この惑星の未来から/15

 おまけ的なものです。問題は全部解決したので、本当に単なる後話です。  *ACT毎に結構時間が前後しています。ACT-SANA、REIRは本編からしばらく経過した頃の話となります。  ――それでは、どぞ!↓ $四聖獣$ +++++++++++++++++++ ACT-『SANA』  工業都市ゾノアン。自動車製造から軍用機の製造まで、大規模な工業製品製造を得意とする都市である。  近年、精密な部品製造をより辺境の都市に投げつけていたツケが回っており、PC、携帯機器の発展と反比例しての苦境でありながら、未だにそれらを「下請け」扱いして邪魔なプライドからの脱却を測れないでいる。  ゾノアンの住人は大まかに「製造管理、販売のビジネスマン」と「製品製造、雑務の日雇い人」に分類できる。  超高層のホテルやショッピングモールが煌びやかな区画には管理する側の人が多い。逆に、複雑に入り組んだ街路に質の悪いアパートが建ち並ぶ地区では日雇いの人間が溢れている状況。マフィアが治安維持の要という殺伐めいたそこはスラムと呼ばれていた。  圧倒的格差。ジャスティア全土に蔓延する社会問題の流行を最先端に行くのがゾノアンという都市。  ――ゾノアンのスラム。格差のどん底であるスラムの繁華街。貧困の中で日々、生命があるかないかを不安に思う人々の生活……いや、大半はそんなことはとっくに諦めているだろう。  ともかく、スラムの生活において重要と思われる要素は三つ。それは「酒」「女」「薬」に他ならない。「金はどうした?」と思われるかもしれないが、先ほども言ったようにここの人々は割かし人生を諦めているので、その日、その時に気持ちよくなれることを求めている。また、物欲が非常に具体的であり、常に目に見えるものを優先するため、「薬がある→買おう!」ではなく、「薬がある→手に入れよう!」という、実に柔軟な発想をする。  そのためここを生き抜くには(そりゃぁ金があるに越したことはないが)、より根本的な、「他者との信頼」が重要となる。敵対する者を作らないか、敵対したら即、撃退する瞬発力が要される。  このなんとも暗澹たる有様のスラムだが、見方を変えれば「人間らしい生活」とも言えよう。個々の長所がダイレクトに保身へと繋がるのである。やりがいがある、と言い換えても良い。  ――そこにあって、スラムの一角。繁華街でも殊更派手な店舗。  カラフルな電光装飾に彩られた扉を潜れば、酒と熱気が渦巻く「ダンスホール」の騒がしい空気が迎えてくれる。  男も女も半狂乱に、跳び上がって歓声を挙げ、抱き合って触れ合う活動的な場所。  声も掻き消えるほどのBGMが店内に響き、重低音で揺れる床を、無数の足音がさらに震わせる。  ここに入ったら正気は罪だ。澄ましてカウンターで飲むのは騒ぎ疲れてからでいい。まずは踊ろう、存分に自分を表現しよう。  生命の活動を目的に集った、若者を中心とする人間の群れ。  薄暗がりの店舗で交錯する無数の光彩。  人々の活気を導くのは――ステージの上、一際の光に包まれている女達。  舞台に傾聴し、“踊り子”を注視する観客。  観客の視線は吸い込まれるように……引き込まれるように、踊り子の“中央へ”と――。  その少女は並ぶダンサーの誰よりも若いが、一見してそれは解らない。  小麦色の凛とした肌が、ライトに当てられて輝く。  ブロンドの、しなやかな長い髪が靡き、ゴールドの色彩で踊る。  ここ最近、ストリートの話題は、いつだって彼女。  『サナ=コルカラ』と名乗るうら若き少女の踊り。その存在感は抜群に輝いている。  ――ダンスの切れ間。乱れた息を整える踊り子達に向けて。鳴り止まない音楽の中、観客が歓声を送る。  ステージの女達はそれぞれ歓声に答えているが……やはり、一際目立っているのは『少女サナ』である。  明るい表情だ。少女の表情は活き活きとしており、目的と生きがいを持つ、生命力溢れる快活さが誰の目にも美しい。 「サナちゃ~ん、最高だよー、君が一番だー!」  有象無象の観客の中。紛れてステージからよく見えないのだが、無理矢理に染められた頭髪だけは確認できる。職業は車の整備工であろうか。そのおじさんの服装は作業服で、駆けつけてきたことが一目瞭然。  熱狂的なファンへと手を振るサナ。ステージ上の彼女は、笑顔一杯に答えた。  ……ファンにも色々ある。特に人気があるのならば、相対的に悪質なファンも増えるだろう。  輝かしく、障害なく見えるサナだが……浴びせられるのは、快い歓声だけではない。 「相変わらずいい腰してやがるぜ、サナっ! おい、俺を憶えてるだろ!? 俺はお前の肌を知ってるぜぇ!!」 「ビッチはベッドの方が似合ってるよぉ。そんな所にいないで降りてこい、可愛がるからさぁ!」  歓声の中。かぶりつきに見ていた二人の男がステージに手を伸ばしつつ、下衆な言葉を吐き掛ける。  ――少女サナはこれまで隠れるように生きてきた。危険な都市で生き残るため、純潔を削る仕事をしていたことは事実。  有名人というわけではなかったが、顔は広かった。仕方のない関係も、過去には数え切れないくらいある。  事実は事実。しかし、それを受け止めた上で、強く心を保たねばならない。事実を否定して解決策を考えても、根本的な解決は成し得ない。  サナの耳には下衆な言葉がしっかりと聞こえている。悔しいけど、声の主が誰かも解ってしまう。だが、それでも――彼女はグッと堪えて、次のダンスに意識を集中する。  酷な言い方となるが……。ここで顔を赤らめて舞台裏に引っ込むようならば、いつまで経っても過去を振り切ることはできない。  速度を上げて、立ち止まらず。アクセル踏み込んで、止まらないで。  目標へと走り始めたのなら、突き進む。多くの人は本気で走ってなどいない。本気で夢へと走る人に、下衆な罵声を飛ばすような人間は、決して追いつけない。振り切れる。  ――それに。人は誰しも、輝く光に集う習性を持つ。  輝きの質によって集う人の質も変わる。夢に向かって輝くならば……先程の整備工のおじさんのように、サナを支えたいと思う人々が集うことだろう。  無視を決め込んでいるサナに対して、尚も汚い言葉を投げかけるかぶりつきの男二人。 「売れたからって値上げするなよぉ、ワンコインでやらせてくれぇ!」 「我慢できないぜ、ステージなんてクソッ喰らえだ!!」  感情高まった二人がステージへと身を乗り出す。スラムのダンスホール。秩序は決して良いとは言えない。怖いお兄さんも控えてはいるが、騒動となって混乱治まらなくなることなど茶飯事。  ほとんどの観客は止めるどころか「おっ、楽しいイベントか!?」と、傍観を決め込む。むしろ止めようとする人は睨まれる始末。  ――身を乗り出してきた男を見て、サナは周りの踊り子に「下がってて」と言った。  彼女には覚悟がある。彼女は思い出したくない過去から逃げるだけの女ではない。  例え認めたくない過去でも、自分の責任だ。血を流すことになろうとも、他の子を巻き込むわけにはいかない。――少女は目つきを険しくした。  少女サナは例え殴り、殴られの状況になってでも、下衆な男二人を追い払うつもりでいる。恐怖で涙は出てくるが、それでも立ち向かう覚悟だ。  ――立派だとは思われる。しかし、無謀だ。それに、背負い過ぎている。  過去を背負う度胸は良いが、それによって苦しみ、最悪、壊されてはどうにもならない。  まだ少女ということもあるが……この辺りは少し、“青い髪の彼”の影響を受けすぎとも言えよう。  愚直に、己を貫くという考えにも程度というものがある。時には素直に、自分の不足を持つ誰かに頼っても構わない。  それに……輝く少女を支えたいと思い、見守る人は必ず存在する。今回などは“居たから”良かったものの、もう少し助けを求める発想も持つべきであろう。  ……“居た”というのはファンの一人であり、同時に新たな友でもある。  知り合ったばかりだが、噛み合わせは良好らしい。サナは自分から話題を振るタイプなので、丁度良いのかもしれない。  ステージへと身を乗り出した二人の男。その首根っこが後ろから掴まれ、掲げ上げられる。  まるで空中浮遊したかのようだが……ともかくその二人は「ドシアッ!」と、ホールの床に叩き落とされた。 「「いぎゃっ!」」  と、悲鳴が上がる。仰向けに倒れている二人は次に頭髪を掴まれ、ズリズリとホールの床を引きずられ始めた。  酒と薬ではっきりとしていない周囲の観客も、最初は「なんだい、楽しい騒ぎになるかと思ったのに……」と不満そうだったが。男を引きずる存在に『表裏の金貨』を確認すると押し黙り、何事も無かったかのようにステージを向き直った。  男二人を引きずる人。観客は何も言わずとも避けて、“その人”の進路を空ける。  観客に少しの恐怖を残して。  下衆な罵声を上げていた男二人は、ダンスホールの外へと連れ去られた。  店舗の外、繁華街の路端に放り投げられる二人。 「「あひゃぁ!」」  と、声を揃えて怯える二人もまた、“彼女”の両肩にある「表裏の金貨」を恐れている。  男二人をステージから引きずり降ろし、そのまま店舗街へと引きずった“女性”――。  全身黒のラバースーツに身を包んだその人は、装着していたゴーグルを外して、裸眼で男二人を睨みつけた。  姿勢は仁王立ちに、堂々たる様である。 「‥‥‥」  無言。ただ、無言で睨む。  背後の店舗から溢れるBGM。  息を飲んで身を震わせ、鋭い視線に恐怖する男二人。 「‥‥‥おい」  静かな声。女性の声はボソボソと小さい。  しかし、迫力は十分だった。男二人は「ひ、ひぇい!」と元気に返事をする。 「サナは今、新たな人生を歩んでいる‥‥‥」  ボソボソとしてはいるが、それがかえって恐ろしい。怒鳴りつけられるより、“溜め”のような、爆発を予感させる恐怖がある。 「過去に何があったか知らないが。今を生きる彼女に対し、過去を用いて呪縛しようというのなら‥‥‥」  ラバースーツの女性は右手を掲げ、関節の音を鳴らしながら――ゆっくりと、拳を作り始めた。 「‥‥‥‥」  そして無言。何も言わない。言わないのだが……。  拳を構えた状態で見下ろす女性。  尻を地面に着いて見上げている男二人は、「解るな?」と言わんばかりの威圧感に、すっかり萎縮してしまった。 「「は、はいぃぃ! もう、関わりませぇぇぇええん!!」」  男二人は涙と鼻水を垂れ流し、股間を濡らしたガニ股の走りで、叫びと共に逃げ出した。あまりに静かな迫力に、耐えられなくなったのだろう。  ラバースーツの女性は逃げ去る二人を執拗な視線でにらみ続ける。  完全に姿が見えなくなってようやく。彼女はゴーグルを再装着して、ダンスホールへと戻っていった―――――。 ACT-『REIR』  ゾノアンの闇。すっかり夜も深まったスラムの通りを、黒の車両が駆け抜けていく。それはフランベルにて昨年に行われた大規模なレース、そこで好成績を残したものと同型のものである。  繁華街の落ち着き始めたネオンを反射する、黒い車体。左の席でハンドルを握る女はラバースーツを着用している。  車体の助手席。そこに座るブロンド髪の少女。先刻までスラムのダンスホールのステージにあった「サナ」は、小さく呟いた。 「お客さん、怖がっちゃったね……」  彼女はステージを見上げる観客の、硬い笑みを思い出している。まるで「自習だからと騒いでいたら教頭が入ってきて凄い怒られた」――という、学校さながらの光景だ。  運転するラバースーツの女はこれまた更に小さく、「‥‥‥ごめんね」と言った。 「ううん、いいの! サナは助かったから――ありがとう、レイア!」  運転席の人に笑顔を向けるサナ。  運転する女――『レイア』は、緑の髪を掻いて、照れている表情を隠した。 「聞くに耐えなくて。あいつら、頑張っている君に対してあんなことを‥‥‥」 「――でも、嘘ではないもの」 「‥‥‥‥あっ」 「――――――」  沈黙。車内は一時的に沈黙した。それは、レイアが何も返せなくなったからである。 「‥‥‥‥」 「――サナはね、今でもあんなこと言われると傷つくよ」 「‥‥‥ごめん、思い出させた」 「違う。聞いて、レイア。サナは確かに傷つくけどね……前とは違うの」 「‥‥‥違う、って?」 「前はね、少し前までは、昔の人に会ったり昔の事を話されると――ただ逃げたくて、誰かに攻撃してもらって、遠ざけてた……でも、変わったんだ」 「‥‥‥変わった?」 「うん。悪い過去なんかより楽しい未来を沢山作って――「それがどうしたの?」って、笑い飛ばせるようになってやる! ――今はねそう思えるの」 「‥‥‥!!」  力強い言葉と決意。レイアはサナの想いを聞いて、精神的に圧倒されている。 「あんな人達でもファンにしちゃってね――今度は歓声を上げさせてやるから。見てて、レイア!」 「‥‥‥‥‥フッ、なんということだ」  レイアは思わず微笑んだ。そして、隣のサナにも聞こえないくらい小さく、「‥‥‥勝てないな」と呟く。  あんなに下衆な罵声を受けても、サナは「ファンにしてやる」とまで言っている。ある意味今でもファンには違いないが、言いたいのは「ダンスの虜にしてやる!」という決意。何と強固な精神であろうか――。 「この町だけじゃないから。この国だって越えて、世界中の人をファンにして見せる! 世界中にムーブメントを起こして――海を渡って伝えに行くんだ!」 「‥‥‥ほぅ」  明るい笑顔で壮大な夢を語る少女。その行き着く先にある“伝える”と言う目的を聞いて、レイアの表情が変わった。  訂正する。「勝てない」と思ってしまったが・・・“今は”負けただけ。 「‥‥‥負けてられないな」  「クククッ」と、レイアは静かに笑った。  走行する黒いスポーツカーは繁華街の通りを駆けていく。  行き先は、塗装のボロが目立つ薄緑色のホテル―――――。   ++++++++++++++++++++++ ACT-『TIVI』  その昔。スランガルドという国の辺境に、「怪異」が存在した。  当時の西洋は戦乱盛んで、まだ「騎士」という存在が定着していない頃。大国に挟まれた小国を騒がせた「怪異」の発祥を知る者はいない。  それはいつの間にか現れ、多くの人々と争ってきた。最も有名なのは「バルボアの雨」と呼ばれる惨劇であり、“人食い”として恐れられる「怪異」を退治しようと、名声目的の近隣領主達が兵員を引き連れて討伐に出向いたことが始まり。  当時、「怪異」は棄てられた小さな城を根城としていた。  「怪異」は“人食い”として恐れられたが、主には生物の血を啜っていたらしい。よって、それは「吸血鬼の一種ではないか」と囁かれていた。  吸血鬼の存在は古くから知られており、「陽の光を浴びると灰になる」という盲信がある。これを踏まえて、寄せ集めの兵団は「怪異」の根城を強襲。陽の下に炙り出そうと火を放ち、矢と石の雨をふらせて徹底的に攻め立てた。  結果として炙り出しは成功。「怪異」は翼を広げて小さな城から飛び出した。  ただ、想定外だったことは……「怪異」が日光を受けても灰にならず、されど非常に嫌がり、激怒して襲いかかってきたことである。  火は通用したらしいが、ドロドロに肉体をまき散らしながらもそれは兵団を襲った。  撒き散らされた弾力のある肉塊も「怪異」の分身となり、兵士を襲う。  矢も石も、剣も斧も――何一つ、意味は無かった。  バルボアの丘に建つ小城を攻めた兵団は300名を越えたらしい。  しかし、それらは全て鎧と武器を残して消滅した。厳密に言えば消滅したのではなく、「怪異」に取り込まれてしまったのである。  兵士を取り込んだ「怪異」は巨大化し、怒りに任せてバルドラの丘周辺、それすら越えて、スランガルドの全域を暴れまわった。  最終的な被害者の数は知れないが、「怪異」は器用に人語を操りながら、「僕が何をした! 僕が何をした!」と、荒れ狂っていたと伝えられる。  血液を振りまいて暴れる「怪異」の姿と恐怖から、それは「バルボアの雨」として今も伝わっている。  ――「バルボアの怪異」は手の付けられない驚異と化したが、当時勢力を伸ばしつつあった「魔術師協会」によって秘密裏に懐柔されたらしい。  あくまで伝説でしかないので、どこまで本当なのかは知れない。  今も元スランガルド領近辺では「バルドラの怪異」にまつわる伝承が散見できる。  ――話は変わるが。  現代。ジャスティア西部にあるゾノアンという工業都市。その工場プラントにて缶コーヒーを飲む男。  目玉が異様に大きく、口が耳元まで裂けている嘘みたいな頭部のその男。  彼はリングランドの作家が描いた絵本がお気に入りで、ファンタジーなウサギを題材とした物語に没頭している。  ほのぼのとしていて、淡い色彩が多い優しい絵本――。  挿絵を見て、嘘みたいな頭部の男は口を開いた。  「ああっ、なんて美味しそうなんだろうねぇ!」 ACT―『ROKI』  窓が一つしかない部屋には影が多い。射し込む光は化学スモッグによって幾分も弱くなっている。  そこは事務所の一室。折りたたみの椅子に腰掛けて、その男は携帯電話機を耳に当てていた。  通話の相手は海を渡って遥か先。島国の首都にある、若い人。 『――無事、帰って来たよ』  通話の相手である若い男は言った。最初に溜があったのは、彼がヤニの煙を吐き出したからだろう。 「それはよかった。長旅で疲れているだろうから、小言は勘弁してあげるといい」  折りたたみの椅子に腰掛ける男。服装はくたびれた灰色のスーツ。腕に輝くクロノグラフ搭載の時計が、スレンレスの輝きを放っている。 『小言なんて言わねぇって。ちょっとしたアドバイスをしただけさ』 「ああ、すでに手遅れかい……。君から見たらどうか知れないが、彼はこちらでとてもよくしてくれたんだ。できれば労ってあげて欲しいね」  灰色スーツの男は苦笑いを浮かべている。 『苦労したのはお前だろう? どうだい、何度経験したんだよ?』  通話の先。遥か遠方の地にある若い人は、口角の片側をニヤリと上げた。  問われた灰色スーツは「う~ん」と考えて、指を折って数を並べている。 「2、3、……4――ああ、いや、その件においては2回かなぁ」  記憶を集めて検索して。灰色スーツの男は指を二本立てた。  思案して見上げる、事務室の殺風景な天井。埃を纏った蛍光灯が消沈してそこにある。 『――思うんだが、一ついいかな』 「おう、なんだい?」  通話口に聞こえる若い人の声は、興味本位の幼い感情。紫煙をくゆらせるその人は、見た目とふてぶてしさに違い、案外と少年心を持ち合わせているらしい。 『死んでしまう時ってのは、どういうものかな。先は見えたりするのか?』  なんて突拍子もないことか。死後を気にするにしては、若い。しかし、若いからこそ思うところもあるのだろう。  一方、灰色スーツの男には別段特別な感情も無く、淡々としたものである。 「“あっ、死んだな”――ってなものだね。僕自身、特に変化は無いなぁ……先と言えば今の僕がそうかもしれないね」  灰色スーツの男は簡単に答えた。実際、それ以上は彼にもよく解ってはいないのだろう。  「ふ~ん」と、通話機から聞こえる若者の返事。彼が期待したようなものではなかったのか。それとも、そもそもに大して真面目な関心は無かったのか。  同時刻。――工業プラントのテラス。そこに、紅茶を飲んでいる男の姿がある。  忙しない仕事の合間にティータイムを楽しむ彼は、ありきたりなスズメでも見かけたように、何気ない心情で口を開いた。 「 あっ、今死んだ――― 」 ++++++++++++++++++++ ACT-AOYAMA  ――夜も騒がしい繁華街。  スラム舗装されていない道を行く黒塗りの車両。繁華街から通りを2つ越えると、雑居した区画に寂れたホテルがある。薄緑の外装は一部剥げ落ちており、みすぼらしい。  少女が車両から降りると、軽くクラクションを鳴らして走り去る黒塗りの車。  寂れたホテルが少女の住居だが、これも中々悪くない。  無愛想な管理人と、豊満な友人。  今は怯えて過ごす必要もなくなった少女にとって、暖かく彼女を迎えてくれる人々があることは、何よりも大切なことである。  永劫に思われた世界は失われ、子孫代々に渡って受け継がれた忌まわしい呪縛は解かれた。  黄金世界を知る者は少ないし、黄金世界が終わったことで何か影響のある人は、そんなにいない。  しかし、それこそどうでもよいことだ。  罪もなく、されど追い詰められて毎晩涙を流して眠りについていた少女。  今、彼女は涙を流すことなく、夢に恐怖することなく――安心して眠りにつけるようになった。  これ以上に大切なことがあるだろうか。これ以上に重大な変化があるだろうか。  自分を押し込めることなく、人生に希望を見出し、歩き始めた少女―――。  少女を救い出した東洋の騎士は胸を張るべきであろう。  何分不器用ではあったものの……彼は確かに己の信念を貫き通した。それは偏屈な彼の相棒ですら褒めたのだから、きっと間違いない――――――はず。   この惑星の未来から――    エピローグ/     /END +++++++++++++++++++++  ・・・結構に長いものとなりましたが、ここまで読んでいただいて、本当にありがとうございます。それこそ自責からくる自問自答があるのですが、ともかく完結できて安堵しております。  尚、補足・蛇足はこのあとにくっつけます。例の如く、読んでも読まなくても大差ありませんが、何か「あれって結局なんだったの?」といった疑問などがありましたら、お目通しいただくと解決することもあるかもしれません。  ――それでは、また会えることを祈って。  重ねてご読破、それに感謝の意を表しながら――。  サラバ!
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