この惑星の未来から/10

SCENE/1 ACT―1  ジャスティアを貫くペネ・ハイウェイ。これを沿って道なりに行けば『サンディゴ』へと入国することになる。  本来、この両国間はそうそう容易く行き交うことはできない。ハイウェイには検問が設置されていて、基本的に「ちょっとお買いものに」などの安易な理由は通らず、よほどのことですら拒否される可能性が高い。空路を用いても許可を得なければ空域侵犯となり、危うく国家間の問題に発展しかねない。特にサンディゴからジャスティアへの入国に関して審査が厳しい傾向がみられる。  過去に子供の延命のために高度な医療を求めた夫婦がジャスティア入国を希望した例があるが、それは結局叶わなかった。この一件に関してはジャスティア国内でも激しいバッシング騒動となったのだが、それは稀有な例。  どうしてこのような問題が生ずるのか。それは「サンディゴ」、引いては南正大陸そのものについて“安全性が疑問視されている”からであり、これまでも様々な手段で不法入国を試みた者が後を絶たないからである。  近年地下に発見された秘密の通路は、密売人達の交易路として機能していたらしい。  つまり、前述した悲劇などは軽率な先人が遺した負のイメージによるとばっちりとも言える。  ――危険で、しかし“神聖”な南正大陸。  その入口とも言える『サンディゴ』に、過去、大いに栄えた文明があった。  彼らは三神の信仰を元に結束し、高地にて心地よい生活を営んでいた。  しかし何を考えたか。彼らはその心地よい生活を放棄し、何処かに消えて歴史の系譜から姿を隠したのである。  それから長い年月が経ち――再び彼らは地上の舞台に舞い戻る。  新たに文明都市を再築した彼らだが、あの心地よい日々は忘れてしまったのだろうか?  農耕と平穏を愛したその民族は、夥しい血肉と絶叫を求める、髑髏に塗れた凄惨なる儀式を繰り広げるようになってしまった。  二神を崇拝してひたすらに祈り続ける彼ら、【チチェルの民】。  何がチチェルを変えたのだろう? そして、彼らを導いて“地下へと消えた”とされる、もう一人の神は何処に行ってしまったのか?  ……そのことを追求するには、あまりに時間の暗幕が厚すぎる。  伝承にある『黄金に満ちた世界』を求め、目を$マークに変えて密林を探索する者は多くあったが。今をもっても誰一人。この歴史のベールを剥いだ者は存在しないのである―――。 ++++++++++++++++++++++ From:四聖獣 Story:この惑星の未来から 【Title:永劫黄金世界/ステイシス・プリズン 5】 ++++++++++++++++++++++ SCENE/1 ACT―2  晴れ渡る大地。南北に広大なジャスティア大陸の上空を飛ぶ軍用輸送ヘリ。黒気の強い装甲が熱い日差しを照り返している。  カラッと爽快だが、人にとっては水分乏しく喉がイガイガと苦しい気候。地上にある人達より300mほど太陽に近いヘリの機内では、尚更にイガイガとくる。  離陸前。気候を考慮した『ロキ』が気を利かせ、客人二人に水の入ったペットボトルを渡していた。  当たり前のように国境を越えて行く“両側に表裏の金貨”を持つヘリの中。操縦士の二名を除けば、乗員六名がここにあって輸送されている。  内四名はヘリを所有する“企業”の社員なので利用して当然だろう。しかし、その他の二人――青い頭髪の青年と、少し大人っぽい少女は部外者。彼らは企業の客人、協力者としてここに合流していた。  輸送ヘリの機内。通勤電車の車内のように、通路を挟んでシートが平行に配置されている。細かなものを除けば案外と殺風景なものだ。  もっとも、ここは通勤電車ではない。垂直立ってガタゴト揺られるわけにもいかないので、全員シートに腰を下ろして二点式のベルトを締めていた。  乗員達は左右のシートに3・3で別れて座っている。  配置としては、ハッチからコックピットまでを真っ直ぐに見て、右側に『ロキ/青龍/サナ』と並んでおり、対面には『ラバースーツの人/ティヴィ/“プロヴォア”』が大人しく、しかし内二名はニヤけた様子でシートに座している。  ヘリコプターというものは大変にやかましい。バタバタバタバタ……これが頭上を通過する際はたまったものではないだろう。ところが、その機内は意外とうるさくない。内装に吸音材を仕込むことでローター及びエンジン等の騒音を緩和しているのである。  もっとも、それは機体のグレード、運用目的によって程度が異なる。軍用機の場合はどちらかというと「中の人への配慮<収容数」という効率思考の元、軽量化も兼ねて吸音材を少なくする場合が多い。  先ほどサンディゴの空へと入国を果たした輸送ヘリもまた、軍用機に違いないのだが……組織の意向か、それとも個人的な趣向からか。吸音材は贅沢なほどに使われており、材質も最先端に、お家芸の魔導技術を用いた特別製となっている。  だからといって静寂とまではいかない。精々がバスの車内くらいのものだろうが、そのくらいならば隣人との会話も容易い。それは声量小さめな『青龍』が隣に座っているロキへと言葉を振ることが可能なほど。 「……ロキ、ちょっといいかな」 「ん、なんだい?」  申し訳なさそうに、何かに怯えるようなオドオドとした青年の声。対してロキは安らかな表情をしている。彼の五臓六腑に害悪なストレス要素の一つが解消されたからであろう。 「その……“彼女”のことなんだが……」  青龍は伏し目がちに会話を進めた。  彼の言う“彼女”とはすなわち『ラバースーツの人』であり、斜向かいにあるその人が気になって仕方がない。何故か? ――それは彼女に“常時睨みつけられている”からである。  昨晩のモーテル内でもそうだし、今朝のバイキングでもそう。今現在に至っても、彼女は何故か着用し続けているライダーゴーグルの裏から、尖った視線を突き刺し続けていた。  彼女はヘリの離陸前に替えのラバースーツを受け取り、こっそりと着替えたようだ。そのスーツはボロではなくなっている。 「“彼”がどうしたって?」  ロキが少し口を曲げて苦い表情をみせる。自分勝手な出動に、身勝手な扉破壊――その次は何だ!? と、制御の利かない部下への心労が胃に悪い。  青龍は疑問符を浮かべる。ロキの返答に違和感を覚えたからだ。 「――彼? 男性なのか?」 「ん?」 「いや、その……掴んだらあったから――、すっかり女性だと……あれは胸筋か」  丸一日近く経過して尚もいやしく手に残る感触。青龍は恥ずかしさと己の不埒さを憎み、青い頭髪を掻いた。  もぞもぞと落ち着かない青年を前にしたロキは「なんのことだ」と思ったが、すぐに思い当たり、言い直す。 「ああ、ごめん。確かに“彼女”は女性さ」 「え……あれ、さっき彼って……」 「そうなんだけどね。職務中は女性として扱うと怒るんだよ。だから、“彼”って呼ぶのが癖になっちゃって」 「……?」  ロキの説明は端的で、青龍はいまいち理解できない。むしろ、男扱いされると怒る気の強い女性になら心当たりがあるのだが……。 「僕も彼女の心情に納得できてはいないのだけど――曰くね。女性だからと手を抜かれたり、女性だからと雑念を持たれることが嫌いなんだと。拳を合わせる時は全力を持って互いに打ち合い、判然たる決着を得ることを望んでいるらしい」 「……根っからの武人だな」  青龍は昨日の対峙を思い起こす。――わざわざ車内に飛び乗り、サナを人質にするなどの姑息な手段は微塵も見せず、実直に拳を向けていた――そこには確かに、「正々堂々たる決闘」の意志があったなぁ、と振り返った。 「だからって同僚にまで強要するかね、普通。僕らと戦うわけでもあるまいし。僕なんかはカラテもケンポーもできない平和主義者だからね、理解できないよ、まったく」  両手の平を見せながら、肩をすくめて首を振るロキ。彼にとっては価値観の違うこだわりであり、共感のしようもないものだろう。だが、一応は武の志を持つ青龍にとっては近しい価値観と言える。  “女”ということを利用する『武』もあろうが、“女”を捨てる『武』もまたある。  ――効率を重視して欺瞞の類すら躊躇しないか、戦いに尊厳を求めて姑息を嫌うか。  性別の違いはあれど、戦いを単なる手段ではなく、そこに意味を見出そうとする“彼女”に対し。青龍は共感に似た感情を抱くことができた。  ……しかし、そうなると余計に訳が解らない。今の話からすると、胸をどうした、女を投げた――などの負い目は思うだけかえって彼女に失礼なものだろう。彼女の価値観からして、これらは“怒り”の原因になりえない。  じゃぁ、ずっと睨まれる理由はなんだ。何が彼女を怒らせているのだろうか? ソレが解らない。  正々堂々と戦い、一応は決着をつけたはず……もしかして、場外負けのような結果を半端だと感じて、そのことが不満なのだろうか。 「それで、“彼”がどうかした?」 「…………いや、なんでもないんだ。うん……」  ――結局、青龍の疑問は解決されなかった。ロキの口ぶりからして、どうやら彼も把握してないことだと察せられた。  それならロキ経由で「何をそんなに睨むのか」を聞いてもらえばいいのだが、「面倒をかけては悪いな……」と、無闇矢鱈に気遣って言い出せない。  変わらずラバースーツの人は一見して正面を向いたまま、しかし視線だけは斜向かいに突き刺している。  落ち着かない青龍は、頻繁に水を飲むことで手持ち無沙汰を誤魔化した。  青龍の隣、ロキの反対側。  そこに座る『サナ』は対面の“女”を観察している。興味からではない。警戒しているからである。 /  ―― ヘリの離陸前。出会い頭に「鍵のお嬢様♪」と言い放った女は自分を『プロヴォア』と名乗った。  プロヴォアは見るからに派手で、舞台に立つ奇術師を連想させる姿。しかし顔立ちと身長からして、“少女”にしてはませた格好に思える。  派手な少女は薔薇の花を一輪、どこからともなく取り出してサナへと差し向ける。 『受け取って。ご褒美だからー』  軽々しく、馴れ馴れしい。初対面の人に対して、あまりにも無防備な振る舞い。 『ご褒美?』 『そうよ。今まで“生きていた”ご褒美♪』  いきなり――カチン、ときた。 『いらない』 『あら、どうしてかなー?』 『サナが生きていることは特別なの? サナだけ特別じゃないよ』  生き別れた家族と再会して「よくぞ生きていた!」と抱き合う行為は美しい。だが、身も知らぬ赤の他人が当人を前にして「わぁ、生きてたんだー、すごいねー」などと開口一番に褒め称えることは美しいだろうか。 サナは美しくないと思った。 『何を言ってるの? 特別よぉ~』  そう言いながらズケズケと近寄り、まるで親友との再会を祝福するかのようにハグをかますプロヴォア。 『わ、ちょ、ちょっと!?』  サナは抱き寄せられたことに狼狽えた。  しなやかに長いサナの髪を撫で上げる、白い手袋。 『だって、あなただけだもの。お父さんもお母さんも、その他多数も死んだのに――ネ♪』 『―――』  プロヴォアは何一つ悪気の無い表情で、くったくのない笑顔を満面に浮かべて心の底から祝福している。  サナは目を見開いた。耳元で囁かれた“賞賛の言葉”が酷く背筋を凍えさせていた。 『ほら、受け取ってー。あなたに会えて私は幸せなんだから♪』  包容を解いた少女がサナの谷間に薔薇の一輪を優しく差し込む。  薔薇の刺が――褐色の柔肌を微かに傷つけた。 『――っ、うるさい!!』  サナは薔薇を掴んで投げ捨てると、嘘くさい女を突き飛ばす……つもりだったのだが。すでにプロヴォアは一歩下がって距離を置いていた。 『ワっ、大きな声ねー。ビックリぃ♪』 『!! 避けるな、コイツめ!』 『……さ、サナ!?』  首を傾げて微笑むプロヴォアへと、さらに飛びかかろうとするサナ。そこに異変を感じた青龍が割入った。  同じくロキも、慌ててプロヴォアの前に立ち塞がる。それは彼女を護るというよりは、サナを護る立ち位置。  ロキの『ささ、急ぎましょう。皆さん乗り込んでください!』という強引にもひきつった誘導によって、その場はあやふやにされた。  サナは青龍に『あの女嫌い!』と訴えたのだが、先ほどのやり取りを聞いていなかった青龍としては何とも言えない。理由を聞いても『サナが生きてたことを褒めてきたの!』では困ってしまって『え、ああ……ん?』。  龍の護衛さんは、とにかく宥めることしかできずにいた――・・・。 /  離陸前の出来事が尾を引いている。  だから、サナは対面の少女を訝しげに観察――否、監視しているのである。  それを知ってか。プロヴォアはニコニコと、朗らかな笑顔で熱い視線に答えていた。時折手を振ることによってサナのフラストレーションは加速していく。  一見朗らかなようで、実は殺伐とした左隣――。  一見冷め切っているようで、実は執拗な右隣――。  左右を対照的な表情の女性に挟まれている、嘘みたいな顔の『ティヴィ』。  彼はカラカラの気候に参っているのか、ぐったりとした様子で目を瞑っている―――・・・。 $四 聖 獣$ ++++++++++++++++++++++  ――音がない。何の生活音も響かない。停滞した空気はあの日のままに新鮮。  煌々と黄金に輝く世界。限られた偽装の空を、そのちっぽけな“小鳥”は一人ぼっちで飛び回っていた。  もう見飽きただろうに。その小鳥は、代わり映えのない停滞した時の空をパタパタと泳いでいるのだ。  無音でありながら荘厳な世界。そこに彩りを与える鳥の囀り。  彼が歌を囀り始めたのだ。無意味ではない。彼の任務、責務である。過去に課された任を忘れず、粛々として律儀にこなしているだけなのである。  ピーピー、ピョロヒー♪  他にない彼だけの鳴き声が虚しく響き渡る。  周囲を囲う岩壁に反響して、木霊が帰ってくるばかり。あまりに虚無な反応だが、小鳥は変わらず歌い続けた。  何百年の歌声であろうか。彼にその自覚はあるのだろうか。彼は課せられた仕事を忘れず、今も続けている。  飛び回っては適当な廃墟に降りて毛づくろい。小癪に身体を被っているウロコの掃除が難しい。  黄金に燃え盛る翼を綺麗にし終えたならば。  律儀で輝いている、そのちっぽけな小鳥。  彼は再び偽装の空へと飛び立って、無音の虚しい世界に彩りを与えるのである―――・・・ ++++++++++++++++++++++ SCENE/2 ACT-1  『サンディゴ』――陽気なダンスで知られるこの国を代表する植物と言えば“サボテン(覇王樹)”だろう。  荒野に佇む覇王の樹は、その身にビッシリと生やした針によって身動き一つ要さずに外敵を退けている――と、ジャスティアに近いからか、そんな情景を思い浮かべる人が多い。  これは西部劇の影響もあるだろう。かつて両国の境界が乱れていた際に、ならず者のガンマン達が国境付近の荒野で銃を唸らせていた名残だ。現在は厳密な線引きによってそのような光景はほとんど見られなくなった。あったとしても、リボルバーを腰に下げて向き合い「どうした、抜かないのか?」などと牽制し合うイカした姿は無い。あるのはアサルトライフルを構え、集団をもって敵方を蜂の巣にする殺伐とした粛清のみである。  ロマンも何も無い話だが、サンディゴは何も荒野とサボテンだけの国ではない。  山岳地に沿うように広がる密林地帯――そこには今も、まだ誰にも解かれていないロマンが眠っている。  密林地帯には無数の遺跡が存在している。ここに過去、いくつかの文明が栄えた証なのだが……地元民はおろか他国にまでその名を轟かせる遺跡と言えば、【チチェルの競技場】だろう。  数多の頭蓋骨を外壁に刻み込んだこの遺跡はかつて「競技場」として使用されていたと伝わっている。競技の内容は現代で言うサッカーやラグビーに似ており、ボールを掲げられた“輪”の中に蹴り入れるというもで、的の小ささからなんともシビアな競技だと言える。  しかしこれも現代人の表現であり、実際には競技でもスポーツでもない。彼らにとっては神聖で切実な“儀式”の一つだったのである。  先ほど「ボール」と表記したが、この「ボール」とは人の頭蓋骨で作られたものであり、これを蹴り転がす競技者の足は爪折れ骨折れ皮膚は裂け……それはそれは凄惨な姿だったと考えられている。  だが、彼らはどのようになっても構わなかった。例え、競技後に歩くなけなっても良いのである。……何故か?  それは競技に勝利したものは“生贄”としてその臓腑を天へと捧げられ、次の試合において頭蓋をボールとして使用される決まりだからである。  競技者は誰もが「勝つ」と決めて参加していたので、後先を考える必要も無かった。どうせ、勝っても死ぬことに違いはない。  ――こんな血なまぐさい儀式をいくつも行っていた【チチェルの民】。まったくもって理解しがたいが、彼らには彼らの理由があったのだろう。  ひたすら捧げた生贄は、どうやら「天へと還った二人の神」を呼び戻すためだったらしい。どのような思考回路でそうなるのか知れないが、少なくとも【過去のチチェル】においてそんな痕跡は一切存在しない。  【過去のチチェル】――そう、チチェルの民は一度栄えた文明を捨てた。伝承ではその後、“地下の黄金郷[エルドラド]”へと移り住み、何故かそのエルドラドを捨てて、例の血なまぐさい儀式を執り行う文明を築いたことになっている。  穏やかなる過去都市と荘厳とされた黄金郷を捨てた彼ら。その後作られた血塗りの文明も異質なものだが……現代人を惹きつけるのは何より、「黄金」の文字だろう。  黄金郷と聞いて多くの探検者、学者、資産家が目の色を変えた。しかし結局見つからず、「過去都市の優雅な生活を“黄金”と比喩したのでは?」というのが今の通説となっている。  ところが、そうだとすれば一度姿を消したチチェルの民は何処へ隠れたのか、疑問が残ってしまう。黄金を探しきれない人の負け犬の遠吠えというのが本音だろう。  この世論を出し抜いて。『COINS』という組織は意外なところに核心を見出していた。  【ゴルドカトルの大穴(洞窟)】と呼ばれる洞窟が存在する。それはサンディゴの密林、その奥地に存在するもので……直径40m、深さは300mにも達する巨大な“縦穴”だ。  覗き込んでも到底穴の底など見えるわけもない深さ。深海の闇に匹敵する異様な暗がりは、人々を寄せ付けない恐怖を持つだろう・・・が、そこは好奇心が旺盛な人間という生き物。近年までそこはスカイダイビングのメッカとして栄えていたというのだから……呆れたものというべきか、勇敢だと称えるべきか。  しかし、それも“近年まで”である。【ある発見】を機に、ここは危険区域としてスカイダイビングはおろか、観光すらも禁止された。  名目上は“調査”であり、確かにやっていることは調査なのだが――調査をするのがサンディゴの学者とは限られていない。  実質上、ゴルドカトルの大穴を探り、管理しているのは『COINS』。それも何故か代表者は「ゾノアン」という、サンディゴとは何ら関係のないジャスティア都市の監視委員長様。  監視委員長は若い女性ながらに大役を兼任する誠に立派な方で――  一部では。目的はおろか、“身長すら”定まらない女性管理者の方針に対して……疑問の声があがっているらしい。彼女の“奇術師のような派手な格好”も研究者には相応しくない。とくに魔導ではなく科学畑の人間からすれば、不真面目とすら受け取られるだろう。  ――さて、その“奇術師のような若い女性管理者”が久方ぶりに研究所へとご来訪である。  両側に表裏の金貨を描いた輸送ヘリが「バタバタバタ……」と慌ただしい音をたてている。  密林の中。ゴルドカトルの大穴に近い場所に唐突な様で存在する研究施設。巧妙にカモフラージュされたその施設と飛行場を衛生写真から確認することは非常に困難。「ある」と知っていればどうにか解かる程度。  「キュンキュン――」と、輸送ヘリの前後二つのローターが停止していく。  まだ停止しきらない内にハッチは開かれ、鋼鉄のタラップがニョキリと突き出た。  中から、奇術師のような女を筆頭とした六人の男女。一度補給を挟んだとは言え、ほぼ座りっぱなしだったので立ち上がるのに苦労したことだろう。とくにスーツの男性は辛かったようだ。  機内は開け放たれた窓と設置された扇風機によってそれなりに涼しかった。高度のせいもあるだろう。  ――それが楽園にも思えるほど、外は灼熱。  滑走路のアスファルトはチリチリと熱されており、日陰であろうが関係なく異様な湿度が襲いかかる。風もほとんどなく、汗がベタつく気候……これがサンディゴの密林なのである。機内から一歩出れば熱気で意識が揺らぐこと確実。  そんな気候を気にも止めず。奇術師のような少女はご機嫌に振り返り、両手を広げて客人の二人に輝く笑顔を振り撒いた。 「さっそく今日、鍵で開けるよー。どうせすぐ近くだからね~♪」 「―――」 「………」  少女、『サナ』は顔を合わせようともせず、不機嫌に黙りを決め込んでいる。  青年、『青龍』は熱気と“ヘリコプター酔い”によってそれどころではない。  返事も聞かず、奇術師のような女は研究施設へと歩き始めた。ほとんどスキップに近い軽やかな足取り。部下である『ラバースーツの人』と『ティヴィ』もこれに続く。 「大丈夫、青龍?」 「……うん」  顔色の悪い青龍を気遣うサナ。昨晩の熱がぶり返したのかもしれない。 「ほら、水だ。これで三本目……トイレ行った方がいいんじゃない?」  そう言いながら、『ロキ』はペットボトルを青龍に手渡した。 「トイレ! ……どこ……ですか?」 「ええとね。正面入口から施設に入って――あれ、どっちだったかな? まぁ、入って係りに聞いた方が早いや」  はにかみながら、小憎らしく親指で施設を指し示すロキ。彼もしばらくなのだから、忘れてしまっていても仕方が無い。  青龍は「すまん、ありがとう」とだけ述べると、早々に滑走路を駆けた。  パタパタと鳴る草履の足音。焼けるアスファルトから登る陽炎で、青い後ろ姿が揺れている。  サナは周囲を見渡していた。  不思議な光景。少し歩けば360°、密林に突き当たる場所。なのに、そこには滑走路と近代的な――まるで美術館のような建造物がポツンとある。 「―――」 「どうした、サナさん? そこに立っていると熱気で具合が悪くなってしまうよ」  ぼうっとしているサナを促すロキ。この熱気の中、何の対策も無い服装で立ち尽くしていては熱射病になりかねない。 「――!」  サナはふと、ある方角に視線を止めた。  それは視覚からの情報ではなく、聴覚に響いた……何か、知りもしないのに知っているかのような――― 「サナさん?」 「あっ、今行くよ!」  再度の呼びかけ。ロキの二度目の呼びかけによって、サナは「ハッ」と意識を取り戻した。  思えばベタベタと汗が出始めている。服がまとわりついて気分が悪い。  シャワーや冷房を期待しながら、サナはロキの後を付いていく。 「そう言えばロキさん。ヘリコプターから見えた大っきな穴ってなんですか?」 「ああ、気になる?」 「気になる! でも何かおっかないかな?」 「ハハハ、大丈夫だよ。皆で降りるから」 「へぇ皆で――・・・うん?」  何か、不穏な単語があったような気がして……サナは言葉を止めた。 「あれ、言ってなかったっけ?」  ポリポリと後ろ髪を掻きながら、ロキがなんてことはない表情でサナを見る。 「飛び込むよ、この後。――大丈夫、皆いるから!」  グッと親指を立てる良い笑顔の中年。「皆一緒だから平気さ」と言いたいのだろうが、それ以前の問題だろう。 「聞いてない・・・」  サナは実に不満そうに呟いた―――――。 ACT-2  研究施設からゴルドカトルの大穴までの距離はおおよそ徒歩10分。一応、そこまでの経路として密林は切り開いてある。  ――とは言え何せ秘境の地。毒蛇、毒蛙、毒虫に毒草――と、毒属性のオンパレードなので油断は禁物である。  現地に着いてから告げられた「大穴への飛び込み」。“飛び込み”とは言ってもちゃんと安全(だと思われる)手段は用意してある。要は「縦穴の底に行きますよー」ということらしい。  安全な手段があるとは言え、事前にこれを聞いていなかったサナは文句ありありだ。  当然として抗議もしたのだが、プロヴォアは聞き入らずに平然と施設を後にした。  少女の自分勝手な態度に激怒するサナだが、ロキが「“鍵”である君が降りなければ意味が無い」――と説得したことで渋々承諾することに。  確かにここで拒否していたら何のためにここまで来たのか、意味も無くなってしまうのだが……。  この時。どうにか回復した青龍は言葉数少なく、頼りにならなかった。  施設から大穴まで。雑に切り開かれた獣道のような経路を行く。  プロヴォアは一人でさっさと行ってしまったが、その他五人は共に道を歩んでいた。  先導するロキは熱気と足場の悪さで膝をガクガクさせながら、しきりに「紅茶が飲みたい」と遺言のように呟いた。これを不憫に思った青龍は肩を貸し、「大丈夫か、しっかりしろ」などと励ましている。  ティヴィはサナの機嫌をとろうとしてか、やけに奇抜なデザインの蛙を捕まえて見せた。赤と紫の悍ましい色の蛙を見たサナは「凄い色!」と、興味津々。ここまでは良かったのだが……。  「そうだろう?しかも結構美味しいんだヨ!」と言いながら大きく裂けた口が毒蛙を頬張ったことで、少女の反応は一気に嫌悪へと変わった。  「やっぱりあっち行って!」と身を引くサナ。  ティヴィは寂し気に「美味しいのに・・・」と、75°ほど身体を前のめりにしている。  ラバースーツの人は集団から距離を置いて黙りと付いている。意図的ではなく、珍しい植物や小動物に気を取られていちいち立ち止まっているから遅れていた。彼女はこの場所に一度来たきりなので、見るものが新鮮なのだろう。  しかし、直径40m、深さ300mの洞窟に飛び込もうというのに……誰しも大した道具を持ち歩いていない。むしろ、手ぶらに近い。  これでどうやって降りようというのだろうか……? ++++++++++++++++++++++  ――徒歩10分というのはすんなり進んだ場合の目安。彼らのように意識散漫に歩いていれば、倍はかかってしまう。  案の定、出発から20分が経過して、ようやくに開ける密林。  狭い獣道の両脇に鬱蒼と茂っていた草木は途切れ、広がる情景には青い空と岩場。そこにポツンと咲く一輪のバラのような色合い。  ワインレッドの女は岩場に腰を下ろし、くるくると手元の薔薇を回しながら鼻歌を囀っている。 「ご苦労様です、ロキさん」  丁寧な口調で部下を労う待ち人、プロヴォア。  労われた男だが、密林の茂みからガサガサ出てきた割にくたびれたスーツ姿なので、何を考えているのか一見して解らない。生粋の探検家が見たら声を荒げそうな服装だ。 「――どうも、待たせて申し訳ありませんね、監視委員長」  半ば投げやりだが一応は敬意のある言葉。ロキの笑顔はどこか、ハードボイルドな影を帯びている。 「……ここが」 「大穴なのね!? どれどれ!」  岩が邪魔で先が見えない。これでは単に岩地でしかないので、穴を覗き込もうとサナが勢い良く駆け出す。  「だぁっ!危ない!」とロキが静止するまでもなく、岩を駆け上ったサナは急停止した。  風の流れが普通ではない。上空からは真っ暗に見えた穴の中は、間近にするといくらか中の様子を知ることができる。  それでも底は皆目見えるわけもなく、あまりにも度が過ぎる開放感がえも言えぬ恐怖を物語っていた。暗がりに何が潜んでいても不思議ではない。  「落ちたら100%助からない」それもそうだが、やはり見通せない未知の感覚が人を恐れさせるのだろう。  深さだけではなく、対岸までの距離も常軌を逸している。40m――運動会などの経験から「走ればそれほどでもない距離」と思われるかもしれない。だが、ビルにして凡そ10~12階。これを直径として大地が円形にぽっかりと抉れているのである。深さ300m、直径40mの大穴洞窟を前にしたサナは、その威容に気圧された。  同時に、彼女は穴の底から不気味な感覚を受けている。それはまるで声のような……。 「危ないわよ、気をつけてね。今飛び込まれても私、たぶん助けられないわ」  落ち着いた女性の声が横から聞こえた。  サナは声の主を「キッ」と睨みつけたのだが――何かが腑に落ちない。  脚を組んで岩場に座っている奇術師のような女。立派に長い脚と色気のある表情。  何かが違っていることにサナは戸惑っている。  青龍も岩を登って大穴を眺めた。 「凄いだろ? 僕は二回目さ!」  ティヴィが得意気に胸を張っている。 「そうか……ロキ、ここに入るのか?」 「ん――そうだよ。手段についてはこちらに考えがあるから――任せてくれ!」  岩場に腰を下ろしたロキが吸水しながら答えた。 「……ティヴィは一度、ここに入ったのか?」 「おうともさ! プロヴォアと一緒にね。楽しいよぉ!」  明らかに大きすぎる頭部を振り子のように左右に振るティヴィ。 「……その時、危険なことはなかったか?」 「危険ン?? ――あ、そうそう。毒蛇がいたら僕に言ってね。食べたげるよ」  カチカチとギザギザな葉を噛み合わせてアピールする異形。  青龍は「そ、そうか」と少し怖じ気た。  一堂が揃ったところでプロヴォアが立ち上がる。  彼女はシルクハットの傾きを直しながら語り始めた。 「さて。目的を遂行する前に……この大穴について説明をしておきましょうか。Mr.バルボア以外はこの場所に入る経験もありませんし、意味も状況も知らずに飛び込むとなれば、不安でしょうからね」  数cm足がズレれば転落してしまう岩の縁に立ち、プロヴォアはやけに丁寧な口調で語っている。 「この大穴は“ゴルドカトルの大穴”と呼ばれています。我々文明人がここを知ったのはほんの百年ほど前――ですが、この辺りの先住民達には古くから名の知れた場所だったようです。 皆さん、スカイ・フィッシュをご存知でしょうか? UMA(未確認動物)として話題にもなりましたね」  【スカイ・フィッシュ】――単に“ロッド”とも。棒状の細い体に波打つ左右のヒレを持つ生物とされ、高速で飛び回るその姿を肉眼で捉えることは不可能に近い。ビデオ映像をコマ送りにすることで偶然にも確認された。  非常にか弱い上に死亡すると何故か消滅してしまうらしく、捕獲はおろか死骸すら見当たらないというミステリアスな生き物である。 (……あの生物か!)  胸を躍らせる若者が一人。青龍は「スカイ・フィッシュ」を知っていたのである。  少し前、探索型のバラエティ番組でこれを取り扱っていたことがあり、仲間と「正体は何か」でもめた経験があった。青龍としては「存在すれば夢があって面白いな」という見解。  その生息地とされる場所が――まさかっ!? 「ま、そんな“生物”存在しないんですけど」 (・・・・・え) 「調査結果の発表としましては、カメラに映った“虫の残像”としました。そもそもですね、捕まえたら消失する生物なんて。そんな、自然体系の処理係を無視した非効率的な生き物に何の存在理由がありますか。バカバカしい」 「………。」  「バカバカしい」とまで付け加えられて青龍は萎れた。その後ろで、ラバースーツの人も地味に肩を落としている。 「サナ、虫嫌い。虫の話はどうでもいい!」  サナがすこぶる嫌そうな顔をした。虫が嫌いだからと言って、彼女は虫を見て「きゃっ!」と飛び退く乙女ではない。「こいつめ!」と適当な雑誌で叩き潰すくらいの根性はある。 「おや、私は結構好きですがね。しぶとい上に遊べるので……まぁ、それが“本当に虫なら”私だって歯牙にもかけません、どうでもいい話です。“どうでもいい”と思ってもらいたくて発表したんですよ」 「………?」 「監視委員長、それはつまり――」 「ロキさん、話は最後まで。――そうですね、スカイ・フィッシュが話題になって少し経過してからでしょうか。この洞窟はスカイダイビングのメッカとして栄えていたのですが……ある発見がありましてね。危険区域として関係者以外の立ち入りを禁じたのですよ。実際には危険というより、我々の研究を邪魔されないためなのですが――どの道、気味悪がって人は近寄らなくなったでしょう」  そう言うと、プロヴォアは燕尾服のポケットから何か、白みがかった小石のようなものを取り出した。 「理由は“コレ”です。大量の『人骨』が、洞窟の底に溜まった塵から発掘されたんです」  プロヴォアが手にしている小石のようなものにキスを施す。  話の流れからして……ロキとサナは口を手で抑え、ラバースーツの人は「うげっ」と顔をしかめた。ティヴィは平然としている。 「不幸なダイバー達の遺骨ではありませんよ。洞窟の底にはこの数百年で塵が分厚く積もっていましてね……当初、底と思われていた場所は本当の底ではなかったのです。指の骨などは解りにくいのですが、都合良く頭蓋骨さんが顔を出していたのでラッキーでした。そこを起点に周りを掘ったら――もう、大量!」  漁が成功したかのように女は嬉しそうだ。 「……飛び交っていたスカイ・フィッシュ。捕らえられない……まさか?」  青龍はそれほど驚いた様子はない。すでに察していたかのように、すんなりと予測が出てきた。彼はこの場所に近づいた時点で、大穴の底から響く吠え猛るような意志に気がついていたからである。 「死骸なんて見つかるわけないんです。だってカメラに映った高速の飛行物体――その正体は虫なんかではなく、“霊魂”なのだから」  聞かされていなかった情報に、ロキは思わず「聞いてないよ…」と零す。サナに大丈夫だと説得していた彼だが、今は自分こそ大穴に飛び込みたくない。 「……ここは墓穴か」 「―――いいえ、違います。ここは―――」 「嫌、ここ怖い! 逃げよ、青龍!」  そんな話を聞かされて今更飛び込むも何もない。サナは青龍の手を引いて、不気味な大穴から逃げ出そうとした。  しかし、プロヴォアは口元のみを微笑ませた表情を見せながら、良く響き渡る声でそれを制止する。 「逃げてはならないわ、サナ! あなたが“彼ら”を忌み嫌うことは恥となります! 何より、あなたの“先祖”を愚弄することを――亡き父母は嘆き悲しむことでしょう!!」  奇術師のような女はそのシルクハットを片手で抑え、もう片方の手で大穴の底を指し示した。 「―――先祖?」 「……大量の人骨が……サナのご先祖様??」  サナと青龍は無論として、ロキとラバースーツの人もこれには困惑した。  ティヴィは先祖の概念がいまいち解からず、とくに反応を示せない。 「チチェルの民、その末裔には二つの血族が存在します。一つはサナさん及びその親族の命を奪い、狙っていた『神官の血族』。もう一つはサナさん及びその親族代々である、『女王の血族』――」  奇術師のような女は口元に「OK」のハンドサインを作りながら、ウィンクをしてみせた。 「神官一族の伝承によれば――彼らチチェルは地下世界の【悪魔】を恐れ、地上へと逃げ出した。そして新たなる文明を築き、反逆者の血と叫びを捧げることで二人の神を求めた……  女王一族の伝承によれば――彼らチチェルは地下世界の【鳥神】を畏れ、地上へと逃げ出した。そして築かれた反逆者の文明の中で嗜虐され、逃走と自決の選択を迫られた……」  言葉の切れ間。奇術師は口元にある指の輪へと、息を吹き込む。  輪に張られていた薄い膜は風船の如く、しかしそれにしてはあまりにも簡単に膨らんでいく。  そして人一人覆えるほどの大きさはある【空色の風船】が出来上がると、奇術師は指の輪を閉じて風船を宙へと解き放った。 「互いに“反逆者”とする二つの血族。しかしそこには明確な差があります。加虐側と被虐側――追跡する者と逃亡する者――サナさん、自分の境遇を省みたら解るでしょう……『女王の血族』は即ち、被虐側というわけですね」 「―――なによ。女王がとうしたっていうの!? 私、そんなの知らない!」  自分はおろか、父母までも巻き込んで……女王だの被虐だのと勝手に決めつけられてはたまらない。サナは声を張り上げて反抗した。 「知らないでしょうが無関係ではない。どちらの伝承にも共通することは『地下世界から逃げ出した』こと。二つの血族に差を生んだのは、『価値観の相違』。  片方は地下に封じられた存在を【悪魔】と忌み、片方は地下に封じられた存在を【神】と謳った。そして信心深い女王の血族は思想の軋轢から虐げられ、あるものは逃亡し――また別の者達は崇拝する神の袂へと………身を、投げた」  奇術師の女は自殺衝動にでも駆られたのか。言葉の最後と共に岩を蹴り、洞窟へと飛び込んでしまった。  ――空色の風船が、フワフワと漂っている。 「なっ!?/えっ!?」  奇術師の自滅的な振る舞いに、青龍とサナが思わず目を見開く。  視線の先――フワフワと軟弱そうな空色風船。その柔らかそうな質感の上に、【奇術師プロヴォア】が膝を一切曲げない毅然とした直立で存在している。  空色の風船は僅かに歪んだ程度で、球体形状を保っている。  シルクハットのつばを下げ、口元だけを見せた笑みでプロヴォアは続けた。 「つまりサナさん。この洞窟に眠る無数の骸は全て、あなたと同じ血を宿していたあなたの先祖、親類、それに他なりません。皆あなたと同じく『女王の血を引く人間だった』のです」  漂う空色の風船の上で、プロヴォアは両腕を開放的に広げた。  大穴の上空に浮かぶ奇妙な光景、加えて伝えられた事実に……青龍とサナは声を失っている。 「サナさん、あなたの“踊り”は単なる天性というだけではない。ここに身を投げた無数の先人達への弔い、悲願を成就する希望の【鍵】なのです。  さぁ、踊りましょう。存分に舞いましょう! “ここ”があなたのステージ(終着点)ですよ!!」 「――私の、ステージ――でも、だって、あれ――・・・私??」  蘇る、間際の記憶。母の遺した、言葉の記憶……。 /大丈夫、あなたはきっと救われる。あなたはきっと、舞台に登れるはずだから。  諦めないで、踊ることを―――忘れないで。自分の、才能を・・・・/ 「……サナ!」  畳み掛けられた情報を整理しきれず、少女は頭を抱えている。青年は彼女を気遣ってその身を支えた。 「さ、早く降りましょう♪ ここにいても始まらないですよ」  プロヴォアはニッコリと、しかし丁寧な口調で急かしている。  いきなりに先祖だの遺骸だのと話されて、ショックを受けていることなど一目瞭然だろう。頭を抱えてうずくまる少女を見て、尚急かすというのか……無神経なものだ。 「……この底にある遺骸がサナのご先祖だとしよう。そして、ここが遺跡の入口だとも仮定する……それで、お前は何を求める?」  青龍は厳しい表情を一層に恐ろしくしている。 「伝承によると、地下世界は“黄金郷”と呼ばれています。我々としてはその黄金を頂くことができれば満足。役目を終えたサナさんも解放されて幸せ。相互に利益のある、素晴らしい仕事となるでしょう」  プロヴォアは実に爽やかな様子で言い放つ。 「地下に遺跡があるとして……言い伝えではそこに化物が封じられているということになる。それも、チチェルの末裔が必死になるほどのな。……お前ははぐらかしているが――危険だろ! 扉を開くことは!」  声量の小さな男はそこにない。  一言一句に勢いのある、毅然として物を言う侍の姿がそこに現れている。 「エ、本気ですかぁ?」 「………なんだと?」 「無知な古代人共が言った“神”や“悪魔”なんてなんの信憑性がありますか。彼ら、嵐や洪水だって神様の~怒りが~って騒いでいたんですよ?」  完全に嘲笑っている。  プロヴォアは疑いのない嘲笑で、浮かぶ風船の上から青龍を見下ろしている。 「お前もさっき言っていただろう!」 「伝承そのままに――ですよ? 私、遺跡に神様なんて“求めていません”。期待しているのは黄金と、地下に築かれた文明の姿。かつてない発見を独占することで、我々は莫大な富と名声を得ることになるのです―――― 再び!!!」  語尾を言い放つ時。  プロヴォアの顔立ちは整っており、この発言の最中も朗らかな笑顔だったのだが―― 一瞬だけ。青龍を強く意識したその刹那だけは、酷い憎悪と怨恨が交錯する、牙を剥き出した怪物のように歪んで思えた。 「……サナのご先祖がこの底に眠っているのだろう。それを知って尚、彼女の前で先人を愚弄するような発言――真の愚者は誰であるか!!」  普段から殺意に満ちたような表情だが、近くに寄ることで「気弱さ」を感じられるだろう。  だが、今ここにある青い頭髪の若武者からは純然たる殺気が放たれており、「危険」が具象化したかのような圧迫感が周囲に満ちている。 「あれ? もしかして私、怒られてますか? 何故でしょう??」  殺意を向けられたプロヴォアは人差し指を唇に当て、小首を傾げた。 「……キサマ……!」 「ま、ま、待った! 青龍、落ち着いて。監視委員長は悪気があって言ってるわけじゃ――」  一触即発の状況に耐えかね、ロキが青龍を宥めようとする。 「……悪気でなければ戯れか。場の情勢も見抜けぬ戯けということか!」  ――が、無駄。かえって青龍は怒りの闘志を燃やしてしまったようだ。 「あわわ、ストップ、ストップ! 冷静に、クールにだよ!」 「ロキ、俺は冷静だ……奴の衣擦れの音まで、ハッキリと聞こえている!!」 「うおぉ、違う違う、そういうことじゃない! そんな“感性を研ぎ澄ます”とかじゃなくて!」  向き合うだけで身を裂かれるような殺伐とした迫力に対して、引き腰ながらもどうにか制止しようと試みるくたびれた灰色スーツの男。  フワフワと浮かぶ風船の上に立つ女は「そうだ、サナさえ生きてれば良いものね!」などと手を打ち、口元に指の輪を重ねた――― 「――青龍/………ぇ」  怒りに震え、刀の柄を握ろうとしていた青年の手……それをそっと握る、少女の手。重ねられた少女の手の平から、彼女の体温が伝わってくる。 「私、踊るよ。お母さんが言ってたもの。“きっと、舞台に登れる”って。それはきっとここだと思うの。本当は全然解らないんだけど……なんかね。ここにいると、良く聴こえるんだ」 「さ……サナ……あの――」 「サナの先祖の人とか、そんな実感ないの。女王とか神官とかも知らない。だけど、この場所でサナの自由を奪っていたものが無くなるのなら――ううん。本当はただ、サナが踊りたいだけ。わがままでごめんなさい、青龍」  無意識で、無作為。  サナは思いを伝えたい一心でしっかりと彼の手を両手で握り直し、グっと引っ張って胸の谷間に運んだ。青き侍の怒りは霧散してそれどころではなくなり、彼は「あ、いや、あわ」などのうわ言しか発さなくなった。  優しい目を青龍へと向けていたサナは、対照的に鋭い視線をフワフワ浮いている奇術師の女へと突き刺す。 「プロヴォアさん。私を利用するあなたのこと、サナは嫌いよ……だけど、私だってあなたを利用させてもらうから。サナはサナのために――私を助けてくれたお母さんと、青龍のために踊るの!」  堂々と、凛々しい宣言。少女の決意は実に清らかで、紛いのない神聖さに満ちている。  だがそこに暴言があったことは否めない。思い切り「嫌い」と言いのけているではないか。  ロキは(あーダメだ、これはダメだ)と諦めに近い心境を抱いた。彼は上司の気難しさを理解しているからだ。常識の通じない、制御の外れた脳を持っているとも思っている。  ――だからこそ、意外。  サナの宣言に対して。プロヴォアは怒るどころか……胸の前に手を合わせて歓喜した。 「やったわ! サナさん大好きよ♪」  どうしたらそんな返答が口を出るのか。まるでサナの心境・感想など関心無く、単に「YES/NO」を判別する機械のような反応である。いや、むしろ機械の発言に対する応答に近いか。  いくらか険悪な場面があったものの、取り敢えず場が収まったことにロキは安堵した。ここ数日で何度目か解らない溜息を落とす中年の横で、ティヴィが「あれぇ?」と何かに疑問を抱いている。  青龍は呆然としていた。手に残る感触にまだ動悸を抑えられずにいるようだ。  何かこんなことが前にもあったような――それこそ、出会ったばかりの時に、確かあの時もお願いされていたような・・・。  しかし、なんとも上手く事を運んだものである。プロヴォアのデモンストレーションは実に効果的だったと言って良いだろう。  彼女の語りに潜む『矛盾』が、まかり通っているのだから―――――。 永劫黄金世界/5 From ――『 この惑星の未来から 』―― $四聖獣$ ++++++++++++++++++++++++++++ SCENE/DANCE  深い緑に囲われた高地。鬱蒼と蒸し暑い密林の中に、豊かな都市が築かれていた。  人々は恵まれている。いつでも三つの神が彼らを護ってくれているのだから。  天より舞い降り、人々の世界を一変させた神への崇拝を誓って、祝祭を執り行う。  神官は神託を代弁し、民は栄光を詠い、全身で感謝を表現する。  言葉には壁があった。しかし、旋律と肉体の躍動に壁はない。  民にしてみれば言葉の通じない神にどうにか敬意を伝えようとしたのだろう。天空の都市に栄える祝祭の舞踊は、人々にできる精一杯の工夫とも言えた。  都市の中でも特に重要な神殿。神が住まうとされるその場所。  祭の賑わいが微かに聞こえる中庭。  清らかな水が循環する電動式の噴水の縁に、一人の青年が腰を下ろしている。  青年の視線の先には女の姿。彼女は三つの神ではなく、今、一人の青年のために踊りを披露していた。  青年は躍動する彼女の身体に感動し、「こんなに華麗な踊りは見たことないよ!」と賞賛した。  すると、女は踊りを中断して不満そうな表情を見せる。自分を含む民の工夫が報われてなかったことが露呈したからだ。 「チチェルの女は毎年踊っているのですけどね。見てくれてなかったの?」 「あ、いや……き、君の才能が素晴らしいってことだよ!」  青年は誤解を解こうと取り繕うのだが、変に焦っているので余計に疑わしい。  必死な様相の青年を見て、女は「クスリ」と笑った。 「その――ごめん。本当は僕ら、あんまり祭り気にしてなくて……こうして意識してないと、把握するのも難しいんだよ」 「いいの、カトル。私たちが勝手にやっていたことだから」 「でも、君の踊りはとても魅力的だったよ。本当、僕は幸せ者だ」 「ありがとう……でもね、謝るのは私のほうよ、カトル」 「え、どうして?」 「あなた、怒られていたでしょう。私なんかを構って、お二方の言う事を聞かないから――」 「――なんでその事を?」 「凄かったもの。大地は揺れて嵐が吹いて、雷まで落ちるし。あれでは誰だって、あなた達が争ったのだと解るわよ」 「そうか、驚かせてごめん……」 「いいの? あなたはお二方と共に行かないくて。すごく遠くに行かれるのでしょう?」 「いいんだ。あの人は僕なんかと価値観が違うから。師匠も理解してくれてないみたいだし。  僕はね、シュカ……君と一緒にずぅっと過ごせればいいのさ。他には何も望まないよ」 「カトル……」 「君はもう永遠だ、僕らと変わらない。――そうだ、師匠達がいなくなったら僕らで世界を作り直そう。なぁに、僕だってできるよ、もう師匠達がいなくてもできるのさ!」 「――カトル、私を想ってくれることは嬉しいわ。だけど、本当に永遠なんて――」 「永遠さ! 僕は未来永劫、君を愛します!」 「……ありがとう、カトル。私もあなたが――大好きよ」  ――他の民と同じく褐色の肌に黒色の髪をもつ女。  ――他の神と同じく白色の肌に白金色の髪をもつ青年。  見た目も力も違えど、そこには確かに愛し合う二人がいた。  圧倒的に多くの知識を持つ青年は疑わなかった。愛する人は自分達と同じなのだと、確信していた。  他の人と変わらない女は自分について感じ始めていた。ただ、愛する人の自信を疑いたくなくて言い出せなかった。  青年の師は理解していた。「自分達ですら永劫など、夢物語である」という現実を。  青年の師は理解していたのである。  だからこそ。彼は気遣いながらも、愛に必死な弟子へと最後の助言を残すことにした。 『―― 親愛なる君よ、蟻に永久を望むなかれ。         共に蟻であるならば、それは尚更に覚えていてほしい――』
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