この惑星の未来から/2

$ 四聖獣 $ +++++++++++++++++++++++++  人は、「得意な事」を好む。成長の過程で、逆境への好奇心から「苦手」を選択する趣向へと変化する場合もあるだろう。挫折によって「得意」に拒否反応を示すようになるケースも稀有ではない。  だが、生来持って生まれた「天性」というものは、人間の根本にあって、決して変化することは無い。  この、「天性」は『血脈』として刻むことが可能である。「遺伝」と言い換えても良い。  つまり、発想・趣向の遺伝は可能であり、潜在的に次の世代、その人生への「伏線」を張ることは不可能ではない、ということである。 「 私は、ダンスが好きな少女です 」  ―――その少女は、踊ることが好きであった。それは今も変わらないのだが、強烈な「精神への刷り込み」によって拒否するようになる。  音楽が鳴れば自然と足がリズムを刻み、首と肩が揺れを掴もうとする。だが、この天性から来る「願望」は彼女の両親によって禁止されていた。 「 “踊りたい”―― ちょっと前までの、神様への祈りはこれ 」  人の精神構造は、抑えられることによってバネのように反発し、欲望を増幅させる性質を持っている。教育において重要な点は、単に禁止・矯正するだけでなく、そこから生じるであろう「苦悩」「葛藤」を解消する術を伝えることにある。  少女の両親はしかし、その術を伝えなかった――いや、伝えることが“できなかった”と言うべきであろう。  彼らは知っていたからだ。少女の「踊り」への願望は、刻まれた「血脈」からのものであり、それは彼女の母親と同じに、決して生涯、離別することが叶わない「縁」であると……。  だからこそ、より強固に禁止して、監視を怠らない決意が両親にはあった。  ここに必然と、そして不運に――少女は優れていた。少女は、「踊り」の願望を求め、またその才に溢れていた。血脈に記された文脈を読み取る、高度な理解力(感覚的読解力)を芳醇に持ちすぎていた。 「 私ね、認めて欲しかったの。褒めて欲しかったの 」  貧困のド壺ではあったが、少女はなんとか学校へと通う年齢にまで成長する。  すると、どうしても両親の監視から外れる時間が生じた。  少女は、ずっと機会を狙っていた。そして、その生まれ持った奔放な性格に同年代の友は引きつけられ、両親の見えない時間において、活発な活動を可能とした。  ―――スクールの学友達と触れ合う、それはコミュニケーションであり、人間の文化、人間同士の意思疎通手段として、「ダンス」と「ミュージック」は古来から存在している。  気が付けば。少女は本能のまま、学友たちの中心で「踊る」ようになっていた。 「 あなたの娘は、こんなにも人を惹きつけるんだって。自慢して欲しかったの 」  彼女の「踊り」は確かに優雅で。見えない音の波を翻訳して、他の人々に「見えるように表現する」―――彼女のステップを見れば、例え無音の状態でもつられて体が揺れ、心が沸く。それほど、他者に強い影響を与える一種の「魔法」とも言えた。  どのような音楽にも見事な解釈をこなし、即興のままでこれ以上ないクオリティを生み出す。筋力未熟ながら、補って余りある表現力。  まだ10才に達しない少女だが、もはや周辺の地域に彼女を凌駕できるダンサーは存在しなかった。  特に圧巻なのは、彼女独自の「踊り」―――それは、何の音も必要としない場でのみ“表現”される。  彼女にだけ聞こえる歌、旋律があるのだろうか? それほどまでに、音楽の無い空間での少女独自の「踊り」は、見るものに不思議と『意味』を感じさせた。  それは、ダンスの価値云々の話ではない。正しく、『意味』。  「踊る」彼女の姿に、有り得ない話だが………誰もが口裏を合わせず、同様の「情景」を脳裏に浮かべたというのである。  各々の脳内を見ることはできないから正確には判断できないが、少女独自のダンスを見た人間が感想を言い合えば、「そうそう」「同じだ」「まったくその通り」と、互いに合意し、肯定するのである。これは奇跡としか言い得ないだろう。  不思議な「踊り」の少女は徐々に学校内にとどまらず、地域の話題にも出るようになる。  しかし、それはつまり、「両親の耳にも入る」ことを意味していた。 「 ―――知らなかったから。私達を探す人間がいること、知らなかった 」  少女はある日を境に、学校に姿を見せなくなった。転校したらしいと噂はあったが、学校側は「転校はしていない」と答えている。  今をもって、この少女の行方は解らない。それどころか、彼女の家族、両親の行方も不明だ。前述にある「少女の踊り」に関する奇跡も、今となっては検証することは不可能なのである。 「 私のこと、閉じ込めてなんかなかったのね 」 「 私のこと、見つからないように隠してくれたのね 」  できることならば。検証や考察は抜きに、その素晴らしい「踊り」を、一度は見てみたいとは思う所であるが………。 「 ごめんなさい。もう、踊らないから――― 」 「 神様、お願いします 」 「 私のお父さんとお母さんを…… 返してください 」 +++++++++++++++++++++++++ SCENE/1 ACT-1  大国【ジャスティア】。そこは世界で最も「自由」を自負する国である。この大国の西海岸に、『カークソン・エリア(州)』が存在する。  この「カークソン・エリア」を支える都市が『ゾノアン』であり、20年前の「生産条例」によって急速発展して、今や西海岸でも3指に入る生産性を誇るほどになった。  「ゾノアン」内の居住区。乱雑に開発されたことがよく解る、「発展の間に合わせに造られた市街」。  都市が安定した現在も再開発の手は入らず、「スラム街」として都市の風紀を時に乱し、暗に調整している。  夜――眠らぬスラム街。酒と薬がスラムの空気を一層に乱す。  スラム街の雑居したホテルの1つ。薄緑の外装が所々剥がれている。鍵も満足にかからないような部屋は大体満室で……。  ある部屋には毎日酔っては寝るだけの老人が今日も飲み続け、  ある部屋では音楽狂いのギタリストがマリファナ片手に失禁し、  ある部屋だと男と女がしみったれたベッドで合わさっている。  暗がりの部屋で息を荒げて女の胸を掴む男。喉元を舐め上げて、女の腰を撫でまわす。  片足を股関節の辺りで持ち上げて、浮いた女の腰を突く。  膣道の肉壁に擦れた男根がの先が気持ち良く、首元から背中にかけて熱が上がってくる。  ―― ガッ と、不意に掴まれる男の顎。  男の顎を掴んでいるのは下で受けていた女の腕で、白くて艶やかなその腕が、捻るような動きで男の上体を強引に浮き上がらせる。  腰を引いて男根を膣口の外へと出す。  解放されてしまった男の男根から白液が飛び出し、女の太ももから腹部を汚した。 「……中はダメだって言ったでしょ」  暗がりに、男の首を片手で締め上げたまま。女は怒りを露わにする。 「おいおい、あそこまで入れさせといて。そりゃないだろ“サナ”」  男は不満たらたらな様子だが、冷たく突き放されて倒れ、肘をベッドに着いた。  【サナ】と呼ばれた女は付着した泥を拭う気分でごしごしと、精液をティッシュペーパーでふき取っている。 「お金置いたらさっさと帰って」  ベッドから起き上がり、バスルームへと入るサナ。 「待ってってば! 一晩くらいいいだろ。もう入れないから!」  女の気を引き留めようと、男は必至だ。  バスルームの扉を閉めながら、サナは無感情に言い放つ。 「“約束する”って言ったからサナを抱かせてあげたんだよ。嘘ついたあなたにはもう、一晩だって抱かれたくない」  完全にバスルームの扉が閉じられ、中から水の弾ける音が聞こえてくる。  男は逆上してバスルームの女を襲おうかとも思ったが、冷静に「その後」を考えたら男根が落ち着いてしまった。  男は料金をベッドに残して、不発弾を抱えた心境で部屋を去った……。 ACT-2  夜が明けても「ゾノアン」のスラム街は汚らしいことには変わらない。ただ、工場勤務の中心はやはり日中であり。ほとんどが工員であるスラムの住人達は朝から夜まで、工場地帯へと出向いている。  人の少ないスラム街は、まだ大人しい―――。  スラムの通りを我が物顔で歩く女。素晴らしいスタイルで脚の長いこれが腰をくねらせて歩くのだから堪らない。  顔つきは無感情な冷徹さを持つが、肌が綺麗で張りがあるので多少の無愛想など気にならない。  肌に張りがある――それは当たり前のことで、この女はまだ「15才」。女と呼称するより「少女」と呼ばれるべき年齢である。身長もそれほど高くないので、化粧と服装さえ変えればまるっきり「子供」になるだろう。それにしてもスタイルは良い方だろうが……。  「サナ」と呼ばれるこの少女は、スラムに流れ着いた余所者だった。  元より仕草から上級階級の人間ではなかったようだが、それにしてもこんなところに親も無く住み着くとは……無謀である。  幼かったが、だからといって安全ではないのが「ゾノアンのスラム」である。  6年前、彼女が訪れた頃は――様々な家を転々と、取り合うように飼われていた。  そのまま淫欲に食われていたのなら、今頃こんな肌艶の良い見事な女になってはいない。  サナは幼いながらも、強い心を持っていた。  その眼は常に死ぬことなく、どれほど汚れても凛として輝いていた。  その気丈な姿にいつしか「同情」が「尊敬」に、「物欲」が「愛情」に変化する人間が現れていく。  少女が流れ着いてから3年も経つと――彼女は自分を食い物にしていた人間を、逆に「食らう」ことができる女へと成長していた。  それでも目立ちすぎることなく、「誰からも攻撃されず、誰と争う必要も無い安全な地位」をこのスラムで築くことは簡単なことではない。  サナは謎の多い少女で、そもそもどこから来たのかも解らない。  ラストネームは「カークソン」と名乗っているが。これはこのエリアの名称からとった偽名だろう。「サナ」も偽名であろうか?  謎と、疑惑に満ちているサナだが――彼女は立派に“自分の居場所”を構築した。  サナに関係がある人間は少なくない。しかし、多くもない。その気になれば美貌も手腕もあるサナのことだ。独自のサークルを形成して、スラムに君臨できる可能性はある。  だが、サナは君臨どころか「目立つ」こともしない。多少のトラブルは仕方ないが、大きな事件には一切関与せず、必要最低限の人間以外とは関係を持たない。  これを不思議に思う人もあるが、万人が野望を持って野心に生きるわけではない。  こと、スラムの人間なら「出過ぎて抹消される光景」をよく見ている。  それが「ゾノアン」なら尚更で……大きく口には出せない「監視委員」とやらを皆、少なからず恐れている―――。 +++++++++++++++++++++++++ ACT-3  食料品を購入して、サナが自分の住まいへと戻ってきた。薄緑色のホテルの壁は一部が剥がれている。みすぼらしい限りだ。  サナがホテルに入り、いやらしい雑誌をアイマスクにしている管理人の横を通り過ぎる。  階段を上って、自室へと。鍵を取り出し、鍵穴に差し込んだところで背後から声がかけられた。 「サナ、あなた“また”男を追いだしたでしょ?」  サナが声に反応して振り返ると、そこにはグラマラスな魅力の女性。 「階段で鉢合わせちゃって、大変だったんだからね。“一回だけ、一晩だけ!”って(笑)」  女性は大変だったと言うわりには余裕の口調に思われる。  サナも「ごめん」などと言わず、「いくら取ったの?」とだけ聞いた。 「いくらも取れなかったわよっ。有り金浚ったのに!」  悔しい、と言いながらも取るだけ取ったので不満ではないらしい。女性はやはり嬉しそうだ。 「欲求不満な男から搾り取るなんて……酷い人だよね」  サナは扉を開いてツカツカと自室に入って行く。 「放流してくれたのはあなたじゃないの。あたしはちょっとシゴいただけだもの!」  女性もサナに続いて部屋へと入ってきた。この2人は同じホテルを根城にする同業者――のような友人で、互いの部屋を勝手に行き来しても問題ない間柄。  サナは自室に入ると食材を冷蔵庫に押し込み、机に座ってパソコンの電源を入れた。  スラム街と言っても、パソコンの普及率は悪くない。“使う側”にしてもメールの送受信くらいはできてもらいたい所。  もっとも、「携帯電話のみ」という人も多い。  その中でもサナはかなり重度のネットユーザーで、暇さえあればネットの海にダイブしている。  いつも見ているのはありがちなファッションだとか、映画の情報とか。ただ、どうも友人が部屋に入るとブラウザの画面を切り替えているようなのだが―――まぁ、無闇に詮索する必要もないだろう。 「――そうそう、面白いサイト見つけたんだ」  サナはそう言って、ブックマークを付けているサイトを開こうとしている。  ブックマークの名前は、『スマートコネクト』……。 「ん……んん? 何、これ?」  友人の女性は表示された画面に、疑問符で答えている。 「お仕事を依頼したり、引き受けたりするサイトなんだ」  サナが指を付けてなぞる画面には、【 ショッピングモールの通販商品を並べるかのように合法ではない依頼が陳列されているページ 】が映し出された。 「ほら、見て。殺しから誘拐、強盗や強姦まで――なんでも揃ってる」  サナは画面を見て冷静に説明した。  友人の女性は、画面をしばらく眺めた後。至極当たり前の感想を告げる。 「嘘くさいわね、このサイト」 「でしょ? 面白いと思わない?」  サナは友人の感想に「だよね」と共感して、楽しそうに笑っている。  友人の女性も、サナにつられて楽しそうに笑った。 「護衛とかもあるのね。どこまで助けてくれるのかしら?」 「……どうかな」  サナは“護衛”という項目に対して「私の何を護れるの?」と、心で問いた。 「――こういうのって、広告でお金入ってんだよね?」 「そうなんじゃない? ……どれどれ」  友人に軽く答えてから、何やらモニター内で書き込みを始めるサナ。 「ちょっ、サナ! 何してるの!?」 「ふふっ、物は試しよ」  カタカタと軽快にキーを叩くサナ。文字が打ち出されていくモニター………。 ~ お仕事の名前:私を護ってください/種別:護衛 所在国:ジャスティア  初めて依頼します。  今、私は命を狙われています。すでに父と母は殺されてしまいました。後は私だけなんです。  どうか、私を護ってくれませんか?  場所はカークソン・エリア、ゾノアン居住区です。詳細は会って話しましょう。  料金は――これも会ってから応相談ということでお願いします ~ 「……っと、これで登録っ!」  Enterキーを押して画面が切り替わると、『スマートコネクト』のページが切り替わった。  画面には、サナが登録した依頼が「最新の依頼」という場所に表示されている。 「……さ、サナ?」  友人の女性が、不安そうにサナの顔を覗いた。 「―――うふふっ、冗談よ、冗談! ちょっとイタズラしただけなんだから」  サナは友人に笑顔を見せた。 「これ、登録するだけならお金かからないし………本当っぽい文章だったでしょ?」  コンコン、とディスプレイを叩いてサイトを嘲笑うサナ。 「あ……あははっ、そうね! サナったらいつでもイタズラが過ぎるのね!」  友人の女性は安心した様子で表情を和らげて、サナと共に笑った。 「――で。もし“引き受ける”って来たらどうするの? ウソでした~って返すわけ?」 「来ないわよ。肝心な部分が“会ってから”だなんて、都合良すぎだわ」 「そうよねぇ……」 「それに、内容もありえないわよ。女の子が“私を護って~”なんて、まるで“一晩どぉ?” って訊いてるみたいなものじゃない」  まぁ、そうよね~と、2人が声を合わせて笑い声を上げた。  ――そこに、笑い声に差し込むような電子音。そして、モニターに加わる表示文。 ~あなたのご依頼にメッセージが届いています~ 「「‥‥‥」」  2人とも、押し黙って息を呑む。まさか返答が、それもこんなに早く届くなんて……。  恐る恐るメッセージを開くと…… ~ 返信 > お仕事:私を護ってください/種別:護衛 所在国:ジャパン  承りました。すぐに駆けつけます。  少なくとも半日はかかると思われるので、まずは安全な場所で隠れていてください。 ~  ―――随分と簡潔で、それでいて妙に親身な返答。  正直言って、「怪しい事この上ない」。サナは元から騙した側だが……相手は更に疑わしい感じである。 「なに、この人――すぐに駆けつけるって……」 「……ニッポンって確か、東洋の島?」 「NINJAよ、NINJA! ニッポンのアサシン(暗殺者)ね!」  2人は顔を合わせて沈黙した。  そして、 「アッハッハハハ、ウソでしょ~?」  と、同時に大きな声で笑った。 「この人、アサシンに憧れているのかな?」 「どうかな。どっちにしても危ない人よ、間違いなく」  2人はしばらく「引き受けた人」に対する予測を語り、そして小馬鹿にして嘲笑った。  それもそうだろう。  見るからに怪しい依頼に、「すぐ駆けつける」だなどとよくも平然と嘘八百を語れたものだ。  中学生か高校生くらいの、気弱で目つきだけは良くない病弱な人―――が「アサシンの正体」だと、2人は勝手に予測した。  一応、このサイトを開いているということは「ログイン」をしているということで。このサイトを検索して開くことができる伝手を持っているのだろうか。  しかし、その可能性は低く、きっと「たまたま見つけちゃった」のだろうと、2人はまた声を合わせて笑った。実際、サナも「たまたま見つけちゃった」クチである。  一応、サナは「心待ちにしています!」とだけ返事を書いた。  しかし、―――サナは「引き受けた人」を嘲笑ってはいたが……。  心の奥では「引き受けた人」が、『本当に自分を護ってくれる人』であることを願っている――――――。 $ 四聖獣 $ +++++++++++++++++++++++++ ACT- Floor.60 (【歴史】は勝者が記録した「結果」である―――という「誤認」が酷い。  違う――生き残ったからの「結果」であり、例え敗北してでも「記録」できれば歴史が成立する。  そして、これは当然として「勝負」など前提に必要なく、生命ある上で「記録」されることによって成り立つことをここに確認しよう。  ……話はこれだけではない。  つまるところ「記録」とは何か、と言う問いに行きつく事になるのだが……まさかこれが「文字」如きに尽きるはずもない。  【歴史】は至る所に散らばっている。流行に過敏な「文字」が主な媒体であることは確実である。  しかし、これが全てだと思っていると。ある一定の段階から【歴史】を遡れない弊害に直面する。  目を凝らすべきである。  耳を傾けるべきである。  鼻をよく利かせるべきである。  【英知】を得たいのならば、それらに徹するべきであろう――――― +++++++++++++++++++++++++ SCENE/2 ACT-1  工業都市「ゾノアン」の危険に満ちた“スラム街”。その危険は「暴力」と「堕落」も意味しているが、これでは半分程度に過ぎない。  もっとも重要な危険とはこの街の「秩序」であり、それはスラムの民以外からは安全の要であると信じられている。  曇ったガスが昼夜構わず立ち昇り、都市の空を汚す。  日々増量していく「汚れた幕」は、地上からの星を光の弱いものから順に、不可視へと貶めた。  スラムの街路を行く人々は見上げた夜空が曇っていることすら知らないのだろう。乱雑な居住区は手ごろな酒を提供する場と、日銭を増やしてくれるかもしれない場で栄えている。  スラムの街は多くの人が行き交い、彼らは皆、何かを求めている。  答えを探してさまよう彼らを手引きする案内人は、必然と生じることであろう。 「はいはい、一時間でコレっきり! 東洋から西洋まで揃ってるよ!」  道行く虚ろな人々に快活とした様で声をかける男。  スキンヘッドに中々のガタイ。彼の声に少しでも応じれば、有料の楽園へと行くことができる。 「ほらっ、どうしてそんな目をしているの? ここに寄りな! 温かくって、気持ちイィからね!」  流暢に。ためらうことなく、くじけない。  彼のようなピンクの演説家達によって、スラムの活気は支えられていると評価しても過大ではない。“客引き”は、繁華街の象徴である。 <ドシッ――!> 「ヲっ! なんだ!?」  客引きの男が前のめりに姿勢を崩す。  後ろから“押された”と感じた男はメンチを切って振り返ったが……そこには良く知る楽園への扉しか見えない。 「あん???」  不思議だとは思ったが。何か問題があるわけでもなく、そうこうしている最中も客の候補達が通り過ぎている。  客引きの男はすぐにそんなことを無視して、巧みな話術を再開した。  客引きの男を肩で押した人間もまた、これの存在を無視している。  認識できない人間に対して、一方的に認識できている人間は圧倒的に優位である。  認識できない客引きの男に、押されたことを怒る権利は無く、認識できている“見えない3人”は、そうでない人間に対する侮辱に満ちた決定権を所持していた………。 +++++++++++++++++++++++++ ―――少しだけ過去の話。  東京都某所のある地下室にて、秘密のWEBサイトを閲覧する【青い髪の侍】があった。  如何わしく、胡散臭いそのサイトで。【青い髪の侍】はものの数秒で“偽りの契約”を盲信して、行動を開始した。  酷く曖昧な旅立ちである。  契約内容の時点で「情報不足」は明らかで、依頼者が厳密にどの場所に居住しているのか――もしやすると、契約文書から“彼女”が「隠遁に近い状態」である可能性も否定できない。  何れにせよ、【青い髪の侍】は「急を要する依頼」であると判断。見切り発車としか言えない状況で、信頼ある人物の航空機に飛び乗った。  己の決意した「正義」を貫こうとする侍………  彼は酷く目つきの悪い若者で、自らを【青龍】と名乗っている―――――。 +++++++++++++++++++++++++ ACT-2  3人の人間が歩いている。彼らの服装は一様に白い。それは裾を地に引きずる長さのコートであり、その表情はフードの影に隠れている。  コートの両肩には「表裏の金貨」。  __スラムの軒影を伝い歩く3人。それ以外の通行人は彼らを見ることもない。  3人の内で先頭を歩く人間が、覆うように右手を耳へと被せた。 「―――【プロヴォア】様、目標を捕捉いたしました」  この言葉と共に3人は足を止め、寂れた酒場の軒下を揃って凝視している。  __通りの一角に立ち尽くす3人を通行人は認識できない。居酒屋の壁に寄り掛かり、酔った様子の女も同じく無力だ。 『……大事なことだから、確認するよ。“鍵は回れなければ意味が無い”――解るね?』  脳裏に表示される――少年のように静かで、落ち着いた色の文言。  3人の中で一歩前に立つ人間が右手を耳から離した。 「ご安心を。執行は正確無比に。万事、仰せのままに成立させましょう……」  人と影が等しく動くように、まったく同じ呼吸で踏み出される3人の左脚。  __酔った女はこの時、ゾノアンでの「権利」を失った。彼女が“認識できる”状況になっても、既に「秩序」は行使されている。 +++++++++++++++++++++++++ ――ちょっとだけ前の話。  空港に降り立ってから鉄道に揺られてしばらく。「ゾノアン」に到着した時点で、「約束」の半分は経過してしまっていた。  青い髪の侍――『青龍』は大国ジャスティアが誇る西の工業都市、「ゾノアン」の地に足を踏み入れた。  到着したはいいが……よくよく考えなくとも無茶な話である。 『~ お仕事の名前:私を護ってください/種別:護衛 所在国:ジャスティア  初めて依頼します。  今、私は命を狙われています。すでに父と母は殺されてしまいました。後は私だけなんです。どうか、私を護ってくれませんか?  場所はカークソンエリア、ゾノアン居住区です。詳細は会って話しましょう。  料金は――これも会ってから応相談ということでお願いします ~』 ・・・まず、依頼者の名前が解らない。更にその特徴は? 性別は?  ……文体から、「女性」ではないか、と推測する。  ……曖昧な内容から、まだ社会に不慣れな「少女」だと考えた。  さて、この「ゾノアン」において。侍の描いた“とても安直な人物像”に匹敵する人物だけでどれほど存在しているのか。  無謀だということは簡単に理解できるし、「この待ち合わせ(?)は成立しないだろ」と、第三者から見ても明白である。  青龍は「まずは現地に駆け付けてからだ!」と考えていたが、携帯電話もロクに使いこなせない男が何をどう、捜索するつもりなのか。  ここには返答を代わりにタイピングしてくれた仲間も存在しないというのに……。  驚異的な視野の狭さで「依頼者が困っている」ということしか頭に無い侍は、とにかく「居住区」を目指した。  この時、彼が2つある「居住区」から「乱雑な繁華街」を選択したことは……  疑いなく、彼の「 勘 」の成果に他ならない――――。 +++++++++++++++++++++++++   ――この惑星の未来から――  (消し去りたい神話も、伝えたい先祖の記憶も、等しく【歴史】。   Block0 | 侍と少女の邂逅  (人の「血」とは、そう……誠に広大な記録用紙である ) +++++++++++++++++++++++++ SCENE/3  昼から半日と少しが経過。スラム街に夜が訪れる。  酒の匂いと賭博の喧騒が充満して、掠れた人々は夜の居住区を右往左往と放浪する。  「サナ」もまた、この偽りの星空の下に出ていたが、仕事ではない。今日はただ、少し飲みたくなっただけ。  この場所に流れた幼い頃の――もっと前。サナがまだ、ダンスが好きだった頃―――――。  無性に踊りたくなる時がある。でも、決めたから――もう、踊らない。  歴史を重んじて、引き継ぐ人がいるように。歴史を疎んじて、消し去る人がいる。  「歴史」なんて「過去」の為に、現在を蔑にできる人間達………。  酒が回ったのだろうか。サナは覚束ない足元でクラブの角に身を預けた。  決められた事に必死な人間が、世の中には多すぎる。それが感想。  当の本人は解らないことなのに。どうして執拗に拘るのだろうか。  ……いいだろう、解った。ここで終わりにしましょう。  次の世代が産まれなければ、もう、歴史は紡がれない、残らない。  それで満足なら――女一人の“自由”で解決するなら…………安い物よ。  サナは、着飾った身体を己の手で抱く。  ただ、生涯子供を産まなければいい。  ただ、生涯大好きなことをしなければいい。  ただ、生涯―――死ぬまで隠れて生きればいい。  強く成長したものの、自分自身にサバを読むことはできない。  15才――これからあと、何年生きてしまうのだろう………  ―――「バシバシ」と炸裂する、“電線がショートしたような音”。何もなかったはずの虚空から“人間3人が揃った足並みで姿を現す”という現象。白いロングコートの肩には、揃いの絵柄。  女は―――少女は居酒屋の影で涙を流していた。  これからの人生に怯えていた。悲しむ少女の涙など、このスラムで誰の目に留まるというのか?  不気味に出現した3人の内、1人が腕を伸ばす。  少女の頭は一時、完全に空白となっていた。そして疑問が沸々と沸いて出て、体の芯から怖くなった。 (なぜ……どうして?  私は全てを捨てると誓ったのに。全てを諦めて生きていたのに……。  どれほど身を汚しても、あれほどの屈辱に耐えたとしても……足りないの?)  この世でたった1人の【一族】となったあの日から。幼い体を伝った涙が思い出される。  生きたいと強く願うことが卑しいことならば、  死にたいと強く願うことが潔い道ならば――――― (卑しくも、生きていたい………)  少女は走り出した。今にも熱で溶けてしまいそうな頭を抱えて。自分が、彼らの嫌う「歴史」ごと葬り去られると絶望しながら。 しかし、駆けた先は小路であり、行き止まり。朽ちた木の板が壁となってサナの行く手を塞いでいた。  振り返る。そこには、白いフードの3人組が迫っている。  サナは突然の事に怯えていた。自分が【監視委員】に囚われる理由――それは、割と心当たりがある。しかし、だから仕方がない、と割り切れるほど悟ってもいない。  迫る3人の白いフード。  彼らが凝視すると、サナの血色が著しく悪くなり、酷く恐怖していることがありありと見えた。  「フフッ」と、優越感から笑みを浮かべる3人。  少女は絶望のあまり膝を折った。  座り込んで怯える少女を前にして。白いコートの3人はゆっくりと少女に近づき、「これは良いものだ」とでも言いた気に、揃って口元を緩めた。 「フフッ……いい子だ。そのまま―――ん?」  白いコートの中で、一歩前にある男が少女に舐めきった声をかけた……しかし。  何かが変だ。何故か少女と目線が合わない……。  最初は「圧倒的な我らの威厳に怯える少女」の姿に優越感を得ていたが。良く見ると少女の視線は自分を通り越えて「他の何か」を見ているではないか! 「どうしたんだい? くっく……何を見ているのやら―――」  少女の気はおかしくなったのか。この状況で自分達3人以外、見るべきものなどないというのに……。  白いコートの3人はまったく同時のタイミングで背後を確認する。  ――そこには、見慣れない服装で青い頭髪。  その上【異様に目つきの悪い東洋人】の姿がある。 「……その人、怯えているぞ」  目つきの悪い東洋人は怯えている少女を見据えている。  もっとも、彼の目には少女というよりは「大人な女性」に映っているが……。  この時。尋常ではない東洋人の殺気を―――“3人組の魔術師”は「狂ったスラムの住人」と軽率に判断してしまった。 「あ~あ。解った、いいからね。ここから立ち去ってください」  魔術師の1人が軽く手を振った。肩に乗った蚊を払う仕草がこれである。 「……その人は、罪を犯したのか?」  東洋人は微動だにせず質問で返してくる。  3人の魔術師は揃って溜息を吐いて、同時に首を振るった。 「――がっかりですよ。脳がとろけている人間と話すと、いつだって要領を得ないんだもの」  ………人にもよるが。  一度肩にとまった蚊が宙へと逃れ、また己の腕へと舞い戻ってきた場合。  再び追い払う人もいるだろう。手やティッシュで「潰してしまう」人もいるだろう。  この魔術師はどうやら―――“後者”に該当するらしい。  最も少女に近い魔術師が両腕をふわりと宙に上げる。これに呼応するように他の2人が「東洋人」へと突進した。  距離にして5m程度の最中。  猛然と駆ける2人の魔術師が、“しぼむゴム風船に描かれた模様”のように収縮する。  そして、“電線がショートしたような音”と共に完全に消滅した。  ――この段階までである。怯える少女が理解できたのはここまでで、これ以上の展開は彼女にとっては不可思議でしかなかった。  異常に目つきの悪い東洋人は、“人間が消滅した!”という現象に対して何一つ反応を示さない。焦るどころか、落ち着き払った実に当たり前の動作でソレを引き抜いた。  腰元に吊るしていた黒く、細長い布から引き抜かれた【刃】は………月光に照らされて輝き、大変に美しいと少女を見惚れさせた。人体を容易に切断する凶器が、少女の恐怖を一時にも取り払った事実は興味深い。  東洋人は表情こそ険しいままに。少し前進しながら虚空を2回ほど「刃」で斬り払う。  傍から見た所、完全に素振りでしかなく、「なんて悠長な」と認識できない人は首を傾げることであろう。  しかし、当事者である白いコートの魔術師は少女を背にして青ざめていた。  目を見開いて口を閉じられず、だらしなく上げた腕もそのままに、必死の状況整理を行っている。  彼の脳内では現在行われた一部始終が「真実の形」できっかりと見えており、これを口頭で表現すると次のようになる↓ 「わ、私の、姿を消した“分身”が何故見える!!?  な、何故こうも軽々と“影(分身)”を切断できるのだ!!?」  白いコートの魔術師は己の術が一度に2つも破られたことに驚き、それはそのまま歩いて迫る東洋人への率直な疑問となって口を吐いた。  魔術師は困窮する。情けない話……この数秒に行われた数手のやり取りによって、彼の自信を支えていた精神的支柱がぽっきりと折れてしまったのだ。  彼は「魔術師」であり、職業柄、用いる技術は当然『魔術』だ。  「魔術」は言ってみれば『知らぬ人には到底理解できぬ技能』であり、だからこそ知らぬ一般人に対して一方的かつ侮辱に満ちた「権利」を行使できる。  なのに‥‥‥なのに、なのに、なのに!? 「貴様っ、自分がどこで何をしているのか! わ、私は監視委員ですよっ?」  魔術師と言ってもピンからキリまで様々だ。  「ゾノアン」の魔術師は質が高い事で知られているが、ここでの最底辺とは「一般人を楽に制圧できる」性能である。具体的には「人から姿を隠せて自分の分身を生み出せる」くらい行えれば、一般人を好き放題に扱うことは可能。 「大人しくここは去れっ! さもないと、私の仲間が怒りますがねぇ??」  できる・できないを社会的に線引く解りやすいポイントの1つは、「自分のミスを自分で捌けるか否か」にある。別に失態を仲間や上司に投げても良いが、解決した手柄は決して自分に入らず、「手間をかけさせた」という悪印象までつく。 「とにかく、回れっ、回って後ろ! どっか行け、いいですn―――」  賢さを定義することは難しい。  特に危機に直面した場合の行動から、どういったものが「正しい行動」なのか。それはケース・バイ・ケース、時と場合による。  例えば『首元に鋭利で美しい刃物を突きつけられた場合』……命を犠牲にする覚悟で意地を張るか、それともそそくさと逃げ出すかは本人と第三者で意見が分かれるところであろう。  困窮した魔術師にとって、噂に聞いたことがある「日本刀」というものは、間近に見ると圧倒的に長くて鋭い。  良く見る体重を乗せて“叩き斬る”刃ではなく、重心を変えて“撫で斬る”片刃は壊れやすくも破壊的な――人間で言うヒステリックな気配を放っている。 「………」  何も言わずに、後はただ睨まれるだけ。彼の持つ刃もまた、静かな様子で首元にあるだけだった。  まるで精神が宿っているかのような刃に気圧されて―――。  白いコートの魔術師は“姿を消す”ことも忘れて逃げ出した。スラムの往来に出でて尚、慌てて走る情けない姿。  威厳の欠片も見当たらない「表裏の金貨」を目撃して、住民は畏れた後に首を傾げた・・・。  逃げ去った魔術師のような何かを見送って。目つきの悪い東洋人はその刃を収める。  そして、目線を移すと案の定、未だに怯える女性の姿。 「……安心してくれ。大丈夫だ」  実に淡白な言葉だが、彼なりに最大限の穏やかさを込めた台詞である。  ところが相手は見知らぬ女性。図らずも恥ずかしさと、“ちょっと格好をつけたい”意思が混ざり込み、その表情は一層険しいものとなる。  一方、危機は去ったはずの少女は何故、未だ怯え続けるのか?  それは、明らかに一番危険そうな人物が残っているからであり、部下と思われる人物3人を「口論の末撤退させた」としか思えないからである。  実質、一分かからないやり取りだが、肝心要の“戦闘”は少女には一切確認されていない。これでは誤解も止むを得ないことであろう。 「俺は……君に危害を加えない」 「こ、来ないでっ、私は、私はまだ―――っ!」 「お、怯えさせて……すまない。しかし、その―――」  妙に低姿勢なのがこそばゆい。おちょくられているとしか思えない。  ――もしかしたらこの東洋人はヤツらの仲間ではないのかもしれない。少女は考えた。  それならそうで、危険人物が小物の3人から大物の1人に切り替わっただけ。  スラムで何度も取り合われた経験を持ち、現場を目撃もしてきた少女にとって、優しい言葉ほど疑わしいものはなかった。 「とにかく、もう大丈夫だから……早く家に帰ってくれ。頼む―――」  東洋人はそう言って視線を少女から逸らした。  “頼む”と、何を願っているのか知らないが……言葉の最後に見えた彼の表情は、ぎこちのない笑顔だった。  あまりにも下手糞な笑顔。  玄人の笑顔は幾度となく見過ぎて、笑顔の裏で何を考えているのか、ある程度見抜く術を少女は会得している。  しかし、この東洋人の笑顔はとにかく不自然で、無理をしていて……。  裏をかくも何も無い。ひたすらに、解りやすい不器用さが伝わってきた。 (この人物は嘘を、演技もまともにできない真面目人間……? この面で? そんな! どう考えたって危険人物だって! 目つきヤバいもの! ………あれ?  どう考えても「危険人物」? アサシン? 東洋―――たしか、ニッポンって………)  少女は半日前のパソコン画面を思い出していた。思い出しながらも、 (いやいや、ありえないよ、来ないって! しかも本物のアサシン・NINJA(?)って、できすぎよ)  と、自己否定で解決しようとする。  現実的に生きてきたので、夢想にふける考えは根こそぎ無視してきた。いつだって、奇跡やらご加護やらがあったためしがない。  東洋人は背を向けて、少女から離れて行っている。もしかして、本当に助けただけ……なのか?  少女の恐怖はいつの間にか消え去り、微かな期待感からくる高揚が胸に沸いていた。  モノは試しに‥‥‥‥‥ 「もしかして……私のことを護りに来たの? ニッポンの人」  遠ざかっていた男性の背中に声をかけてみる少女。  東洋人の男性は足を止めて、数秒固まった後に急転回した。  そして、これまたオドオドとした言葉で返してくる。 「え、き………君は……インターネットの―――依頼者???」  東洋人の男性――「青龍」と、怯えていた少女――「サナ」。  彼らは相互に探るような視線を交わした後。  ようやく合致して互いに指を突きつけあった。  (本当に来ちゃったよ、このニッポン人!)  (なんたる奇遇、見つかってよかったぁ~)  大国の大都市。雑居なスラム街の寂れた狭路。  そこには先ほどまでの殺伐とした空気は無いが、若い男女が微妙な距離感で観察し合う、奇妙な光景が繰り広げられていた―――――― Block0 : 侍と少女の邂逅 END From ――『 この惑星の未来から 』―― $四聖獣$ +++++++++++++++++++++++++ ACT-OLD・STORY  求めたものは、『楽園』でした。  私にとっては雑作もないことだと疑っていませんでした。  師の創りあげた世界を愛の住処にしたくないから、新たな住居を求めました。  天空の都市を捨ててでも、私の愛は私で護りたかったからです。  私にとっては、愛が全てでした。  私にとっての愛は、彼女そのものでした。  今、私には愛が存在しません。  愛が存在しない私には、何もありません。  すまないね、私の子供達。  私は、永遠ではない君達を愛せない。  私は、彼女が永遠ではなかったことを認められない。  すまないね、私の子供達。  何もない私は―――永久に孤独な【蟻】でしかないのさ――――――。
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