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積み木の過去

・主な登場人物

$四聖獣$ +++++++++++++++++++++++++++  Title:【積み木の町】  SCENE:「積み木の呪縛」 +++++++++++++++++++++++++++  歪な螺旋の形状で登っていく街路。  ――もともと丘の上にあった集落が貿易の基点として急速に発展した際、強引に建物を乱立したせいでこのような「雑居な市街」が形成された。  不規則な家屋の並びを縫うように丘を登る街路が歪なのは、やむを得ない事情によるところだと言えよう。  東西を山脈と大草原に挟まれた『カブラの町』は無数の旅人や商人で賑わい、入れ替わりの激しい人の流れは多岐に渡る文化の流入を促した。  建築物の様相はこれを反映して多様であり、それぞれの色合いと装飾の派手さで街並みは面妖且つ色彩豊かな景観を成している。  遠景からするとまるで積み木を重ねたように見えるため、カブラは『積み木の町』と詩人に詠まれているらしい。  活気溢れるカブラの街で特に盛んなのは【家具の製造】である。特に「ブルーメン」と呼ばれる職人集団の造る家具は他国にも知れ渡るほど著名であり、価値も高い。  「ブルーノ」という一族が興した“ブルーメンブランド”は街を訪れる商人によって高値に購入され、特産物として更なる価値を持って余所に売られていく。  最初は一職人の小さな工場で作られていたブルーメンの家具も、今では下っぱ含めて百人以上を抱えるギルド(職人組織)として産業の中心となるまでに発展していた――。  往来盛んな丘陵地の雑居都市――『カブラ』。  今も建物の増改築が止まない街では、大工の金槌音と家具職人の金槌音が入り混じって、常に「トンカン」と喧しい。  ……が、その騒音も街で物を売買する行商人達の声等で掻き消えてしまっている。  狭く入り組んでいる螺旋の街路を馬車が頻繁に通り、人々が当たり前のように回避する。この街に初めて来た旅人は、この馬車を避ける癖が無い故にトラブルになりやすい。  何せ、発展目覚ましい大カブラである。急速に力を付けた地主や商人が実質的な町の覇権を握っており、これらが担ぎ上げる貴族階級の力も比例して増幅している。  馬車を利用するのは大概が「徒歩など面倒だわ」と道行く人を嘲笑える階級の人であり、偶に異なるとしても手錠をはめられた罪人という具合――要は大概が“馬車優先”の有様であり、だからこそ勝手を知らない旅人は注意が必要というわけである。  活気に溢れながらも若干危険な螺旋街路。  人の多さ故に物も多量であり、部外者が大半を占める都市では常識や節度に統一感が無い。  よって、中にはこんな考えの人も割と存在する……“紙切れの一つや二つ、そこらに投げてしまおうっと”。  ――1人が楽をすると10人が真似をする。  たかでさえ雑居であまり清潔感の無い街にあって、人々の美意識低下は免れにくい難題と言えよう。  ポイポイと捨てられたゴミは街の至る所……それこそ「屋根の上に路がある」なんて光景も珍しくないカブラでは、「目を開いてさえいればゴミが視界にある」という残念な状況となっていた。  その状況を改善するために、カブラの町ではゴミを片す仕事に需要があり、これに従事する人がたくさん存在している。  特に駆け出しの家具職人などは、修行の傍らにゴミ拾いをこなす事が半ば常識である。  教育制度が未熟な都市にあって、カブラ生まれの少年は大半「職人」を目指す。おおよそ15歳にもなれば修行を開始するようで、これによって街でゴミを拾う少年をよく見かけることになる。  積み木の町にある、ありきたりな情景。  景気の良い商人が声を張る通りでゴミを拾う少年達――大抵はたらたらと手を抜きながら少年達はゴミを拾うのだが。その中で懸命にゴミを拾う姿があれば、それはきっと目立つことだろう。  ――が、“その少年”は目立たない。  正しく稀な「真面目にゴミを拾う少年」なのだが、どうにも影が薄い……。 「おうぃ、アメット~」  名前を呼ばれた少年は、拾い上げたカップの欠片を布袋に収めつつ振り返った。  【アメット】はいかにも気の優しい顔つきをしているが、これを別の言い方にすれば「気が弱そう」という印象である。  振り返ったものの、もじもじと視線を沈めて「な、なんだい?」などと小さく答えた。  声を掛けたのはアメットの友人だろうか。親しげに近寄って笑顔を向けている。 「お前……まぁた袋一杯にしてるな!」  友人はアメットの持つ布袋を突いて茶化した。 「だ、だって、そういう仕事……だし――」  上の歯と下の歯をあまり離さないアメットの声は、慣れていないと街の喧騒の中で耳に届きにくい。 「いいけどさぁ……そんなんじゃ疲れっちまうだろ? こんなん、あくまで小銭稼ぎなんだからさ。気力と精神は家具作りに注げよ!」 「で、でもさ……悪いじゃないか――その……みんなもやってるし……」 「だぁら! 皆、手を抜いてるって言ってんの。まったく、真面目なやっちゃのぅ」 「あっ……う、うん。あはは」  カラカラと友人は快活に笑ったので、アメットも合わせて歯と歯の隙間から笑い声を漏らした。  生真面目で、几帳面で、一途な少年。アメットを三語で表せばこんなところであろう。  融通の利かない性格は手を抜く術を知らずに効率を下げることもある。ゴミ拾いですら賢明なアメットは、同年代の友人達に比べれば損をしている事も多々ある。  しかし、アメットの愚直な性質は家具の製造において良い方向に発揮されており、彼の技量はその年頃にして周囲から頭抜けていた。  特に家具に施す装飾の技術は並みの才覚ではなく、早くも将来を羨望されるカブラの注目若手、その一人と言われている。  ――そう、それは紛れも無くアメットの才能なのだが……彼の生まれからして、どうしても「親の力だ」と僻む声もあった。  アメットの性は「ブルーノ」。カブラの街で代々引き継がれる栄光の性は、彼が「ブルーメンブランド」を率いる一族の一子であることを意味している。  その上アメットはブルーメン職人長が嫡子――跡継ぎの候補でもある。  ただし、アメットと違って少々軽い性質である父親は正規の妻の他に二人の妻を娶っており、アメットは正規の妻の子ではない。この地域で一夫多妻は珍しくないので、悪く指摘されることも無いのだが……。  アメットは父を尊敬しているし、もちろん母のことを愛してもいる。  ただ、アメットが生まれて以来……父と母がまともに会ってすらいない事実を好意的に解釈できるほど、少年の心は完成されてはいないようである―――。  少年アメットはゴミ拾いと職人修行の日々を繰り返した――。  ……月日が2年ほど流れた頃。  アメットの造った家具には彼の銘が刻まれ、商人勢の取引対象として商談の場で取り扱われることになった。  これは彼が一端の「職人」として認められた証であり、いよいよゴミ拾いを辞めて職人として専念する時がきたことを意味している。  詳細には以前から彼の家具は商人の手に渡っていたが、いよいよ「ブルーメンブランドの品」として認められた事は大きな意味を持つ。  一介の若手職人から、ブランドの看板を背負う一戦力としてギルドに加わったアメットは――相も変わらず「あ、は、はい……」と口を大きく開かない様であった。  もっとも、商談の場に立つのは職人長及び口の達者な専門家なので今は問題ない。問題無いのだが……いずれ、彼が職人長となるとしたら――・・・いかんともし難い壁となることは目に見えている。  職人長である父は「跡を継ぐにはチープ過ぎる」とアメットの性格を酷評した。  直接言われた事ではないが……。人伝にこれを聞いたアメットは自室に籠って幾日も塞ぎ込んだらしい。  実際、ショックだろう。職人としての腕ならともかく、生まれ持った生き様そのものを馬鹿にされた気分だったはずだ。  アメットは権力に興味を持つ人間ではない。誰かを押しのけて上に登ろうという気概を持つ熱情家の片鱗も無い。  だが、アメットには「職人長」になりたい気持ちがあった。  それは父に認めてもらうためであり、認めてもらうのは「あの母の子だ」と、父に誇って欲しいから――アメットは自分を認めてもらうことで、父に自分の母を重要視してほしいと願っていたのだろう……。  奥ゆかしい母親は今も父を慕っていながらも、迷惑になるからと会おうとしない。  自分に職人としての自信が付き始め、「母への想い」から目標として職人長を意識しつつある段階に……父の放った「チープな奴」という意図・発言に心底落ち込まされた。元より強気ではないアメットが塞ぎ込むのもやむ無しである。  すっかり意気消沈したアメット。開きの悪い口は益々開かなくなり、工場に復帰しても肝心の家具作りすら不調となった。  なぐさめてくれる友人もあったが、先を行くアメットに甘んじて後塵を拝する気構えの者などない。厳しい職人の競争社会にあって、アメットの堕落を望む声もあればどこか励ましに手を抜くのが全ての有様……。  造る事は結局、己との闘い。されど立ち直る切欠を他に求める事が無様である訳もない。  アメットにとって。工場の裏で一人うな垂れる時、廃材の上にくつろぐ猫が精々の会話友達となっていた。  切っ掛けに飢えている。  何が自分を変えるのかも知らない少年は、孤独に病んでいるのである――・・・。  成す事上手くいかず、不毛な自責を繰り返す日々。溜息を吐く自分を意識しながら、アメットは今日も工場の裏で休息をとっていた。 「なんでだろうね……この前までできたことが、今、できない……」  湿った地べたに座る少年の呟きは独り言のようだが、実は相手がいる。 「――」 「頑張っていたつもりなんだけどなぁ……結局、僕そのものが悪いのか……」 「――」 「どうしたらいいのだろう……ただ作るだけじゃダメなんだし……」 「――ンニャ~オ?」  少年の陰鬱な愚痴に答えるのは、毎日こうして聞き手に徹する一匹の猫。……猫がアメットの相談に親身になっている訳もなく、お目当ては昼食のおこぼれである。  具体的な答えなど返らないとアメットも解っているが、他に聞いて欲しい人もいないので、アメットは変わらず愚痴を続けた。 「マスターが……父さんが僕を職人の一人としてしか見てないのは良いさ」 「――(ぺろぺろ)」 「僕が未熟だと言うなら、それも良い……でもさ、でも――一度も母さんのことを聞かないって、なんだよ……息子だって理解してる癖に、なんなんだよ……」 「――(ふァ~ア)」 「僕を見て、母さんの面影すら思い出さないのかな……いっそ、職人なんて止めてしまおうかな……」 「ええっ、勿体ないわよ!?」 「そ……そうかな……」 「うんうん。今まで頑張って修行したんでしょ?」 「したけどもさ……結局、認められずに、こうしてまともに腕も振るえないのならいっそ――― ん?」  強烈な疑問が少年の意識に突っかかった。  俯いていた顔を上げる。猫は変わらず廃材の上にくつろいでいる。  奇跡か魔法か――猫が人の言葉で返したのだろうか?  それとも、悩み過ぎて遂に幻聴が聴こえたか……?  どちらにしてもまともではない。アメットは「あはは……」と事態を誤魔化すように笑った。 「なぁに? 突然笑ったりして……それって少し不気味よ?」 「――あ、え……あえっ??」  右耳に届いた女性の声。  アメットは小刻みに、機械のようにカクカクと右を見た。  猫と少年しかいないはずの工場裏――廃材の積み重なる湿った場所で。  アメットの不自然な反応に、女性は「くすっ」と微笑んでいた。  彼女がその長い黒髪をしなやかな手で梳くと、優しい香りが溢れてくる。  優しい香りは少年にとっては珍しくて、しぃて言えば母を連想させるものだった……。  工場裏でアメットと出会った女性は【マリー】という名前で、旅人としてこの街を訪れたそうだ。  カブラの丘から見て西方より渡ってきた彼女は、色白ですぅっと細めな手足が印象的で、いつも半分まぶたが降りた、眠そうな顔をしている。  眠そうとは言っても、あくまで「そんな気がする」だけで。実際の所は表情豊かで聞き上手な、甘えたくなる包容力が垣間見える凛とした女性である。  マリーはカブラの家具に惹かれてわざわざこの街に来たようで、それなりに知識も持ち合わせている。  本場の家具を見るために来たということで、ブルーメンの工場を巡っていたそうだ。  しかし、別に職人の誰かと顔見知りというわけでもない彼女が工場に入れることもなく。……カブラの街に到着したは良いものの、ふらふらとほっつき歩くだけの日々を送っていた。  そんな折に雑多な街に迷い、偶然工場裏へと出たところ……誰かさんの呟きが耳に入ったのよ――ということらしい。  大ブランド「ブルーメン」の中でもまだまだ小粒な「アメット=ブルーノ」の銘を知っていたマリーは、アメットが名乗った際にとても驚いていた。  マリーは眠そうな表情のくせに強引な所がある。  初めての出会い以来、アメットが工場裏で休憩をしにくる時間には当然のようにそこにいた。  何せ大人しいアメットである。他人が――それも女性が構えていては口を開くこともままならず、だんまりとするのは道理である。  ――が、マリーはだんまりすることを許さない。  「何を落ち込んでいるのか」「家具作りの調子はどうか」「友人や恋人、家族はどうなってんのか」……ともかく、容赦なく質問攻めにしてきた。  馴れ馴れしいことこの上ないが、だからと言って「答える義務はない」などとクールに決めるアメット――なわけがない。  聞かれるがままにホイホイ答えて、ろくに落ち込む暇もつくれやしない。  それが負担になるのなら、いっそ工場裏になど行かなければ良いのだが……アメットは「ああ、今日もいるのかな……気まずいな」と零しながらも毎日律義に工場裏へと通った。  街の住人ですらないマリーにとって、職人同士の軋轢など無関係。その上ズバズバと意見を通すマリーは、アメットにとって新鮮な存在だった。  今まで廃材の上の猫に聞いても「ニャーオ」だった答えが――「それは間違ってるわよ!」とか、「だからって諦めてどうするの!」だの――打って変わって意味を持ち、アメットの胸へと直球然として響く。  アメットの軟弱な心は飽きずに毎日新鮮な悩みを抱いていた。マリーはこれを、工場裏で淡々と砕いてくれるのである。  工場裏での奇妙なカウンセリングは回を追うごとに踏み入った話になり、当初悩みを選んで相談していたアメットも、やがては包み隠さず自分の抱える負の部分をさらけ出すようになっていく――。  萎れきったもやしの様なアメットの精神は、マリーによる励ましという水やりで精気を取り戻していく。  活気を取り戻し、それどころか前より明るくなっていくアメットに、職人仲間は「何がどうして……」と首を傾げた。  ある日。いつものように工場裏で話をしていたマリーが、珍しくお願いをしてきた。  お願いというより、これは男として願ったりな事だろうが……。  すでに一ヶ月はカブラに滞在している彼女も未だにこの雑居な街に慣れないらしく、「一緒に街を案内してほしい」と願ったのである。  アメットは即答で「うん、いいよ!」と言った。彼の口はマリーの前では割かし大きく開き、口調もはっきりとしている。  翌日に街を案内することを約束したアメットだが、自宅に帰ってベッドに横たわった頃にカッと顔を赤くした。  ――無論初めてである。  少年が母以外の女性と二人っきりで街を歩く、なんてことは……―――。  工場でのアメットは明確に“成長”と言える変化をみせていた。  迷いの解消方法を得た彼は、持ち味である愚直な姿勢をとり戻し、雑念を捨てて家具の製作に打ち込めるようになった。  得意の装飾技術は冴え渡り、家具そのもののフォルムも日増しに洗練されていく。  「アメット=ブルーノ」の銘が入った品はブルーメンブランドの下級品から、徐々に位を上げていった。  その変化は周囲の眼からすれば“精神が強くなった”と見える。  相変わらず口下手だが、職人長の小言ではびくともしなくなり、生まれを妬む同業者からの僻みも意に介さない。  全ては、「マリー」という存在に支えられてこその心身強化と言えた……。  アメットの変わり様は工場でも話題となる。 「どうやら女がいるらしいぞ……」 「なになに、あの気弱な男がか??」 「いやいや、近頃の急激な変化を見たかよ。女を得て大いに学んでいるのだろう」 「馬鹿を言え、遊ばれているに決まってる!」  ……微笑ましく思う者や、嫉妬する者、中には直接アメットに問いただす者もあったが、この話になると一層シャイな面が出るアメットからまともに話しを聞くことなどできなかった。  異変をきたしている少年の話は、ついに職人長である彼の父にまで話が行くほどになる。  実際、アメットの技術向上は常軌を逸したものがあり……彼の生み出す作品には、技術を越えたある種の魔力すら込められているとまで言われていた。  遂に職人長はアメットを最年少にして「一級銘柄」として定め、「アメット=ブルーノ」の名が刻まれた家具は「高級品」として第四倉庫に収められるまでになった。  第四倉庫には一介の商人では触れることも許されない品々が収められており、厳重に鍵を掛けられた扉の先は月に1人――王族の遣いや信用に足るブローカーが出入りできるかどうか……という、『カブラの聖域』とも言える空間である。  ここに作品を仕舞われる立場はカブラ職人として、一つの頂に登りつめたと言っても良い偉業。  何気なく作った小物入れですら、「アメット」の銘があることで鍵付きのショーケースに封じられる希少品となるのである。  やや焦燥な感もあるアメットの昇進には職人長の意図が含まれている。  むろん、技術の向上は理由の1つだが、何よりアメットの精神的な進歩が職人長の気を早めた。  職人長は態度を翻してアメットに告げる――「お前が成長する日を待っていたのだよ!」。  アメットは複雑にも思ったが、やはり嬉しかった。  マリーに出会って以来、「認められたい!」という想いはほとんど無くなり、単に救われている現状に安心して、一心不乱に家具製作へと打ち込んだ結果が功を奏したのである。 「マスター、あの……その……」  一級銘柄への昇進を告げられた時、アメットは何よりも言おうとしたことがあった。  母のことである。“認められた自分”を育ててくれた母に、また会ってはもらえないだろうか……。  しかしまどろっこしぃアメットの口調に職人長は苛立ち、先に父は我が子に忠告の言を発した。  「 アメット。女遊びはほどほどにな! 」  あっさりとした言葉であった。  しかし、アメットの鼓膜にはそれから幾秒も繰り返し響く言葉であった。  マリーとは、清らかな関係を保っている。アメットにとってのマリーは感謝の対象であり――何よりも、彼女は清潔な存在だと捉えている。  “遊び”という発想を軽々しく口にした父に、アメットは激しく嫌悪の感情を抱いた。  そして悟った。父――職人長にとって、愛する母は“遊び”の中の一コマであり、アメットがマリーに抱く感情とは別の衝動で成された関係なのだと……。  アメットは口をぐっと閉じて、云わんとした言葉を永久に消化した。  近頃大きく口を開いて物を話すようになったアメットだが……この時を境として、父に対してはほとんど上と下の前歯を触れた、もごもごとした物言いへと変貌することになる―――。  職人長のずさんな女性への想いを悟り、アメットはマリーへの愛を一層愚直で真摯なものとした。  「あんな事にはなるものか、あんな無様な生き方であるものか」――と、工場で職人長を見るたびに胸中の意志を確認して固めていく。  アメットの母は、時折職人長を想うような言葉を零すものの、奥ゆかしく身を引き、決して表立とうとはしない。  苦労をしていた。幼いアメットは深く知らないことだったが、母は懸命に我が子を育てていた。そこに職人長の影を見出していたとしたらアメットとしては残念な事なのだが、母は一途なだけで何も落ち度はない。  苦労の末、考案した料理が大いに受け、“カブラの食の特産”とまで言われるほどになった。今は店を構えて食堂の経営をする母が、アメットには誇らしかった。  笑顔を絶やさず、街の人々から慕われる母。内気だったアメットには頼もしく、何より大好きな姿である――。  いつもの工場裏。周囲に人がいないことを確認して、アメットは珍しく荒々しい口調でマリーに胸の内を伝えた。こんなことなら料理人を目指すべきだったと、苦悩する想いを聞いてもらいたかったのだろう。  一級銘柄になったことと、職人長である父親の軽はずみな言動・思考――有頂天から奈落に突き落とされたと嘆く少年を……マリーは一喝した。 「また手を止めるのね?  また、お父さんのたった一言に負けるのね?  ――弱虫! どうして諦めるの、そこで!!」  いつにもまして熱のこもった言葉だった。  また負ける――あの父に――そう思うと、アメットはたまらなくこのまま塞ぎ込むのが嫌になった。  腕を上げて行くことであの父に肩入れをしている気がしていた……しかし、ここで立ち止まることこそがもっとも屈辱的だと理解して、アメットはメラメラと製作意欲を湧き立たせた。  これですでに限界以上の精神状態にあったアメットだが――・・・立ち直った勇ましい少年の唇に、柔らかな感触がご褒美とばかりに与えられた。  静かな工場裏の廃材置き場で。見守るのはたった一匹の黒い猫。  いきなりのことに目を丸くするアメット。  やがて唇が離れると、マリーは見慣れたその眠気顔で、優しい言葉を少年に贈った。 「頑張ってね、アメット君――」  翌日から――工場で家具製作に勤しむアメットへと、声を掛けられる職人仲間は皆無となった。  背中から見えはしないが……まるで蒸気が立ち昇るかのような気迫が漲り、鋸を引く手は微塵の狂いも許さず一定の軌道を行き来し、槌を振るう腕には寸分違わぬ精密性が宿っている。  無駄の無い動きは作業工程そのものが芸術であり、同業者である職人仲間はその芸術が気になって仕事にならない程である。  あまりに懸命で見事なので、アメットは誰も彼を邪魔できないよう、知らぬ内に工場の隔離された倉庫で作業をするように仕向けられた。  鬼気迫ると言うよりは、導かれて頂きを目指す登山家のような神秘性がそこにある。  僅か一月。たったその期間で着々と形成された【箪笥】は美麗極まりない構えにして、壁を隔ててすら感ずる圧倒的な存在感を放っている。  彫り込まれた二頭の馬は今にも草原を駆け、山脈を跳び越えんとする迫力で、猛々しいいななきが鼓膜を震わせるかのような錯覚すら禁じ得ない。  魔性とも思える――二頭馬の彫り物を施した箪笥――。  完成されたカブラ家具の集大成とも言える美品は無論として第四倉庫に収容された。  からからになるほど懸命に工程を駆け抜けたアメットは、箪笥の完成と共に意識を失い、医者の手にかかる程の衰弱状態だったらしい。  幾日か経って回復したアメットは、さっそくマリーに報告した。 「僕はやったよ。今までにない物を作り上げることができた――!」  彼にも手応えがあった。いや、手応えがないことなど有り得ない異常な物体である。  励まし続けたマリーも大層喜び、アメットにせがんだ。 「ゼヒともそれが見たいわ!」  ――第四倉庫の鍵は3つ存在している。一つは職人長であるアメットの父。もう一つは彼の愛弟子である技術長。最後の一つは、先日の一級銘柄昇進の際にアメットが授かっていた。  アメットはマリーの願いをもちろん快く聞き入れ、「着いてきなよ!」と得意気な様子で彼女の手を引いた。 ・・・浮かれていたのである。  工場裏から中に入ると、マリーに施設を紹介しながら第四倉庫へと向かうアメット。  マリーは興味深く、工場の内装を確認していた。  第四倉庫の前に到着すると、物々しい錠前を開くべく、アメットが鍵を取り出した。  ……そこに、声が掛かる。 「アメット、何をしている?」 「はい! ちょっとお客様に僕の作品を見せようと―――」  機嫌の良いアメットは笑顔で振りむいたが、すぐに表情を曇らせる。  そこにいたのは職人長であった。彼は見慣れない女を連れているアメットに疑惑の視線を突きつけている。 「その娘は――何者だ? む、そうか……その子が噂の……」  職人長には思い当たるふしがある。「ははぁ~ん」と笑みを浮かべた。 「か、彼女は……マリー……ぼ、僕の……その……と、と、と――友達……です」  アメットは視線を逸らしてもごもごと答えた。  職人長は苦笑いで我が子を見下ろしている。 「ふ――なんだ、彼女ではないのか? ん? 彼女なんだろ?」  愉快なモノを見つけた彼はへらへらと肩を揺らして嘲ってみせる。 「……ぅ……ぁ……ぃゃ――」  掻き消えそうなアメットの言葉はまともに相手に伝わらない。  ズンズン追い詰められていくアメットを見かねて、マリーが口を開いた。 「アメット君のお父様ですね。ええ、私はアメット君とお付き合いをしております――マリー=ミューレ……どうか、今後ともよろしくお願いします」  低姿勢ながらも、慣れた口上を述べる役者のようにスムーズな自己紹介をかなすマリー。  アメットは凛とした彼女の態度に、改めて惚れ直している。 「よろしく、お嬢さん――それで、アメット。何をしようとしていたのかね?」  軽く流し見る程度にマリーに視線をやると、職人長はアメットへと笑顔のまま問いかけた。  アメットが手に鍵を持っていることも、ここが第四倉庫の前であることも、職人長は重々承知である。 「いや――ぼ――ぼく……マリーに……あの……」 「なるほど、マリーさんに自信の工作を披露したいってわけだ。得意気なものだねぇ……」  返答も聞かずに、先走ってその意図を言ってのける職人長。  アメットはむっと一瞬だけ職人長を睨んだが、笑顔のまま睨み返されると、すぐに俯いた。  職人長はやれやれ……と首を振って第四倉庫の扉を叩いて見せる。 「アメット。ここがどこか言ってみろ」 「…………え」 「ここはどこだ? 言えよ、アメット」  顔は笑っているが瞳孔は鋭くアメットを威圧している。  アメットは何も答えることができない。 「――ここはな、第四倉庫……ブルーメンブランド、いや、このカブラの街における最も神聖で名誉があり、栄光に満ちた歴史を見守る殿堂――且つ、最高級の商談の場である。それくらいは理解していると思っていたよ、アメット」 「………」 「お前な、そこに女を連れ込もうってわけかい? はははっ、お子様同士のデートには過ぎた場所だぁ――なぁ、そう思うだろう?」  顔を近づけて、言葉の最後をアメットの耳元に囁く職人長。  しかし、アメットはここで「あの父に負けるのか――」という想いを再燃させていた。 「……僕は、一級銘柄でしょう」 「―――だからこそ、弁えろと言っている」 「僕は、彼女に見せるために――伝える為にあの箪笥を生み出したんです……ここで彼女に見せる事すら叶わないのなら……この手で破壊してしまいましょう」  アメットの口は毅然として開き、発言ははっきりとその場に響いた。  職人長はアメットの変貌に唖然として身を離したが、唖然としたのはマリーも同じだった。 「馬鹿な事を。第一、この娘は得体がしれないだろう。身元はしっかり確認したのか? 何でも手を出せば良いってものじゃ……」 「 黙れよぉっっ!!! 」  職人長の軽はずみな言動を制した威嚇は、目を見開き、歯を剥き出したアメットのものである。  驚いて真顔でいる職人長に詰め寄り、アメットは再び声を荒げた。 「あんたとは違うっ、二度と同じに考えるな! 僕とお前とは、何もかもが違うんだよ!!」  誰も――アメットの母ですら見たことの無い、今にも人を捻り殺しそうな形相をしたアメットがそこにあった。  職人長は面食らったようでしばらく黙っていたが、「……長居はするな」と言い残してその場を去った……。  生まれて初めて怒鳴ったもので、アメット自身も脱力感に見舞われている。  自分の発言が、自分のものではなかったかのように思えて、未だ自覚できてはいない。 「あ、アメット君――ごめんね、私のせいで……」  マリーが申し訳なさそうにしている。 「あいっ、いあ、ちが……ぼ、ぼく僕が……その、悪くって――えと、謝らないで……く、ください……」  もごもごとアメットは弁解を試みるが、どうにも上手く言える気配が無い。  その場の空気を解消するために、アメットはそそくさと第四倉庫の鍵を開いた。 「は、入って――ほら、あそこにあるから……」  逃げるように倉庫内に入り、背の高い箪笥に被せられている布を取り払うアメット。  彼が布を取り払うと、異様な存在感を持つ箪笥がその裸体を晒した。  ……開かれた扉の入り口。  マリーは安堵の笑みを浮かべて、倉庫の中を――見渡していた……………。  マリーはとても喜んでいた。褒め称えてくれた。  アメットの造った渾身の一作を、精一杯に称賛してくれた。  アメットは彼女の反応に満足したのだが……マリーはこうも言った。 「でも、その内あの箪笥は売られてしまうのでしょう??」  それは……間違いなかった。すぐにとは言わないが、いずれは売り払われる運命にある。  第四倉庫は展示室ではなく、あくまで「高級な商談の場」の意味合いを主体とした空間なのである。  そのことはアメットも残念だし、マリーに言われてしまってはいたたまれない気持ちにもなる。  マリーはすがるように懇願する。 「いつでもあなたの素晴らしい作品を見たいの――少しでも長い時間、この瞳に焼き付けておきたいのよ……」  マリーは涙を流していた。アメットは女性に泣いて乞われることなど当然として初体験である。 「マリー……」 「ねぇ、お願い――私も倉庫に入れるようになりたいよ――」 「マリー……――え?」 「お願いっ、どうしたらいいかしら……私、私っ、あなたのことを想い過ぎて―――っ!」 「え? あ―――ぼ、僕を――お、おも、想うって――え、あっ!!」  まだ成長期にある小柄なアメットより、少しばかり背の高いマリーが、ぎゅっと少年の身体を抱き寄せる。  アメットの気は動転した。今までになく、狼狽えた。  アメットは……マリーがいつでも第四倉庫に入れるようになるにはどうすれば良いのか考えて、思い当たったことを実行に移した。  その日の内にマリーは第四倉庫、その【合鍵】を手にすることになる―――。  合鍵を渡したことに、アメットは何の疑念も無い。  むしろ、笑顔のマリーを想って夜も興奮さめやらぬほどウキウキした。  母がそうであるように――マリーもまた、笑顔の多い女性である。  アメットはこの時誓ったのだろう。  大好きだ、愛している。  きっと……ずっと、この町で暮らそう。  家庭を持って、こ、子供も……欲しいかな。  幸せに、幸せに暮らそう――。  ねぇ、マリー……僕は、僕の愛が偽りになることはないよ。  君がいるから僕がある。だから、君と離れるなんてないさ。  愛してる、マリー……愛してる、マリー……愛してる、マリー……  愛してる、マリー……愛してる、マリー……愛してる、マリー……  愛してる、マリー……愛してる、マリー……愛してる、マリー……  愛してる、マリー……愛してる、マリー……愛してる、マリー……  愛してる、マリー……愛してる、マリー……愛してる、マリー……  愛してる、マリー……愛してる、マリー……愛してる、マリー……  愛してる、マリー……愛してる、マリー……愛してる、マリー……  マリー…… マリー…… マリー…… マリー…… マリー……  マリー…… マリー…… マリー…… マリー…… マリー……  マリー…… マリー…… マリー…… マリー…… マリー……  マリー…… マリー…… マリー…… マリー…… マリー……  マリー…… マリー…… マリー…… マリー…… マリー……  マリー…… マリー…… マリー…… マリー…… マリー……  マリー…… マリー…… マリー…… マリー…… マリー……  マリー…… マリー…… マリー…… マリー…… マリー…… 「愛しているよ。僕のマリー……」 $四聖獣$