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積み木の町

・主な登場人物

$四聖獣$ ACT/START  東京都の某所、鉄筋コンクリートの密林に紛れるような些細極まる木造一軒家。ここには青年4人と少女が1人、同居している。  木造の一軒家はそのまま「事務所」を兼ねており、何の事務所かと言えば「便利屋さん」である。  派手さも無く、大した宣伝もしてはいないが……この若僧で構成された便利屋に仕事を依頼する変わり者がちょこちょこと存在するらしい。人伝に噂を聞き、わざわざ遠方、それも異国からコンタクトを求めてくる場合もある。  依頼者達は一介の「便利屋」に何をそこまで求めるのか。何故、彼らなのか?  掃除洗濯家事手伝い、引っ越しの手伝い等なら近隣の業者で十分。  だが、並みの業者には任されない――いや、そもそも承ってもらえない事がある。  「ちょっと幽霊退治を――」  「得体の知れないロボから身を護って欲しい――」  「行き詰った末の、暗殺を願って――」  それはそれは多種多様にして、まともな神経では事実と認められない問題……。  一般社会から「妄想もいい加減にしてくれ」と門前払いをくらった困り人達が行き着く一つの結論。それこそが、東京都の某所にひっそりとある便利屋、【 四 聖 獣 】なのである。 $四聖獣$ +++++++++++++++++++++++++++ ACT-1  あなたは既にこの世にいない人と付き合えますか? そう、例えば“幽霊”と……。  その人は色白で身が細く、胸はあまりないけど優しい香りがします。  その人はいつも困ったような、眠たげな表情をしていますが――顔立ちは綺麗で、笑顔を見れば心から癒される女性です。  イビツな螺旋のように登っていく街路地。この町はもともと丘の上にあった集落がしだいに発展して、家をあらゆる隙間という隙間にねじ込むように建てたものです。外から見るとカラフルな積み木を乱雑に積み上げたようにも見えます。  今では人も少なくなりましたが、昔は旅人や商人の方達でそれはもう、鬱陶しいくらいに混み合っていました。  この積み木のような町には今、高齢化の波が押し寄せてきています。若い人はこんなつまらない、孤立した場所になど居たくないのでしょう。  かく言う私も若者ですが、この町を出るつもりはありません。多少の不便はありますが、それは都会と比べてのこと。他は他、内は内で考えれば決して居心地は悪くありません。娯楽施設が無くたって人は生きていけるんです……なんて、本当はちょっと都会に憧れてますけどね。  実は、僕がこの町を離れない本当の理由は――ちょっと照れますが、彼女のため……なんです。  彼女はちょっと体が不自由というか、そもそも体が無いというか――平たく言うと「地縛霊」というものなのでここを離れられません。  理由? そんなものは知りませんよ。だって僕は彼女と話せませんから。彼女はただ、僕の話を聞いてくれて、僕にかわいらしい笑顔を見せてくれるだけです。それが幸せでたまらないから僕は彼女が好きですし、だからこの町も離れないわけです。  彼女は僕以外、誰も居場所を知りません。ちょっとやそっとじゃ解らない場所にいますから。  仕事が終わったら、少し遅めの昼ご飯を持って彼女の元へと向かう。これが、いつまでも続いてほしい、幸せな僕の日常なのです――・・・。 +++++++++++++++++++++++++++  Title:【積み木の町】
ACT-2  【 カブラの町 】――それはもともと丘の上にあった集落が、貿易の基点として急速に発展したことで生まれた貿易都市である。  強引に建物を乱立したせいで、積み木を稚拙に積んだような「雑居な市街」が出来上がったらしい。丘を登る街路が不規則な家屋の並びを縫うように歪なのは、やむを得ない事情によるところだと言えよう。  東西を山脈と大平原に挟まれた『カブラの町』は、半世紀以上の昔にとても栄えていた。入れ替わりの激しい人の流れは多岐に渡る文化の流入を促し、街の景観の怪奇混雑化を増長した――と、ある民俗学者が論拠を提起した。  しかし、栄華を誇ったこの町も栄枯盛衰の理に逆らえず、いつしか人々は町を見限り、そして忘れ去った。  衰退の原因としては産業の中核を成していた特産品、『カブラ家具』と言われるブランドが失墜し、それに伴う悪評によって連鎖的に人々が離散してしまったからと云われている。  今では老人と逃げ残りの青年共がちらほらと住まうだけの、薄ら寂しい「辺境の町」にまで落ちぶれてしまった……。  建築物の様相は多様だが、手入れの行き渡らない家々は風化の傾向にあり、山脈から吹き下ろす春風が毎年街を痛めつけている。  遠景からすると積み木を重ねたように見えるため、カブラはいつしか『積み木の街』と異名されるようになったらしい。  まばらな人がぽつぽつと散見できる街路。  中心となる街道は土台である丘陵地を螺旋状にぐるぐると登っていく形状で、単に歩き回るだけでもいつのまにか体力を消耗させられる作り。これこそが【カブラの街並み】の個性であり、難点でもある。  特徴的な建造物は多いが、基本的に全部癖があるので、角度によって別の建物に見える事などざら。迷路のように複雑な小道は登ったと思えば下がったり、屋根の上を通ったと思えば住居の下をくぐったりと、節操が無い。  慣れない訪問者にとってこれほど厄介な町も無く、初めてここを訪れる者は大抵右往左往してまともに観光の一つもできやしないものである。  カブラの街の只中で挙動不審に周囲を見渡す男――。青色の頭髪で身に「和服」を着用しており、腰に下げた一振りは黒い布に包んで隠してある。  険相は凶悪で、生来の小さな瞳孔がすれ違うものを容赦なく萎縮させた。  迷路のように複雑な市街の只中で。【青髪の男】は挙動不審に辺りを見渡している。  カブラの街並みは訪問者に厳しく、周囲には嘘のような家々が並び・乗っかり・食い込んで……夢に見るちぐはぐな幻想が如く、自由奔放な有様。 「ここは……どこ?」  立ち止まってキョロキョロと首を動かす青い髪の男。  彼はこの町を「積み木の町」という二つ名で聞いていたが、むしろ「おもちゃ箱の町」が相応しいのでは? ――と真剣に考えていた。  目が合っただけで「死」を覚悟させる驚異の悪人面を備える彼は、数少ない居住者を見つけると声を掛けようと試みる――が。誰しもこの男の放つ尋常ではない圧力に恐れ、慄き、戦慄して「うひゃぁぁ」と駆けて逃げ出してしまうのである。  気配を察して横を向けば。様子を窺っていた家屋の住人が“バンッ!”と、鋭い音をたてて扉を閉じた。  たかでさえ部外者の少ないカブラの町に、挙動不審な見るからの「悪人顔」。……四面楚歌、五里霧中の心境で呆然としているこの男。彼は自らを【青龍】と称している。その本名は「青山」なのだが、わけあってコードネームを用いているらしい。  バスに揺られてコトコトと。のんびりとした平原の旅路を終えたまだ若い「侍」。  彼は一層表情を悪くしているのだが、その心は「見知らぬ街で心細い……」と、大変に悲し気である。  青龍は確かに悪人面ではあるが。その根はむしろ、お人好しが過ぎるくらいの“正義漢”である。  呆然と立ち尽くしている青龍に何かがぶつかった。 「あっ……ご……ごめんなさい……」  ぶつかってしまったのはどうやら少年らしく、焦った様子でどもりながら頭を下げた。  見るからに真面目そうな少年は見るからに殺伐とした青龍の顔を見て顔面蒼白し、落としてしまった小包を拾って懸命に駆け出した。  普段の青龍なら「いやいや、こちらこそ往来で立ち尽くして申し訳ない……」とでも言おうものだろうが――それよりもここに助け舟を見出した若侍は、とっさに少年を引き留めた。 「……すまない! ちょっと待ってくれ!」 「ぃ――ぇぁ――な、なんでしょう……?」  目つきがナチュラルで既に悪い上に、意を決したで面は相当に極悪なことであろう。  案の定、振り返った少年は不安そうな表情で怯えた。 「……道に迷って困っている。すまないが、“アップルミート”という宿屋を知らないか?」  ここぞとばかりに道を聞く青龍。侍の気質か。ウブな彼は中々見知らぬ人に話しかけられないのでこれはいい機会。切実な表情で青年の肩を掴んでいる。 「宿屋アップルミート……ですか。えと……こ、ここですよ?」  意外そうなキョトンとした表情の後に、少年はすぐ隣の家を指差した。 「……えっ!?」  指の先を見ても、それは青龍が知る宿屋ではない。 「若夫婦の自宅も兼ねているので、こっちが自宅の玄関なんですよ。この裏に看板がかかったりしてますから……」  少年が説明することで、ようやく青龍は事態を飲み込めた。  宿屋の入り口である反対側と、現在青龍が呆けて見ている家屋の外観は、まるで別の建物であるかのように共通点がない。しかし、それらは表裏一体に、同一の建物なのである。  顔を赤らめつつ、侍は「あ、そうなんだ……」と微かに呟いた。 「すまない――恩にきるっ!」  青龍はガバっと頭を下げて丁重な一礼をすると、足早に街路地を駆けた。わざわざ宿屋側から入ろうとするところに無骨な律儀さが滲み出ている。  少年は見慣れぬ男の姿を見て、(旅人なのか移住者なのか――変わった服装の人だなぁ)などと考えたかもしれない。  物珍しく青髪の後ろ姿を見送った後。  少年はいつものように、彼女の元へと急いだ――― Act-3  カブラのメインストリートに“アップルミート”と書かれた宿がある。  老夫婦が切り盛りするこの店は、客の滅多にない今も看板を下ろさず、副業の酒場と兼業して頑張っていた。  宿の小さなロビー。木製の扉が開いて、影の多い店内に光がサッと射し込んでくる。 「おやおや、そんなに息を切らして。どうかなすったかね、お若い客人」  宿屋アップルミートの老いた店主は、ぜぇぜぇと肩を上下にしながら戻ってきた青い髪の宿泊客に声を掛けた。 「……ちょ、ちょっと迷いまして……」  ようやく宿屋に戻れた青龍は「へへへ」と弱々しい笑みを浮かべている。彼はただ反対側へとまわるだけの単純な行程で――再び錯綜した。  気を利かせてくれた老人から水をもらうと、嫌な心持ちでトボトボと部屋へと歩いていく青龍。  静かに扉を開いて……侍はこそこそと、まるで忍びの者かのように抜き足差し足で入室した。 「どぉこ行ってたんだよ。大人しく待ってろっつったろ?」  ふてぶてしく机の上に足を重ねた男は本を閉じて眉をひそめる。 「――どぉこ行ってたんだよ。大人しく待ってろっつったろ?」  青龍の声ではない。別の何者かが部屋の奥から不機嫌にも言葉を発したのである。 (……やっぱり)  青龍は「はいはい、承知してましたよ」とばかりに諦めの心境でため息を吐いた。 「いやさ……例のカブラ名物【マチョッカ】を食べに……そしたら、迷って……うん」  手にしている木綿の黒に包まれた得物を壁に立てかけながら、青龍は帰参の遅れた理由を呟くように説明した。  部屋の奥にある男はふてぶてしく机の上に足を重ね、本を閉じて眉をひそめた。 「だからさ、言ったじゃん。ぜってぇ迷うからうろつくなって!」  指を突きつけるように青龍に向け、態度が悪い男はイライラした様子で本を机に放り投げた。  帽子掛けには赤黒い色のロングコートが引っ掛けられ、余っている椅子の上にはツバの広いカウボーイハットが置かれている。  これらの持ち主である態度の悪い男は【朱雀】というコードネームで、本名は「アルフレッド」という。 髪は赤茶色で外にはねており、いかにも自信に満ちた不遜な目つきをしているが――それも許容されかねない、色気のあるスマートな顔立ちをしている。  煙草を咥えてオイルライターを取り出すと、朱雀は渋めた面で青龍を睨んだ。 「ビジネスの基本は時間にある。早さと的確さがその心さ――てめぇは遅れて侘びの一つもいれられねぇのかよ」  火を灯して息を吸い、嫌味の混じった煙を吐く。 「いや、悪かったよ……だが、今からでも商談には間に合うだろう? ――急げばさ」  青龍のとろけるような甘い言い訳が展開されたが、それがそのまま通るワケも無く。朱雀は立ち上がりながらも荒げた言動を継続した。 「結果良ければ万事良しってのは、その場凌ぎの考えだぜ。過程を鑑みれない奴はミスを正せず、肝心な時にスっ転ぶことになる――・・・お前みたいにな!」 「もう解ったって……さっさと行こうよ……」 「アッハァ! おいおい、遅刻野郎が急かしてくるぜ? 笑えちゃうじゃねぇか!」 「………」  理屈はまかり通っているものの、もう少し手心があっても罰は当たるまい。  青龍は性の悪い相方の言い分に腹を立ててはいるが言い返さず。壁に立て掛けたばかりの得物を手にしてのそのそと部屋を出て行った。  残された朱雀は「ニヤリ」と笑うと、椅子に置いたカウボーイハットをかぶり、ゆったりとした所作で帽子掛けにあったロングコートに袖を通す。  灯した一本を仕返しの如くじっくりと堪能した後……赤茶髪の若僧はようやくに部屋を出た。  ――この二人はこの町の人間ではない。だが、旅人というわけでもなく移住者というわけでもない。  彼らはビジネスのため、この町に来た。  町の自治体から電話が入ったのが3日前。それから途中やや面倒はあったものの、比較的順調にここ、『カブラの町』に辿り着いた。交通の便が最悪なので、正に「辿り着いた」形である。  2人はそれぞれ、態度が悪い方が「イーグル」。青い髪の方が「龍進」という名なのだが、職業柄コードネームで「朱雀」「青龍」と名乗っている。  コードネームを必要とする職業にはそれなりに「危ない橋」を渡るものが多い。彼らはかつてゲリラのような活動をしていた時、コードネームを用いた。今は「四聖獣」という何でも屋紛いをやっている。別に今となっては本名でも支障はないのだが、昔の癖と恩人への愛着で彼らはコードネームを使い続けている。  マイナー、良く言えば「知る人ぞ知る何でも屋」である彼らへの電話はこの町の自治会長からのものだった。ホームページなどというハイテクなものは存在しないので、どうやって知ったのか。おそらく苦労しただろう。  電話で聞いた依頼は「町の活性化」という、そんなものはどっかの資産家にでも頼め! というもの。だが、電話先の会長が言った「町の呪いを解いてくれ」という一言が彼らの心を引きとめた。  「呪い」や「幽霊」などという単語が出る事件は大半思い込みが激しい変人によるエライ迷惑に過ぎない。  だが、「四聖獣」は“マイナー”な組織である。わざわざネットで検索してもカスリすらしない奴らに仕事を持ち込む依頼主――。  彼らを知ることはそれなりに信用がある、業界に詳しい人との伝(つて)が無いと不可能。そして彼らを知る業界人はかなりマニアな方々。その選定をくぐるにはかなりの“必死”さと“真実性”が必要である。  よって、彼らに持ち込まれる“胡散臭い依頼”は高い確率で“本物”。  電話では「呪い」については詳しく言及しなかったが、青龍の強い希望もあって依頼を引き受けることになった。  町の町長も同席した依頼契約の席で、自治会長は寂しげに語っていた。 「“カブラ家具”は呪われてしまったんです。昔は名産品として各地で名を馳せていたのですが、今はどこからも敬遠されてしまって、とてもではないですが商品として数えることはできません……」  この町に生まれ、この町で家庭を築いた、数少ない働き盛りの男が語る言葉には一言一句に重みがある。  彼の町を思う心が伝わり、「誠心誠意この依頼を引き受けよう……」と青龍は着物を正す思いで気を引き締めた。  一方。隣の朱雀は出資者となる町長の前で、軽やかに電卓のキーを弾いていた――。 Act-4  『カブラの町』にはいくつも家具工場が存在する。しかし、それらは既に機能と活気を失っており、半ば廃墟と化していた。  入り組んだ細い小路を、少年が迷うことなくスラスラと駆けていく。  少年の名は「アメット」。彼は実に真面目で誠実そうだが――あまり健康ではないようだ。  父は【ブルーメン】というカブラ家具最高峰のブランドを束ねる職人として活躍していた。母は【マチョッカ】という町の名物料理を編み出した料理人で、アメットの自慢でもあった。共に早くに亡くなってしまったことは非常に残念な話である。  これから恋人に会うためだろうか。アメットは上機嫌で鼻歌交じりに小路を進んでいた。  途中、ドラム缶の上に座っている猫に「こんにちは!」と挨拶してみると、猫は「ウニャゥ……」と押し殺した鳴き声で答えてくれた。  “ブルーメン”とロゴが入った廃工場の前でアメットは立ち止まる。ヒビが入ったガラスで服装を正し、髪型をちょいちょいとイジってから工場内に――かつては職人が多く勤めていたこの工場も父の死後は衰退し、今ではもう――人の姿はまったく無い。  そんな寂しげな工場跡でも、彼には明るく照らされているように感じられる。  過去にここで作業をしていた職人たちの名残が散見できる。それは鋸であったり、釘であったり、ヤスリであったり、金槌であったり……。  作りかけで置き去られた家具の成りそこない達を尻目に、アメットは工場内を慣れた様子で進んだ。  工場は七つに区分されているのだが、実は隠された八つ目の区分が存在する。それは「第四倉庫」と呼ばれる場所で、一部の最高級品を収めるための部屋である。  健在な当時は鍵がついており、職人長や技術長くらいしか入れなかった。しかし、今はまともな鍵はついていない。なので、自由に出入り可能である。  ――だいたい、こんな所に出入りするのはアメットくらいのもの。この工場自体、街の人からは存在を忘れられているだろう。  第四倉庫の前に立つと、今でも動悸が激しくなる。いざ中に入れば癒されて落ち着くのだが、楽しみを前にした時のワクワク感は慣れて薄れることもない。  それほどに、アメットにとっての彼女は魅力的だということなのだろう。  鍵を失った扉の内へ――  そこにはいつものように……変わらない姿と、優しい微笑みが煌めいている――  アメットはフラフラと歩み寄った。追い求めていた宝物に遭遇した探索者のように、少年は優しい香りのする“彼女”の傍へとすがって行く。 “ おかえりなさい ”  声は聞こえない。聞こえるわけもないのだが……。  アメットにはそれの“想い”が確かに、いつだって変わらず――明確なものとして感じられていた………。 Act-5  カブラの街は特産品である「家具」を中心として栄えていた。  その、『カブラ家具』が廃れたのは「有能な職人の損失」によって家具が作られなくなったからである。  かつて【ブルーメン】を筆頭とする複数の職人流派が「カブラ」という大きなブランドの中で、さらにそれぞれのブランド力を競っていた。  しかし、ブルーメンの職人長を皮切りに次々と職人達が変死をとげた。  死因にはいずれも家具や工具が絡み、1人なら事故と思われることも、これが複数となるともはや“故意の原因”以外に考えられない。当時の人々は誰がこんな事件を起こしているのかと大騒ぎした。  そんな中、殺人――つまりは“生きている人間による殺し”よりも根強く囁かれたのが“死んだ人間による殺し”――つまりは「霊による呪いの類」である。  突拍子も無いような説だが、これにはそれらしいストーリー(説)もついている。  ――職人長が死亡した事件以前の事。若い女性がブルーメンの工場内で“箪笥の下敷きになって死亡した”のである。その女性はブルーメンの関係者ではなかったと記録されている。  二十歳の誕生日を1日過ぎた日。彼女は工場の倉庫内で高級なカブラ箪笥の下敷きになって圧死した。  死に様はうら若き娘としてはあまりにも悲愴で無残なものであり、押しつぶされた上半身は顔面を中心にとても生前を振り返れるような状態には無かった。  この事故は抑えの金具を付けていなかった工場側にも責任があった。しかし、結局は責任者不在の「事故」として扱われることになる。  不自然な連続突然死による最初の被害者は、事故の現場であるブルーメンの工場、そこの職人長(最高責任者)であり、さらに死にかたも「箪笥による圧死」と死んだ娘と同じであったため、人々はその後の事件も「娘の呪い」として恐れたのである。  ・・・――と、ここまでの情報を町長は語ってくれた。これ以上のことは当時を知らない町長にも解らず、伝え聞いただけの彼では確証ももてない。  更なる手がかりを得る為。商談を終えた朱雀はカブラの街を彷徨い、聞き込みによって当時を知る老婆の存在を探り当てた。  探り当てたと言っても、その老婆はこの街では有名な金持ちのようで。「未だに元気な大奥様」と、半笑に答える人が複数あった。  大奥様の大邸宅は螺旋状の町の上層部に位置し、町に珍しい新築の物件。というか年柄年中増改築を繰り返しているので常に新築なのだそうだ――リッチな話である。  邸宅の広い庭は宙に突き出すようになっており、緩やかに下がっていく混雑した町並みをよく見下ろすことができる。  白くて広いベランダの柵際。  白の椅子に囲まれた白色の机の上。金縁の白いカップから湯気が昇り、花瓶に刺さった君影草がきつめの香りを漂わせている。  椅子の一つに腰かけて静かに街を見下ろしている朱雀は、口の片側を上げた笑みと共に呟いた。 「趣味の悪ぃ金持ちですなぁ――」  朱雀の呟きが晴れ渡る空に霧散した頃合い。  ノソノソと、背骨がほとんど直角に曲がった老婆が金粉を塗した杖をつきながら歩いてきた。 「おまたせして悪いわねぇ……」  しゃがれた声で老婆が言う。 「いえ。突然押しかけたこちらの無礼こそ詫びさせてください。どうかお許し下さいませ、マダム」  椅子から立ち上がり、被っていた帽子をとって丁寧にお辞儀をこなす。 「あらまぁ、構わないわよ。こんな年でも素敵な男性が来てくれて、嬉しくってねぇ――」  朱雀の丁寧な所作に気を良くしたのか。老婆は頬を染めつつ「まぁ座りなさいよ」と促した。 「どぉかしら、素晴らしい眺めでしょ?」 「ええ、本当に――これほど爽快で開放的な景色は中々にお目に掛かれるものでは御座いません。この景色を知ることができた――その事を、私は幸福に思いますよ」  穏やかな表情で、朱雀は歯の浮くような世辞を並べ上げた。 「おほほ、そう言ってもらえると嬉しい限りですわぁ」  老婆は上機嫌に答えている。 「――それで、マダム。今日お伺いしたのは、一つ聞きたいことがありまして……よろしいでしょうか」  朱雀は声を落ち着けて、老婆の瞳を真っ直ぐに見据えた。 「ええ、ええ。何でも聞いてちょうだい」 「はい、では――」  本題である情報を得ようと朱雀の口が開いたと同時。 「あっ、そうだわ! あなた、宿はどこをとっていらっしゃるの?」  ――老婆は朱雀の話を容易く叩き斬った。 「・・・街の宿屋を利用しております」 「あらまぁ、こんな田舎町に大層な宿など有りはしないのに……そうだ、よろしかったら家にお泊りなさいな! 身寄りの無い老人の暮らしは寂しくてねぇ」  立ち上がって「これ、誰かありませんか?」と、何か使いの者を呼び出し始める老婆。  朱雀は「これはまずい」と判断し、即座に身を少し前に出して不安そうな表情で訴えた。 「――マダム、僕に幾つか質問をさせていただきたいのですが……いけませんか?」  それ以上何も言わず、ただ視線を合わせて沈黙する若い青年。近くに寄った青年の艶めかしさに、老婆は時の流れを忘れて、その心を半世紀程若返らせた。 「――エ、ええ、ええ! そうね。そうだったわ。聞きたいことがあるのよね」  彼女は静かに腰を下ろして、「うんうん」と頷いている―――・・・。 Act-6  宿屋アップルミート。泊り客は一組で、その片割れは外出しているらしい。  宿の外観はお世辞にも綺麗とは言い難く、明らかに築数十年物。石造りなので下手をすれば数百年は経っていそうなほど趣がある。  部屋は隅々まで手入れされており、代金に見合ったサービスもある。八十越えの老夫婦ならではの老獪なコンビネーションが売りだ。  残された青髪の男は部屋で目をつむって待機していた。  1人での散策はまた迷うかもしれないので自重。どの道、目当ては済んでいるのでこれ以上出歩く必要もない。  しかしだからと言ってすることもないので、青龍は瞑想をしながら時間を潰すことにした。  部屋で1人考える侍の脳裏にはマチョッカのレシピや味が渦巻いている。  思い出しただけでヨダレが出るマチョッカは、聞きしに勝る絶品であった。正直な所、その余韻に浸り過ぎて道に迷ったと言えなくも・・・なくは無い。  マチョッカはポテトが核を成し、トマトソースがその衣として纏われているかのようにとろみ付く熱々の品で、オリーブオイルが風味の中で目立っている。『四聖獣』のリーダーがトマト嫌いなので、彼女の為に是非とも習得したいところだと青龍は意気込んでいた。  そんな料理談議が脳内で繰り広げられた後。青龍は先ほどの商談を思い返し始めた。  途中、資産家の男性へと向けられた物欲の棘はまことに見苦しかったが、下手に口を出しても無為に終わると悟っているので諦めた。  それよりも、その間に聞いた町長の境遇が印象的で、青龍の熱意は一層高まることとなった。  ――町長の家は息子が3人あり、最年長でも十五才である。  街に唯一となってしまったカブラ職人である町長は、家族を養うだけではなく。四十年近く過ごしてきたこの町の為に、その象徴たる「カブラ家具」を復興させることを望み続けてきた。  彼の友人達は学校教育が終わると共に――あるものは上位学校に、あるものは都会に夢を見て――その全員が町を離れていったらしい。  彼だって上位教育を望んだし、都会に若者らしい希望も抱いていた。  だが、彼もいなくなり、若者がいなくなったこの町はどうなるのであろう。残された父や母は? 近所のおじさんおばさんは? まとめて引っ越すとでもいうのか?  若ければ無鉄砲にも希望を持って旅立つこともあろう。だが、老人となった父母の世代には無理ができない。衰退した町の経済のあおりで、大半の町民はギリギリの生活を送っている。  たとえここで彼が街に残っても、それだけで町が良くなるわけではない。だが、それでも自分を育んでくれた土地を、人々を、町を見捨てることなどできない……。  町長は話の最後にこう締めくくっていた。 「カブラ家具は決して、今でも品質や価値は落ちてなどいない。奢りではないが、生き残りである師に教わったこの腕は、古き技術の伝承も損なっていない。ただ、不幸なだけなんだ……。  事件のあった六十年前から工場で立て続けにおきる事件、事故――それは死亡事故だけではない。家具の原因不明な破壊や破損はなぜおきる?  ただ町を守りたい、伝統を守りたいという自分達の思いは――何故、こうも虐げられるのか!?」  興奮気味に、最後は唇を食いしばって涙を浮かべた町長の姿。青龍の心は志ある者として、彼の熱い想いに共鳴して震えていた。  聞けば、マチョッカの発案者も奇怪な事件の犠牲になったと云う……。  ――青龍はゆっくりと目を開いた。潤んだ瞳はそのままに、精神を昂らせる。  燻っていた思考の結石に気が付いたのは、良く集中したからであろう。  “少女の霊”がもし存在するのならば……それはこの街そのものに憑りついたのであろうか。しかし、そもそも「箪笥に潰された」ことを通説通りに“事故”とするならば。何をここまで怨念めいた殺意をもって、何十年と呪い続けているのであろう?  家具職人を狙う少女の呪い(仮)が真相ならば、その原因は職人にあったはずだ。何らかの意図をもって――少女は職人の手で、カブラの家具を用いて殺された――と、考えた方が無難に思える。  つまるところ、これには少女が『カブラ家具』を恨んでいるのではなく、『職人そのもの』を恨み続けているという予測が相応しい。恨みの対象が特定の人物ならば、こうは無差別じみた殺戮に繋がるまい――。 「……うむむ」  青龍はしかし判然とせず。閉じた視界は暗がりのままに、唸った。  少女は実際のところ、カブラの職人とは無関係だったとされている。それがどのような経緯で、職人の手により殺害されたというのか。  後に隠蔽された関係があったとすれば、そこに問題解決の「鍵」がある――青龍はふと、直感的に今朝の「少年」を思い浮かべた―――・・・ “ピリリリ! ピリリリ!”  着物の袖内にていかにもな着信音が鳴った。  青龍は一瞬ビクッとした上で、慣れない手つきでそれを開いてみる。  着信の相手は誰であるか。  携帯電話の小さな画面には、「アルフレッド」という名が表記されていた―――。 Act-7 【夫のカンスケットは優秀な治安官でしたのよ】 【今お話した事件も、捜査の陣頭指揮を執ったのは夫でしてね。呪いだなんて町の衆は言っていたけど、夫は“これは殺人だ”と申しておりましたわ】 【最初の事件? たしか……ブルーメンの第一工場という場所ですわ】 【ああ、そうそう。それの第三――いえ、第四倉庫――とかいうお部屋でその娘は亡くなったの】 【私も、彼が疲れて帰宅した際の愚痴程度に聴いたものですので――】 【―――そうですわね。確か、お若い職人さんが一人……少女の死を嘆いて病んでしまったと言っておりました。思えば、夫は彼を指して“殺人だ”と申していたのかもしれませんわね】 【……ええ、私の知ることはここまでですわ――お力になれたでしょうか?】 【今日はとても楽しくありました。あなた、お若いのにとっても賢明で、話す私も心地よくありましたわ】 【……やぁだ、うぉっほほほ! 本当に世辞が上手なんだからっ!】 【それで、お泊りのことですけど……あらそう、しかたないわねぇ】 【私は大いに構いませんですわよ。是非、お友達と一緒に……そう。しかたないわねぇ―――】  カブラの街を展望する庭園を見上げつつ、朱雀は煙草の先に火を灯す。  最後の最後まで朱雀の身体を睨め付けていた老婆は、御年にあって大変に精力的である。何事も無く逃げおおせたことを、朱雀は安堵していた。 『話は解ったが……どうした、急に黙って?』  耳に当てた携帯から、青龍の声が聞こえてくる。これで朱雀は我に返った。 「いんや、どうもしない。ただ、ちょっと怖かっただけだよ」 『何だ、呪いと鉢合わせたか』 「呪いなんて掴み所のないモノより、俺には生きた人間の方がよっぽど怖いね」 『……はぁ?』 「こっちの話だよ。食い付いくなって」  朱色に染まりつつあるカブラの空に、煙がふわりと浮かんでいく。  夕刻を前にしたカブラの通りには他者の姿がない。それはまるで、絵画の世界を眺めるかのような――非現実的な視点から俯瞰する立場にあるかのように希薄な情景。  雲は流れ、風は肌を過ぎゆく。しかし時の流れは停滞しているかの如く。それらに対する侘しい食い違いを感じさせる。  朱雀はカウボーイハットを被り直して気持ちを改めた。 「ブルーメンの第一工場――そこに向かおう」 『少女の死んだ場所……』 「ああ。少女を実行者とするならば、彼女に縁ある場所こそ疑わしい」 『しかしスザ、俺にはどうにも引っかかることがあるのだが……』 「んなもん、解ってらぁよ。どの道、因縁深い場所には違わないだろう」 『……まぁ、そうだな』 「これから戻る。合流したら即、出るぞ」 『了解した……』  通話を切る。途中、青龍が「引っかかる」と言ったが――朱雀も老婆の話において、少女の死後にある事件を「殺人」と表していたことに疑問を得ている。  しかし、それはもう六十年弱も昔の話であり、今も尚「事件」が続くことは甚だ理解しがたい。やはり、「呪い」の類と考えた方がしっくりくるのだが……。  朱雀は一路、宿屋アップルミートへと向かった。  紅く焼け始めた空に煙を残して行くその後ろ姿――ツバの広いカウボーイハットが特徴的である………。 +++++++++++++++++++++++++++  Title:【積み木の町】  SCENE:「ゴースト・ハート」

$四聖獣$

Act-8  夕日がカブラの雑居な街並みを朱色に染め上げた。濃い影が街道に伸び、数少ない住人達は静かに夜を待つ。  この日に街を訪れた二人の客人は寂れきった廃墟を前にしていた。  忘れ去られた“ブルーメン第一工場”の入り口に、二つのシルエット(影)が並んでいる。  /――片方の影は、ぼさぼさな髪と風変わりな服装が印象的だ。  /――別の影は、ツバの広い帽子に長いコートが特徴的である。  鉄製の朽ちた戸をガラガラと横に開く。すると、2人の瞳孔に“廃工場”の霞みかかった光景が映り込んだ。  六十年近くも昔に閉鎖された工場。かつては多くの職人たちがここで精を出したのだろう。整然と並んだ作業台と棚には、今も工具が残されている。  廃工場には作業台やら半端な家具やらが大量で、街と同じく雑居とした様である。しかしそれに誤魔化されなければ、ここが広大な敷地に構えられた施設であると判別できる。  入り口から一直線に反対側の壁まで、50mは優にあるだろう。その上他に倉庫がいくつも設けられているというのだから……過去の活気が偲ばれるというものだ。  窓から射し込む夕日が、宙に漂う塵芥を多量に浮かび上がらせる。  朽ちた木材と鉄錆びの臭いは、陰鬱で不快な刺激を鼻腔に与えた。  『朱雀』は埃の充満する工場内へと足を踏み入れた。口に火の無い煙草を咥えると、冗談交じりで笑ってみせる。 「まいったな、こりゃ。粉塵爆発でも起きそうな粉っぽさだ」  そう言うと、足元の床に溜まっている木カスを蹴飛ばした。  もうもうと埃の舞う中、続いて『青龍』も中へと入ってきたが――気管支の弱い彼は埃を吸い込んで「コホコホ」と咳き込んだ。 「大丈夫ですかねぇ・・・? マスクでも買えばよかったかな」  咳き込む人に向かってへらへらと挑発じみた言葉を発する不遜な男。しかし、青龍はそれも気にせず、息を止めて神経を尖らせている。  咳を止める為ではない。明らかに変化した気配を察して、息を飲んだのである。 「何かいる……」  青龍は殺伐として呟いた。 「ほぉぅ――おりましたか」  朱雀はニヤリと片口を上げて笑うと、コートの裏に仕舞ってあるブツのセーフティを解除した。  それのグリップを握り、今にも取り出せるように気構える。  青龍は「はっ」と思わず小さく息を吐いた。  無人なはずの廃工場。その只中に―――不可思議。そこには1人の『少年』が存在しているではないか。  生真面目そうな顔の少年は警戒しているようで、顔色を悪くして睨んでいる。 「あっ、君は―――」  青龍は少年に見覚えがあった。数時間前のこと。昼時に街を彷徨っていた際に宿を指示してくれた顔色の悪い少年――大人しそうな印象を受けた彼が。今、忽然としてここに在る。 「す、すまない。勝手に入ったことは謝る……だが、君は何故ここに――」  突拍子も無い。青龍は突然に謝った。  顔色の悪い少年は変わらずに睨んでいる。 「わ、解った。出て行こう――」  青龍はすっかり萎縮してしまった。睨まれているだけにしては、やけに具体的な謝罪である。  隣の朱雀は訝しげな顔で低姿勢な相棒を下げずんでいる。 「ほら、帰るぞ……!」  青龍は口に手を当てて小さく隣に伝えると、入り口へと引き返しはじめた。少年の視線が突き刺さる背には、嫌な汗がにじんでいる。 「いやいや。ちょっと待ちなさい、青山くん」  スゴスゴと引き下がる青龍を明瞭な声が制止した。制止したのは朱雀であり、彼は素朴な疑問を抱いて面をしかめている。 「なんだ、不満か? どう考えても勝手に立ち入った俺達に非があるだろう」 「それはどうでもいい」 「……なんだと?」 「そんなことより青山さん。君はさっきから・・・“誰と話した気でいる”のですかね?」  朱雀は首を傾げた。猛禽類を彷彿とさせる鋭い視線は、廃工場の只中へと向けられている。 「……誰ってないだろ。俺達以外は彼しかここにいないのだから」  青龍がコソコソと少年を指し示す。対して、朱雀は不敵に笑った。 「彼? 俺はね、“得体の知れない靄”をそんなナマモノ臭く形容できないよ」  コートの裏から【得物】をノソリと取り出す。それは暗い藍色に輝く無骨なフォルム……44口径の自動拳銃。  ―――カタカタカタ……机上の工具が音を鳴らす。  相方が拳銃を繰り出す様に応じて、青龍は纏われた木綿から脊髄反射的に己の【信念】を解放した。  はらりと黒の木綿が宙に舞い、青い髪の侍は静寂の中で少年へと向き直る。  ――― ガタガタガタ……壊れた家具が音を立てている。  直視した少年は確かに青龍の意識に映っているのだが……その認識は瞳孔が光を取り込んだ末に見せる実像ではない。青龍はこの事実に気が付くと、同時に驚愕の心境をくらった。  なんという――なんという“存在感”だろう。  ―――カシャーンッ! と、金属同士の激しい衝撃音が炸裂した。  朱雀が背後を振り返ると、入り口の扉がしっかりと閉じている状態を視認できる。  この段階で青龍はようやく、先ほどからあった寒気の理由を理解した。  要するにアレは危険を報せる勘であり、強力な【亡霊】を前にした悪寒だったのである。断じて「知らない人が怒っていて不安だ・・・」などという、社交性不満による発想ではない。 「ね、念が……想いが強すぎる! 何が彼をここまで――」  青龍はこれまでの人生において、霊やら物の怪の類と散々戯れた口なのだが……ここまで具体性の強い霊体など、ほとんどお目に掛かっていない。しかも道を教えてくれるような思考能力まで完備となると――初体験ッ!  ―――ガタァンッ! と、廃工場の先に見える扉が開いた。  両開きの扉から【箪笥】が一棹――不自然に宙を滑りながら猛然と少年へと向かってくる。  迫る箪笥は豪壮な面構えで、“金色に染まった二頭の馬の彫り物”が見事に映えている。 “出て行け”  それまで仏頂面にも大人しい印象であった少年の口は今こそしっかりと開かれ、その声は会話の対象へと伝わるに申し分ない音量である。  青龍は先ほどから少年の声を聴いているが……それはより深く、直接脳髄に唇を沿わせるかのような酷い怖気を伴う質へと変化している。  今度こそ、少年の声は朱雀にも耳鳴りとなって響いた。 「――ッ、キンキンに響きやがる!」  耳鳴りと頭痛に喘ぐ朱雀の横で、若き侍は昼間道を示してくれた少年の穏やかな様子を想起し、鞘に収まった刃を抜けずにいる。 “出て行け!”  朱雀の眼に靄として在る亡霊はふわりと浮きあがった。  「クソッタレが!!」強烈な前頭葉の痛みに耐え切れず、朱雀が怒り面で銃口をぼんやりとした靄に合わせる。 “出て行け!!”  歯を剥き出して仰天な程に目を見開き、頭髪を波打たせて絶叫する……豹変した亡霊の嘆きは廃工場の窓ガラスを鳴動させて、不快な金切音を鳴り響かせた。  迫っていた箪笥が少年に衝突する――すると、亡霊少年はそれに吸い込まれるように姿を消した。  彫り物のある箪笥が“ずしん”と音を立てて着地する。これに合わせるが如く、廃工場内の工具・家具が命あるかのように動き始めた。  夕日の紅射し込む廃工場内は異様な空気に満ち、浮遊した家具がゆらゆらと彷徨う光景は現世の情景として相応しくない。  今は忘れ去られた廃工場で――少年は、何を求めて留まるというのだろうか。  泣き叫ぶ少年の訴えはすでに人の声ではないが……青龍はじっと目を閉じて傾聴した。  彼は鞘に収まっていた鋭利な刃をスラリと引き抜くと、鞘を腰元の帯にぐっと挿し入れて、両手にてしっかりと刀の柄を握りしめた。  磨き立てかのように光を弾く直刃は、侍の呼吸に合わせて銀色の脈動を放っている。 「あの箪笥だな!?」  朱雀が険しい表情で問う。 「できることならば、一撃で………」  青龍は何か神妙な様子で小さく伝えた。 「言われなくとも――こちとら頭蓋が割れそうなんだよぉッ!!」  朱雀は胃酸の逆流を堪えながら、強烈に痛む頭部を左の手で抑えている。  右手にグリップを握る44口径の自動拳銃――藍色のデザートイーグルが、所有者の怒りを表すかのようにその表面を“紅く染め上げていく”。 「消え失せろ、化け物が!!」  朱雀の猛禽に似た瞳孔が、豪壮な箪笥を直視した。  引き金が引き絞られ、セットされていたマグナム弾が多角型の銃身内を螺旋に回りながら高速初動する。銃口を飛び出した弾丸は、その拳銃と同じく“ 紅く ”染まっている。  青龍が霊の想いを知るように、朱雀も通常考えられない能力を備えている。  彼の怒り昂ぶった紅い弾丸は“狙い定めた獲物”を粉砕し、粉微塵として抹消する脅威を持つ。そこに一切の慈悲は無い。  弾丸は空気の壁を容赦なく突き破り、置き去られた音の波は未だ銃口で燻っていた。  秒を割る刹那の刻を一直線に箪笥へと進む弾丸だが――それが銃口から飛び立つ直前。奇怪な事に、“一脚の机”が進路上へと踊り出ていたのである。  紅く染まった銃弾は定められた獲物では無く、出しゃばりな机に着弾した。狙いを損ねた弾丸はただの11.2mmの金属であり、それは着弾してこれの引出を貫き、天板を砕くのみである。  ――家具などを作る際、電動の機材を用いて釘等を勢い良く撃ち込むと、木目に負けてぐにゃりと曲がり、あらぬ場所から飛び出すことがある。  ポリゴナルライフルで超加速したマグナム弾もこれと同じに抵抗を受け、滑り台を降る人体のように木目を滑って進路の直進性を削がれた。  廃工場の壁に、弾痕が一つ刻まれる……。  弾丸に遅れて、乾いた銃撃音が廃工場に響き渡った。  無傷健全な箪笥の姿を確認して、朱雀はこめかみに力を入れた。彼は無駄が――特に無駄弾が大嫌いなのである。 「・・・・・こぉの我が侭め。テメェ、一発で終わりだと思ったら大間違――」 「スザッ、右!!」  弾丸の発射に合わせて駆けだしていた青龍が、通り過ぎ様に声を上げていく。  冗談ではない頭痛からの解放を焦っていた朱雀は、弾丸を逸らされた事で更に血を上らせ、視野を狭くしていたらしい。  その狭い視野の外から飛んできたのは“椅子のトリオ”。  声に応じ、朱雀は咄嗟に跳び上がることでどうにか1つを避けたのだが……残りの椅子2つは容赦なく宙にある青年を襲った。 「ンぐぁっ!?」  呻きながら2つの椅子に突き飛ばされる朱雀。その身はロングコートを擦らせながら長い作業台を滑走していく。  手元から離れた藍色の拳銃が廃工場の床に落ちてクルクルと回った。 「痛ってな、このカス椅s……」  仰向けに大の字となっている人目がけて、椅子の1つが落下――それは朱雀の首・肩・胴を四本の脚で上手く挟み込んだ。もう1つの椅子は朱雀の足元に着地して、下半身をガッチリと抑えることに成功。 「あ゛あ゛っ!?」  朱雀は凄んでみるが、腕も足もまともに動かせない状況。コートの裏に隠したもう一丁は無論として、ナイフの1つも取り出せない無様。大好きな煙草も当然無理。 「ちょっ、てめっ・・・一回落ち着こうぜ――な!」  朱雀は「ハハハ」と爽やかに笑っているのだが、これは上空で待機している“金槌”を恐れてのことだろう。  “ガツンッ”――と、振り下ろされる金槌。それは作業台を丸型に凹ませた。  ――朱雀のスタイルは遠目にも映えるスマートなシルエット。これの要因として、良い塩梅に長めな首もその1つだろう……もう少し首が短ければアウトだった。凹んだ部分は半秒前まで朱雀の額があった場所である。  しかしギリギリにもほどがあるので、ぶぁっと冷たい汗が額に滲む。 「り、龍―ッ! おい、龍進っ、アオヤマぁぁぁ!」  必死に相方の名を呼ぶ最中にも、金槌は第二撃の準備で上空待機を終えている。 「HELP、HE~~~ル・・・ うおぅっ!!?」  “ガツンッ!”――救援を要請しながら二発目をかわしたものの、リズムに乗ってきた金槌は一層スピーディに待機を終えていた。  “ガツンッ!”「うわぁ!」と、リズミカルなやりとりが聞こえてくる。 「堪えろ、スザ!!」  吹き飛んだ相方は気になるが……青龍は直感に従い、馬の彫り物がある箪笥を目指すと決める。  姿勢を低く、猛然と廃工場を疾走する青い侍の速度は、弾丸と比べてなんとも遅いことだ。丁度頃合いに彼と比べる速度の相手と言えば――精々、競走馬のサラブレッドか、ドッグレースで活躍するグレイハウンドといったところになる。  青龍の疾駆する速度はおよそ常人の二倍と言ってよいだろう。  箪笥と侍の距離、30m。  所要時間、およそ1.7秒。  加速のための時間は考慮していない。  何故なら、彼の脚は初速からすでに。トップギアと遜色無い加速を生むからである。  1.7秒の最中。箪笥へと一途に駆ける青龍が――容易く見逃されるわけもない。  まず、無数の釘による雨が降り注ぎ、青龍の柔らかな身体に地盤改良を施そうとした。これを前転でやり過ごすと眼前に本棚が立ち塞がる。  銀に鼓動する業物で本棚を両断し、踏み倒して視界を開けば――そこに刃と化した、高速回転する三角定規が姿を現した。  咄嗟に跳び越えたものの、袴の裾が斬れて冷や汗が噴き出る。この汗を拭う間もなく左右の作業台が跳ね橋のように上がり、人間のサンドイッチを試みてくる。  刹那に閉じつつある左右の作業台。その狭間に「バッ」と、腰から引き抜いて差し出した、“黒塗りの鞘”。  閉じつつあるアリゲーターの口に鉄棒を挟み込んだかの如く、作業台は鞘につっかえて停止した。  体操競技の鉄棒をこなす要領で、挟み込まれて軋む鞘を掴み、飛翔に利用する――宙にある青龍は、両手にしっかりと【日本刀】の柄を握った。この時青龍の発した「メェアアアッ!」という奇声は、察するに「面!」という掛け声の成りそこないだろう。  2秒に満たない行程を経た末――ついに青龍はその刃を、馬の彫り物が施された箪笥へと振り下ろす。  刃には宙を降る青龍の重さが乗り、僅かな時間にも、青龍の動体視力をもってすれば的確に刀を引くことなど容易い。  銀の軌跡が斜に描かれ、青龍は工場床にしっかと着地する。  軌跡を描かれた箪笥の上部は、その線に沿ってズレ始めた。  命あるかのように騒いでいた工具・家具達が動きを失う。  あれほど容赦のなかったガラスの金切音は治まり、少年の絶叫も止んだ。  束の間の静寂を越えて――ついに箪笥の切断面を堪えていた摩擦が負ける。  “ズンッ!”……鈍く音をたてて、箪笥の上部が滑り落ちた。 (拠り所、その根幹は絶ったか――)  解決を確信した青龍は刃を仕舞おうと刃先を腰元に向けたが、鞘を置き去りにしたことを思い出して「危ないっ!」と、声を出した。  ――顔を上げると、そこには半身を失った箪笥の姿。切り裂かれた二頭の馬の彫り物は、近くに見れば黒ずんでいることが解る。  青龍にはもう、戦闘の意志は無い。  侍は理解している。もう、「彼」が囚われていた拠り所など無いことを――。  少年は――『アメット』は、壊れた箪笥の中で立ち上がった。  秒を追うごとに存在を希薄化する停滞していた思念は、箪笥をすり抜けてフラフラと――宝物を追い求める探索者のように――廃工場の中を歩き始めた。  青龍が亡霊の行方を気に留めながらも後方を見やる。左右に動かした視界の端に、「この畜生めがっ!」という叫びと共に跳ね上がる椅子を2つ確認した。  連れが無事だったことで一先ずほっと安堵の息をつく。  彼はすぐに向き直ると、亡霊の後を追って工場奥の開いた扉へと向かった――。 ―――開かれた扉を越える。そこは夕日も届かない暗闇の通路―――  足元も見えない闇を歩くと。木屑の類だろうか? 草履の裏にジャリジャリとした感触を覚えながらも、消えゆく霊圧を追って行く青龍。  静かな暗闇を壁伝いに歩くと、小さな窓から採光している曲がり角に突き当たった。  角を曲がると――壊れた錠がぶら下がっている錆びた扉。  頑丈そうなその扉を、フラフラとした亡霊はすり抜けた。  光の射し込む道。窓の外では猫が一匹、風変わりな訪問者を眺めている。  扉の前。上に視線を送れば、掠れてしまって判別の難しい文字。“第四倉庫”と、辛うじて判別することができた。  錆びた扉を開いてゆっくりと中に侵入する。  侵入の先、がらんどうの倉庫には楽しそうな声。 「マリー、聞いてくれよ。またカンスケットさんが僕を疑うんだよ。酷いよね、なんで邪魔をするのだろうね?」  それはもう、他者のことを認識する力すらないのだろう。  楽しそうに話す亡霊は、背後に立つ青龍を振り返ることも無い。 /  マリー、僕はね、全部全部同じにするよ。  君の受けた侮蔑は決して許さない。  妬み嫉み――大嫌いだよ、あいつらなんて。  ……ありがとう。君はいつでも僕を応援してくれる。  だから、僕は期待に応えるよ。  ……ねぇ、マリー。僕らはきっと、幸せになろうね。  ――いつまでも変わらない日々を――ねぇ、僕の大切なマリー。  愛してるよ。この想いはずっと、変わりはしないから――・・・ /  感情というデータをリピートするだけの再生機は先程切断されてしまった。  きっと、記録は長くもたないだろう……。  徐々に失われゆく少年の思念は、重要度の低い情報を優先して消している。  青龍は刀の柄を握り、上段の構えにしっかと狙いを定めた。その一撃は……現在を生きる者が手向ける、精一杯の情け。  楽しそうに話す少年を、背後から銀色の軌跡が切り裂いた。両断された霊魂は霧散を始め、瞬く間に消滅していく。  楽しそうな少年は幸せな笑顔を浮かべながら――最後の最後まで――大切な人とのおしゃべりをやめることはなかった。  亡霊が消えた部屋の壁。  そこには、生前に彫ったのか死後に焼きこんだのか……。  1人の未完成な少女が、幸せそうに微笑んでいる――――。 Act-E  半世紀以上の昔。『アメット』という名の少年は大好きな彼女を失った。  それは事故だったと聞かされたが、諦めきれない彼は自責しつつも、毎日のように彼女の死地に通った。  悲しみに明け暮れながらも悲痛な日々を送っていたアメットだが――いつしか、死んでしまったあの娘の姿を悲しみの地に見出すようになる。  再会した彼女はいつものように笑顔で、可愛らしく……とても良い香りで―――。  少年には彼女がなぜ現れたのかわからない。なぜならその彼女は言葉を話せないから。  少年は日に日に濃くなっていく彼女が何故現れたのかを考え、やがて1つの結論を出す。  きっと僕を見ているのだと、死んだ彼女のために何をしてあげられるのか、僕を見ているのだ……と。  だから彼は思う存分、彼女が満足できるように精一杯やった。“出自の知れない彼女を下賤と嘲笑う人物”が卑劣にも手を下したと考え、その男に彼女と同じことをしてやった。  誰も彼もが憎らしかった。辛い時に陰口を囁いていた同僚達が、至宝を得たかのような自分に嫉妬したのだと疑った。  行動を起こしていたアメットは、いつしか彼女の“心”を感じ始めた。  アメットは歓喜する。声を出せはしないが、微笑む彼女が自分を“おかえりなさい”と迎えてくれている気がするのだから。  それで十分、彼女が微笑むだけで2人は通じ合える――それからの日々は幸福だった。  ――不幸は誤って母親を殺害してしまったこと。  少年は後悔と戸惑いの中、いつものように彼女の元へと急いだ。出会いからそう、彼女はいつだって悩める少年を支えてくれたから。  しかし……そこに彼女はいなかった。ただ、壁に微笑む模様があるだけに過ぎない。  少年は否定したがそれは無駄なことで……。  彼はその時に気がついてしまったのだろう。そして、少年にはそのことに気がつくという事実が耐えられなかった。  認めたくないが、信じたくないが……このままだといずれ自分は現実を受け入れるだろう。それはダメだ、それじゃあ彼女が消えてしまう。  大好きなんだ、愛している。きっと、ずっとこの町で暮らして、家庭を持って、子供も作って……幸せに、幸せに暮らそう―――――― ―――少年の自殺という一件は、当時こそたいして注目されなかったが……カンスケット治安官は気がついていたのだろう。呪いなどではなく、これは“生きている人間の仕業だった”と。  しかし、結果的に「呪い」は現実のものとなる。  婦人(老婆)が言っていた。『夫は言っていたわ。“知ることで人は救われるのだろうか。知らないことこそ人の為だろうか”って。今にして思うと何か、後悔していたようにも感じるわね』。  ――そんな言葉を思い返しながら、朱雀は街のバス停留所で本を読んでいる。バスの停留所はカブラの町のすぐ近く。屋根すらない貧弱な構えだが、雨が降ったら街に逃げ込めということなのだろう。ベンチがあるのは救いか当然か。  思い切りの良い金槌の音が聞こえてきた。あれから一週間ほど経過したが、連日打ち鳴らされる金槌の音に憎悪を向ける意思はない。仕事は完了したと朱雀は伝え、金を受け取った。  金槌の音は依頼者である町長のもので、さっそく廃工場でカブラ家具を作っているらしい。その内廃工場も手直しする、と意気込んでいた。  これからは原因不明の“事故”に悩まされる事なく、仕事を行える――その平穏を、彼は幾年と願い続けていた。  “呪い”は解けたが。今後、街が栄えるかどうかはまた別の話・・・。  青龍は「あの人がいればなんとかなるさ」と言った。  朱雀は「一度寂れた街がそう簡単に戻るかね」と意地悪く言い放った。  どちらの意見が正答となるかはまだ知れないが……。快活に金槌を振るう父の姿を見る彼の子供達が、その瞳を輝かせている様は希望に満ちている。  前方は平原。振り返れば町がどかんとそびえ、その背後には山々がある。  春はこの山から吹き下ろす風が強い。警戒を怠ると帽子などが飛ばされてしまう・・・などと言う間に、カウボーイハットが「ふわり」と風に煽られ、地に落ちた。 「あっ」  更に転がろうとする帽子を即座に発見した朱雀。  しかし、目を閉じていた隣の侍がそれより早く鞘入りの刀で帽子を押さえた。 「ほほぅ、これはどうも――御幾らですか?」  帽子に付着した土を払いつつ、朱雀はニヤリと笑う。 「……いらんよ、金なんか……」  青龍は呆れたように溜息を吐いた。  眼前の広大な平原が、朝日に照らされて小麦色に輝いている。  日に2本の定期バスは律儀に来てくれるだろうか……何せ、乗る人が稀なのでサボる事もあるらしい。  ――その昔、多くの馬車や行商人が行き交っていた平原の交易路。カブラの町からあと30分ほどの距離。  一台の定期バスがのんびりコトコト、怠慢な様で雑居な町へと向かっていた―――・・・・・。  積み木の町 :END $ 四聖獣 $

 本編読破、お疲れ様で御座います。当項目は本編裏設定などを記したものとなります。  ほとんど蛇足のようなものなので、お時間に余裕がない場合などはすっ飛ばすことをお勧めいたします。 ◇「積み木の町」の捕捉 1:積み木の目的  青龍の紹介回です。この他にも「女神の古都」「カントリーベル」「メーデン皇帝領」「シンパシー号」は、主要5キャラクターのいずれかに狙いを定めた紹介回となります。 2:マリー(幻想の亡霊)が死んだ実事情  当時は“事故”として片しました。その実は――なんと事故なのです。つまり、本編で「実は事故じゃないんじゃね?」という雰囲気でありながら、マジに事故でした~って話なのです。  ……では、その責任は誰にあるのか? それは死んだ娘=マリー本人にあります。  責任追及の話になった時、当時最大の疑問だったのは「なぜ彼女がそこにいたのか?」ということです。  第四倉庫はそもそも「高級家具置き場」。合鍵を手に入れたマリー(*積み木の呪縛参照)は、ここの家具を狙いました。つまり、【窃盗】をもくろんだわけです。  実際、彼女は旅人を装った「窃盗団」の一員であり、複数の仲間と共にカブラの街を訪れました。そこでせせこましい仕事をしていたのですが、小耳に「第四倉庫」の存在と、「内気なぼっちゃんが職人長の息子」という話を聞きます。  そして「アメット」の情報を集め、様子を探っていた彼女は、「これは落とせるわ!」と、自信を持って彼に接触を試みました。そして、その目論見はものの見事に当たります。  本来はこの後、アメットと仲良くしてどうにか「第四倉庫」を案内させようと画策していたのですが。思った以上にアメットが奮起し、しかも倉庫の鍵まで預けられる快挙を成したので、「これ幸い!」とばかりにいっそ合鍵を得てしまおうと思い立ちました。  その後、本編にあったように合鍵を得ていよいよ盗み出そうとします。  ――で、計画を練る前段階として、とりあえず工場と倉庫の下見を夜間に行うことにしたのです。  本当は仲間も引きつれるつもりだったのですが、何度かに分けて行うつもりだったので最初くらいは一人で下見を……と単独侵入を行いました。  「ソロでテイサツ!?ナンデ!?」という点ですが――それでも彼女はやっぱり、自分のことを愛してくれて、何よりも直向きであるアメットの傑作を――いや、そもそもアメット自体を好きになっていたのかもしれません。そして、自分を想って作られた箪笥を前にして、彼への想いをいろいろ考えていたのでしょう……。  まぁ、数分感慨にふけったら「さてさて、重さはどんな感じ?」ってな具合に箪笥をグイグイ動かそうとしていたので、あんまり、なんか、アレなんですが。  そんなことをしていたら、大きなその箪笥が倒れてきて“潰された”――と、これが彼女の死の実情となります。  天罰が下ったと言えばちょっと酷いですが。ある意味、これこそが本当の「呪い」なのかもしれません。だって、アメットもの凄い気合込めて作ってましたから。  実際、本編中のアメット(残留思念)はこの時箪笥に込めた彼の「気合」が拠り所となって成立していました。 3:アメットの動悸 ・「生きていた時期」の犯行について。  最初の犠牲者は「職人長」でした。――まぁ、本編を見れば「確執はあったんやな」ということは察せられます。しかし、「殺す」までの確執かと言うと割と納得がいきません。  この理由ですが、事実を言えば「アメットの誤解」。ですが、経緯を見れば「職人長の性が悪すぎた」からとなります。  マリーが死亡した翌日のことですが、職人長は 「ふざけんなクソ女! 聖域を血で汚しやがって! 商売に差し支えるだろが!!」  と発言し(*やや意訳)、アメットに向かっては 「品もよくなさそうだったし……お前はまだガキだから解らんだろうが、あいつきっとヤリまくりだぜ? どうせ病気でも持ってたんだろ。よかったじゃん、結果オーライw」  と嫌味に言いました(*やや意訳)。  この時点でアメットはだいぶキテましたが、追撃の 「お前が鍵わたしたんか!! 馬鹿か、お前。あれはきっと盗賊だぜ? マジふざけんなし。死んでも邪魔になるとか、マジ盗賊女ビッチだし!」  という発言(*大体そのまま)でプツンとやってしまいました。  あまりの暴言と喪失のショックにより、アメットは平常心を失くしました。  悩んだことで一層マリーを求めるようになりましたが、マリーはいません。完全にマリーに依存していたアメットはこれで窮地を脱する術を失います。  その後、半ば亡霊のように彼女の死地へと通い詰めた彼は、マリーを求めるあまりに得意の彫刻術で壁に彼女の姿を彫り始めます。この段階のアメットは常時意識が無いようなものでしたので、彫っているという事実すら認識できてはいなかったでしょう。  そして本編のように「幻聴」と「錯覚」を覚え始め、最も憎らしい父を殺そうと決心しました。  父を殺しても彼女は「なにができるの?」と微笑んでいます。アメットは「そうか! 君を潰した家具そのものが悪いんだ!」と意味不明な発想をして、家具を壊し始めます。  ところが、壊しても壊しても職人どもが作るので、「あいつら妬んで僕の邪魔してるんだ!」と結論付け、今度は職人を壊し始めました。  ――で、いくつか殺した後に「母」を手違いで殺めてしまい、これによって冷静さを少し取り戻したことで幻想の少女の正体に気が付いてしまいます。  ここがターニングポイント。この、「ただの幻想だった=少女はもういない」という事実はアメットにとってあってはならないことなので、逃避の為にこれを自身が理解する前に命如絶ったわけです。  しかし、死ぬ=幸せな日常が終わる+マリーを残して旅立つことに(アメットはマリーを護っているつもり)……というジレンマから、その執念が二頭馬の箪笥に刷り込まれ、ついに亡霊が出来上がりました。  亡霊となった後は、生前と同じことをより愚直に、妥協無く行いました。何せ、実際はただの残留思念ですから。生身の人や魂を伴った霊と比べたら単純です。  その上自殺の前数日間の経験は忘却(否認)されてますから、本編(*積み木の解放)の「ACT--」のように何事も無く生活を続けているつもりになっているわけです。 4:最後らへんの「知識が~情報が~」って何なのか  亡霊やら怨霊やらと一口に申し上げてもいろいろあります。  「ケース:アメット」を端的に表すと、『箪笥という物を形成する際に刻み込まれた製作者っぽい要素が死の直前に高まった思想・発想を複写した』という感じです。  青山異形法(青山家が勝手に言ってるだけの区分)によりますと、これは「記憶吸引」というものらしく、「ケース:アメット」は『高濃度思念』と呼ばれる霊に分類されます。  「ナニそれコワイ!」なこの分類ですが、要するに 『もの凄い頑張った念写(むしろ模写)』であり、あんまり幽霊って感じじゃありません。どっちかというと物の妖怪変化。  何かしら物を作ったり文章を書いたり声を発すると、そこには必ず「発信者の意図」が含まれます(この場合、無意識も「テキトウな意図」として含む)。だからといって神秘的なロマンチズムあんまりないのでしょうが。これを現実的に言ってしまえば、『真剣に・命を削って生み出したものほど作者の素が出る』というところでしょう。できの悪い「クローン」とも。  実際、物が何かは大して関係なく、「どんだけ気合入ってるか」が重要となります。  ちょっとデータの記録に例えてみましょう。  製作時に込めた気合が「外付けハードディスクの容量」として、死に際とかメッチャ怒った時の思念が「無数のフォルダで形成されたデータ」です。  ハードディスクの容量が大きければ大きい程、たくさんのデータを詰め込むことができるのでより完成度の高い「クローン」となります(*さっきからクローン、クローン言ってますが、この場合において物理的な複製要素はありません)。  で、ミチミチにデータの詰まったハードディスクが出来上がったとして、何らかの原因によってハードディスクが劣化したとします。現実的なハードディスクの劣化と異なり、ここではとりあえず純粋に「容量が減る」と考えてください。  すると、ミチミチに詰まっていたデータは収まりきらなくなり、過剰となるデータは消去せざるを得なくなります。この時当たり前に、大事だったり目立つデータは残りますが、重要じゃない、忘れちゃってたデータなんかは消え失せます。  この現象はつまり「データ(思念)の喪失」であり、「ケース:アメット」の場合は更に深刻に、『ハードディスク(箪笥)が割れた』という出来事なので、凄まじい速度で思念が失われ始めたわけです。  もちろん、ハードディスク云々は例え話なので、実際に製作時の気合が詰まっている媒体(拠り所)を破壊することができても、中身の思念を断ち切れるとは限りません。現にアメットはふらふら一人でほっつき歩いてましたが、あれは「箪笥を破壊されても思念が暴走する」可能性の現れです。  最後の両断なんて普通の武器じゃダメダメです。それ相応、専門な武装・術を用いて対処する必要があるのです(例:青龍の日本刀が光ってたやつ)。  ――ということで。あのまま(箪笥破壊後)放っておけば、アメットは次第により重要な「情報」を選択しつつ、必要性下位にある「情報」を抹消しながら徐々に消えていったことでしょう。  このケースの場合、最後に残る情報は「あの娘はもういない」となります。なぜかというと、この「亡霊の彼女はもういない」という絶望が彼を思念体として成立させたトリガーだからです(*アメットにとって、生きる意志の臨界点突破は「マリーの死」ではなく、「マリーが再登場したと思ったらバグでした!」という絶望感による)。  青龍は理由まで知りませんが、現場の様子と少年の叫び声。それにアメットが“高濃度思念”であることを含めもろもろ考えると……「愛する人がいた」「それにまつわる何か絶望的な事実」があったと考えました。  青龍は考えてもロクなことにならないことが多々ある人ですが、今回のようにその場の“直感”で行動する場合は大抵正解の道を行きます。  本編の場合、アメットが「あの娘はもういない」という状態で消え去るのと「マリー、ずっといっしょにいようね」と思いながら消えるのとでは。後者が人として“良い状態”といえるのではないでしょうか。  そんな配慮故のやりとりでした。 ――――以上です。