―本章、神の節― 其ノ二

動景 2、「 赤球 」  全てが済んだ後。村に、島に火炎が盛った。  何もかもが灰になってゆく。  その異様な明かりは、本土からも確認されたが、島の特性上、ニュースになることすらなかった。 「大火事でも起きて滅びたのなら、それも良し」  そのくらいの見解で古祝儀 意次(こしゅうぎ おきつぐ)は済ませ、特に報告もせずに楽観視した。  3日が経ち。各所での異変は伝えられていた。  しかし、時は記憶を失わせ、記録を霞ませる。  各館の監視者はそれが“甦り”を意味すると報せたが、“照らス”は「そうか」と軽く流した。古祝儀も以前の情報と合わせれば何か感づくべきであったのだが……。  何よりも神が脱皮をしている最中である。その警護が重要。そう思ったのだろう。意識もそれで手一杯だったのかもしれない。元から、その役は彼の器から零(こぼ)れている。  古祝儀が異変に「危険の疑惑」を感じ、F15ブルーイーグルに偵察及び威嚇(いかく)を命じた後。国家の主力戦闘機が謎の撃墜(げきつい)を遂げたことで彼の額は汗を滲ませた。  同日。問題となっている“山梨上空の赤い球体”の正体予想を聞いた古祝儀の顔面は蒼白(そうはく)し、強い尿意に危うさを感じる程彼は焦燥(しょうそう)した……。  ――――眼下に広がる世界がもの珍しく、質素な赤い着物は胡坐(あぐら)のまま、その写し身を下地へと赴かせた。  それと同時。地底を飛び、水中を奔る黄土色の狐の仮面。別路を行っていた紫の狐はすでに祠へと到着した。  金は落ち着き無く眼下を眺め、緑は腕を組んで背を武力に預けている。  地上を行く写し身。その瞳だけは、かつてのように大人しい――――。    ―― 景 間 ―― 動景 3、「 依頼 」  キッチンとソファの間。何とかセットされている6人掛けの食卓。  いつものように5人での食事となるが、今日は1人面子が異なる。いつもの煙草臭くて赤茶の不行儀な青年は居らず、代わりに清楚かつ大人しくて高貴な少女が丁寧に座っている。  “ガツガツ”と“カチャカチャ”と音を鳴らしてフレンチを食べる白虎(びゃっこ)。  その隣に座るのは異常なまでに美しい人。金色の長い髪は艶(つや)やかで、「この暑いのに・・・」という疑問すら掻き消すほどよく似合う白衣。街中で歩けば、盛りの男なら1000人に999人は振り向くのではないか、というその美貌(びぼう)。  こいつの名は『玄武(げんぶ)』。四聖獣で唯一20才を越えた彼は丁寧な作法で“ボトボト”とスープを溢しまくっている。 「・・・玄ちゃん、袖を捲くりなさい」  テーブルのことはもう諦めているので、せめて白衣の心配をする奈由美。「YES、ぶラジャーw」と答えて袖を捲(ま)くった彼だが、持ったままのスプーンからコーンスープが垂れ落ちていることに気が付かない。 「海老(えび)うんめぇぇぇぇぇ! もっとくれ! 全部!!!」  白虎は空の皿を台所に立つ青い髪のシェフに突きつけた。 「・・・・・・ぁぅ」  あんまりにもあんまりな食事風景に、隣の清楚なワンピースの人を横目に見る奈由美。 「驚きです! この料理、とぉ~~っても、美味しいです! どこのレストランでシェフをなさっていられるのですか?」  奈由美の視界にある輝歌は対岸の惨状など気にならないほどとても満足している様子で、デザートの盛り付けをしている青いシェフの方を向いている。  割烹着(かっぽうぎ)の男は「いや、プロの料理人ではない、、、」と少し頬を染めつつ、背中越しに答えた。その面は整っているのだろうが、非常に目つきが悪く、率直に言えば「怖い」。  この強面、意外にも四聖獣の中で一番年下。奈由美より3ヶ月程遅い産まれのくせに威圧感満載なこの少年。名を、『青龍(せいりゅう)』という。  賑やかな食卓に咲く麗しき一輪。なんとか彼女への無礼にはなっていないようなので一安心する奈由美。この場にバカ鳥がいなくてホント良かった、などと思って溜息をついた。  食事が終わり、各々思い思いに動く。  奈由美と輝歌は居間に残り、後回しになってしまった依頼の話を。青龍は食器の片付けをしながら奈由美と共に依頼を聞く。玄武も居間にいるが、自作のノートパソコンに二足歩行をさせようと目論み、弄っている。  白虎は眠かったので、玄武の隣で寝転がった。・・・結局、全員居間に残っている。  蝉の鳴き声が室外から聴こえてくる。  冷房の効いた室内で、輝歌は希望する依頼の内容を――――話した↓ 【@輝歌の依頼 まとめ ・自分には定められた婚約者がいる↓ ・でも、その人の顔も名前も知らない↓ ・彼のことを探ることは禁止されているし、教えてもくれない↓ ・今までそれが「しきたり」と思って抑えてきたが、やっぱり気になる↓ ・そんな時に偶然、彼が住んでいるという島の情報を入手↓ ・ただ、その島は上空・周囲の海域を監視されている不可侵の地域らしい↓ ・とても行ける算段は無いし、危険だということも解かる↓ ・それでも。会わなくていい、会話も無くていい。ただ、一目みるだけでも――↓ ・だから監視を欺き、むかし友人に聞いた四聖獣と麒麟の情報を頼りに逃亡↓ ・初めての1人旅にワクワクするが、追っ手が不安。見つかったら連れ戻される……↓ ・でも、案外大丈夫だった。 そして無事到着 ←今ここ】 【――――指示通り、11行で約15分に渡る内容を要約しました】  と、ノートパソコン内の彼は伝えた。しかし彼の仕事は鼻水も拭かず、全力で逆関節の脚部を組み立てている玄武には届いていない。 「玄ちゃん、ちょっと! 解かったの?」 「――(ガチャガチャ)」  一心不乱な青年はようやく形になった機械の右足を満足気に眺めた。 「げぇ~ん~ちゃぁ~ん?」 「!!? たおばぁっ!?」  左右にハネている癖毛を引っ張り上げられ、謎声が発せられる。玄武は疑問符を浮かべて振り向いた。  振り向いた先の奈由美に猛抗議を始める玄武。彼がもう一度謎声を発した後、電子空間の弟は再び依頼の概要を伝えた。 ☆5分経過☆ 「そーゆうことなら、玄ちゃんにお任せっ!」  玄武は親指を立てて彼女らに満面の笑みを見せた。 「・・・・・・」 「親指を――こぅ、上に……?」  疲労した奈由美の横に立つ輝歌は、玄武のポーズの意味が解からないのでとりあえずマネをしている。 「つまり、その島に海からでも空からでもなく、どうにかして行ければいいんだよね!」 「そうだけど、できる?」 「お任せといっているサル!」  玄武は言葉と同時に改造途中のノートパソコンの画面に腕を突っ込んだ。  「ぎょっ」と目を開いて戸惑う輝歌だが、奈由美に驚きはない。 「えっと――、あれぇ? マイク、アレどこ?」  【どうぞ】と欲っした物が架空(かくう)の空間で手渡される。 「よっしゃ、フィィィィッッシュ!!」  玄武が勢い良く画面から取り出したのは「スイッチ」。それは何に使うか解からない、シンプルなスイッチ。 「“空間押し込みボタン~”」  ややゆっくり気味に、しゃがれ声で玄武がスイッチの名前を紹介する。 「なぁに、ソレ?」  丸メガネを掛けた奈由美が問いかける。  輝歌はきょとんとした表情でそのやりとりを眺めた。 「これはねぇ――この赤いボタンを押すことで事前に指定したA点へと、押した人物、及びそれに接している人物、物を移動させる装置だよ。そうだな、イメージしやすく言えば“空間転移”なんてものかな。実際は現在地点もB点として指定しておき、一時的にそこを“空位”としてA点に押し込むというもの。だが、これは“場所の押し込み”に当る現象を人為的に、作為のまま発生させている。つまり、A点とB点の質は異なる。 例えよう、A点は粘土だ。買ったばかりの真っ更な油粘土。それに別に買った同種の油粘土から一部もぎ取り、押し込む。押し込まれた別の粘土は更の粘土に混ざり、同化する――。ただ、このまま同化してしまってはもとの“領分”が拡大し、あらゆるもの、それこそ全体に矛盾が生じてしまう=無理なこと。それを防ぎ、尚且つ分離=帰還を成す為にB点を空位とし、それを枠として残す。これにより、押し込んだ空間は形を変更できない。……B点が健在である限りはな。 よって、転移後に注意することは“A点B点の設定を変更しないこと”これのみ。つまり私とマイクが管理している限り問題は皆無ということだ。 後は、そうだな――1度の移動で電池を1本消費する。2本入っているので問題は無い。が、1本の値段は3千万だ。気軽に何度も移動できると思わないでくれ」  ・・・・流れるように、風のように吹き抜けた玄武の爽やかで、聴き心地の良い声はそれを聞く3人の耳を撫でて過ぎた。  彼らは声を揃えて「へぇ~」と、微笑しながら玄武の歌に溜息を漏らした。 「だからねぇ~これを押せば一瞬でその島さ! もう準備はできてるよっ!」  玄武は再び親指を立てながらそのよく解からんスイッチを黄龍に渡す。  黄龍と輝歌、そして青龍は親指を立てて、「まぁ、何でもいいや」と心の声を揃えた。 「――とにかく、これを押せばいいのね。それじゃ……」 「待て」  ボタンを押そうとした奈由美を制する青龍。  彼はそのスイッチを取り上げると、先程聞いた輝歌の説明にあった疑問を顕(あらわ)にした。 「何故、その島は“不可侵”なんだ?」 「……なんでだろ」 「わかりませんわ」  『侵入してはいけません』という警告は、通常「危険」だからもしくは「秘密」だからこそ発せられる。今回の場合、さらに周囲を警戒するという異常な厳重さ。そこまでして金を掛けて封じる理由は――――たとえ「危険」としても何らかの「秘密」の類であろう。 「マイク」 【はい、青龍様。すでに検索してあります。情報元は宮内庁(くないちょう)、及び防衛省、照蛇会(しょうだかい)】 「「!?」」 【検索結果:辰根島=鳥取県沖にある孤島。住民は無いとする資料と有るとする資料が混在。衛星映像は妨害により解析不可。追加検索――“少々お待ち下さい”】  何か秘密があるとは思っていた青龍も、予想以上の規模に驚きを隠せない。何より、尋(たず)ねれば瞬時に「各国統率者の朝食メニュー」を検索・リストアップできる彼が“少々お待ち下さい”などと言ったことが件の情報守護を物語る。 【――追加情報:辰根島=辰羅鬼を封じた、との文献が存在。詳細記録は人の脳にのみある可能性大】  益々怪しい。“鬼を封じた”などと公式の文献にあることは問題無い。だが、その情報がこれほどまで厳重に保護されている理由が解からない。御伽噺(おとぎばなし)、神話の類にしては重々しい。  青龍としては情報源にある「照蛇会」にも心当たりがあり、またその正体も大まかに理解しているので尚不信が募(つの)る。 「て、輝さん……あなた、そんな場所でお嫁さんになるの?」 「はい。そう聞いておりますが」  奈由美と青龍の表情は固まっているが、輝歌は飄々(ひょうひょう)としている。情報源を聞いても身近すぎて規模が解からず、情報守護の厳重さも上手く伝わっていない。 「――1度、俺が様子を見に行く。本来は俺のやる事じゃないが、仕方が無い」  そう言って2階の自室へと向かう青龍。その目的は割烹着を着替えることと、己の信念である刃を携えることにある。 「あれ、私も一緒に行きたいのですが……」 「輝さん。ちょっと待っていて。彼が戻ってきたらあなたを連れて行ける――かも知れないから」 「・・・・? ですが、いいのですか?」 「いいんですよ。これくらいいつものことですから――龍ちゃん、気をつけてね!」  青龍に手を振る奈由美――。  輝歌は「いつものことなの?」と、自分が今いるボロ屋を見渡した………。
本編其ノ二<<  >>本編、其ノ三