この惑星の未来から/8

SCENE/ Little_Key  ―― 小さな鍵が開かれて、 ―― 『ここから出てはダメよ、サナ。静かにしているのよ』 “――ママ? どうしてサナを閉じ込めるの?” 『ごめんね、あまり時間が無いの。  一緒にノートを入れておくから――ここの鍵が開いたら読むのよ』 “ママと話したい。サナ、もう悪い子にしないから” 『サナ……自分を悪いだなんて言わないで。あなたはいい子よ。私の希望で、私の光。  悪いのはママ。知っていたのに……余りにも輝かしくて――止められなかった』 “ママ、サナを見てくれたの?” 『あなたのダンスは、才能は、私のものとは比べ物にならないくらい色濃いわ。  ……サナ、どうか諦めないで。強く生きて。  あなたなら、きっとウロコの鳥様に救ってもらえるはず。  私では届かなかったけど、きっと、あなたなら―――』 “やだ! サナはママとお父さんと一緒がいい!” 『私だってあなたの姿をもっと見守りたかった。ごめんね、どうか許して。  ――サナ、いい? 静かに、良い子にしていて。  大丈夫、あなたはきっと救われる。あなたはきっと、舞台に登れるはずだから。  諦めないで、踊ることを―――忘れないで。自分の、才能を・・・・  愛してる、サナ―――』  ―― 小さな鍵が閉じられる。 ―― ++++++++++++++++++++++ From:四聖獣 Story:この惑星の未来から 【Title:永劫黄金郷/ステイシス・プリズン 3】 ++++++++++++++++++++++ SCENE/1  荒野のモーテル。時刻はすっぽりと夜間に収まっている。  寂れたモーテルに宿泊する客など月に一人二人で、大抵はシングルでのご利用。  通りの少ない荒野のハイウェイ。その道中、男女連れ立っての宿泊……なんて場合は大半まともな訳もなく、なんらかの問題を抱えていることが多い。  施設の管理人であるガントレット=モーガンは、案の定問題を引っさげていた若い男女に不信感を抱いたままだが、追加の客を連れてきたことは素直に嬉しい。  追加は三人。モーガンの見立てでは中年男性と、不気味な被り物をしている男。それにダメージファッションというやつなのか、ボロボロなラバースーツの青年らしき人。扉を蹴破った代金に迷惑料を上乗せして、上等な料金で三部屋ご注文とは羽振りが良い。最も、支払ってくれた灰色スーツの中年はなんともガックリときていたようだが……。  小さなモーテルの四部屋全てが埋まったなんて何年ぶりだろうか。  実際金には困っていないモーガンだが、若い衆がこぞって訪れたことで内心ちょっと楽しんでいた。翌朝の朝食は大いに腕を振るうつもりですらいる。  ・・・本来なら。都市にある自宅に住んでいれば、こんな些細なことで浮かれるまでもないだろうに……。 「ねぇ、ロキ。馬鹿にあっさりと引き返したじゃないか」  モーテルの一室、端っこの角部屋。テーブルを囲んで夜更かしする三人。かくかくと頭部を揺らしながら、嘘みたいな顔の『ティヴィ』がその大きな口を開いた。 「話すことは全部話した。後はむしろ、彼女本人の方が詳しいだろう。これで朝もぬけの空ってことなら――仕方が無い」  答えたのはくたびれたスーツの『ロキ』。テーブルの上には文様と数字が描かれた長方形のカードが並んでいる。 「確かに扉の前に僕は居るけど……部屋の中じゃなくてよかったのかな?」  四段に並んでいるカードの二段目。ティヴィは手元から同じようなカードを一枚、そこに加えた。 「彼女の過去は最低限、追跡させてもらった。しかし、これ以上の詮索は度を越えるだろう。第一、信頼しきれていない人間がいたら腹を割って話せないじゃないか。  解かっていると思うが、これ以上彼らと争うのは面倒でしかない。最悪彼女の精神を乗っ取って……なんて強硬手段に及んでも、“踊れる”保証なんて無いわけだし」  四段に並んでいるカードの二段目。今度はロキが、手元からカードを一枚、末席に加えた。 「‥‥‥」  この場のもう一人、ボロボロなラバースーツの人が黙って首を振る。 「ふむ――まぁ、君がそう言うならいいけどさ。例えば上々に事が進んだとして、【遺跡】まではどうするのかね? 僕はね、これ以上直射日光の下を飛びたかないよ。溶けちゃうよ」  ヤれヤれと首を左右に回しながら、ティヴィが列の三段目にカードを追加した。 「早朝に“面倒な人”を載せてヘリが到着する。上手くいっていれば、五人揃って余裕のあるフライトを堪能できるよ。――上手くいかなかったら? 考えたくないけどね。女性の上司ってのはつくづく叱り方が下手だと再確認するだろうさ」  冗談交じりの苦笑い。ため息と共に選ばれるカード。ロキはそれを列の三段目に加えた。 「‥‥‥」  ラバースーツの人は何も言わない。ノーリアクションで微動だにしない。だが、ゴーグルを下げた眉間には、はっきりとシワが寄っていた。 「――あ、またパスかね?」  ティヴィが「あはは」と朗らか且つ不気味な笑顔を見せる。 「‥‥‥どっちだ」  ようやく発言。ラバースーツの人は低く、威圧する声を発した。周りの二人は「何の事?」などと、キョトンとした表情をしている。 「‥‥“スペード”を止めている奴は―――お前かアアアアッッッ!!!」  いきなりに立ち上がり、発狂してロキの襟元を片手で掴み上げるラバースーツの人。 「ふぐぉっ!? ちょ、ちょっと! 落ち着け、レイア!」  浮き上がった足先を慌ただしく動かすくたびれた中年。その手元から、パサパサとトランプのカードがテーブル上に落ちていく。 「ハートもお前か!? 私の手には王族ファミリーが二世帯あるんだぞ! 少しは考えろ!!」  ラバースーツの人は自分の手元にあるカードを扇状に広げて、苦しみ悶えるロキの眼前に突きつけた。 「か、考えろって……知らないもの、そんな状況ッ――ぐ、ぐるじィッ!」  ヒステリックになったラバースーツの人はロキを前後に揺さぶっている。  騒がしくなったテーブルの周囲。  ティヴィは被り物のような顔面を無表情にして。静かに、しかし迅速に……テーブル上のトランプを混ぜ合わせた。  カードの山をトントンと揃えて整えて。ティヴィは「ほどほどにしてあげなよ」と、当たり障りなく諭している―――。 ++++++++++++++++++++++ SCENE/2  別れの時、閉じ込められた。その小さくて狭い、箱のような部屋。  視界が真っ暗になる前、最後に見えたのは母の顔。  「どうして?何故閉じ込めるの?」 見えなくなった母親に問いた。  でも、声には出せない。ぐっと口を噤んでいた。  母の言いつけ。良い子にすると言ったから、母の最後の言いつけを守った。  それからどれほど時間が経過したか。  狭い空間で身動きできず、いよいよ限界が近い。  空腹その他が重なっている。  ぎゅっと、最後に渡されたノートらしきものを握り締めた。  ――カチリ  何かが外れた音。  「もしかして」と頭上の蓋(扉)を押し上げてみる。  開いた。恋焦がれた光が顔に当たった。  眩しい。思わず手にしているノートで視界を遮る。  ――と、同時に草がパサパサ落ちてきた。  そんなものはお構いなしに穴蔵のような部屋から這い出ると、見慣れた景色。  自宅裏の小さな庭。古臭いけど最近ようやく慣れた家。  駆ける。「お母さん何処にいるの? お腹が空いたよ――」  家の鍵は開いていた。過剰なほど戸締りにうるさい両親にしては無用心だ。  父親が二日前から留守にしている。尚の事用心するべき状況だろう。  家の中は静かで。いつも口数少ない両親だけど、母親の家事で生じる作業音すらないのは珍しい。異常だ。  理由は単純だった。  母親はもう、家事が行えない。とっくの前に冷たくなって硬直し始めていたから。  安らかな姿ではなかった。だけど不気味だとは少しも思わなかった。  寄り添って、しばらく呼び続けた。幼いながらに現状を理解していたが、淡い期待、根拠の無い理想を描くことに年は関係なかった。  母親から虫が出始めたので排除しようとする。  そのために手にあるノートが邪魔になったことでその存在を思い出した。  蝋燭の明かりでノートを確認する。  内容は――メモのようなもので、端的にまとめられていた。母親の気遣いだろう。  ――父親が帰ってこない理由/自分たちを探す人の目的/生きるための道標――  ノートの最後には、寝る前に何度か話してくれたお伽話が文章となって書かれている。  解からなかった。全部理解するには幼すぎた。  ただ、そのことも考えて母親は「逃げて」という言葉を何度も強調していた。  ――私のこと、閉じ込めてなんかいなかったのね。  涙を流しながら、冷たい指にキスをした。  ――私のこと、見つからないように隠してくれたのね。  固まった手を掴ったが、握り返してくれない。  確かに死んだのだと、認めるしかなかった。  「お母さん」と、何度も呟き、振り返り。そして独りきりで家を出る。  ―― ごめんなさい。もう、踊らないから ――  せっかく母が信じてくれた才能……だけど、ごめんなさい。  悲しかったけど、生きて欲しいとママが願ってくれたから――行動できたよ。  でも、サナはもう一杯一杯になっちゃった。もう、全部諦めて人形みたいになりたいって思たりね。人形なら、踊っても良いかな? 「――可笑しいよね。楽しみも何もかもいらないなんて思うくらいなら、死んじゃえばいいのに。本当に危なくなったらね、逃げ出してたの」  『サナ』は笑顔で言った。自分に呆れて、小馬鹿にするようにおどけた声で。  ベッドに腰掛けている少女の横顔を窓から射し込む月光が照らしている。窓の外に広がるイモ畑では、節操のない虫たちの嬌声が絶え間無い。  窓枠の横、丁度壁の影にある位置。  少女の語りを聞く青い頭髪の侍は、険しい表情で耳を傾けている。だからと言って彼女の境遇について怒っているわけではなく、険しい表情はいつものこと。 「………」  チラリと見る少女の姿。それは今まで感じていた“年上のお姉さん”ではなく、“まだあどけない少女”の印象として脳裏に刻まれた。 「踊らないってことも――ふふっ、変な話! 返してって言われても、神様だって困っちゃうよ――ああ、でも、見殺しにするような神様ならどうせ意味ないね!」  サナはあどけない笑顔を『青龍』へと向けたが、彼は目を瞑った。 「青龍――」 「………」 「だって、だってだって! 怖かったから。踊りたいなんて思わないわ。パパもママも――・・・ごめんね。八つ当たりだよね、これ」  サナはベッドのシーツを引っ張って身体をくるんだ。 「本当は、今でも踊りたい、ダンスしたいって思う。でもね、私って意地汚いでしょ? だから生きようとして、絶対に踊らないの。“あいつら”が来るから」 「サナ、違う……」 「怒ってるかな? サナ、嘘付いたものね。ロキさん達“あいつら”じゃないんだものね。――でも同じよ! 彼ら私を踊らせようとするもの!」  すっぽりと頭までシーツにくるまって、まるで繭のようにうずくまる少女。  青龍は咳払いをして切っ掛けを作ろうと試みた。 「コホン……サナ、少し考えがズレて――」 「私のダンスは怖いの! パパとママを殺した踊りなの! ……もうしらないの、踊らないの! 【神様】も【チチェル】も、私っ――知らない!!」  シーツの繭を震わせる少女の泣き声。  声が涙混じりとなったことで、青龍はいよいよ口を挟むタイミングを失った。 「………」 「――青龍、どうして何も言ってくれないのよ」 「......ぇ?」  突然の名指しに、青龍は小さな「ぇ」くらいしか出せない。 「やっぱり、怒ってるよね?」 「ちぁ……ヤ、そうじゃなくて――」 「当たり前だよ。青龍は噛み付かれたり殴られたり、大変な思いしたのに……サナが嘘ついたから、全部サナの責任だね。  ロキさん達にも謝らないとかな。フードの人達は嫌いだけど……」 「サナ、俺は……」  何か言おうと試みるも、口先を出るに至らず。つっかえるように言葉を飲み込む。 「そう言えば何のお礼もしてないね。今となっては罰金みたいな感じだけど――いいよ、青龍」 「いいって、何が……」 「好きにしていいよ、サナのこと」 「・・・!?」 「その刀――それでさ、斬っちゃってよ、サナを。こんなあざとく生きる私は、やっぱり皆に迷惑かけるみたいだから。もういいよ、お願い」 「………」  少女の語尾は掠れていた。白いシーツの繭が小さく震える様を、青龍はじっと見ている。  薄手のシーツでは光を全て遮れず、繭の内側に月の光がこもれている。  虫たちによる宴の音。雑多に入り乱れる音の波にでも、サナはリズムを見いだせる。  才能があると母親は言ってくれていた。隠れていたつもりだが、母親にはバレていたらしい。友の輪の中心で踊るサナを、葛藤と共に優しく見守っていたに違いない。  そして、そのことが彼女の命運を終わらせた。  母親の判断が過ちだったのか、娘の行いが過ちだったのか。数年が経過した今、少なくとも娘は自分の責任だと強く自覚している。  ――神様が両親を返してくれるなんてこと、無いと解かっていた。  ――本当はただ、自分を大事にしたかっただけ?  ――本当は、自分を押し殺すしかなかった。だから、今でも―― 「……すまん、失礼する」  聞き慣れた声。僅か二日ばかりの付き合いなのに、なんとも良く馴染んだ引っ込み思案なオドオド声。外見からは想像もつかない。  不意打ちにシーツが開け放たれたことで、幕の掛かっていた月明かりが鮮明なものとなる。 「サナ……アっ! そ、その……」  開け放たれた少女の視界に映った青い髪の青年。彼なりに想定した上での行動だったのだろうが、いざ泣き顔の少女と目を合わせたことで、さっそく予定が狂ったらしい。  少し前はこれがイライラの原因となった。少女の経験則から、“駄目な男”として落胆の烙印を押されていた。  実際、今もその点に関しては頼りないと思っているのだが……。 「……過去の悲しみに囚われる気持ちは解かる。だが、せっかく訪れた転機よりも過去を優先するのは勿体無い……と思う」 「――解かるの?」 「サナと同じ……というわけではないから、まったく一緒ということはないが。昔の過ちにこだわってしまって、他へ進むことを放棄したことが何度か……」 「――そう」 「……失敗を全く無視して進むということは違うけど。失敗した経験をただ読み返して、時間が経って状況も違うのに、頑固になるのは勧められない」 「―――」 「ロキは言っていた…… “――遺跡の入口を開いてもらいたい。砕いた言い方をしますが、入口を開いた時点でサナさんはお役目御免となります。私たちはそれだけで十分ですし、【チチェルの民】にとってもあなたを追いかける意味が無くなります。何せ、彼らの目的は“遺跡を封じておく”ことですから――”  ……彼の言葉を信じるならば、君はこれで役目を終え、自由となるはず」 「――嘘かもしれないよ?」 「偽情報だったとしても、開いた後は関係しなければいいだけだ。……遺跡に何があるのか知らないけど、中身に用があるのはロキ達だけなのだからな」  青龍の見解はもっともである。一方、好奇心旺盛なサナはちょっとだけ、遺跡の中身も気になっていたりする。本当にちょっと、なんとなくだが。 「よくも開いたな! って、“あいつら”が怒るかも」 「【チチェルの民】か。……その場合は変わらないな」 「変わらない?」 「うん、俺がサナを護り続ける。今と変わらないな」 「――――ェ!?」  少女はうつむいていた顔を上げた。 「……そいつらがどの程度できるか不明だが、ロキ達ほどの相手ではない気がする。現に組織力は大きく劣っていると言っていた。……それに、ロキは割と話せる人だから彼に協力すればその後の保護だって求められるかもしれないだろう?」 「ア――そ、そうかもね!」 「まぁどの道、ロキ達とやり合うよりは護りやすくなる。むしろロキからの情報が真実ならば、サナは本当に自由となるわけだ。彼らに協力して悪いことが無い」 「――青龍!」 「……かもしれない、と思う。たぶん。――あの、ほら、ロキはなんか大丈夫そうな……気が――・・・なんか予想ばかりですまん。……どうしよう」 「青龍・・・」  自分の発言を思い返すほどに自信を失くしていく青年。次第に小さくなっていった音量は、言葉の最後になるとほとんど掻き消えていた。  少女は一時的に瞳を麗わせたが、それはすぐにジトっとした視線に変わった。呆れたような表情だが、その口元は緩んでいる。 「ねぇ、青龍?」 「……うん?」 「あなた、怒ってないの?」  彼を部屋に連れ込んだ時のように、少女は大人びた表情をしている。 「……怒ってない。少しも」  青年は確かに怒ってはいないのだが、「さっき言おうとしたのに!」というなんとも細かい反抗心を抱いていた。  追撃するような少女の「あ、怒ってる」を受けて「本当に怒ってない!」と返す青年。  「怒鳴った――やっぱり怒ってる」と悲し気に呟くサナ。  「お、怒ってないのに……すっ、すまない」などと申し訳なさそうに萎れる青龍。  「偉そうなこと言えたものではない」とすでに自責を開始しているネガティブな青年を横目に。少女はあどけない笑顔を見せている。  ――逃亡の果てに辿り着いた荒野のモーテル。  いつの間にかベッドの上で眠っていた少女と、部屋の反対側の隅っこで眠る若侍。  彼らの眠りは、翌早朝にイモ畑を震わせる“豪快なヘリのバタバタ音”で無理やり覚醒させられることとなる―――。 永劫黄金世界/3 From ――『 この惑星の未来から 』―― $四聖獣$
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