メーデン十三代時記 巻2

・第四章/リオナ=ウィンガルの上手くいかない日常 /第一節、「決闘制度」  C.1998。キャーサルがルトメイア13世となってから26年の月日が流れた。その頃は「騎士団長不在」という嘆かわしい状況が10周年を迎えた年でもあり、本国クランベルの外交官僚から悲鳴にも似た要請が再三に渡って送られてきていた。  当時。「七騎士」はそれぞれに派閥を持ち、騎士団を分割して統治していたとされている。本来は「騎士団長」という大看板を目測として一枚岩を形成する騎士団であるが、船頭多くして船山に登る様では小競り合いの絶えない事態に陥っていた。「オールドガード」たる三騎士はあるものの、本来きっちりと隔たれている役割が曖昧となり、管轄外の事に口を出す騎士が続出。結束の揺ぎから治安は綻び、不法侵入などの犯罪露呈と失態が増加した。  当然、即座にこれへと向き合うべきなのだが――残念なことに。騎士団ではラコッタ、リリアンナを中心とする古参騎士がオールドガードの座を巡って足の引っ張り合いを繰り返し、そこに台頭してきた新鋭騎士が加わったことにより、宮殿はちょっとした“決闘場”もしくは“戦国時代”の真っ盛りとなっていた。治安組織が乱れた有様で、どうして庶民の平穏を護れようか。  「本書、第二章/三節」でも触れたが、メーデンの騎士団は“決闘”の制度を備えている。場合によっては真剣による立ち合いも認められている“ガチ(本気)”なものであり、過去に何名も命を落とした血なまぐさい風習である。  しかし、だからと言って団員同士が軽々しく殺し合っては何のための制度か解らない。あくまで決闘の制度は“最小限の被害で争いを集結させる手段”であり、喧嘩の心持ちで気安く行うことはできない。よって、決闘には正統な理由が不可欠である。一般騎士団ならば「決闘の詳細を全団員に告示」し、七騎士であるならば『七人全て(当事者含む)の同意』が必要となる。  ……意外なことだが、そこに皇帝の許可は必要ない。  ノトン期から続く放任主義が根底となっているからと予想されるものの……もし、皇帝に裁量があったのならば。13世及び領土を守護する騎士乙女達の運命は違ったものになっていただろう。 /第二節、「古参騎士と新鋭騎士間にある軋轢」  新鋭騎士の台頭は騎士団に新たな風を送り込むとともに、古参騎士を苛立たせることにもなる。中でも特に目立っていがみ合っていたのは「リリアンナ=スカーレット」と「リオナ=ウィンガル」である。  「リリアンナ」は先々代騎士団長ライオラの直弟子であり、彼女の後を継ぐ者として常々主張してきた。先代ミコラに対して終始不満を見せていたのは周知のことで、実力ある他の仲間ではなく、よりによって軟弱なミコラが剣帝位に就いたのは納得できなかったのであろう。  リリアンナの「騎士団長」というポジションにかける想いは格別なものらしく、剣の修練はもちろん、自分の派閥拡大に皇帝との親愛強化と余念が無い。彼女はライバルとなり得る新参者を尽く自分の支配下に勧誘し、断るものは徹底的に危険視した。  彼女は皇帝領の歴史と闇を知る知見深き淑女であり、まるで年中挙式であるかのように、ベールのドレスを私服感覚で着用していたとされる。彼女が白城の庭園をうろつけば「まぁ、本日挙式があるのね!」などと観光客ははしゃいだものだが……とんでもない、お局だ。  そのリリアンナに対して明確な反抗を示し、事ある毎に衝突していたのが「リオナ=ウィンガル」という才女である。  彼女はリングランドより遣われた親善騎士(注*同盟国から送り込まれる大使に近い存在)なのだが――そもそもクランベルとリングランドはライバル関係にある。その事が影響して、メーデンに多いクランベル出身者からは良い顔をされていなかった。  リオナの身長は騎士団平均よりやや低いくらいで、上背のあるリリアンナと比べると落差が激しい。彼女の得物は体格からは想像もつかない「中華包丁を単に巨大化した」ような“大剣”であり、配慮もなしに床に置けば大理石が割れかねない代物である。彼女独特の技能と合わせ、先天的に異常筋力症(*ヒュペリオン体質。筋力がありすぎて、時に自らの骨を潰してしまう等の障害がある)であった為にその巨魁を振るうことができた。  彼女の身体能力は祖国リングランドにとっても重要な研究対象であり、PPBR(*Paranormal Phenomena Biolabs Ringlandの略。PBRとも)において幼少期からA1級対象として特殊な環境下で教育、監視されてきた。  幼少期から監視対象として見出されたことはリオナにとっての幸運と言える。力の制御を学び、勉学常識の習得に励むことができた彼女は、その美貌も相まって国内向け特務職員として引く手数多となる。……が、その行先は順風満帆とはならなかったようだ。  “弱者を護る”という強い信念を持っていたリオナは、やや気位の高さは過ぎるものの、基本的には非常にお淑やかで心遣いに満ちた女性である。ところが、内に秘める闘争本能は並外れたものがあり、「敵」として認識した相手にはその沈黙を確認するまで“停止を知らない追跡マシーン”と化す。それらは一度「こう」と思い込むと曲がらない素直さの現れと言えるのだが、融通の利かない暴走列車とも表せる。  肝心の護衛対象を放っておいて襲撃者を追い掛け回し、叩きのめすまで気が治まらない。超人的な腕力で機関銃をハンドガンのように振り回し(*工作員時代は重火器も用いた)、高架橋に飛び乗り、飛び降り、尚も追跡する様はネコ科の猛獣、その本能を思わせる。また、「物」に対して大雑把な性格は諜報機関からの反感を買い、冷ややかな目で見られた。その視線を“敵視”と見た彼女は科学者達と衝突、無視上等の姿勢をとった。  「まったくお淑やかじゃない!」――と思われるかもしれない。しかし、違うのだ。身近な同僚や友人、恩師からの評判は本当に良いもので、子供にも優しい。動物も大好き。単に“敵視”されることを不安に思っている繊細な性格だからこそ、防衛本能として反発するだけなのである。  されど、個人事情はどうであれ。周囲の信頼なく、任務においても問題をきたすようではエージェント(特務工作員)として失格者でしかない。だがこれほどの逸材を暇にさせるものどうしたものか――と秘匿機関(*PPBRの上位部署)が思い悩んだところで、誰かが「だったらクランベルに送っちゃえば?」と言った。  それはつまり、「例のメーデン騎士団の“助っ人”という名目で送り込んじゃおうよ。美人だし、実力はあるからね。貢物としては申し分ないっしょ? それに、あそこは騎士団員に対して激甘。多少の問題は身内でなぁなぁにされるから、一度入り込めばいくらかの無茶も許されるわ。曲がりなりにも慣れた業種だしぃ?」という算段があったことを意味している。  この提案が通り、リオナ=ウィンガルは親善騎士という役職の下にメーデン皇帝領へと遣われることになった。  同盟国からの遣いとして特待的にメーデン騎士団へと編入されたリオナ。前述のように、彼女は「ライバル国からの使者」として警戒されることになり、それは彼女の孤立を招いた。もっとも、孤立の理由は周囲の敬遠のみにあらず。リオナ自身にも問題はある。  リオナ=ウィンガルという女性は基本的に物腰柔らかなものの、気位が高い。その気位は自分を育ててくれた母国と組織、それに両親、友人全てに適用されている。つまりは「リオナ」という個人にとって、母国を馬鹿にされることは敵対の始まりであり、友人を貶されることもまた敵対の始まりということである。電子ゲームで言えば「当たり判定の大きな自機」みたいなものだ。周囲からしたら「リオナには関係ない話」であっても、それが彼女の価値観を傷つけるものであるならば問答無用に敵意を剥き出す。  そんな人間がライバル国の渦中に入ったのだから、問題が生じない訳がない。  クランベル出身者から向けられる敵意を過敏に感じ取ったリオナは、「私を通して祖国を睨むか!」と反発を強めた。そもそも彼女の中にも「クランベルは嫌な国」という刷り込みがあるので、尚治まらない。  そこにあって先々代騎士団長の直弟子にして、クランベル貴族の出であり、皇帝を信愛して止まない“リリアンナ”という女。彼女との間に溝というにはあまりにも深い海溝が生じてしまうのも致し方ないことであろう。  加えて言うならば。  リオナは得物である大剣を、小脇に抱えるようにして持ち歩いた。しかしこれが刃先に重量の寄った独特のもので、気を抜くと刃先が床に落ち、ズリズリと引きずってしまうこともあったらしい。こういった物に対するガサツな面もリリアンナの気に障る原因となったようだ。いずれ、これが決定打となって2人は剣の挨拶を交わすことになる。 /第三節、「剣の切っ先事件」  親善騎士として送り込まれたリオナ女史は知勇兼ねた才女であり、その美貌も並々ならぬものと噂される。  女史には当初、「皇帝の妻に」などという考えは皆無だった。「リングランドの騎士が剣帝となる」という使命を受け、これを成すためにメーデン騎士団へと在籍していたのである。やはりと言うべきか……さすが、強かな祖国の事。安易な親善大使とせず、きっちりとした役割もそこに持たせていたのだ。  助言者達の口添えも多少は関係するが。基本的には実力により、リオナは若くして「七騎士」に数えられることになる。だが、周囲全てが敵であったのならばさすがにそれは成らなかったであろう。リオナが七騎士の座に昇り、騎士団長まで視野に収められるに至った経緯には「多国籍軍」という騎士団の成り立ちが関わっている。  メーデン騎士団は確かにクランベル出身者が多いものの、成立当初より他国からの編入を積極的に行ってきた。それこそ蛮族であれ、皇帝領の秩序に賛同し、従うのならば問題なく仲間とした。近代に入って国際化が進むと、この多国籍化も増進されて移民の割合が増加。高名な女子戦闘集団で腕を上げようという女傑が、遠くは東洋からも訪れることになる。  そういった外国籍の部隊は、クランベルとリングランドにかつてあった「競り合い」を両親・祖父母等から刷り込まれていない。よってライバル国という認識も浅く、それほど先入観無い状態でリオナと接触することができた。 (注*「多国籍軍」と何度も表記しているが、「メーデン皇帝領内で皇帝の妻を目指すのに国籍はそのままで良いの?」と疑問を持たれるかもしれない。だが大丈夫、問題ない。大昔はそういったこともあったのだが、13世の流動化政策などもあって現在は“妻になるまでは”自由な国籍を許されている。「大事なのは体裁ではなく心」という皇帝代々の考えが柔軟な騎士団を成立させた。)  リリアンナのプレッシャー等もあり、結局の所リオナは孤立に近い状態であった。しかし、本心は敵視していない人々が存在する事実は繊細な彼女の心をどれほど落ち着かせたことであろうか。特に殊更珍しい「東洋の女性」は同じく孤立に近い人であり、尚且つ実力も認められる存在だっただけに、数少ないお茶の供となってくれたらしい。  それは後に七騎士となる「エリーナ=篠倉[ささくら]」であり、リオナを最後まで友として気に掛け、救う切っ掛けを作る女性である。  リオナ=ウィンガルの逸話として――日常的にプレートアーマーをFULL装備していたのでほとんど顔を晒さなかった――というものがある。流石に皇帝の前に立つときは頭部を見せるものの、同僚の騎士とすれ違っても「御機嫌よう」などと鉄塊越しに響かせるだけ。これは彼女の気難しさを語る逸話となっているが、これまでを見たように、実際のところ周囲の敵対者に対する当てつけに近い反発だったのだろう。これの証明として、後に七騎士の中核となった際には露出度を上げている。  その特注な重量故に騎乗も限定され、アーマーに身を包んだ状態で街中を歩く様は大変な威圧感を発した。これはオールドガードの三騎士として宮殿に住まわっても変わらず、その際に例の「刃先を引きずる」姿を同じく三騎士のリリアンナに目撃され、口論を起こすことになる。  以前から鬱憤の溜まっていた両者はこれを取っ掛かりとして遂に“決闘”を持ち出し、七騎士全てにその意向を伝えた。当事者である2人はもちろん、他の5騎士も二つ返事で決闘を受諾。ここに古参騎士筆頭「リリアンナ」対、新鋭騎士「リオナ」の真剣を用いた斬り合いが確約された。  一説によると。発端である「刃先引きずり」はリオナの意図的な行為であり、リリアンナもまた、その意図を汲み取り敢えて突っ掛ったと言われる。近い頃からどちらも「決闘しかない」と繰り返していたという証言もあるので、互いに間接的な意思疎通があったと見ても不自然ではないだろう。  こうして定まったリリアンナとリオナの決闘。これは宮殿にある助言者の耳にも入り、本国からの再三に渡る悲鳴もあって、「勝者を騎士団長に内定させたい」という旨も提示された。これを通す為に決闘の話は皇帝にまで行き、未だ傷心である皇帝が「構わない」と答えたことで俄然信憑性を持つ。  皇帝は「しかし。出来る事ならば、今後も両者には皇帝領を支えてもらいたい」と続けたとされるが、こんな事態になるまで手を出せなかった彼に言えたセリフではないだろう。 /第四節、「深淵に挑む大剣」  蒼天の空が広がり、断崖にある白肌の「カントラック」がまるで浮かぶ雲のように幻想的に思えた。晴れ渡る空はこれより行われる“血生臭い行為”を知らない、純真無垢な少女の心に似ている。  時刻は正午の前。決闘は伝統として凡そこの時刻に行われることが多い。  朝食を抜いて飢餓を得た状態を生み出す――というのは建前で、心としては「切られて臓腑が出た場合でも美しくありたい」という騎士団員の考えがある。他にも「死に顔をなるべく細くする」などもあるらしいが、ともかく食のパワーよりも「戦いに向ける美意識こそが勝利を呼ぶ」という認識が強いらしい。  決闘の舞台はメーデン皇帝領、クランベル皇帝が居城“白肌の宮殿、カントラック”。これが断崖から地平線を望むまでの敷地には大庭園が広がり、宮殿のバルコニーから景色を眺めれば、美麗な園と大海――そして大空が地層のように重なる様を展望できる。  垣根が織り成す幾何学模様の中心地。石畳で覆われた半径10m程度の円に、2人の女騎士が距離を置いて相対していた。  プレートアーマーを着込んだ無骨な騎士。彼女は優に2mある大剣の柄を右手で掴み、刃先を石畳にめり込ませて黙している。アーメットの隙間から覗く眼光は鋭く、それが見据えるのはこれも鋭い視線。  円の対岸に立つは背の高き騎士。純白のベールを纏い、メノウで作られた宝飾がふくよかな胸元に緑を彩る。軽微な動きを想定された胸当てやガントレットの存在が、ベールの透過によって確認できた。すらりと伸びた長い左脚がスリットからちら見え、貴金属に飾られた鞘は細身の長剣を鎮めている。栗色の髪を耳にかけて悠然と構える姿には気品と誇りが満ちており、積み重ねてきたプライドと修練に対する絶対的な信頼が伺える。  ベールを纏ったリリアンナ=スカーレットの背後には3人の騎士があった。どれもいずれは決着を着けねばならない古参のライバル達。彼女達とリリアンナは親友という柄でもない。だが、彼女達は長年いがみ合った戦友が新参者に負けることを望まないのだろう。だからこそ、背後に立って成り行きを見守っている。  対して、プレートアーマーを着込んだリオナ=ウィンガルの周囲に人はない。  この場にある騎士は7名。2人は当事者であり、3人はリリアンナの背後に立つ。その他の2名はと言えば、どちらの背後ともつかない半端な円周にて状況を見ていた。  リオナは孤立している。しかし、それも彼女には「無闇な情を施す行い」に比べれば心地良い。また、事が動くと同時に軽々しく靡くような団員が存在しないことに感心していた。7名全てが“互いに”強者であることを再確認したことで、高尚な気持ちで構えることができた。  定められた決闘の時刻。だが、それは単なる集合時間に過ぎず。開幕を告げる審判はここに存在しない。どちらも約束の場に立ったのであれば、それこそが開幕のシグナルとなる。  広大で清潔な庭園へと、断崖からの潮風が吹き抜けていく。アーメット裏の眼光が対岸にそよぐ純白のベールを射抜いていた。  鋼鉄のマスクに息が当たり、口元が湿る。メイルの隙間から吹き込む潮風が身体の関節を冷やす。手を動かすと、甲冑に擦れる金属の音が内側に反響した――。  石畳に突き刺さった大剣の刃先をリオナが引き抜く――それと同時。離れた距離にあるリリアンナが細い長剣を鞘に滑らせ、弧を描いた。すると、周囲一体に吹きすさぶ潮風は途端に逆流を始め、純白のベールを除く全てがドス黒い血液色に染色され始める。リリアンナ=スカーレットの戦いは舞台を好みに染め上げることから開始された。“深淵迎の淑女”と称されるリリアンナにとって、晴天の空など気分ではないのだろう。  彼女の好物は時間をおいて淹れた「ローズのハーブティー」。染め上げた空を濃い赤のハーブティーに見立てて。ヨーグルトの入ったパンケーキは本日、少し硬めのコーティングを施されている。 「ティータイムには少し早いけど、頂くことにいたしましょう……」  赤い景色に映える純白のベール。「深淵のリリアンナ」は赤く照らされる石畳の円を駆け始めた。その足先は一歩、一歩。まるで坂を登るように虚空を昇って行く。  アーメットの狭い視界に昇るリリアンナの姿を映すリオナ。プレートアーマーの騎士は2mを超える大剣をゆっくりと振り回し始めた。「陸上競技のハンマー投げ」――丁度それの競技者がハンマーを振り回すように、まずは上半身を使って反動を産み出す。次いで徐々に全身の回転へと移行していく……のだが。リリアンナの動きが迅速だ。  空を駆け昇っていた純白の姿は身投げの如く宙を蹴り、落下の速度を伴い、回転を始めたプレートアーマーの騎士へと迫る。リオナは大股を開き、反動をつけた大剣で迎撃を試みた。しかし、剣は空転。プレートアーマーの破片が一つ、真紅の石畳に落下した。  リオナが周囲を見渡すと、微笑むベールの淑女が距離を置いて宙を漂っている。リオナは大剣の先端に寄った重心を利用し、大股に脚を開いて剣を振り、地を蹴って“跳んだ”。  重量ある甲冑の脚が着地によって石畳を踏み抜くと、プレートアーマーの右肩部位が砕かれた。これに反応して大剣を振るってみても、そこには何者も存在しない。少し距離を空けて「フフフ」と微笑む声が聞こえるだけである。  一向に成就することのない重い剣撃。――だが、リオナは中々に執拗な人で、何より一度狙いを定めると他の全てを差し置いてでも追い続ける性分を持つ。さながら逃げ回る得物に飛びかかるライオンと言うべきか。  再び大股に脚を開き、大剣の重心と遠心力を用いて跳び上がる。そして着地の際にアーマーの一部が砕かれ、それに応じて大剣を薙ぎ払う……繰り返し。  無謀とも思われる戦闘。単純作業によっていずれリオナの甲冑は跡形も無くなり、その身を裂かれることになるだろう…………そう考えたのは見守る騎士の内、2名。他の3人は目測できていた。一撃一撃、リオナが剣を振るう度に、その大剣の刃先がリリアンナの身体に近い位置を過ぎている事実を――。  円を跳び回る無骨な騎士は無闇なようで計算高く、空転の経験からタイミングを手繰り寄せていた。地道な、距離を削る作業である。  リオナの甲冑が6度砕かれ、彼女の腹部と左腕部から出血が始まる。だが、その6度目への反撃に際し。「ビリッ」という音が鳴り、純白のベールが一部宙を舞ったことで……当事者含む七騎士の全てが顔色を変えた。  裂けた純白のベールを翻して、石畳の端に着地するリリアンナ。ベールの損傷具合を確かめると、彼女は無表情な様で無骨な騎士の姿を見据えた。その無骨な騎士は再びの反動を生み出そうと剣の回転を始めている。  「深淵」とリリアンナが称されるのは“皇帝領の深淵に近い”とかそういった意味合いではない(そうでなくとも、彼女はこの二つ名を嫌っているのだが)。彼女の師、ライオラがそうであったように。「この地より深き何処かで眠る人」の力を使役するからこそ、「深淵」の名が相応しいと言われているのである。  裂けたベールのリリアンナは貴金属で彩られた長剣の柄を逆手に持ち、息を静かに吸い始めた。その呼吸は単に空気を吸い込むだけではなく、口笛のように清らかなメロディを奏でている。  反動をつけ終えたリオナが脚を大股に開き、跳躍の為にしっかりと足を石畳にめり込ませた。  リオナの跳び上がりに合わせ。リリアンナの周囲にある血液色の空から、禍々しい黒の靄がリリアンナの口内へと入り込んでいく。それらを飲み込んだ彼女は……逆さにした長剣の切っ先を、勢い良く石畳へと突き立てた。  跳び上がって空中にあるリオナは淑女の奇行に対して違和感を覚えた。しかし、それでは遅い。長剣が石畳に突き立てられたとまったくの同時にして、宙を舞うリオナの影から――爪と呼ぶにはあまりにも巨大で、竜か悪魔が持つような――黒く蠢く“剛爪”が突き出した。咄嗟にリオナは大剣を盾のように扱ったのだが、剛爪は大剣を貫き、アーメットを破壊してリオナの額を裂いた。  折れた大剣の先と共に落下する無骨な騎士。プレートアーマーの重厚な落下音が周囲一帯に響き渡った。  悪魔のような爪はそれっきり姿を消し、代わりにリリアンナが倒れたリオナの元へと宙を舞う。刺突の構えで宙を滑るように飛ぶリリアンナは「終わりだ、小娘!!」と声を張り上げた。  ……特注の50kgを超えるプレートアーマー。幾らか砕かれたとはいえ、それはまだ40kg以上あることは確実。加えて、跳び上がった状態から受身も取らずに落下。メットを失った頭部はもしや、石畳に打ち付けられたかもしれない―――この状況を見て「詰め」に入らなければ、甘い人だと笑われるだろう。だからこそ、誰がこの時のリリアンナを嘲笑えるというのか。  プレートアーマーを着込んだ騎士を「愚鈍」と思うことは誤解である。優れた訓練さえ受ければ、馬に飛び乗ったりラテンのダンスを踊ることだって可能だ。  されど、だからと言って「伏せた状態から片腕で身を跳ね上げ、立ち上がる勢いを利用して身体を一回転させる」という動作を瞬時に行えるかというと……それは常軌を逸した行いである。即ち、リオナ=ウィンガルという女傑は常軌を逸している。  まるで踊り子の薄着をしているかのように、華麗でしなやかな身のこなしで跳び上がるリオナ。目の前で体操の演舞が如く立ち上がった重厚な騎士の姿に、リリアンナは瞬間的な感銘を受けてしまった。  全体の3割を失った大剣。これが身体の回転によって勢いを得て、尚且つ異常筋力症の身体から伝わる尋常ならざる破壊力を獲得した。額から流れる血液がリオナの視界を奪っている。これこそ闇雲に、起死回生を賭けた一撃である。  折れた大剣は高速で振り抜かれ、それは軌道上で色白な女性の左肘を掠めた。直撃したわけではない。本当に、先が微かに引っ掛かったようなものである。しかしその結果は凄惨たるものであった。  リリアンナの左腕は肘から裂け、巻き込まれるようにもぎ取られて握っていた剣と共に吹き飛んでいく。彼女の身体は慣性で泳ぎ、膝を着いてその場に倒れ込んだ。  切断面より溢れ出る鮮血によって、純白のベールが赤く染まる。「ぬぅ、ぬぅ」という唇を食いしばった苦悶の呻きが淑女の口から漏れている。額に汗を噴出しながら、リリアンナは右腕を左の脇で挟んで止血を試みた。だが、早々に止まる勢いではない。  急激な出血のせいで揺らぐ意識の中、彼女は顔を上げてぼんやりとした無骨な騎士の姿を見た。朧な視界に映る空は元の晴天に戻っており、そこにある“赤”はよく目立っている。  正常な風向に戻った潮風になびく、赤っ気の強い頭髪。手のひらで頭部から流れる出血を拭うと、鋭い瞳がようやく鮮明となった。しかし、戦いの終わりを悟ったのか。「リオナ」の瞳はどこか冷めているようにも思える。  見上げていたリリアンナは止まぬ多量の出血を堪えながらも、よろよろと力無く立ち上がった。そして、冷めた眼で立ち尽くす眼下の騎士に向けて言い放つ。 「どうした、休憩か? 戦場でそんな目をする奴は早く死ぬよ」  “決闘”に審判など無い。決着は敗者の宣言か、もしくは敗者の死亡によってのみもたらされる。つまり、宣言が無い場合は止めを刺す必要が生じる。  リリアンナに敗北を認める気配が無い以上、周囲の5騎士は「首を撥ねられるな」と考えた。それができずにリオナが舞台を降りれば勝者はリリアンナとなる。「妥協なき決闘の為に当事者同士で幕引きを――」という、厳しいリアリズムがそこにあった。  リオナはそういった場合に気持ちを間違えない人である。最後の一刀を振り下ろせる強さのある人だ。しかし、彼女はその時迷っていた。それは対峙したリリアンナから伝わってきた執念に共感するものがあり、彼女の力が優れたものだという生々しい実感が手に残っていたからである。  この時、リオナの脳裏にある言葉が過ぎる。それを聞いた時には「何を甘えたことを」と突き放して考えたものだが……ここに来て、救いの言葉のように感じられた。  リオナは折れた大剣を肩に担ぎ、横を向いてリリアンナから刃を遠ざけた。潮風を正面から受けて立ち、戦闘中の相手から視線を外したその姿は「敵対者」に向ける態度ではない。 「愚かな小娘さん、それは冒涜だよ。私にはまだ、あなたの首を絞めるこの右手があるというのに……」  情けとも甘さとも取れる態度はプライドの高いリリアンナを刺激した。彼女は目を見開いて「殺せ! できぬか、リオナ!」と叫んだ。荒々しい姿は庭園を歩く淑女のそれではない。皇帝領を守護する騎士の手本である。 「――リリアンナ様。何が冒涜で御座いましょう。私は尊重したまでです」 「何?」 「この決闘は誰に捧げるものでしょうか。皇帝領の騎士たる私達は例え内戦であっても、誰の為に刃を交わすべきと思われますか?」  高い陽の下。リオナは庭園の先にある大海を眺めながら、落ち着いた口調で言葉を紡いだ。 「異国者が。その問いはクランベルの人ならざる証だよ」 「……助言者からの言伝はありまして?」 「助言者がどうした」 「“今後も両者には皇帝領を支えてもらいたい”……」 「それは――!」 「一国の主として、実に甘ったれた考え方で御座います。理想ばかりに埋もれて、現実の見えない夢語り……。私の知る限り、陛下にはどこか隙間といいますか、幻想を追い求めてしまうような弱さがあるように感じられます」 「何という言葉! 主君に向けてよくも――っ」 「ですが、嫌いではありません」 「―――!」 「今の私には……何処までも優しくて、暖かいお言葉です。リリアンナ様。この心もまた、あなたに反するものでしょうか」 「言ってくれるな、小娘……」 「リリアンナ様。この気持ちを裏切ってまで、私はあなたを斬らなければなりませんか?」 「―――ふんっ」  鼻で笑うリリアンナ。高く昇った陽に照らされる赤毛。無骨な甲冑に身を包んだ騎士の横顔を見て――世にある噂は偽りではなく、それでも謙虚なものだった――と見惚れて悟る。 「……ああ、血が足りなくてフラフラするわ」  そう言って片膝を着くリリアンナ。そして彼女は溜息混じりに宣言した。 「私の負けよ――降参するわ」  その言葉は明瞭で、見守る5人の騎士にもしっかりと聞こえている。半端に事を遂げない女の、せめてもの意地と言えた。  リリアンナの周りにある石畳は広く血の色に染まっている。これまで意識を保っていた事が信じられない出血量である。事の成り行きを見守っていた騎士の1人が、「一刻を争う」と心配して円形の石畳に駆け出した。高いヒールを鳴らして走るのはラコッタ=フレイデル。オールドガードの一角であり、リリアンナの戦友でもある人だ。  血の溜まりに足をとられながらも戦友の傍らに辿り着くラコッタ。未だ激しく流れる血液を見て取ると、彼女は手先に緑色の炎を纏わせ、それをリリアンナの腕の切断面に押し当てた。「ぐあぁっ」と呻くリリアンナ。それを見て「私が――」と言いかけたリオナに向けて、ラコッタは「これ以上彼女に気負わせないで頂戴」と制した。  ラコッタに次いで「シュラ」という騎士が血の池に降り立つ。彼女は意識混濁するリリアンナを抱えると、背に生やした青き翼を用いて宮殿へと飛び去った。  気難しい先輩と残されたリオナは警戒した眼光を見せている。  対してラコッタは「フフっ、そう睨まないで下さいな? 正直悔しいけど……まぁ、彼女を負かしたんだもの。仕方がないから認めてあげますわ」と笑顔で返した。若干引きつった感はあるが、割と本心からのものらしい。  ――この一件をもって、リオナとリリアンナの闘争は終結した。片腕を失ったリリアンナはけじめの意味も兼ねて騎士団を脱退し、後進の育成に力を注ぐことになる。リオナは事前の取り決め通り、10年ぶりの「団長」として目されることになった。  しかしそれも一筋縄にいかず。いくらリリアンナのお墨付きであるとは言え、彼女に付き従ってきた者の中には事実を受け入れずに反感を持つ人が多く、騎士団の混乱はしばらく続くことになる。リリアンナのカリスマがありすぎたことと、その閉鎖的な集団指針が徒になった形だ。  それでもリリアンナの代わりに七騎士となった親友エリーナの協力(*相談相手)もあり、団長就任は時間さえ置けば容易いと思われた。  ……ところが、問題は別のベクトルに生じる。  原因としてはリオナにもあるのだが、やはり一番は「ルトメイア13世」であろう。 /第五節、「それでも団長は空位である」  リオナはまだ若く、無骨な甲冑に隠されているのは存外な程の乙女であった。本国を離れて身内と距離を置いたことで寂しさがあったのかもしれない。穏やかな13世に優しい父の影を重ねたとも考えられる。  成り行きの為に助言者からも積極的な皇帝との関わりを勧められ、また任務に律儀なリオナは皇帝の近くに立つことが増えた。「任務」が「個人的事情」に変化したのはどのくらいからか。それは本人のみぞ知るところだが、ともかくリオナは13世に対して“恋心”を抱くことになる。敢えて“恋”と割り切らなかったのはそれが拙いものだったからに他ならない。  前述したが。リオナは乙女であり、若かった。皇帝から見たら娘のような存在に映っても仕方がない程に、である。加えて皇帝は恐怖も感じていた。何かと言えば例の“決闘”であり、「あのリリアンナの腕を斬り落とした」という認識が13世を尻込ませたことは確からしい。彼の妹が再びリオナを疎んじ始めたということから考えて、そう言った内容の相談があった事は間違いないだろう。ここにもリリアンナの、引いては彼女の師が残した影響の濃さが伺える。  それでも13世はリオナを嫌っていたわけではなく、実力も信頼して国外への遠征に伴っていたようだ。ただ、一線を越えた関係には至らなかっただけである。  そういった境遇が後のリオナに向け、火薬庫の如く“満ち足りない想い”として積もっていったのだろう。仲は良いのに壁があるという感覚は、リオナにもどかしさと不安感を与えたと容易に想像がつく。  そしてリオナにとって運命の日。1人の女性が宮殿の庭園に流れ着いた。  断崖の際にある宮殿に“流れ着く”とは、これ如何に? ――しかし、やはり“彼女”は漂流者であり、最も相応しい表現はそれとなる。  広い庭園の端。遮るものなく潮風を受ける草の上に横たわる人。見慣れぬ服装の彼女を最初に発見したのは……何の因果か。それは大剣を小脇に抱えた赤毛の騎士、リオナ=ウィンガルであった―――。 ・第五章/白城の中身 /第一節、「カントラック城」  C.1998年。外様騎士であるリオナ=ウィンガルがメーデンの重鎮を決闘で破ってから2ヶ月。相変わらずリオナは嫌われ者だが、以前に比べたら表立って彼女を支持する人が目立つようになっていた。助言者との事前契約もあり、リオナが「騎士団長」となるのも間近だろうと噂する声もある。  だが、当人のリオナは悩んでいた。真っ向からリリアンナに勝利したことで実力を疑問視する声はまったくない。騎士団員からの信頼については激しい反感を持つ者もあるが、敵意の視線は明らかに激減している。良き友によって精神も安定していた。  ならば何が悩みかと言うと、それはメーデン皇帝、ルトメイア13世その人にまつわる。  騎士団長の在り方としては「1に実力、2に信頼、3に寵愛」なので、皇帝の存在はある意味妥協ポイントと言える。ただし、“騎士団”という組織の在り方を見ると「3に仲間、2に領民、1に皇帝」となる。「領民が後回しとは!」と思われるかもしれないが、そもそもの騎士団発端が“ファンクラブ”である事実を忘れてはならない。古臭い風習かもしれないが、「メーデン騎士団」にとっての三つ子の魂はそれである。  以前、「騎士団長は複雑な立場」という旨の記述をした。それはこうして当事者を介することで如実となるのだが……つまり、『建前は定まっていても実際には人間関係があるのでそうそう一本道にはならない』ということである。傍から見れば強引に推し進められそうなものだが、実際に宮殿に入って女傑の競り合いを目の前にすれば、覚悟無い人は間違いなく尻込みするであろう。  ちなみに領民間では「白城(宮殿)は憧れるけど騎士団には入りたくない」ともっぱらに言われている。  領民どころか世界的に著名な白城、「カントラック」。皇帝の住まうこの敷地内だが、領民・観光客も出入り自由である。厳密にはある程度の制限があるものの、皇帝居住区でない大半の敷地は好き勝手に入って良い。そういった地区は「観光解放区」と呼ばれる。  無警戒に思えるが、そもそもメーデン皇帝領に入る時点でノイローゼじみたセキュリティを潜るので、それを信用してのことだろう。白城の敷地には「オールドガード」や騎士団がうろうろしていることからも、皇帝領内で最も安全な場所と見て良い。  例外として立ち入り禁止になるのは特定の記念日であったり、もしくは“決闘”が行われる場合である。決闘による立ち入り禁止の場合は「決闘です」と堂々とせず、「儀礼日」というボカシ文句で告示される。……とは言え、古くから住む領民なら街を歩く騎士団の空気で察してしまうのだが。  カントラックは大きく分けて「宮殿」「大庭園」「城郭」「市場」に分かれる。  「宮殿」は敷地内でも最奥に位置する最重要建造物。なぜ最重要かと言えば、皇帝の住居だからである。日本の城で言えば「本丸」のようなものだ。よって、いくら観光自由な城内と言えど、ここだけは一般公開されていない。  「大庭園」は敷地の3割を占めるもので、潮風に強いメーデンの草地が断崖の縁に沿う形で広がっている。大部分は領民や観光客の憩いの場となっており、ここから海を眺めて良し、散歩するも良し、なんなら寝転がっても良しと思い思いにゆっくりとした時を過ごせる。  観光の折に雨天であったならば少々残念な事である。しかし安心されたい。そんな時でも庭園美術館や超巨大ネットカフェなどで安らぎの一時を過ごすことができる。  カントラックの敷地を囲み、中で上記の庭園を2地区に両断する、これも白い堅牢なる壁の連なりは「城郭」である。「ラインガードの称号」を持つ七騎士が統括するそれは、騎士団演習場も内包しており、引退した騎士や騎士予備生が多く常駐している。無論、正規騎士団員も常に監視の目を光らせる。  「城郭」の騎士が持つ業務としては、宮殿の守護はもちろん、庭園や市場の警護などがある。しかしそれ以上に重要なのは、「記念撮影」を主としたサービス。観光客や領民と触れ合い、騎士団のイメージアップを図るという重要な任務がある。予備生が多いのはフレッシュな色を強く出す狙いによるものだ。また、正規騎士の殺伐めいた迫力は、ヘタをすると観光客を怯えさせる可能性があるので、なるべく人当たりの良い人員が選出される。  「市場」については大それたものではなく、場内にポツポツと存在する売店や土産屋を総称したものである。同時に宮殿お抱えの職人営業所も点在し、その座を狙うブランドも軒を連ねる。  職人は宮殿からの信頼を得ることで宮殿内にスタッフを配置することが許される。それらスタッフは「(フィエル・)ディレクトゥ」と呼ばれ、皇帝と直接関わる場合もある重要な立場となる。歴史上、皇帝と友人となったディレクトゥは何人もおり、時には騎士団に影響力をもった例もある。また、各業種のディレクトゥによる鍔迫り合いは騎士団のそれに比べてより黒い。 /第二節、「淑女の大バルコニー」  大庭園は城郭によって分断されていると書いた。それは「大庭園」が観光解放区と宮殿のどちらにも及んでいるからである。宮殿から地平線を見ると視界に収まる中庭的なものは「垣根の回廊」、もしくは単に「回廊」と呼ばれる。  「回廊」は垣根が幾何学の模様を描く迷路のような庭園であり、実際にその場に立つと勝手を知らない人は大半が迷ことだろう。その奇怪で計算高い庭は古くに断崖からの侵入を警戒した名残とも言われるが、激しい波が今も岩を削っている断崖から侵入を試みる者など、果たして過去にあったのだろうか。単純に景観を考えてのことに思えて仕方がない。  それはともかく。「垣根の回廊」は庭園で最も美しい場所と言われ、宮殿のバルコニーから見るその知的な風体は人の脳を刺激して止まない。特産の植物で構成された回廊の中心には石畳の円形空間があり、それはつまりリリアンナとリオナが死闘を演じた場所だ。  石畳の円形は本来、オールドガードとなった騎士が修行する場として用いられる。歴代の騎士団長も剣を振るった由緒ある場所である。  回廊は宮殿のバルコニーどころか見張り塔の上からでも眺められる位置にあり、その上“皇帝の寝室から見ることができる”。――要は修練に励む姿を皇帝へと存分にアピールできる場ということで、一際美しく手入れされているのも「修練する騎士を映えさせる為」、という理由故。  オールドガードの全員が全員、円形の石畳で訓練するかというとそうでもない。過去に団長を務めたライオラなど一度も石畳の上に立たなかったと聞く。しかし、まずほとんどは「垣根の回廊」で修行という名の剣舞を魅せることを望み、避けることはない。そして修行を終えたら宮殿の大バルコニーでお茶を嗜むまでがオールドガードとしての伝統。  「大バルコニー」とは宮殿内でも一際広いバルコニーで、素晴らしい見晴らしを誇る。  美しき垣根の庭園と大海の水平線が緑と青のコントラストを成し、果て無き空が雄大に広がる絶景――これを見渡しながら――仲の良い騎士団のメンバーを呼んでテーブルを囲み、談笑しながら紅茶と菓子を堪能する……それは騎士団員の憧れである。  昼間っから宮殿の大バルコニーを我が物顔で占領できるのは、宮殿が職場であるオールドガードだからこそ。そしてオールドガードの騎士に誘われたのに断っては失礼と、友人は堂々として長めの休息を取れるのである。素直に楽ができるとあれば、羨望されて然り。  回廊を望む「宮殿の大バルコニー」は騎士団内における「権力」の象徴であり、そこに居座ってお茶を嗜むことは己の影響力を解りやすく周囲に、プラス皇帝へと示すことに直結する。 ・第六章/紅茶と共に在りぬ /第一節、「大剣使いの日常」  石畳の円形舞台で剣を振るう剣士。石畳の端には外されたプレートアーマーと従者2人が控えている。  彼女の振るう得物は単に「剣」と言うにはあまりに巨大。2mを超えるその“大剣”の先には補修された線が確認できる。大股に足を開き、力強く大剣で円を描く独特な技法。普段は着込んでいるプレートアーマーが無い分、いくらか身軽な様子で石畳を跳ぶ姿。身体を伝う汗が、高い陽の光を浴びて輝いた。  彼女は大剣を縦に回して石畳に叩きつけると、剣を支点として大きく跳び上がった。長い滞空時間を経て、円の対岸、プレートアーマーと従者2人が立つ間際に着地する。彼女の足を護る鋼鉄のグリーブが石畳を砕き、その足が数cm地面にめり込んだ。 「リオナ様、本日は5箇所も砕かれましたね!」 「せっかく途中まで無傷でしたのに……」  従者の少女2人は哀れみの瞳を石畳へと向けている。対して『リオナ=ウィンガル』は悪戯に笑い、「ごめんなさい、つい」と燃えるような赤毛を掻いた。 「謝るなら石屋のおばさんにです!」 「おばさんは商売になるってお喜びですわ」 「あら、でも手間をかけさせては迷惑でしょう?」 「お仕事なら迷惑にならなわよ」  従者達が「ムムム」と顔を見合わせる。異なる見解に戸惑っている少女達を見て、リオナは淑やかな微笑みを浮かべた。そして少女達をなだめると、彼女らの助けを借りてプレートアーマーを装着し始める。  リオナは少し前まで甲冑を完全装備していたものの……今はアーメットを脱いで常に頭部を晒している。それは決闘によってメットを砕かれたからでもあり、その方が良いと相手に褒められたからでもある。  アーマーを装着し終えたリオナは、従者達にティータイムのセッティングをするように指示を出した。従者の2人は声を揃えて「かしこまりました」と返事をし、宮殿の大バルコニーへと向かっていく。 「いい天気ね――さてさて、あの偏屈者はどうしているかな?」  手をかざして目を細める。見上げた空にある高い太陽が眩しい。太陽から視線を逸らし、円形の石畳を降りる。甲冑を着込んだリオナが一歩踏み出すたびに庭園の土が窪んだ。無骨な背姿の騎士は“ガシャガシャ”と歩行音が煩い。彼女は宮殿の敷地を歩き、“城郭の詰所”を目指している。  ポシェットでも抱えるかのように大剣を携える彼女。時折、長い剣の先が地面に触れては荒々しい傷を残していった――。 /第二節、「東洋の武辺者」  カントラック城の城郭。騎士団及び予備生が多く在中するこの設備には、総計して1000を超える人員が常に存在しているらしい。機密事項なので公式な文献でも濁されているが、正規騎士団が1割、騎士予備生が7割、残り2割は事務員等の裏方職員が構成すると噂される。  つまり大半が見習いのような人間なのだが、見習いだからと侮れる連中ではない。あくまで「メーデン騎士としての学習不足」な者が大半であり、純粋な実力だけならば一線級の人間も多数含まれている。  メーデンにおいて。市街地の守護は単独、もしくは少数クラスの行動が原則となり、実力・姿勢どちらにも一流であることが求められる。比べて城郭は「いざとなれば戦える」存在であれば最低限務まるので、教育施設も兼ねて見習い共を押し込んでいるらしい。体裁的にも「戦いは数」という基本を抑えていると言える。一戸堂々とした構えではないのだが、細長く上空から見ると「の」の字に見える城郭にはそう言った理由から多数の人が詰めていた。  カントラックは「白城」と謳われるが、それは宮殿の純白と共に、城を囲う城郭も白石を重ねて作られたからである。庭園にもなるべく白の色合いを持つ花弁を咲かせることで、「清純なる女性の城」というイメージを作り出しているのだろう。  千名を超える騎士含む人員を擁し、白城が白城たる所以と言える城郭を管理する者。それは皇帝より「ラインガード」の称号を与えられ、陸軍階級における「OF-7(少将)」に匹敵する存在――。C.1998当時、それは「エリーナ=ササクラ」という東洋系の人が務めていた。  漢字に「篠倉」と書くその人は、武者修行の延長としてメーデン騎士団に志願した。彼女は実力者達に気に入られ、若くして七騎士となり、最近になって国家関係の問題で退去となったシュラ=バーキンを継ぐ形で「ラインガード」の称号を得た。「そんなに寡黙で大丈夫か」と周囲は心配したものだが、前任者のシュラからしてサボリ魔の癖者だったので、「比べてマシになった」という声が今は優っている。  ――騎士団入団当初。まだ予備生であるエリーナは自己紹介もまともにできない有様で……おまけに挙動不審が目立ったことによってあらぬ疑いを掛けられ、素行を審問されたことがある。具体的には他の予備生から下着を盗難したという疑いなのだが、それをまともに自己擁護もできないまま追放の危機に瀕していた彼女のアリバイを証明したのが――リオナである。  弁護士資格を持つ彼女は、その道の人顔負けに理路整然と状況を整理し、灰色の脳を持つのかと思うほどに明瞭な推理を駆使して事件の真相を暴いてみせた。正規騎士が予備生同士のいざこざに口を挟むのは中々に珍しく、この一件は騎士団内で話題となった。まぁ、その結果として「生意気なリオナ像」が古参騎士達に根付くのだが……。  ともあれ、これによって助けられたエリーナはリオナに対して恩を感じたようだ。互いに異国者ということもあって、2人は孤独を解消し合う大切なパートナーとなった。  完全無口だったエリーナがリオナと会話しているのは見て、周囲は「実の所、のんびりし過ぎてて会話に追いつけてないのか」と解釈することになる。――あながち間違いではない。  時が流れて。今は七騎士の一角を成し、カントラックの城郭を管轄するエリーナ。彼女の守護する城郭に、庭園を越えて入ってくる者の姿があった。  遠目に赤い頭髪はよく目立ち、それに増して小脇に抱えられた「大剣」は明確に判別する材料となるだろう。銀幕の世界に踏み入っていないことが悔やまれる。気の強そうでいて、しかし思わず目を止めてしまう男勝りな表情。  城郭の関係者通路に近づく「リオナ=ウィンガル」を確認した門番の騎士は、駆け寄って「如何なされましたか?」と質問した。 「ササクラさんにお話があって参りました」 「あっ、そうか。失礼しました」  騎士は事情を早々に察したらしい。何故なら、こうして昼過ぎの時刻にリオナが城郭を訪れるのは頻繁にあることだからである。 「彼女はいつものように?」 「はい、練技場にて」 「やれやれ。空はこんなにも機嫌が良いというのに――困った人ね」  そう言うと、リオナは騎士に一礼し、城郭にある木製の扉を開いた。関係者のみが用いる隠し通路のようなものである。  城郭という事は「壁」なのだが、その中は薄暗くとも賑わっている。伝統あるメーデンの城故に古臭さは否めないものの、それは言うならば「地下街」に似た空気であろうか。単なる通路は殺風景だが、各所にある居住区や修練空間付近には人が多い。  リオナが歩くと快活に挨拶をする人もあれば、儀礼的に挨拶をする者もある。違いは明確で、「元リリアンナ派」かそれに近い者は明らかによそよそしい。時には嫌がらせに似た通行妨害があることも。  しかし、だからといって一々一括して回っていたらそれは火種に息を吹き込む行為となる。第一、そう言った態度にはもう、リオナは慣れきっていた。相容れない人と無理に馴れ合うつもりもないし、そういう手合いは気に掛けた方が負け。つまり、既に自分は勝っている――というのが彼女の持論。ただし、一度狙ったら逃さない彼女は、嫌がらせをした人の顔と概要を全て調査し、覚えている。  わざわざ裏口から入るのはそこが一番「練技場」に近いからであり、本心ではどんなに強がっても敵視されることを恐れているからに他ならない。  リオナが向かう練技場とは、正確に言うと「西区画B訓練広場」となる。長いので「第○練技場」と言われることが多いが、単純に練技場となれば先述のものを指す。  騎士の訓練風景―――それはバレエやオペラのように優雅で、声を透き通らせて語らう美の祭典・・・というわけにはいかない。「ア゛ア゛イ゛ア゛!」「ゼアアォッ!」などの激しい息吹と濁点の多い発音が響き渡り、すっ転んだり模擬刀を叩き合う鈍い音が木霊する、汗の臭いに満ちた修羅景色がそこにある。  立場に余裕がある正規騎士ともなればある程度「美」に気を使えるだろう。ただ、予備生となるとどうしても懸命となる必要があり、例え実力があっても泥臭いレギュラー(正規)争いを勝ち抜くべく、必死とならざるを得ない。  騒音被害を防ぐためと、恥ずかしさを軽減する目的で練技場には頑強な扉が設けられている。これを閉じて訓練することが普通なのだが、それでも前を通ると訓練の音が聞こえるし、厳しい人は扉を敢えて開け放っている事もある。  そうなると、リオナ=ウィンガルが前に立つ練技場の扉はやや異様と言える。  扉は閉じられているが、看板には「修練しています」の札。しかし、扉の前では一切の音を感じ取れず、それ以上に“人の気配”を感じられない。この状況に直面した人はまず、間違いなく「看板をひっくり忘れたんだな」と思って、看板を回して「修練していません」へと変えてしまうだろう。リオナも最初はそうだった。  「ゴン・ゴン」と鉄の扉をノックするリオナ。しかし、返事は無い。そしてそれもリオナは知っていた事だ。あくまで礼儀的にノックしただけ。  鋼鉄の扉を開く。すると、メーデン皇帝領にあって見慣れない景色が広がる。  まず、足元から見慣れない。石でも木でもコンクリートでも無い薄黄緑の色は「ゴザ」という東洋の敷物らしく、何枚かを合わせて敷き詰めたものらしい。  壁と天井は石造りであり、灰色のそれと城郭の外面を比べると華やかな物の裏側にある侘しさを感じられる。  そして殺風景。ほぼ何も置いてない。ゴザの薄黄緑と石の灰色ばかりがあって、光もそれほど差し込まない練技場は薄暗い。  しかし、薄暗い練技場の中央。殺風景な景色にあって“それ”は目立つはずなのだが、どうしたことか扉を開いて真っ先に“それ”を注視することはないだろう。それは“彼女”があまりにも自然な様で、空気と同化するかのように落ち着いた状態にあるからであろうか。  「瞑想」と呼ばれる修練技法を用いていると聞くが、その姿は座して静かに眠っているように思える。“彼女”から話を聞いたリオナでなければ、「失礼しました」と気をつかって退室してしまうところだ。  殺風景な練技場で静かに、眠るように瞑想を行う女性。彼女こそが城郭の管理者であり、七騎士の一角を担う『エリーナ=ササクラ』だ。通称して「稲妻」と冠される彼女は目を閉じ、ただただ静寂を保っている。気を抜けば視界から姿を見失ってしまいそうなほど、彼女は環境に同化していた。 「エリーナ。修行はここまでにして、お茶にしましょう?」  リオナがジェスチャーを交えて提案した。しかしエリーナは反応しない。リオナは「ふぅ」と溜息を吐いてから「少将、ガトー・バスクはお好きかしら?」と、手を添えて大きな発声をした。  ……ガトー・バスクとは。クッキー生地にクレームなどを詰め、焼き上げた素朴な見た目の菓子である。生地にアーモンドを入れることは欠かせない。発祥はクランベルと隣国イスパールの隣接地方。 「――カスタードクリームでなければ」  ぼそっ、と練技場の中央から返答有り。リオナは口元を緩ませながら扉の縁に寄りかかった。 「まったく。あなたは一度夢を見ちゃうと食い気でしか起こせないんだから」 「寝てないわ。言ったでしょう、私が行っているのは……」 「ハイハイ、解っていますよ。信心深きは救われる――先に行っちゃいますよ?」  そう言い残し、甲冑の鳴らす金属質な足音が扉を離れて行く。 「――解ってないじゃない」  練技場の中央にあるエリーナは目を開き、傍らに置いてある鞘入りの剣を手に取った。それはここで単に「剣」と言うには珍しく、東洋の島国では「太刀」と呼ばれる片刃の凶器。  刃の長さはかなりのものだが、リオナのそれと比べると半分以下でしかない。腹の太さはスマートなもので、これもリオナの物と比べてしまうとなんとも繊細に思える。しかし、その殺傷力たるや機能性の意味において芸術と言って過言無い。  それを腰の帯に差し込みながら、エリーナ=ササクラは「ガシャガシャ」と目立つ足音の後を追った――。 /第三節、「ティータイム」  宮殿の大バルコニー。半円形に湾曲したそこは頑強な木製造りの空間であり、陽の光をよく反射する色で優しい輝きを保っている。宮殿の南館と呼ばれる場所にある「大広間」から直接の出入りが可能で、もしくは垣根の回廊から伸びる階段を登ってもよい。  大広間は何らかのパーティーが開催されてなければ通常、無人なのでとても静か。大バルコニーに余裕をもって設置された3つのティーテーブルはそれぞれに主が決まっている。  リオナ=ウィンガルとエリーナは3つの内一番中央に位置し、最も障害なく庭園と地平線を見渡せる席に座していた。リオナの付き人である少女2人はテーブルから少し距離を置いて、大広間のガラス前に待機している。  大国クランベルの宗主たるメーデン皇帝領を守護する騎士団。500名――予備生を含めれば2000名に近い騎士団で最も強い権力を持つ七騎士の2人が交わす会話とは、さぞかし重厚かつ秘匿に満ちたものなのだろう。 「ジャムは挟むものではない――付けるものだ」  褐色肌のエリーナが頬を緩ませながら文句を言った。 「挟んでも付けても、味は変わらないじゃないの」  紅茶のカップを手にしている赤毛のリオナは呆れたように返している。 「舌に触れる順序が変わるじゃない。クッキー→ジャムではなくてジャム→クッキー、もしくは同時が一番良いの」 「んー、そんなに違うかしら」 「大体、何故ジャムなの? これにはクレームが正しいものよ。私はそう教わった」 「もうっ、我が儘ね。それもそんなに違わないでしょ」 「……試してみるか?」 「――O.K――」  リオナはテーブルの上にあるベルを手にすると、それを「リーン」と鳴らした。  ――それは良いのだが。ティータイムでも甲冑をほぼ完全に着込んでいるリオナは、いくらか常識が無いように思われる。まぁ、本人がほとんど重さを感じてないので問題無いと言えば無いのかもしれないけど……対面する人の気持ちも考えてもらいたい。慣れたエリーナでなければ気になって仕方がないだろう。  従者の少女が1人いそいそ寄ってくると、「イリアス、ちょっと頼みがあるの」などとリオナが穏やかに願った。 「ガトー・バスクを追加で2種類用意して頂戴」 「はぁ、二種類?」 「そ。クレームパティシエール入りのと、中身の無いものをお願いね」 「かしこま・・・中身無しですか!?」 「ジャムを別に付けて食べるから。ああ、つまりチェリー・ジャムも頼むわね」 「どうしてそんな……かしこまりました。すぐに用意いたします」  従者の少女は何か言おうとしたらしいが、リオナの少し普通と違う言動には慣れているのでさっさと諦めた。  庭園への階段を降ろうとする従者に向かい、リオナは「貴方達の分も用意していいわよ」と言った。従者の少女は「有難う御座います」と答えたが……それはつまり「他のティーテーブルで休憩していいよ」ということになる。リオナに悪気は無いのだが、一介の従者に過ぎない少女が「オールドガードの指定席」を占領するのは無茶にも程がある。だから従者の少女は気持ちだけ受け取っておく事にした。  そよそよと潮風が流れていく。この潮風は断崖の下より吹き上がってくるものなのだが、単に「良い香り」で済むものでもない。いくら耐性のある植物と言ってもダメージはあるし、宮殿の外壁にも常に影響を与えている。だからこその「お抱え職人」であり、ディレクトゥ達が常駐的に必要とされる要因の1つでもある。デザイナーにとってはチャンスが多いことは有難い話。  裏事情はともかくとして。晴天の日における穏やかな潮気のある風は心地良いもの。  菓子のおかわりを待つバルコニーの2人。それの片方、赤毛のリオナ=ウィンガルは抱いていた疑問を対面のエリーナへと投げかけた。 「ねぇ、どうしてオールドガードを辞退したの?」 「……気に入ってるんだよ、あの城郭が。余計な目も少なくて、気が楽だし」  リオナが言っているのはリリアンナが騎士団を引退した際に、その抜けた穴埋めとしてエリーナを推薦した話に端を発している。つまり、「なぜ宮殿住まいの三騎士ではなく、汗臭い城郭の主を選んだの?」ということを疑問としていた。エリーナとしては助言者やディレクトゥ、そして皇帝と関わり深くなる立場を敬遠したのだろう。精々まだ中堅所である自分がそういった人達と関わることに遠慮した――というのも大きい。彼女は良く言えば謙譲の美徳を重んじる人で、悪く言えば引っ込み思案な人である。 「一々あそこまで呼びに行くのは面倒なのよ?」 「だったら遣いを寄越せばいいじゃない」 「いっそ、電話を携帯してくれると楽なんですけどね」 「あれに呼び出されるのは……嫌い。あれほど落ち着けないベルもないもの」 「我が儘ねぇ~、あなたは自分の時間を大事にしすぎるのよ」 「今みたいな時間は好きだけどね。……あのさ、リオナ。私を誘ってくれるのもいいけど、陛下のテーブルには同席しないの?」 「――――気を使わせちゃうもの」 「どうして。あなた、同じことを去年も言っていたわ。あれから随分と状況は変わったのに」 「あの時はお二方の目が厳しかったし――」 「だから、今は違うでしょう」 「――今も、フレイデル様はお厳しい人よ」 「妹様に遠慮してどうするの、立場としては同等じゃない。あなたの逃げ腰はなんだか、違和感があるわ」 「解っているわよ、私だって! ……でも、遠慮しているのは妹様ではなくて――」 「………ごめん、変に追い詰めてしまった。そういうつもりは無かったのに」 「いいわ、誰かに聞いて欲しいのが本音だから。あなたがいなければ、いつまでも私の中で感情が溜め込まれてしまっていたでしょう」 「リオナ―――」 「やっぱり私は邪道なのかしら。……それはそうよ、生まれが生まれですものね」 「陛下は生まれで人を判断しないわ」 「――だったら、どうして――――」  リオナは、カップの紅茶に映る赤みを帯びた自分を見つめた。  彼女が言葉に詰まった時、「お待たせいたしました!」と、従者の少女が階段から姿を現した。リオナはテーブルに並んだ2種類のガトー・バスクを前に「ありがとう」と穏やかな様子を見せている。  思い悩む友人を前にするも、そういった事が不得手なエリーナ。彼女はロクな助言もできない無力な自分を悔やんでいた――。 ・第七章/挙式・インパクト /第一節、「心に纏うベール」  宮殿の大バルコニーからは垣根の回廊が見下ろせる。それらは階段によって直接行き来できるようになっており、バルコニーから見て何かあった場合、即座に駆けつけることが可能。  リオナ=ウィンガルは一人、大バルコニーの柵に寄り掛かって景色を眺めていた。  友人のエリーナは職務に戻ってしまい、従者2人には自由時間とするように言い渡してある。少し独りになりたいと思ったらしい。  嫌味でも何でも無かったのだが――エリーナの言葉によって、リオナの中にある負の思考が呼び起こされてしまったのである。リオナが「敵意の視線」に過敏なのは、深く考えて感情に負荷を掛けてしまうことを避ける防衛本能と言えよう。彼女は逃げ腰でやり過ごせるほど器用ではない。  相手がライバルであるならば、躊躇いなく反抗することでネガティブな感情を抑えることができた。例え相手がどれほど強大でもリオナは牙を剥くだろう。しかし、それは牙で対抗できること限定であり、噛み付いては仕方ない事項にはまったくもって対応できないことを意味している。  リオナがクランベルへと足を踏み入れた時。彼女は本国より仰せつかった「剣帝位」、即ち“騎士団長”の座を得ることのみを考えていた。実際、その為にライバルと争い、勝利した。  そして最大の障害を倒していよいよ「団長」の席が見えてくると、今まで曖昧に濁してきた事実が鮮明として浮かび上がり、問題は露骨に剣帝位と並んだのである。それはさながら「単品購入を望んだ品物がセットでしか販売されていなかった」という歯がゆさに通じるものがある。  特殊な例を除くと、騎士団長は「皇帝の妻」であることが習わし。リオナにとってそれは入国前から知っていた事で、「職務の一環」でしかなかった。だからリリアンナとの決闘に勝利し、暫定の騎士団長として認められた際に皇帝の妻となったことへの不満は無かった……なかったはずなのだが。  あくまで形式的な婚姻とし、かつてのライオラに習って皇帝とは実際に関わりを持たない――そうするつもりであったのに。  いつしか彼女の心は「職務」という偽りのベールを脱ぎ去ってしまっていた……。 /第二節、「白きドレスを纏いて」  切っ掛けは挙式であった。  メーデン皇帝に妻は多い。しかし、誰もが愛の元に婚姻するかと言えば――現実問題、大半は“利得を求めて”であろう。  「クランベルの皇帝」という存在は女性の立身にとても役立つ。中には豪壮な挙式を望む者もあるが、場合によっては書面のみという呆気ないものも珍しくない。挙式の形は新譜の希望が全面的に叶えられる。  一応、皇帝にも婚姻に関する拒否権はある。無ければ権威に関わるからだろうが、それも行使されているかと言えば疑問。特に優男と言うにはあまりにお人好しな13世はまず断らない。  リオナは正に「職務のため」と、利己的な婚姻を目的とする好例であろう。  彼女は「なるべく質素に、手早く」となんとも夢のない希望を出した。それは確かに叶えられたのだが……七騎士という立場上、会場には多くの騎士団が詰め寄せることになった。羨望の眼差しあれば憎悪の眼光もあり、中々に修羅めいた来賓各位である。  最初にリオナの心境が大きく変化したのは控え室でウェディングドレスを纏った時。  鏡に映るベールを被った自分を見て、リオナは前日まであった「職務」という認識を忘れた。そして、何やら自分が人生における重大なターニングポイントにあるのではと思い始めた。  リハーサルと本番は違う。彼女の本能は、ここに来て何かを感じ取ったらしい。  ウェディングドレスを纏った姿で宮殿のチャペルに姿を見せると、多勢なる女の視線が一気に突き刺さった。プレートアーマーを着込んでいない状態で敵意の視線を受けるのは初めてなので、この時点で一気に汗が噴き出す。  それほど顔が広く無いので、まさかここまで注目されるイベントだとは露も思わなかったらしい。前夜などいつも通りに寝転がって祖国のロック・ミュージックを聴いていたくらいだ。  ガチガチに緊張したリオナは花道を歩くのもぎこち無く、手を引く助言者が「大丈夫かね」と気を使う有様であった。ボソッと聞こえた「下品な歩き方ね」という悪口が更に緊張を高めてくれる。反撃する余裕の無い彼女はあまりにも脆いものである。  終始下を向いて花道を歩くというなんとも希望がない姿は、とても幸せを迎える花嫁とは思えない。どうにか祭壇の前に辿り着いた時には汗だくで、息を飲みすぎて腹が苦しく感じていた。  牧師がジロジロ見ている気がして、顔も上げられない。自分のどこが恥ずかしいのかと、不毛な自己詮索が忙しい。何やら歌や牧師の語りが聞こえてくるが、それどころではなかった。  緊張のピークに達した花嫁。強気な視線はなりを潜め、男勝りな顔つきは影も無く、何ともオドオドと頼りない。燃えるような赤毛が微かに震えていた。  ブーケを握って涙目になるしかないリオナは下を向き、この現実が夢となることを望んだ。  周囲の全てが敵に見えたのだろう。前述した通り、彼女は逃げ腰でやり過ごせるほど器用ではない。なんとも粗末な逃げの発想であった――。  そこに、「 リオナ 」と声が掛かる。  不意に声を掛けられたことで咄嗟に顔を上げるリオナ。緊張する視界に映ったのは、ぼんやりとしたタキシードの男性。 「ゲストが入りすぎたな。熱が篭って仕方がない……しかし、それだけ祝福されているということだ。感謝しなければな」  新郎であるルトメイア13世は、タキシードの袖を用いて大げさに額を拭ってみせた。長い顎鬚と切れ長な瞳が特徴なその人。手を伸ばせば届く距離で見るのは初めてのことである。  スラっと背が高い13世はとても落ち着いていており、近くにいると余裕が伝わってきた。体格や顔つきの精悍さからしても、リオナと親子ほど年が離れているとは思えない。  13世はハンカチを一枚取り出すと、それを花嫁に差し出した。新郎である自分がこんなにも暑がっているのだからきっと花嫁も暑いのだろう……と、周囲が解かるように。  リオナから見た皇帝の表情は実に優雅で大人しく、そして繊細なものだった。しかし、人を気遣うその時にも、何故か彼の表情は悲しそうに思える。  まるで心に穴が空いているかのように、希薄で弱々しい――それが、視線に敏感なリオナが覚えた「皇帝の心」。  皇帝に名前を呼ばれたことでリオナの意識は「ハッ」と鮮明となり、動悸する景色に見たハンカチを受け取ることで気持ちがリセットされた。唐突で予定にない声掛けがリオナの停滞した脳を活発に動かしたのである。  リオナはその後も緊張してはいたものの、ハンカチを受け取る前に比べれば随分とマシなものになる。ぎこちないながらも皇帝から指輪を受け取り、ユニティーキャンドルに火を灯すことができた。誓いのキスは――リオナがその気ではないと察したのだろう。皇帝が彼女の頬に優しく施すだけで、簡単に終わった。  リオナ=ウィンガルは責務に嘘をつかない女性だ。職務であるならば、リオナは手を抜かずに緊張もせず、きっちりと花嫁を演じきったはずである。  祖国から指令を受けて入団したからこそ、「職務」だと思って事に臨んでいた。だが、それは一つの勘違いであり、彼女は自分がついた嘘に騙されていたのであろう。  ――本当の所、リオナは結婚という事実を遠ざけていたに過ぎない。つまり、彼女は「職務」として割り切ることなどできていなかったのである。それでいて真に花嫁を目指したかというとそれも違い、実に中途半端な存在となってしまっていた。  式を挙げたからといってその状況は大して変化しない。相変わらずリオナは皇帝の護衛を務め、会話も事務的で、2人の仲は一線を越えることが無い。  しかし、式の中でリオナの感情は大きく変化した。  式の開始前まで、リオナは13世のことを「甘ったれた考え方の夢見がちな人」だと思っていた。厳密にはその考えはそれ以後も変わっていないのだが……過敏な彼女は皇帝の笑顔から察していた。13世ことキャーサル=クローヴァクスは、女性から儀礼的な告白を受けることに慣れている。そして、それを理解して尚、自己を殺して「皇帝」に徹し、咎めることなく他者を受容しているのだと――。  リオナ=ウィンガルから見たルトメイア13世は「悲しい人」に思えた。胸に穴が空いているかのように虚弱で繊細な人に映ったのであろう。  リオナ=ウィンガルの本懐は「弱者を護る人」だ。その弱者には自分も含まれている。だからこそ、彼女は敵対する視線に対して過敏に応じるのだろう。  リオナ=ウィンガルは母性の人だ。頼る事を好まず、頼られることを望んでいる。護るならば図太い権力者より、心穏やかな小心者を選ぶだろう。  ――挙式の一件だけでリオナが皇帝を愛した訳ではない。ただし、見方が変わったのは確かであり、傍に付く機会が増えたのは事実である。  そうして興味を示し、他の女性と関わる13世を見るうちに……「どうも私には遠慮している」という皇帝への疑問が沸くことになる。これは四章で述べたように、皇帝は「怖気づいていた」のだが、リオナから見たら「一線を引かれる理由が解らない」状態であった。  そうした苛立ちからか。彼女はちょっとしたことで皇帝の付き人に八つ当たることもあり、それを見た皇帝は一層腰が引けてしまう……という負の連鎖も起きていた。  助言者からは期待したほど皇帝と親密にならない様をせっつかれ、敵対する騎士達は皇帝とリオナの不仲説をジワジワと広めていく。  その有様では騎士団長の座に就くのは難しい。見えない所からの魔手に付け入る隙も与えてしまっている。  ……そういった状況はリオナに幾度の溜息を吐かせ、バルコニーの柵に寄りかかって物思いにふけることを日課とさせていた。  獅子のように勇猛な女騎士にも、果敢に挑めない難題があるということだろう。 /第三節、「庭園と散歩」  宮殿の大バルコニー。光をよく弾く煌びやかなその場所からは、庭園にある垣根の回廊が見渡せる。  リオナ=ウィンガルはバルコニーの柵に寄りかかって景色を眺めていた。騎士団長の座は現在最も近く、職務は皇帝に密接なものである。きっちり挙式も終え、通常なら問題なく騎士団長となっているはずの立場。  しかし、後一歩が及ばない。もしかしてそれは簡単なことなのかも知れないが、踏み出すことを躊躇っていた。立場を脅かすライバルが現状存在しないことから、余裕を持っていたのかもしれない。  ふと。庭園を眺めていたリオナの視界に、垣根の回廊を歩く人の姿が映った。  それが誰であるかは遠目にも即座に判別できたのだが、珍しいことなので「そんなまさか」と数秒静観してみる。しかしやっぱりどう見ても、それは紛れも無く「皇帝、ルトメイア13世」に違いない。  リオナは「そんな、お一人で!?」と慌てた様子でバルコニーの階段を駆け降りた。  皇帝は誰かを伴って庭園を案内することはあっても、一人で彷徨くことは滅多にない。基本的に自由な時間は読書に費やしているのが大半で、外出を要する予定が無ければ自室に引き篭って出てこないのが日常。独りのんびりと散歩をしているなどまず有り得ないことなので、リオナは即座に現実を認めることができなかったのである。  階段を駆け下りたリオナは、垣根の迷路を迷うことなく進み、すぐに皇帝の元へと辿り着いた。彼女の走る音は「ガシャガシャ」とうるさいので、皇帝はリオナが迫っていることに気がついていたようだ。 「やぁ、ウィンガル。どうした、そんなに慌てて――?」  自慢の顎鬚を撫でる皇帝は実におっとりとした様子である。  リオナは一礼をした後に「供も連れず、お珍しい」と周囲を見渡した。 「この庭園をのんびり歩いてみたくなってね。たまには独り、散策したい日もある。……ああ、今日は草花の良い香りがするな」 「失礼いたしました。しかし、宮殿敷地とはいえご用心ください」 「肝に命じるが――私は安心しているよ。君たち騎士団はこの国の誇りだからね」 「勿体無いお言葉です。では、失礼いたします」  リオナは皇帝の発した「独り」という言葉の意を汲み取り、早々にその場を離れようとした。不意に話しかけてしまったので、落ち着かない心境ということもあるのだろう。 「――ウィンガル。行ってしまうのか?」 「え?」 「もし、君の都合が合うならば――私の取り留めもない散歩に付き合ってはくれまいか」  皇帝の申し出はまったく予想もしていない、唐突なものだった。何せリオナは「皇帝から距離を置かれている」と感じていたので、まさかそんな、誘われるとは思わなかったのである。 「よろしいのですか!?」 「ああ、頼む。――どうやら私は寂しがりらしい。君が声を掛けてくれて、そのことに気がついたよ」  皇帝は感謝したようにそう言うと、垣根の通路を歩き始めた。その背中を見たリオナは嬉々とした表情を浮かべたが、すぐにキリっと元の男勝りな眼に戻し、誇らしい騎士として皇帝の後を着いていった。  ガシャガシャと煩いのは、ご愛嬌の範囲であろうか……? ・第八章/真に厄介な事はいつだって間接的 /第一節、「助言者」  メーデン皇帝領には「助言者」と呼ばれる役職がある。皇帝以外の男性は一切の入国を許されない皇帝領だが、「助言者」は例外的な存在で数名の男性がこれに該当する。ただし、彼らは常に全身を聖職衣に包むことを義務付けられており、顔を晒すことすら許されない。  助言者の住居や行動範囲も限定されている。基本的に宮殿区画内の限られた範囲で生活し、移動は特性の馬車による明確な差別化がなされている。移動先は駅のみであり、これも専用の車両によってクランベル本国へと向かうのである。  彼らのルーツは“皇太子の補佐役”。皇太子が皇帝となる際に、側近として抜擢すされることによって助言者へとキャリアアップする。また、こうした成り立ちから皇帝との繋がりは厚く、本国にとっても重要なパイプ役となるため、影の存在ながらも欠かせない役職である。  「皇太子の補佐役」と一口に言ってもそれ自体が様々な経歴の元に就く。  ルトメイア13世に仕える助言者の中で最も皇帝と親密な者は「オルター=リュ=ノーム」という人物。13世の幼少時から周囲にあった同年の友人で、皇帝にとっては配下ではなく親友に近い。挙式においてベストマンを務めるのも大半は彼である。  C.1998年も晩秋の頃。オルターは酷い頭痛に見舞われていたらしい。それは彼の悩みが蓄積されたからであり、本国の焦りと友人の浪曼に板挟みにされた精神的圧迫が原因であった。 /第二節、「団長不在の裏」  当時のオルターは10年も空位であった「騎士団長」の席を埋めようと苦心していたらしい。  メーデンを護る騎士団には2人の有力者があった。しかし、その2人ともに問題があり、片方は先代団長の暗殺説を持ち、片方は油断ならない国の人とあってどちらも中々に抜きん出ることができずにいた。  特に問題なのは先代団長の暗殺説がある「リリアンナ=スカーレット」。彼女は先々代団長の直弟子で、血統としては最高に近い。出身、影響力、可憐さ全てが理想的とも言えたのだが……同時に、それら全てが問題でもあった。それはつまり、騎士団にとっての理想像でも“クランベルという国家”として理想かと言えば異なるということを意味している。  メーデン皇帝領は国のシンボルとも言える威厳ある領土だが――歴史の関係からして、その権威は現在の政権によって取り戻されたものである。  過去に一度、クランベルの皇帝は権威を失った。それに伴い実質上の流刑に等しい扱いで作られたのがメーデン皇帝領であり、皇帝という位も剥奪され、単なる「クローヴァクス」という一貴族に成り果てた家の自然衰退を待つ場でしかなかった。  以後、革命による内乱が勃発するまでほとんど忘れられた存在となるメーデン領だが、現政権の親とも言える「改革政権」の導きによってクローヴァクス家は復権することになる。  しかし、そこに再誕したのは過去のように純粋な王政ではない。あくまで皇帝は国家の旗であり、メーデン皇帝領はそれを彩る装身具のようなもの。実質的に大国クランベルを動かすのは改革政権に端を発する「議会」であり、官僚である。  改革政権は「ガリ家」という権力を追放することを目的としたレジスタンスが始まりだが、いざ事を成すと今度は「自分達が新しい国を作らねば」となり、代が変わって2世集団が力を持つと「国を発展させるのは私達だ」と次々に目的を変えた。――まぁ、建前はどうでも良い。結局の所、改革政権は「とりあえず」の為に握った権力を手放せなくなった、という事に他ならない。  「5分間だけ」と言われて手にした快楽の時が終わりを迎えた際。反故できる力を持つならば「踏み倒してしまおう」という邪心が芽生えるのは人の業だろう。政変に向けてはそういった「成した後にある明確な甘美を手放せるように」、予め準備しておく必要がある。  これらの流れによって、改革政権の系譜は人民約6千万の手綱をガッチリと握ることに成功していた。――ところが、大戦等の窮地に晒された際、求心力として皇帝を利用したことが仇になる。  人間、誰しも楽がしたい。例えば複数人で構成された政権を支持することは、なんとも面倒である。まず、把握するのに時間がかかるしその手間を惜しまない人がどれほどあるのだろう。比べて「王」または「勇者」という単一の存在を崇拝する事のなんて楽なことか……。国家が衰退するとカリスマ的な人間が生じるが、それは楽に楽にと人が進んだ末にその象徴となる存在へと人が群がるからにすぎない。  自業自得ではあるが。ともかくクランベルの政権は皇帝を宣伝しすぎた。むろん、彼らも馬鹿ではない。直ぐに危機を予知し、「教育者」を通して皇帝の骨抜きを行ったのだが……ここで「メーデン」という閉塞的な領域が厄介となる。  代を重ねるごとに皇帝そのものは不抜けていたが、対して代を重ねる毎にメーデン、つまりは「騎士団」の持つ力は増していった。極まったのは皇帝12世に仕えた「ライオラ時代」であり、それこそ本当の意味で皇帝領の求心力と化したライオラはクランベルの政権に遠慮なく踏み入ってきた。  ライオラは剣帝位に対する相応しさも大変なものだが、同時に狡猾で、理解の深い女性である。彼女は「メーデン皇帝領」の成り立ちを良く利用し、戦前後の政権による皇帝担ぎを執拗に追求する立ち回りを惜しまなかった。  さらに彼女は自身の持つ影響力を着火剤とし、遡って革命前後における政権の建前と事実を火薬として政権を揺すりに揺すった。  ライオラが己の欲望に忠実な人だったから良かったものの、もし彼女が何らかの大志を抱いていたらエライ事である。そう言った意味で、彼女が大人しく引退してくれたことに「ほっ」と胸を撫で下ろしている与野党議員は多い。  その苦い経験から。クランベル政権はルトメイア13世の恋路をサポートして、ライオラと全く関係無い女を次期騎士団長の座に収めることに成功する。  ……しかし、ここで予想外なことが。なんと就任したばかりの剣帝が急死してしまったのである。  彼女を愛した13世の傷心も推して知るべきかも知れないが、何よりクランベル議会の動揺といったら何名が内蔵を痛めたか解らない。何せ次に有力となる騎士はあのライオラにとっての直弟子である「リリアンナ」という人。  せっかく騎士団と団長を分断したというのに、そんな人が団長となってはライオラの悪夢が再来することになる。力を持ちすぎた軍部は内政屋にとっての厄介者でしかない。  「先代団長の暗殺」という噂を流布するものの、やはりライオラ系の騎士は団結が強い。  もう駄目だ、おしまいだ……と議員、官僚の誰もが絶望していた時に救世主の如く現れた女。それは異国の才女――リオナ=ウィンガルであった。  「リオナ=ウィンガルとリリアンナ=スカーレットが決闘する」――この事実に心を痛めたのは皇帝13世だが、心を躍らせたのは与党であった。  「勝利することで騎士団長となる後押しをする」などと吹き込んだりしてバックアップを計り、それが奏したかは知れないが、決闘はリオナが勝利する。  「やった、これでライオラ系は衰退するぞ!」と改革政権の子達は喜び、新たな団長が決まるだろうと助言者は安堵した。  しかし、それも束の間。今度はその「リオナ」が問題となる。  表立って見えたのは「皇帝とリオナの仲」というものだが、実際には「リオナの出自」こそが見えない場で議題となっていた。  少し触れた「大戦」とは世界規模のものなのだが、それ以前にもクランベルは幾度か戦争を行っている。その中でも一際重大であり、今も遺恨を燻らせているのが、海を挟んだ隣国「リングランド[輪国]」との騒ぎである。  議員や有力者の中にはこれを重視する人も多く、国民全体を見ても注目度は高い。首相を目指す人間はこの問題に対してどちらに構えるかを早期に表明するのが通例。国家規模のライバルとでも言うべきか。  よりによってリオナは輪国の出身者。長老議員からの反発は凄まじく、政権内は「さっさと騎士団長を作りたい派」と「あの国のヤツをそのポジションに置くのは嫌派」で分かれてしまった。  ――もし、リオナが「剣の実力、団の信頼、王の寵愛」全てに事欠かなければそれでも押し通せたのだろう。しかし、ここに決定的に不足したのは「寵愛」である。  13世とリオナは挙式も済ませ、晴れて夫婦になった。なのに2人の関係はなんとも素っ気ない。一晩たりとも共にせず、会話も事務的……。そんな有様を見て、騎士団及び領内に「皇帝とリオナの不仲説」が流れていた。その噂には「反リオナ派」の息が掛かった領民も噛んでいるのだが、あながち嘘でもないのだから厄介である。  『助言者オルター』の所属派閥としては「さっさと騎士団長を作りたい派」である。  しかし、何より。皇帝領の只中にある彼は騎士団に対する思い入れが強く、真摯に団長不在という嘆かわしい状況を改善したいと考えていた。  オルターは皇帝の出領機会を無理矢理にでも増やし、リオナを単独で護衛させて雰囲気を生み出そうとしてみたり、皇帝と話す際にリオナを褒めたりなどしてどうにか2人を親密にしようと努めたのだが……彼の努力虚しく、それでも何ら色めいた話は無い。  業を煮やしたオルターは皇帝に対し、「君はまだあの子のことを引きずっているのか!」などと叱咤した。しかし皇帝は決まって「少し一人にしてくれ」と逃げ口上を撃ち、そそくさと退避して自室に篭ってしまうのである。  オルターは憤慨してリオナを皇帝の寝室に放り込んでやろうかとまで考えた。追い詰められていたのだろう。  ところが、それを実行へと移す前に想定外の出来事が発生。  現在もミステリアスなその案件は、助言者オルターが描いた算段を考えもしなかった角度から瓦解させることになる。 ・第九章/得たものの大きさ=失った傷跡 /第一節、「堅牢なるカントラック」  白姫城とも謳われる『断崖のカントラック』。その威容はメーデン皇帝領の最端、大西洋に面したリアス式海岸を背にして悠然と構えられている。  内陸からその白肌を見るにはメーデン皇帝領に入るしかなく、間近にできた男性は歴史上にも数える程しか存在しない。……男子禁制の特殊な皇帝領故に仕方がないことだが、旅行好きに男女は関係無い。誰しも、せっかくクランベルに来たのならば一度はカントラックの宮殿を眺めたいと思うことであろう。  そんな時には観覧客船によるクルーズがお勧めだ。より詳細に案内すると、ル・プルーの港湾から出る大型客船に乗り込むツアーがそれに当たる。他のツアーがあっても大半は皇帝領に許可を得ていないモグリなので、トラブルに巻き込まれる可能性に注意されたい。  観覧客船に乗って沖合より断崖を眺めると、宮殿の角や監視塔、それに丘を登る城郭を確認することができる。最も、断崖が非常に切り立っているので城の全容はおろか、庭園すら見ることはできないが……まぁ、雰囲気は掴める。広がる大西洋も綺麗なので、そっちを見てもいい。  そうは言っても「やっぱり全体が見たい!」――という方には。高額な手段として「空からの遊覧」も提案可能。防衛観点上、手続きの兼ね合いもあり、額面としてあまりお勧めできるものではない。しかし、余裕のある方ならばこれも一興。  いくつか出発候補はあるが首都リオールから飛ぶのがベターか。広大な草原(*エンペラーフィールドと呼ばれる立ち入り禁止区域)をひた走る線路を見下ろしながら、百合の一輪が如く咲いた城を目指す空の旅は快適そのもの。細かな制約はあるにしろ、カントラック城全体を360度の角度からぐるりと確認できるので、満足度は遊覧船に比べて段違いである。ただし、撮影は専用のスタッフに逐一申し付ける必要があり、遊覧時間も短めとなる。  海路、空路での遊覧は以上のものであるが……そもそも“女性”であるならば何も面倒な事はない。堂々と草原の列車に乗り、正面切って皇帝領に入り、一観光客としてカントラックの敷地に入ることができるのだ。上記のような制限を受けるのは男性のみである。  カントラック城の立地を踏まえて。その敷地に侵入する場合、それが女性であるならば陸路によって城門を容易く潜ることができるであろう。しかし、それが「宮殿区」、つまりは皇帝の住む領域となれば不可能に近い。騎士団でも限られた人と許可が必須となる。  また、宮殿区か否かに関わらず、海からの侵入は困難極まるものだ。切り立った断崖は悠久の荒波によって削られ、ねずみ返しのようにゴツゴツと沿っている。加えて生した苔によって滑るので、プロのロック・クライマーでも限られた人間にしか登れないだろう。  メーデン皇帝領の上空は常に鋭く監視されており、増してカントラック城の空ともなると厳正なる審査と許可が必要となる。事前の許可なく空を飛ぼうものなら、エンペラーフィールド侵入時点で空軍自慢のマルチロール機がスクランブルしてくる。  ……つまり。カントラックの観光区ならまだしも、宮殿区ともなれば容易い侵入は不可能と言える。しかも実際には外と庭園を遮る二重の城郭が立ち塞がり、無数の監視塔とセンサーが構えられ、極めつけに宮殿区を守護する強力なる騎士達が駐在している。  皇帝領に余程の混乱でもない限りは、少なくとも、何の問題も起こさずに宮殿へと侵入することは不可能と言える。  もし、そんな人があったのならば。それは不審と言うより、“不可思議”と捉えた方が良い。 /第二節、「ロマンスの心」  「助言者オルター」の頭を悩ませる女騎士、「リオナ=ウィンガル」。彼女もまた心を悩ませていたらしいが……当時最も心が寂しい状態であったのはクランベル皇帝ことルトメイア13世、即ち「キャーサル=クローヴァクス」であろう。  C.1992年。国家的には「メーデン騎士団長不在10周年」の年であるが、キャーサルにとっては「最愛の人を失って十周忌」に当たる。  キャーサルは人生の内でよっぽど愛した人が他に無かった。幼少の時より愛することを強いられていた皇帝にとって、愛とは与えられるものであり、恋とは宛てがわれるものであった。例え自分から声を掛けるにしても、それは設定された領域での話であり、偶発的な恋愛など有り得なかった。  だからこそ衝撃的だったのだろう。今でもキャーサルに内在する「ミコラ」という女性像は格別である。  2人は出会いこそ物騒なもので……まだ皇太子であった若きキャーサルの屋敷に、彼の暗殺を目論んだミコラが使用人として侵入したことが始まり。  それは間一髪だったと言える。キャーサルがより深い眠りについていれば、今頃クランベルの歴史は大きく変わっていた。  しかし、若きキャーサルは持ち前の王家体術を用いてミコラの攻撃を避わし、彼女を押さえ込むことに成功する。その時、彼は助けを呼ぶこともできたし、その気であればそのまま彼女を仕留めることもできた。だが、キャーサルはそのどちらもしなかったらしい。  戸惑っていたからである。それまでの彼は能動/受動どちらの視点からも、女性に対しては「恋愛」を含んだアクションしか知らなかった。  ところが。ミコラは一切の愛を介在させていない「殺意」の感情をもってキャーサルに接触してきたのである。それも他の誰かが作為したものではなく、玉砕覚悟の不意打ちという突飛なものであった。  ミコラの正体は王家にとっての宿敵、「ガリ家」の生き残り。自白された事実を知れば、普通の対応ならば恐れを抱いて二度と驚異が襲いかからないようにするべきだろう。過去の革命に責を見出せば、王家の人間として尚当然である。  キャーサルという人物は心穏やかに包容力のある方で……とは安易な見方だ。正直に言えば“打算的で子供っぽい夢想家”と言えよう。  彼は本来“ロマン”に貪欲であり、周囲に押さえつけられただけで実際の所、「愛は求められるものではなく、求めるもの」という性質を持っていた。大げさに言えば「王の器」ではなく、「兵士の器」。守られて据えられることに虚無を感じ、身を盾にして守る事に生きがいを感じる人なのである。それと合わせて最初から友好的な人より、距離のある人へとアプローチして得る“達成感”を求める性格でもある。  後に皇帝の立場であるキャーサルが抱えた問題。彼が屈強な騎士団の誰とも突出して親密になれない理由はここから生じており、これを踏まえるとキャーサルという男はメーデン皇帝領の仕組みとどう考えても合致しないことが解かる。何せ騎士達ったら強いも強い、守るどころか少し怖いくらいに血気盛んなのだから。  悪いことに。キャーサルは幼い頃から女性同士の争いを見てきた経験により、“強さ”に対して恐怖を覚える面すらある。ここでの“強さ”とは精神面のことを指し、要は図太い人が怖いという「小動物か何か?」と言いたくなるような皇帝陛下の虚弱性を証明する材料となる。「強い=他者を押しのける力」と見ているキャーサルからすると、決闘の勝利者などは「より恐ろしい人」でしかない。  しかし、いくら肉体的/精神的に強いと言っても誰だって弱さはあるはず。そういった要素を見出せればキャーサルの恋愛観も広がったのだろうが……何せ様々な好条件を与えられて育った甘ちゃん坊なので、解りやすく露呈したものでないと拾えない。「リオナ=ウィンガル」など、孤立した状況と出自からいくらでも弱さを見られそうなものだが……彼女は強がる上に壁を自力で突破してしまうので、「強い人」の域を出なかった。  もし、この達観した立場から彼女にアドバイスを送れるとすれば。「頼りになる騎士力ではなく、苦悩する弱々しさを見せなさい――」とでも夢の中で言いたいものである。  本来、キャーサルは相手が求めなければ踏み込まない人である。  デートの誘いくらいはするだろうし、積極的に皇帝として出来うるサービスも行う。しかしそういったものは「キャーサル」の意思ではなく、「ルトメイア13世」としての責務に過ぎない。  強制的に身体が触れ合うような事は一切せず、相手がその意思を見せなければ画面の奥にあるタレントと同じということだ。手を繋ぐことにも慎重な姿勢はある意味、一貫した彼の真面目さを表している。最も、若い頃はまだ、その辺りの見極めが不器用ではあった。  仮に皇帝となったキャーサルの精神であったとすると。“暗殺者のミコラ”に対し、キャーサルは彼女の憎悪を尊重する姿勢を見せたであろう。拒絶した彼女に敬意を払い、司法に処罰を委ねたのではないかと予想される。――が、ミコラという暗殺者が襲った「キャーサル」は若かった。それこそ使用人の手にキスの挨拶を施すくらいに、若さからの行動力はあった。  若きキャーサルはミコラを解放し、また彼女が会いに来てくれることを望んだ。そのまま捕えていつでも会えるようになったとしても、それはキャーサルの倫理にそぐわないものである。あくまでキャーサルは、ミコラの意思によって再会することを願った。  実際、ミコラは後に何度もキャーサルを襲った。しかも不意打ちではなく、なんと「殺害予告」をわざわざ送りつけてのことである。予告状に名前は入っていないが、襲撃日時と併記して文末に「ナイフを返してもらう」と決まり文句があったらしく、キャーサルはそれで彼女を判別していたようだ。  手紙の中身まで検閲されることは無いが、さすがに差出人不明では不審である。中身をチェックせざるを得ない。そして文面を見た執事や何やらが「これはどうしたことか!」と慌てる。それに対してキャーサルは「手を出すな」と冷静にするのだが、だからと言って傍観などできる訳がない。  よってミコラの襲撃時には「厳重なる警戒態勢の中を下手くそなスニーキング少女が横切っていく」――という奇妙な光景があった。そしてもう、ほとんど警備兵に付き添われる形でキャーサルの居室へと入るのである。それからキャーサルの計らいによってようやく2人きりになれる……そんな有様。  しかし、回数を重ねる毎にミコラの隠密技術は向上していき、最後となる8度目の襲撃において遂に警備を完全に出し抜いたらしい。  当時のキャーサルはいよいよ皇帝となる間近。皇帝となればメーデンにて比べ物にならない警備に護られることになる。つまりは、ミコラにとって8度目の襲撃こそ最後にして最大の暗殺機会と言えた。  ――だが、すでに2人は殺す、殺さないという関係ではなかった。  襲撃の度にミコラは恨み言をキャーサルに言い放ち、不満をぶつけた。失った両親兄弟を思い出して、涙も見せた。  歴史を振り返ると。  「ガリ家」という過去の栄華を崩壊させたのは改革政権であり、クローヴァクス家は担がれた神輿に過ぎない。しかし、現代に生きたガリ家の生き残りは国家の象徴たる存在へと刃を向けた。酷な言い方となるが、それは有事に民が勇者を望む思考回路に似ている。政権という概念ではなく、王、または王子という個体を狙う方が簡潔なのだから。霧のように掴みようがない政権を相手にするには、ミコラがあまりに非力すぎたというのもある。  それでもキャーサルはミコラの恨み言を邪険にすることはなかった。彼女の意思を尊重し、それがどうにも彼女の目的に到達できないことを理解していたからである。  キャーサルはミコラを不憫に思うと共に……「どうにか彼女を救いたい」「幸せに満ちた心を持って欲しい」と、願った。  キャーサルは元来、騎士のロマンに似た本質を持つ。  彼の愛は感謝や憧れより――“あなたをこの手で護りたい!”という情熱を薪とした方が激しく燃え盛るのである。  8度目のミコラ襲撃。皇帝となれば今のような甘い対応も許されない。更に、もっと、キャーサル個人より国家としてのメンツが優先されるようになる。  ミコラもキャーサルもこのままではそれが最後になると理解していた。  まだ想いを伝えていない人に対して感情を伝えることは、それが本気であるほど、他の何よりも勇気が必要となる。  小心者であるキャーサルは8度――勇気を振り絞るのに8度の機会を必要とした。  若きキャーサルとミコラはその日、ようやくに素直となることができたようだ。その時キャーサルが感じた達成感と充実感たるや、どれほどのものであったのだろう。  だからこそ、今でもキャーサルに内在する「ミコラ」という女性像は格別なものである。  皇帝となった後、彼女を失って10年も経つというのに。それでもキャーサルは自分が護るべき人を求め続けているらしい。  そんな、皇帝にとって鬱屈としていた日々の末……。  ――ある晴れた日。  不仲とまで噂される皇帝とリオナだが……どういった訳か。その日は宮殿にある庭園を共に散歩していたらしい。もしかしたらどちらかが歩み寄っていたのかもしれないが、当人たちのみの知るところである。  珍しい散歩は穏やかな日差しの中で行われていたのだが、そこに“奇妙なモノ”が発見された事で中断となった。  奇妙なモノは目にすることで嫌悪するようなものではない。むしろ美しくもあっただろう。そして二人にとって、重要な存在となるモノである――。 :メーデン十三代時記 巻2 END
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