潮風の国
・主な登場人物


広大な海は、大陸を1つ失っていた。
実験は繰り返されていた。秒読みだったのか。
誰も考えもしなかったのか? いや、考えている。
いつの時も、正しいは食い違い、すべて忘れて否にもとどおり。
学ぶことを知るのではなく、学んだことを生かすことが生きること。
ACT ―3
『オスティン・ハメル』という人物は総督と呼ばれていた。彼が指揮する巨大な“太陽窯航海機”が入港を試みる。
船の名はターメリック号。堅牢な海上門はあっさりと開き、それを迎え入れた。
オスティンに、背後から声がかかる。
「総督、港に王子がお見えになられているそうです」
「来たか――ふん、せっかちな奴だな」
海兵の報告に少し笑顔を見せて、オスティンは呆れながらも立ち上がった。
澄み渡った潮風の空を、海鳥が飛んでいる。
長い事室内で地図に向き合っていたので、久方の日差しが拗ねたのか、右の目に厳しい。
甲板に立ち、悠然と近くなる港に視線を合わせた。
取り出した望遠レンズを眺めれば、手すりに身を乗り出し、大きく手を振っている青年の姿が確認できる。
「ふん、変わらないな。あいつは……」
港にはその青年以外にも多数の市民が押し寄せていて、国を挙げた歓迎が自分たちを待っていると実感が沸いた。
総督であるオスティンが軽く手を上げて返事をすると、一層に盛り上がる港の景色――――。
「ははっ、お~い! お~い!」
青年は声を張って更に腕を大きく振る。
歓迎の思いが強いのはわかったから、柵から降りてください――と、彼の後ろで付き人が困り果てている。
眩いばかりに日を照り返す海面。
揺れる波からイルカが一頭、顔を出した。
何がそんなに楽しいのか、と騒ぐ人々に問いかける。
人間は、いつだってそうだ。 自分達で意味を創って、自分たちで理解して。勝手に騒いで感動する。
傍から見ていると滑稽でしかないが……
「その創造性は、ちょっと羨ましいかな」
賢明なイルカは嘲笑交じりに微笑んだ―――――。
帰港を果たしたターメリック号。
港に精一杯の歓迎を受けながら、船員達が透明度の高い階段を降りてくる。
同乗していた自然学者の集団に続いて降りてきた、風格のある男性。
左のツラを仮面で覆った男は、降りかかる一斉の歓声に答えて片手を上げた。
「ありがとう、英雄オスティン・ハメル!」
「おかえりなさい、オスティン総督!」
黄色かったり図太かったりの様々な歓声。仮面の男は盛大な出迎えをいつも体験しているのだが、未だに慣れず、ちょっと面倒臭そうな様子だ。
オスティンが階段を降りると、眼鏡を掛けた青年が真っ先に寄ってきた。
「おいおい、澄ましちゃって! この人気者っ!」
青年がオスティンの肩を突いてじゃれてくる。
「遠目にすぐ見つけられたよ。お前は相変わらずのお調子者だな」
オスティンは嘲笑うような表情で青年を流し見た。
総督としての権威と実績から信頼が集まるオスティンだが、冷めた態度と言動で対等な状態で親密な人間は少ない。実際は情熱溢れる人柄なのだが……相手に伝わらなければ同じこと。
そんなオスティンに、唯一と言っていいくらい友人として懐いているのがこの青年。
「これでも、この五年間で“だいぶ落ち着きましたね~”なんて言われるようになったんだぜ」
「そうかな――まぁ、面構えは後継者相応になったかな」
オスティンが苦笑いのまま右手を差し出す。
青年も右手を出して、オスティンの手をしっかりと掴んだ。
「なんにせよ。よくぞ戻った、総督オスティン・ハメル! ファルガメール国王の長子として、君に最高の感謝と、最大の歓迎を与えよう!」
節度を使い分けるファルガメール第一王子=カイル・ノアは、自国の英雄を誠意と共に称えた―――。
ACT ―2
広大な港と人工島を擁する大国ファルガメール。『潮風の国』とも言われるこの国は、実際に海と密接な関係にある。
艦隊を有し、植民地の開拓や貿易に心血を注ぐファルガメール。他国との大陸外開発競争において、常に優位な状況をキープしている。“海への恐怖”から長年大陸内に閉じこもってきた文明に、「大陸外視野」を芽生えさせた先鋒の国としても評価が高い。
この国に、他国と強烈な差を生むであろう情報が伝えられたのは四年前。
これまでにもいくつか功績を上げていたターメリック号がここにきて、「新大陸」を発見したというのだ。
「原住民の姿を確認できない、まったくの未開地」とされる大陸。いくらかの氷塊は見つかっていたが、惑星の南極地であるため、今の航海技術では厳しいとされていた。しかし、二番目の原子力船となったターメリック号が大いなる可能性に賭けて探索した結果、見事に「新大陸」を発見した。
原人達と共同生活を送るなど、常人ならざる直観と能力で功績を残してきた英雄オスティンの、新たにして最大の実績である。
海岸の測量を終えて、後の環境の調査から「入植も可能」と見たオスティンは調査の実績を持って帰港。
市民には当初の目的である「資源採取地の確保」に成功したとだけ伝えられたが、それでも十分に歓迎される功績である。実情を知る王国中枢の興奮は計り知れない。
地域で古くから神聖視されてきた大カタツムリ。その姿を模倣したとされる渦巻き型の王都。
上空を飛ぶ気球から見下ろす風景。
港を巻き込んで国の中心街路がはしる。
中央に向かうほど、聳える水晶質の塔が高度を増していく。
それは、「ガラスの螺旋」と一言に表せる情景である。
青色の海鴉が一羽、空を裂いた。
繁栄の元に行き交う無数の人と馬車。商店では「英雄記念」と称して品物を特価で売る様が見て取れる。
女性は家事など放り出して中心街路へと急ぎ、子供たちはお祭り騒ぎの大人たちに中てられて走り回る。
英雄の帰還に沸く王国で。一際騒がしい場所に視線を落とせば、仮面を着けた男と、横に並ぶ王国の跡継ぎの姿が見えた。
二人の後ろには、総督と共に長い航海を越えてきた勇者達が続く。
英雄と勇者たちに「おかえりなさい」と声が浴びせられる。
船員達は達成感と安心感に感激して、涙交じりに胸を張って応じている。
「――どうだ、オスティン。みんな、お前の帰りを待っていたんだ」
「我々が無事に帰れたのも、奇跡を成したのも―――全ては彼らのため。 それがこうして受け入れらていること、これ以上の充実はない」
中心街路を歩く一団の先頭で、オスティンは無愛想な表情で呟いた。
傍から見れば毅然としていて、事を成すことを当然とし、無感動に受け止める冷徹な人間とも見えるだろう。
だが、隣を歩く王子カイルには、必死に涙を耐えている彼の感情を容易に汲み取れた。
「あははっ」
「……ふん」
威風堂々と返した自分の肩を、楽しそうに叩くカイルを流し見て、オスティンは舞い飛ぶ声援に軽く応じていた―――。
王都中枢。国でもっとも高い塔である「ミノン神域」に並んで。正方形を三つ積み重ねたような解りやすい形の建造物がある。これこそこの国の王宮であり、『階段下の神殿』とも呼ばれる。
王宮に到着したハーメリック号の乗員達は一人一人国王から感謝の言葉を授かり、次いで神域にて大神官から傍観者の啓示を受けた。
一通りの儀礼を終えた乗員達は各々自宅へと向かったり、街へと駆けたりと5年ぶりの故郷を満喫していく。
王宮にあるカイルの部屋。オスティンとカイルはワイングラスを合わせて、改めて再会を祝った。
「ワインも飲むようになったか」
「君が飲ませたんだろ」
「――そうだったな。15年も生きていて酒を知らないおぼっちゃまに教えてやったんだ」
「“教えた”って……」
カイルは笑って言葉を詰まらせる。
「何を言ってるよ。恥だ、軟弱だ、と吹いて騙したくせにさ」
知らぬ顔でグラスに口を付けるオスティン。「やっぱり相変わらずだ」、カイルは愉快に言う。
それから何時間も飽きることなく話す二人。
オスティンはカイルの頑張り具合(次期国王としての)を探ろうとするが、カイルはオスティンの冒険内容に興味津々で終始航海中の体験談を聞き出そうとする。
凄い! 何と! ほほう! ええっ!? あはは! うそっ! その後は!?
淡々と話すオスティンの静かな語りに。立派な成人となったカイルが目を輝かせて、身を乗り出して耳を傾ける―――そんな会話――元より、オスティンの講談が王宮の一室に在り続ける。
何せ五年間、しかも濃密な経験が詰まった時間。そんなことを一日で話せるはずもなく、全てを話した訳ではないが。やがてオスティンは話疲れて「また今度続きを話そう」と切り出した。
カイルはまだまだ話を聴きたかったようだが、時計を見て諦めがついたようだ。
「夕食は王宮で食べて行けよ」
カイルはとびっきりの料理を用意させていると胸を叩いた。
オスティンはカイルの申し出を受け入れて、王宮のディナーを満喫する。
ACT ―1
食事を終えた二人は王宮の回廊を歩いていた。青銅の仮面が月光に照らされて白銀に身を染めている。
オスティンとカイルは回廊を歩きながらも、愉しげに会話をしていた。
珍しくオスティンが話を聞こうと質問を繰り返す。カイルは自分の国に興味を持ち、変わらぬ忠誠を持つ英雄に向かって、誇らしげに答える。
以前に比べて栄えた国はエネルギーに満ちていて、生きていく枠を超えて「充実できる」世界を作っていた。それは、大陸の全てに等しい。
平和を謳歌して、尚も信じるカイルは正しい。今、確かに国は栄えている。
そのことをオスティンは素直に喜び、共感して微笑む。
しかし――オスティンはこの時、既に悲しんでいた。天邪鬼な彼の表情を読み取れるカイルですら気が付かないほどに……。
街は翌日になっても活気に溢れ、人々の笑顔が途切れることはない。
青銅の仮面で左顔面を隠している男。
大陸全てを基準に置いて、それでも一番高い塔を見上げる。
自分はできるだけのことをした。
新たな大地を見つけ、先住する生命との関わり方を模索し、人々が恐れた海への活路を開いた。
その結果がこの高い塔の内面ならば、それは仕方の無い事なのだろう。
エネルギーを生み出すその力は、すなわち強大な破壊の可能性を秘めいている……。
そんなことは皆、理解した上でこの結論なのだろう。
オスティンは己の仮面をそっと外して、原型を留めていない左目と共に国を、大陸の未来を覚悟した。
海を渡り、英雄と称えられたオスティン・ハメル。
以後、彼は最後まで航海に出ることなく、王国にて空を見据え続けた―――――。
$四聖獣$
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ACT 1
東京都某所。 アスファルトの高層ビルに挟まれるような立地の廃屋……と、思いきや。なんと、そこには人が居住しているらしい。
家屋から身長の高い金髪の人が出てくる。
彼の右手を見れば、握りしめられた千円札がある。
金髪の青年は「うほっ! 行ってくるよ!」と、鼻息を荒くして駆け始めた。
廃屋のような家屋から少女が姿を見せる。
彼女は遠ざかる後ろ姿を見送った―――。
家屋の中は生活臭が凄まじい様で……。
2011年に怯えるTVの前にコタツ机が置かれている。上にはポテトチップスとポップコーンの空き袋が残りカスと共に放置されている。
ソファには横たわる筋肉質な青年。時折唸りながらも、ごしゃごしゃの布団を抱いて寝ている。
ソファを挟んで入り口側。台所に囲われるようにあるテーブル。
テーブルの席には三人。
一人は赤茶髪の【朱雀】という男。ワイシャツにネクタイを締め、律儀な対応をしている。
隣は【輝歌】という清楚な印象の女性。落ち着いた服装だ。
彼らに対面して座っているのが、【柿崎】という中年の男性。
「どうも、失礼しました」
と、席の一つに少女が座る。彼女の名は【奈由美】。スーツ姿である。
テーブルの上には四つ、重厚な箱が置かれている。
その内の一つは開かれていて、赤茶髪の朱雀の手元に中身がある。
どうやら茶碗らしく、それを手袋越しに感じ入り、唸った。
そして一言。
「価値がありません」
率直な言葉を受けて、所持者である柿崎は「そうですか」と溜息を吐いた。
箱に茶碗を戻して、次の箱を開く。
細長い箱から出てきたのは、一軸の掛け軸だった。
「うん、これは……」
朱雀は手にした掛け軸をじっくりと観察してから、テーブルに敷いた清潔な布の上でそろそろと開き始める。
それほど長くも大きくもないそれをざっと見て、目を細める。
「輝歌、君も見てくれないかな」
隣で様子を見ている輝歌にも、意見を求めてみた。
「え――はい。それでは、拝見させていただいてもよろしいでしょうか?」
巻物の所持者である柿崎は「どうぞ」と快く了承する。
了解を得た輝歌は白い手袋をはめた手でそっと巻物を触り、そしてじっくりと観察した。
「………」
しばし鑑定を続けているものの、輝歌は一言も発せず、ちらりと柿崎を見る。
ここで、朱雀が一言。
「私は価値が無いと思います」
きっぱりと言い切られて。柿崎は「そうですか」と言いつつ口元をハンカチで押さえた。
「え、ええと――価値が無い、というとそれは……あの、上手に描かれた一品だと思います」
穏やかに微笑む輝歌。
「はい、それなりに頑張った精度の贋作です」
穏やかに微笑む朱雀。
悲し気な柿崎を見もせずに掛け軸を箱に戻す。
次の箱を開くと―――そこに、なんとも煌びやかな首飾りがお目見えした。
絢爛(けんらん)にも散りばめられた赤や緑の宝石に、黄金に輝くその姿。
「すご~い、綺麗ですね!」と奈由美が感動する。
「これは……」と唸る朱雀の対面。 柿崎の眼鏡がキラリと輝いた。
「宝石のようなものは ガラス ですね。あと――ああ、鉛にメッキですか」
朱雀は続けて一言放つ。
「無価値と断じていいでしょう」
……ざっくりとした鑑定結果を受けて。柿崎は放心した後、「そうですか」と目頭を押さえた。
荘厳だった首飾りが箱に戻される。
「でも、かわいいデザインだと思いますよ!」
「ええ。私も、お店で販売していたら足を止めてしまうと思います」
少女二名が立て続けに感想を並べる。
「ははっ、それは嬉しいことです」
余裕の発言。柿崎は目頭から指を放して、眼鏡のレンズを拭き始めた。
笑顔ながら、手入れをする指が震えている。
朱雀は次の箱を開き、中身を取り出した。
柿崎は取り出された物を見もしないで、懸命に眼鏡の掃除に取り組んでいる。
それほど長く眺めずに、鑑定の結果が示された。
「柿崎さん、残念ですが――大して価値は無いです」
そう言って、箱に戻される最後の鑑定品。
それは掠れた緑色である青銅の品。
長い年月を経たのか。酷く古びていて、苔の跡も確認できる。
いつ、どこでだか解らないが――割れてしまったのだろうか。
その仮面には右側半面が無く、顔の左側しか隠せない状態である。
柿崎も一応提示してみたものの。破損しているらしい状態などから、すでに期待などしていない。
彼は「そうですか」と投げやりに答えた。
一通りの鑑定を終えて、朱雀が椅子の背もたれに深く寄りかかる。
「どうですかね。無論、満足のいく結果ではなかったでしょうが……信頼に足らない、もしくはまだ希望を抱いているようでしたら、他の鑑定家を当たっていただきたい」
朱雀は申し訳なさそうに眉をひそめた。
柿崎は溜息尽きぬようで、若干無気力にうなだれている。
「一応、買い取りも行っていますが……値段だけでも参考に伝えておきましょうか。他店で売却する場合にサバよまれたり、逆に高く売りつける素材になるかもしれません」
「……はぁ――まぁ」
そう言われても、柿崎は既にがっくりときており、なんとかせねばと思案に暮れている状況。
朱雀もその心境はありありと理解できたが、商売上のテンプレートなのでそのまま値段発表へと移行していく。
「まず、こちらの茶碗になりますが――二千円になります」
柿崎は目を瞑(つむ)る。
「次に、こちらの巻物――これは六千円です。もしかしたら一万程度出す人もいるかもしれません」
柿崎はうなだれる。
「続いて、こちらの首飾りですが―――う~ん。実物提示で欺くのは不可能ですね。ネットオークションなどで、上手くすれば数万を引き出せるかもしれません。 ――あっ、ちなみに本来の値段は八千円になります。ガラス細工としては そこそこの 出来ですよ」
柿崎はもうやめてくれと言わんばかりに下唇を持ち上げた。
「最後、こちらの破損した仮面になりますが…… 一万 にてお引き取りが可能です」
「ふぅ――えっ??」
柿崎が顔を上げた。
正直なところ、ワンコインを宣言されると思っていただけに、これは意外だった。
「万……? なぜ?」
「それくらいが妥当と思われます。一応、年代を考慮するとこれくらいでしょう」
「年代? 考古学的な価値があるってこと……!」
「それはちょっと……まぁ、大学や美術館に持ち込んで頼み込めば、倉庫に仕舞ってもらえるかもしれませんね~」
希望に満ちた瞳だったが、朱雀は苦笑いで応ずるしかない。
「………そうですか」
「期待させて申し訳ないです。ただ、個人的にアンティークは好きで集めているので、先ほどの値段は個人的な色を付けさせていただいております」
「と、ということはコレクターにとっては価値が……!」
「あるといいですね~。私はこういった、ちょっと壊れているくらいの物が良いという物好きなので。仲間がいれば嬉しいところです」
HaHaHa、と軽い笑みを見せられて。柿崎は瞳の輝きを失って溜息を再開した。
「それで、どうしますか? 足労の末、来店していただいたとのことで――何か力になりたかったのですが」
朱雀の提案に。柿崎はしょぼくれたまま、一つの箱を指差した………。
ACT 2
古びた家屋から出てくる中年の男性。
「また、何か依頼がございましたら是非に。鑑定以外の依頼も受け付けておりますよ」
「気を落とさないでくださいね。 きっと、良い事ありますから!」
「価値がまったく無いわけではありませんよ。考えれば、きっと、どうにか使いようが思いつくはずです。諦めないでくださいね」
落ち込む後ろ姿に投げかけられる温かい言葉の数々。
柿崎は
「うるせぇっ! 売れなきゃどうにもならねぇじゃねぇか!!」
と、心の奥底で嘆き叫んだ。
客人の背を見送って、とろとろと家屋に戻る三人。
輝歌は夕食の支度をするために台所へと向かった。
ソファに座り、黙り込んでいる朱雀。
その横に腰を下ろして、疑いの目で彼の表情を覗き込む少女。
「・・・・なんで買い取ったの?」
奈由美は朱雀が手にしている【 左側だけの仮面 】を指差した。
「――言っただろ。アンティークは好きだって」
仮面から視線を逸らさないままに、朱雀が答える。
「本当は凄く価値があるんじゃないの? 騙したんでしょ!」
懐疑の視線はさらに強まり、近くなる。
「さぁねぇ……ま、いいじゃん、どっちでも。どうせ盗品だしね」
「え! 盗品!?」
「こんな胡散臭い鑑定士に持ち込む時点で、まともな品なワケないだろ。元からカモるつもりで仕事を引き受けたんだよ」
口の端を上げて記憶中の柿崎を嘲笑う朱雀。
奈由美はキョトンとしていたが、すぐに表情を厳しくして卑怯な青年を睨み付けた。
「だからって、騙していいわけ?」
「“つもり”つったじゃん。あいつの他の依頼品は全てゴミだったのさ。これを引き取った理由は客に言った通り、“個人的に好き”だから。 大体、“重いだけだから売ってしまいたい”って言ったのは向こうだぜ?」
額に指を当てて、少女の顔を押し戻す。まったく悪気を感じていない青年はヘラヘラと肩を揺らした。
納得はいかないが。奈由美は理由を聞いた後、「ふ~ん」と小さく唸って腰を上げた。
隣のソファで寝ている筋肉質な青年に、ごしゃごしゃしてしまった薄い布団をかけ直してから。彼女は二階への階段を上って行く。
ソファに残された朱雀は、再び仮面に視線を戻した。
「こいつを自信無く見せる程度なら、騙されてもしょうがねぇよ」
呟いて、手元の仮面を撫でる。手袋はつけたまま。慎重に、“破損などしない”ように。
朱雀の胸には、一つの疑惑が去来していた。それはまったくの勘――夢想でしかないのだが。目利きの感性は信じてこそ生きる。
青銅の仮面を左の顔に当てた
景色が、視界が半分埋まる
「 直観だがこの青銅の仮面………
少し、古すぎるかもしれない――――――― 」
/// / / /
ディラハの伝統に満ちた城の倉庫。
戦時中、ある将校が一人で書物を探していた。
必要なのは国にまつわる記録で、彼はそれだけを求めていたのだが。
一冊の本を取り出すと、羊の皮に記された地図がはらりと舞い落ちた。
その地図はかなりの年代を経たものらしいが。内容はどうってことない、世界地図。
半分ほど失われているが、きっちりと、“南極の海岸線”まで記してある。
「―――ん?」
将校は、棚に戻そうとした地図に疑問を感じた。
何か、何か違和感が……。
地図の端に文字が記してある。それは今でこそ使われていない忘れられた言語のものだ。
奇遇にも、将校は考古学に深く心頭していたので、彼は時間をかけて文字を解読することができた。
どうやらその【羊皮の地図】はかつて欧州を支配していたメーデン皇国(メイア皇国)時代のものらしく、時代にして400年程前に記されたものらしい。
だが、それその時代。“南極大陸は存在を知られていなかった”。
更に奇妙なのは、この地図。南極の海岸線からして、氷河期以前―――つまりは、1万年以上前の地球を記録しているということも解った。
誰が、何故――氷に包まれる以前の南極を観測できたのか。
将校が発見した【羊皮の地図】は現在、大戦の混乱によって所在不明となり、この話も将校の造話として世界の年表から抹消されようとしている。
その運命は、忘れ去られた大陸と同じ道にあるのであろうか―――――― 。
潮風の国 :NOT END
ほとんど「オスティン」についての説明になります。
マジで・割と・あんまり重要じゃないんで飛ばしてOK!
『 潮風の国 + ある才女の来訪記 』 の蛇足(捕捉)
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@ 第32話
『タイトル: 潮風の国 』 _分類:この惑星の未来から
・捕捉数 = 4つ
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/1/ 前半部分について
|捕捉|
内容的には「提督オスティン」が主人公である部分に該当します。
――この文章はつまり、『古代文明』のとある記念日を回想したものです。
『古代文明』と言っても「超」が付くほどの昔で、年代としては1万年を軽く遡らなければなりません。
後書きにもありましたが、リスト外の『カースのログ』というものが背景としてあり、大まかに言えば
「すごい昔にすごい発展してた文明があったけど、すごいことになって大陸ごと消えちゃった☆」
という塩梅です。
この前半部分(オスティンパート)はその「文明があったらしいよ」ということの“証明”という役割を持って展開されました。
具体的な内容についての捕捉は、「オスティンについての捕捉」として行いましょう。
/2/ オスティンについて
|捕捉|
なんか、やたらと「英雄」として騒がれていますが、結局何者なのか? という所。
オスティン・ハメル(実はファーストネーム「ハメル」君)は劇中での「ファルガメール」における『開拓者/冒険者/フィールドワークの達人/人類学者』であります。
『アランティア大陸(舞台である大陸)』の人々は「海」や「航海」を恐れています。
理由としてはさらに番外にある『愚かな竜の物語』中にある“黒を渡る航海”が長く、壮絶だったからであり、できることなら二度と旅はしたくないと考えています。
そんな中で地球の「海」を渡る“冒険者”は異端児であり、「尊敬される存在」となります。
あの文明には航空機が存在し、航空写真はそれなりにあるので「地球像」の把握は進んでいます。 ですが、超太古文明でも限界があり、特に極地の調査は進んでいません(航空機の動力としてまさかの光子力っぽいものなので気候変化に激弱)。
こちらで言えば「中東」の辺りにも弱く、不完全な把握状況。しっかりとした探索、調査には「太陽窯」を用いた強靭な探索が必須。
そんな中で「太陽窯」―――つまりは「原子力」なわけですが、動力として用いるには一定の規模を必要とするこれを搭載できる「機動機械」となると、『大型航海機』しかありません。
つまり、『太陽窯航海機』で「恐ろしい海」へと繰り出すことは“必要ながらも誰もが嫌がる職”であり、これをこなす「提督」という存在は多くの羨望を集める希望となります。
オスティン・ハメルは大陸を代表する「提督」であり、2分化されている文明を見渡しても最大級の英雄と言えます。
彼の主な功績は「南正(こっちで言う南米)の地上探索」「東南アジアの地上探索」で、これらは国に“資源と物資”をもたらす航路の開拓と提示という成果をもたらしました。
更に、彼の長所はこの成果を“直接国益へと繋がる”ものとした事です。
はっきり言えば「先住民との交流」です。いくら凄まじい文明があっても、結局のところ“労働力”が無ければ根幹から利益は発生しません。
この“労働力”を現地でしっかりと確保し、交流の手段を確立できる『多民族とのコミュニケーション能力』こそがオスティンの長所であり、誰にも真似できない唯一無二の技能と言えましょう。
彼らは今で言う「魔導(魔術や魔法)」の類を最初から標準的に所持していましたが、オスティンは「魔導手段による洗脳」を用いず、“人としての交流”を行いました。
オスティンの行いを現代に当てはめると『チンパンジー相手にまず、交流が可能となる技能を教え、その上で情報を得たり協力を求める』レベルの行いになります。無論、この過程でいくつも術は使いますが、あくまで先住民を“導く”程度のものです。
すでに蛮族(現代人の先祖)は地球で蔓延っており、その数を適度に利用できるオスティンは誠に優れた先導者であり、何より“交易人”でした。現在、あちらの世界(地球)で「神様」だの「悪魔」だの言われている起源の大半はオスティンと言えます(もちろん、彼だけではない)。
英雄オスティン・ハメルは、その命を大陸と共に終えました。それは、力の脅威を知りながらも止められず、無力でしかなかった自分を恥じての判断です(彼は同族とのコミュニケーションは非常に苦手)。
大陸が健在の内も、そうでなくなった後も。
オスティンが築いた『先住民との交流手段』はこれへの“教科書”となり、基本みんな彼を真似ました。 数少ない生き残りとなった「カイル・ノア」は特に、彼の影響を強く受けたようです………。
/3/ 「この惑星の未来から」との関連性
|捕捉|
ここまでの内容を踏まえて。「この惑星の未来から」の内容と照らし合わせると、『シロアリ』達の正体が予測されることと思われます。実際、「潮風の国」の存在意義は“シロアリ”の様子を片鱗ながらも記録しておくことにあります。
ただし、これの「オスティンパート」登場人物は『この惑星の未来から』においてほとんどまったく意味が無いです。
よって、実質『ほぼ無関係ッ!』と言っていいくらいなので、特に深い意味があるわけではありません。
間接的には非常に強い繋がりはあるものの、直接的には薄っすい関係です。
/4/ 後半部分について
|捕捉|
「詐欺パート」とでもしましょう。
――「潮風の国」は「詐欺パート」を載せたかったから、というのが本当の所です。あれだけだと本当に意味が無いので、その前提話である前半部分をくっつけました。
ここでの脇役である「柿崎さん」は小悪人の典型で、品を盗む(奪った)のはいいが、その後換金する手段を考えていなかった程度の人です。
経歴は案外と普通なのですが、少々見栄っ張りで、蓄えを浪費する癖があります。
そのせいで定期的に金不足となり、度々詐欺や株へと手を伸ばしました。
もっとも、株は別に悪いことじゃないのですが……今と違って割かし儲けやすかった時代ですらまともに勝てず、勝っても最終的に失う欲深き男の典型です。
それでも今まで警察沙汰はなく、ギリギリでどうにか落ちない飛行を続けています。今回も大きく損はしましたが、だからといって検挙されたわけでもなく、依然としてシャバを徘徊しています。
ちなみに、本業は文具屋経営(親から継いだ)と、キャバレー運営(友人と合同)です。
次に「朱雀の商い」について。
彼は本当にいろんな仕事に手を出しており、ああいった鑑定詐欺もその1つ。もちろん、きちんとした鑑定も行います。
何故その技能を持つのか、と言うと。そもそも生まれが不明で記憶喪失のところを拾われた、という経緯を持つ彼は、最初期に「多くの重火器」を目にします。
「多くの重火器」はこれまた通常の品ではないのですが……ここを契機にまず、「銃と刃物」に興味を持ち、ことあるごとに収集したり愛でていました。
その内『物を見る』ことに興味を抱き(高級階層と付き合うため)、美術品との触れ合いを始めます。これが10才前後のことなので「ませているってレヴェルじゃねぇぞ!」な少年時代といえます。
しかし決定的なのは「遺跡フェチズム」の発症。
育った環境が「野生」だったこともあり、ジャングルとか大好きな彼は“自然”への耐性が強く、サバイバルライフが大の得意技能。この基盤と、後は完全に彼の「生まれ持っての感性」が『遺跡』への興味を抱かせました。厳密には「城」とか「戦場跡」など、【歴史】を感じるものが好みらしく、読書の大半もこれに関します。
12、3才で活動拠点としていた「リングランド」や欧州での「城塞」、「街並み」が彼の潜在的な感性を呼び覚まし、暇さえあれば文化遺産を巡るようになります。
未開の地も大好物で、「まだ誰も知らない遺跡――」なんてフレーズに過剰反応します(ポーカーフェイス)。 侵入技能や脱出技能はこういった“探索経験”から得たものであり、俗世染みた風体と異なり、泥臭い実戦ほど真価を発揮するタイプです。
強引な手段はともかく、それこそアンティークやら文化価値の高い品に目の無い「朱雀」にとって。今回のような「骨董品」鑑定は鑑定の中でも尚、得意なジャンルと言えます。
*細かい捕捉
Q:なんでACTがマイナスから始まってるノン?
A 過去だからです。現代になると、いつものように増えています。
Q:最後のなんなの?
A 実際にあった逸話のぱろでぃです。作中の「ディラハ」はこっちでの「ドイツ」に相当。
――――以上です。
