前話<< >>次話隷属する天才
$四聖獣$ 『シリーズ:驚異のメタロン軍団!! 前置き』 SCENE-0 東京都内某所。高層ビルが立ち並ぶ市街の一角に、古びた一軒家が“ポツン”と挟まれている。時は昨晩、頃合いは夕食時―――。 【青い頭髪】の男がリビングのソファーで震えていた。先日、この男はちょっとした海外旅行をしたのだが……その疲れが今に出ているようだ。 <ピピッ、ピピッ、ピピッ……> 震える男の脇元から電子音が発せられる。電子体温計の示した数値は「38.6」。これを虚ろう視界に捉えた男は「ううむ……」と、呻いた。 「うるせぇな」 震える男の後ろ。ダイニングテーブルの脇。テーブルの上にどっかりと足を重ねて、椅子に腰掛けている姿。ふてぶてしく座っている【赤茶髪の青年】が刺々しく言い放った。 「エホッ、オホッ……すまん」 咳の隙をつくように、風邪の男が謝る。彼は混濁する意識のまま、電子体温計を律儀に鞘へとしまいこんだ。普段は険しく逆上がっている男の眉毛は残念にも垂れ下がり、あまりにも弱々しい。 思ってみれば覇気の無い髪色である風邪気味の男が唸りつつも咳き込む。風邪用マスクの中はハナミズと唾液塗れだろう。 「鬱陶しぃっつの。上行け!」 赤茶髪の青年が苦々しい表情で怒鳴りつける。椅子から立ち上がった彼はソファの背を膝で小突いた。 急かされる風邪気味の男は「……うん」と、どうにか答えた。 ・・・しかし、赤茶髪の青年は特段ここで何か作業をしているわけでもない。健常な自分こそが移動すればいいと思われるのだが……風邪っ引きの人に対して、随分と横柄な様である。 そんな状況を快く思わないのは、通常の感性としては間違いではないだろう。 正義の心を持つならば、怒りを覚えても仕方がない。 “ この・・・バカチンがっ!! ” 背後からの声――と、同時に。赤茶髪の頭から「バシッ」と音が出た。 「いがっ!?」 頭頂部を抑えてもがく赤茶髪の後ろ。そこに、仁王立ちにて毅然とした視線を落とす少女の姿が存在する。 「風邪で苦しんでいる人に向かって、なんて態度なの! 少しはいたわりなさい!」 【丸めた雑誌を手にした少女】はひどくご立腹な按配である。 顔つきからして幼さの抜けきらない彼女だが、相当に怒っているのであろう。オーラが鬼の面として見えそうな勢いだ。 「それと“龍ちゃん”! こんなところで寝たら悪化するわ。ちゃんと布団で寝てなさい!」 少女は風邪気味の男を気遣って、襖の先を指差した。 「おゴッホ遣い、ありがとうございまゴッホ、エホ!!」 もはや誰と会話をしているのかも曖昧な意識の中。風邪気味かつ青い髪の男はどうにかこうにか返答している。 「うぉいっ、コラ! いい度胸してんじゃねぇか、アァ!!?」 10秒程度の沈黙を破り、赤茶髪の青年が少女に向かって睨みを効かせた。 <ズパァンッ/ /ぐはっ!!?」 “顔面に叩きつけられる雑誌の威力”。たたらを踏んで後ずさる、茶髪の青年。 彼はしばらく言葉を失うも、すぐに気力を取り戻して視線を上げた。視線の先には、少女の冷めきった呆れ顔……。それでも、青年は強気に暴言を吐こうとする。 「このガ――/ /バキャァッ!!!> “空手家が板をへし割るような炸裂音”がリビングに響く。恐ろしく気合の入った一撃である。大股に脚を開いて存分に加速を乗せた怒りの一撃は、赤茶髪の青年に片膝を着かせるに至った。 「――――。」 少女は変わらず、冷めきった表情のままでいる。 彼女の胸中では、ここ数日に溜まった怒りの燃料が思い起こされていた・・・・・ ・・・・・一昨日から体調を崩した青い髪の男は、本当に辛そうだった。 少女2人で看病をし、普段騒々しい金髪の住人にも静かにするように言いつけ、野性的な住人には多めに食料を与えて大人しくさせていた。 幸い、インフルエンザではない。しかし、容体の深刻さは明らか。 かいがいしく看病する2人と、空気を察してお利口にしている2人に向けて……青い髪の男は「ありがとう」「すまない」を繰り返していた。 少女らは「気にしないで」と言葉を返し、その他2人は「早く元気になれ」と勇気付ける。 家族一丸となって危機を乗り切ろうと、協力と調和に満ちた時間だった・・・が、しかし。 あろうことか、病に耐える人に向かって ・「うつったら嫌だよ~、家から出て行け☆」 ・「別に初めての風邪ってわけじゃないだろ。ガキでもないんだし。死なないって」 ・「ちょっと咳止めてくれませんか? 電話をしているので……」 ・「ひたすらに鬱陶しい。百害あって一利無いな!」 ……などと、枚挙にいとまが無いほどの暴言と態度を炸裂させていた人間がいた。 横柄で憎たらしい性格だとは知ってはいるし、なれてもいる。 だが、それにしたって目に余る言動の数々によって―――少女の怒りは、臨界点の突破を迎えたのである。 「お前な、加減ってものを――なぁッ!?」 尚も横柄だった青年の顔が青ざめる。 視界には、豪快なフォームで振りかぶる少女の姿。 <――ビッシャァッ!!!!> 青年は寸前に、両腕を交差させてガードを固めた。 しかし、丸められた雑誌の圧力は想像を絶したもの。これは「凶器」とカテゴライズされて差し支えない。一介の少女とはいえ、その全力ともなれば凶器と合わさり、馬鹿にはできないものがある。 防いだ腕が痺れている。赤茶髪の青年はさすがに倒れこそしなかったが……足は震え、唇からは血が滲んだ。明らかに、ガード越しでも効いている。 彼女の一撃一撃には溜りに溜まった“3日間の怒り”が込められている。だからこそ、『重い』―――。 赤茶髪の青年が震える膝を抑えながらも悪態を吐こうと口を開く。 その空気を察してか。少女は冷たい視線のまま、次の打撃モーションを開始した。 幼い表情ながらも、迷いの無い視線。青年はアルカイックスマイルをここに見るか。 足をふらつかせられた攻撃の記憶。更に握り込まれる、硬い雑誌製の凶器。 そんな、視界の中の光景………。 「 ・・・・・ご、ごめんなさい。奈由美さん――― 」 ――その昔。今では証言者も少なくなった、戦後のしばらく。 戸川 紀明(トガワノリアキ)―――この名前を憶えている人間は今でこそ数えるほどでしかないし、本来とて多くはなかった。 41歳まで職に就かず、家にこもって生活。両親に再三急かされるも、己の“したいこと”だけをしていた……いや、“それ”以外の何に関しても興味を抱かなかった、抱けなかったらしい。 戸川の家は裕福なもので、広い庭に無数の部屋を所有していた。両親の社会的地位は盤石で、羨望のまなざし強く、自覚も優越もある。 だからこそ、息子の無残な体たらくをなんとかしたかったし、どうにかならないかと頭を抱えていた。 当時、パソコンなど影も形もない。 洗濯機の音は激しく、揺れも大きい。空調機は頻繁に故障し、サイズも大きく大味な調整しかできない。集合住宅へのあこがれに、こぞって庶民が団地生活を目指した時代でもある。 戸川の父親は官僚としてキャリアを積み重ね、こと舌戦において敵う者おらず、社交性の巧みさは高学歴高知識の集団においても秀でて光っていた。遊ぶこともないがしろに、ひたすら学業とツテの形成にささげた人生。その結果が今の自分であると、誇っていた。 そして、だからこそ戸川の父は“息子=紀明”を疎んだ。 なにせ学業は興味なし、他人との関わりはとことん苦手。誰に似たのか視力も悪く、運動神経も劣悪にして体躯はひょろい。雑誌のモデル出身である妻と、モダンな自分から判断すれば己の子であることすら疑わしい。 たまに部屋を覗けば……テレビ画面の女性に言葉を投げかけていたり、掌ほどの黒い板を弄ったり、それを耳に当てて独り言を話していたり……。 不気味この上ない。戸川の父親は息子の奇行にほとほと呆れていた。狂っているのだとも思った。 ある日、戸川の父親が「少しは体を鍛えろ」と進言した。 翌日、朝食を摂っていた父親の前に珍しく部屋から出てきた紀明が姿を見せた。そして突然にシャツをめくると、己の貧相な腹部を晒して見せた。 紀明の腹部には、何か布のようなものが巻かれている。腹巻ではない。それにしては細いし、何より腹部以外はベルトしかない。 「それは何だ?」 戸川の父親は奇妙な物を見る目で問いた。 「父さん驚かないでくれよ。私の腹筋はこうしている今も、鍛えられている。そう、これを着けているだけでトレーニングになっているんだ!」 ……誇らしげにしている息子の姿を見て。戸川の父親は呆けたまま、何も言うことができなかった。 「見てくれ、これは微振動を常に行っていてね……ああ、触ってもらった方がいいね」 紀明は父親に解説を始めたが、父親は黙ったまま寂しそうに朝食を再開した。きっと、生まれ持ってきた不遇なのだろう。自分の子供は、おそらく矯正できないほどの重体だ。悲しい――しかし、それでも自分の子供だ。家の長男だ。 父親は、70年の生涯を終えるその時まで――息子のことを「気の毒な我が子」と思っていたらしい。 そんな、親にまで「気の毒」と思われていた紀明だが、彼にも1人だけ友人が存在した。 中学校を辛うじて卒業した紀明の、その卒業まで唯一彼と会話をしてくれた学友。 葛西 友禅(カサイ ユウゼン)――紀明とは違い、非常に社交的で、常に集団の先頭に在る人間である。 文武共に有能極まり、その上面倒事も率先して引き受け、常に期待以上の結果を返す。 また、物事の視野も広く、彼に当然として襲いかかる嫉妬・逆恨みからの危険はことごとく事前に破綻させられた。 そんな友禅であるが、決して“良い人間”ではない。良い言い方をすれば「貪欲」。後に自分が立つであろう頂を想定して、幼少より人から自分を守る術と共に、人を自分の望む程度に破壊する術の習得にも勤しんできた。 紀明が小学生低学年の頃、教室で裸にされた揚句、チョークの粉塗れにされた事件があった。 これの首謀者が葛西 友禅その人である。 友禅は当然、先生に呼びつけられこっぴどく叱られたが―――なんのことは無い。これらの結果はすべて、『友禅の理想』通りになったことを意味する。 友禅がここで学びたかったのは「被害の無い攻撃」ではない。「攻撃によって被害を被る場合の対処と、体験」である。 小学校1年、年齢にして7歳―――。さて、担任はどのように怒ったであろうか。友禅の周囲はどのように変化したであろうか。 友禅は、傍から見れば大きく傷ついたように見えたであろう。だが、その実質としては「無傷」である。 あまりの情けない事態に、紀明の両親が行動を戸惑うこと。 愚かで稚拙に見える犯行から、“反省の様子と無知加減”が高いリアリティを持つこと。 実際問題である、学級という集団から見れば、まるで友禅が「英雄」にも見えること。 そして、何より事前に紀明は「そうなってもしかたがない」と思う立場に立たされていたこと……。 これらの全てが、的確であった―――――。 当然、紀明は友禅に怒りを持ったが、実際に行動していたのは友禅ではなく、その周囲。 友禅は黙っていれば事件の末端関係者であるはずの立場を放棄して、自ら、迅速に首謀者を名乗り出た。 紀明は怒りこそすれど、「勇気ある」と周囲が称えるその姿と、実際に自分を攻撃したわけではない事実、そしてその後の誠意ある謝罪と唯一とも言えるまともな会話をしてくれた相手という経過が高まった感情を薄れさせていった。そもそも、7歳で友禅の「理想」を見破ることは不可能であろう。 中学卒業と同時に社会からのドロップ・アウトを決め込んだ「戸川 紀明」。家庭内の人間以外とは接触をもたない、外部から見ると存在すら疑わしい存在――。 この希薄な男とコンタクトを取る人があった。「葛西 友禅」である。 友禅は多忙なスケジュールに隙を作っては戸川家へと向かい、紀明はこころよくこれを自室に迎え入れた。 過去に紀明を苛めたとはいえ、小学一年の出来事。善悪の判別すらあやふやなことは当然。むしろ当時の担任に怒りが向けられている節すらある。 最高峰の進学校でダントツの成績を保ち、期待のサウスポーとして甲子園を沸かせる友禅――これがわざわざダークサイドの息子と仲良くしてくれるのである。拒む理由も無い。 戸川の父母はまるで救世主のように友禅を家へと迎え入れていた。特に父は聡明な友禅を好み、「息子の理想像」とまで考えて後の彼をサポートするようになる。友禅は実に計画的だ。 世間体や過去の過ちを償うため? ……違う。 性根が優しいので孤独な人を放っておけない? ……違う。 権力者の息子に取り入って親の信頼を買う? ……それだけではない。 友禅は見抜いていた。知っていた。 (紀明という一見して気の狂っている落第者は実に劣っている人間である。しかしそれは、同時に恐ろしく優れた一面を持つ――) 母校を甲子園春夏4連覇という異常事態にまで導いた友禅は、卒業と共に球界へと進出するものと思われていた。日本社会は彼がどの球団へと入るのか、その話題に傾聴した。当時の野球人気は今に比較できない。まさに社会現象のムーブメントがそこにある。 ――しかし、友禅は期待に反した道を選択。つまりは、“進学”である。 前代未聞であった。プロを保留しての進学自体は珍しくもない。だが、推薦ではなく、“完全実力による真っ向からの試験勝負による進学”は現在においても異例である。それが日本の最高学府となれば尚更だ。 3年間を球道に捧げてきたと思われていた友禅は、見事現役にて“東京大学入学”を果たす。 入学後の動向にも注目は集まったが、友禅はすっぱりと野球を止めた。一時的に社会の有象無象へと紛れた彼の名が再浮上するのは、それから3年を待たねばならない――。 社会が高度経済成長へと突入する中。どれほど社会が活気に溢れても、はぐれ者は必ず存在する。 「戸川 紀明」は地縛霊の如く自室に篭っていた。「自室」と一言に言っても、状況は悪化している。 両親と同じ敷地に住みながらも、家屋は別。蔵を改築した離れ――言ってみれば隔離小屋に住まわっていた。 金はある。すでに息子を諦めた両親が望むままに渡し続けている。 飯もある。すでに放棄された紀明は家政婦から定期的な餌を扉越しに渡される。 見限られた紀明は、メモ用紙に入り用な物品を書き、扉の隙間に挟み込むことで物を得ていた。 風呂もろくに入らず、トイレくらいでしか部屋を出ない紀明。――やがて、トイレすら部屋の外に出なくなった。 ぼっとん便所が当たり前の時代。隔離小屋から発せられる「ドジャー」という音を、使用人達は不思議そうに聞いていたらしい。 閉鎖された紀明個人。しかし彼は知っている。「友禅」が甲子園に出たことも、「実証は終了した」と告げて大学へと進学したことも……言ってみれば。社会の誰より、紀明は友禅の真実を知っていた。 ―――何故か? 白黒のTVが普及を始めた頃。 数世帯共用の電話線は非常に不便な時代。図面と機器の乱雑した“離れ”という隔離部屋にて……紀明は小さな箱型の機械を耳に当てていた。 独り言のような話には相手が存在する。 相手は東京の大学内。研究室の椅子に、我が物顔で腰掛けている青年―――。 ある学者は述べた。 【時代は一握りの天才によって動かされる】 折しも時代は痛みを糧に実用を始めた「原子力」の総明記。 後世に遺恨を作る革新の始まりだが――新たなエネルギーが動き始めたということは、既に次世代の動力が考案されていることも意味する。 一握りの天才は生まれながらにして奴隷でしかない。 彼らは文化の爆弾として、時代を動かす燃料として生命を終える。 学業も疎かに、変わり者だと罵られ、自分の世界に閉じこもった挙句に両親からも見放される……。 それでも探究心は貪欲。人間性の崩壊も解せず、真の天才は独立した種族として、唯唯文明改革の礎となり果てる。 一握りの天才は飛び抜けているだけでは不足。時代錯誤甚だしい、途方もない“違い”こそが条件となる。 葛西 友禅は確かに天才的な才能を複数備える超人に映るかもしれない。だが、言ってみれば「人々が尊敬できる程度の凡才」。 本当に途方もない才能ならば――同時代において――迫害されることはあっても、尊敬されることはない。友禅は所詮、多少に優れた凡人である。 真の天才は……ひと握りの才能は、決して輝かない場所に住む。 戸川 紀明。この社会輪廻から放棄され、自己の独房に封じられた蛆虫のような生命体。 彼こそが一握り。唯一、絶対の、比類されることがない――その時代に見る、“頂点”。 葛西 友禅は大学在学中に巨額の優位性を得た。 友禅には他者より若干優れた頭脳と、他の一切と比類されることのない“友人”が存在した。 製造される自動車、圧倒的信頼感を持つ家電製品、独自性に溢れる電子機器――高度に発展する経済の中、友禅は“友人”とその親を足掛かりに、あらゆる分野に影響力を染み込ませた。 力強い目を持つ顔貌に引き寄せられた資産家令嬢。それも友禅の計画と寸分違わぬ出来事である。 葛西 友禅改め、【深月 友禅(みつきゆうぜん)】。過去に甲子園を沸かせ、国内最高学府を主席で卒業した青年、その人。 彼は40年の時を消費し、若くして深月財閥の総帥という玉座に君臨した。 彼には野望がある。幼い頃から、聡明な頭脳は成就の図版を完成させていた。 彼は決して、一握りの天才ではない。されど、類まれな人間であることは確かである。 命ぜられた使命ではなく、己で勝手に定めた野望。 「 人類には、馬鹿が多い。だからこそ、“美しくない” 」 友禅は誰よりも潔癖で、完全を望んでいる。 凡人の分際で、新たな時代を渇望している――――。 新たなエネルギーが活用され始めたという事は、次の段階にあるエネルギーが鼓動を始めていることを意味する。 アニメの人物ですら原子力の言葉を発する段階、時代。 深月グループ(財閥)の傘下で行われていた技術研究は、間接的に国家の安全すら保っていた。国家間の関係というものは、人間個人と同じく、自己のルールで喧嘩相手の拳が止まるわけではない。毒と刺を見たからこそ、喧嘩相手は拳を振り抜けないのである。 今からそれなりの昔。時代は変わっていた。 TVはカラーになり、工場の機械化は推進。どんな田舎にも、電話線は蔓延った。 イーサネットが登場し、国内の無線部が躍起になって国内回線の実現を目指した。間もなく、時代は「インターネット」という新たな血管を会得する。 自宅の離れという限られた開発空間――そんな戸川 紀明の研究環境もまた、変化した。 決して表には出されず、紀明の存在を知る者は数少ない。それでも、彼は一つの研究施設にて最高の立場を与えられている。 新時代の動力。原子力の次、この頃から予測されていた問題をクリアーする動力の開発。それが彼の役割――そして、それはほぼ達成されていた。 引きこもりの少年だった紀明は、今でこそ【戸川博士】と呼ばれている。彼は今の環境を与えてくれた“親友”に感謝し、今の立場を押し付けた“親友”に疑問を抱いていた。 どちらの“親友”も同一人物であり、ほぼ唯一と言って良い、幼い頃からの馴染みである。 ……正直なところ、戸川博士にとっては助手など邪魔なだけだ。どれほど優れた人間が送り込まれても足でまといにしかならない。 存分に好きな事に没頭できるのは嬉しいが、一々指示を受ける状況は不満。戸川博士は送り込まれる助手達が「監視役」であることも知っていた。 戸川博士の抱く疑問は日に日に積もっていく。“親友”は自分を理解してくれる唯一無二の人だと思っていたのに……どうにも、最近強引で困る。 新時代の動力など、博士は生み出す気もなかった。やれと言われたからやっただけに過ぎない。そして、本心では重責に悩んでもいた。 戸川博士は人との付き合いを好まないが、人間を愛している。 彼は自分が閉鎖的な人格であることを知っており、友好関係を築いても相手に不快な思いをさせてしまうだろうと考え、敢えて奥手な態度をとっていた。価値観の相違を理解できる人だからこそ、それを押し付けることも、押し付けられることも、過敏に嫌ってしまったのである。 “親友”は誰よりも強いと思ったからこそ、安心できた。価値観が異なっても、もどかしい思いをするような相手ではない。違うと思いつつも、納得できる存在だった。 だからこそ、理解者だと思っていた――・・・なのに。 言われたままに作った新たな動力。それは、現在言われる「クリーンな動力」の意図とはかけ離れた代物である。この時代に見出された“リスク”への回答は、“より少ないリスク”。バイオ燃料のように方角を変更するものではない。 小型化が可能であった。爆発性を施設で制御するのではなく、爆発性を爆発そのものが制御するという、異端の発想から生まれた【動力】。 人体を施設に、心臓を炉に、血を燃料とするのではない。 人体から心臓、血に至るまでを燃料で構成し、活動させる―――皮肉にも、生み出された新たな“粒子”は、仕組みとして生命体のあり方に正しい。 だが、それだけに不安もあった。 取り扱いの危険など、あらゆる動力に言える。人間一人、心臓には細心の注意を払うだろう。 もっと根本的に、致命的に、圧倒的な問題――――。 確かに、新たな動力を作り上げたのは戸川博士である。しかし、彼が望んで生み出した訳ではない。 望んではいないが、作れてしまう。作るものを望むことは許されない。 何故なら、彼は生まれながらにしての奴隷であるから。主人は時代そのもの。この世に生を受けたのは、単に時代を変える“革命”をもたらす切っ掛け作りの為でしかない。 誰がそんなこと――大人しく認める? 自分をそんなものだと見ている人が親友ならば――我慢できるか? 研究施設を照らす青白い光。戸川博士は日課のように頭を抱えていた。 半身に光を浴びる紀明は、我慢できずに“親友”へと問いかけた。 「友禅。僕は君の目的が解らなくなった。君は全てを教えてくれない――正直、勝手だ。単に指示を受けて正確に入力する僕の様は――施設の一部ではないか?」 『―――――』 装置の上に浮かぶ、水晶のように透明な固形物。 半身に光を浴びる紀明は、我慢できずに“親友”へと警告した。 「この“過ぎた力”を利己的に扱おうと思うのならば――間違いなく、未来は壊滅する」 『―――――』 青白い光を放つ、水晶のように透明な固形物。 「友禅、思い上がってはいけない! 君はっ、<メタロン>を真に理解できていない!!」 悲痛な訴えだった。度を越えた力の重圧に、精神が限界を迎えていた。 半身に光を浴びる紀明を、静かに見守る助手の姿がある。 深月財閥の総帥は全てを把握している。もう、目的が済んでいることも―――。 研究施設から数百km離れた地点で、高層ビルのガラスに夜景を映しながら……。 紫のスーツで身を包み、老年に脚を掛けながらも精悍な顔つきを保ち、背筋がしっかりと伸びた姿勢で悠然と後ろに手を組む長い白髪の男。 夜の都市を見下ろしながら。彼は二人だけが所持する通話機の片割れに向けて……静かに口を開いた。 『――紀明、理解していないのは君さ。 きっと、<メタロン>は私の理想を叶える助けになるだろう……』 「友禅、違う! 僕達は、間違っていた!!」 『ご苦労だったね、私の友よ。安心したまえ、君は【選抜】に値する。 また会おう、その日まで――――』 「ッッッ―――友禅っ!!!!!」 ――その日。深月グループが所有する研究施設の一つが、稼働を停止した。 原因不明の事故は施設周辺を巻き込んだ停電を引き起こし、施設そのものも大破させた。 死者1名。 尚、人権に配慮し、氏名及び個人情報は厳密とし、開示しないものとする――。 ・・・・・時代は流れて。 各家庭にパソコンは普及し、三種の神器と謳われたTVですら苦戦する時代。 過去には戸川家の離れだけに存在した携帯通話機は、今や社会生活の必需品と言って過言ではない。アブトロニックはやや時代遅れですらある。 文明の歩みはエネルギーの歩みである。 時代に登場する、次世代の力――その名も「メタロン」。 バイオ燃料の影で胎動する危険なエネルギーに、警鈴が打ち鳴らされる。 大都会に出現する、「鋼鉄の子供達」!! 暗躍する、「巨大な闇」!! 傍若無人なる鋼の子供を率いる、“メタロン博士”とは一体……!? 博士の執念とは? メタロンの持つ力と、驚異とは!!? 次回、四聖獣 『 鋭利なる咆哮――メタロガイスト! 』 四人の青年と“メタロン”が出会う時 テクノロジーの輝きが、街を照らす――――――