アマモリの剣~堂天牧の道理~中距離

ACT 5  シュヴァルツヴァルトの城内には人の気配がない。どうやら例のオーナーが一人で待っているらしい。  お嬢様などと呼ばれていたが、電話の印象では異なっていた。簡潔に言えば「自分本位」を惜しげもなく振りかざしている印象。  事前に約束した通り。スーツ姿の『朱雀』とジャケットを着ている『青龍』は井戸がある庭園に入り、そこでオーナーを待った。  スーツを正してネクタイをキチッと整える朱雀。軽く頭髪を整えて、こほん、と咳を払った。  すっきりしたのか、青龍は井戸の淵に腰かけて呆けている。  晴れ渡る空の下、庭園の半分は影の中。  ステンドガラスを通した光が影の中に丸く、透き通った天使の肖像を落とす。  朱雀は丁寧な所作で小箱を取り出すと、そこから一本取り出して口に咥えた。  礼拝堂の壁で風はなく、すんなりと火が灯る。  ふぅっ―――と息を流すと、白煙が空へと散って昇った。  「 消してくださるかしら? 」  庭園に響く女性の声。自尊に満ちた声は嫌でも通る。 「――っと、失礼。癖でね」  嫌味ではなく、事実を述べて携帯している灰皿に火を落とした。  その傍らで立ち上がり、軽く礼をこなす青龍。  しかし、丁寧な侍は戸惑った。  この伝統があり、尚且つ堅牢優美を内外に住み分ける節度高い古城。その庭園に主として立つ女性の服装は原色をふんだんに用い、黒の地にピンクとグリーンがケバケバしくも映えている。しかも、丈の短いスカートからは生足が伸びているではないか!  ・・・・言っては悪いが、あまりにも“場違い”である。  警備員は彼らに「観光で浮かれる云々」と言っていたが、どう見てもこの女性――少女の方が「浮かれる学生」である。 「若いのね、こうして見ると」  ヅケヅケと近寄り、朱雀をつま先から頭髪までざっと見回して言いのける。 「頼りにしてよくって?」  疑いに満ちた瞳で視線を合わせてくる少女。 「万事、お任せを――。しかし、お美しい」 「……この城のことは、誰よりも知っているわ」 「それに増して、あなたが綺麗です――」  当たり前のように、「おはようございます」と挨拶するくらいに自然な声色。傍らの日本人は渋い視線をスーツに送る。  挑発的な挨拶をかまされた少女だが、狼狽えるどころか腕を組んで強い眼光を返す余裕。 「カレンの言った通りね。態度も、煙草臭さも!」  思いっきり言い放たれて、少し仰け反る朱雀。  「ほぅ」と、傍らの侍が言葉を零した。 「いいわ。お仕事の話をしましょう。着いてきなさい――――ああ、そうそう。名前はまだだったわね? 私は“ワー=デルデ”。このシュヴァルツヴァルトの主よ」  そう言ってツカツカと歩き始める少女。屋外階段を自分のリズムで登って行く。  まだ14くらいであろうか。子供や思春期特有の「怖い物無さ」とは異なり、この少女の尊大な態度は「そういう性格」から生じるものなのだろう。  後を追って歩き始める二人の青年。途中、朱雀が青龍に「見所がある娘だ」と、愉快そうに囁く。 その結果、渋い視線が再び朱雀に突き刺さった。  外階段を上りきれば、一見して質素な居館が迎える。  だが、この城がそうであるように。この居館もまた、見た目では判別できない代物。  居間はまだ普通であった。壁に値打ちがありそうな装飾はくっついているが、それならこの城の大半は値打ちがある。一般家屋にとってはゴミでも、“シュヴァルツヴァルト城で使われていたスプーン”となると俄然意味があるように思えてくる。多少の価値があってもここでは驚く対象ではない。  ―――が、大広間は別格だった。  天井はもちろん、左右の壁にも、床にすら! 滅多に拝めるものではない質の“壁画”が描かれている。「床に描かれていても壁画かいな?」などと質問する余裕もなく、青い髪の青年は大広間の入り口で立ち止まった。  騎士達が壁画の共通したイメージなのか、その姿が多く見受けられる。同じ「剣」に通ずる者として、侍は感銘を受けたのか。 「おい、行くぜ」 「・・・・ぉぅ」  と、掠れるように呟いて彼は朱雀の後を追う。  膨大な空間は実質の規模よりも誇張して感じられた結果で、それは壁画の威圧感によるものが大きいだろう。  広大なテーブルは木材の自然色。そこに乗る、緑とピンクはやけに目立つ。  堂々とテーブルに腰かけている少女『ワー=デルデ』は、その尻に敷いている物の値打ちを解しているのだろうか。いや、解していてもきっと「あら、そう」で済むのだろう。 「てきとうに座って――」  言われて青龍は三十以上ある椅子の一つを引き、それに腰かけた。  面接でもするのかというほど丁寧に座った青龍だが、その横の椅子に座った赤茶髪の青年は足を組んで、深く背もたれに身を預けている。 「それで、依頼者様。我々は何をすればよろしいので?」  朱雀がやや声のトーンを低くして問う。 「……そうね。話さないとね。ただ――」  言葉を詰まらせるワー=デルデ。 「どうかなさいましたか?」 「いえ、ちょっと普通じゃない話だから、信じてもらえるかなって」  空を見上げていた少女の視線が落ちる。朱雀は穏やかに微笑んだ。 「普通な話だったら、この国の優秀な警官にでも語れば済みますね」 「あははっ、そうなのよ。だから“そういったこと”に対処してくれるあなた達を紹介されたの!」  少女が理解してくれた嬉しさに声を高めた。  青龍は「茶の一杯もでないのは……しかたないか」と細かいことを考えた。 「それでは、“不思議な話”をしましょうか―――この城にはね、城主とその家族以外は知らない、秘密の宝が存在したの」 「あらら、過去形ですか」 「そう、盗まれたのよ。持って行かれちゃったの」  ワー=デルデは指をクイッと曲げて眉をひそめた。 「私は、それをこの城に戻したい……と考えるわ」 「取り返せ、ということですね」 「そうよ」  呆気ない返答に朱雀は即答せず、黙って少女の姿を瞳に映している。  ワー=デルデは彼が疑っているわけではない、と簡単に勘付いた。ただ、「さっさと面倒な部分を話せ」と催促していることも簡単に勘付けた。 「……そう、これは不思議な話なの。盗まれたのは――― 宝剣 」  言葉と共に、青龍の目に力が入る。 「それは魔法の剣。どういうわけかは知らないけど、剣を持つものは“植物を成長させる”力を持つの……」  憧れる宝石を美術館で眺めるように、少女の瞳は輝く。同時に興味の影、朱雀の姿が目に見えて薄れた。 「でも、それは奪われたわ! 奪ったのは私の知り合いでね。私のことをあまり良くは思っていなかった人なの。その、“植物の剣”を使って誰かが人に危害を加えたって話は今まで聞いたことないけど。成長させた植物で人を捕らえたり、枝で刺すくらいはできると思う」  少女は息を荒げ、視線を時折外しながら、食いつくように伝える。 「それと、見た目は剣じゃなくてただの棒かもしれないわ。その姿のこともあったから!」  口元に手を当てて、彼女は閃いたように口を開いた。 「……なるほど、確かに不思議だ。しかし、あなたの必死な訴えを聞けば、“剣の話が”真実なのだと解ります」  朱雀は小さいうなずきを交えて答えた。  ワー=デルデはその返答を聞いて安堵して、それで、と続きを語ろうとする。 「盗んだ人のことなんだけど――」 「依頼主。質問を一つだけ、よろしいですか」  ところが、しかし。彼女の言葉は微笑んでいる青年の言葉に遮られた。 「その盗られた剣、この城のどこに仕舞っていたんですかね」 「――え?」  少女は再び言葉を詰まらせた。今度は不意に、だが。 「いや、単に“堅牢な城から剣を盗み出す技術”を持つ者が相手ってことで、手ごわいかな、と思いまして。どの程度の管理状態で盗ったのか知りたいのです」  言葉の後、朱雀は背を起こして大広間を見回し、「私でも厳しいかな~」と、呟いた。 「……主塔の、最上階よ。大した警備はしていなかったわ。油断していたの」 「それは、ご用心を。何せ存在が知れたらちょっとした問題になりかねない宝剣と思われるので」 「ええ、そうするわ。でも、その為にはまず、取り戻さないとね」 「おっしゃる通り」 「……盗んだ人のこと、続けていいかしら?」 「ええ、もちろん。疑問は解決しましたので」  背もたれに深く身を委ねる。朱雀は納得した様子で話しの続きを促した。 「……盗った犯人は、私の友人―――」 「あっと、そうだ! もう一つ。盗まれた時間帯は解りますかね」  思い出したように身を起こして、朱雀が質問を挟む。  ワー=デルデの言葉は再び遮られた。 「……解らない」 「そうですか――なるほど、相手は手練れですね」 「―――――」 「ふつう、大体の時間くらい知れるのですが。警備員はしっかりしていたんですがね~」 「何を言いたいの」 「―――どういった意味で?」 「そのままよ。あなた、私の話を疑っているのね」 「さて、どうしてそう思われたか……疑っていませんよ」 「いいえ、疑っているわ!」  ワー=デルデは酷く憤慨して、一層必死になった様子で指を突きつけた。  朱雀は、返答を止めて押し黙る。  青龍は依頼者の激昂を見て、朱雀を肘で突いた。 「――君の話を疑って無いってのは本当さ」 「しつこい! あなたは……」 「俺は君の“話”は信じている。疑っているのは“君”そのものだよ」 「――――?」  ワー=デルデは困惑する。そして、彼女の今にも放たれようとしていたマシンガンのような言葉は一時停止した。 「俺が疑っているのは“そもそも君が剣を所持していたのか”ってことさ。この城の主だってのは信じる要素があるし、そこが嘘でもどーでもいい。  引っかかるんだよな~。あんた、剣が盗られたって騒いでいる割には“剣に関する情報”を話す時、やたら考えるんだよね。創作してるっつーか、“思い出している”って感じだ。  “昔見ただけ”って事かもな。しかし、それにしても君は“断言”しすぎる。悩んでいるのに“断言”してくるんだよ。 これってさ、“不思議な話”じゃね~の? 違和感あるだろ?」  まくしたてられたが、それでもワー=デルデは視線を逸らさない。 「…………信じると最初に言ったでしょ。前言撤回?」  怯まずに答える少女。 「信じているよ。ただし、話の前に前提が不確定だから、“信じていても信じていなくても変わらない”ってだけ」  眼光を細めて、笑みを失う。眼光は、猛禽類のように鋭い。 「――――」 「別に、そのまま依頼を続けてくれてもいい。俺は引き受けるよ。ただ、もし君が俺を“騙している”のならムカつくぜ―――――って、それだけの話さ」  朱雀は表情を戻して、穏やかな笑みを向けた。隣の青龍が「キレるな」と呟き、鋭い視線を突き刺しているのが解る。  ワー=デルデは口をつぐんで俯(うつむ)いた。 「ま、ちょっと言いたくなっただけさね。嘘に敏感ってか、過敏な性分で。気分を害したのなら、謝りますよ」  言いたいことを言い終えて、落ち着いた心持ちでため息を吐く。  ワー=デルデは言葉を発さず、変わらず俯いている。   「 ―――――!!ッ 」  椅子を勢いよく下げて、立ち上がる青龍。 「……どした?」 「強力な霊力だな。もしくは強い神秘性か」  青龍はベルトを外して、背負っていた布から業物の一振りを鞘ごと引き出した。 「居場所がばれている……取り返すって話じゃぁなくなったかな」 「――なに、何なの?」  押し黙っていたワー=デルデが訝(いぶか)しげに問う。 「依頼者さん。おそらくだが、盗人がわざわざ戻ってきた――らしいです」 「ぬすっと……え!!? そんな、“あいつ”がこんなに早く、ここに来る訳がないわ!」 「来てるんすよ。な、リュウちゃん?」 「知らん。 別の何か……かもしれないが。とにかく、ここいらの方式ではない、何らかの異常を何者かが生じさせた。対象は城の門前か」  青龍は大広間の入り口へと向かいながら、淡々と返す。 「んだよ、ハッキリしねぇなぁ―――まぁ、“デルデさん”とにかく来ましたが、どの道不法侵入だ。とっ捕まえときますね」 「……なんで、ここに?」 「ん――! あ、ちょっと待った、龍!」  今にも駆け出そうとしていた青龍は、前かがみのまま停止して、振り返った。 「依頼者ワー=デルデさん。件の盗人ですが――殺してもいいんすよね」 「え!?」  ワー=デルデは息を飲んだ。あまりにも率直に聞かれたので、思わず硬直した。 「―――龍、生け捕りでよろしく」 「元より、命を奪う気などない!」  指示を受けて、青龍は大広間を跳び出した。  疾走して去った青い影を見送った後。朱雀は変わらず硬直しているワー=デルデへと向き直る。 「さて、と。軽く事情の説明を続けてもらえますかね。  ああ、“面倒事”を嫌うのなら、正直であることをお勧めしておきましょう―――――」 ACT 6-A  警備室には常に二人常駐している。また、城の清掃に雇われている人間用の屋敷が、城の外壁を七十度ほど左に回った位置にある。  その男は正面から。警備室の横を通って門の前に立った。  窓からその姿を確認した警備員は「またか」と、頭を掻く。  だが、今回は先ほどと違って別の男が警備に当たっていたので、彼が応対しているのが窺(うかが)える。今日の来訪者は二名、としか連絡を受けていない。ただし、あのオーナーのことなので、自分勝手に招いたのかもしれないが。  何やら口論しているらしく、警備仲間は首を振って不審な男を門から遠ざけている。  男はまだ若いらしく、背は高いがガッシリとはしていない。  軽く押し戻された若い男は、何かを叫んだ。  それでも警備仲間は動じない。  窓から様子を見ている警備員は「ガキは何考えているかわからんな」と苦笑いした。  相手にされていない若い男だったが、彼が“棒のようなもの”を取り出したので一気に場が緊張した。覗(のぞ)いていた警備員も武器をとりだしたのなら、と用心のために窓を離れて警備室を出る。  仲間は銃も所持しているし、そこらの若造に組み伏せられるような軟弱者でもない。  加勢に加わるまでもないとは思うが、一応……と考えていた警備員。  警備室から出た彼は不思議を体感した。  ついさっきまで、城門前は整備されていた。  やはり城門を含んだアングルが人気とのことで、城門前には視界を妨害するものを置かないようにしている。無論、木など生えていないし、清掃の方々が毎日草を引っこ抜くので、雑草すらほとんどない。  ――断言できるほど確かなことだったからこそ、実に不思議なのだ。 「う、うわぁぁっ、助けて! 銃を落としちまった、“俺も”落ちちまう!!!」  頭上でそう叫んでいるのは同僚だ。ほんとうについさっきまで、城門前で若者を追い払っていた彼だ。  確かに、警備員の足元には銃が落ちている。同僚のものに違いない。  しかし、彼もドジなものだ。いい歳をして木に登って狼狽えるなんて……。 「えっ、な、なぜこんな巨木が―――???」  先ほども言ったように、城門前には視線を遮る物を置いていない。無論、木も。  しかし、どうであろうか。  城門の前に立っている自分は今、巨木を見上げている――  いや、違う、登っている……  ん? いや、待てよ。すでに登ったのか。  頭上でもがいていた同僚と今、こうして視線を合わせているのだから―――・・・ 「えっ、えっ、えっ…………!!? う、うわぁぁぁぁぁああっ!!????」  警備員は絶叫した。突然の高所に絶叫した。  足元にあった銃は視認できないほど遠く、小さい。  何時の間にか登ってしまったらしい大木を降りようと、警備員はもがくが、今だ成長する樹木の枝が手足に絡み、動けない。 「「た、助けてくれぇぇぇぇっ!??」」  困惑しながら助けを求める2人。  その遥か眼下を歩く、若者。  若者の手には枝葉で形成された剣が一振り、握られている。 「大人に怒られちまった……しかも、迷惑もかけた。  ―――ちくしょうっ、ワー=デルデ! 君は勝手だし、僕は不幸だよ!!」  苦々しい表情で涙を堪える若者。「ドナテロ」という名前の彼は、憎たらしい人の顔を思い浮かべて歯噛みした。  悔しい思いで悶(もだ)える彼の前で、城門が引きずるように開かれる。  モミの木の、三百年をかけるべき成長が十二秒で再現されたらしい。耐えられない。  三百年の成長を十二秒に凝縮した場合の密度とは、どれほどなのであろうか。  しかし、城門は開かれたのだが。  その青色の影はすでに跳び立っていたので、彼は無作法にも城門を飛び越えた―――― ACT 6-B ―――城に入る前。尿意を我慢していたが、景色くらいは憶えている。  大木は、礼拝堂の屋根から跳び上がった時点で確認できた。  風を受けるジャケットの裾が音をたてて騒ぐ。  鞘で城門を削りつつ、芝生の園に着地。口に入った石屑を吐き出す。  青龍は枝と根で壊された門を一瞬振り返り、すぐに視線を前方へと戻した。 ―――城へと入ろうとしていた。そこに、ドスンと落ちてきた青い影。  紺色のジャケットを着た青年は酷く人相が悪く、自分の方を見て「争いは避けたい」とぬかしてきた。  なんと怪しい事か。空から降ってきた経緯から、酷い目の“くま”と眼光から、一見して「危ない存在」だと理解できる。  ドナテロはこの危険人物を見て、真っ先に「ワー=デルデの今」を考えた。 「手元の武器を渡してくれ、それで全て解決させる。大丈夫だ」  青龍が慎重に、一歩、一歩と距離を詰める。 「……なんだ、あんたは……?」  ドナテロは考えている。“コイツ”はここで何をしているのか、と。 「――俺は、君からその“剣”を取り返せと依頼を受けている」  話しながらも、近づく青龍。 「剣を――何だって??」  ドナテロは判断して、口を歪めた。  自分が手にしている剣を奪いに来たということは……つまり。この剣の存在を知る自分以外の唯一の存在、“ワー=デルデ”を知っているということではないか?  不幸である。恐ろしい、真に不幸な境遇だ――ドナテロは恐怖と怒りで身を震わせる。  ワー=デルデを知っていて、尚且つ接触したらしきこの男は“ワー=デルデの城”から飛び出てきて、自分を“脅している”。  ……きっと、そうに違いない。こいつは今に「ワー=デルデ」の名を出すに決まっている。奪うつもりだ、間違いない。ヤバい、これはマズイ―――勝手だ、勝手すぎる! こいつは自分本位で、自分を不幸に貶(おとし)めに来た悪魔のようだ。 ああ、憎らしい――っ!!   イラついて苛ついて………何度も何遍も、コスってしまう程に――――― 『 “ワー=デルデ”は、、、何処にいるっっっ!!!!!???? 』  枝葉の剣が姿を変える。  一層に巨大化。無数に分かれた枝のような細い刀身に、葉が密集して合わさり、扇(おうぎ)のような外見を成す。  咆哮するドナテロの周囲に樹木が乱立。  広がる枝はそれぞれが丸太の厚みを持ち、互いを貫き、絡みながら空間を圧迫する。  大地が隆起する。  地表を裂いて大木の偉大な根が数え切れぬほど暴れ出でる。  接近する地表が高速で樹海へと変化していく様子を見て、青龍が「うわ、凄い!」と思ったのは束の間のことだった。  “枝の群れ”が突然に出現し、青龍の身を押し返す。  どうにか体を捻って地面に着地したが、どうにもこうにも“それらの勢い”は凄まじく、城門は崩壊し、地面は抉れて弾けた。  狙いが悪く、全ての枝葉は思いのまま暴れまわっているようで。関係のない監視小屋も、城門からさらに奥の城内さえも破壊し、占領して樹海に取り込んでいく。  大木の根が地を這いまわる無数の大蛇のごとく迫る視界。  すでに“枝葉の剣を持った男”の姿は見えない。  侍の魂にある刀身を引き抜く。 「仕方がない!」  と、青龍は純銀に染まる刃で空に軌跡を描いた。  同時。地中で急速に芽を出した一つの種子。  実に近い未来。幹周83.7m/高さ272.2mという体躯を誇る、前代未聞なる巨木の幼き姿である――――。 ACT 7 「なるほど――」  城内の大広間。壮麗な空間で、朱雀は天井の壁画を見上げた。幾人かの騎士達が女神に導かれている様が見える。 ――壁画の右から3番目の騎士。朱雀は彼が股間に手を当てていることを発見した。 「………」  ワー=デルデはしきりに屋外を気にしている。 「その剣ってのは結局のところ、“植物を成長させた”こと以外解らないんだな」 「ええ――」 「ついでに、盗人呼ばわりされた青年君は何か特別じゃなくて、ふつーの一般男性、と」 「そうよ。つまらないやつよ」  ワー=デルデは嘘を吐いていた。というより正に根本から間違っている。  彼女を追っているらしい「ドナテロ」は盗人ではないし、“枝葉の剣”も彼が拾ってきた物。拾ったということは本来の持ち主がいるのだろうが、それは今、どうでもよい。 「――素直な感想を言わせてもらうと、君が彼を邪険にしていたのが悪いし、剣をついでに貰ってしまおうなんて考えたのも悪い」 「“邪険にした”って!? 違うわ、あいつがくっついて来るから追い払っていたのよ!」  真っ当に全否定されたのだが、あまりにも率直過ぎたのか。ワー=デルデは声を荒げた。 「おうぉぅ、ごめんよ。言い方が良くなかったな。というか、君の言う、ドナテロ君の“ストーカー行為”についてはここじゃ判断できないね」  首を竦(すく)めて手を広げる朱雀。 「私は悪くないわ! だって付きまとわれたのは私よ、私は被害者!」 「オーケイ、オケィ! 解った。それについては君を支持しよう。だから、剣もかっきり奪うし、二度と君に近づくなと、ドナテロ君にヤキも入れよう」 「・・・・それはやりすぎ」  物騒な言葉に怯んだのか、ワー=デルデは何故か、少し萎縮した。  朱雀は口の端を上げて、やれやれと首を振る。 「しかし、なんだ。面倒な仕事じゃなくてよかったよ」  椅子から立ち上がり、欠伸をこく。 「……なによ、それ。大した問題じゃないってこと? 冗談じゃないわ、私が―――」 「ああっと、解ってる。君は焦っただろうし、家を追いやられて酷く気分も悪かったわな。そりゃそうだ―――1本だけ吸っていい?」  気楽に小さな箱を取り出してチラつかせる朱雀。しかし、ワー=デルデは即座に首を横に振った。 「・・・・ま、剣を取り上げたら君に渡して、あとはいつも通り彼をあしらうなりなんなりすればいい。もし奪われたら、今度こそ“奪還”の依頼で呼んでよ」  口惜しそうに小箱の角を噛みながら、朱雀は大広間の窓枠に腰掛けた。 「それで済む問題じゃないわ」 「済ませようぜ? 警察に持ち込む話でもないだろ、こんな内輪揉め……」 「――ウチワ?」  朱雀が小箱の匂いを嗅ぎつつ、「やっぱり一本……」と言いかけた時。  豪快で耳を裂くような音。  ガラスが弾けて人間大の何かが突っ込んできた―――そんな炸裂音が大広間に反響した。  差し込む快晴の光から放たれるように“ステンドガラスを突き破った青い影”は、広間の大テーブルの上に背中から着地して滑走した。  着地地点の対岸。大テーブルの縁で緩やかに停止する、青い髪の青年。 「……こらこら。あんまり人ん家で騒がないのよ、龍ちゃん」  手前で大の字に倒れているメインディッシュモドキを諭す朱雀。  仰向けの青龍は、息を荒げて天井の左側を見つめて我に返った。 「はッ、はッ……――スザ、外。」  促されて背後の窓から外の景観をうかがう朱雀。  シュヴァルツヴァルト城の情景。  階段を三つ登った先にある大広間から見下ろせば、城内の様子はおろか、その下の森から、目をこらせば先の平原と湖も確認できる。ここから見渡せないのは主塔くらいのもの―――なのだが。  今日はやけに森が近い。朱雀はここから初めて景色を見るのだから、普段の情景と比べることはできない。しかし、それでも登ってきた経緯から“明らかに森が近くにある”と感じる。  具体的には、「城内に森がある」――それでもぬるく、「城内に樹海がある」という感想。  居館の一部を貫通した大木が一本。城内の樹海から高く、くの字に天を突いている……。 「オ~イ、おい。なんだコレ?」  腰を上げて警戒する朱雀。 「見たまんまだ。モミの森が――というかもう、モミとは違う植物群に見えるが。とにかく、城内で茂っている」  テーブルの上で半身を起こし、ようやくに立ち上がる若い侍。紺色のジャケットを脱ぎ去り、地味な茶色のシャツ一枚、身軽となる。 「ガっ!?」  動こうとして声が出る。どうやら左足を“貫かれた”らしい。  傷口に張り付いたズボンの裾をはがして、程度を確認する。これは ひ ど い 。 「な、何あれ……普通じゃないわ」  窓辺に駆け寄り、現状を確認して驚愕するワー=デルデ。 「――大丈夫だ、心配ない」  放心する少女に言い放つは、青き頭髪の若侍。  懐から取り出したるは、湿布のような紙切れ一枚。これを足首にがっくりと開いた傷み所に貼り付けてみる。 「熱っツ、熱!」  苦悶で強面を引きつらせるが、毅然として立ち上がる。 「―――しかし、跳べるッ!!」  気合の猛りと共に食卓を駆け、一足に発つ青き龍。  自らが破ったカラの硝子窓を越え、快晴しきりの天へと舞う。 「やぁれやれ。面倒じゃない仕事なんてねぇやな……そりゃそうだ」  半ば自暴自棄に肩を慣らすスーツの青年。  横目に見る。原色が映える少女は、小さく肩を震わせていた……。 「――なによ、あれは」  巨木と成長する樹海を遠目に、派手な女城主は歯を軋ませた。 「普通じゃないわ! 私が何をしたっていうのよ! 寄ってくるから追い払ったり、邪魔だから悪態を吐いただけでしょっ!! 悪いのはあいつ! 恨まれる筋合いなんて皆無だわっ、当然よ!!!」  ビールの瓶を両手に振り回して、カチ割るように言葉のバルカン砲。  ワー=デルデは不条理に嘆いた。だってそうでしょ、わざわざ城にまで押しかけて、城に森まで作ってさ、どれだけ器の小さい男なのよっ―――てな事で。 「お怒りは当然です、お姫様」  朱雀は腕の時計をチラリと見てから、カツ…カツ…と、落ち着いた足取りで大広間の入り口へと向かう。  歩みの中。傭兵気取りの青年は口の端を上げて、ニヤリと笑み。 「一介の付き人風情が。貢(みつぎ)の花束にしては……随分とイカレテいる代物を用意したものです。分相応を弁えろ、ってところですかな」 「―――何の話……?」  具体性の薄い発言を片耳に受け、ワー=デルデが大広間の入り口に顔を向ける。 「つまらないって奴を“恐れている”だなんて、お姫様としてアリなのかなって、ね」  フォーマルに身を包む赤鷲は、ニヤけた面を見せつけた―――――。
遠距離<<  >>近距離