本編、其ノ六(前編)<< >>本編、其ノ七―本章、神の節― 其ノ六(後編)
$ 四聖獣 $ 山中に聳える土の巨人は両腕を広げて「グゥオオ」と唸った。 その胸中に有る枝葉に覆われた空間。一切の汚れ、亀裂が無い黄土色の狐は手の平をガシリと合わせ、腕を震わせている。 <万死、万死である! 逃れようの無い、死が確定っ!!> 巨人は大きく両腕を振りかぶり、小さき影2つを視界に捉えた。 輝歌はその姿に威圧され、ヘタリと座り込んでしまった。 しかし、玄武は対比的にも目を輝かせている。 何故って――こんな展開、男の子にとっては堪らず武者震いしちゃう状況だからである。 「うぉぉぉっ!! 怪人めぇっ、やっぱり巨大化したな! コノヤロウ!」 玄武はテンション全開で飛び跳ねた。 そして思い出したように腕に輝くブレスレットに口を近づけ、通信を開く。 「いよぉしっ、マイク指令、こちらテクノロジーグリーン!!」 【はい、こちら司令部】 「DX(デラックス)四聖獣の出撃を要請する!」 【ラジャ、出撃を許可します】 零れる会話を聞く輝歌は、目を点にして首をかしげた。 「・・・でらっくす、しせいじゅぅ?」 / ――――場所は、東京都某所。 快晴の空の下、今日は絶好のプール日和である。 ここ、座仏小学校では夏休みのプール教室が開かれており、およそ20名の少年少女が参加している。 新任教師の橘 春香(たちばな はるか)は得意の水泳を生かして生徒と触れ合おうと、勇んでこの教室の講師に名乗りを上げた。 キャキャと騒ぐ子供達に笛を吹き、「はい、皆こっち見て~。まずは先生と一緒に体操をしましょう」と手を振る。 「は~い!」と元気良く答える子供達の姿に思わず笑顔も弾ける。 「1・2・3・4、2・2・3・4」 「いち・に・さん・し、に・に・さん・し!」 プールサイドで一頻り体操を行う。途中、あまりプール授業に乗り気ではない信勝少年が帰ろうとしたが「頑張ろうっ、ね!」と、どうにか説得して少年を引きとめた。 さて、体操も佳境。手足ブラブラの運動も終わった頃。いよいよプールに入ろうと子供達が心を躍らせる。 フライング気味に戸塚兄弟が駆け出そうとした、時分。 “ファーオッファーオッ!” 【警告します! プールから離れてください。警告します! プールから――】 と、警報と繰り返しのアナウンスが発せられる。 同時にプールとプールサイドを隔てる半透明な防護壁が高々と出現し、子供達とプールを完全に遮断。 呆然と立ち尽くす春香先生と生徒達。「何コレ」と先生が呟いた時、それはおきた。 警報の中、“開く”プールの底。 水は向かい合う滝のように流れ落ち、プールだったそこはポッカリと開いた穴に成った。 「ええ~!?」と声を揃える先生と生徒達。 何が何やら解からない彼らの眼前は更に信じ難い光景となる。 競りあがってくる、ソレ。 最初「何かな?」と思っていた彼らは、やがて「そんなまさか……」と疑った。 だが、完全にその姿を現したソレはもう、どうにもなく確実にソレなのだろう。 聳え立つ、5色の巨大な金属の塊――。 日光を反射して輝くその巨体、それは紛れも無く『 巨大ロボ 』。 玄武超合金Gで作られたその姿に春香先生はただ、口を開いて呆気に取られるしかない。 女子は苦々しい顔で「どういうことなの……」とただただ、それを見上げる。 しかし、男子は概ね能動的な反応。 「ろ、ロボだ・・・」 「うん、ロボだね・・・」 「うぉぉっ、す、スゲェ・・・」 「ヒュゥ~っ、たまんネェな・・・」 「……ロボット、本物……だ」 目を輝かせ、防護壁に歩み寄り、ロボを見上げる少年達。信勝少年はそれすら叶わず、呆然と、込み上げる緊張に武者震いを堪えられずにいた。 【 DXシセイジュウ、発進!! 】 音声ガイダンスの後、両腕を突き上げる巨大ロボ。 その背中には赤色の翼が開き(意味は無い)、“バヂバヂ”と電気質な音を立ててエネルギーを溜め込む。 歓声を上げる子供達を尻目に、巨大ロボは轟音を残して大空へと飛び立った。 異常な存在は無くなり、気がつけばプールは元通り。 春香先生と女生徒達は意味の解からない状況に危険を感じ、とりあえずその場を離れようとする。 先生は未だ立ち尽くす男子生徒を呼び、興奮する彼らをどうにか収めてプールを離れた。 混乱する彼らの中、1人黙々と平静を装う少年。 この日は、信勝少年の将来を決定付けたターニングポイントとなる―――――。 / ―――所変わって山梨山中。 ゴミ拾いから帰り、一服を終えた倉島のじいさん。 木霊する轟音に何事かと山小屋を出ると、見慣れた山の景色に見慣れぬ異形。おそらく腕と思われるものを振り上げている人の形をした巨大な土の塊。 倉島のじいさんは手ぬぐいを“パサ”と落とし、膝を着いて手を合わせた。 「か、神さまじゃぁ、山神様がお怒りになってしもうた! この山はもう、おしまいじゃぁ! ナンマイダナンマイダ……」 諦めの心境ながら、祈りを捧げる爺さん――。 <海に在れば水に、山に在れば土に――然を持って命を迎合す!!!> 振り下ろされる巨大な拳を前に、大慌てで輝歌を抱きかかえて玄武は飛び立った。だが、スーツが壊れかけているので今一速度と高度が出ない。 「く、くそうっ! 自動修復機能、まだ完成していなかったのか!」 嘆きながらも低空を逃げる玄武。 満身創痍(まんしんそうい)の彼を捉えんと、周囲の枝が伸び、土は競りあがって妨害を試みる。 「はわわ、危ないですっ!」 思わず目を手の平で覆う輝歌。玄武も「ひぁっ!」と叫んで時折目を瞑っている。実に危うい逃飛行。 不意に、衝撃が身体を奔る。 「うわぁっ!」 「きゃっ!」 驚き、凍てつく背面に目を向ける。 氷の壁。彼らの進路を遮ったのは、どうやらこれらしい。 「うわわっ!」 と焦り、上を目指すもまたヒヤリとぶつかる。 上もダメか、と下を目指すがそこもヒヤリ。右も、左も、後ろも……。 目を凝らせば解かる、この現状。どうやら6方全てを氷の壁が囲んでいるようだ。つまり、氷の箱である。 どうするべきかと悩む玄武の背後に悠然と迫る巨大な影。 土巨人はその箱ごと握りつぶそうと、広大な手の平を迫らせる。 すわ、これにて最後かっ、と玄武が目を瞑った・・・・・・その時である。 “キラッ” と彼方に瞬く一縷の光―――― デッデレデッデレデッデレ・・・(前奏) 【~ ヒーロータイムの歌 ~ ♪ 『 テクノロジー戦隊のテーマ 』 作詞・作曲:アーティ=フロイス 歌:青山 龍進 ♪ そこのけそこ退け~~(*コーラス)魑魅魍魎~ 許すものか、悪人跋扈(あくにんばっこ)の世界など~ 怪人魔人なんのその! 残らず退治だ虎の拳 悪魔妖怪かまわず玉砕! 滅殺御免だ龍の刃 失せろ物の怪立ち去れ怪物~~(*コーラス)正義の行い~ 絶対無敵、完全無敗の僕らの味方~ イテマエ! ヤッテマエ! 打ち抜け朱雀の弾丸~ 今だ! ここしかないぞ! 早くパナせ! 発動大砲四神キャノン~ そうだ、これこそ僕らの強い味方! 行け行けDX四聖獣~♪ (*コーラス)ゥオ~、オ~、ゥオ~、オ~♪ DX四聖獣~、偉大なる鋼人よ~~――――♪】 轟音とBGMを鳴らして大地に降り立つ金属の巨人。 巨大ロボ、DX四聖獣は山梨の山中に堂々と聳(そび)えた。 「キタ! よっしゃ!」 ガッツポーズを決める玄武。 輝歌はその意味が解からないのだが、とりあえず真似をしてみる。 思わず手を止め、横に立つ巨大なロボを見る土巨人。その胸中、黄土色の狐に言葉は無い。怒ればいいのか、呆れればよいのか・・・これが現世なのか、と疑うことすらままならぬだろう。 その隙に巨大ロボは氷の箱を握りつぶした。 氷塊したたる巨大な手の平から飛び出す玄武。彼は輝歌を抱えたまま、開かれた巨大ロボの口からその頭部に入る。 気がつけばコックピット。その空席は3つ。 一面に広がるパノラマ世界。輝歌の視界には山梨の山林が観光名所の展望台から見下ろしたかのように広がっている。 夏の盛りにある山々は深く緑。低くに見える地平線を山の峰が塞いでいる。 快晴しきりの大空が近く、雲に触れるも容易く思えた。 黄色の一席に座っている姫君。 「あらあら?」 と、周囲を見渡す彼女のことはさておき。玄武が「怪人めっ、覚悟しろ!!」と叫ぶと巨大ロボはその両腕で“マッシーン”とポーズをとり、想像以上の速度で走り始めた。 一歩踏み出すたびに木々は飛び、土は抉れ上がる。 地表を行く狸は激しい地鳴りを恐れ、逃げ、 枝に降りて羽を休めていたカッコウは驚き、逃げ、 茸を採っていた夫婦は遠方より聞こえる意味不明な爆音に恐れ驚き、逃げ出した。 「いっけぇぇぇっ! 白虎拳!!!」 痛烈な合金の拳が土巨人を捉える。 顔の辺りが激しく凹み、不細工極まりない土巨人は唸りを上げた。 「ひゃわわわわ」 と、顔を覆った指の隙間から規格外の光景を眺める輝歌。 玄武はロボットの動きに合わせて腕を突き出し、無数にあるレバーの1つを勢い良く動かした。 「くらえっ、必殺白虎キィィィック!!」 動きはトロ臭く見えるが、体長60m近いそれの一撃は重い。 前蹴りはやたらと低位置にある土巨人の股間部分を蹴り上げた。 <っっっつぉぉおおおおおおおお!!!> 痛みも傷も無いが――土巨人は呻きながら後退。しかしそれにめげず、巨人は周囲の山川木林を取り込み、巨大化して対抗。 それを見て・・・ということもないだろうが。DX四聖獣は肩の後ろに手を廻して青い刀を取り出す。 「せい☆りゅう☆とぉぉぉおおおぅぅううううう!!!」 大きく踏み出して巨人を撫で斬る。豪快な一振りは土砂草花を多量に弾き飛ばした。 裂かれた泥土の狭間で、剥き出しの蔓草が空間の再形成を開始している。 刃が通過した黄土色の着物はそれでも無傷で、仮面もまた健在。 ただし、面の下のツラは尋常ならざる激怒によって歪み、年季のシワがくっきりと刻まれている。 狐は腰元で両腕を組み、大量の気を巨人に込めた。 背後の山肌に手を着けた巨人が呼応するように身を震わせて仰け反ると、ストローで砂糖の山を吸い取るように減少していく山。対比して、巨人は更なる巨体へと変貌していく。 「奥義、アルフレッド・グレネード・ファイナr――――うぃっ!??」 大きく跳び、巨刀を振り上げていた巨大ロボを振り払う平手。 雲も突く巨大な土の塊は、山2つ程の大魔神。手を振り上げれば文字通り雲が突かれて散って行く。 「おわぁぁああああ!!??」 「ひゃああぁあああ!!!!」 薙ぎ飛ばされた合金の巨体は山林を抉り、川の流れを変えた。 「神、罰を――/――卑小な、生命如き! 容易くっっっ!!!!> 蔦(つた)の間で叫ぶ狐の声が増幅され、膨大な土砂から発せられる。 増大を続ける土巨人の全身に霜が発生し、その拳は厚い氷に覆われる。 天は雲に覆われ、暗がりとなった山中に、しっとりと、粉雪が舞い落ちる。 土巨人の一挙手一動が風を呼び、周囲は吹雪の様相を呈してきた。 ロボのコックピット内。 「大丈夫か、輝歌!?」 「び、びっくりしました……でも、あんまり痛くない――??」 「く、くそう。氷狐怪人め! ・・・――おおおっ!!???」 不思議そうな輝歌の前。玄武は視界にある、更に本気を出したらしい土巨人を見て何かを勝手に悟った。 「ようし、そうか! ならばこちらも必殺だ!! 輝歌君、マイク、準備はいいか!?」 【ラジャです、テクノロジーグリーン】 「は、はい?」 困惑する輝歌の前で開き、出現する謎のボタン。 そのボタンには「必殺ボタン」と表記してある。 「あ、あの。これは・・・と、いうかこの状況は・・・」 「“演出は大事”なの! さぁ、僕はもう押したよ。輝歌も早く押して!」 「え、でも。これって何が――」 「んもぅっ、早くってばぁ!!」 「え、あ、は、はい!」 急かされてとりあえず押してみる輝歌。 す ると― ―――強 い違 和感。 違和感は土巨人、つまり黄土色の狐もありありと察したのだが……それはあまりに怪奇極まりない事。 忽然と山林は姿を消し、ただただ真っ黒な世界。 見渡すも何も距離や時間まであやふやな意識。とにかく、突然に真っ黒な場所に移動したらしいことだけ解る。 事実、この世の誰も気がつかなかったが、「時」は一呼吸の間停止していた。 「なん、だ……此処は……???」 掠れるような声で狐が呟く。 主神の声も、気配すら感ぜられない。そもそも、“いる”のか? それが不確定。 土巨人は得体の知れない異空間で絶句した。 狐ですら意味の解らない世界。輝歌にこの変化が解るわけもなく、とにかく「辺りが急に暗くなったわ」という視覚印象の変化に微笑むだけ。 「よぉし、くらえええ!!!」 フと思った頃に、巨大ロボはこれまた巨大な戦艦型の何かにセットされている。 それがエネルギーを吸引しはじめると周囲の真っ黒は5色に輝き、いよいよ異次元の様へと変貌して行く。 異空間でも異質な輝きに輝歌は「わぁ、綺麗ですね~」と手を合わせて喜んだが、黄土色の狐にとってはそんなことどうでもよい。 「うぉぉ、答えよ、主! 如何した!? ここは、ここはどこぞ! 答えよっ!!!」 悲痛に狐は訴えるが、既にその仮面には深い亀裂が奔っている。 手遅れ。いつからかは解らない。 とにかく、手遅れだ。 「ピシッ」――割れる空間 “グォゴゴゴゴゴゴゴ” 「ペキッ」――軋む時空 エネルギーは満ちた。戦艦の主砲としてはあまりにも広大すぎる口。 それもそうだ。これはあくまで“ 大砲 ”としての機能がメインなのだから。 轟く音、揺れる機体。 「いっくぞぉぉぉぉぉぉぉぉお!!!!!!」 「なにをですかぁぁぁ!!????」 凄まじいプレッシャーに輝歌も声を強める。 <何が、何やら・・・・・ ――――んんんもぉおおお大オオ!!!!!> 土巨人が両拳を振り上げ、叩き下ろそうとした時は既に遅し。戦艦の砲口からやたら物質的な圧力のある光が放たれた後であった。 光は土巨人に突き刺さり、その全体に浸み込んでいく。 <がぁぁぁぁぁあぁ……!!!> 輝き、もがく土巨人。 中で同じく苦しむ黄土色の狐はそれどころですらないが、すでに周囲は元の世界に戻っている。 吹雪く粉雪、 天を覆う雲。 それら一切を弾き飛ばす、エネルギーの 大 爆 発。 輝くエネルギーは全体から放出され、膨大な土砂が飛散する。 抜け殻の土巨人はその身を形成する支えを失い、崩れ、山梨の山中に一つの山として成った。 空は雲影を失い、天候もそれに習う。 良き登山日和となったその日に生じた新たな山。これの山頂には着物が弾け飛び、フンドシ一枚となった大柄な老人が大の字に倒れている。仮面はかなり前の段階で弾け跳んだ。 やがて老人は一介の灯となり、赤い球へと飛んで行く。 その光を見送る巨大ロボ。 「これにて、一件落着だよっ!」 コックピットの中で玄武が決着のポーズを決めた。 「狐――さん?」 輝歌は何かを探しているのか、操縦席から身を乗り出している。 電磁音が山に鳴り、合金の両腕が天に突き上がる。反射する日光が眩しい。 『ワハハハっ』と音声を発して飛び立つ巨大ロボ。 透きあがる天を颯爽(さっそう)と去るその姿はやがて小さくなり、輝きの点となって消えた。 倉島の爺さんは消えた人工物を何者かと思い、神を倒したと怒りもしたが、山を助けてくれたことには感謝した。 「山の神様よぅ、お怒りはもっともだ。神様は、忘れちまった山の怖さをオラ達に伝えに来たんだなぁ……すまねぇなぁ」 倉島の爺さんは新しい山となってしまった神様のことを思い、額を土に着けて畏怖と感謝を伝えた。 山は、爺さんの口伝えもあってか。『山神山』として定着することになる――――。