前話<< >>次話この惑星の未来から/9
長大なるペネ・ハイウェイ。空は晴れ渡っている。 ジャスティア西部の荒野、陽炎が揺れる遠景。 (打ち捨てられた故郷の地を、彼らは忌み嫌った。彼らは詠う、“悪魔が平和を見だした!”と――) 上空を飛行する回転翼機“チャチャック”。 軍が保有する輸送ヘリの側面。そこには左右で表裏となるCOINの絵柄がペイントされている。 (“密林の奥に隠した”――まるで見知らぬ土地であるかのような言い草だが、彼らはそここそが故郷だと知っている) 輸送ヘリの中には操縦する2人。他には40名近くは押し込める機内に、輸送される乗員がたったの1人。 (人が目色を変えて探る黄金。それも結構――しかし、所詮金で集められるチャチな見返り。失われた英知こそ私の好奇心に相応しい) エクストラ・シートにゆったりと腰掛けるその人は、薔薇の花を手元でクルクルと回している。 (悪魔か神か、これほど他者の言い分が無価値なものもない。個人で見定められぬ程度の先人さん――君たちがいくら血眼に惨憺しても、その背姿は空疎で愚かだ。私は軽々しく君たちを忘れて、神を定めるよ) 足元には群青色の風船が1つ。飼い主に寄り添う忠犬のように、それは大人しい。 「まもなく着陸いたします」 操縦士がフライトの終着を告げた。彼の言葉は気を張り詰めたもので、著しい緊張がよく解かる。 緊張した視線の先にはシルクハットを被った女の姿。燕尾服は帽子とお揃いの色。薔薇と同じ色。 ステージで見る奇術師を彷彿とさせる服装。その人自身と合わせて見ることで“ませた”印象を他者に与える。 「―――」 女はニコリと頬を緩めた。 手元の薔薇をスラリ、指先から解き放つ。 落下した薔薇は女の足元に仕える群青の風船へと突き刺さり、破裂させた。 風船の破裂。同時に薔薇の花弁は砕け散り、輸送機に敷かれたカーペットは僅かに弾ける。 眼下は荒野とイモ畑。 次第に近づいてくる、寂れたモーテルの屋根――――。 ++++++++++++++++++++++ From:四聖獣 Story:この惑星の未来から 【Title:永劫黄金世界/ステイシス・プリズン 4】 ++++++++++++++++++++++ SCENE/1 ACT―1 “ゴウンッ!! スババババババババ――” ――と、立て続けにけたたましい音。 寂れたモーテルの一室。部屋の隅で目を瞑っていた『青龍』は覚醒し、何事かと窓へ駆け寄った。 窓からは早朝の日差しが射し込んでおり、眩しさを和らげるため、目元に手をかざす。 細めた瞳で確認すると……朝の日差しを逆光として、前部後部にローターを備えた一機のヘリコプターが唸っている光景。距離はあるようだが、それはモーテル裏の管理人宅の影へと沈んでいった。 「……何事だ?」 警戒し、意識中にある刀の存在感を強める青龍。 「んもぅ、なんなの? すごいうるさいっ!」 もそもそと動くシーツの中から刺々しい非難声明が発せられた。 「よく解らないが、ヘリコプターが来たらしい。しかし、この焦げた香りは――?」 ヘリの騒音は気になる。しかし、それより青龍は微かに鼻を突く異臭を気にした。 「――なんか、お腹空いた」 シーツからひょこっと顔を出す『サナ』。彼女の腹は異臭を香ばしい匂いだと感じたらしい。 「そう言えば、ここでの宿泊は朝食付きなのか?」 「わかんない」 青龍も空腹感を覚えている。昨日はまともな食事もせず、夜も結局、何も食べずに寝てしまったからだ。 二人が飯の事に意識を向けている内に、ヘリコプターのやかましい騒音は「キュンキュンキュン――」と小さくなって、次第に停止した。 ――“コン・コン”。 扉がノックされる。室内に少しの緊張が張った。 青龍が注意深く扉の前に立つと、外からひょうげた声が聞こえてくる。 「お早う、いるかね? 僕だよ、ティヴィだよ」 『ティヴィ』。あの口が耳元まで広がっていて眼球が野球のボールみたいな顔面の男が、どうやら扉の先にあるようだ。 「……何の用だ?」 「迎えに来たんだよ。僕たちと一緒に来てくれるよね? ちなみに今、ここにロキはいないんだけどね」 ティヴィは早速に確かめてきた。“僕達と共に来るのか”、それとも“ここで僕達をなぎ倒して逃亡を継続するのか”――。 扉の先には嘘みたいな顔のティヴィと、破れた『ラバースーツの人』。片方は言葉を発していないが、扉越しにも十分に、これみよがしな気配を察知できた。 青龍は困った表情で後ろを振り向く。彼はあくまで護衛しているだけで、逃げるか進むかは依頼者が決めること。 青龍は即答できなかった。何故なら昨晩ごちゃごちゃ話した際に、肝心な「では、どうするのか?」という返答を受け取らずに終わらせたからである。結論を曖昧にしてグースカ眠りこけた様は間抜け以外の何者でもない。 厳しい言い方だが。今こうして不安気に振り返り、困った表情で何も言えない姿を晒しているからには仕方が無い。「行くぞ、サナ!」とでも男らしく、高らかなエスコートを決めれば良いが……できない。 だからこそ。サナは自分から答えてみせる。 「青龍――私、大丈夫」 長い髪を手櫛で整えながら、元気良くベッドから飛び降りるサナ。 「細かいこと考えるって嫌い。だから、あいつらとか遺跡とかロキさんとか考えないの。ただ、あなたを信じて進むよ」 照れくさそうな少女、サナ。これを聞いた青龍は至極通常運転で「そうか、解かった!」と答えた。 快活に答えたのは嬉しいからだろうが、そうじゃない。サナはジトっとした視線で彼を見ている。 「――どしたい? 何が解かったんだい?」 扉の先。ティヴィがカクカクと首を揺らしている。 「……そちらの提案に乗ると決めた」 (‥‥‥。) 「だろうねぇ、よかったよかった。君に斬られると熱くて痛いからね、僕はとても歓迎するよ」 「提案には乗るが、完全に信じきるわけではない。妙な動きはするなよ……」 重い口調で釘を刺す青龍。 ゆっくりと開く扉の先。「もちろんさぁ!」と、激しく前後に揺れながら歓喜するティヴィ。その隣に、仁王立ちで仏頂面なラバースーツの人。 緊張がほぐれ切らない対面となったのだが、「朝食があるってさ!」というティヴィの発言でその他三人の表情が緩んだ。サナの身繕いを待った後、四人はモーテルの管理人宅へと向かうことにした。 管理人自宅から漂う垂涎の香り。管理人自慢のイモ料理が奏でる味のハーモニーが聞こえてくるようである。 しかし、漂う香ばしい匂いは果たしてそれだけだろうか? 何か、料理とは無関係な香りがあるような……。 空腹な青龍にとって。それはあまりに些細な引っ掛かりに過ぎない―――。 ACT-2 モーテル裏のイモ畑。これの端から眺めれば、地平線までイモの畑が続いて見えるほどに広い。 機械化された農業によって可能となった大規模農地。緑色逞しいイモの畑に、不自然な円形。焼けた葉の臭いが立ち込める円形からは灰煙が立ち上り、コンガリと地肌が焦げている。 禿げ上がった円形の中央には、軍用の大型ヘリコプター。 ジャスティア先住民族に敬意を表する機体の両側には、左右で対となる“表裏の金貨”がペイントされている。 円形地の焦げた地を歩く、しなびたスーツ姿。 その男はネクタイの根元を引き締めながら、「面倒極まりない」という表情を俯くことで隠している。 ヘリの傍までくるとさすがに顔を上げ、繕った平常顔で背筋を伸ばした。両手の先をピッとズボンの線に当てて、待つ。輸送ヘリのタンデムローターは静寂を維持している。 後部のハッチが開き始めた。クジラの口が“ガバア”と開くような光景。 ハッチが完全に開くと、今度は平たいベロのように、鉄板のタラップが突き出てきた。 コツ、コツ、と打ち鳴らされる靴底。のんびりと、優雅な歩行音。 機内の影から徐々に姿を現したのは、派手な赤系統で服装を統一した女。シルクハットを白のグローブで軽く押さえて、余裕のある口元を見せている。 「多忙の中ご足労いただいたことを感謝いたします、監視委員長」 くたびれた中年ロキが胸元に手を当てながら丁寧なお辞儀をしてみせる。 丁重な出迎えの相手である女は小柄で、口元しか見えない表情もどこか若い――いや、幼い。 奇術師のような格好が“ませて”見える女は帽子を傾け、片側の目でロキをじっと見据えた。 「――硬いよー。ロキくん、いっつも真面目なんだからー」 間延びした口調。女は笑顔だが、部下を労うにしてはニヤけすぎていて……むしろ小馬鹿にしているように感じられる。 実際、小馬鹿にしているのかもしれない。 「・・・上司を敬う心を常日頃持てば、自然と態度も畏まってしまいますよ」 ロキは表情を変えずに、目線下の女を敬ってみせた。――が、そこには「硬くしてないと機嫌悪くするくせに」という僅かばかりの反抗が込もっている。 女は含みを察してか知らずか。小さく背伸びをして 「畏敬ならいいけど、畏怖だと言うなら心外だなー。これでもON/OFFの切り替えは得意なんだ♪」 と、舐めるような距離でロキに呟いた。 「――失礼いたしました。誤解を招くような表現を謝罪したい」 「ンンン♪、結構!! そういうロキくんがお気に入りだよ」 気持ち仰け反りながら言葉を練り出すロキ。それを両眼で愉しそうに眺める女。 息のかかる距離での発言。この時女は背伸びを必要としていなかった。 イモ畑の焦げた円形広場。 客室とは反対側にある管理人宅からはこれが難なく視認できる。 ヘリの騒音もそうだが……直前の“爆発したかのような轟音”を、管理人はハッキリと聞いていた。 イモ畑の禿げ地に降り立ったヘリコプター。その傍で会話をしている二人。 モーテル管理人のガントレット・モーガンは黙っていなかった。一路猛然と管理人宅を飛び出し、焼け焦げたイモ畑へ駆ける。 朝食の配膳も途中にして怒り心頭な老年の管理人。彼はガサガサとイモの葉を掻き分けて、禿げ上がった円形に躍り出た。 「まぁたか、お前ぇ! 今度なんかしよったらほっぽり出す言うたんに!!」 鼻息荒いモーガンは宿泊客であるロキと、見知らぬ“少女”に対して声を荒げている――― 「 ――― 誰、あなた? 」 ゆっくりと動く、女の首。 口元は笑っている。目元も笑っている。実に友好的な表情だ。 しかし、モーガンは立ち止まる。荒ぶっていた口も停止した。これは彼の深層から湧き上がる警戒の感情がブレーキを踏ませたからに違いない。背筋に覚えるのは、なめくじの軍勢が這い上がるかのような、粘度の高い不気味な錯覚。 息を飲み込んだ。女の――まだ幼いと思われる少女の笑顔。 妻があり、子を持ち、孫もある。半世紀以上の人生を歩んだモーガンが、しかし、少女の笑顔に微塵の愛らしさも感じ取れない。余裕を持つことができない。 女の表情は満面の笑みとなり、白のグローブに包まれた手先に輪を作る。彼女はそれを口元に重ねた。 「OK」のハンドサインに酷似した輪には、薄らと透明な幕が張られている。 「――っ、申し訳ない、モーガンさん! 緊急のため、即席のヘリポートを作らせてもらったのですが……事前に許可を取ることすらできず、大変失礼いたしました。ここは最大限の誠意で応じる所存です。どうかご容赦頂きたい――」 ロキが緊迫の場に割入る。彼は営業スマイルでつらつらと口上を述べ上げた。 モーガンは「お、おう」と戸惑い、女は手元の輪を崩す。 「監視委員長。イモ畑の損失を経費でまかなって構いませんね?」 「――構いません、あなたの過失でもありませんし」 女は相変わらずニコニコとしている。 「寛大な対応に感謝しますよ」 「ええ、任せます。では――私は機内で待機させてもらいましょう。次のフライトは賑やかであることを願うばかりです……乗客はせめて6人はいないと、盛り上がらないでしょうねぇ」 やけに丁寧な所作と言動。女は指示を与えると、あっさり機内に戻っていった。 心なしか、歩行の様もキリキリとスマートなものに思える。 女を横目に見送りながら、ロキは真っ先に生々しい金額の話題をモーガンへと振った。 今起きた出来事を、早々に相手の意識から断ち切ろうとしているかのように………。 ACT-3 朝食を求めてモーテル裏の管理人宅を訪ねた青龍/サナ/ティヴィ/ラバースーツの人。しかし、何度チャイムを鳴らしても一向に反応なく、「どうしたのか」と顔を見合わせた。同一の目的を持つ彼らは共通の問題に対する同調をみせているのだろう。 そこに、管理人、ガントレット・モーガンがロキを伴って戻ってきた。 イモ畑の被害については話がついたらしい。モーガンは特に怒った様子なく、また、先ほどの女に対する不信感も薄らいでいるようだ。 ロキはその場にいる青龍とサナを確認して、安堵と共に胸を撫で下ろす。 「青山さん、よかった。ご協力いただけるのですね」 「……サナに何かあれば、剣閃がその身を奔ることになる。肝に銘じてくれ」 「はい、しっかりと。我々にこれ以上争う理由はありませんけどね、青山さん」 「――すまん、ちょっと気になっていたのだが……」 「なんでしょうか」 「その――“青山さん”というのは少し違和感がある。あなたの方が年上なわけだし、敵対しないのなら何と呼ばれても俺は気にしない。……というか、本名を繰り返されると異名の意味が無い気が……」 「はぁ、そういうものでしょうか」 「申し訳ないが、青龍、と呼んでもらえるとありがたい。それにもう、あまり畏まらなくても……その、細かいことですみません」 「――うん、了解。それじゃ遠慮なく呼ばせてもらおう。よろしく、青龍」 遠慮がちにしている青年を前にして、思わず顔が緩む。ロキは右の手を差し出した。 これに答えて青龍も右手を出し、ガッシと握った。 「……すみません、生意気になってしまった」 「うん? ――ああ、いや。協力を頼んだのはこちらだ。しかしこうしてみると礼儀正しいね、君は」 礼儀正しいというより気が弱いだけな気もするが。会釈を交えた青龍の握手は、これもロキの心を和ませた。 ++++++++++++++++++++++ モーガン宅での食事は中々に豪華であった。 バイキング形式のちょっとしたパーティのようで、管理人が乱暴な客人達をそれほど邪険に思っていないことが露骨になっている。ただ、メニューは若干イモに固執しすぎている感は否めない。 青龍は並ぶイモ料理の数々に面食らったものの。どれも広大なジャスティアの荒野に相応しく、ざっくりとしたそれでいて個性豊かな味わいであり、堪能することができた。……常に睨まれていたのであまり落ち着かなかったようだが。 サナはあまりヘルシーではない料理に対して隠しきれない不満な表情をした。しかし空腹は最大の調味料で、結局はパクパクと食べてしまったらしい。 ロキも旺盛に食べようとしたのだが、慢性的な消化器官の不調によって腹五分程度でフォークを置いた。 ティヴィはターキーを貪りはしたものの、残念ながらそれ以外血肉の面影もないラインナップに少し落ち込むことになる。こっそりと小さな分身に探らせて、屋敷の蝋燭というロウソクを食い尽くしたのは内緒だ。 破れたラバースーツの人はほどほどに料理を食した後――否、食いながらも青龍を睨んでいたようだ。昨晩から、どうにも強い“執念”が感じられる。 若い者が集って食事をする光景を、皿の始末をしながら見ていたモーガン。年老いたこの管理人はこれにとても満足したようで。腕を奮った甲斐を得ることができたらしい。 食事を終えて五人の客人がチェックアウトする際、不貞腐れた表情ながらも名残惜しいと内心思っていた。 去り行く客人達が手を振っている。モーガンもこれに軽く手を上げることで答えた。 ・・・そもそも。都市にある自宅に住めていれば、このくらいで感慨にふけることもなかっただろう。だいたい、客室の扉を打ち破られイモ畑を円形に禿げ上がらされて――名残惜しいと思う要素の方が少ないというのに……。 五人は管理人宅裏のイモ畑へと向かった。眼前に広がるのは、朝日を浴びるイモの葉が延々と続く情景……のはずなのだが。 不自然なことに。そこには焼けた地肌が円形に露出している。 「ロキ、これは――?」 明らかに異常な状況。青龍は屈んで、焦げた地肌の灰を摘んだ。 「これはね・・・ヘリポート。うん、ヘリポートだね」 ロキは何か、自分自身を誤魔化すかのように繰り返す。 確かに――ロキの見解は正しいと言える。一機の軍用ヘリが円形の中央に待機している光景がこれの証明となるだろう。 開かれたままのハッチ。伸びたままのタラップ。 クジラか、はたまた巨大なトカゲか。ともかくデカ物が口を開いているようなヘリコプターの姿。 「これに乗るの!? サナはね、ヘリコプターって初めてだよ!」 妙に浮かれるサナ。青龍の杞憂など微塵も察してはいない。 「ほう、そうかい――かく言ゥ僕も初めてでネ!」 腰をグン!と45°曲げ、馴れ馴れしくサナに同調する嘘みたいな頭部。 「いや! あっちいって!」と、瞬発力のある拒否権をサナが行使した。 「Oh… チームなのに――」と、ティヴィは大変に落胆した様子。 ―― ヘリを前にそれぞれ、異なるリアクションをとる最中 ―― コツ、コツ――と靴底を打ち鳴らしながら。その女はのんびりとした調子でタラップを降りてくる。 朝日の元へと歩み出た【奇術師のような服装のませた少女】は、初対面となる青龍とサナに向かって、帽子を脱いでお辞儀をする。 「 どうも初めまして。私、【プロヴォア】と申します。 以後、お見知りおきを―― ネ! 大事な大事な、鍵のお嬢様♪ 」 日差しを逆光にして挨拶をする『プロヴォア』。 影になっているはずのその表情。 しかし青龍は、そこに浮かぶニヤけた笑みを感じ取っていた。 本能のフラッシュバック。 思い出されたのは、電話口で聞いた相棒のアドバイス……。 早朝のイモ畑に再びヘリの騒音が鳴り響く。 飛び立つ機体は、一路。件の【遺跡】へと進路を取ることになる――――。 永劫黄金世界/4 From ――『 この惑星の未来から 』―― $四聖獣$