が少年の胸ぐらから手を離すと、きめられていた関節も解放された。 「お嬢さん、謝ることはない。ボクらは喧嘩をしていたわけではないのだからね」  気取った口調で言いながら、麒麟は自慢のサングラスを掛け直した。 「一方的だったものな。喧嘩として成立してない」 「アハハッ、コォイツゥ☆」  両者共に和やかな表情を浮かべている。その最中、麒麟の放った渾身の肘鉄は少年の手によって軽々と受け止められていた。  表面上は仲睦まじい二人を前にして。イルタは楽しそうに微笑んでいる。 「あの、お願いがあるんだけど。……お話しませんか? 村の外の話を聞きたいの」  少し間を置いて。イルタがもじもじと、上目遣いに小さく口を開いた。 「ほ?? ・・・・・おう、なんでも聞きなよ!」  少しキョトンとした後、麒麟が景気良く答える。  それを聞いたイルタの表情がパッと明るくなった。彼女はその場に座り込んで、嬉しそうに二人へと質問を始めた。  旺盛な好奇心をもつ少女はいくつもいくつも、質問を繰り出した。  それは取り留めもない、応じる二人が思わず返答に瞬巡するくらいに単純で一般的なものが多い。しかし、例え二人にとって小くて在り来りなことでも、イルタにとっては意外で新鮮な言葉なのである。彼女は二人の個人的な意見に対しても深い興味を示していた。  この二人の生業が世界各地を飛び回るものであることは、イルタにとって幸いだ。 「―――すごい! いろんな所に行っているのね」 「ふっ、まぁな。俺達にとっては世界なんて庭みたいなものさ、なぁ?」 「頭悪すぎる返答だな。何年人間やってんだ」 「やめろ! 落ち込むぞ!!」  辛辣な少年の一言。得意満面だった麒麟は半泣きになった。 「仲が良いのね」  笑顔でそう言った後、イルタは急にしんみりとした表情で「羨ましいなぁ……」と、呟いく。 「私は村の外に出たことがないの。母と父以外の人とまともに話すことも稀。友達だって、一人もいない……」 「・・・・・」  語る少女の声が、冷たい空気を伝って二人に届く。彼らはその声から、遺跡に眠る陶器のような脆さを感じ取った。  村に生まれ、そのしきたりの中で生きるイルタ。伝統に従いつつも、未知の世界への憧れを押さえきれない。今まで溜め込んできた想いが、彼女の心から溢れ出しそうになっている。  ――薄々と、余所者である二人は気がついていた。この村は変化を恐れてか、排他的な面が強い。村に活気がないのは、若者が少なく、慢性化した文化の停滞を打ち破れないからではないか。このままでは滅び行くであろう村の未来を悲観し、だからこそ神頼みに力を入れる。神殿は現実逃避の拠り所か――  よほど嬉しかったのだろう、人との当たり前の会話が。  よほど楽しかったのだろう、人との当たり前の触れ合いが。  それらの得難かった当たり前が――閉ざされていた少女の心、その蓋を動かした。うつむくことも忘れて少女は大粒の雫を瞳から流す。暫くの静寂が部屋を包み込み、山々の音が聴覚を支配する。少年は帽子のツバを下ろして黙りを決め込んでいた。  静寂を晴らすように声を発したのは、麒麟。 「そうか……つまり、俺たちが君にとって最初の友達ってわけだ!」 「私が――ともだち?」 「そうさ。俺もコイツも、すっかり君が大好きさ」 「おい、俺を勝手に――」 「君をチーム麒麟の一員にしてあげよう! どうだい?」  明るい表情だった。少女に向けられた男の笑顔は、真昼の太陽が如く、燦々と少女の心を照らす。  サングラス越しにも、そこにはスカっとした晴れやかさがある。 「……えへへ、ありがとう」  少女は涙を拭う。今日一番、嬉しそうな表情。  少年は……晴れ渡った彼女を見て呆然とした。見とれたというのもあるが、何よりそれほどまでの輝きを引き出された――という事実に衝撃を受けていた。  横目にあるサングラス越しの笑み。なんとなく少年は苛立って、そいつの尻に膝蹴りを入れる。ひざかっくんの要領で倒れる麒麟。「いきなりなにさ!?」と狼狽える様を見て、少年はこれもなんとなくサングラスを奪って放り投げた。  突然の奇行に麒麟が文句を言う。少年は面倒くさそうに耳を指で塞いで答えた。そのやりとりを見るイルタは楽しそうに声を出している。 ACT-4  夜が明けて。空は快晴、鳥も気持ちよさそうに回遊している。  晴天の下、旅路の無事を祈る儀式が執り行われた。参加者は村長であるプトンと、案内人を務めるイルタ、それに加えて数人の神官らしき人々。あとは蚊帳の外な麒麟。  半裸のプトンの前に着飾ったイルタが手を組んで跪く。すると、プトンが何やら呪文のような言葉を一定のリズムで繰り返し唱えだした。  儀式最大の見所といえば、葉っぱ一枚のみを身につけた男が三人ほど、爆笑しながら村を駆けずり回っている光景か。無駄にチョロチョロと動き回るのでかなり鬱陶しいが、一歩距離を置いて見る分に害は無い。  一通り儀式が終わると、イルタは立ち上がって鼻をつまんだ。プトンも同じく鼻をつまむ。そしてその状態のまま、プトンは麒麟を睨んで動かなくなった。それはもう、石化したように動かない。これは神官もイルタも同じである。  一分ほど呆然としていた麒麟だが、意図を察してようやく自分も鼻をつまんだ。 「―――では、娘を頼んだぞ」  そう言うとプトンは一度も娘を振り返ること無く、屋敷へと入っていった。それに続いて神官と思わしき人々も無言のまま散り散りに家へと入っていく。 「悪いな、遅くなった」  ノラリと、茶髪の少年が屋敷から出てきた。彼は前髪を弄ってからツバの広い帽子を被る。 「何してたんだよぉ、せっかく行ってくれた儀式をサボってさ」 「いいのよ、気にしないで。ただのおまじないだから」 「おいおい、イルタ。こんなのかばう必要ないって!」 「――うるせぇなぁ。終わったんならさっさと行くぞ」  遅刻した割には偉そうに、少年は口角の片側を下げて言い放った。そしてさっさと村の東に向かって歩き始める。 「ほらね、ああいう奴なんよ、憎らしいっ!」  身勝手な背中を指差す麒麟。肩をすくめて誤魔化すように笑ってみせた。  少女はそれよりも、ちょっと乱暴な物言いの彼を眺めている。  神殿は村の東側に森を抜け、その先にある砂漠を渡った所にあるらしい。  道案内はイルタの役割なのだが、「危険があるかもしれない」と勇んだ麒麟が先頭に立った。身勝手な少年は気だるそうに最後尾を歩く。  麒麟を先頭とした三人が森の中を歩く――が、特に危険な事も無く、無事に彼らは森を抜けた。途中、物音に驚いた麒麟が発砲する騒ぎがあったものの、彼の下手くそな射撃術は一羽の兎を救ったようだ。 「いやぁ、何事もなくてよかった。第一関門クリアってところか!」  発砲の件を無かったことにするべく、一際大きな声で麒麟が宣言する。直後、彼は目前に広がった光景に絶句した。  ……それはさておき。  少年は関心していた。サバイバル経験の多い彼から見て、か弱そうな少女のナビゲーションは思ったよりも質が高かったからである。 「よく、迷わず指示できたな」 「この森は私の遊び場だから。滅多に奥までは行かないけど……いつもは一人だから、今日は楽しいよ」  イルタは少し寂しそうに答えた。それは自分に対する投げやりな言葉にも聞こえる。 「……気のせいならいいんだが。もしかして君は、あの村を――――」 「うあっちゃぁ~! こぉりゃ、神殿に着くまで大変だぁ!!」  眼前に広がる広大な砂漠を前に、麒麟は下顎を突き出した。 「あんだけ緑豊かだったのに。ちょっと外がここまで本格的な砂漠とは、“まさか”だなぁ! ――で、神殿はどっちの方向?」  カンカン照りの日差し。一面のアーモンド色。起伏する砂山。……そこは確かに、村の風情とあまりにかけ離れている。 「あそこに大きな砂山があるでしょ? あれを越えるとすぐ、見えてくるよ」  イルタが示した先。それほど距離は離れていない辺りに末広がりな砂山がそびえている。 「ひっえぇぇぇ~、あれを越えるんか!?」 「つってもさ、近いじゃん。確かに山は高いが――越えればすぐなんだろ?」 「うん。朝の内に行って帰れるくらい」 「砂漠と聞いて杞憂したよ。それじゃさっさと済ませようぜ」  少年は帽子を被り直して、サクサクと細かな砂粒を踏みしめ始めた。  イルタも平然とそれに続いたが、麒麟だけは足取りが重い。彼の足腰は経年劣化しており、そのことに対して自信がないのだろう。  照りつける太陽。涙も揮発する乾燥。  麒麟が心折れずに登りきれたのは、皮肉にも。遅れるごとに飛ばされる少年の小言が檄となったからである。 ACT-5  ――砂漠の神殿はその建造から何世紀を経たのだろう。厳かな神殿には石柱と小さな石像が無数にあった。石柱には文様が彫られているのだが、それはどれもこれも、村でよく見かけた模様と類似している。  砂山を越えた先には年季の入った建造物がそびえていた。建造物そのものは単純な長方形の外見だが、乱雑に散っている石柱と石像がアクセントになっている。  神殿が近づいたことで、イルタは小さく震え始めた。「化け物が住み着いている」と証言があるのだから、無理もない。細部が解らないことで想像も膨らんでいるのだろう。  砂山越えですっかりやつれていた麒麟だが、そんなイルタを見ると一念発起。水をガバ飲みして強引に生気を取り戻した。 「ここからは危険だ。後は俺たちに任せなさい!」  勇んで胸を張る麒麟。サングラス越しにニヤケた笑みが浮かんでいる。  やたらな自信だが無駄ではない。イルタはこれに元気づけられたようだ。 「気をつけてね、二人とも――」 「任せたまへ。……ただ、一応、念の為にだね……」  麒麟は小型のタイマーを取り出し、それをイルタに握らせる。 「こいつがピープーと音をたてたら、先に村へと戻ってほしい。その場合のことは村長に伝えてあるから、それに従っておくれよ」 「二人はどうするの? 森を抜けるの、大変だよ?」 「あ~っと、それはだね……コイツがもう道を覚えたから、大丈夫!」  麒麟が陽気な仕草で少年の肩を叩いた。 「――そりゃ覚えたけどよ」 「ほら! だから心配はない!」 「へぇ……凄いのね!」  イルタは素直に感心した。  実際、少年は一度の経路を全て記憶している。しかし、麒麟からすればその事は重要ではない。イルタが「万が一」に、村へと戻ることが重要なのである。 「いやいや、コイツはそれくらいのもん。怪物退治は俺が大活躍すっからよ!」  麒麟は高笑いした。サングラスを取り、露にした眼でウィンクまでしている。淀みのない自信をイルタはすっかり鵜呑みにしてしまった。「強いのね!」と目を輝かせている。 「気楽なもんだぜ。おまけの癖に……」 「アにぃ!?」  背後から聞こえた悪態。麒麟が憤慨して振り向いた。  一方、声を発した少年はそんなことなど意にも介さず。既に神殿の入口へと向かって歩き始めている。 「あーあ、またまた先走っちゃって。ああいう自分勝手な行動は身を滅ぼすんだよね――真似しちゃダメだぞ!」  グッと親指を立てる麒麟。調子の良い男は戯言を残し、少年の後を追いかけていく。  神殿の入口には影が満ちている。影の中に紛れていく二人を見送るイルタ。  彼女は二人を信頼したものの、少しでも力になりたいと思い、神殿の主に向けて祈りを捧げた。 「パキオの神様。どうか、彼らを導いてあげてください―――」 ACT-6  神殿内部には光が少ない。しばらく手入れができていないためか、採光用の穴がいくつか砂で塞がれているらしい。こんな暗がりでは内装もいまいち把握できない。  ゴウゴウと風の重低音が響いている。埃臭いというよりは、砂粒が舞っていて息苦しいという印象だ。 「あわわ、ライトライト……」  思ったよりも暗い神殿内に竦んだ麒麟。彼はジャケットの裏ポケットからライターを取り出そうとしている。しかし、この暗がりにサングラスとは……道具の使い方を誤っているとしか言えない。ライターが暗がりの床に「カシャン」と落下した。 「ああっ! ら、ライターが!!!?」 「何してんだよ」 「ライターを落としたんだ! 探して。見えない、見えない!」 「うるせぇなぁ、もう。静かにしろって」  麒麟は悲痛な声をあげている。  少年は冷静に、取り出したペンライトで神殿内を照らした。円錐に伸びる光の範囲が神殿の一部を露にする。 「――っ!?」  真っ先に見えたものが彼を緊張させた。咄嗟に身構える少年。しかし、よく観察を行った彼は即座に「なんだ」と呟いた。  彼が見たものは“石像”。それは神殿外で無数に転がっていた物と似ている。ただ、絶対的に異なる点はそれが“巨大である”ことだろう。神殿に鎮座するその石像は、到底ペンライトの範囲では一度に全容を照らせない。少年の目算からすると12mは超えているようだ。 「御神体ってところか……しかし、環境に対して妙に立派な構えをしてやがる」 「オワアぁっ!!?? 何アレ何アレ何アレ!!!」  麒麟は石像を見たことによって酷く狼狽し、慌てて腰元から拳銃を一丁抜き取った。  「ガッシャン」、と金属音。拳銃を落とした麒麟は一層に狼狽えた。 「武器がぁっ、俺のペストルがぁぁぁ!!!」 「だからっ、うるっせぇなぁ!」 「ちょっと足元照らして! マジで解らん!!」  這いつくばって足元を探る麒麟。横に立つ少年は冷めた視線を暗がりに蠢く背中に落とした。 < シュオォォォォォォ…… >  神殿には隙間が多い。外壁を叩く風はゴウゴウと音をたてるが、隙間に入り込む風は「シュォォ」と音をたてている。  それは少年も把握しているのだが……彼はそれらの中に“異質な音”を察知した。  異質な音は隙間風に紛れている。  音の発生源は、神殿の暗闇にひっそりと―――。 「おっ、ライター見っけ。えーと、後は……」  ライターを発見した麒麟はさっそく灯りを確保するため、着火。オイルライターから揺らめく炎が沸き立つ。ぼんやりとしているが、球形に広がるライターの光は拡散しやすい。  誤って蹴飛ばしてしまったのだろう。少し離れたところに拳銃を発見する麒麟。「あらら、いつの間に」などと言いつつ。ふと、その先を見上げる。  拳銃は床に落ちている。朧な光に照らされた金属のボディが輝いた。  それとは別に。これも輝く身体がある。  位置は神殿の角。隅っこの一番暗がりなところで、ほんの僅かにも“光沢のある身体”は光を反射している。 「…………ん、なんかあそこにあるような……??」  麒麟がそう言うや否や。神殿の角に身を潜めていた存在は「カシャカシャ」と硬い物を石の床に叩きつけながら行動を開始した。 < シュオオォォォォォォォォ……ッ!!! >  ライターの炎におびき寄せられるように、ゆっくりと迫る動体。  徐々に照らされて明確になるその姿は、“サソリ”である。毒を持つ虫として知られる、あの“サソリ”だ。しかし思い浮かぶその姿とは決定的に異なる点。それはこれが、この世のものとは思えないほどに――人間よりも遥かに――立派な体格をしているということであろう。  “大サソリ”は四対の脚を「カシャカシャ」に掻き鳴らし、ハサミを広げて威嚇している。海老反りに上向いいた尻尾の先端には二股の槍……のように錯覚するほど図太い針。一般的にはこの針に毒を持つと言われるサソリだが、この大サソリに至っては毒以前の問題。刺されば大穴が身体に出来上がるだろう。 「うそぉぉぉぉッ!!!?」  麒麟は大声を張り上げた。反射的に後ずさったのだが、おかげで大切な拳銃は離れて行く。  この大声がよくない。大サソリは目立つ音をたてて激しく動いた物体に向かって、凄まじい勢いで加速した。  「カシカシカシカシカシカシ――」と、慌ただしい工業機械のような連続した接触音。  麒麟が一歩後ずさる内にサソリの姿はぐんぐんと巨大に見えてくる。随分と大きな怪物に思えたが、それでも遠近法の要領でまだ小さかったらしい。これ本来の体躯は人間と比較するものではなく、自動車と比較して「優っている」と評するのが適切だ。 「たすけてぇぃっ!」 「――OK、伏せろ――」 「わかったぁぁぁ!!!」  無我夢中にSOSを発した麒麟。彼はやや反響して聞こえた応答に対し、素直に従った。  正直、迫り来る巨体の進路で伏せるのは度胸が必要な行動である。だからこそ、大人しく土下座の姿勢で蹲った彼を責めないで欲しい。 <シュオォォォッォ!>  “エサ”が縮こまったことを確認して、大サソリは「頂きます!」の鳴き声を張り上げた。  ――― ピンッ  と、弾ける音。  円錐の光が大サソリを明確に照らし上げた。全容とはいかないが、位置と身体の構造が大まかに把握できれば充分。ついでに蹲っている男までの方角、距離も確認。  ペンライトの発光点が神殿の闇にスライドしている。少年は口に咥えた灯りを頼りに、高速で動きつつも大量の視覚情報を処理していた。少年の視力、記憶力、算出能力は常人のそれと異なる。  空いた両手に二つの小型円柱体。安全ピンが引き抜かれたそれのレバーを躊躇なく解き放つ。信管は一世一代の仕事に向けて鼓動を開始した。  少年は結果までの道筋を構築し終えると、即座に両手の弾を放り投げた。同時に跳躍し、巨大石像の裏に身を隠す。  極々短い時間。麒麟が「SOS」を発してから数秒といったところだろう。  放り投げられた二つの“手榴弾”は神殿床に落下。「コカッカンッ」と落下音が神殿に響いた――二秒後に炸裂。  轟音が神殿内の空気を震わせ、浮遊していた砂くずを吹き飛ばす。  飛び散る無数の金属片が大サソリの左側面を損傷させた。衝撃によって節足の1つがちぎれ落ちる。  「パキンッ、カンッ、ガコッ」――飛び散った金属片が神殿の天井や壁に当たり、傷を付ける。  地に伏せた姿勢で「ぎゃおぁぁぁ!!」と叫ぶ男。爆発はサソリ越しに発生したため、ある程度リスクは低められている。  しかし、爆弾に絶対はない。破片の軌道ほど気まぐれなものは他にないだろう。蹲る麒麟のジャケットを1つの破片が掠めたが、その程度で済んだことを感謝すべきである。 「あぶっ、あぶぁ……」  赤子のように発音未熟に喉を鳴らす。麒麟は恐る恐る顔を上げた。 <シュオッオッオォォ……!>  巨体が揺れている。大サソリはエンストをおこした車のように、ガクンガクンと身体を揺すっている。  衝撃によって脚を一本失った。硬い攻殻の狭間に入り、内側で飛び跳ねた破片によって身体の器官がどこかやられたらしい。だが、それでも脚の一本以外はほぼ原型のままにあるこの怪物。そのなんたる頑強さか。無数に飛び散る金属片の全てが弾丸と言っても良い。フラググレネードが放つそれらの大半を受け止めたというのに、原型が残る方がおかしい事実。  身体の異常によって一時的に行動不能となっていた大サソリだが、節足動物の無神経さは脚を一本失ったくらいで気を落ち込ませない。  再び鳴き声のような呼吸を解き放ち、手近なエサを二つの怒り眼で睨みつけた。 「――えっ!? イヤイヤイヤ、違うっすよ? 俺じゃないっすよ?」  ハサミを打ち鳴らす大サソリに向けて、必死の弁解を行う。 「本当だって! 俺じゃないのに、なんでまだこっち見てんの、君ィ!?」  麒麟は正論を言った。実際、彼はまだこの大サソリに対して何ら危害を加えていない。襲われる道理としては、共に来た“少年”の方にあるだろう。動機が怒りなら尚更だ。  しかし、節足動物の無理解さは爆発云々など知ったことではない。目に映る物を襲い、喰らう―――それだけだ。 <シュオオオオオオ!!!!>  バランスを悪くしたが、まだ駆けることができる。大サソリは跳ぶように前進し、獲物の前に降り立つ。そして反り立つ尻尾の節目を折り曲げ、槍のような針を豪快に突き刺した。 「おはぁぁぁ――アっっ!!!??」  二股に分かれた図太い針。それは石材で構成されている神殿の床を砕いた。突き刺さった針の周囲。石素材の床が「シュゥシュゥ」と音をたてて“溶けている”。 「ま……マジ、ちょっ………」  飛び退いた麒麟は溶ける床を見て絶句した。横ばいの姿勢で「これはヤバイ」と思っていると、頭上にふっと影が落とされる。  真上に構えられたサソリの針。それは“しなり”を生み出し、力を節目に蓄えている。 「 いっ――――――イヤァァァァァ!!! 」  甲高い悲鳴である。本心から「恐い」と思った男は半泣きに悲鳴を挙げたのだ。  そしてやはり、大声はよくない。刺激された大サソリは遂に尻尾の針を――――  ―――・・・槍のように鋭く、鋼鉄の如く硬い針が振り下ろされる。  直前。巨体を照らす円錐の光。  それと同時――― ガウンッ ―――という、乾いた衝撃音。  音が麒麟の耳に到達するより寸時早く。左側に残り1つとなったサソリの脚、その節目を小物体が貫いた。衝撃波を纏ったそれがどのような軌道で虚空を進み、“跳弾”したのか……一部始終を目視できたのは、ただ一人。  片側の脚を全て失ったサソリは大きくぐらつき、振り下ろした尻尾の針は見当違いに床を穿った。  スローモーションの感覚。麒麟は「う ぉ お お あ あ あ あ」と大口を開けている。  麒麟の悲鳴が続く中、再び乾いた衝撃音が神殿の空気を震わせた。  これが麒麟に届く寸前。今度はサソリの頑強な攻殻に亀裂が入る。  再度、衝撃音。麒麟の一息はまだ継続している。攻殻の亀裂に12.7mmの小物体が突き刺さり、攻殻内側に損傷を与えた。  大サソリの攻殻は確かに頑強で、銃弾に匹敵する金属片をも跳ね返した。  しかし。単なる銃弾ではなく、拳銃としては規格外の一撃を完全に防ぐことはできなかったようだ。  一撃目に亀裂を負い、二撃目に傷口が破裂し、中身が露呈する。  攻殻の亀裂箇所。それは怪物の頭部であり、三発目のマグナム弾は露呈した柔らかな内部に深く抉り込んだ。亀裂を生じた攻殻の内側は、豆腐に指を押し込んだかのように掻き混ぜられた。 <・・シュオ・・シュオ・・シュオ・・・>  大サソリは断続的に鳴き声のような呼吸を開始。ピクピクと残った脚とハサミは動いているが……もう、目の前で発せられる大きな悲鳴を気にすることもない。エサは必要なくなった。  照らし出されている、瀕死の大サソリ。その影で横ばいに呆けている男。  光源が近づいてきた。「カツカツ」とブーツの底を鳴らして歩くその少年は、通りがかりに屈んで床に落ちている拳銃を一丁、拾い上げた。 「ほら、見つけてやったぞ。嬉しいか」  倒れている男に向かって拳銃を放り投げる。  麒麟は受け取ろうとしたが、片手でキャッチすることができずに額で受け止めた。 「おあっ、ィタタぁぁぁぁ!!!!!」 「いや、せめて手で落とせよ……まさか触れもしないとは……」 「違うんて! 眩しいから、ライトが眩しくって見えなかったんよ! おお、イテテ――」  額を押さえながら立ち上がる麒麟。拳銃を苦々しく腰元のベルトに押し込むと、「ケラケラ」と笑っている少年にこれも苦い視線を浴びせた。 「あンだよ。眩しいなんて言い訳だろ?」 「……いや、それはもういいんだがな……」  麒麟は視線を移した。そこには痙攣している大サソリの姿がある。  少年はコート裏から手榴弾を取り出すと、ピンに指を掛けた。 「まだ息があるなぁ……一、二個。頭に捩じ込もうか」  少年は無邪気だ。止めは必要かもしれないが、無邪気である必要はない。 「おい、少年よ」 「走らねぇとな。今度は攻撃型だけど……あんたは先に行っとけよ。転んだなんて言ったら、目も当てらんねぇぜ?」 「―――お前こそ、すっ転ぶなよ・・・」  麒麟は神殿の入口へと歩き始めた。サングラスに付着した砂埃を拭う。眉毛をひそめた表情は、膠着状態の知恵の輪を前にする人のものだ。  ―――少年は手榴弾のピンをハネた。そして、安全レバーに掛けた指を緩めようとする。 『―――そこの人』 「??」  少年は指の動きを止めた。  周囲を見渡す。麒麟の去った神殿内。ペンライトを動かしても、痙攣する怪物と巨大な石像くらいしかめぼしいものは無い。まして、声など誰が発せようか。 『―――何故、“ここ”に来た?』 「!?」  少年はペンライトで再度神殿内を探る。しかし、見えるものは同じで、精々聞こえるのは外壁に当たる風のゴウゴウ音と怪物の青色吐息。 『―――覚えているかい、その理由を―――』  少年は……迷った末に、ペンライトの灯りを一点に向けて留めた。  照らし出されたのは巨大な石像。石像は、間抜けな面ながらも威圧感を湛えている。 「どんな仕組みだよ。こんなことするのは――勇気の奴か」  少年は嘲笑気味に神殿の入口を見る。 『―――覚えていないのかい?』  何処から聞こえる――とかではない。聴覚を介さずにその声は聴こえていた。 「うるせぇな。いつの間にスピーカー仕込みやがった」 『―――貴方はもう、役目を終えたのか?』 「………」 『―――貴方はもう、役目を終えたのか?』 「うっせぇ! 黙れよ!!」  少年は怒りをぶちまけた後。怪物の傍に寄って攻殻の傷口に手榴弾を投げ込んだ。  走り始める少年。得体の知れない声はそのうちにも聞こえてくる。『探しに来たんじゃないのか?』と、問いかけてくる。答えを求めるというよりは、答えを引き出そうとする問いかけ。  少年は一切答えない。彼はそのまま神殿を駆け抜けた。  振動する空気が神殿の入口より押し出される。  爆風によって舞い飛ぶ砂埃に紛れて、少年が神殿の外に出る。 「なんか遅かったな。どしたん??」  トボけた顔をした麒麟が、唇をへの字に曲げて聞いた。 「うっせぇな。何考えてんだ、お前!」 「何って―――任務達成の喜び?」 「コノやろっ!」  望む答えが返ってこない苛立ちを麒麟にぶつける少年。  麒麟は訳がわからない、といった様相で「伸びる、伸びちゃうシャツ!」と自分の衣服を気遣っている。少年の脅迫じみた詰問は暫く続いた。  麒麟のシャツの首周りがだるんだるんになった頃。  怒鳴り声を聞きつけたイルタが仲裁に入ったことで、ようやくその場は収まったらしい―――。 ACT-7 「怪物は退治しました。他の安全確認もしましたので、今後行方不明者が出ることもないでしょう――。 一応、証拠として化け物の一部を持ってきましたよ」  麒麟は件の大サソリについて、それを退治するまでの顛末を村長プトンに報告した。 「おおっ、これはこれは……さっそう祝祭を執り行うことにしよう!」  その日の内に、村では怪物退治の祝祭が催された。土産に持って帰られた怪物の攻殻は村に晒され、それを中心に祭りは行われる。  目出度さに浮かれた村人が次々と裸になって踊り狂った。しかし、村の風習として「踊り子は男、演者は女」と定まっているため、文化の違う人からするとむさくるしいことこの上ない。かがり火を囲んで輪を成す男衆。熱気で汗が迸っている。  功労者として高台に座らされた麒麟は一部始終を見せつけられ、挙句目の前に並んだ昆虫料理を見て辛い涙を流していた。 <勇士麒麟! 若き勇士の姿が見えないが!?>  涙してぐっと閉口していた麒麟の周囲にドカドカと男衆が集ってくる。彼らはどうやら、そこに居ない“少年”について尋ねているようだ。 「いや、ちょっと解らないです……」  苦笑いで返す麒麟。その表情は砂山を越えた時以上に寂れて見える。 <勇士麒麟! あなたは友だ! さぁ踊ろう、輪に入りたまえ!!>  男衆の数人が“勇士”である麒麟を抱きかかえようとする。 「え、ちょっ」 <勇士麒麟、歓迎しよう。友に遠慮は必要ない!!> 「あ、や、やめてっ! 服は勘弁――」 <踊ろう、歌おう、騒ごう! 我ら友達!> 「まって――ああっ?! ダメダメっ、パンツは返してください!!」 <勇士麒麟!!> <勇士麒麟!!> <勇士麒麟!!> 「あ、いやっ、ちょっ――だ、ダメェェェェェ!!!」  高台から担ぎ下ろされる麒麟。  放り投げられるように汗臭い輪に組み込まれた彼は、その後二時間にわたって儀式の一部と化した。  ――村で最も大きな家屋。中では祝祭のフィナーレを飾るべく、羽毛で作られた飾り物を着込んでいるプトンの姿がある。  貴重な鏡で丁寧に化粧を施すプトン。その背後から「村長よ、一つ質問がしたい」と声が掛かった。自分以外誰もいないと思っていたプトンは驚いて振り返る。そこには、ツバの広い帽子を被った不遜な少年が一人、ふてぶてしい様で存在している。 「ど、どうかしたかね」 「大したことじゃない。身構えなくていいよ」  少年は記憶を手繰るように、指を額に置いて目を閉じた。 「―――この村の神殿だが、そこに巨大な石像があるだろう?」 「あ、ああ。パキオの守り神かね」 「―――パキオ? この村の名前だっけか」 「それもそうじゃが……その名は我々の先祖を救った偉大な勇士の名だよ」 「勇士―――巨像はこの村を救った勇士そのものではなく、それの守り神?」 「うむ。偉大なるパキオは聖海にて石像に導かれ、先祖を救ったのだ」 「―――導いた……へぇ。しかし所詮は言い伝えか」 「そうだ、言い伝えられたものだ。パキオが“恩をくれぐれも忘れぬように”と、最後に残して逝ったのだ。我々は勇士の最後を尊重している、だから言い伝えてきた」 「―――他に石像から導かれた者は?」 「存在しない。偉大な勇士はただ一人」 「―――石像について、他に知ることは?」 「外部の者にここまで話す事自体、特例。それは君が勇士だから。我々は勇士に対して隠し事はしない、そしてこれ以上語れることは無い」 「―――そうか。まぁ、いいさ」  少年はそう言うと、ロングコートの裾を翻した。  遠ざかる少年の背に、プトンの声が掛かる。 「若き勇士よ! 守り神の声を聞いたか!?」  少年は足を止める。そして気だるそうに頬を一かきして、「何も」と短く答えた。  屋敷を後にしようとする少年。彼は門に差し掛かると、柱の前に立つ少女の姿を発見した。 「祭りに参加しないのか?」  少年が聞く。 「私は長の娘だから――普通の人と一緒に騒いじゃダメなんだって」 「言いつけか」 「………うん」  少女は黙る。少年は気にせず、その前を通り過ぎる。  堪えきれず、少女は彼の手を握った。そして瞳に涙を溜めて、願う。 「……ねぇ、アルフレッド。私を……私を外に連れ出して!」  彼女は両手で強く、彼の手を握った。  少年はしばし沈黙した。  そして前を向いたまま、気だるそうに答える。 「楽しいことばかりじゃねぇよ、外の世界は」 「それでも―――っ」 「俺は、明日にも死んでたっておかしくない。いや、そのことを望んですらいる」 「……え?」 「悪いが、自分の命も放り出している身だ。弱っちい女を抱えて歩けるほど――俺はタフじゃない」  少年は彼女の手を振りほどく。そして、それ以上何も言わずに歩き始めた。  少女は振りほどかれた手を空に握って、ただただ、彼の背中を見送っている。  村の中心から。男衆の騒ぎ声と、女衆の歓声が響いている―――――。 ACT-E  報酬である金(メッキ)の剣を受け取る。その祭、村長が「来年祭儀に使うんじゃが」「長年受け継いだものだからなぁ」などとボソボソ言っていた。気まずそうな麒麟を横目に、少年は容赦なくそれをぶん取った。  村外れのワゴン車に乗り込む麒麟と少年。酷くやつれた様子の麒麟はハンドルを握る手にも力が無い。少年は帽子を取って、アイマスク替わりに顔へと被せた。  走り出すワゴン車。砂漠とは反対向き。山道をぐらぐらと登っていく。  欝蒼とした林に紛れて、あっと言う間に見えなくなる車影。  ――少し離れた草地にて。  五つ葉に囲まれた少女は、寂しそうな眼差しでワゴン車を見送った。  少女は手に残る少年のぬくもりを抱いて、彼の言葉を思い返す。  擦れた感じのある少年は「明日にも――」と言っていた。  たった数日の付き合いで彼の何が解ったものか。だけど―――少女は彼の言葉が強がりなのではないかと予感している。  / 少女がワゴン車を見送った日から、六年が経ち――――  とある山林地帯。崖の上を行く危険な道を乗用車が走っていた。  車内にはモクモクと紫煙が漂っている。出処は運転席、赤茶髪の青年が咥えている煙草。  助手席に眠る青い髪の男は、恐ろしい顔つきで何らかの夢にうなされている。その悪人面の先は断崖の岩肌が延々と流れる。  ハンドルを握る青年はフロントガラスに映る景色を見て、ボウっと散漫な意識。不安定な道で咥え煙草、その上注意散漫とあっては危険極まりない。運転する青年は軽く唸った後に、小さくハンドルを切った。 <ガリガリガリ、ドシンッ!!>大きな衝突音。車体が揺れる衝撃に、助手席の男はびっくりして目を覚ました。 「な、ななな何事だ!?」  強面の男は咄嗟に腰元へと手をやり、勘違いしてサイドブレーキを握っている。 「落ち着けよ。クラッシュしただけだ」  運転者の青年は咥えていた煙草を灰皿に落とし、至極端的に現状を説明した。エアーバッグは出ていない。出ないギリギリの衝撃で激突したのである。  青年は身を乗り出して後部座席から帽子を取る。それはツバが妙に広いカウボーイハット。彼は車を降りて車体の前に行くと、凹んだボディを見て「こりゃいかんな~」と呟いた。助手席の強面は不安そうにしている。 「パーツがありゃ動くだろうが――持ち合わせが無いな。後で届けてもらおう」 「動かないのか!? ……ってことは、ここで泊まるか」  状況を鵜呑みにした強面は納得して車中泊の心構えを決めた。 「おぅ、それもいいが――見ろよ、“村”がある」 「こんな山奥に村?」 「丁度盆地の所にな。ひっそりとしたもんだ、変わらないね」  断崖の上から見る景色。連なる山脈がコの字に曲がり、それに包まれた形で密林地帯が鬱蒼としている。よく見れば、点在する板葺きの色合――明らかに人工物であろう。 「泊めてもらおう。飯にもありつけるかも」  カウボーイハットのツバを押上げ、ニヤリと片側の口角を上げる。赤茶髪の青年は断崖の峠道を下り始めた。小さな狼煙のように、その口元から紫煙が流れ、晴天の空へと昇っていく。  身勝手な様で歩き出した青年を見て、強面の男は慌てて車を降りた。助手席が開かないので大変だ。  事故車両は岩肌に引っかるように、その出っ張りに収まってビクともしない。下りとはいえ、精一杯押したって動かないだろう。「おいてくぞ」と、下り坂の先から声が聞こえる。 「今行くよ!」  車の状態を観察していた強面の男は焦って駆け出した。坂道は車の通れる道と人一人がやっとの急な下り坂に分岐している。急な下り坂を見下げれば、スタスタと進むカウボーイハットとロングコートのシルエット。 「……しかし、いきなり押しかけて飯を頂こうなんて都合が良すぎないか? 歓迎されるとも限らないだろう?」  強面は申し訳なさそうな表情で、まだ遠くに見える村らしき場所を眺めた。 「――そうだなぁ、怒ってるかも。しかし、まぁ、今なら本音で答えられるから」  先を行く青年は強く煙を吐き出す。  長く、心に引っ掛かっていた。珍しく恐れていたと言っても良い。  ふてぶてしい過去の少年は、輪を掛けて不遜に成長した。  それでも尚、現在の青年は恐れていたのである。  細く、険しい、道とも言えぬ坂道を下る。 「こういう場合があるから、砂上船にしようって言ったのに……大体、いつもお前は速度を出し過ぎなんだよ」  強面の男がぶつぶつと呟く。 「るっせぇな」  カウボーイハットを被った青年は高性能な携帯電話を取り出した。この辺境から、彼は何処かに連絡をとっているらしい。  ―――二人はこの後、細く険しい坂道を下り、鬱蒼とした森を抜けて村へと至る。  村は久方に訪れた友を歓迎するだろう。友が連れてきた悪魔のような顔つきの男は、ついでに歓迎祭の輪に組み込まれることになる。「パキオの村」は俄の活気を得て、男は踊り、女は奏でる。  少女は――成長した彼女は、勇気を出して戻ってきた彼に何を言うだろう。  少年は――成長した彼は、大人になった彼女に何を伝えるのだろう。  ここにある勇敢な彼は、「パキオ」ではない。  パキオの神殿  ――END――