オープニング

ACT-ある地域の事情  東京都のある市街―――のどかなベッドタウンだったそこは、15年前の駅改築を契機に一挙開拓されることになる。  大型ショッピングモールを搭載した新型駅ビルは荘厳で、近隣駅の地元民までも呼び寄せた。  サッカースタジアムの建設に、街を挙げての球団サポート。  駅と大型電気店を繋ぐ広い道では毎日、ストリートパフォーマンスから演説、チラシ配りにティッシュ配りとイベントが盛り沢山!  元から存在した商店街は通りを増設され、ジャンクフード店に大手書店、GAMEセンターが街を彩る。  市街地開発は駅を中心として円形に広がり、旺盛な成長は果て無く続くかと思われた………が、しかし。  これから! という場面で歴史的経済拡大の流れが一気に崩壊。  市街地は半端な領域までを高層ビルで飾り、発展を望んだ街は沈黙した。  駅から5分少し歩けば一挙に建造物の高さが低く揃う有様……。  ―――発展旺盛時代。開発に合わせて主要道路は太くなり、多くの住宅が移動を余儀なくされた。  これによって線路沿いの近隣駅も発展の可能性を得て、「便乗しろ!」とばかりに企業を誘致。  例の市街から2、3駅はおこぼれながら個性的な発展を得る。  ある街は駅施設と巨大公園を設置して、新鋭住宅地として住民を得た。  ある街では元より活発だった製造企業が景気に乗って施設拡大を繰り返した。  ある街は最もサッカースタジアムに近く、球団経済に浮かれた。  ――これら全ての栄光は、無論として“過去”のもの。  急激な経済縮小と共にやはり停滞し、多くが寂れたのもしかたがないことだろうか……。  そんな中で。今もやはり停滞はしたが、中心市街の隣接地だけあって粘りのある景気維持を見せている町―――地元企業と大学に惜しみない援助を計り、最盛期には“企業誘致”を全力で行った町がある。  東京都某所に咲く『銀色のシティ』は都内でこそ小規模だが、外れの元田舎町にしては立派なビジネス街である………。 Title:BRIEFING From:四 聖 獣 +++++++++++++++++++++ ACT-0  【来訪者】は目的地へと向かっていた。厄介な事案を抱えている、まともな手段で解決できる見通しがつかない……その人は行き詰っていた。  伝手に聞いた“あるチーム”の存在。眉唾ものではあるが――藁にもすがり、食いつこうと思う状況にある。  「来訪者」は快晴下の国道沿いをひた歩いていた。 ―――東京都某所。  住宅の群れに咲く銀色の建造物群。この辺一帯は周囲でも有数なる“ビジネス街”。  日中は周囲の住宅地と便利な交通網から従業者が押し寄せる。昼食時など、道を歩くも苦労する様であるが……まぁ、これも夜になればほとんどが帰宅してしまい、“もの凄く寂しい”景観となるのは街の特性ゆえ、仕方がないことであろう。  件の東京都某所。スタイリッシュにインテリジェンスなビジネス街。  そびえるガラスと鉄筋コンクリートのジャングルに……ポツリ。異質な家屋が存在している。  駅から少し歩いたビジネス街の真っただ中。見上げれば首が痛くなる高さの建造物の狭間。鉄筋コンクリートの圧力で見た目以上に惨めな“木造二階建ての一軒家”。  築25年のその木造家屋は―――都市の一部が時を進め忘れたかと思う程に、場違い。  三車線の国道沿いにまるで“勝手口”のような扉をさらすその佇まい。宅地開発という突風を無駄に耐え抜いたボロの家屋には、驚いたことに今も人が住んでいるらしい......。  来訪者はまず、呼び鈴が無い事に戸惑った。ノックを試みるも、返事が無い。きょろきょと左右に首を振って軽く狼狽した。  ……見渡していてもしかたがない。やむなく、開け放された玄関に一歩、足を踏み入れてみる。  玄関に入ると昔ながらの小さな靴脱ぎ場が可愛らしく出迎えてくれた。 【いらっしゃいませ、お客様】  ――玄関に入ったことで何らかのセンサーが反応したのだろう。電子音性のアナウンスが天井から響いてきた。  ピンク色で小柄な、愛くるしい靴棚の横。そこには来客用のスリッパが重なっている。  醤油のシミらしきものが気になるそれを履いて、「来訪者」は視線を横に向けた。  横には、冷蔵庫の配置まで丸見えな台所(勝手場)。そこでは割烹着を着た【青い髪の青年】が料理をこなしている。 (家庭的な男だな・・・)  などと思って声をかけると、青年は威圧感のある声で丁寧な対応をしてくれた。  ……ただ、大抵の来訪者はここで後ずさり、時には“逃走する”ことであろう。何せその青年は“異様に目つきが悪く、明らかに正気ではない睨み顔”をしているのである。  気がおかしい――というよりむしろ“僅かな刺激で人を刺す”、生まれ持った冷血性を予感させる危険な形相。  怯えて足を引き、来訪者が靴棚に倒れ込むと。青い髪の青年は「……どうかしたか」などと、眼光を強めて寄ってくる。  目を合わせているだけで走馬灯が巡る危機に、来訪者が「死」を覚悟した時……。  九死に一生だろうか。家屋の奥から【少女】が1人、駆け寄ってきてくれた。 「あっ! どうも、いらっしゃいませ~。ささっ、奥にどうぞ、どうぞ!」  物腰柔らかに、明るく快活な様で居間へと案内してくれる少女。  来訪者はこれに応じて「た、助かった!」と彼女に従う。  少女は背が低い方なのか。170cmあれば彼女の頭部を見下げられる。  髪の毛は自然な金色だが、根元は茶色。瞳が微かに青いので「がいじん?」などと直観さられた。  しかし、顔つきはどうにも日本の雰囲気を含んでおり、“ハーフ”といった予想で間違いないだろう。  Tシャツに半ズボンというラフな格好の少女。彼女は勝手場の壁を越えたすぐにある“6人掛けのテーブル”へと来訪者を座らせる。 「今、お飲物を用意いたしますね!」  客人への正式な対応としては若干に軽すぎるが……可愛らしい笑顔で全て許容できるだろう。 むしろ、この明るさが来訪直後の“衝撃(殺人鬼面との邂逅)”を和らげてくれる。  お勝手場から冷蔵庫が開かれる音。その後に男女の会話が零れてくる。来訪者への対応を検討しているようだが、内容は「何の飲み物を出すか?」「どのコップがいいかな?」という、あどけないものだ。  ……微かな会話音声に耳を傾けていると、不意に視界が暗くなる。 (―――?)  疑問いっぱいに顔を上げる。上げる――が、これは“見上げる”と言った方がより正確な表現か。  いくら座っているとしても、その表情を確認するには首の角度を変えるだけでは足りず、腰を逆にしならせて若干に仰け反る必要がある。  どれほどの身長だろうか? その人は【白衣】を着ていて、上がる視線の最中に「研究者か先生?」という印象を来訪者にもたらす。  細身の体型で、スラっと長い脚。昇りきった視線に見えるのは―――形容する言葉が足りないが―――ともかく、ともかくに“美しい顔”である。  無表情に、冷静に来訪者を見下ろしているその人と目が合えば、容易に逸らすことができない。  いつまでも、何時間でも眺めていたい……そう願わせる“麗しき人”。  透き通る絹の糸で丁寧に造られたかのような長い髪。表情こそ美しいが、あまりに整いすぎていて人形のようにも思える。  見上げる高さの【白衣の人】は来訪者を無表情に見下ろしたまま、ポケットから“小さな杖のようなもの”を取り出した。  先が平たく、渦を巻いて丸い形状。色彩豊かな“ソレ”はちゃちなビニールに包まれている。  美人はビニールを破り、床に落とした。そして“ソレ”を口元に近づけると、舌を惜しみなく垂らして舐めはじめる……。  小さな杖――ああ、どこかで見たと思えば『ぺろぺろキャンディ』であるか。  途端に表情を無垢な笑顔として、一心不乱にキャンディを舐めはじめる子供・・・いや、身長から子供ではないと解るが、だらしなく涎を垂らしてニヤけている面を見ると、まともな大人とは言い難い。 「ほげぇ!? げ、玄ちゃんっ、向こう行ってなさい!」  来訪者の耳に慌てた少女の声が届く。少女は不必要なまでに無礼な白衣の人をぐいぐいと押した。 「この人誰??」 「お客さんだから、コーラ買うお金くれる人だから!」 「おおっ!? それはどうも初めまして。本日はお日柄もよく、ご丁寧にありがとう御座います」  白衣の人は表情を爽やかにして深々と礼をした。なにか礼儀正しそうな感じがするが、その言葉は支離滅裂で、子供がドラマの影響を受けてテキトウに話しているかのようである。ついでに少女の言い分もどうかと思われるが……ともかく、白衣の人は納得したらしい。  指示のままに階段の方へと向かう白衣の人――だが、その人は階段を上らない。足元の取っ手を掴んでそれを引き上げ、“下への階段”を下ることでその姿を消した。 「ご、ごめんなさい……とんだ無礼をしてしまって」  少女は頭を下げて丁寧に謝っている。別に何か危害を加えられたわけでもないので、来訪者としても「気にすることはないよ」、などと穏便に返すしかない。  テーブルの上に置かれるジュース。オレンジ色の液体に満たされたコップから柑橘類の香りが漂っている。木製の器に盛ったお菓子を用意した後、少女は「担当の者を呼んできますね!」と言い残して、いそいそと階段を上って行った。  居間に1人で残される。  いや、背後の台所には変わらず例の恐ろしい顔の男が存在しているが……あまり気にしてはいけない。  ――背後から皿と皿が当たり、水が弾ける作業音が漏れている。  ジュースを飲みながら軽く居間を見渡す。  居間のテレビはブラウン管のゴツイ形状。間もなく電波の入らなくなるその姿は心配だ。  テレビの前には――おそらくコタツの名残であろう。背の低い小型の机が置いてあり、それを囲むようにソファが2つ、配されている。  遠目にもソファは傷だらけで、“何者かが引っ掻いた”かのように所々スポンジがはみ出ている。  また、コタツ机の上は酷く乱雑。雑誌やら缶やらビンやら人形やら機械の部品やら……住人たちの全てが粗野なのか、一部が不精を極めているのか。それは思わず軽く掃除をしたくなる光景である。  窓際には安っぽいカラーボックスが2つあり、いずれも本がみっしりと詰まっている。  知った本もいくつかあり、「おおまかに右が漫画用、左がその他」だと見分けられた。  居間以外に目を向ければ日本家屋らしく襖が見受けられ、襖の内側にある空間は畳張りの和室であることが解る。  和室と居間の境にあるフローリングを目で伝うと、“玄関よりも玄関らしい勝手口”が存在している――というよりどう見ても玄関に見えるが……真実は解らない。  また、勝手口を背にしてテーブルから右手に見える階段の脇には廊下があるが、その先も暗くて不明。風呂場やトイレがあるのだろうか。  ……一通りの観察を終えて。来訪者は目の前に置かれた木製の器から、菓子を1つ手にした。  ―――ふと、何気なく窓を見る。  それは瞬間的に“猫の頭部”かと思えるが、よく見ると大きい。明らかに人間サイズである。  窓に映っている『猫の頭部の影』はしばらくこちらを見ていたが、やがてスっ――と消えてしまった。  来訪者が不思議に思って手を止めていると、 < バタンッ!!! >  ――と、勢いよく勝手口が横に開かれた。  開かれた勝手口には1人の【小柄な男】が突っ立っている。頭髪の形状から、彼が“影”の正体だと察せられた。  小柄な男はこちらを凝視すると、ノシノシとフローリングを歩き始めた。  彼が近づいてくる――すると不可解なことに。  小柄な男の体は1回りも2回りも大きく見え始めた。これは実際に彼が巨大化しているのではなく、その重厚な筋骨と野性的なツンツン頭から来る圧迫感、加えて脳裏をよぎる「危ない!」という直感が成す錯覚であろう。  着実に近づく迫力に怖気づき、来訪者は椅子を下げて中腰に警戒する。  この様子を見てか。小柄な男は身を屈めてその歩行速度を落とした。  居間全体が緊張する。狩人と獲物が牽制しあう野生の攻防を彷彿とする空気―――。  来訪者が腰を更に一段階上げた。……この、僅かな動きを小柄な男は見逃さなかった! 「ウォアアアアアッ!!!」  鼓膜を震わせる獣の咆哮。  あまりの気迫に天も呼応したか。勝手口から「ドウ」と強い風が吹き込み、来訪者の身を責めた。  小柄な男は板張りの床を蹴り、一部を破損させて飛びかかる。  来訪者の腰はよろめき、崩れるように床へと尻を着く。  跳び上がった猫科の影は<ズンッ!>と鳴らしてテーブルに降り立った。  そして雄叫びと共に木製の器を掴むと・・・・・小柄な男は―――“菓子を豪快に貪り始めた”。  呆然自失な来訪者を気にすることもなく、時にビニールのパックごと菓子を飲み込む小柄な男。  「うまい! うまい!」と連呼して目の前の人間など一切気にしていないふてぶてしさは圧巻。  しばらく彼の捕食風景を眺めていると、獣のようなその男は手を止めて階段を注視し始めた。  ほんの1秒ほどであろうか。彼は活動を休止した後に、再び嵐のような動作でテーブルから跳び上がる。  フローリングの床に着地すると、小柄な男は一目散に、逃げるように勝手口から飛び出て行った――その腕に、木製の器を抱えたまま……。  再び呆気にとられている来訪者。目を点にして勝手口を見ていたこれに声がかかる。 「遅くなってすみません。えと、こいつ――“彼”が担当の者です!」  声の方を振り向けば、先程の少女が丁度階段から降りてきたところである。  少女の隣に―――続いて降りてきた青年が1人。  その風体は物珍しいもので………   赤く、黒いロングコートの裾をはためかせ、   帽子の影で表情は伺えず、   赤茶色の髪は外側にはねており、   何より、【ツバの広いカウボーイハット】が特徴的である―――。  いかにも怪しい恰好の青年は帽子をクィっと指で押し上げた。 「どぅも~、よくぞ“この忙しい中”いらっしゃいましたねぇ」  爽やかな笑顔である。そう、爽やかではあるのだが……。  赤みの強い瞳は印象的に鮮やか。色白の艶やかな肌に筋の通った鼻と、中性的な難くせの付け難い器量ではある。  ……ただ、口の端を片側だけ上げているその笑みから。どうにも“胡散臭さ”が滲み出ているのが気になる所……。  【カウボーイハットの青年】は隣で睨んでいる少女を無視して、揺らいだ歩きでひょうひょうと、来訪者の対面に腰を下ろした。  背もたれに深く身を預け、変わらず笑みを浮かべて客人を観察している。 「――吸ってもいいですかね?」  彼は不意に言いながらもさっそくと“煙草”を咥えており、すでに火を灯している。そして返事も待たずに息を吸い、灰色の煙をテーブルに吹きかけた。  来訪者は言葉を失い、ただ、態度の悪い若者を睨むしかない。 「―――ん? ああ、この格好は気にしないでください。“ユニフォーム”なので」  疑念の眼差しを向ける来訪者に、襟元を正しながら平然と答える青年。  横柄な態度で如何わしい恰好。傍若無人な振る舞いを継続したまま、彼はテーブルに肘を着いて身を前に傾けた。  片側だけ上げた口から煙を細く吐く。  来訪者は内心腹を立てていたが……近づいた“彼の視線”を見ると大きく息を呑むことになる。  帽子の影から“猛禽類にも似た鋭い眼光”を覗かせて―――カウボーイハットの青年は、彼なりの商売口上を述べ上げた………。  「 それで、どういった御用件でしょうか、“依頼主様”? ――――・・ 」 ACT-START / 風の噂によれば……  東京都某所。  高層ビルの狭間で、時代に忘れられたかのように存在する木造家屋。  2階建ての一軒家には4人の青年と1人の少女が暮らしているらしい。  彼らの存在を知る人間は少なく、彼らを知るには伝手か運を要する。  彼らは全員が普通とはちょっと違う技能を会得しており、それぞれがそれぞれに何らかのスペシャリストであるとされている。  そのメンバーは―――― ++++++++++++++++++++++ ・詐欺拳銃 / アルフレッド=イーグル【name:朱雀】 ++++++++++++++++++++++ ・侍家政夫 / 青山 龍進【name:青龍】 ++++++++++++++++++++++ ・野人闘士 / 義王 白虎【name:白虎】 ++++++++++++++++++++++ ・大魔技師 / アーティ=フロイス【name:玄武】 ++++++++++++++++++++++ ・普通少女 / 高山 奈由美【name:黄龍】 ++++++++++++++++++++++ ・独立空間 / マイク=フロイス【name:??】 ・首領黒猫 / ロイ=ネフィス【name:??】 ++++++++++++++++++++++  ・・・――大都会にひっそりと住み着いている彼らは、互いの得意分野を活かして依頼者の無理難題に挑み、稀に裏切り時に無償で仕事をこなす。  ――【 四 聖 獣 】――そのように自らを呼称する彼らは、『変わり事専門の便利屋』として。今日もちまちまと、人を救ったり救わなかったりしているのである・・・・・。 $ 四聖獣 $ Title:BRIEFING ―END