奇転の会Ⅱ

:From 四聖獣 BLOCK2 [ディアブロ] ACT 3(A)  ホテルの一室。そこに面の良い男がいるのだが――この男、ずいぶんと不機嫌に眉を顰め、歯を噛み合わせた口からブレスを吐き出している。一泳ぎしたのが余程疲れたのだろうか。  連れの女はシャワーを浴びているのだろう。  シャワールームのすりガラス越し。朧に女体のシルエットと水音が零れてくる。  現代人の技巧か、やたらと速い親指がケータイのボタンを乱打していく。  テレフォンコールが始まる。相手は長く美しい金髪を持つ人だ。 『ヘイロー! なんだいなんだい、電話なんてサンクス嬉しいよぉ!』  電波に乗ってきた少年のような声が面の良い男の鼓膜を震わせた。 「うるせぇんだよ。いいか、お前は俺の話を聞いて、理解して、そして動け! それだけでいい」  面の良い男は赤茶の前髪を荒々しくかき上げ、翼を広げて威嚇する猛禽類のように刺々しく話す。 『ワォ! なんだよぅ、機嫌悪いね――/  /――黙れってんだよ!! 死にてぇのかっ!」  面の良い男は備え付けのテーブルに踵落としをかました。 『…………はい! 黙ったよ(笑)』  数秒の沈黙の後、通話相手は軽く言う。 「――――ああ、結構だ……クソっ」  壁に寄りかかり、粗目の模様を不機嫌なまま指でなぞる男。 「とりあえず……ああ、クソがっ、どこから話すか……。そうだな、とりあえずな、そっちではただの異国で起きた一大ニュース程度のことだろうがな。“俺ら”は当事者なわけよ」 『にゅーす? 龍ちゃん、なんかニュースとか言ってる。TVつけて~』 「それだけなら“ぶっ殺してやる”で済む問題なんだがな、俺らはその前にも“国のニュースに初っ端取り上げられるクラス”のトラブル食らってんだ」 『――あ~、それかな? リングランドだって言ってるし。龍ちゃんサンコス!』 「もうな、俺の“勘”が言ってるわけよ。“ぶっ殺さなきゃならねぇ”って、よ!!」  ナイフで客室の壁を切り上げる――奔るように顔を出す壁の下地。  ふらりと窓の前に立つ。  面の良い男は猛禽のような眼光をガラスの外に突き刺した。  アッパーロードの町並みは夕焼けに照らされている。  煉瓦は、より赤く。 「調べろ。キーワードは――――――」 |||| 『あ、ああ!? 何を……私は、何を愛した!!??』 『とりあえず、リングランドの海は冷たかったぜ――― 「それはなんというか、大変だったわねぇ――― <<奇転の会/キテンノカイ>> BLOCK2: ディアブロ  ―――で、俺の勘が激しく告げてるわけよ』  ――――なるほど。それはいいとして、少し音量下げるわね」 『この一振りは……それを背負い、守るために輝くっ――!!』 |||| ACT 1  その事件は昼前の“ブルーランド”内にて発生した。  該当時刻前、本日ご購入なされた新車がブルーランド内の市街を走っている姿が、市街地を映す監視カメラの映像に残っている。  ブルーランドは、リングランドの横に並んで大西洋に浮かぶ島である。この内の半分はカルタニア(リングランド本島及び、複数の属国を持つ国家)の領域となっている。  互いの島は『ビッグブルー・ブリッヂ』という巨大な海上道路で繋がっており、これはカルタニアのシンボルの1つとして、世界的にも名高い存在である。  この島を巡っては、カルタニア王国と隣国、サルタランド皇国の軋轢が今も残っている。それこそその始まりを知る人はまともに存在しないほど、大昔からの問題であり、即座に解決するようなものでもない。  まぁ、それはともかく。カルタニア領であるブルーランドの市街を走る新車は、近年作られたレストランの前に止まった。  車を降りてきたのは男と女。男は赤黒いロングコートが印象的で、女は見るからに知的で堅そうな、眼鏡を掛けたインテリウーマン。 「――容赦ねぇなぁ。ここはサルタ人も来るだろうに………」  「朱雀」はまだ点かぬ街灯にある、カメラのレンズを見上げて呟いた。 「私からすれば、足りないくらいだけどね。それこそ下水道の中まで、徹底的に記録するべきだと思うわ。プライベートな室内を除いて」  「カレン」はカメラに対して肯定的だ。  彼らが何の話をしているのかと言うと、カルタニア国内、つまりはリングランド本島及びブルーランド半域に設置されている「市街監視カメラ」についてである。  治安維持を目的として、犯罪の抑制と、事件発生の瞬間を捉える目的で備えられている。  これによって確かに犯罪件数は減少したが、同時に「街を歩くだけの無害な人すら監視する事は、無差別な領域侵害。制度自体が人権軽視では?」との批判も多い。  まったくもって正論だが、人権擁護も行き過ぎれば人を苦しめる。中々に是非を判別しにくい制度と言えよう。  朱雀とカレンはそのままレストランへと入店する。  3階建てのガッシリとした建造で、カルタニア料理界一押しの高級料理店である。何分、自国の料理が正直、不評な事実。国民ですら認めがちなこの風潮を覆そうと、カルタニアのシェフ達もプライドを守るために必死である。  その、料理界のプライドをつぎ込んだ店舗の1つ。最新鋭の立派な面構えの建造物が―――どうしたことか。  この日、昼前11時22分。突然に“崩壊した”のである。  原因は不明。ここでの死亡者は幸いにして0人。ただし、重症者は10人を超えており、まさに不幸中の幸いであった。 「2階のテーブルに料理を運んでいる途中、階段を昇っていたら“パシッ”っていう、こう――僕の喉では出せないくらいの大きな音がしたんです。そうしたら、もう、後は何が何やら………ええ、瓦礫に埋もれましたが、幸いにも片足を折っただけで済んでよかったですよ。腕が無事なら料理ができますからね!」  負傷した料理見習いの若者はこのように証言した。  ともかく、不思議で奇怪な事件である。建築に対する手抜きなどが指摘されたが、後の調べでやりすぎなくらいしっかりと建てられた建造物だったと判明。それはそうだ、威信をつぎ込んだ一軒なのだから。  自然災害の線。島国ならありがちな「地震」についてだが、これに関してもその事実は確認できていない。しかし、それくらいしかありえないので、「計測のミス」もしくは「建造がやはり手抜きだった」のいずれかと思われた。  ―――即座にニュースとしてまとめられたのだが、カルタニアの報道各社は更なる混乱に直面する。  それこそ、一店舗の崩壊など―――意識の蚊帳から吹き飛ぶくらいの、次なる衝撃がカルタニアの誇りを襲った………。 ACT 2(A)  ホテルの一室。怒り心頭な男は、相手の鼓膜を攻撃するかのように、携帯電話に怒鳴っている。  その通話の先。屋上にヘリポートを持つ高層ビルの最上階。  リングランドから遠く離れた地で、スーツ姿の女性は高級な椅子に座り、キャンディが詰まった瓶を撫でていた。  机のネームプレートには、“ロイ=ネフィス”とある。 「………OK。とりあえず、あなたが言いたいことは解った。そしてさすがね。やっぱりあなた、“勘”が良いわ」  通話に出て、ひとしきり言葉を刺された後。「ロイ」は背もたれに深く寄りかかり、椅子を回して身体の向きを変えた。窓から零れたような光で、スーツの色合いに軽く紫が入っていることが解る。 「あの後死体を調べてね、“彼”の財布から嫌な物が1枚、見つかったの」  机に置かれたキャンディのビンに移る自分。それを軽く人差し指でなぞる。  肩ほどの長さにある髪。組んだ脚の太腿――――。 「カードが一枚。会員証みたいなもの、なんだけどねぇ……」  ロイは残念そうに最後の発音を濁した。 『姉さん、人数はどれくらいで、頭は誰で、何処にいる?』  通話相手の朱雀はその面に怒りを表した――と、ロイは彼の“いつも通りの声”でその表情を容易に想像できた。 「朱雀君、重要なのは――」 『重要なことは既に俺が言った。名称はもっと早くに言うべきことだから、省いたよ』  高所から他を見下す猫のように冷めたロイの瞳。そこにあった光が消えた。 「アルフレッド―――――― 黙れ。」 『・・・・・・』  椅子の肘置きを爪で引っ掻いた音までは聞こえていないが、襟元を締め上げられた状態に等しい精神で、朱雀は沈黙した。  この時、ふてぶてしい男の余裕は皆無である。 「――まったく。あなたは賢いし、頭も回りすぎるほど回るけど、たまにヒートしすぎるのが問題よ。これ以上の説教はあなたを怒らせるだけだから止すけどネ!」  ロイは口調を明るく変えて、いわゆる「飴と鞭」の飴に当たるおどけた感じの言葉を発した。 『……すいませんね』 「Good! ――で、大事な大事なキーワード。それは“奇転の会”と『外れ』。関係あるじゃなくて、“同じ”ってくらいで捉えて」  朱雀はシャワールームから出てきたカレン=ミリタナを横目に見た。バスタオルで身を包むカレンは「ち、ちょっとぉ……」と照れている。  上の空ではあったが、朱雀はそれでも話の内容は記憶していた。憶える気はなくとも、耳に入った情報は基本的に忘れない。そんな男である。 『――まじか』 「あら、察するに“外れ”に覚えがあるのね」 『覚えっつぅか、そのマニアみたいなのが目の前で着替えてる』  下着を身に着けているカレンの背が朱雀の瞳孔に映し込まれる。  遠く離れた地で、ロイは首を振った。仮にも独身女性である自分の前で、かつて自分を口説こうとした分際で、なんと無礼なことか、と。 「………朱雀君、私はママじゃないの」 『――――だったらさぁ、』 「そ・れ・で。あなたは今日色々と不運だったのね」 『そりゃあもう。彼女と食事してたら―――』 「店が文字通り“潰れて”」 『メンドイからバックレて、彼女と新車で走っていたら―――』 『「 巨大な橋が、“崩壊”した 」』  ――会話が止まる。  ロイの部屋に掛かっている時計。  アンティークの振り子時計が律儀に時と音を刻んでいる。 「……“ビッグブルー・ブリッヂ”。欧州最大の海上道路。高架橋、専用道路を含めると全長18.4km、建設費24億ドル。1998年からリングランド本土とブルーランドを繋いでいたリングランド・シンボルの1つよ」 『…………』 「現地時間14時26分。これほどの規模の橋だとラッシュも何もないわね。今日、世界中の教科書に項目が1つ増えることが決まったわ。稀に見る、大災害――いえ、大事件かしら。  死傷者数はとてもじゃないけどまだでてないわ。けど、3桁は確定的ね」 『…………』 「そして――家(うち)ね、保険にも手を出しててね。それで、今年ね……」 『あ、そーいうのはいいスから』 「え!? ……あ……うん」  しょぼくれた顔で俯くロイ。溜息が通話先にも伝わり、朱雀の口の端が少し上がった。  ロイはしばらく沈黙した後、キャンディを1つ手にとって口に含む。 「ほレで――それで、ちょっと話を遡るけど……“センチネル”のコートにね。大量の試験管が入っていたの」 『――あいつ、何か割ったと思ったら。それか?』 「でしょうね。中身は……そうね、一言で言えば“インフルエンザウイルス”ね」 『……普通の?』 「いいえ、未発見の新型よ。だけど、これが“人体を外から食い荒らす”なんてファンタジーなものでないことは確かね。あくまで新型のインフルエンザにかかるだけ」 『そりゃ“あたりまえ”っスけど。一応、根拠は?』 「――このホテル、今日からしばらく“臨時休業”なの」 『うわ、そりゃ客もホテルも災難だな―――つまり、あいつは何らかの手段でただのウイルスを“ミクロの獣”か“ミクロの爆弾”に変化させてたってことか』 「今となっては憶測しかできないけどね(調べろって言ったわよね!)。ただ、彼の財布から出てきた――」 『“奇転の会”……ってか。“外れ”ってのは超能力者か魔法使いの類ってことスか』 「大体そういうこと。詳しくは“彼女さん”に聞いてみればぁ? ……ただ、『奇転の会』は“外れ”ってことがマズイわけじゃないのよ。センチネルをあなたに任せた理由――」 『……?』 「ある日のこと。マフィアなんだけどね、末端のタコ部屋みたな場所だったし……ニュースにはならないような社会の暗部。そこで82人が残骸と化したわ」 『…………』 「ある女性の話。イライラしてたのかしらね。交差点で停止している前の車3台が、信号が変わっても動かないってのでクラクションを鳴らしたの。後ろも閊えているし、急いでいたからね。それでも動かないので勇んで愛車を降りて怒鳴りこんだら――センチネルによる被害者の状態って、あなた知ってるわよね?」  ベッドに腰を下ろし、ライターに火を灯す。部屋は当然のように禁煙だが。  煙草を奪い取ろうとするカレンの頭を撫でて、朱雀は煙を吐き出した。 『そりゃ、トラウマだ……それ聞いてから、その子らの念を込めてぶち込んでやりたかったな』  頭の手を振りほどいて顔を赤らめるカレン。眼鏡のズレを治す彼女を見つめて、朱雀は続けた。 『――それはともかく、なるほどね。あの似非監査官、やっと手がかりを掴んだぜ。つまり、やつらは“とってもお友達想い”ってことか』 「どうかしら。単に切欠が欲しいだけかもしれないわ。自分の“脅威”を振るう理由が欲しい、って感じで」 『―――だが、俺の情報にあそこまで踏み込めるってことは、どういうことだ?』 「何の話かしら?」 『あいつらのメンバーの話っス。“赤いメッシュに左側だけ刈り上げられた胡散くせぇ七三分け”。そういった男の情報があればください』 「ふむ、OK。まかせて」 『……で、他に今もらえる事は? 頭の素性、所在とかメンバーとか』 「――かつて、何度かあたしも関わったことがあるけど。とにかく例外なく厄介な連中でね。始末するのがやっとなのよ。だから、それ以上情報が広がらなくてね……」 『まあいいっスよ。俺は狙われてんだ、どの道そいつらは寄ってくる。――ったく、随分と厄介なことに関わらされたな』  苦い笑みを浮かべる朱雀。隣ではカレンが心配そうにその横顔を眺めている。 「そうね、私から押し付けたことが始まりだし……」 『まぁ、そうなんスけど……』 「朱雀くん、怒ってるゥ? ゴメンネ!」 『………この人は災害と一緒なんだな、ああ、チクショウ』  朱雀は頭を抱えた。カレンは一層心配そうだ。 「これでも本当に心配しているんだから。――朱雀君、死んだら駄目よ?」 『勝手なもんだ。姉さんが心配するのも、俺が心配されるのも。似合わねっスよ』 「あら、そう。 それはともかく、“姉さん”っていうのやめい」 『……はいはい、了解しましたよ、ロイさん』  笑みを浮かべて、灰を携帯灰皿に落とす。  ケータイの通話は途切れ、それは折り畳まれた。  相手の言っていることは解らなかったが、朱雀の発言からなんとなく危ない気配を察しているカレン。 「ねぇ、イーグル。私達が狙われているの?」  カレンは少し震える声で朱雀に問いかけた。 「――達じゃない。“俺が”、さ。お前は心配スンナ」  少し疲れた様子で息を吸う。それでも、朱雀の表情は暗くはならない。変わらず余裕があり、笑ってすらいる。 「“外れ”が関係あるの?」 「……聞こえた?」 「あなたが言った」 「そうか――」  灰色の息を吐き出して、携帯灰皿の吸殻を1つ増やす。 「そうだな。“外れ”の奴が俺を狙ってる。だが、お前は何の気苦労もいらない」 「どうして?」 「解らないが……お友達の復讐かな。それしか思い当たらない」 「――――私、協力できるはずよ。彼らの力を調べているんですもの!」 「教えて欲しいことは教えてもらう。けど、気負わなくて良い」 「――あんな、あんな事をされてまで、イーグルは狙われているんでしょ!?  “外れ”は普通の人間じゃないの、いくらあなただって平気で済むわけがない! だって、あんな大きな橋だって、いきなり割れて、崩れて、いっぱい車が海に落ちて。人も、人もあんなに、あんなにたくさん……」  瞳から流れた涙が、頬を伝っている。  震える咽から、必死に声を出している。  煙草を捨てた左手にすがる手は、強く握られている。 「――――カレン」 「・・・!」  カレンを抱きしめる朱雀の両腕には迷いが無く、しっかりと彼女の身体を自分の胸に引き寄せた。彼女の震えを、抑えるように―――。 「怖かったな。そりゃそうだ。あれだけの大惨事を体験したんだ」 「――――」 「これからは、何も心配はいらない。もう、怖がることもない」 「――――」 「こうして君を抱きしめている俺が、死ぬと思うかい?」 「――――思わない」 「君に襲い掛かろうとする悪夢は、俺がマグナムでもれなく打ち砕いてやるよ」 「――――」 「……俺が弾丸を外すか?」 「――――外さない」  頬に当たる朱雀の胸板に安心を感じて。温かな布団に身体を任せるように。  カレンは震えが止まった身体をギュッと彼の身体に押し付けた。 「ほら、もう心配は無くなった――――と、いうわけで俺はシャワー浴びるから。おまえも冷えちゃっただろ? 一緒に浴び直すか?」  カレンの額に手を当てて、朱雀が明るい笑顔を見せる。 「――えへへ」  カレンは恥ずかしそうに頬を染めて、さっきよりも強く彼に抱きついた………。 ACT 2(B)  その“双角”は通話をしている。相手は親友だ。  町中に巡らされた守護の目は今、彼の絆を守る鷹の目となっている。 「心が、痛いよ」  双角は涙を流して立ち尽くした。 『僕もだ。一体、何人があの凶人のせいで犠牲になったことか。でも、いいかい。君は自分の行いで心を痛めてはならないよ』 「一体、どれほどの人間が――」 『ヴァイオレットは死んだんだ、孤独に。さぞかし無念だったろう。いや、無念は我々か』 「――まだ、彼の死は終わっていない」 『そうだ。ヴァイオレットは――我等の親友はかけがえが無い。我らの絆は最も大切だ』 「絆を断ったのは、負の螺旋を始めたのは――“奴”だ」 『素晴らしい……っと、いや、さすがだ。お願いだよ、彼の死を終わらせてくれ。協力できることならなんでもするから』 「大丈夫ですよ。もう、終わる。もう、“加減”はしない……」 『そう、か――ありがとう。それでは、絆に幸運を』  途切れる通話。 「……例え、どれほどの犠牲があったとしても。その犠牲は彼の死も、妻の不遇も犠牲とは思わない。それは、彼らも自分の絆を守りたいから。  私も、大切な絆を守ろう――――それが、世界(しゃかい)なのだろう?」  ポロシャツの胸ポケットに手を当て、双角は強く発言した―――。 ACT 4  巨大なディスプレイがある。150インチの素敵なそれは真っ白な“光”だけを映している。  ディスプレイの前にはCPUの群れ。しかし、暗がりに沈む空間では、広大な液晶の光をもってしても影が目立って、それらの細部は望めない。  暗がりに開く光の口。照らされた階段を下りて。1人の青年が、乱雑で、かつ高度なこの部屋に足を踏み入れた。  スキップをするその姿はスラリと高い。およそこの巨大なディスプレイの高さほど(180cm程)か。  長い金髪が白衣の背中で跳ねている。  ディスプレイから放たれる光に照らされ、右手のポップコーンを楽しげに掲げるその人。  “思わず言葉を失うほど美しい女性”――そんな顔立ちの“彼”は綺麗な金髪を暴れさせて、ダンスのステップのように舞っている。  2、3回転しながら椅子に大胆に腰掛ける青年。 「エイオーっ。皆、起きろぅ!」 “パチンッ”  彼の合図が響くと同時。乱雑で、かつ高度な部屋は輝きに包まれた。  煌々と発光機は輝き、轟々と機器は起動する。  150インチの巨大なディスプレイには「HELLO!」の文字の後に無数のウィンドウが表示される。  一気に賑わう室内。無邪気な青年――“玄武”はポップコーンの袋を勢い良くあけた。  画面上では彼自身をデフォルメしたカーソルが彼に手を振っている。  玄武は自作の冷蔵庫(皆には秘密)からコーラを3缶取り出し、目の前に重ねた。  「早く使えよ」とばかりに飛び出たPS7のコントローラーを手にし、コーラ片手に十字キーを操作する。  画面上ではカーソルの彼がウィンドウの枠をよけつつ、時に画面上を泳ぎつつ、画面の一角を目指す。  やがて目的のブラウザに到着すると、カーソルの彼はジャンプした。  縮小されていたブラウザがズイズイと周囲のウィンドウを跳ね除けて拡大する。  拡大された画面内には金属質な空間が出力された。   電子空間の彼は、どうやらまだ玄武に気がついていないらしい……。  画面には一面の金属質な灰色に、“粘土質な白い球体”が「ポツン」と映っている。  ポップコーンを口に放り込みながら、玄武はディスプレイの球体に手を振った。 「アロー、アロー。起きておるかい、マイク君?」  彼の呼びかけに答えたのか。球体はその姿を変え始める。  星型になり、次第にそれは調整されて人の形になり――結果的にその球体は白いスーツ姿の紳士に変化した。顔はまだ決定していないが、なんとなく目や口の原型が感じられ、顔つきの方向性は判断できる。どうやら若いヒスパニック系白人男性を目指すらしい。  マイク。それがこの球体紳士の名前である。彼は決して、我々のように3次の世界に出てはこられない。しかし、その存在は厳密には2と3の狭間であり、これを利用してちょこちょこと悪戯を行える。  例えば、モニターの中に三次元の物を仕舞い込んだり、その逆をこなしたりと……。  ともかく。マイク=フロイスは、異次元に住む玄武の心強い弟なのである。 【やあ、ジュニア。こんにちは】  白い紳士は襟元を正しながら画面の前に挨拶する。 【しかしジュニア。僕は寝ないよ。だからいつだって起きている】  白い紳士は続けて話す。  ポップコーンをほお張りながら、玄武は「ふ~ん」と唸った。 「それもそうだね。でも、そろそろ寝ることも憶えてみたら? 寝ると幸せだよ?」 【幸せ――そうですね。さっそく眠りかたを調べてみます】  白い紳士は目を瞑って少し顔を上に向けた。 「頑張ってね、マイク」 【ありがとう、ジュニア。――それで、私に何か用があるのでは?】 「マイクに会いたかった~からっ!」 【…………おお。私は今、“照れて”いる?】  白い紳士は両手を頬に当てて首を傾げた。 「それと、アルフレッドが、調べて欲しいことがアルってさ」 【おっと、朱雀様がジュニアに? それは大事そうだ。早急に調べましょう】  白い紳士は驚いた表情を浮かべ、両手を広げた。 【――して、何を調べましょう?】 「そうだねぇ……とりあえず最優先は“奇転の会”とかいうの」 【指示理解――情報平均の結果=“欧州にある異常者集団”、細部情報現在捜索中】  巨大な画面内には無数の小さなウィンドウが雪のように輝き、降り注いでいる。  白い紳士に積もり、その手に触れると消える雪。 その光景は“冬”である。 「あと、今日リングランドで大きな橋が壊れたんだけどぉ……」 【それなら、興味があったので個人的に検索済みです。災害ではなく人災、建造過程に問題があったという指摘が現在多数】 「あれ? だって朱雀が“犯人を捜せ”って。作った人が犯人ってこと?」  玄武の疑問に答えるため、画面内は一層多くの雪に覆われ、積もり始めた。 【――いえ、ありえません。建設に関連した資料をあらかた見ていますが――問題と言えば些細なこと。“誰が多く金を取りすぎているか”、など橋の崩壊には無関係ですからね】 「じゃあどうしよう?」 【崩壊の様子から“テロ”には違いない。なぜなら、広大な橋を端から端までほぼ“同時”に砕いているから――つまり、何らかの異常な所業です。……“奇転の会”に追加情報。“ルーラー”“外れ”と呼ばれる、普通ではない人間が過去の構成に複数確認されました】 「そう。う~ん、どうしようかなぁ……」 【ジュニアの考察の間に。リングランド国内の市内カメラの映像を、とりあえず12時間前から遡って調べてみましょう。何か疑問があれば聞きます】 「ありがとう、マイク! 大好き!」  白い紳士は嬉しそうに微笑みながら、ゆっくりと身体を宙に横たえた。  画面の雪はより数と密度を増す。  魚群のように密集し、白い紳士の周囲を回遊する。その速度はあまりにも速すぎて、輝くウィンドウの群れは1つの巨大なリングとして玄武の目に映っている。  ポップコーンをリスのように前歯で齧りながら、玄武は唸りをあげた。 ACT 3(B) 「ねぇ、さっきの何?」 「何がだい、カレン?」 「怒鳴り声が聞こえたんだけど……」 「気のせいさ」  シャワーを浴びた朱雀はそそくさと先に出て、誰かとまた通話していたようだ。  遅れて出てきたカレンはバスルームにまで聞こえた怒鳴りに驚いて、水を滴らせたまま部屋に入ってきた。 「……壁にそんな傷あったかしら?」 「おお、これは酷い。あとでホテルに文句を言っておこう」 「いや、でもそれさっきは無かった――ゅ!」  カレンが抱いていたいくつかの疑問は、重ねられた唇によって押さえ込まれた。  抱き合う2人は野性の流れでベッドに入り、朱雀はカレンを抱きしめた。  カレンのメガネを外し、露になった瞳を見つめる。  潤む青い瞳を閉じて、彼女は彼の全てを受け入れた―――。 / / /  ケータイが鳴る。  朱雀は半身だけ布団から出て、にゅっと腕を伸ばし、ベッドの横で震えるそれを掴んだ。 「――おう、何が解った」  わりかしさっきよりはマシな機嫌で応対する。通話相手はコーラで口の中のものを流し込んだ後、ゲップと共に口を開いた。 『やぁやぁ、それがね、やばいよスザっ君。“奇転の会”は怖い集団で、凄いよくわからない、普通じゃない人がいるらしくてね、それで――』 「その辺のことは解ってんだよ。誰でもいい、メンバーでわれた奴はいるか?」 『ん~ん、解んない。もう死んじゃった人達なら何人か解るよ』 「死人じゃどうしょーもねぇよ。生きてる奴が俺を狙ってんだ。他には?」 『マイクがリングランド国内のカメラを調べてくれてるよ』 「あ~、あのカメラね。あれさ、すっげぇ感じ悪い。そこら中で監視しやがってよ。犯罪防止って、あれ自体がプライバシー侵害じゃねぇの?」 『何かヒントになるのが映ってるといいねぇ~』 「………お前さ、なんかやたらと気楽じゃない? もっと俺に気を使えよ」 『え~? だってさ、狙われているのは“君”でしょ?』 「おい! どういう意味だよ、そりゃ!?」 『だって、君が殺されるわけないもの』  朱雀は数秒ほど、押し黙った。なんともこう、先程の自分の暴言を恥じている気分である。 「・・・帰ったらデコピンしたるわ」 『え!? やだよ!! どうしてキョウリョクしている僕が――/  /ピッ――”  通話の切れたケータイを置いて、いそいそと花弁の園へと潜る。待ち望んでいたように彼女は足を下部に摺り寄せてきた。  朱雀の身体に優しく這う細い指を掴み、そっと舐める。  艶やかな太腿に当たるモノが心地よい。さて、そろそろはちきれんばかりの・・・ 「!!」 「もが!?」  キスをしようとしたカレンの口を手で押さえ、朱雀は表情を強張らせた。 「ふが……ちょ、ちょっとぉ。どうしたの?」 「どういうことだ? そういう能力? それとも単に技能? または――“繋がり”?」  呟きながら起き上がり、ベッドから出る朱雀。 「ねぇ、何? 何なのよ?」  カレンは物足りなそうに朱雀を引き止めた。 「カレン。俺たちは今日、2つの事件を体験している」  パンツをはきながら、朱雀は背中越しにカレンに話しかけた。 「ええ……そうね」 「1つは解るんだよ。だがな、俺はそれでも迅速にあそこから離れたのさ。馬力のあったあいつをかっ飛ばしてな」  ベルトを締め、シャツを着る。 「うん、もうちょっとイーグルは安全を考慮したほうがいいわ」 「いや、俺だっていつもああまで無茶な運転はしない。 それはいいとして、俺たちの車は解っていたとして………なぜ、俺たちが橋の上を走っていると解る?」  2丁の銃を仕込み、ナイフも帽子やらコートやら、多めにセットする。 「解るって、あなたを狙っている人たち?」 「あらかじめ、いや、随時知っているくらいでないとだめだ。俺たちの動きを」  赤黒いロングコートの袖に腕を通し、テーブルの上のライターを仕舞う。 「え、ああ……え?」 「しばらくこないのは――海の上には“目”がないからな、見失っていたのか。なら、そろそろヤバイ……次はどう来るか、だ」 「“ヤバイ”って何がよ!? 全然解らないわ!」  眼鏡を掛けて声を張るカレン。  彼女の下着、服一式がベッドの上に放られた。  朱雀はカウボーイハットを被り、その広いツバから眼光を除かせ、振り向く。 「早く着替えな。裸で市内を走り回りたくはないだろう……?」 【ジュニア、疑問が見つかりました】 「おう、なんだい、マイク?」 ホテルに向かう。 【ええ、私事で恐縮なんですが……】 「事件のことじゃなぁぁーーーい!!?」   入り口ではなく、ホテルの外壁へと直進する。 【私、いつか“そっち”での肉体を得たらガーデニングをしたいんです】 「うん。それはいいことだね! たくさんの花に、群がるミツバチ……怖ぇっ!!」 【ミツバチを検索――結果=ミツバチは比較的温厚。ただし、巣には近寄るな】   外壁を前にして、立ち止まる。 【――それで、種を鉢に植える時、そのまま置いてはいけないらしいんです。“指で穴を開けて埋める”んです】 「そうなの? 団栗とか地表に落ちてるじゃん」 【収穫、結果に人は“確実”を求めます。地中が発芽しやすいというのなら納得です】 「ポップコーン埋めたらポップコーン生える?」   ポロシャツの袖を捲くり、拳を握る。 【――それで、質問なんですが】 「なんだい?」 【“アスファルト”にガーデニングは可能なのでしょうか?】 「アスファルトに指で穴?? 僕は無理! 虎ならできるかもっ!」   握った両の手から。それぞれ一本、屹立させる。 【では、やはり理解できませんね。――この人、橋の専用道路でそれをしているんですよ】 「それって何さ」 【“指で地面を突く”って動作です。しかもこの人、中指で。突きにくそうですね】   屹立させた中指を手前に構える。 「あはは、ほんとだ、変なおじさん。しゃがんで地面をツンってしてるw」 【――ええ、そう。その“変”の直後ですね】   挑発ポーズのようだが、“その程度”ではない。 「・・・・うわお……」   これは、 『 破壊の宣告 』 に等しい。 【ご覧のように、ビッグブルー・ブリッヂが“割れ”ました。衛星の映像をご覧に? 見事に、一発で“割れ”ています。見えない巨人に踏みつけられたか、のように――――】   元より亀裂あるものには破壊を。   亀裂ないものには亀裂と、破壊を。  その両手の中指は、鉄筋コンクリートの外壁に突き立てられた。無論、このような華奢で、穏やかそうな男性の力では外壁に穴など開かない。  ――――ただ、6階建ての建造物全体に亀裂が走り、窓が続々と破裂するのみである。 【今、彼を見つけました――おや、“変”ですね。彼の目の前のホテル。  なぜ、こんなにボロボロなのでしょうか……?】 /  ニュースを見て身を震わす人。  「出ないな――あの馬鹿」  青い髪に、鋭すぎる形相。  「…………行くしか、ないか」  その面は、いつもより尚、恐ろしいものとなっている。
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