この惑星の未来から/7

SCENE/Opening  父から教えられたことは父が祖父から教わったことであり、  祖父が教わったことは祖父が曽祖父から教わったことである。  曽祖父はそのまた父親から、その父親もまた、その父親から……。  幾年もの月日を経て。今、私にある“教え”はこの血が巡る限り課せられた試練。  教えは【赤き仮面装束】と【紫水晶の短剣】を伴っている。  赤き仮面は私の在り方を印象付けて、  水晶の剣が君の終え方を決定付ける。  この世が万事、水滴の一つが川を渡り、大海に紛れて蒼天へと還り、そして再び一つの雫となって降るように―――。  一点から始まった定めはやがてに収束し、私と出会うことであろう。 「今がその時――」  永遠の女が持つ血脈は君に流れ、それは私と同じく時の雫となった。  あと一点。そう、君だけが一雫。  ここを逃せばまた君たちは川となり、広大な世の波に散ることだろう。  遥かなる時代の彼方に数え切れない星への叫びを生んだこの剣が。今、最後の一撃を抉らんと輝いている。  今の誰も知らない悠久の過去に、おびただしい感情で潤ったこの面が。遂に、その役目を終える時が来たのだ。  コルカラ――ああ、コルカラ。  ごめんよ、解っている。君はきっと私のことを『過去の為に今を蔑ろにする愚かな人』とでも恨むはずだ。  しかし、許してくれ。我々は終結しなければならない。  君達が多くの血を流したことに比べれば、なんと生意気な言い草かと思われるかもしれない。  それでも私は耐えられない。私だってもう嫌だ。顔も知らない祖先の為に、関わったこともない人たちを始末することに捧げるこの人生の――なんと、なんと――どこまでもくだらないことか。  先月、産まれた。かわいい。ほんとうに、こんなに嬉しいなんて……。  母に抱かれ、乳を飲む姿がなんとも生命の息吹を感じさせてくれるのだ。  小さな手に指を乗せるとね。小癪にもしっかり掴んで、確かに私の子なのだと実感させてくれる。  私は――私はその手に剣など握らせたくない。  先祖や父を裏切ることもできない。  ――ごめんよ、コルカラ。私はやるしかないのさ。  君のことはもう見つけてある。【ゾノアン】――そうか、そこは確かによい隠れ場所だった。  だが先ほどにも言ったように、今は終結の時なんだ、解ってしまったよ。  大の大人が寄ってかかって少女一人の命を奪う――最低だ。  だからこそ、私が最低で、私で終わりにする。私の子を最低な者になど……させてたまるか!  ――ん、なんだ?  ………なんの音だ?  雷? ――馬鹿な、今日は雲一つないのに。  ――! おおっ、君か、【プロヴォア】。  どうしたと言うのだ。我々の取引は既に終―― 何?  『 ― ― ― 。 』  ――そうか。もういい、黙ってくれ。  『 ― ― ― 、 』  やめろ、口を開くな。同志達は常に覚悟している。万が一の場合には、躊躇わず自決する。君たちのような異教徒とは根本から思考が合わない。脅しは無為だと知れ。  『 ― ― ― ? 』  いいか、言ったはずだ。ギブ&テイク――“君がもたらす情報と私が伝える機密は対等である”――それに君は応じただろう?  いや、しかしそんなことはもういい。君がその扉の先で我が友人を苦しめた、これは揺るがないからな。  この仮面が鮮血を浴びるのはあと一人と思っていたが……狂ったな、何もかも。  キサマと、その後ろにいるドレッドのガキが追加分ダ。  精々――盛大な呼びを金切リ上げるノだナ――・・・ < 歴史ノ冒涜者共ッッッ!!! > ++++++++++++++++++++++ From:四聖獣 Story:この惑星の未来から 【Title:永劫黄金世界/ステイシス・プリズン 1】 ++++++++++++++++++++++ SCENE/1  暗い、暗い、荒れ果てた赤土の大地。健気に照らす月明かりは不足で、大地を貫くアスファルトすら判別できない。  広大なイモ畑で羽を掻き鳴らす虫たちの合唱は、人の世に例えれば乱交パーティの喧騒。楽器は必要ない。小さな脳にドラッグも必要ない。健全なる宴だ、存分にイモの葉に卵を産み付けるが良い。  咎めるものなどいないさ。人と違って、君たちに監視者はいないのだから。  ・・・しかし、そうくると人間とはなんとも窮屈なものであろう?  現に今、一人の少女を追ってわざわざ荒野を追跡し、あまつさえ男としけこんだモーテルにまで介入する不埒な輩があるのである。  追跡者達はモーテルの扉を蹴破るような乱暴者で、これにはモーテルの営業者も怒り心頭に対応せざるを得なかった……。  現在、奇妙な光景がそこにある。  命の危機を感じて逃亡した少女とその護衛。  対して少女の身を確保するために都市部から延々ハイウェイを越えてきた追跡者3名。  これら5人がモーテルの一室にて相対し、ベッドを挟んでじっと大人しくしているのである。  追跡者のリーダー格曰く 「ああ、もう滅茶苦茶だよ! 君たちこっちとそっちで分かれて大人しくしててくれ。頼むよ、これ以上自腹は無理なんだ。紅茶も飲めなくなっちゃう!」  薄らと涙を目元に浮かべて訴えるくたびれた男。彼の必死さと先刻見た惨めな姿から、敵対者である少女と護衛は同情混じりに従った。  くたびれた男の部下達は特にこれといって悪びれた様子もなく、飄々としたままに言う事を聞いている。  くたびれた男――【ロキ】と呼ばれる男性は携帯電話を胸ポケットから取り出し、通話を始めた。  それを脇目に、ベッドを挟んで向き合う追跡者と逃亡者。  追跡者の片方、ふてぶてしく仁王立つ人のラバースーツは所々破れている。  その横でヘラヘラと首を左右に揺らしている挙動不審な存在。その顔面にある眼球は野球に用いる硬球なみに大きく、口は耳元までザックリと裂けている。  明らかに異常なのだが、その被り物のような嘘みたいな口から、人の解する言葉が飛び出してきた。 「やぁやぁ、今朝はどうも。あの時はちょっと驚いたよ。だって君ぃ、壁を走ってくるなんて……ふふっ、楽しいよねぇ」  大きな眼球がキュっと、それ自体が収縮するように細まった。  声を掛けられているのはベッドの対岸にある青年であり、その形相は険しい。体調不良をものともせず、警戒を怠ることはない。 「………」 「いやはや、あの時はビックリしてそのまま逃げちゃったけど……ああ、ごめん。そうか、名乗りもせずに喋っちゃ悪いよね。僕は【ティヴィ】、優しい人間さ」  服と共に腕をグニグニ“伸ばして”、ベッド越しに握手を求める『ティヴィ』。  しかし、その手が握り返されることはない。 「・・・うそぉっ!? そんなぁ、ちゃんと名乗ったのにぃ。じゃ、せめて名前くらい教えてよ。僕、君が気に入ってるからさぁ! ねね、いいだろう?」  握手を拒否されたティヴィは腕をグニグニ“縮めながら”懇願した。はっきり言って不気味だし、その上嘘臭い。青年の険しい表情は変わらず、頑固として閉口している。 「――【青龍】。本名は青山、職はサムライだったか」  淡白な声色。それは青年ではなく、ティヴィの隣に立つボロボロなラバースーツの人の発言。 「エエ~!? なんで君が答えるのさ」 「知っているから答えた。名乗られたからな。一方的に」  淡々と述べる人の目元はゴーグルで隠されている。しかし隠されているその眼光は、淀むことなく鋭利に執拗に。対岸の青年へと突き刺さっているらしい。 「……うん。青龍、です」  勝手に紹介された『青龍』は変に狼狽え、弱々しく答えた。  青龍は負い目を感じている。いくら敵対する者とはいえ、“女性を走行中の車内から投げ捨てた”という事実。人によっては「正当防衛」で済むのかもしれないが、彼はなんとも吹っ切れない心境。  こうして生きていたから少しは安堵したものの、ボロボロなラバースーツを見ると申し訳無さが際立つ。何より、投げ飛ばす際に胸元を強く掴んだ感触が忘れられず、そのことがとてつもない罪悪感を青龍に与えていた。  握って初めて気がついたので、故意ではないのだが……。 「そうか、青龍くんねぇ。ま、一度過去は水に流して機嫌良くしておくれよ。そこの……え~っと、お嬢さんも同じく――」 「【サナ】だよ。あなたが連れ去ろうとした私は『サナ』!」  少女が威嚇するように名乗り上げた。不気味なティヴィを牽制するかのような、攻撃的なハンドサインを見せつけながらである。 「チッチッチッ、こらこら。乙女はそんなことしちゃイケナイなぁ」  ティヴィの首と指を交錯させるアクション。サナはさらに警戒を強めた。  ラバースーツの人は一見して微動だにしていない。だが、青龍は顔を隠すように鼻の頭をしきりに掻いている。 「チームワークは大事だよ、チームワークは信頼からさ。仲良くしましょ~、これから僕らは“協力”することだし」 「――っ! ティヴィ、おい! 先走るな、黙ってくれ!」  ロキが通話を中断してまでティヴィの発言を遮った。 「……ん?」 「仲良く、協力って――なんてふざけた言葉だろうね!」  青龍は首を傾げ、サナはベッドのシーツを叩いて抗議し始めた。  ティヴィは「いやいや~」と軽く笑い、ラバースーツの人は微動だにしない。 「んぐぐ――ああ、ちょっとアクシデントが……もう代わることにする。悪いね、切るよ!」  ロキは通話を切った。頭髪をガシガシ掻き鳴らして大きく息を吐いている。  状況が変化したことに反応し、青龍が腰元の鞘から僅かに刀刃を輝かせた。 「――青山さん、携帯電話のバッテリーは大丈夫ですか」  それは唐突な質問。ロキは何故か青龍の携帯電話を気遣った。 「……さぁな」  青龍は様々に解釈していく。携帯を気にして目を逸した瞬間を狙っているのか、それとも携帯を奪って何かたくらんでいるのか……。とにかく、馬鹿正直に返答する必要はないと判断した。  ほんの僅か。  室内の空気は張り詰め、5人の内誰も言葉を発さない一間。  ―― ピリリリリ、ピリリリリ・・・  緊張を貫いた電子音。それは着信音。  青龍の懐で音を鳴らし、小刻みに震える携帯機器。 「着信ですよ、青山さん」 「………」 「安心してください。私達はあなたの通話を妨げず、また、通話開始の過程までを妨害いたしません」 「………」 「――でしたら、せめて通話の相手を確認していただくだけでも結構です。それこそが安心の証明となるでしょうから」 「………」 「あなたの電話帳に登録されている相手、それは間違いありません。そして、先ほど私が通話していた相手はその方です」  ―― ピリリリリ、ピリリリリ・・・  鳴り続ける携帯電話のコール。  青龍は警戒を継続しつつも、懐から携帯を取り出すことにした。そこまで言うのなら確認くらいはしてやろう、と。サナに見てもらえば意識と視線を逸らさずに済むのだから。 「サナ、すまないが……」 「電話確認すればいいのね? 任せて!」  青龍の言葉を最後まで聞かず、サナが動く。大胆にも青龍の着物、その懐へと腕を突っ込んだ。 「アぇっ!? ぅ、いや、確認だけで――」  せっかくの思考はなんだったのか。青龍は懐に突っ込まれた少女の腕を全力で気にかけ、視線も何もかもをこれに向けた。隙塗れな光景がそこにあるのだが、ロキ達は口約を守って動きはしない。 「えーっと、何々?」  サナが携帯電話の液晶を確認する。  青龍は脱力しながらも、呆然と少女を眺めている。 「・・・・・読めないっ!」  サナが声を張り上げた。周囲の誰もが頭上に「?」を浮かべる。青龍もこれに同じ。 「あ~、そっか。青山さん、彼をニホンゴ表記で登録しているはずだものね」  一番にロキが理解してミスを指摘した。青龍は首を傾げて、一拍置いてから手を打った。  サナが携帯を突きつける。突きつけられた小さな液晶画面には、【アルフレッド】とカタカナの表記。  ―― ピリリリリ、ピリリリリ・・・  鳴り続ける携帯電話。  ロキが「ほらね」と言うと、青龍は振り返って「確かに」と頷いた。  しかし、青龍は再び首を傾げて困惑することになる。  後に氷解し、声を張り上げた。  「 どういうことだ!? 」 $四聖獣$  ―――――――――――――――――――――――――――― SCENE/Present time  求めた者は、『美しい蝶蝶』でした。  私にとっては難解なことだと理解していました。  地下に創りあげた世界を黄金に染めながら、新たな住居で幸福を求めました。  他の何を差し置いてでも、彼女を愛し、護りたかったからです。  私にとっては、この時間が全てでした。  私にとっての時間は、彼女とある生活でした。  今、世界には時間が存在しません。  時間が存在しない世界なら、彼女は消えません。  おかしいな、私の世界よ。  私は、永遠であるはずの彼女を愛せない。  私は、この手に抱く彼女と共にあるのだろうか?  おかしいよ、私の世界。  彼女を愛せない世界など……永遠に孤独な【時間】でしかないだろう?  認めない。しかし愛せない。  私は進みたくない。信じたくない。誰もこの世界を動かさないでくれ。  ただ、私の子供達――彼女の子供達――。  ああ、私たちの証よ。どこに行ってしまったのか? みんな、みんな行ってしまったのか?  私は矛盾している。ならば停滞へと逃避するしかない。  幸福と不幸の境目において、束縛された囚人のように――この、黄金に満ちていた世界で―――彼女と―――― ただ、独り。 ++++++++++++++++++++++ From:四聖獣 Story:この惑星の未来から 【Title:永劫黄金世界/ステイシス・プリズン 2】 ++++++++++++++++++++++ SCENE/2 ACT-1  東京都某所。日差しが照りつける昼時のオフィス街。コンクリートの質実剛健・頑強なビルディングの列。  しかし、その無機質な行列を乱す凹っとしたヘこみ。三車線の国道が渡る光景において、異質の感性といえよう。  古く、みすぼらしい外観を盛んに行き交う車両へ晒す家屋。ビルディングに挟まれた二階建ての木造建築は、左右のノッポに日差しを遮られて影に落ちている。  古びた木造家屋の二階、その角部屋。天井へと登る紫煙。開け放たれた窓の一つからは存分にコンクリート壁を堪能できる一室。  ここで携帯電話を耳に当てている男。彼の頭髪は赤茶色で、タバコを咥えている口の片側がニヤリと上がっている。 「“どういうことだ”って、こっちが聞きたいね。いつの間にか家を飛び出したと思ったら……女の色気に引っ掛かっているなんて。情けない」  赤茶髪の男は空缶へと灰を落とした。 『ふざけるな。お前は都合の良い話を聞いただけだろう』  憤慨な様子で反論する通話の相手。 「わざわざ飛行機にお乗りになって異国に飛び立ち、身も知らぬ女性を護って差し上げているのだろう?」 『だから、彼女には事情があってだな――』 「報酬の塩梅はどのようになっていますか? 突発的な事案ならまだしも、自分から出向いて、その上往復の費用すらまともに算出してないなんてバカはありませんよね?」 『……どうしてすぐにそんないやらしい発想に至るのか』 「だから“どうして”って、それはこっちのセリフですよね? メール見たよ。お前な、何アレ。なんの具体性もないギャグみてぇな依頼を簡単に受けやがって」 『……今はそれどころではない。切るぞ』 「おおっとぉ! 逃げるなよ~、龍ちゃぁん。こっちはお前の赤埋めてやったんだから感謝してもらいたいくらいなんだぜ?」 『――・・・何?』 「お前を説得する手伝いをすれば、そこにいる“ロキおじさん”がお小遣いくれるのさ♪」 『……凄いな。自分から“懐柔されました”と宣言するなんて。失態もいいところだろ』 「No~、ミスじゃない。何せ金もらって話すのが馬鹿らしいくらい当然で、滑稽にも“すれ違っている話”なのだからさ」 『……滑稽だと? キサマ、サナがどんな思いで――』 「どの道この流れで俺が出てきたなら、ロキの意図が働いてないわけないだろ。ロキの紹介なんだからさ。だから“自白してもしなくても同じ”――だろ?」 『……ん?』 「まぁいい。面倒だから率直に言うぞ。いいか――  俺は以前からそこのロキおじさんに“ある遺跡について”相談を受けていた。  その遺跡は南正の密林に埋もれていて、既に入口は発見済みらしい。しかし、困ったことにどうやっても入れない。  そこでロキおじさんの仲間達が一生懸命入る方法を探して……遂に、遺跡を築いた【民族の末裔】を探し当てた。彼らは快く遺跡の話をしてくれたそうで、遺跡に入る手段も教えてくれた。  それによると、遺跡に入るには【鍵】が必要で、それは限られた血族にのみ伝わる“踊り”なんだと。  ところが肝心要の鍵が無い。民族の末裔達も探しているのだが、彼らは“鍵をぶっ壊そうと”血眼になっている。  壊されてはたまらない。つまり、これによって【鍵となる踊りを舞える人間を探し、保護する必要】が生じたわけだ。  ――で、ロキおじさんとその仲間達は捜索活動を開始した。  民族の末裔とは違って規模が大きい彼らの組織は、人員に物を言わせたローラー作戦を決行。すると案外にも彼らのお膝元である“ゾノアンシティー”にて保護対象である少女を発見したということなのよ。  ロキおじさんも、「これで胃薬とはオサラバだ」と大層喜んだのだがね……ここで厄介な問題が発生。  どうしたことか。  得体の知れない“危険なお侍さん”が必死に妨害してくるという災難が、彼及びそのチームを襲ってきたのである・・・  ・・・ということらしいよ。ロキ曰く」 『―――勝手なものだ。保証が無い。全て向こうにとって都合が良い“設定”だろう』 「かもしれない」 『……あっさり認めるな』 「だからさ、俺の仕事はあくまで手伝うだけなんよ。ロキにしたって確かに友人だが、あくまで仕事上の交友。癪だが、一応お前の方が関わりは深い。お前がいじけた場合の面倒臭さも知っている。するってぇと、俺が裏切るとすればロキになるよな」 『――戯言だ』 「ま、正直な所・・・・・前払いで金を貰ってるからさ~、俺としてはそっちがどう転んでも無関心なのよね。  で。それを踏まえて無計画なお前にアドバイスするな・ら・ば―― 俺はロキというおじさんを信頼しているけど、その上司については何とも言えない。知らないから」 『上司? どういうことだ』 「つまり。ロキの考察・感想を主体とした発言は信憑性高し。対して、ロキへと伝えられた情報を元にした発言は嘘/誠半々程度に聞いておけってこと」 『・・・さっきのお前の与太話も含め?』 「もちろん。あれはロキの発言を元にしたものだからね。彼は伝え聞いたことを嘘偽りなく話したと俺は信じたけど、だからといって内容そのものが全て真実とは限らない」 『……事実ではない事柄も混じっている?』 「龍ちゃんよ。女を護るらしいな? ならば何が彼女の危機になり、何処へ向かえば安全かを判断するんだな。 一時凌ぎはいかんぜ。やるんならキッチリ“解決して”帰ってこい」 『……言われなくとも』 「いや、言わないとお前、そのまま女と逃亡ライフを死ぬまでエンジョイしちゃいそうじゃん。掃除洗濯食事までを全部ナユに押し付ける気?」 『・・・お前が手伝うって選択肢は――』 「以上。もう話すこと無い、切るね。――信念だか正義だか……金にならねぇ感情の為に精々、タダ働きすることだな」 『――・・・お前な、そういう言い草は  /ブツッ”  吐き捨てるような悪態に何やら通話相手は文句を言おうとしたらしいが。  茶髪の男は清々しい笑顔でぐっと通話終了のボタンをプッシュした。  これにて通話終了。  茶髪の男はギュッと空き缶に吸殻を押し込むと、飄々とした様で扉を開き、一階への階段を降っていった。  まさしく、“我関せず”の堂々たるふてぶてしさがその背に溢れている―――――。 ACT-2 「・・・お前な、そういう言い草はないだろう。  確かに、目に見える成果は難しい。しかしな、形ある結果だけを求めるお前からすればくだらないことでも、俺にとっては救える者を救えることがどれほど輝かしい成功として映ることか――。  俺はキサマとは違う。俺は彼女を護る! この、信念を――己が正義を全うするために、この刀を奮ってみせる!!」  奮ってみせる――などと宣言し、力強く左の拳を握り締めた青龍。  荒野の只中にある寂れたモーテル。その一室で、敵対するはずの4人が青年の通話を見守っている。 「――って、あれ、おい……?? ――切りやがった、ちくしょう」  青龍は歯を食いしばって携帯電話を睨みつけている。 「せ、青龍――」  珍しくお淑やかに、か細い声。サナは頬を赤らめながら唇を噛み、目を伏せた。  サナの声で「ハッ」と我に返る青龍。  それほど広くないモーテルの一部屋。青龍の力強い選手宣誓は、例え耳を塞いでいても各員の鼓膜を震わせたことだろう。  口々に感想を述べる観察者達。 「いやぁ~、これは確かに強敵だねぇ。倒せる気がしないよぉ」  ティヴィはカクカクと首を揺らしながら惜しみない拍手を贈っている。 「おいおい、あいつ何言ったんだ? 青山さんヒートアップしちゃってるじゃないか!」  ロキは額の冷や汗をハンケチで拭った。 「‥‥‥」  ラバースーツの人は微動だにせず、仁王立ち。ただしゴーグル越しの眉間には変化が生じている。  青龍はというと――。  怒りを思いっきり発散したからか、いくらか体調が回復したらしい。宣言したことで迷いが晴れたのかもしれない。 「サナ、どうした?」 「あ、ヤ――ありがとうっ」 「うん・・・え?」  様子のおかしいサナの原因が解からず、青龍は呆けている。 「(まぁ、いいか)――確かお前がロキだったな。諸々確認したいことがある。できればサナと3人で話がしたい……」  青龍はくたびれた灰色スーツのロキを見据えて、ハッキリとした口調で提案した。 「オっ、もちろん! それはこちらとしても願ったりですからね。では君たち、席を外してくれ……もう、勝手に突入してくれるなよ」 「はいはい、了解了解。それじゃぁ、失礼しました~」 「‥‥‥」  ロキの指示を受けて退室するティヴィとラバースーツの人。ラバースーツの人は退室の間際まで青龍を睨み続けていた。  これで室内には3人。  青龍/サナ/そしてロキ――。逃亡者2名に追跡者1名の構図となった。  やはりベッドを挟んで距離をとっている。青龍はまだ何を信頼するか、判断を下していないらしい。 「大方の話は“彼”から聞きましたね? つまり、私達はサナさんに危害を加えるつもりはなく、むしろ保護することが目的というわけです」  会話を切り出したのはロキ。彼は紳士的な振る舞いで穏やかな口調を保っている。  青龍は思考の引っ掛かりを得ていた。それは“サナの境遇”と“ロキ達の目的”を照らし合わせることで浮かび上がる――。 「しかし、ロキ。俺はサナから“ソノアンの監視委員に全部奪われた”と聞いている。すでにキサマ達はサナに……サナに、よくもっ!!」  青龍は具体的な“何をしたのか”を口に出せず、怒りで言葉を濁した。 (ん――?)  ロキは慎重に青龍の言葉を解釈していく。 「――すみません。我々がサナさんの所有物を奪った――そう言った報告は受けておりませんね。こちらの不手際かもしれません。できれば、“誰が”“何を”“いつ頃”など、具体情報を教えていただければ此方で確認することが可能なはずです」 「それは――さ、サナ。その――あまり具体的に言いたくは無いかもしれないが……」  青龍は当惑しながらもサナに振るしかなかった。言われてみれば彼は“サナは酷い目に合わされていたようだ”という抽象的な情報しか持っていなかったからである。 「・・・サナ?」 「えっ、あ、ナ、何かなっ!?」  呆然としていた。サナはぽーっと、虚ろな意識であったらしい。突然の呼びかけにとても驚いている。 「いや、その――君がほら、部屋で話してくれた――その、“汚れた仕事をたくさんさせられた”って話の詳細が……」 「仕事を? させられた―――?? (・・・アっ!?)」  サナは口を手で塞いで青龍から視線を逸した。  忘れていた。昨日から色々ありすぎて、そもそもの切っ掛けを忘れていた。  青龍がサナを護っているのは「サナがゾノアンの監視者に狙われている」からだが、その根拠としてあるのは「サナが以前からゾノアンの監視者に酷いことをされていた」という前振りが存在したからである―――。 ~回想:昨日、サナの部屋にて~ 「―――うん、そうね。サナはこの街の監視委員に“全部奪われた”の……」  虚ろに視線を外して、手を震わせる。  涙が頬を伝い、声が掠れている。 「あいつらは秩序だ、歴史だと――私を縛って自由を搾取するの」 「………なぜ、命まで」 「サナは、汚れた仕事をたくさんしてきたから―――それ以外、生きる道なんてなかったのに……」 「………」 ~回想:終~  この時、サナは半端であるが“嘘をついている”。その嘘は彼女の第一声。「うん、そうね。サナはこの街の~」という部分。  半端な嘘というのは対象についての情報であり、厳密には正しいかもしれないし間違っているかもしれない“予測”を“確定事項”として伝えたことである。 (都市監視委員かどうかは定かではないけれど、取り敢えずそういうことにしておこう。逃亡するために!)  これがサナの発想であった。ロキ達がサナを追跡して真偽はともかく捕らえようとしていた節はあるが、以前から彼女に仕事を強要していた事実は無い。少なくともサナ自身が「汚れ仕事は成り行き上、自発的に行なっていた」ことを自覚している。  よって、それ以降のサナによる情報は信憑性を失う。前提から崩れる。  すれ違いを生んだ決定的な要素は、サナが“あいつら”と認識している人々と、よく知らない都市監視委員を予測のまま関連付けてしまったこと。  ――と、なると。青龍が監視委員を“サナの命を狙う敵”として撃退する理由が危うい。  「命を狙われている」「自由を搾取する」「全部奪われた」――これらの3要素は全て、都市監視委員とは異なる“あいつら”をサナが意識した発言なのである。  事実を言えば、ロキはサナを「遺跡に連れて行きたい」だけであり、上の3要素は一切目的としていない。せいぜいが“遺跡に連れて行く”過程のみ自由ではないか、という程度。  ――つまり、どんなに情報を求められても、サナから具体的な被害の状況など聞けはしないのである。何せ半端な嘘なのだから。 「えっとぉ・・・それは・・・」  サナは口ごもった。襲われた心当たりなら“白いコートの三人組”があるものの、あれは以前ではなく、青龍とまさしく出会った時である。時間軸的に言い訳には使えない。 「……待ってくれ、サナ。やっぱり、辛い思いをした過去を語らせるなんてダメだ」  言い淀むサナを気遣って、青龍が即座にフォローを入れた。昨日泣き落とされたこの青年はその時の光景が脳裏に蘇っているのだろう。 「しかし、事実確認がとれないままでは、こちらとしても謝罪することすらできませんよ」  ロキがもっともなことを言う。 「謝罪して解決することでもない。彼女は傷を負わされたのだからな!」 「今回の追跡についての被害に対してはこちらのミスもあるので対処が行えます。ですが、それ以前の被害については――・・・」  「だからサナが言って――」  「はい、ですからその具体的な――」  「女性の口から言わせる気か――」  「ところがスラムに関してはむしろ我々は――」  「お前の管轄と異なる――」  「なのでそれを確認するためにも――」  ・・・・・押し問答。どちらも引かない。否、引けない。  虚構の上に成り立つ意志と、存在しない論拠の提示を求める意見。  無限ループする言論のコンボを停止させるためには、嘘の前提をすり替える必要がある。  ここでサナが意を決した。 「えと、ロキさん――あなた達は【チチェルの民】と協力関係にあるの?」 「サナ! ……ちちぇる??」 「―――っ、そうか。あなたも“末裔”には違いない。知っているのは当然――」  サナが発した不意の発言。ロキは息を飲んで一時停止したが、即座に思い当たって自己解決した。 「協力関係、と言えばそうですがね……正確には遺跡についての情報を教わっただけです。私が直接接触したわけではないので詳しくは解かりませんが――彼らはサナさんを“遺跡の入口を開く鍵”と称したそうです」 「カギ? サナが、“鍵”?」 「遺跡……そう言えばさっきアルフレッドが――」  ロキの語った言葉にサナは疑問を感じてはいるのだが、それがまったくの予想外ではないような――むしろ、既に知っていたかのような……。 「なるほど、サナさん。我々を彼らと同じだと勘違いされましたか――先に申し上げるべきでしたね。もっと、ずっと前の段階で」 「違うの? あなたたち、サナをお父さん、お母さんのところに送る気でしょ?」 「………!」  サナは決して気弱になどなってはいない。だが、「両親」を言葉にしたことで深層にある思い出が感応し、意識せずとも涙が溢れていた。 「逆です。むしろ、我々はあなたを“保護”します。その上で――これは我々の目的達成の副次効果となりますが、結果としてあなたを【血族の呪縛】から“開放”することになるとも考えております」 「それって……開放? 私が――自由になるってこと??」 「………?」 「そのために、最も重要な事――それは、あなたに【踊り】を舞っていただくことです」  ロキは話の要点、即ちサナに希望する最も重要な事柄を口にする。 「――ダンス? 私に踊りを――私が――踊る?」 「………サナ?」  サナは青龍を見るでもなく、ロキを見るでもなく、呆然とした表情でそこにはない何かへと意識を向けた。  意識はせずとも。  彼女の身体を巡る血液が視線を操り、  壁の先――荒野の先――山岳の先――密林の中――ぽっかりと開いた縦の空洞...  ―― 神殿には、綺麗な屍が眠っているであろう ――  ―― 光の中で、来訪の旅人は遥かな過去を見る ――  ―― その幻影は、”黄金郷”への扉を開く鍵 ―― 「――サナさん。失礼ながらあなたの過去を調査させていただきました。すみません。  そして……我々部外者が勝手を申し上げる事をどうかお許しください。それでも、我々はあなたに踊ってもらいたい。神秘の――人に幻想を聴かせるあなたの踊りを、是非に!」  ロキは語尾を強めて訴える。  彼の訴えは営業トークでしかないのだが、それは図らずとも、誰かが言っていた『今がその時――』を代弁するものである。 「―――私、私は―――でも、もう―――」  サナは涙を堪えきれない。 『 ごめんなさい。もう、踊らないから――― 』  幼い頃。まだ汚れない頃。過去に願い、誓った言葉が――今の自分を束縛する。  ロキの実直な主張。  サナが流す、突然の涙。  夜の荒野。イモ畑に囲まれる寂れたモーテル。  その一室で繰り広げられた一連の逃走に対する“すれ違いの掛け直し”。  その時、当事者の皆が懸命に自分の意見と意思に向き合っていた。  ――いや、ただ一人。  どうにも理解しきれていない青き龍が一頭……。 「………(つまり、どういうこと……?)」  すっかり蚊帳の外に置き去られた侍。  彼は涙を流す女を前にして、挙動不審に上下左右へと視線を動かしながら狼狽するしかなかった―――。 永劫黄金世界/1+2 From ――『 この惑星の未来から 』―― $四聖獣$
前話<< >>次話