オープニング

Title:OPENING From:四 聖 獣 ―――――――― ―― -  立派なビルディングが立ち並ぶ国道沿いに、日陰に埋もれた【木造の一軒家】が存在している。左右を背の高いビルに挟まれ完全に場違いな有様だが、築二十年を経たボロ屋敷は今も尚、“住居”としての役目を終えていない。  まるで飾りっ気の無いのっぺりとした外面は、国道を行く通行者達に「デカい小屋だな」とでも思われているであろう。  ここに住まうは果たしてどのような人か? きっと、都市開発の流れに逆らい続けている反骨スピリットに溢れた昔気質に違いない。それも大方間違いではなかったのだが……ここ数年の内に事情が変化したらしい。  伝えに聴くと。なんでも――数年前まではこの地を死守していた“頑固な老人”が居たらしいが、老人は今際の際に“信頼に足る人達”へと権利を明け渡したそうな……。  老人を継いでここに住みついたのは、若い男女だという話だが―――。 ACT-1 /寝起きの少女  朝日がキラキラとビジネス街を照らした。電線にとまるスズメが「チュンチチ」と鳴き、真下を歩く通勤者目がけてフンを落としている。  通勤ラッシュの時刻。行き交うスーツの人々は競歩のタイムを競うかのように、脚を交互に前へ前へと繰り出す。  急か急かしぃ景観の中で木造家屋の扉が半開かれる。中から居住者が姿を現して、ポストに挿さっている新聞を引き抜いた。何々、一面の見出しは……大したことでもない。割愛しよう。  扉からパジャマ姿の半身を出しただけの、ものぐさな動き。新聞を引き抜いたのは女性であり、小柄な彼女は寝起きのせいか、その金色の頭髪はボサボサである。快晴の陽射しを受けて彼女は目を細めた。  目まぐるしい通勤の時に緩慢な動きは浮いているようで。スーツの人々がチラチラと、女性の姿を横目にした。  背の低い女性が半身を引っ込め、扉は再び閉ざされる。  国道を挟んだ向かいにあるペットショップから、兄弟の喧嘩する声が響いていた――。  木造家屋の中。まるで勝手口のように狭いコンクリートの靴脱ぎ場で、女性は大きく伸びをした。 「ん~、晴れたなぁ――こりゃ花粉凄いぞ」  折りたたまれた新聞でペシペシと髪を撫でながら、今日の憂いを独り言つ。女性は「あわわ」と欠伸をしながら兎模様のスリッパを履いた。  狭い靴脱ぎ場を視点にすれば……すぐ左にお勝手場、右に洗面所、正面に少し壁を邪魔にしつつも居間が半分見渡せる。  家屋はこの快晴下でも薄暗く、点ければTVの光がよく目立つ。なんでここまで暗いのかと言えば、左右のビルディング様が日照権を侵害して下さっているからに他ならない。  しかし、それも一年過ごせば慣れるもので。女性はパタパタとフローリングの床を鳴らして食器棚の前に立ち、コップを取り出してミネラルウォーターをこれに注いだ。  景気良くこの水を飲み干すと「ぺやぁっ」なる声を出して目を細める。 「寝起きの乾いた喉には、やっぱり水が良く効くわね!」  などと持論を虚空に放つ女性――ややのんびりしている彼女は年齢的に「そろそろ少女じゃなくなる」程度の頃合いで、苗字は【高山】。名は【奈由美】と親から付けられた。  『奈由美』は無人のリビングをぽけーっと眺めた後に、「まだ龍ちゃん起きないのか~」と緩い声で呟いた。  再び欠伸をしてから、パタパタと床を鳴らして。  二階の自室で着替えをするつもりなのだろう。奈由美は洗面所わきの階段を、トロトロと上って行った―――。 ACT-2 /青い髪の青年  奈由美が階段を上がってから一分と経たず。リビングに面している襖が「シャッ」と開かれた。すれ違いのように姿を見せたのは……なんとも風変わりである。  その“青い髪の青年”は、「寝起きだから」では到底済まない厳つい目つきでリビングを見渡した。  生まれつきか機嫌のせいか。口はへの字になっており、これまた「睡眠不足」では言い逃れられない目の下のクマと、首元にある傷跡が「どう考えても堅気じゃないだろ!」という様を有り有りとさせている。  青い髪の青年は「ピシャッ」と襖を閉じ合わせ、パタパタと床を鳴らしつつ、敵地に単身乗り込む復讐者の如く顰めた形相にてお勝手場へといざ参る。 「………」  言葉を一つも発することなく、じっと流し台を睨み付けた。  視線だけでステンレスを斬り裂きかねない予感――それほどまでに殺伐とした彼の視線は既製品シンクの中にポツンと置き去られた“コップ”へと向けられている。 「………」  なんとも恐ろしい光景か!  青い髪の青年は「カァッ!」と目を見開くと、流し台の前へと俊敏なる小跳躍で移動した。青色の残像が消えぬその間に。青年は流し台に置かれた“除菌もできるジョン”なるラベルの容器をしっかと掴む。  それを傾けてオレンジ網のスポンジにピピッと液を振りかけると、今度はコップを優しく掴んでこれにキュキュ、キュッキュ――音を立ててスポンジをねじ込ませていく。  一体、これまでどれほどの数を経て来たのであろう。彼の手によって始末された“微小な生命体”は、間違いなく天文学的な数にのぼるに違いない……。  勝手場に配された食器棚に半身を遮られた窓――そこから射し込む僅かな光が逆光となり、青年の恐ろしい顔は暗き影に落ちている。  泡塗れにされたコップは即座に“蛇口から豪と流れる水道水”に晒されてしまった。無残にもピカピカと光を反射するコップは、仕上げに清潔な布で存分に水分を奪われてその輝きを失ってしまう。  ――惨劇の後。コップは殲滅者の手によって食器棚へと封じられた。  それは所要時間にして、僅か十秒程の出来事である。  流し台を素の状態に戻した青い髪の青年。しかし、彼はまだこの勝手場を去りはしない。  どこまでも徹底的に勝手場を活用する腹の彼は、白い装束を身に纏い、これも白い布で頭髪を隠した。  今度は“キレイキレイキレイ”という銘を持つ容器から、決して飲用してはならない液体を手によく泡立たせ、そして水道水にてこれを洗い流す。  青い髪の青年は勝手場にて包丁や火、それに金属で作られた鈍器にもなりうる器具などを用いて――すでに息絶えている植物の亡骸を、好き放題に切り刻み始めた・・・・・。  台所という戦場で腕を振るう凶悪な面の男は、“人ごみを歩けば自動で道が開かれる”という異能を持つ。この生まれ持っての悪人面は、【青山】という家に生まれ、さる公家の君より、【龍進】の名を授けられた。凄味がある顔に似つかないが……入れ違いに二階へと上がった奈由美より年下である。  『龍進』は勝手場以外にも洗面所に巣食う洗濯物の山を主要な敵とし、浴槽の頑固なカビをも宿敵としている。  “霊魂の扱いに精通している”とか、“妖怪変化の類に慣れている”とか、“刀の扱いに長けた高度な戦闘技能を持つ”とか……龍進にはその辺の特技もあったりするが、そんなことはどうでもいい。あんまり重要ではない。  どれも、日常生活にてまったく役に立たないものなのだから―――。 ACT-3 /小柄な野人  無人のリビング。  BGMは包丁がまな板に落ちる音。  漂う香りは鍋で温まる味噌の匂い。  生意気にも電子コンロが完備された勝手場で、龍進は屈み込んでいた。  何をしているかと言えば冷蔵庫下段の冷凍室に腕を突っ込んでいるのである。  家屋の内装は、勝手場を越えるとリビングのダイニングテーブルがあり、その先にはソファがL字型に設置され、これに少し間を開けて本棚が二つ、家屋の内壁にピッタリとくっついている。  本棚が背を付けているその壁に――窓がある。  この家屋において、些細ながらも貴重な自然採光源であるその窓に、「ヌッ」と影が映り込んだ。  ――屈んでいる龍進は気が付かない。彼は今、この家の敷地内で活動しているのを自分だけと思っているらしい……が、しかし。  窓に映っていた影は下に沈み込んで消える。  何事だろう。光の悪戯だったのであろうか……?  キキキ――と、不気味に木材が軋んだ。それは勝手場の反対側。“無駄に広い庭”に面した扉が開かれた音である。  窓のすぐ傍にあるその扉は、通りに面した玄関よりも玄関らしく、「むしろこっちが玄関だろ」と思われても仕方がない。その認識は実の所正しいのだが、ここではややこしいので勝手口とする。  その勝手口が完全に開かれると、人の影がフローリングの床に落ちた。影の元には前傾姿勢の人が立っており、暗がりに光るその眼光は一直線に勝手場を睨め付けている。 「クゥォォ……」  腹の底から静かに、押し出すように吐き出される呼吸――前傾姿勢の人は“息吹”を繰り返し、首をコキコキと左右に傾けた。その体躯は小柄だが、肉付きはがっしり隆々たる様で、大型獣のように逞しく乱暴な四肢を曝けている……厳密に言うと胸筋も腹筋も背筋も丸見えだが。  その振る舞い――姿勢低く林を忍び、獲物との距離を徐々に潰す“野生の獣”となんら遜色はない。トランクス一枚の装いで注意深く様子を窺う姿は、社会秩序の片鱗すら持ち合わせない危険性を意味しているかのようだ。  小柄な野人がすんすん鼻を鳴らすと、食欲を掻き立てる香りが彼の鼻腔を旺盛に刺激する。  野人は口を開いて荒々しい犬歯を露わにし、「ウオォッ!」と吼え猛った。  ついに本能を堪え切れなくなった彼は強くフローリングを蹴り抜き、板の破片をまき散らして跳び上がった!  小柄なからも重厚感溢れる身体が宙を舞い、靴脱ぎ場へと落下する。   素足での着地となったが、野人の脚力は強力極まりなく、容易くアスファルトにヒビを奔らせた。眼前の勝手場にはフライパンの上で卵を焼く龍進の姿がある。  突如として来襲した野人――龍進は険しい顔をしているが、別段先ほどと変わった訳ではない。 「………」  無言のまま停止する龍進。焼ける卵が「シューシュー」と音を上げている。  乱暴な野人の瞳はハツラツと輝いた。そして、その瞳はジィ~っと、龍進の三白眼を直視している。 「……まだだぞ」  ぼそぼそと、呟くような小さな声が龍進から発せられた。 「喰うぞ!」  小柄な野人が突拍子も無く声を張り上げる。応じて口を出た言葉とは思えないが、率直ではある。 「……飯はまだ。待ってろ」 「腹が減った! 喰うぞ!」 「………」  龍進はそれ以上何も答えない。彼は野人から視線を外すと、中断している作業を再開した。 「なんでだ! 喰うぞ!?」  野人は勝手場の床を「ダゴダゴ」と両手で叩いてアピールした。  しかし、龍進は完全黙秘を継続している。 「俺は喰うのに――」 「………」  駄目、まるで無視。何も言ってはくれない。  放置状態の野人はムスッとした表情で俯いた。  タン、タン、タン、タン、タン、――・・・  まな板を叩く包丁の音が小気味良い一定のリズムで打ち鳴らされている。  ……現在、要望を聞き入れられずにふてくされている野人。彼の姓は【義王】であり、名は育て親が【白虎】とした。食う、寝る、戦るの三つに純粋な、とても素直な青年である。 「もらったァ!!」 「!?」  沈黙を裂いて『白虎』が叫んだ。それは一瞬の、瞬く間の早業――。  彼は大きく身を乗り出して流し台の中に腕を突っ込み、ビニール袋に入ったままの“ニンジン”を袋ごと持ち上げたのである。  白虎はニンジンの入ったビニール袋を抱え込むと一目散に逃走を開始。  龍進は納得いない顔をしていたが‥‥‥最小限の被害で済んだとして、諦めることにした。  開きっぱなしの勝手口へと向かい、庭へと文字通り跳び出す……その姿はまるで、檻からバナナを持って逃げ出した子ゴリラのようである。  庭は約三十坪と無闇に広いが、これは本来二軒の家屋が並んでいた名残であり、本来はそれぞれの家屋の間に私道もあった。それが都市開発の波にもまれて、気が付けばボロの木造建築にやたら広い庭……という構図の所以である。  その庭も、家屋と同じく左右のビルの影に覆われている。  ここには大きな木が一本生えており、これに登って飯を喰らうのが白虎の日常光景。今もそそくさと大木によじ登り、周囲の気配を確認しながらニンジンをボリボリかじり始めた。  夏には蝉達の拠り所となる大木は、今こそ新緑が映えて瑞々しい。  何故か設置されているブランコが、高層建造物の狭間風でフワリと揺らいでいる―――・・・。 ACT-4 /背の高い人  「ズダッ――ミシィンッ!」「ドス!ドス!ドス!」  騒がしい音が続いた。原因は白虎が跳び上がって着地したことと、白虎が逃走のために駆けたことである。  現にそれはボロな木造家屋のリビングにおいても喧しかったが、それどころではない騒音被害を被ったのは“家屋の地下”である。  リビングに直結している二階への階段。その最下段に隣接して、四角い枠が薄らとある。枠の正体は“扉”であり、これをカパッと上げれば『地下室』への階段が姿を現す。  二階への階段は木造だが、地下室への階段は鋼鉄製で、滑り止めの×印が無数に刻まれている。  階段を下らずとも開いて覗き込めば一目瞭然。壁面は防音・防弾・対衝撃処理の施された素材で覆われており、絶えず「ゥ――」という駆動音が微かに響いている。明らかに上とは雰囲気が異なる空間だ。  地下室への階段は収納ギミックを備えており、普段は壁の中に板として格納されている。  これがボタン一つ、音一声あれば「フィー」と緩やかに滑り出し、段々に重なって階段の様相を呈する……という寸法だ。夜間は仕舞う想定なのだが、地下室の主がちょっとイケナイらしく、あまり機能していない。常に出しっぱなしである。  地下室は20畳の整った長方形で、天井も一般的なアパート・マンションに比べれば高め。何せ、ここの製作者かつ居住人が高身長なのでそれも自然なこと。  地下室は目が痛まない適度な明るさを保っている。  八辺全てを光のラインが奔っているのだが、それら全ては控えめな光量を放ち、材質不明の金属質で構成された室内に反射して、当たりの柔らかい間接照明となっている。  唸る機械や黙する機材、カリカリと危険な音を鳴らす装置――どの電気屋でも販売していないマッシーンの数々が20畳の部屋でまとまって、幾つかの島を形成している。  しかし、部屋のあらゆるものを凌駕して目につくのは―― 150インチの巨大ディスプレイ ――。正直なところ部屋の八辺を沿う光のラインよりこれの方が眩しい。  巨大ディスプレイが映すのは灰色の無機質な空間で、画面の中央には“白球”がただ浮いている。  ディスプレイの前には、キーがいくつあるのかも解らない複雑面倒なキーボードが湾曲型に備わっていて、後ろから見れば卵のような真白い椅子がこれに控える。  良く見ると、真白い椅子は若干宙に浮いているではないか。  パキン‐パキン‐――‐――  20畳の地下室にプラスチック定規が割れる……かのような音が断続的に在る。  機械の島と島の狭間。忽然と空いているスペース。“製鉄所のミニチュアみたいな物々しい装置”を弄る人の姿。  黙々と「パキン‐パキン‐」としているその後ろ姿には――白金のような光沢感をもち、しなやかできめ細かい、薄らと黄味がかった長い髪が垂れている。  一心不乱なその人は最後に「バチィッ!」と炸裂音を響かせると、エメラルドグリーンのゴーグルを親指で押し上げた。 「―――ふふッ、ふふふ……ふ」  その人は立ち上がって……影のある、不気味な笑みを浮かべている。白衣に身を包んだその華奢な体躯は、立ち上がってみるとかなりの高さで、測定値は181cm。  その人は高身長でありながらやや小顔であり、愁いを帯びた透明感の強いグリーンの瞳が二重の瞼に護られている。  ファーストネームは【アーティ】、セカンドネームは【フロイス】――彼は不気味な笑いを続けながらも、腰を曲げて大きくうな垂れた。  しばらく「ンふっふふ」と不気味に肩をヒクヒクさせていた『アーティ』だが、唐突に諸手を上げたかと思うと―― 「ンン~~~ッ、出ッ来上がりィ!!」 ――と、大歓喜して飛び跳ねた。 「ブラボォ~オオっ、ブゥラヴォウォォー!」  奇声を張り上げながら拍手喝采に頭上で手を叩く。  拍手は自身に向けられた賛美で、率直に言えば自画自賛。 「ひゃぁっ、さっそく実験だゼぇー! たまんねぇなぁッ!」  垂涎の表情でパチンッと指を鳴らすと、部屋のどこからともなく“ノートパソコンが飛来して宙に停止した”。  目の前に浮かんでいるノートパソコンを間髪入れずにダカダカと弄くるアーティ。彼は「ターンッ!」と、早押しクイズを回答するかの如くENTERキーをスマッシュした。 “ヴぉヴぃ~~~~~~~~~~~~~~~~”  無様で間抜けな音を立てて物々しい機械が作動した。  パソコンの画面を見守るアーティは五分ほど静止していたが、「凄いや!」の一言と共にノーパソを叩き落として物々しい機械に抱きついた。  ……アーティが異様に歓喜しているのは何も気がおかしくなっているからだけではない。  最近の彼は苦悩していた。好物のポップコーンも喉を通らない程に、苦悩していた。  アーティを悩ませるのは「使用電力についての課題」――それはこの近未来めいた地下室のせいで「ヤバい」と言わざるを得ない事になった“電気代”と向き合うことを意味していた。  電気代など、アーティの思慮には欠片も無い些末事だった。しかし、怖い同居人が火の点いた煙草を眼前に近づけ、「地下室爆破するぞテメェ」と脅してきたので、しかたなくなんとかしなければならなくなった。  直面した危機を脱するべく、アーティは必至に考え、そして思い立った。 ( そうだ、電気作ろう! )  ――つまり。物々しい機械の正体は“発電機”であり、現時点の効率を信頼すれば木造家屋の電気代を黒字化するほどに優れたマッシーンなのである(*製作費と維持費を考慮しない場合)。  アーティは喜び部屋駆けまわるが……ディスプレイ内の白球は丸いまま変化がない。  問題が解決した喜びを分かち合いたいアーティは、ディスプレイを指差して声を掛けた。 「【マイク】、いつまで寝てんだよぅ!」  彼の呼びかけに気が付いたのだろうか。  150インチのディスプレイに、【――HELLO,Jr!――】と大きな文字が映し出された。  地下室の一角にはスクラップの山。  漫画本がぎっしりと詰まったカラーボックスの上には怪獣とヒーローの偶像が立ち並び、四つの段ボールにはゲームのパッケージがみっしりと、ジャンルもごちゃごちゃに積み込まれている―――・・・。 ACT-5  /一軒家の朝。薄暗いリビング。  今日は何曜日だったか……?  国境を越えて飛びまわっていると時間の感覚がルーズになって困る。  軋む階段――突き当りの窓から射し込む日差しは頼りない。  下はジャージ、上はTシャツ……たまの無予定日くらいはラフなままも良いだろう。  どうせ気兼ねする相手もいない、“我が家”なのだから―――/  リビングにあるダイニングテーブル。六つの椅子に囲まれたここの天板に、五つのコップが置かれている。どれも個性のあるコップで、サイズも異なっている。  勝手場の戦において、包丁の出番はすでに終了していた。  割烹着と白頭巾を着用している青い髪の青年は、サラダと目玉焼きの乗ったプレートを次々にテーブルへと配膳していく。  他に誰もいないリビングで、一人黙々と料理を並べる龍進――元より仏頂面だが、どことなく不承面の方がより相応しい気配を漂わせている。考えていた献立からニンジンが消え去ったことが心残りらしい。 「おっはよ、ごくろうさん」  軽々しく、偉そうな声。無論としてこの発言は龍進のものではない。  声の主はいつの間にか二階から階段を下ってきた男で、柄物のTシャツにジャージ姿と、テキトウにラフな格好である。 「……お早う」  龍進は味噌汁が三つ乗っているお盆を手にしたまま、ボソボソと挨拶を返した。彼はダイニングテーブルに味噌汁の入った御椀を並べ始める。  階段を下ってきた男はその赤茶色の髪を手櫛で掻き上げた。 「あ~、俺はいらねぇから。今日は食う気がしないっすわー」  ヘラヘラと笑いながらそう告げて、スタスタとソファに向かう男。 「………」  龍進の表情は今度こそ解りやすく曇った。仏頂面と言っても眉間のシワの深さやへの字口の曲がり角度で随分違うものである。  せっせと用意した料理に対する不遜な態度は許しがたいが、龍進はぐっとこらえて大人の対応をとった。  無言のまま配膳を続ける。拒否された分は元々超大盛な人物用に回した。  不遜な赤茶髪の男はふてぶてしくソファに座ると、ポケットから小さな箱を取り出した。  これをトントンと軽くノックして中身の棒を一本、唇に咥えて引き抜く。  L字型に配置されたソファはTVに向けてあり、間のスペースには布団の無いコタツ机が置いてある。コタツ机の上は空き缶やら、おまけの人形やら、紙屑やら、謎の機械部品やら……まるで小さなゴミ捨て場かよと言う程に酷い。  その酷い机の上にある雑貨をぺしぺしと指で弾いて――どうやら赤茶髪の男は何かを探しているらしい。 「――あり? おい、龍ちゃん(龍進)よぉ。火ぃどこやったん??」  ソファの背もたれに肘を掛けて、赤茶髪の男は親指をクィクィ動かしながら声を張った。  龍進は「知らん」と端的に斬り捨てるのみで、配膳をむくむくと続けている。 「んだよ、ナユ(奈由美)か! 無駄な抵抗止めろよ、あいつは――なぁ?」  同意を求めた赤茶髪だが、龍進はノーコメントで応じた。  どうやら赤茶髪の男が求めていたのは予備の使い捨てライターであり、察するにそれは喫煙を嫌う少女が破棄した模様。 「あ~あ、独り言を呟くようになったら危ねぇって聞くしなぁ……俺も疲れ溜まってんだな。誰かさんはまともに稼がないし」  咥えた煙草を上下に動かしながら、ネチっこい嫌味を吐露する赤茶髪。  「悪かったな、不器用で……」龍進は仕方なしに呟いた。  それを聞いて「ははは」と、愉快気な笑い声を出している赤茶髪の男。あんまり性の良いとは言い難いものだが、やたらと笑顔は無邪気である。  彼は【アルフレッド=イーグル】という人物で、面も要領も優れているのだが……。残念な事に。育った環境故なのだろうか。如何ともし難い、捻じくれた性格である。物欲・独占欲が激しく、本質がサディスティックな上に精力家なので、特に同姓には容赦を知らない。  ライターもマッチも無いのならしかたがない。しかも勝手場はオール電化である。  『アルフレッド』はソファからゆっくりと腰を上げると、鼻歌交じりにタラタラと二階への階段に向かった。  今は柄シャツにジャージという出で立ちであるが、仕事とあれば赤黒いロングコートにカウボーイハットを被った「どうみても普通じゃない」装いで臨む。  二階にあるアルフレッドの部屋。  壁にはツバの広い、特徴的なカウボーイハットが掛かっている。  アルフレッドは自室に入ると、ベッドわきに安置されているオイルライターを手にした。真鍮製の外郭が手に冷たく思える。  ライターに火を噴かせて煙草の先を炙る――くゆらせた煙は部屋の天井へと舞い上った。  “カチンッ”――と。ライターの蓋を閉じてジャージのポケットにねじ込む。  窓の外を眺めれば晴れ渡った空が心を健やかに・・・してくれれば良いのだが。現実には無機質極まりないビルディングのコンクリート壁が立ちはだかっている。ああ、無情……。  久しぶりに予定の無い日……たまにはこの国でドライブするのも悪くない――。  アルフレッドは一面コンクリートの寂しい窓を見ながら、快晴の空の下を恋焦がれているようだ。  たまには「こんな日々」を送ったって良い――似つかわしくない程に穏やかな心境のアルフレッドだが……世の中そんなに甘くはない。  これより三時間後。  昼を前に控えたボロ家屋に来客がある。  来客は仕事の“依頼者様”で、それはそれは……なんとも間の悪い来訪であった―――・・・。 Title:OPENING ――END