冷めた空洞

++++++++++++++++++++  今の時代。30年を生きたかつての少年が生まれた頃―――。  1頭の複雑な色合いをしたドラゴンがこの世で知性を得た。  知性を持ったドラゴンは「創生の竜」と称され、ドラゴンはその名のままに数多の怪物を創造した。  少年の落書き帳から始まった創生の竜は、数多の作品を引き連れて夢の国を目指す。だが、人々の利害と相容れなかった彼らは人との戦いを避けられなかった。  戦いの果て。「創生の竜」は青銀に輝く甲冑に身を包んだ者に斬られ、その命を落とす。  創る者がいなくなり、同時にそれを統率する者もいなくなった「創生竜の集団」は次第に駆逐されて、その数を減らしてゆく。  あるものは山に、あるものは海に―――。  「創生竜の集団」の生き残りは今もひっそりと存在しており、人々は今もそれを怖れ続けている………それは、怪物達からしても同じことであるのだが―――。 __________________ ACT /START  “幻想の境界を渡った先”にある、とされる幻の大陸。  携帯電話を片手にパソコンを操る我々とは異なり、その世界では魔法と錬金術が公然として認識されているらしい。  東の地では無数の金貨が取引され、  西の地には偉大な学問と知識が跋扈し、  南の地には勇壮で神秘的な自然が広がっている。  そして、北の地を覆う雪原には穏やかな秩序が満ちていた―――。  平穏の大地だった北方には今、革命の嵐が吹き荒れている。  雪原には血の雨が降り、王宮を燃やす炎は衰えることを知らない。  王族は広場に並びたてられ、見せしめの処刑という残酷な運命が公開された。  実権を握ったのは時の大臣であり、王の病没を機会として一気に王国を掌握した。  大臣の傍らには偉大なる王国の守り神。幻想の大陸全てを見渡しても希少な、『大魔導』の称号を持つ英雄の姿がある。  片腕が銀色の鋼鉄で輝くその英雄騎士は、機械仕掛けの竜を率いて革命の主力となった。  圧倒的兵数に英雄を加えた大臣に、王家の残党が立ち向かえる道理もなかったのだろう。  無念にも、1人残らず処刑されたとされる王族―――しかし、国民は疑問を抱いていた。  「おい、“王女様”の処刑などあったかね?」  「いや、俺は見てないが」  「どうにも、自殺しちまったという話だが?」  「おお、おいたわしや……悲しき話よのぅ――」  国民が隠れて王女様の結末を嘆いている頃。  冬の季節に、一層厚く積もった雪原を。  少年 と 少女 ――― まだ幼さの残る2人が足跡を残して行く。 < ファオオオオン…… >  王宮から木霊する、ハウリング音。  少女は時折陥落した王宮を振り返りながら……(優しいあの人を想って―――)  少年は追手を警戒して振り向きながら……(尊敬するあの人に願って―――)  手を繋ぐ2人は、思い出の丘を目指して雪原を歩いた――――・・・ __________________ Cross × Silver 章題:「冷めた空洞」 __________________ ACT 1  雪原に埋もれた広葉樹林。「ぎゅっぎゅっ」と、一歩ごとに足元が鳴る。  その洞窟は森林の奥にあるらしい。村人が目印を付けてあるので、これを辿ることで彼らは難なく到着することができた。  途中、氷結冬眠する珍しいカブトムシを木の幹に見つけて、“青い髪の侍”は「ふむふむ」と唸った。  その手からカブトムシを奪い取って、“ツンツン髪の拳闘家”が「あんぐり」と自分の口に放り込もうとしたが、「腹を壊すぞ……」と止められた。  目的地の洞窟前。内側へと吹き込む風で、入り口はひどく冷えた。  洞窟の中は暗い。湿った岩肌を撫でながら歩く2人。  青い髪の侍。その名は【青龍】という。  ツンツン髪の拳闘家。その名は【白虎】である。  彼らは現在地と打って変わって近代的な、日本の東京から海を渡ってきた。  目的はビジネスであり、なんとも単純明快な“怪物退治”。こんな依頼、都心ではまずありえないだろう――むしろ、現実的に有り得ない。  ところが、この2人にとっては“こういった案件”が主な業務であり、場所さえ珍しいが、内容自体は奇異なことではないらしい。  一般の人間が「童話の世界」と眉唾に信じようともしない『幻想の大陸』。実際、これを「知る」人は事実を隠しているようだ。  その、「秘密の大地」に足を踏み入れている2人は、きっと特別な存在なのだろう。今では彼らも立派な“何でも屋さん”である……。  青龍のヘルメットに光るヘッドライト。これを頼りに洞窟を歩いていく。  村人は「洞窟は暗いが、怪物に近づけば明るいからすぐわかるだろう」と言っていた。なるほど、暗さに目が慣れていくと共に、歩くほど洞窟自体が明るくなってきた。 「ハルルル…..」  頭上にぶら下がるコウモリを威嚇している白虎を「逸れるなよ」となだめる青龍。  しかし、彼がなだめた時には既に遅く……。  予想以上に多くぶら下がっていたコウモリの群れは我先にと白虎にまとわり付いていた。 ACT 2  コウモリとの激闘から5分程経過。洞窟を進んでいた青龍のヘッドライトはその意味を失くした。  光々と2人を照らすオレンジ色。洞窟の中にポッカリと開けた空洞。その中央に佇む燃え盛るモンスター(怪物)。  丸太のように太く、岩石のようにゴツゴツとした両腕。逆間接の脚。そのふくらはぎは大きく腫れ上がっている。  トサカと両腕には轟々と盛る火炎。体長3mに迫る豪炎の怪物は侵入者を発見していきり立っている。  付近の住人から“イスータン(焼き尽くす猿人)”と呼ばれるこの化け物は、テリトリーに侵入してきた不法者を睨み付けた。  唸る獣を見て、手にした鞘から刃を引き抜く青龍。水が伝うかのように、精錬された輝きを放つ業の一振り。洞窟の主の怒りを受けて赤と黄に交互に煌めいた。 「……すまないな。君が言葉を知りえぬ以上、コレで語ることしかできん」  意思の交換ができない怪物。だからこそ、倒さねばならない怪物。  青龍はこれから斬る生命に対して、誠意と覚悟を表し―――― 「 おぉっしゃぁぁぁぁああああっ!!! 」  洞窟の岩を蹴り上げ、イスータンに猛然と飛び掛る白虎。  イスータンは両手を地面に付き立て、関節が逆向きである後ろ足を深く曲げた。  青龍は眉を下げて口をへの字にして2匹の姿を見つめている。突っかかるなら、せめて一言発するのが礼儀ではないだろうか。まぁ、相手は言葉も解さない怪物とはいえ……。 「くらえぃっ!!!」  突進と共に突き立てられた右の正拳。イスータンはそれを太い両腕でせき止めた。  鳴り響く豪快な激突音。  焼け付く拳を再び振り上げ、もう一度叩き込む白虎。  衝撃が凄まじい。体重500kgを超えるイスータンが、地面をつま先で削りながら後退した―――が、それはつまり。怪物の後ろ足に更なる力を溜めることになる。  関節を伸ばし、躍動する巨体。  振り上げられた大木の幹にも似た腕が振り下ろされた。  受け止めた白虎の両腕が軋み――膝が悲鳴を上げ――踵は土面にめり込む……。  熱気で黒い髪先を焦がしながら、白虎はとてつもない衝撃に笑顔を浮かべた。 「熱っちちぃぃぃッ!!!」  全身の毛を逆立たせんばかりに力を込めて、巨体の両腕を押し返す。がら空きとなった怪物の腹に頭から突っ込むツンツン頭。  インパクトを受けて、イスータンの全身から火の粉が弾け飛んだ。 < グゥ嗚嗚嗚嗚嗚嗚!!!!! >  灼熱の怪物は苦悶の表情の後、雄叫びを洞窟に轟かせる。  白虎は咆哮にも怯まず、怪物目がけて次の一撃を叩き込もうと構えた。  間合いの内側で拳を振りかぶる小柄な猛獣。怪物はその頭蓋に、頭突きをかます。  意識が砂嵐のように朦朧と……白虎は頭を抑えて一瞬、動きを止めた。  半歩退いて空間を作り、折りたたんだ腕を上半身ごと回転させて―――強烈に突き上げる。  イスータンの鉄球の如く重い拳が小柄な闘士に直撃。闘士の身体を勢いよく洞窟の岩壁へと吹き飛ばし、叩きつけた。  燃え上がるトサカを靡かせて佇むイスータン。  怪物は初めて人間を全力で殴り飛ばした。そして、人間の脆さを知っているイスータンはもの悲しそうに抉れた岩壁を眺めた……。 ―― 怪物の視線の先。砕けた岩石の欠片を払いながら立ち上がる白虎 ――  小柄な猛獣は口を開いて、「にぃっ」と笑った。  怪物に“その感情”があるだろうか?  とにかく、立ち上がった小柄な猛獣からイスータンは目を離さず、それに向けて咆哮のメッセージを送っていることは確かである。  ―――5年間。人々に見つかっては襲われ、人々に反撃し、人々を怖れて暮らしてきた怪物。  ある時は武器を持った複数の人間が。ある時は森に張り巡らされた危険な罠が……。  果物や魚などの食料を採りに洞窟を出るたびに、怪物に多種多様な恐怖が降りかかった。  今、怪物の視界に映る小柄な闘士。彼は、その身一つでそこに在る。 「っしゃぁああああ!!!!」  洞窟に虎の咆哮が反響して、豪快な走行音が響き渡る。  怪物の懐へと駆け戻り、跳び上がった。  白虎は、怪物の顔面目がけて連続した蹴りを空中で3度繰り出す――――  青龍は刃を鞘に収めて「決闘」を静かに見守っている。  最初こそ、太刀を振るって斬り倒そうとした。しかし、割り込めるわけが無い。  決着は間もなくつくであろう……。  言葉で礼儀を示した青龍は、一見何の配慮も無く飛び掛った白虎にこそ礼儀があったのでは――と、己の考えの甘さを思い直していた。  ――――蹴りこまれた3つの衝撃は、怪物の屈強な首をもってしても受けきれない。  意識も虚ろなイスータンの前で深く息を吐き出す小柄な猛獣。目の前で引き溜められた拳の迫力を、イスータンは理解した。  猛々しく、仰け反るほどの雄叫び。  怪物は最後の力を振り絞って、灼熱の火の粉を飛散させた。  降りかかる火の粉が拳圧で消失してゆく。  振りぬかれた渾身の拳撃がイスータンの屈強な腹部をめり込ませ、筋骨を軋ませた。  若干浮き上がるように後退した巨体は、前のめりに倒れた。  叫び声も上がらない。最後の雄叫びで全てを出し尽くしたのであろう。  倒れたイスータンに灯っていた火炎が、空気を失ったかのように「ふぅっ」と掻き消えた―――。  暗闇に包まれた空洞。 焦げ付いた洞窟の岩壁と小柄な拳士。 「………」  青龍は、尽きた怪物の炎に黙祷を捧げた。  人が恐れるものは悪――そんな風には思いたくないが、彼の「正義」は今回の怪物退治に明確なジャッジを下せていない。  割り切れない性質は、簡単には直らないものだ。 「強かった!」  白虎が誇らしげに言い放つ。 「うん……お疲れだったな」 「腹減った! 飯!」 「……そうだな。早く、村に戻ろう」 「持ってないのか!? 困った!」  一刻も早く物を喰いたいという白虎。放っといたら洞窟のコウモリでも食いかねない。  青龍は「解った、解った。ほら、走るぞ」と小柄な猛獣を宥める。  再び灯したヘッドライトの明かりを頼りに、2人は肌寒い洞窟を後にした―――。 章第: 『冷めた空洞』 ―END
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