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TITLE

・主な登場人物

Story:|コワクノイブクロ| +++++++++++++++++++++++++++ Phase 1  しがない会社員の父は、仕事から帰ると本能のように酒を飲んだ。酒の匂いは幼心に「臭い」と感じていたが、その時ばかりは普段物静かな父が饒舌となる。私はその時間、その空間が好きだった。  父には口癖の説教があり、それはしどろもどろに酒の呂律に狂いながらも、切々として私にしつこく言い聞かせてくれていた。曰く――「いいか、デイヴ。世の中が何でできているのか、お前はまだ知るまいよ? いいか、デイヴ。世の中はな、社会は人間と人間、それはもう面倒くさいくらいの人間関係で構築されているのさ! いいか、デイヴ。お前はとにかく、どんなちっぽけな繋がりでも大切にしろよ。蔑ろに断ち切った細い糸が、後々に巡り巡って致命的な手枷になることがあるのだからよ。 ……いいか、デイヴ。しかし、そんなに頑張るな。見せかけでも繋がってればいい。質より量、厚みより本数。でないと、切りたいときに切れなくなるからな……」。  父は神妙な顔つきで説教をするのだが、その目線はふざけていてほとんど私を見てはいない。酒の入ったコップばかりを見ていた。だから、私も「うんうん」「へぇ」と言ったそれこそ蔑ろな生返事をしていた……と記憶している。  それが、これでもかと街中に流れるCMソングのように。毎日毎日環境音のように耳に入っていた彼の教えはいつの間にか私の思考に影響を与えていたらしい。学生時代から私という人格は、前に出て人並みの先端を目指すことより、一歩引いて状況関係を見渡しながら、なるべくなるべく糸を集めるように……一度掴んだ糸は離さないように、鈍足で広い視野の人生を心掛けてきた。  そうしていると、露骨に敵対する人間はあまりなく、心酔するほどの親友もなく、されど「お互いに会えば挨拶以上に会話をする」関係を多く持つようになっていた。メモが必要ないこの頭にも助けられているのだろうが、私には広い範囲からの情報が入り、広い範囲から新たな関係が始まり、より一層の範囲から更なる情報が入り込んだ。  よく言われる「デイヴ、愛しい○○ちゃんは俺をどう思ってるかな?」「デイヴ、手早く稼げる、何か良いバイトはないかな?」「デイヴ、あの教師の、何か弱みになるような情報はないかな?」・・・・・・。  それらに。右のこめかみを抑えながら、私は往々にしてこう応ずる「ああ、それならね――」と。  /  父の教えは幸運なことに、私の性根によく合致していたらしい。  私の趣味は形ないコレクションを整列し――比べ、見方を変え、他の意味を考え、グラフや表にしてほくそ笑むことである。この趣味の産物はあまり人には見せたくないのだが、これがどうやら物によっては人の興味を引くらしい。時代が紙とペンの現実から0と1のシンプルな世界へと移行しつつあったこともまた、私にとっては有り難い。  特段、目立った成績を残したわけではない。特異な科目はあろうが、肉体的に平均的な私はジョックの秘書みたいな扱いであったのだと思う。それでも明確な立ち位置のない私は、インテリやお坊ちゃまとも隔てなく付き合いがあった。どれ一つとして踏み込んだものはないが、利益を求め合う関係には信頼と実績があれば十分だと学んでいる。  体育会系の付属としてそれなりに美味しい思いもあったが、どうにも「ここぞ」という場面で私は深い関係を拒んでしまうらしい。一つのことに集中して視野が狭くなることが心底怖いのである。左右の視野を優先した草食動物のように、私は臆病な進化を遂げてしまったのだろう。だが、それは肉食動物から捕食されるのではなく、「協力を仰がれる」類目だ。  市場のリサーチには常に価値がある。それは強くメディアとも繋がっているものだ。私にはどちらの進路もあり、迷いの内に入った銀行で「私の思考は社会に通じるものなのか」をテストすることにした。酒で身体を癒す父を見ていたので、甘いものではないと警戒をしていたからである。学生という保護膜を失う自分に不安があったのだ。  最悪、転機の為の資金だけでも……と考えていた第一歩だが、これが思った以上に私のこれまでと合致していた。結論を言えば。金と情報は触れるか触れないか……という違いだけで、実質的に「=」の性質だということである。  労働によって資金を蓄えた私は、社会に散った知り合い達がそれなりの影響を持てるころに自立することにした。私が持つ「銀行員」の肩書に頼っていた数人には申し訳ないが、まぁ、そういう時にこそ父の教えを再確認したものである。  情報は鮮度を持つ土地のようなもので、寝かせて使うことが難しい。希少性というコレクション要素も重要となるので、よくよく吟味してその属性を見極める必要がある。  私は得た情報をファイリングする際、そこにいくつかのステータスと評価を見出す。というより、それは誰もが行うことだとは思うが、基本的に無意識なもので間違っても目には見えないものである――と、ある知人が言った。学生時代も終わりの頃だろうか。私にはそれが衝撃だった。  私にとって|情報|とは現実に形なくとも要素によって構成された|存在|であり、非現実の視覚……例えば夢の中や記憶の回帰に見るような感覚で「見る」ものだと当たり前に考えていた。だが、それは一般的ではなく、異様なものらしい。PCは感覚の表現、他者との共有装置でしかないという考えも、普遍的になりたいならば改める必要がある。  突出無く、一歩引いての八方美人を務めてきた。  自分の立ち回りを父から受け継いだ思想のおかげだと信じていた私は、「自分が異常だ」と知り、これまでの「あくまで自分は仲介者」という立場に違和感を覚えるようになった。通常の社会で半ば力を抜いて生きる自分に疑問が沸いた。 /COINS/ +++++++++++++++++++++++++++ Phase 2 ACT-1  私は悪い知人を得た。彼の生業は喧嘩をする二人にそれぞれ一本ずつの剣を渡すものである。時に片方へはナマクラを、時に片方にはピストルを手渡すような、そういう類の人だった。悪い彼が特に必要とするのは「誰と誰が喧嘩をする可能性を、どの程度秘めているのか」ということ。そして私の趣味にはそのことも含まれている。  良い関係だったと考える。彼は懐を温められたし、私は彼と似たような人々からネズミ算式にきな臭い情報をファイリングできた。ただ、同時に私は苛立っていたのだろう。私は整頓されていない環境を見るとそわそわする性質を持つらしく、悪戯に状況を乱雑としていく彼らと、彼らに踊らされる人々環境がたまらなく腹に据えかねた。――まぁ、据えかねたといっても、体育会共の子分をやっていたような私には発散する度胸もなく、あくまで大げさな比喩にしかならない。  情報を集めれば集めるほど考える。人間が構築する社会という巣穴は、なんと無作法で無秩序であるのか……と。法律・秩序は何たるものか? 一つの指標の下に一方を揃って見やる美しさがない。拡大詳細に見れば国家、企業、宗派、軍隊。微小な単位での統一はあるものの、それらは個々に別個の方針を持ち、別個の方角を眺めている。蟻の巣を眺めていた方が俄然心が安らぐというものである。  俯瞰図からすると滑稽でしかない。互いに違う方角を見ながら好き勝手歩き回るので、尻と尻が、肩と肩がぶつかり、小競り合い、争いにまた別のものがつま先を引っ掛け、そして加わる。残念なことに私はファイルを整理する際に、否応なしに全体城を見ることになるので、一際ストレスを覚えるのだろうと考える。  悪気ではなく、むしろ良心からの苦悩。同僚や学友が今にも失敗しそうな折、「そこはこうすればなんとかなるのに……」と解ってはいても注意できないような、もどかしさ。  ――私には情報があった。知識の備蓄と収集、発信こそが私の精々なる取り柄である。私には足りていない。それは乞われるままに手渡すだけで、自分から「何か影響を与えてやろう」という気概と度胸である。正直なところ、何かしらの“判断”を行ってその責任を負う可能性が生じることが恐怖でしかないし、責任を負ってまで手を加えたい存在もなかった。  だからこそ。あの冷静で恐ろしく、威圧に満ちて雄々しい彼に惹かれたのだろう。  あれは、悪い知人達から頼られ過ぎ、苦悩と合わせて辟易としていた三十路の時分。他人の喧嘩を食事の糧とする人々の間で、私は一定の評判を得ていたようだ。ただ、名が知れるということは私にとって好ましいことではなく、同時にそれを抑える術も知らず、何より護身の術が私には無かった。金で雇った防具は度々私の首を絞めたり、連れ去って引き渡したりしてくれた。幸いにしてどこにあっても何らかの意味を持てた私は死にはしないものの、脅迫めいた不本意な要求――特に判断を伴うような面倒事を宛がわれたりして、ほとほとに困窮。思えば苦しい時代であった。  知られては欲しくないこと、知られては不味いこと、それは解る。私も想定外の範囲に個人的な事が知られていたら恥ずかしいと感じる。  だが、待ってほしい。私には悪気があるわけではなく、単に趣味なだけなのだ。情報を収集して並べて保持することが「好き」なだけであり、私の生き甲斐でもあるので個人の権利を尊重する観点から許されて欲しい。同時に侵害ともなることもあろうが、それはむしろ機密を保護する為に適切な警戒段階を見誤ることにも問題があると考えたい。加えれば、それを横流しする第二者が問題でもあり、第三、それ以降の立場である私にそこまでの罪はないものと考えられるのでは? 例えば私は「商品を盗品と知らずに買い取ってしまった善意の存在」に過ぎないでしょう。ところがこの辺については言っても解らない人が多く、弁明の余地なく「知ってしまった」私を抹消すべしと考える理不尽が度々存在した。利用の為に拉致されるならまだ良いが、皮一枚のところで命を落としていた状況に私は日々怯えていたものである。  ――私はそれ自体に強力な力を持たず、献身的な保護者/所持者もなかった。当然である。私は利便性に富んだ人間関係の構築を優先していた。情報に関しては多面的に見ることを心掛ける私も、思想については疎い。「切りたいときに切れる関係」は「切りたいときに切られる関係」であると、対面から見た私を理解した時。足元が、薄氷に覆われているかのように、頼りなく感じられた。  私は一種の動物ではなく、一種の兵器に近いのだろう。自力ではEnterも押せず、持ち主は選択できない。廃棄の危機が迫っても、助けを待つことしかできず、それは情ではなく利によって私を救う……拘束からの拘束。そこに解放はない。  誰かにきっちりと管理して欲しいと願った。いつ壊されるかも不明瞭な環境で、次々とたらい回しに能力を利用される日々に。私は力のある、心酔に足る者に、この私を所持して欲しいと切望するようになっていた。  命の終着点と覚悟したのは、金の代わりに銃弾が飛び交う、熱された砂原の独裁者に囚われた時。あれにとっての私は単に“知りすぎた”不安要素でしかなく、あれは私を利用する術も知恵も持ち合わせていなかった。  五日間ほどまともに食事も身動きもできなかった後に。私は後ろ手に縛られ、目を布で覆われた状態で柱に括られた。聞きなれない言語が漂う中、金属のカチ当たる音を聴く心境はたまったものではない。  私のディレクトリから“銃殺刑”についての情報が乱れ出てくる。死について深い解釈ができるほど、私は信心深くなく、一向に落ち着かない心境で成す術もなかった。  銃声を聞いた。私は「絶命した」と思ったし、精神的ショックでその一歩手前までの呼吸困難とむせ返りに陥った。  視界に光が満る。死の光景とはこうも眩しいのか、と一時的な幻想気分に浸ったが。強く背を叩く衝撃によって私の意識は現実へと押し戻されたようだ。幻想的な光の正体は日光。砂原のそれは厳しく、目隠しを外されたらしい視界は上手く機能しない。  情報の更新。「眩しい」「熱い」「痛い」「でも激痛ではない」……あまりに単純で一般的な感覚的情報も、私はしばらく活用できなかった。一重に混乱していたのである。  低い声があった「落ち着け」「まず私を見ろ」、そういった類の言葉。正常化していく私の意識は端的な指示を聞き入れ、確かに見た。処刑の柱から解放され、砂の上に横たわる私は、真っ黒な緩い三角形の影を見上げ、それが「黒いローブを纏った巨漢」であると判別した。そこから数秒。私は「鱗を纏った人間」という情報を入手し、散らかってしまったディレクトリから該当するものを無意識に検索し始めた。  彼の肩に刺繍された印章。そのシンボルは私にとって実に簡単で、有効なヒントである。  知識としてのみ得ていた「表裏の金貨」との対面。  一度、絶命を覚悟した私にとって。あの対面は生まれ変わりに匹敵する、大きな転機であったのだと、今にして思う――。 ACT-2    巨竜・エルヴォン=皿