この惑星の未来から/1

$四聖獣$ +++++++++++++++++++++++++ ACT--???  今から――どれほど昔の事であろうか。  最早誰も知りえない、計ることの無い過去の世界。  広大な世界を渡って、ようやく平穏の地に辿り着いた【シロアリ】達。  彼らは翼を取り払い、もう失うこともないと決めた“世界”の構築を開始した。  透明感と圧倒的な輝きに満ちた世界を構築した「シロアリ」達は、膨大な年月を重ねてようやく手にしたその“世界”を―――。  最初の誓いは何であったのか?  彼らは……ただの1日で“世界”を失ったと言う。  互いに振り下ろした“輝きの刃”によって焼失し、自分たちの足元と共に母へと沈んだシロアリ達。  僅かな理知有るシロアリは生き残り、大海を渡ってかつて「蛮族」と見下げた人々に寄り添い、定住した。  蛮族と思われた人々はさぞかし驚いたことであろう。  空にある太陽がそのまま降りてきたような輝きに―――。  蛮族の人々は海を越え、山岳を越えた存在を「理不尽そのもの(理由)」として敬い、自分達の中心へと迎え入れた。  その“3人のシロアリ”は姿も身体の性能も蛮族と変わらないが。  未開の彼らが知らないことを知っていて、野蛮な彼らができないことをできた。  人々は奇跡の数々に喜び、一層に3人を敬う。  3人のシロアリは気分こそ悪く無かった……。  シロアリ達にとって蛮族世界の均衡を保つことなど、ボード上の戦略ゲームより簡単なことに思えた。  しかし、それは同時に“彼らの世界”をかつて崩れ去った故郷に近づける作業でしかなく、その上蛮族の人数を用いれば一度通った道を辿ることは容易い。  そして、最も頭の良いシロアリは気が付き始めていた。  彼らが蛮族として扱い、今も思い込んでいる彼らは―――ただ、色が違うだけの同じ「蟻」ではないか……ということに。  文明の平和・秩序・均衡は全て上下する。  長いグラフに直せば、それは波打つ海面の様であろう。それは知っている。  ついにシロアリの1人が訴えた。 「ここは我々が思っていた世界ではない。  そして干渉が過ぎた―――新たな同胞を求めよう、友よ」  賢い彼の意見である。他の2人もこれを聞き入れた。  ……ただ、彼らの内1人は彼の言葉を理解しつつも、この地を離れられなかった。  その若いシロアリは他の2人と同じに蛮族を「芋虫」程度にしか見えていなかったが。  ただ1人、そこに美しい“アゲハ蝶”を見出してしまったのだ。  他の賢明な2人は忠告する。 「芋虫は芋虫だ。我ら蟻とは違う」  若い蟻は反論する。 「違う、彼らは蟻だ! 私達と同じに!」  彼の眼はもう、賢明な2人とは違う位置にある。  同じ蟻であるからこそ、賢明な2人は忠告したというのに……。  同時に、後の事を想えば――――。  その若いシロアリは可愛そうに、“才能”が乏しかった。効率的な発展は彼が行ったのではない。彼はほとんど見ていただけに過ぎない。  そのことに気がつくことすらできないシロアリだった。  「しかたがない」―――賢明な2人はその若いシロアリに一つだけ助言を残すと、自分達の船を製作した。  彼らは禁断の世界へと向かうつもりだった。  若いシロアリはそのことに興味はあったが、それでも美しい蝶の羽に比べれば些細な興味に過ぎない。  賢明な2人は船を完成させると、自分を慕う蛮族と愛する若いシロアリに別れを告げる。  若いシロアリは悲しんだが、決別はいたしかたがない。  彼は2人の姿を掘り込んだ貴重な鉱石の板を作り、大切に保管することにした。  ――――― 飛び立つ2つの船は盛大に見送られた。  残されたシロアリは2人の面影が残る地を離れて、自分の創る世界を求めた。  美しい蝶を護るためには定期的な素材も必要となる。  いくつも考慮して。  ついに見つけた“求める世界”は深い地中―――――。  シロアリは笑顔だった「ああ、これから私の世界が創られる!」。  希望に満ちた彼らは躊躇い無く地中深くへと潜り、住処を築く。  ただ1つの誤算は……シロアリが彼を含む全員にとって、  思う程万能ではなかったということであろう――――― +++++++++++++++++++++++++ SCENE/1 ACT-1  東京都の某所に古びた一軒家が存在する。  そのリビング――基、居間にある今時画面が小さなテレビ(TV)。 『--―― へぇ、驚きますね~』 『そうでしょう。本当に、何があったのか不思議ですよね』  TVの画面に映し出されているのは「万物プラネット」というゴールデンタイムのプログラム。「万物プラネット」は10年も続いている人気ドキュメンタリー番組である。  コメンテーターはメインの数人を除いて毎回変わる仕様で、適度なユーモアに興味深い題材の数々が売りだ。  今週のテーマは南正(南ジャスティア大陸)を代表する古代文明のお話。  荘厳な遺跡と、血生臭い儀式の話でスタジオは盛り上がっている。 『でも、なんで一度文明を放棄したのですかね……』 『私のような人間は、やはり黄金の行方が気になりますねぇ』 『あのさぁ、一回捨てた家になんで帰ってきたん?』 『家ではないですぞwww表現は遺跡以外ありえないwwwwww』 『えー、でも家じゃん。住んでたんでしょ??』 『んんwwww何も住居だけが役割ではないですからなwwwwwwww』  ―――口の悪いゲストが笑っているTV画面の中。  「金髪の青年」は何も気にした様子無く、スナック片手にTVを眺めている。  古いながらも一応体裁は整っている古い家屋。  台所では「青い髪の目つきの悪い侍」が皿を洗っている。  その目つきの悪さと言ったら酷い物で、包丁を研ごうものなら通報されかねない勢いだ。 「リュウちゃんうるさい!」  TVに釘付けの金髪の青年――【アーティ】は皿洗いの音で阻害されるTV音声に我慢できないでいる。 「すまん……すぐ終わるから」  目つきの悪い侍――【龍進】は蛇口の水流を弱めた。  ほそぼそと皿を洗う音と、豪快にスナックを歯で砕く音が家屋に残る……。  ―――と、そこに。 木材が軋む音が一定のリズムで響いてきた。 「あ゛ー? いやぁ、どっすかねー。つか直接回してくださいよ、お仕事」  ふてぶてしく<ダスダス>と階段を降りてくる「茶髪の西洋青年」。  手にしている携帯通話機の相手と何を話しているのか。とにかく周りに配慮が無い。 「んじゃ、ちょっと繋がせるんで~……」 「オオぅ!?」  首根っこを掴まれて。「アーティ」の体がソファから引き起こされる。 「何、なに???」 「はぁ、はい―――いいっすよ。うん」  部屋に置いた旅行バッグを持ち出すかのように……。  アーティはズルズルと引きずられ、地下へと繋がる階段を強制的に下って行く。  それでもスナックを頬張る姿は立派だが、何も解決はしない。  台所で皿を洗う「龍進」は助けようかとも思ったが、「まぁいいや」と呟いて蛇口の水流を強めた。 ACT-2  家屋の地下。アーティが引きずり込まれたその場所は暗くとも開けており、影に沈む無数の機器から待機音が重く響いている。  片手に通話を継続したまま茶髪の男はアーティを椅子へと投げた。 「おうっふ!」  むせ返るアーティを気にも留めず、<パチンッ>とフィンガースナップ。  すると……暗かった地下室が瞬く様に輝き、あっという間に明かりに溢れる空間となった。  強烈な存在感を放つ巨大な“150インチのディスプレイ”には無数のウィンドウが表示されていく。 「あい、んじゃちょっと突っ込ませますね」  そう言うと茶髪の男は何やらURLを記入し、1つのウィンドウに反映させた。  <にゅにゅにゅ>と流動的に拡大するスライムのようなウィンドウ内に表示される、「“ここは登録者のみ入室できます”」の赤文字。  茶髪の男はアーティからスナックを取り上げると、ディスプレイを指差して命じた。 「おい、こいつに入れ」 「ナヌ!?」  いきなり顎で指示をされては不快である。  アーティは茶髪の男を歌舞伎の様相で睨み付けた。 <ぺしっ!> 「1分な」  端的に一言だけ付け足して、茶髪の男は咥えた煙草に火を点けた。  茶髪の男が命じたのは、「ハッキング」である。通話の相手から、“セキュリティのテスト”を依頼されたらしい。  しかし、それにしても強引なものである。これではアーティも不機嫌になるであろう。  小突かれた頭がジンジンと痛む。アーティは渋々「ゲームのコントローラー」を取り出した。  カチカチと軽快な操作をこなすアーティ。ディスプレイの上では彼の姿を模したアイコンが、ウィンドウ内の「立ち去れ」という文字を懸命に引っぺがしている。  10秒ほど力んでいると。文字はシールのように<ペリペリ>と剥がれ、ぽっかりと空いた空間がウィンドウに表示された。  ハッキング作業の最中。アーティは時折嫌そうに後ろを振り返る―――が、煙草をふかして静かに睨んでいる茶髪の表情を見ると、嫌々でも操作を続けるしかない。  その後もウィンドウ内では罠やら怪物やらが出現するのだが、大抵は1ターンでKILLされてしまい、初心者モードのアクションゲームそのものの情景が繰り広げられる。遂にはウィンドウに「コングラッチュレーション!」の文字が華々しく表示され、アーティはやれやれと、「もういいだろ」とでも言いた気に茶髪の表情をうかがった。  茶髪の男は一言、「Timeは65秒」とだけ言い放ってから通話を再開する。  アーティはふてくされながらもスナックを無理やり取り返した。 「はい、映ってますよ。……うん、そうっすね。リスト全部見えてる」  ウィンドウには“ホームセンターの商品を並べるかの如く如何わしい依頼が陳列されているページ”が映し出されている。  どのように如何わしいのか、というと……それはもう、「日常で口にしたら人生に血迷っている人」と思われかねない仕事の数々。思春期の少年が見たら「俺に任せろ!」と背伸びしたくなるラインナップである。  ところがこれらが必要なのが現実というもの。大人も辛いものだ。しかし、人間1人を取り払う相場が地域によって大きく上下しているのは面白い。 「はい、見れちゃってます」  茶髪は現状を報告している。一方、アーティはそれこそ退屈で。空になったスナックの袋を開いてひたすら舐めることに専念している有様。  そこに、茶髪の男がポケットからコーラの缶を取り出した。それをアーティの前にそっと置いて「ナユには秘密な」とだけ囁く。  アーティは歓喜した。なんと、“公然と炭酸飲料を飲んでいい”と言う。客も来ていないのに!?  <プシッ、> <シュワワァ~> <グキュッ、グキュッ!> 「くはぁっ! 犯罪的だよ、これわ!」  何もかも忘れて、喉を通る幸せに身を捧げるアーティ。今が幸せならそれでいいのか、アーティ……。  一軒家の居間。地下室から通話しながら出てきた茶髪の男。  へらへらとした茶髪の姿を横目に、龍進は「勝手な奴だ」と溜息を吐いた。  龍進は皿洗いを終えて、たぶん不機嫌になっている地下室の金髪の元へと向かう。  だが、階段を降りた先にあったコーラを片手に豪遊気分の青年を見て「……それでいいのか」と、思わず呟いた――――――。 ACT-3 「あれ? このブラウスって渡したっけ?」  フリルの付いた白いブラウスを手に、少女が呟いた。  薄手のスウェットパーカーを着ている少女――【奈由美】は見覚えの無いブラウスに困惑している。  6畳程度の部屋のクローゼット。その中には「奈由美」の服が入っている……のだが、今はもう一人の少女と共用で着ている。  そのもう一人の少女は奈由美と同い年で、比べて清楚でスラっと身が細い。四肢も長く、可憐な印象と高貴な風格を備えている。  【輝歌】というこの清楚な少女はふわふわとした口調で奈由美の質問に答えた。 「ええっと、それは“アルフレッドさん”から頂いたものですよ。内緒にと言われたのですが……」  少しバツが悪そうに「輝歌」は答えた。 「―――ほゥ」  奈由美は目を細め、眉間に若干のシワを作ってフリルのブラウスを睨む。 「なんだか申し訳ないです……でも、とても奉仕精神溢れる方ですね。アルフレッドさんは女性の方を見ると“プレゼントせずにはいられない”、と――さすがはリングランド出身といいますか、紳士でいらっしゃいます」  輝歌は本心からくるフワフワとした様子で微笑む。 「いやぁ、輝ちゃん。あんまりアレを信用しちゃだめよ~♪」  心中でぐっと激怒を抑えて、ヒクつく口で輝歌を諭す奈由美。  心中穏やかでない少女は「ということは、私は“女”としてカウントしてないんスね、輪国紳士さん」と、胸の中で恨み言を呟いた。  奈由美は服のプレゼントをまともに貰ったことが無い(その男から)。  その上、どうやら言いつけを無視してこの清楚な少女を毒牙にかけようとしているらしい(その男が)。  ……さて、どうしたものか―――。 「そうですか~? いつも優しいので感謝はしていますけど……」 「あはは、テキトウでいいのよ、感謝なんて―――」  乾いた笑いと共に、フリルの白いブラウスをクローゼットに戻す。  “はっ”、とクローゼットの影に視線が止まった。  そこには、やはり見慣れない服が何着か……。  声なき少女の怒りは大地割り、大海を裂く昇龍の如く乙女の胸中で荒れ狂い、雷鳴響く天を衝く様で彼女の心を激しく鼓動させた。  野郎……どうやら一発、“キツイ痛み”ってのをその身にタトゥーのように刻んでやるしかないようだな!!!  ―――などと少女が平静を装いつつも胸中で荒らぶっていると、階段をふてぶてしく上る足音が聞こえてきた。 「え? あはっは。じゃぁお願いしますよ~、一回会いましょうって、夜に♪  ええ~? いいじゃないっすか~、俺だってもうガキってわけでもないしぃ??」  へらへらとした通話の声が次第に大きくなってくる。  怒りの臨界点を突き破りつつある少女の、怒号なるマグマの流れを「そぅれ追加だっ!」とばかりに増加するチャラヴォイス。。。  奈由美は飛び出していた。  目を点にして微笑む輝歌も見ずに、部屋の扉を開いていた―――。  茶髪の男は階段の先に出現した突然のソレにただ驚き、「えっ?」とだけ呟いた。  部屋の明かりを背後に――牙を剥き出す「鬼」の形相で出現した猛少女。  ―――それは電気ストーブを2階の窓から叩き落としたような音―――   >> ガシャァッッ!! <<  一聴して「張り手の音」とは解らないそれのインパクトは―――茶髪の頬を激しく変形させ、首ごと上体を仰け反らせて向きを変える程に強烈である。  茶髪の男はたたらを踏んで階段の縁に寄りかかり、困惑したまま座り込んだ。 「ひ、ぃきなり何すんらふぉ前―――」  弱々しく睨むその男の手から携帯通話機をもぎ取り、鬼乙女と化した奈由美は通話機を耳元に運んだ。 「もしもし、ロイさんですよね? 奈由美です、ちょっといいですか?」  早口にまくし立てる少女は座り込む茶髪を無視して階段を下り始めた。 「ちょ、ちょっとナユミさん??」  自分の携帯を我が物顔で使用されて茶髪の男は狼狽する。 「――はい、そうです。あいつ“最低”です。私の知らないところで工作を……」 「こ、工作って……」  遠ざかる奈由美の声。  ふと顔を上げた先に見えた、「ぽけっ」と状況を眺めている清楚な少女―――。  茶髪の男は理解して、階段を跳ぶように下った……。 ACT-4  時刻は夜間。 東京都某所――ビルとビルの狭間に沈む古びた一軒家。  そのリビング……と横文字にするほどシャレてない居間で、男女は口論していた。 「―――だったら黙ってプレゼントすることないでしょ!!」 「なんでお前にいちいち言わなきゃならねぇんだ!」 「言いなよ! 明らかに下心が見えてるんだから!!」 「下心? 何言ってんだか……着の身着のままな輝歌を少しでも助けようと、」 「違う! 付け込もうとしている!」 「はんっ――何だ、また思い込みで物を語るのか。悪い癖だよ♪」 「アガーッ!!? 澄ますなアホ鳥! 観念しろ!」 「大体、彼女には服のサイズが合ってないだろ。丈が短い」 「………そうね! だから明日いっしょに買い物いくもの!」 「今決めたろ?」 「―――違う!」 「それに、胸周りがゆったりしすぎている。それもよくない」 「・・・それは、えと―――し、仕方ないでしょ!」 「ま、そんな訳で応急処置的に俺がプレゼントしていたのさ」 「うーっと………いや、だからっておかしいでしょ、隠れて渡すなんて! というか、いつの間に名前で呼ばせてんだこの鳥野郎!」 「あらら、また話戻ってるよ? もう一度同じこと繰り返すのは無駄だろ。まぁ、明日の心配はするなって。俺のマネーとセンスで全部決まるからさ。お前は安心して家で寝てなさい」 「え、ああ、一応家計の心配してくれてたんだ……ありが―――って、2人で行くことになっているーっ!!!?」  少女のまくし立てる早口と、受け流すように対応する青年。  収まりのつかない熱い論戦の背後で、「龍進」は立ち尽くしていた。  時折口を開いたり手を少し上げたりするが、まったく途切れない論戦に介入できず、遂には俯いて口を紡ぐに至った。  騒ぎに怯えて階段を降りてきた輝歌が 「あの、あの、私が何か謝った方がいいのでしょうか……」  とワタワタと聞いてくる。 「……いや、上に退避していた方がいい。そうだ、えーっと……」  口ごもりつつ、一筆記したルーズリーフを一枚、輝歌に託す。 「―――この紙を、2人に渡しておいてくれ―――この戦いが終わったらでいい」  輝歌は「は、はい。賜りました」と丁寧に引き受けた。  手紙を託し―――侍は歩き始めた。 怒声と詭弁が渦巻く戦場を背に……。  見送る清楚な少女はその背に伝えた。 「お仕事ですか……おいしい料理を作って帰りを待っています」  その柔らかな言葉に、侍は背姿に横顔を見せて答える。 「……ああ、少し長い旅になるかもしれないが―――必ず帰ってくる」  そう言って、相棒の一振りを背に担ぎ、漢は夜闇のTOUKYOUを歩いて行く。  行先は「正義と秩序の国」―――。  目的は、己の“正義”を貫くこと―――――。  海を越えた地に待つ困り人のために。  静まり返った夜の都会を行く。  それは、現代に生きる一匹の「漢」が奏でる風来坊の唄と言えよう…………… Title:プロローグ END ――『 この惑星の未来から 』――
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