メーデン十三代時記 巻1

・第一章 ~クランベルとメーデン皇帝領~  クランベルという国は、そもそも隷属の立場から始まる。  C.400年代後半。当時隆盛を誇ったアレス帝国の広大な支配下にはいくつもの属州が存在し、クランベルもまた支配される州の1つに過ぎなかった。  しかし、二分されていたアレス帝国の崩壊を機会として、クランベルは独立を果たす。フット族の革命者「クローヴァクス」に率いられた属州は、アレスの秩序を押し返し、独自の価値観を確立することに成功した。歴史に「クランベル」という号が登場するのはここからであり、国家基盤を確保したクローヴァクスは、自らを皇帝[ルトメイア]と改称した。ちなみに、クランベルは歴史書によって「フランベル[フランツ]」と記されている場合もあるが、それは誤りである。  初代ルトメイアを象徴するものと言えば“細剣”であろう。「座したまま敵軍を薙ぎ払った」と言われる剣は、振るわれたことで橙色の輝きを旋風として放ったらしい。15世紀以上経過した現在では首都リロールの美術館に欠片が残るのみ。細剣の欠片を手のひらに乗せて輝いた場合、その者は「後に時代を動かす可能性を持つ」ともっぱらに言われている。  クランベルにまつわるもう一つの宝剣伝説と言えば「狂騎士・アシェルの物語」がある。 C.1800年前後に巻き起こった革命の戦火を生きた英雄であり、実際はどうであれ、当時の不安定な政局による混乱を収束させた人物とされる。  その頃は「ガリ家」の時代であった。ルトメイア王家を保護・繁栄させるという名目で王室ごと辺境地へと押し込み、執政権を剥奪して恐怖政治を敷いたガリ家。これに向けて市民及び反対勢力、王家が反旗を翻した――この激動を、“クランベルの革命”と呼ぶ。  革命の最中に乳搾りのアシェルは“魔剣ディスペア”を片手で存分に振るい、ガリ家に付く貴族の城を次々と陥落させた。「アシェルが存在しなければ革命は成らなかった」と言わしめるほどの戦果であるが、あまりに突飛な戦績を疑問視する声は多い。よって、史実ではなく、あくまで「アシェルの伝説」として語られる傾向にある。  伝説によると。己の正義を貫いたアシェルは戦後に行方をくらまし、その晩年はようとして知れないとされる。アシェルの担いだ大剣ディスペアは前述の首都美術館に秘蔵されていたが、近年になって新たな持ち主を得た。  ガリ家がルトメイア王家を押し込めた辺境地は“メーデン”と呼ばれ、白肌の宮殿を備えるその場所は皇帝領として今も機能している。  革命後も王家の執政権は奪われたままであるが、その権威は回復され、王室ごと移された宮殿の周囲には独特の市政が築かれている。  ここでの「王室」とはつまり「国王を中心とした侍女の集い」であった。  国王寄りの有能な貴族は没落させられており、当時のクローヴァクスにできることは非常に少ない(注*「ルトメイア」は本来「皇帝」の意なので、一有力貴族に成り下がったこの頃のルトメイアは“番外”として扱われる)。  C.1431年。ガリ家に事実上の国外追放を受けたノトン=クローヴァクスは自らを支持してくれていた没落貴族から子女を救い出し、または預けられ、独特の王室を形成した。過去より歴代ルトメイアはハーレムを形成していたが、ノトンのそれは規模が異なるものである。つまりは、それほどまでに大規模な貴族粛清が行われた証なのであろう。ノトンは子女を集める様を「権威を追われて焼けになっている」ものとして振舞った。  過去しばらく、ノトンは「色欲しか目にない、愚かな失格者」として評価されてきた。処刑された父親の敵も知らぬ暗愚として、後の多くの人間に蔑まれた。これによってメーデン皇帝領は「伝統を拡大解釈したノトンが作った堕落の楽園」として、過去の歴代ルトメイアの権威と共に失墜することになる。  ノトン=クローヴァクスから始まった「メーデン皇帝領」は、断崖と山脈に阻まれた辺境地に存在する。クランベル本国とは広大な草原を隔てており、正しく“隔離”された辺境地と表せる。しかし、そこに住まわった王族と貴族の子女らは「ノトン」の強烈な求心力によって頑強な集団精神を作り上げていた。  幼少のままに追放されたため、ガリ家はノトンの素質を重要視しなかったらしい。  ノトンは歴代ルトメイア屈指の美貌を持つ青年へと育ち、それは山脈を越えてメーデンに襲いかかった蛮族長からして「美しすぎて殺せない」と零させ、捕縛されながらに撃退するという事態を引き起こした。  ガリ家からすれば「イケメンナンパ野郎」でしかなかったノトンだが、その実態は有能な統治者であり、彼を慕うメーデン領内の人々によって自発的な騎士団が結成されたほどである。剣技に優れるルトメイア家の術を学んだ子女の集団は、世界各地を見渡しても最強に近いファンクラブであろう。  ノトン時代の結束を元として蛮族を味方にしたメーデン皇帝領は以後も存続し、クランベルの革命によって遂に復権を果たすことになる。  メーデン皇帝領は今でこそ「男性の入国に制限がある国」という珍しい制度を摂っている。これは革命前には曖昧だったのだが、権威を取り戻してから次第にエスカレートした結果である。  前述にあるように、メーデン皇帝領の成り立ちは特殊なものである。元来「ハーレム」を基礎としていた分、皇帝はともかく、パワーバランスが女性向きになるのは仕方のないことなのだろう。  自発的騎士団(皇帝ファンクラブ)はメーデン騎士団として正式な国防軍となり、それを統べる七騎士の存在は、領民にとって皇帝よりも直接的な影響を持つことになる。  クランベル新政府によって保護されたルトメイア王は皮肉にも代を追うごとに腑抜け、代わりに七騎士及び傘下の騎士団は伝統と力を増していく。昔から山脈先の蛮族からも入団を歓迎しており、排他的な感じはあまりない(*女性に限り)。正式にクランベル王家領土として国際社会に晒されたことによって多国籍化は増進した(*女性に限り)。彼女らの影響力は本国にまで浸透し、皇帝直属ということもあって留まることを知らなかった。  在位するルトメイアは初代領主ノトン(*厳密には二代目)の意志を次いで騎士団へと大した口出しをしない姿勢を貫いている。よって、いよいよもって単なるクランベルマスコットと化した。  と、このように「クランベル」という欧州の大国にとって重要なメーデン皇帝領であるが――近年になって、情勢が大きく変化することになった。  その性質上、メーデン領主の世代交代は国家としての一大事変となる。よって普通は段階を追って、数年を経て行われる。ところが、現代「ルトメイア13世」は緊急的な世代交代を発布。サルベウス皇太子を本国より呼び寄せた。  「騎士団は基本的に王の妻」ということから、王が交代するということは騎士団の存在自体が大きく変化することであり、そこには必ず混乱が生じる。だからこその「数年を経た退位」が必要となるのだが、今回は異例として話が進む。  これは二つの【重大事件】が重なったことが主要因であり、重大事件とは【騎士団長の落命】である。“二つ”と言ったが、つまりは“数年の内に二度も騎士団長が死亡した”ことを意味する。  それが事故や病によるものならここまでドタバタとはしないであろう。問題なのは、どちらも「事件性を持つ殺人」だからであり、真相を知ったルトメイア13世が責任を感じる事態であることからも彼の落ち度は否めない。その上、七騎士の中から国外追放者を生み出してしまったことは隠しきれない国家的汚点でもある。  果たして、何故こうも伝統のある騎士団において不祥事が発生してしまったのであろうか。それは、騎士団の発足と在り方に理由と、何よりも“人が人を愛す”という事柄に要素を見出さねばならない。  人間らしさを失うことで王としての素質を得るのならば、それは自己犠牲である。  ルトメイア13世こと【キャーサル=クローヴァクス】。  彼は限りなく、一介の人間であった……。 ・第二章 ~皇帝と騎士団~ /第一節、「メーデン騎士団とは」  クランベル皇帝領、メーデン。山脈を傍らの共として断崖を眺める狭き領土。民衆の住む地より広大な平原を隔てたそこに、現代の来訪者達は西洋最も美しい肌を持つと謳われる宮殿を目にすることであろう。  断崖の白城、「カントラック」は他国の好き者より「女帝」とも呼ばれている。特異な歴史が近代に入ってより過激化され、今では「皇帝と僅かな助言者以外は全て女性」という異様な風景を湛えるまでになったことが、象徴でもある城を女性的に見立てさせると言う。  このカントラック城の主はメーデン皇帝「ルトメイア」であり、世襲されるそれは現代で13代目を数えていた。カントラックの主ということは皇帝領の主を兼ねることになり、それはつまり欧州の勇、クランベル国を象徴することを意味している。  威厳ある皇帝が枕を置くカントラック城――。しかし、伝統ある白肌に“皇帝領を守護する乙女の血”が流れたことは、声を大きくできない事実である。  始まりはC.2000年より2年遡る。  C.1998。ルトメイア13世は即位26年を迎えていた。最盛期は過ぎつつあるものの、まだまだ色気の強い年齢。チャームポイントの長い顎鬚を目掛け、メーデン領内外から女性の熱い視線が送られていた。  興りを皇帝のハーレムに見られるメーデンだが、今ではその仕組みだけが利用され、さながら「女性の為の女性による経済特区」の様相を呈している。  皇帝に見初められれば、クランベル内における「貴族」の立場が確約される。これを足掛かりに莫大な資産を得ることも夢ではない。しかし、メーデンに住む女性が全て皇帝を慕っているかといえばそれは「NO」である。まぁ、嫌いはしないものの、特にコレとも考えない人がむしろ多い。「女性」であるだけで国を挙げた援助が期待できるので、実力を元にした立身を期待する多種コーディネーターや商業人が入国の大半を占めるのが現状。  そこにあって強く皇帝を慕う存在がある。メーデンという領土を成り立たせる防衛力でもあり、歴史そのものとも言える「メーデン騎士団」がそれだ。  メーデン騎士団は「七騎士」と呼ばれる存在を筆頭とする凡そ500名を超える多国籍軍。しかし、それは単なる防衛軍と一線を隔したものである。  第一に、構成員が全て「女性」ということ。これはメーデンという国の在り方を見れば自然な成り立ちであろう。  第二に、その全てが何らかの「剣技」に優れるというもの。本国クランベルを興した初代ルトメイアは伝説の細剣を扱った。本来から「剣」は武器の中でも神聖なものとされるが、クランベルではルトメイア王家に伝わる伝説と技能からして、「剣」を儀礼的だけではなく実用的にも重要視している。その価値観は、重火器が旺盛な近代に入っても継続された。  単なる意地ではない。確かに重火器は驚異足り得るが、練り上げられた武は確固とした防衛を築き、制御された武力は絶対の治安を皇帝領にもたらしている。  メーデン皇帝領はその尊厳と格式から、秘匿とされる事柄が多い。これも公に言えないことであるが……騎士団には魔術や呪術の類を用いる人が多いと聞く。一重に、それは神聖なる剣の技が神秘の法と高い融和性を持つ証であろう。  実力も然ることながら。メーデンの騎士団、特に「七騎士」の存在は他国にも知れ渡った、名高きものである。彼女らは皇帝領の秩序を護る使命を持つが、クランベルとしては自国の重きある“戦力”として他国に示すべき切り札である。  滅多に皇帝領から出ない七騎士だが、その重い腰こそ彼女らの貴重さと神秘性を引き立たせる最大の理由であろう。  皇帝領を守護する騎士団は、関所を兼ねる駅エントランスはもちろん、町の至るところに警備の目を光らせている。中でも「七騎士」と呼ばれる選りすぐりの騎士は重要なポイントに配置されており、その内で「オールドガード」と呼ばれる三騎士は宮殿に宿直する国家最重要の近衛兵とされる。  500余名を束ねる“騎士団長”は必ずオールドガードの称号を兼ねており、皇帝の日常に深く関わる責務を持つ。また、団長は同時に夜伽の機会が多い、所謂“正妻”の立ち位置も兼ねるらしい。  騎士団長の立場は非常に難しいものである。基本的には騎士団で最も“信頼”のある人間が成るべきであろうが、正妻という立場から皇帝との“親密度”も重要となる。そしてもちろんとして、実力、即ち“強さ”も必須であろう。  本来メーデンの騎士団は「国を護る集団」とされた。それは今も変わらないが、この発祥を考えれば“強さ”及び“信頼”に比重を置いて選定されるべきだと考えられる。  ここに加えて。メーデン騎士団長は欧州列強が過去に結成した「平和同盟」に際して設けられた“武帝位”の一つ、「剣帝」も兼ねることになった。若干おべっかな感も否めないが……ともかく、称号としての「剣帝」は“最も剣技に優れる者”とされている。つまりは国を代表する武人として他国に晒される存在であり、ここ(騎士団長)にあるものが貧弱な様であると「なんだ、クランベルってしょぼい」と言われ、「お前らの国は平和同盟を馬鹿にしているのか」と勘ぐられる遠因にもなりかねない。  この事から。メーデン騎士団長には騎士団からの“信頼”よりも、個体としての“強さ・威厳”を求めざるを得ない理由が生じる。  理想としては全てを兼ね備えた人物像であるが、中々早々、歴代の騎士団長にもそのような人は数少ない。  ある者は絶対的な強さを誇りながら皇帝といがみ合い、ある者は圧倒的なカリスマを持ちながらも頼りなく、ある者は皇帝と深く愛し合いながらも他者から疎まれた。  強さと信頼と寵愛――この全てを兼ねる剣帝、騎士団長。  歴代のルトメイア及び番外とされるクローヴァクスの皇帝を見ても、それを傍らに置けた人物は稀有である。  つまるところ、「ルトメイア13世」は稀有な存在と言えよう。  彼の傍らに立った1人の騎士は誰よりも気高く、優しく、強く――何より、“輝きの双剣”を持つ彼女は、この惑星を越えた経験を備えるミステリアスな存在であった………。 /第二節、「皇帝としての難題」  C.1992年。前代団長が病死したことにより、騎士団長の座は「空位」となっていた。それも10年……10年である。これまでに述べたように、クランベル国としても重要なシンボルが10年も空位であったことは国家の失態以外の何者でもない。  エネルギー問題を巡った他国との軋轢も深まる中、相手に叩かれる要素を持つことは不覚。クランベル本国は皇帝領に再三の「新団長擁立」を懇願していた。  そもそも、何故10年もの間騎士団長を新たに擁立できなかったのか。それは騎士団各員、むろん七騎士を含めて「団長」足る人間が存在しなかったということもある。しかし何より、ルトメイア13世という男が歴代稀に見る「ロマンチスト」であったことが最大の要因らしい。  13世は当然として革命の時代など知らず、平穏極まりない皇帝領を治めた父親の血を引き、厳重に保護された少年時代を過ごした。  騎士団長は「正妻」を兼ねると前述したが、これも前述の通りに皇帝領は中々に特殊。12世――つまりは13世の父は騎士団長と折り合いが悪く、実質的な正妻の位置には他の女性の姿があった。  厳密に言えば「正妻」とは言え、皇帝は“全力の愛を注いではならない”とされている。曲がりなりにも「ハーレム」であるが故、特定の女性に愛を注ぎすぎることは他の領民の嫉妬、僻みの原因にもなり、引いては国力の低下に直結する。初期のルトメイア時代ならば「皇帝なんだから好きにさせろ」で押し通せたが、先進国の一角として存在する現代においては通用しない概念。「いかに領民女性の機嫌を損ねず、彼女らを盛り立てることができるか?」。これこそが今の皇帝に求められるスキルである。  そしてこのことが後に13世を悩ませ、悲劇の理由ともなる決定的な重要事項でもある。  13世は騎士団長とは異なる、正妻としての立場にある女性の子として生を受けた。  ハーレムとなれば多くの王子、王女がありそうなものだが、ことメーデンにおいてはそれほど多くはない。古くから女性の権威と自由を謳われたメーデンにおいて、「避妊」は重要視されて然りのものであり、その術も発展していた。  「皇帝の妻という立ち位置は欲しいが、実情や関係は希薄でよい」と考える女性も多い。そんな折に1、2回関係を持ったところでポンっと授かってしまったら後戻りは難しいものである。何せ、母体に宿るは「王子/王女」となるのだから。  ある程度の年齢を経た方ならば「コンドーム」をご存知であろう。あれの発祥はクランベルである。そもそもは、前述のようなメーデン領及びその影響を受ける本国の情勢を察したある医者が生み出したとされる魔法の皮[ゴム]である。また、性の制御術が発達していたクランベルではラブロマンスの自由な発展がなされることになるのだが、ルトメイア13世もこれの例に漏れない。  少し逸れたが。そういった器具、技術の発展からか、13世のライバルとなる王子、王女は思うほど多くは無かった。中でも初期の子であり、その上母は強い権力を持つ女性。おまけに本人の器量も良しとなれば、幼き13世[キャーサル]が次期の王と目されることも自然。それを踏まえて幼少よりミニハーレムが形成され、青田刈りの如し、多くの“付き人”が幼き13世に唾を付けるのも必然であろう。  大半の男性が抱く理想を生まれながらに達成した13世。しかし、それが幸福かと言えば少なくとも本人にとっては疑問である。  彼は一般的な感性、生き方を書籍でしか知らない。そして、読書家の彼が読む本には多くの“自由な恋愛に悩む若者”の姿が描かれていた。  世襲される皇帝、王とは「作られる」人格を意味する。単に「そういう生まれだから」だけで、誰もが一国を率いられたら世話はない。頂きが高いほどその姿はよく目立ち、見下ろすものが大勢であるほど高い手腕を要求される。「国王になる」と予想されるならば、それらのことに耐えうる教育を施さない限り、重圧に負けて権威を失ったり、暴君と化して民の驚異となるだろう。責任は教育者にある。ことクランベルにおいて。メーデンの伝統を元に、幼き13世は自由な成長を許されなかった。  「敷かれたレールの上を行く人生など~」と反骨精神を見せる若者が世には溢れている。この精神を弾圧することは良い対応とは言えないだろう。しかし、13世の生まれと将来を踏まえれば、きっちりと型にはめた教育を施すのは致し方のないことと言える。自由は一歩間違うと単なる「我が儘」と化してしまうものだ。  集団の女性と選りすぐりの教育者に一挙一動を指摘されつつ、13世は少年時代を過ごした。ティーンエイジャーである13世にとって一教科として課される「恋愛」はどういった価値のものであったのか。  毎日別の女性とお付き合いをし、彼女たちを満足させる術を叩き込まれる――。そんな日々をおくる13世の周りにも、全て教育者の意図が含まれていた。しかし、後のルトメイア13世こと、「キャーサル」という人間は、何か通常では居られない天運を持っていたとしか思えない。 /第三節、「玉座の交代劇」  健在時のルトメイア12世が自身の進退をほのめかし始めると、「いよいよか!」とクランベル国内は色めき立つ。……実際には、クランベル本国における温度差が結構に存在した。老齢の人々はまだ「皇帝」という存在に対して強い関心を寄せているが、最早革命時代の「か」の字も知らない青年世代は割かし覚めていた。伝統を抱える先進国ではこういった世代間の意識格差がどうしようもなく生じるものであろう。  本国はさておき。当時、メーデン領内は一気に動乱の時代を迎えた。  皇帝領においては、王位交代の度に凡そ5年をかけて領内の人間は自分の在り方を考える必要がある。特に「皇帝の妻」という立場を持つ女性にとっては深刻な課題だ。  メーデン皇帝領では皇帝以外の重婚は認められず、この法を犯した場合は重く罰せられる。重婚どころか一晩の誤ちを犯した・犯された場合も最悪死罪であり、だからこそ領内の男性排除が過激化したという背景も存在する。  ちなみに、クランベル本国には死刑が無い。なのに宗主国たるメーデンに死刑がある主な理由としては、“そうでもしないと解決できない”泥沼の問題を抑止するためらしい。騎士団などは“決闘”の規律を残しており、「対男性違法者」に関しては各員の独断執行が許されている。華やかな面もあるが、そうそう綺麗事ばかりで国は成り立たない。  「女性の自由」を掲げる皇帝領の矛盾を感じるが、これも辺境の地で懸命に領土を存続させた名残と言えよう。  皇帝が「そろそろ降ります」とほのめかした事実。それは妻たちに「そろそろ本国に移住しますよ」と伝えたことに等しい。どうしても皇帝領に残り続けたい場合は、皇帝と離縁するしかない。そうでもしないと「2代の皇帝に渡って重婚を試みている」ことになり、存在するだけで法に反する。  多くはなくとも、皇帝との間に子を授かっている人もあるだろう。皇帝領内に築いた生活基盤を失いたくない人もあるはずだ。これらの心情と事情を考慮して、皇帝は退位の発布を前に「そろそろ辞めます」などと事前連絡を行い、数年に渡る準備期間を設けるのである。  特に慌ただしくなるのが「騎士団」。領内において重要な立場にある彼女達も例に漏れず、(妻であるならば)国外へと移住しなければならない。最上位の権威を持つ七騎士ですら当然として法令に当てはめられ、進退の決断を迫られる。  前述にある通り。騎士団長は大半、皇帝の正妻である。少なくとも婚姻関係にあることはほぼ例外無い。よって皇帝交代は即ち「団長交代」とすら言えるのだが――。  ルトメイア12世と団長である“ライオラ”は不仲であった。一応婚姻関係ではあるが、ほとんど顔も合わせないほど互いに無関心であったらしい。これはライオラの剣帝即位に際し、12世が団長として推した正妻を「圧倒的な団員の支持と己の実力」によって強引に黙らせ、鬼神の如き眼力で皇帝に無理矢理認めさせた……という経緯に端を発するそうだ。  確かにライオラは平和な時代に生まれたことを惜しまれる程に、不謹慎なまでの絶対的力を誇った。それを含んで他国から「強引な女だ」と悪評をたてられても仕方ないが。食事に持つフォークですら「重い」と文句を言う正妻を騎士団長として据えようとした皇帝にも問題はあるだろう。  そういった事情もあり、12世が退位をほのめかすと早々にライオラは離縁を切り出し、秩序守護を理由に12世退位のぎりぎりになってようやく、晴れて二人は赤の他人となった。  その頃、本国の皇太子「キャーサル」は「後数年で皇帝となる男」として大変な注目を浴びていた。彼としても覚悟はしていたことであるし、逃れられない未来だと知っている。  だが、キャーサルは作り出された王として不完全であった。自分の責務と比べて“愛”に没頭する性分は、メーデン皇帝としていくらも不安な要素である。だからこそ「皇帝の教育者達」はこれを矯正したつもりだったのだが……。  キャーサルの抑えられていた性分を引き出すことになる“女”の登場は、彼らにとって大きな誤算だったに違いない。 /第四節、「皇太子と使用人」  キャーサルが最初に皇太子として注目を集め始めたのは13歳の時。教育者達が各王子を比べた際に大半の指示を得たことから、マスコミを用いたキャーサルのプッシュが始まった。一度皇帝領に入ってしまえば早々に大衆の前へと姿を現さないのがメーデン皇帝。ところが、皇帝となる以前、「皇太子」としてメーデン領外にある場合は「これでもか」と宣伝される。国内は元より、他国へのアピールを兼ねた基盤作りの一事業である。  「未来の皇帝」が「そろそろ皇帝」になり、ダメ押しとばかりに宣伝はヒート・アップ。各種メディアが国民を踊りに躍らせ、余波を近隣及び海を隔てた国外にまでも届かせようと煽り立てた。「ノトンの再来」「窓辺のプリンス」「顎のホクロが素敵な紳士」――などと、二つ名を次々と勝手に付けられるキャーサル。油断ならないレンズの星々に連夜晒されるも、彼は至って平然としていた。  少年期より「特別な存在」として誰もが彼を祭り上げた。  クランベルとメーデンの歴史を裏も含めて叩き込まれ、皇帝として相応しい生き方に矯正され、教育者達に価値ある意識を義務付けられる。代わる代わる訪れる女性達は前日に訪れた人を上回ろうと必死。極僅かな助言者としてメーデン入を試みる男性達は見えないように熾烈な蹴落とし合いをしていたが、キャーサルという一個人は他の人々が思うよりも繊細で、敏感であった。  彼が最も熱中したのは“物語”であり、歴史上に存在した様々な国の“王たる人々”がどのように生きたのか、興味を抱いていた。小物の様に映るかもしれないが、キャーサルは自分よりも特別な境遇を見て納得したかったのだろう。  読書にも二通り。多くは窓辺やテラスに座り、レンズと眼を気にして選ばれた本を読む時間。それを除いた時は、鏡に唯一自分を晒せる人を映し、時折確認しながら文中の彼らに思いを馳せる時間……。もしかしたらキャーサルは、「ルトメイア」となることを恐れていたのかもしれない。  17歳になったキャーサルは学徒として同盟関係にある領土の大学へと通った。クランベルに住んでいた頃に比べれば、市民の目は少ない。代わりに社交的な笑顔だけでは不足で、常に腹の中を隠した学友との会話を強いられた。  学徒のキャーサルが住まう館は立派なもので、「学生寮を丸ごと1つ用意されている」程度の境遇はやりすぎなように見えるが、決して過ぎたものではない。教育者も含めて「騎士団予備軍」とも言える女学生を引き連れてのご在学は、他国の生徒からして「なんだあいつは」な光景であろう。こうして露骨に見せることで、「メーデン皇帝(候補)とは何者か」を諸外国の御曹司達に知らしめる意味がある。  一般社会から考えて現実とは思えない人生を歩むキャーサル。しかしこの頃の彼は「立場を作られている人」であり、これを十分に理解して「作られた立場で大人しくしている」ことだけを考える人と化していた。否、それは“考えている”ともおこがましい存在であろう。  心は込めるが込めすぎず、Aの心情に配慮してBの心情を汲み、傍らにある日替わりの人を裏切らない振る舞いを寝ても起きても継続する。  傍から見て彼ほどロマンスに溢れた姿も無いだろう。丁寧に女性と語る華麗で華奢な振る舞いに、多くの学友は敬意を表し、一部の者は「良いご身分だ」と嘲笑を送った。  どうして嘲笑う? ロマンチストのように見えてロマンチックの欠片も無い――それを見抜いた洞察力ある未来の賢人には、キャーサルの頭に生える操り糸が見えたのだろう。理解した喜劇には、口元を緩ませざるを得ない。  キャーサルは誇り高い精神を得ていたが、それは「ルトメイア」となるに向けての気品であり、キャーサル個人のプライドとは異なる。この価値観において、皇太子である「キャーサル」は存在していない。他の誰もが、現在の“皇太子であるキャーサル”ではなく、未来の“皇帝であるルトメイア13世”を見ているのである。  皇帝領に在住する父母とは滅多に会えず、囲む者は皆視線を合わせているようで脳内では別人へと訴えかけているという環境。挙句本来なら良き友となれたであろう、賢明な学友からは笑いものにされている。  生まれてから17年間、絶えず結果である「別人」を崇められ、それを生み出すための贄の如く接せられるキャーサルという一個人。彼はやがて、鏡に映る人を未来から見た過去としか思えなくなっていた。キャーサルを「キャーサルという個人」として見ていた人など、幼少より共に育った「腹違いの妹」くらいしか無い。  この腹違いの妹だが、なんとも性根が悪い。いや、まぁ、そう言ってしまうと語弊はあるものの、少なくとも口が悪いことは確かである。  口の悪い妹は何かとキャーサルの住む館に足を運んだ。年は離れているものの、彼女はこの頃から家族愛と次元の違う想いをキャーサルに寄せていたらしい。ただ残念なことに、キャーサルは慕われることに不信感を抱きすぎており、懐けば懐くほどに居留守を使われる機会は増していった。  ところがまだ幼い妹は兄の心情など我関せず、ニコニコと館を訪問してくる。なまじ両親が祭術士の名門子女とメーデン皇帝なだけに、館の使用人や他の女性も邪険にできない。澄ました表情の多かったキャーサルだが、「お兄様」の声が聞こえると慌てて周囲の人に指示を出し、躍動感溢れる動きで身を隠したと言われる。  しかし、その厄介な妹だからこそ、“目の前にいるキャーサル”を慕っていた彼女だからこそ察知できた危険がある。  ――ある日。いつものように妹“ラコッタ”がキャーサルの館を訪れた。館の責任を持つ老人が「キャーサル様はまだお帰りになっていませんよ」と言うも、まるで信じず館に進行。我が物顔で部屋という部屋を探り始める妹。  実際、学徒のキャーサルが住んでいた館は大変に広いもので、部屋の数だけを単純に述べても「58」ある。現在は幾度かの改装を経てホテル兼皇帝記念館と化しており、観光スポットともなっている。  蛇のようにクネクネとした廊下を進むラコッタ。ふかふかの絨毯に不相応に長いコートを引きずりながら、すれ違う女性という女性に敵意の視線を差し向ける気迫。幼いながらも、その姿には何らかの可能性と執念を感じることができる。  こうなると大抵、渋々とキャーサルが赴き、小半日ばかりお茶の相手でもしてお引き取り願う――という流れになるのが日常。 「お兄様! いらっしゃるのでしょっ! 出てきなさい!」  広い館の先から先まで届く、実に良く通った声である。迷惑極まりない。  この日もやはり。ある程度のスニークを経てから渋々とキャーサルが姿を現した。どこからと言えば、第三厨房の作業台からである。  キャーサルは華奢な体つきで、ラグビーでもやらせたら即座に負傷退場してしまいそうな感がある。しかし、王家伝統の剣術もしっかりと身に付けているので身体は柔軟。足も長く、舞台に上げれば良く映える男だ。そしてこれが1m四方の作業台下から飛び出してきたのだから、コックが腰を抜かすのも仕方がない。  パンパンとズボンの埃を払い、「失敬」と一言放って駆け出すキャーサル。それだけだが、付き人(日替わりの相手役)以外の人間が皇太子から話しかけられる機会は極端に少ない。そう言った意味でも、コックは腰を抜かしたのだろう。  廊下を駆けるキャーサルは違和感を覚えた。いつもなら「お兄様、お兄様」としつこく止まない声が聞こえないのである。「もしや、諦めて帰ったか」と思い、すれ違った見慣れた使用人に声を掛ける。すると彼女は何度もカミながら「二番館の皇太子部屋に入る姿を見た」という旨の言葉をどうにか伝えてきた。  キャーサルは使用人に感謝して彼女の手の甲に口付けを施し、「待ち伏せかよ」と小さく呟きながら駆け出した。放心状態で立ち尽くす使用人が遠ざかって行く。  しかし、ラコッタが待ち伏せなどというじれったい戦術を用いるなんて初めてのこと。ミサイルにしかなれなかったのに、地雷の発想もできるようになるとは……妹の成長に感慨深い想いを得ながら、キャーサルは八つある自室の内の二つ目に入った。  そこには見慣れた自分の部屋があるのだが――様相は普段とことなる。  即座に理解できない光景であった。ガミガミと詰め寄る妹。タジタジに壁へと追い詰められている使用人……。  妹がうるさくしているのは見慣れている。無断で自分の部屋に入っていることは珍しいが、無い事はない。  だが、その妹に言い寄られる“使用人”の姿は――解らない。 「お兄様っ!!」  兄の姿に気がつき、ラコッタが駆け寄ってくる。 「どうした、何を揉めている?」  キャーサルは抱きついてくる妹の背を抱えつつ、壁際の使用人を見た。  その“女”は窓を背にして立っており、傾いた陽の明かりで顔が良く解らない。 「お兄様っ、私、ケヴィンに文句を言ってやりますわ!」 「何、ケヴィンに?」 「ええ! 館の失態はケヴィンに言いますの!」 「まてまて。何を文句にすると言うのだ」 「だって危険でしょう? 大事なお兄様の大切なお部屋に、よく知らないメイドを入れるなんて!」 「んん?」  「ンキーッ」と歯を剥き出して壁際の女を睨むラコッタ。キャーサルは更に眼を凝らして、ようやく壁際に立つ女性が「先日新しく雇われた人」だということを思い出せた。数日前、朝食の際に執事から軽く紹介されただけで言葉も交わしていない。だからこそ、中々記憶を手繰ることができなかったらしい。 「新参者はゴミ拾いがお似合いよ!!」  満11才にしてその台詞はよろしくないが。ともかく、ラコッタの言いたいことはキャーサルに伝わった。  皇太子の寝室という非常にデリケートな空間へと新米メイドが入り込み、他の補佐も無く清拭を行うことは確かに危険である。カプセルホテルの清掃ならともかく、格式ある人が寝起きする空間はプロフェッショナルの手腕でなければ成立し得ないし、そうでなければ品格の欠損にも繋がりかねない。こと一国の王子なれば殊更な警戒をもって事を成すべきであろう。頻繁に訪れるラコッタが「よく知らない」という程度の人間が一人で室内をキョロキョロしていたら、それは落ち度と言われても仕方がないことである。  キャーサルも現状を把握した瞬間にそのことを脳裏に過ぎらせた。しかし、「新人なのだから各部屋の役割など把握できていないだろう、増してここは広すぎる」と考え、彼女の尊厳を傷つけないように丁寧な対応をとった。 「妹が荒々しく当たってしまってすまない。でも、彼女の言い分も間違いではないから、今後は気をつけて欲しい」 「謝らないで、お兄様!」 「――もしかして、あなたは誰かの指示を受けてここに入ったのですか? それならば話すべきはあなたではありませんね」 「……いえ。私が部屋を間違えてしまいました。申し訳御座いません、殿下」  壁際に立つ女性は深く頭を下げ、謝意を表した。「気にしませんよ」とキャーサルは返しているが、ラコッタは変わらず文句を飛ばしている。 「間違えた!? 不真面目だから間違えるのよ!」 「ラコッタ、失礼だよ。彼女を決め付けるんじゃない」 「大体、なによその眼!  お兄様、あいつお兄様を憎んでいますわ!!」 「――――え?」 「――っ!!!」  ラコッタの一言で使用人の表情が変化した。陽の影でハッキリとはしないが、室内の空気がピリッと緊張したことをキャーサルは感じ取った。 「こ、こら、なんて言い草だ。あんまり彼女を愚弄するなら、私は怒らねばならないよ!」 「嫌! 怒らないで、お兄様!」  あまり声を荒げないキャーサルが厳しい目をしたことで、妹ラコッタは不安になったらしい。キャーサルの上着にしがみついて顔を隠してしまった。  一方の使用人は顔を伏せて黙っている。 「君、今日のことは気にしなくていいから。ごめんよ、気分を悪くしてしまって……」  何だか重い空気を察して、キャーサルは女性の心を気遣った。使用人の女性は少し間を置いてから「――失礼します」とだけ言って丁寧な礼をすると、足早に部屋を出て行った。  彼女はキャーサルの横を通り過ぎたのだが――その時、ほんの一瞬。皇太子と使用人の目が合った。  彼女はすぐに顔を伏せてしまった。しかし、キャーサルは一瞬の瞳と何分も視線を合わせたような錯覚を得ていた。  それは普段、周囲の人間がじっくりと覗き込むように自分を――その先にある“皇帝”を見定める眼ではない。今、そこに存在するキャーサルを狙う真の意味で“合った”視線だからこそ、キャーサルは一瞬に濃密な感情を得たのであろう。  もっとも、彼がそこまでを察することができたわけではない。ただ、不思議なくらいに、彼女の瞳と出で立ちが脳裏に焼き付いただけである。  三つ子の魂百まで。ラコッタはとても執念深い女である。それは幼少時代から存分に素質を見せていた。  この時も兄の手前では黙ったが、しっかりと館の責任者であるケヴィンに事の次第を報告した。  ケヴィンという老人は長年皇太子の世話を務める人で、12世の皇太子時代も世話係を勤めてきた。温和な人柄で、使用人の女性達から「要のおじさま」と呼ばれて慕われている。王家の信頼も厚い。  ラコッタのお怒りを受けたケヴィンは、止むなく件の使用人を呼び出した。王家にはともかく、ラコッタの母方、フレイデル家にまで話がもつれると厄介。特にラコッタは母の寵愛を受けており、頻繁に皇帝領へも出入りしていて12世もその存在を良く認識している。  ケヴィンはどうにか見逃したいところであるものの、断腸の思いで件の使用人、“ミコラ”と名乗る少女を解雇することにした。身寄りが無いミコラの「どうにか働かせて欲しい」という懸命な願いを聞いてのことだったのだが、まさか1月経たずに解雇することになるとは思いもよらなかった。実際、器用に仕事をこなしていたので尚、心苦しい。  身辺整理も兼ねてあと1日館にいることを許されたミコラ。それは、当然として彼女にとっても予定外のことではある。だが、彼女はこれを「神の与えた機会」と受け取り、切っ掛けであると解釈した。  ラコッタがミコラを糾弾したその日の夜。  皇太子キャーサルは付き人も無く眠っていた。これは偶然なことだが、たまたまその日は休蔵日というか――ともかく休ませる日だったのである。  キャーサルは結構に神経質な面があり、眠る時はロウソクを一本、化粧台の上で灯して眠る。明るすぎると眠れないが、暗闇だと考え事に集中できすぎて鬱屈としてしまうかららしい。  優しい明かりがほのほのと虚ろっている。人一人が生活できそうな領域で「ドカン」と絨毯に据えられたベッド。珍しく一人で眠る青年の寝息。  キャーサルは夢を見ていた。夢の中ではラコッタのうるさい騒ぎ声が響いている。日常の光景だ。しかし、キャーサルは目線を落として背の低い妹に合わせてはいない。夕焼けの朱色に染まる自室。夢の中で彼は、自分をじっと見ている女性の瞳を見返していた。  部屋の壁際に立ち、寡黙にしている彼女の瞳。それは朧な灯りに照らされるかのような夢の中で、唯一ハッキリと、鮮明な様子でコバルトブルーの色彩を放っている。  ラコッタの声がぐわんぐわんと夢の鼓膜を打つ。  壁際の女性が一歩、一歩と足を踏み出す。遂には夢中のキャーサルの前へと――― “なによその眼! お兄様、あいつお兄様を憎んでいますわ!!” 「ウっ!?」 「――――!!!」  ぐわんぐわんと波打っていたラコッタの声が突如として耳を突いた。耳と言ってもそれは夢中のキャーサルにおいてだが……ともかくキャーサルは驚き、現実世界で半身を起こした。  空間に余裕ある寝室は暗く、朧なロウソクの灯が僅かに光を与えている。窓の外にあるべき月は機嫌が悪いらしい。すっかり厚い雲の後ろに隠れてしまっていた。  キャーサルが就寝したのは午後十時。彼の就寝に際して灯されるロウソクは四時間程度で尽きる長さに調整されている。寝台に灯るロウソクはもう、ほとんど尽きかけていた。  驚き起きたキャーサル。夢とは言え、口が達者な妹の声はすこぶるうるさい。それが突然に放たれれば鼓動も早まるというもの。だが、この寝室において最も驚いているのはキャーサルではない。いや、キャーサルしか存在しないはずなのだが、そうではないのである。  尽きかけのロウソクは暗闇に薄らとその人を浮かび上がらせていた。しかしいかんせん影が多く、はっきりと様相を知ることはできない。  それでもキャーサルはベッドの傍で立ち尽くす人が誰であるか理解していた。正確にはその人のことはよく知らないのだが、大まかにこの館の新米使用人であり、本日ちょっとした失態をしてしまった人だと即座に思い起こすことができた。  明度的に有り得ないが。視力ではなく、感性によって、キャーサルは“彼女”のコバルトブルーな瞳を見つめることができた。夢中にも同じく見つめていたが、今は歴然とした現実である。深夜に皇太子キャーサルの寝室に入り、ベッドの傍らに立つ使用人の女性――また、“部屋を間違えた”のであろうか。 「君は―――」  静寂な中で困惑したキャーサルが口を開いた。同時に、使用人の女性は「ハッ」と我に返り、右手にしっかりと力を込めた。  キャーサルはすっかり彼女の瞳に魅入られていた。その真剣な視線がどうしようもなく忘れ難く、印象的だったからである。彼女の瞳を見ていると、まだ夢の中にあるかのように呆然とした。動悸が早いのは驚きによるものだけでなく、未だかつて感じたことのない目力に緊張していたからかもしれない。  彼女が大きく動き、またその右手に“光を反射する何か”を察せたたことで、ようやくキャーサルは「危険」を予期することができた。  使用人の持つ鋭利な「短刀」がキャーサルの左側面、顎の付近を裂いて枕に突き刺さる。咄嗟に身を避わしたキャーサルは意識したわけでない。幼少より教え込まれた王家の剣技が皇太子の身を自然と動かしたのである。  人間の反射とは驚くべきもので、修練を積み重ねることでプログラミングの真似事を可能とする。今に見るキャーサルのそれは「夜襲」に備えたものであり、「半身を捻って面を狭める」という行いを切っ掛けとして、右手で攻撃の手を掴み、左の甲で敵対者の顔面を叩く――という一連の動作が淀みなく連続して行われた。  「がふっ」という唸り声と共に、使用人は暗がりの中で身を逸らし、捻られた彼女の右手から短刀が離れ、シーツの上に落下した。女性の悲鳴ともとれる唸りを聞いたキャーサルは瞬間的に怖気づいたものの。教え込まれた護身の法は、そのまま襲撃者を取り押さえるまでを一貫して皇太子に行わせた。  倒れた人間の股関節部分に跨り、両足をほぼ封じて一方的な両腕による攻撃を可能とする状態。現代格闘技で言えば“マウントポジション”に相当するこれは、背筋も腹筋も封じられた下側の人にとっては最悪。「詰み」の手順に追い込まれたと言ってほぼ相違ない。この状態になってしまえば、上にある人は手を噛まれたり掴まれることに気をつけながら、下にある人を自由に攻撃できるからである。  使用人は右、左と拳を突き出して抵抗するが、寝そべった状態から腕を振るうだけでは大した力も出せない。まして元より体格差があるのだから大した反撃は不可能。暗がりで見えにくいので拳を掴むとはいかないが、キャーサルは使用人の腕部を掴み、ベッドに押さえ込んだ。 「―――ちくしょうっ、離れろよ!」  身勝手な言い分である。自分から襲ってきておいて「離れろ」とは傲慢だが、使用人の女性はそう言うと「ぎゅっ」と唇を噛んで憎々しいとばかりにキャーサルを睨みつけた。  青い瞳に睨まれたキャーサルは何も言わない。と、いうより言えないのである。  賊に襲われたのならば「誰か、誰か」と助けを呼び、叫ぶのが通常であろう。ところがキャーサルは命を狙われたことによって賊を憎むのではなく、変わらぬ真剣な彼女の眼差しに溺れていた。常に「気に入られよう」という打算的な視線に晒されていたキャーサルにとって、「破壊してやる」とばかりに激しい視線は刺激的だった。彼は助けを呼ぶどころか、人が来ることを拒んですらいる。  尽きかけのロウソクに照らされる二人。しばらくどちらも黙っていたが、ようやくにキャーサルが口を開いた。 「どうして、私を刺殺しようと?」 「―――」 「君を咎める気はない。これは私が未知を解消したいからこその、恐れによるものです。どうか教えて欲しい」  キャーサルは女性の心を気遣って言ったのだろうが……これを聞いた使用人は歯を食いしばり、一層の憎しみを込めた表情をした。 「いい気なものだよな。そうやってお前は民を見下しているのか。咎めずとも、いつでもどうとでもできると?」 「見下してなどいません。理由があるからこそ私は襲われたのでしょう。ならば、憎むべきはその原因であり、判断を下すのはそれを聞いてからで良いと思っただけです」 「勝ち誇りやがって。余裕かよ」 「どうしてそんな? 私はただ――」 「殿下――いや、キャーサル=クローヴァクス。お前は歴史を知っているか? この国の歴史を!」 「深く理解しているつもりです」 「ならこう言えば解るか。私は“ガリ家”の人間だよ」 「え。しかし、それは―――」  キャーサルは呆けた。ガリ家と言えば当然それが何であるか、クランベル国民ならば早々と習うものである。  王家の人間となれば裏事情まで把握して然り。だからこそ、キャーサルは呆けたのである。何故ならばガリ家は、革命によって報復とばかりに追いやられ、一網打尽に処断されたのだから。僅かな残党すら、市民によって袋叩きにされたらしい。  つまり、200年が経過しようというこの時代において「ガリ家」の血筋は考えられない――と、キャーサルは考えたのである。  しかし実際の所、ガリ家の人間は確かに大半が公衆の面前で処断されたが、僅かな残党の内で更に少数。権威と自尊心を捨てて尚、運に恵まれたほんの少数は生き残ったのである。今となっては有象無象の民に紛れて過去の面影も無い有様ではあるが。 「死に絶えたと思うか? ああ、私で最後だよ、たぶんな」  使用人の女性はニヤリと笑みを浮かべた。 「もっとも、お前ら王家と現政権に煮え湯を飲まされたのは私達だけではない。王家とこの国を憎み、滅茶苦茶にしてやりたいと考える奴はきっと沢山いるよ」 「君は、本当にガリ家の……」 「腑抜けた今の時代なら、一石を投じるチャンスがあると思ってね。お前が国外に出たのを機に、仕留めてやろうと考えたのさ。国外で皇太子が暴漢に討たれたとなれば、内政も外交もガタつくだろう? まぁ、しなびれた皇帝を狙ってもよかったが――」 「父を悪く言わないでくれ」 「家族愛か、いいな、羨ましいな。私には父も母もいないよ。カビが肺を犯して死んでしまったからね」 「………」 「本当、この部屋は空気がいいや。こんな屋敷に住めれば、父も、母さんも……まだ、私のことを―――」  使用人の女は口を閉じた。両腕を抑えられていて顔を隠せない。だから彼女はロウソクの灯りと反対の方向に顔を向けた。 「なぁ、もういいだろう。これ以上話すことなんて無い。人を呼びなよ、いいさ、私の犠牲によって王家のぬるさが露呈した。きっと、誰かが後に続いてくれるだろう。ああ、隠されてしまっては仕方がないけどね」  投げやりな様子で彼女は話し続けている。しかしキャーサルは、言葉を続ける彼女の声質がくぐもっていることに気づいていた。同時に、「最後」と自分を称する彼女がどうしてこんな無茶な事をしたのかを考えている。  そして何より。潤んだコバルトブルーの瞳は例え合わせてなくとも、キャーサルの心を気配だけで突き動かしていた。彼の封じられた性分が沸々と蘇る。  「ルトメイア」となるために抑えられたキャーサルの「ロマンチズム」。それが、“殺意”とは言えど。真剣に今の自分を見てくれた彼女によって、呼び起こされていた。 「畜生、いい加減にしろよ。だったら私が自ら叫んでやる!」 「――まだだ」 「―――何?」 「まだ、話を終わらすわけにはいかない。一番大事なことを、聞いていませんから」 「なんだよ、言っただろ。私は復讐としてこの国を――」 「理由なんかじゃない。それはもう、どうでもいいんです」 「――なんだと?」  使用人の女性は再びに憎々しい眼をキャーサルへと向けた。  これと同時。意外なことに、キャーサルは使用人の腕を押さえていた手を離し、彼女の脇に逸れて拘束を完全に解いたのである。せっかくの優位な状況を放棄されたことに使用人は驚き、咄嗟に身を起こしたもののどうしていいか解らないでいる。  ベッドの上で向かい合う皇太子と使用人。キャーサルはじっとコバルトブルーの瞳を見据えながら、膝を着いて自分の胸に手を置いた。 「私にどうか、あなたの“名前”を、教えていただきたい」 「―――何故?」 「……どうしてかな、社交的な意味合いではないんですよ。私にもどうか解りませんが、無性にあなたの名前が知りたいのです。たまらなく、あなたの名前を呼びたいのです」  キャーサルの眼は“真剣”もかくやなもので、これを突きつけられた使用人は切れ長の眼光に言葉を失った。  使用人はしばし黙ったものの、「恨む者の頼みを聞くわけがない」と小さくつぶやき、目を伏せた。  これとほぼ時を同じく。「ふっ」と明かりが消え失せ、いよいよ室内は暗がりのみとなった。どうやらロウソクが力尽きたらしい。  一般からして常識はずれの大きさであるベッドだが、それでも5mも距離があるわけではない。まして目の前で見つめ合っていた二人なのだが、それも“見えない”という有様は室内の暗さを物語っている。  使用人を見失ったキャーサルは「あっ」と声を出しただけで、キョロキョロと闇を見渡すしかない。対して使用人の女性はこういった状況を得意とできる人生を送ってきた。ぼんやりとでもキャーサルの位置と部屋の間取りを把握できる現状は、形勢逆転、圧倒的優位と言って過言ではない。  つまり彼女はそのままキャーサルの背後に回って首を絞めても、ベッドの上に放られているナイフを回収してキャーサルの胸を一突きにすることもできる、ということだ。  しかし、彼女はそのどちらも選択しない。  見えずとも。目の前にあった気配というか暖かみが感じられなくなった事にキャーサルは焦った。加えてベッドの端が軋む音を聞いたことから推測。彼は「待ってくれ!」と声を出す。  だが、暗闇からの声は聞こえず、しんとした静けさだけが部屋に残っている。キャーサルは呆然としていたのだが、諦めかけたその時、「ミコラ――それが私の名前」と、どうやら扉の辺りから発せられたらしい声が聞こえてきた。  「キィ」と扉が軋む音が聞こえる。キャーサルが「そうか! ミコラ、聞いてくれ!」と声を出しても返事は無い。今度こそ、彼女は寝室から出て行ってしまったからである。  この日キャーサルが得たものと言えば、女の名前が「ミコラ」であり、どうも「ガリ家」の人間らしいということのみである――。  キャーサルはこの一件を誰にも話さなかったが、そもそも解雇されていたミコラは館を去ってしまった。キャーサルはミコラの残したナイフを大切に、そして秘密裏に保管したとされる。  以後、ミコラは手段を変えて計8回に渡って皇太子暗殺を目論んだ。しかし、それは結局の所全て同じような顛末を辿るものであり、異なることは二人が交わす会話の内容のみであった。  そして8度目の襲撃の際。キャーサルは逃亡しようとする彼女の行く道を遮り、最初の日に言えなかった事を伝えたらしい。  ――これがルトメイア13世と暗剣「ミコラ」の馴れ初めである。  彼女は後、13世時代における“4人の騎士団長”の二人目となった。 ・第三章/ルトメイア13世  ルトメイア12世とは、愛を傾けすぎた男である。数人の女性に意思を傾けすぎた結果、騎士団長含む騎士団、及び領民からの支持を満足に得ることができなかった。  彼が退位をほのめかし、いざそれを発布しても多くの領民と騎士団は皇帝領に残り、騎士団長ライオラは次の皇帝に向けての制度編成に励んだ。12世ほど呆気なく、地味に皇帝領を去ったルトメイアは歴代にも珍しい。  騎士団長ライオラ率いる騎士団は多くの人員を維持したまま次の王である「ルトメイア13世」を迎えた。入国時に新たな皇帝が引き連れる女性群を「ヌーボ・ディレクトゥリス」などと呼ぶが、散々にプッシュを受け、また期待に答える振る舞いを見せた新皇帝のそれは大変な数であったという。予めこれを見越して事前に騎士団入りしていた人もあると聞く。  宮殿入を果たした13世だが、騎士団長ライオラは12世の正妻の子であるキャーサルが気に食わなかったらしい。騎士団も初めは新皇帝に対してやや距離を置いていた。  しかし、伊達に「ノトンの再来」とまで呼ばれていない。13世はよく自分の立場を考えて振る舞い、溢れ出る穏やかで包容力ある姿に皇帝領は次第に軟化していった。  13世は単に穏やかなだけでなく、先見の明にも優れていた。現代に至って皇帝領は「近代的な都市」と認識されている。これはその特異性を存分に活かした点でもそうなのだが、ハーレムという既存概念を緩和して“とにかく女性が働きやすく、自由に活動できる都市”を目指し、皇帝自らが入出国の基準を緩めたことに最大の理由を見出すことができる。  長年の伝統が枷となり、完全な移行は成せていなかったものの。13世時代になって「国内で育ったスペシャリストを輩出する」意識が活発になったことは疑いようの無い“文化的発展”であり、経済的に見ても成功した。  余談であるが。13世と言えば「長い顎鬚」がトーレドマークとして他国にも知られている。彼曰く、「寝ぼけたまま剃り残しを剃ろうとして付いた傷」を隠す為のものだと言う。真偽はともかく、そう言ったややおっちょこちょいな印象が女性の母性本能をくすぐったのかもしれない。  因縁はあるものの。結局の所、ライオラは初期の13世をしっかりと支えた。その彼女が身体の衰えを理由として騎士団長を退任した後、13世はここぞとばかりに「ミコラ」を次の団長へと推薦した。  前章にあるように、騎士団長とはなんとも複雑な立場なので、例え皇帝であってもその一存だけで決することは難しい。しかし、柔らかな物腰で誰をも平等に立てる皇帝が珍しく懸命になっている姿を見て、騎士団は七騎士の座にあったミコラを団長として認めることを決めた。  現代から客観的に見て、ミコラの実力が「剣帝」という称号に見合っていたかと言えば大いに疑問である。“暗剣”という呼び名を持っており、確かに暗殺術めいたことは得意であっても、他により優れた者もある。正面きっての立ち合いともなれば七騎士であることが不思議なほどであった。  それでもミコラはどこか憎めない人で、騎士団から沸く文句を臆することなく皇帝にぶつけてくれる肝っ玉が評判だったらしい。それは皇帝との仲が成せるものなのだが、13世は上手くミコラへの寵愛を隠していた。  こうして二人目の騎士団長となったミコラだが――不運なことに。彼女は在位から僅か二ヶ月で命を落としてしまう。記録では病死とされているのだが、色々と影の噂も多い。  例えば、隠されていた寵愛を知った騎士団員の嫉妬から、毒殺された説。例えば、実力に不満を持つ者が八つ当たりに暗殺したとする説……。当時メーデン領内は騒然としたが、結局は彼女の両親と同じく、病に倒れたという見解で収まった。  いや、治まらない人間が一人。キャーサルことルトメイア13世である。露骨に態度としては出さないものの、明確に彼の生気は薄れていた。  彼が外出を減らして読書に割く時間を増やしたことで、領内の活気は停滞。加えて上記にある「影の噂」から騎士団内に疑心暗鬼が広がり、メーデン皇帝領は暗澹とした時代を迎えた。  騎士団内で飛び抜けた存在が無い場合、皇帝が団長を指名することで落ち着くことが多い。しかし、当の皇帝は胸にぽっかりと穴が空いたかのように情熱を失い、誰かを擁立できるような精神状態になかった。  騎士団内で当時最有力とされたのは、緑色螺旋を繰る「ラコッタ=フレイデル」なのだが……彼女には正に「ミコラ毒殺」という嫌疑が掛かっていたので団長就任は難しかった。  他にも騎士団に珍しい槍使い、「シュラ=バーキン」やライオラの直弟子「リリアンナ=スカーレット」などが今も名を残す英傑であり、候補となっていた。ところが彼女達も極度の寡黙や傲慢さによって、支持を集めることができずにいた。  団長の不在は10年間も継続し、オールドガード(七騎士の中でも宮殿を護衛する3人)も目まぐるしく変わる有様。  この時期のルトメイア13世は皇帝として不足あるものではない――むしろ教育者達が望んでいた皇帝像に近い存在となっていたのだが、それは彼がミコラという女性に出会う前、自分を見失っていた時に逆戻りしただけではないだろうか。  ロマンを取り戻した代償は、センチメンタリズムの行き過ぎによる欝であった。  ルトメイア13世は他の女性を愛する際にも思い浮かぶミコラの影に惑い、何より目の前にある女性に対する無礼な自分を恥じ、日に日に己を責めて貶めた。  国家の長とは国そのもののバロメーターであり、これが優れねば国は傾き、これがネガティブなら国もネガティブに染まりゆく。国民とは水のように流動的で染まりやすいものであり、感化されやすい。そうするとルトメイア13世はこの時、最低な領主であったと評されてやむなしである。  彼が再びの情熱を取り戻す切っ掛けは突然で、唐突で――突拍子も無いものである。  白肌の宮殿。潮風が吹き入れる大庭園の端。  そこに倒れていた“見慣れぬ服装の女性”が保護されたその日。ルトメイア13世の胸に、新たな情熱の炎が宿ることになる。  その女性こそが後に“輝きの双剣”を持つ剣帝となる人。  皇帝の情熱を再燃させ、  友を狂気へと走らせる原因となり、  魔剣と悪魔を出会わせる切っ掛けをもたらした、  異世界からの来訪者である―――。   :メーデン十三代時記 巻1 END
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